キノの旅 ―the Infinite World―   作:ウレリックス

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推奨BGM 「Birth」喜多村英梨


第32話 信じていた話 ―Prayer for Past―

昼から夕方へと太陽が動き始めた時間帯。

女性は、ログインしてくるとゆっくりと周りを見渡した。

昔とは変わり果てた光景。目を閉じれば思い出せるあの光景も、目を開けてみれば誰もいない、荒れ果てた寂しい情景が見えるだけ。

 

「…………」

 

女性は、賑やかな声が聞こえないことを寂しく思った。

この気持ちを抱いたのは、もう何回目のことだろうか。全てが変わってしまったあの日から、女性は何度も繰り返している。

女性の視界の中で、ひときわ目立つぼろぼろになった建物。女性にとってはここでの日々は何よりも大事なものだったし、あの明るく平和な日々がずっと続くと信じていた。

 

「そろそろ、行きましょうか」

 

目指すは――講和会議。

さらに言えば、今はまだ講和会議の前。彼女が目指しているのは、講和会議を目指す皇国の代表や<マスター>達であった。

何のために? その理由は至ってシンプルである。

 

――講和会議の妨害。

より正確に言えば、講和会議を破綻させることが彼女の目的であった。

そのために、皇国の<マスター>達も……必要であれば、皇国のティアンも。全て、殺すつもりでいた。

【獣王】の存在は聞いている。<超級>ならざる自分が太刀打ちできるはずもないだろう、とは理解している。

 

だが、それは……諦める理由にはならない。

 

そう決意し、歩みを進めようとしたところで……

 

 

 

 

 

「そこで止まってください。スキルを行使しようとすればその時点で撃ちます」

 

 

 

 

 

後ろから声をかけられた。カチャリという、撃鉄を起こす金属音と共に。

女性がゆっくりと振り向くと……そこには茶色いコートを着た少女が、まっすぐ銃を彼女へと向けて立っていた。

少女の顔を見ると、女性はわずかに笑みを浮かべる。

 

「……キノさん、でしたね。お久しぶりです」

「……えぇ。お久しぶりです、エリーゼさん」

 

エリーゼと呼ばれた女性の笑顔は、どこか弱弱しく、そして痛ましげだった。

キノが旅を始めて間もないころ、二人はかつて出会ったことがあった。それがこのような再開になるとは、両者ともに思ってもいなかった。

キノが向けている銃やコート、ブーツといった特典装備を見て、エリーゼは優し気に声をかける。

 

「ずいぶんと成長されたのね。特典装備を複数持っているなんてすごいわ。きっと、たくさんの修羅場をくぐってきたのでしょう? その姿をみればわかるわ」

「そう、ですか。ボクは……あなたのそんな姿を、見たくはありませんでした」

 

昔と比べて、充実したキノの装備や姿と比べ、エリーゼの今の姿は昔と比べ大きくそのありようを変えている。

かつては聖職者の姿にエプロンをつけていたものだが、いつもつけていたエプロンはもはやどこにもなく、代わりにボロボロの外套を纏っていた。額には以前つけていなかったようなサークレット。

そして彼女の表情は、かつてたくさんの子供に囲まれ浮かべていた笑顔と違い、目の下に隈があるような、疲れはてた笑顔となっていた。

 

「……質問があります。あなたは、これからどこに行くつもりですか? 何を、するつもりですか」

「私に銃を向けているということは、もう予想がついているのでしょう?」

 

穏やかな表情に、キノはコクリと頷きを返す。

 

「でしょうね。私がドライフ皇国に()()()()されているのなんてわかっているもの」

「でもあなたはここにいる。いくら皇国が実効支配しているとしても、ここは……旧ルニングス公爵領のセーブポイントは、まだ王国に帰属しているから。だから、あなたはここにいる」

「そしてあなたは、どこに帰属しているわけでもない旅人。でも、かつては皇国にいた<マスター>。だから、あなたはここにいる。どうかしら?」

 

