キノの旅 ―the Infinite World―   作:ウレリックス

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第34話 予測できない話 ―Equity―

賭博都市・ヘルマイネ。

カルディナにあるこの都市には、賭博場が密集している一角がある。

ここにある賭博施設はカルディナの商人だけでなく、各国の組織が出資しており、出資した組織によってその国らしさが建物などに現れている。

もちろん、その出資組織は健全な商人から裏社会の組織まで様々、だ。

 

このような施設に裏社会の組織が関わっていようが、カルディナは関知しない。

国が定めている一定の税金さえ納めていれば、何を咎められるまでもない。カルディナにとっては収入先であり、客にすぎないのだから。

逆に言えば。それを払っていなければこの国では生き残れない。

金があれば全てを許す。金がなければ全てを失う。それがカルディナだ。

 

 

 

 

 

 

「さて。用意はいいかな?」

「……えぇ」

 

そしてここにも一人。金がないから追い詰められている一人の<マスター>がいた。

彼女の名はキノ。各国を旅している<マスター>である。

彼女はつい最近、とあるクエストを受けたのだが……突如現れた<UBM>により、クエストに失敗してしまった。

そのクエストとは配達系に分類されるクエスト。配達期日に遅れるだけではなく……<UBM>に襲われた際にアイテムボックスを壊され、その品物を失ってしまったのだ。

キノが品物を意図的に横領しようとしたわけではないことは、《真偽判定》などを用いた取り調べによって証明されている。なので指名手配などの処分は免れている。

 

が。それで災難でしたね、で終わらないのが悲しいところ。

いくらアクシデントがあったとはいえ、品物を届けるのが遅れただけではなく紛失までしてしまったのだから、発注者側から損害賠償を求められたのだ。

先に言っておくと、これでも発注者側はかなり配慮している。遅れによる損害の請求は最低限で、ほとんどが品物の料金。だが、これでも合計金額はかなり高額であった。

 

しかし運の悪いことに、キノは金欠だった。むしろ所持金が少なかったからこそクエストを受けたのだ。

配達系のクエストを受けたのも移動に特化した<エンブリオ>を持つため、得意分野でこれまで何度も受けていたから。キノとしてもできるだけリスクは抑えようとしていたのだが……<UBM>の襲撃は運が悪かったとしか言いようがない。

 

請求書を渡されて途方に暮れていたところに、たまたま事情を聴いていた一人の<マスター>がキノへと話しかけた。

 

『その代金、アタシが立て替えてあげようか?』

 

声をかけたのは、カルディナでは有名な<マスター>の一人。確かに彼女であれば今回のキノの損失を埋めることなどたやすいもの。

その女性は赤い髪をしており、下はホットパンツ、上はビキニのようなインナーにフライングジャケットを羽織っていた。また、彼女の右目は左目と違って万華鏡のように輝いていた。

彼女の名は【撃墜王】AR・I・CA。カルディナ最強のクラン<セフィロト>に所属する<超級>の一人。

 

しかしもちろん、タダでそんな話があるわけがなかった。

 

『もちろん、タダってわけじゃないけどね?』

『……ボクに、何を求めるんです?』

『いやーたいしたことじゃないよ! ちょっと仕事を手伝ってもらうくらいかな! あ、あと夜に少しいいことしようぜ♪』

 

嫌と言いたいが断るわけにもいかない。話は大金に関わってくるのだ。

そしてAR・I・CAも、お金を盾にしてキノに無理強いをしたいわけではない。なので提案されたのが……ギャンブルだった。

キノが勝とうと負けようとAR・I・CAがお金は立て替える。その上で、AR・I・CAが勝てばAR・I・CAの要求を受け入れる。キノが勝てばノーリスクで代金を立て替えてもらえる。そういう勝負に決まった。

 

しかし……この勝負、どう考えてもキノが圧倒的不利であった。

 

(彼女の<エンブリオ>……詳細は知られてないけど、彼女がどんな攻撃も回避する、優れたマジンギアの操縦士であることは有名だ。<エンブリオ>によってもたらされる絶対回避。それが《危険察知》の上位みたいなものであるなら)

 

キノは噂で聞いたことがある。AR・I・CAは、カジノで大金を稼ぐ様子がたまに見られる、と。

ここから考えられることは……彼女はギャンブルにおける”危険”すらも<エンブリオ>で察知することができるということ。

そしてそれは、これから勝負に挑むキノが圧倒的不利であることを示していた。

そんな不利を押し付けられたまま、キノはAR・I・CAと面と向かって卓へとつき――

 

 

 

 

 

「ではその勝負。この(わたくし)がディーラーを務めさせていただきます」

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと歩いてくる革靴の音、そして声。

キノとAR・I・CAがそちらを見るとひとりの男性……いや、服装こそこのカジノという場に見合ったタキシードだったが、よくよく見ればその人物は女性であった。しかしその茶色い髪は短く整えられており、男性と言っても十分通じただろう。

 

「うっひゃー……マジかよ」

「…