今でこそ王国メインで動いているキノだが、あくまで今の話であり彼女は旅人だ。

そしてエリーゼの指摘も正しい。キノが今ここにいるのは、フランクリンを通して皇国から依頼を受けたからである。

彼女は皇国では、大量の器物損壊、及び農作業の妨害の罪で指名手配されている。

具体的に言えば。エリーゼは、旧ルニングス公爵領という土地において皇国が農業を進めようとしたのを徹底して妨害したのだ。

凶作が続いている皇国にとって、王国領であった土地で農作物を育てるのは急務と言える。それを妨害され続けてはたまったものではない。

 

「エリーゼさん。そこまでわかっているならこれ以上の説明はいりませんよね。あなたがしようとしていることを、見過ごすことはできない」

「だから退けと? それができればどんなに……気が、楽だったか」

 

大きく息を吐くと、エリーゼはキノに向き合った。

胸に手を当てたまま、エリーゼは訴えるかのように、祈るかのように言葉を紡ぐ。

 

「私に退く道はありません。”帰る場所も、帰りを待つあの子たちもなく」

「ですが、それでも」

「――それでも私は抗い続ける”」

「……しまったっ、まさか!」

 

バァン!

すぐさまキノは引き金を引いたが、放たれた弾丸はエリーゼの体を貫く前に、彼女の前にある見えない障壁に弾かれた。

キノが二発、三発と撃ち込むうちに障壁はひび割れていくが、その数秒があればエリーゼには十分。

 

「”あなたに勝って願いを遂げるために。主よ翼を与え給え”」

 

先ほどからエリーゼが口にしているのは祈りの言葉を、思いの丈を呪文とした《詠唱》。主に魔術師系統のジョブが使うスキルであり、MPを込めて詠唱することで魔法スキルの威力をあげたり、範囲を拡張するスキル。

しかし、先ほどの障壁はともかく……今の《詠唱》で、エリーゼの背に光の翼を作り出したのは魔法スキルではない。

翼で空中へと飛び上がったエリーゼを見上げ、キノは歯噛みして彼女が何を使ったのかを察する。

 

「それは、魔法じゃない……まさか、()()()()のスキルですか!?」

「はい。【光翼十字 フェルザーヌ】。翼を作り、飛ぶまでの装備で攻撃スキルは引き継がれなかったようですが……そちらは、私で十分です」

 

首に下げた十字架のアクセサリーの特典武具を握ってエリーゼは告げる。

この装備のスキル、《光翼飛翔》はMPを消費して翼を作り、高速で飛翔するスキルである。元となった<UBM>はこの光の翼によって高速で飛翔するだけでなく、数多の光線や光弾を放ってくるエレメンタルだった。その攻撃スキルが失われた分、翼での飛翔にリソースがそそがれている。したがってこの特典武具は装備補正として高いAGI補正を持つだけでなく、唯一の装備スキルである《光翼飛翔》により、後衛型のビルドであるエリーゼであっても、AGI型前衛職と同様の機動力を持つことが可能となる。

 

そして……その効果をさらに後押しするのが、彼女の《詠唱》であり、<エンブリオ>である。

 

「私の<エンブリオ>については、ご存知でしたよね?」

 

エリーゼの<エンブリオ>はTYPE:ルールの【出祈斉唱 ゴルゴタ】。詠唱に特化した<エンブリオ>。

スキルの一つ、《祈る先を知らず》によって、魔法スキルに限らず、MPを使うスキルには全て《詠唱》の効果を乗せることができる。これによって上級職、いや超級職レベルのAGIに至る。

さらに《詠唱》には他の固有スキルの効果が乗るため、彼女が放つ魔法スキルは強大だ。

 

「えぇ、よく知っていますよ……っ! ヘルメス! 出てきて!」

「”あの子らに捧ぐ光となれ”! 《ブラスト・レイ》!」

 

紋章から自分の<エンブリオ>であるバイクに跨るキノに向け、エリーゼは容赦なく光属性の魔法スキルを放つ。

しかし、彼女の魔法はいくら《詠唱》を込めたと言えど、その威力が桁違いすぎた。本来なら銃弾くらいの直径のスキルなのに、キノの体を丸々飲み込んで蒸発させかねないほどの大きな光線となって放たれる。

 

「《ギアシフト》、《世界を駆ける旅人(ヘルメス)》!」

 

地上にいたままでは高速で空を飛ぶエリーゼに対処できない。ましてや、相手は《詠唱》と<エンブリオ>で増幅された強力な光魔法を使ってくるのだ、銃を武器とするキノではとても魔法は防ぎきれない。

だからこそ、同じレベルのAGIを得られなければ太刀打ちできないと判断して必殺スキルの発動に踏み切った。

《行路適応》も併用することでキノは空中を駆けることが可能となる。事実上、空中での高速戦闘となった。

 

二人は空を飛び回りながら、あるいは駆け回りながら、互いの攻撃を相手へと向け放つ。

やはり一撃一撃が大きいのはエリーゼ。<エンブリオ>で強化された《詠唱》により、一撃の魔法スキルの威力が大幅に上がっている。さらに<エンブリオ>の固有スキル、《楽園の祈り》によってMP消費量も一部減算されているため、大幅にコストパフォーマンスが上がっている。

 

一方、キノはどうしても火力という点では一歩劣る。彼女の持つ特典武器【ガルカノン】は防御力の高い相手には大きく有利だが、エリーゼはもともと後衛型。防御力は最初からあまり高くないので意味がないのである。そのため、現在は追尾性のある【森の狩人】を中心に発砲している。こちらだと無理な角度でも補正が入るため、直線的なエリーゼの魔法を避けて攻撃できたりするのだ。

 

銃声と爆発音が響く中、キノは大声を張り上げる。

 

「どうして……どうして講和会議を妨害するつもりなんですか!」

「簡単な話ですよ……この講和だけは認めるわけにはいかない! どうしても!」

「きっと悲しみますよ……あの子たちも、ミュルルちゃんも、ホワイトキャップさんも、チャイルドビューさんも!」

 

その言葉に、エリーゼの顔が歪む。

脳裏によぎるのは、面倒を見てきたたくさんの子供たちの顔。そして、時にそれを手伝ってくれた<マスター>達の顔。

 

「なぜ、止まれないんですか! この土地に皇国が侵攻してきたからですか!」

 

今でこそこの土地を実効支配しているのはドライフだが、そもそもこの土地が滅びに瀕したのは<SUBM>である<三極竜 グローリア>による襲撃が原因。ドライフはあくまで、その後の第一次騎鋼戦争の際に滅んだこの地に侵攻してきたにすぎない。

 

「否定はしません、だが……それだけじゃない! ”私の願いは、ただ私のためのもの”! 《ブラスト・レイ》!」 

 

確かに、グローリアの襲撃から回復しきれなかったこの地に侵攻してきた皇国のことをエリーゼは許せない。

しかし、それは指名手配になるまで旧ルニングス公爵領における皇国の農作業を妨害しようとした理由ではあるが、講和会議を妨害する理由にはならない。

彼女が行動に出たのは、もっと単純な理由にすぎない。

 

 

 

 

 

「講和会議が成立してしまえば……今度こそ、()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 

 

それだけは、許容できなかった。

ここで……かつて教会の手伝いをしながら面倒を見てきた子供たちが眠る場所は、皇国になってしまう。

何より、ここが皇国になってしまえば、エリーゼはここにいられなくなってしまう。今はセーブポイントが王国のものであるからこそ、何度殺されてもこの地で復活ができる。

 

しかし、講和会議において王国が譲歩するとすれば……旧ルニングス公爵領の放棄。これが一番現実的だ。不作が続き大至急農耕地を求める皇国に対し、王国は滅んでしまった旧ルニングス公爵領をもはや必要としてはいない。

キノは知らないことであったが、事実王国の代表であるアルティミア第一王女はこれを講和の譲歩内容として決めていた。

 

「だから私は譲れない。譲るわけにはいかないのです。”絶対に譲れない、あの子たちとの思い出が、この地での思い出が、私の胸にある限り!” 《レイズ・レイ・ブレイズ》!」

 

エリーゼが腕を振り上げると、その背後に数多くの光の剣が現れ、キノへと切っ先を向ける。

もちろん、本来のスキルであれば数はそこまで多くない。威力だけでは捉えられないとエリーゼが範囲・数を重視して《詠唱》した結果である。

 

「この、数はっ」

「これはきっと……幾度となく繰り返し、思い返し続けた思い出の数です」

 

もちろん全ての数を把握してそう言ったわけではない。ただ数え切れなかったからそう言っただけ。

子供たちを殺された怒りをグローリアにぶつけようにも、クレーミルでは全然歯が立たなかった。そしてデスペナルティから戻って来たころには、全てが終わっていた。

……ぶつける先がもうなかったのだ。胸の中にくすぶる思いも、怒りも。だから戦争後、皇国にぶつけるしかなかった。

 

「これで、終わりです」

 

キノへと腕を振り下ろすと同時に、無数の光の剣が、キノへと飛んでいく。いくらこれまで超高速で駆け回っていたキノでも、これは避けられまいというのがエリーゼの考えだった。彼女の姿が光の中に飲み込まれて行くのを見つめながら、若干の申し訳なさを感じて背を向けた。

 

向けてしまった。

 

「……ゴホッ!?」

 

突如喉元に穴があき、傷口や口から溢れる血。痛覚をオフにしているため、痛みはないが言いようのない違和感が苦しさと一緒に溢れてくる。

振り返ってみると、そこにあるのは今までと違い、銃口から煙が流れる大きな狙撃銃をこちらへと向けるキノの姿だった。

 

(どう、して)

「あなたがボクと別れてから特典武具を手に入れたように……ボクのこのコートも、特典武具です。【紫苑界套 エリクシア】。この装備の固有スキルの効果は、遠距離攻撃や数による攻撃の威力減衰です。距離が遠いほど、こちらへ向けられた攻撃が多いほど、その威力は反比例します。」

 

つまり、エリーゼが最後に放った無数の《レイズ・レイ・ブレイズ》はその数故に、かえって威力を減じることになってしまったのだ。そこをキノは【FLT】……<叡智の三角>謹製ライフルでエリーゼを狙撃した、というのが真相である。

喉元を狙ったのはエリーゼの要である《詠唱》をさせないため。

 

「さすがはフランクリンさんのクラン。実戦で使ったのは初めてだけどすごい精度だ……」

 

王国1位のクランに大金を出させて作っただけのことはあった。

しかし……ここで銃へと視線を下ろしたのはキノのミスだった。

 

つい先ほど、相手が同じように油断したところを攻撃したというのに。

 

『《主よ、この身を捧げます(ゴルゴタ)》』

「ッ!? まさか、喉を撃ち抜いたのに!?」

 

喉を撃ち抜いたからもう《詠唱》はできない……これはキノの思い込みだ。

ドライフの<マスター>達と何度も戦った中で、エリーゼは《詠唱》ができなくなったら何もできないということは身をもって知っている。だから、すでに対策をしていた。

額につけたサークレットは口で話せなくても会話することができる《腹話術》の装備スキルを持つ。さらに、エリーゼは【死兵】のサブジョブにも就いていた。

 

これにより、エリーゼは今……喉を撃ち抜かれ、本来なら傷痍系状態異常で死んでいるにも関わらず、必殺スキルの発動と《詠唱》を可能にしていた。

この必殺スキルはエリーゼのステータスを極限まで削って発動する。ジョブがない状態のステータスまで削り取った分、そのリソースをMPへと変え、さらに最高効率で《詠唱》へと流れ込み、最期の魔法の効果を極限まで跳ね上げる。

 

『”私から全てを奪った、あの邪竜の如き光を今、ここで”!』

「こっ、のぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

二人は互いへと奥義を発動させようとし、そして――一人の<マスター>が、講和会議へとたどり着くことなく光の塵となった。

相手のサークレットごと頭部を撃ち抜いたもう一人の<マスター>は、MP切れのため空中から地上へと真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

 

 

この戦いに勝利はなかった。何かがもたらされたわけでもなかった。

それでも、この戦いは必要だった。

光の塵となった<マスター>にはかつて、信じていた未来があったのだから。




次回予定 「信じている話」
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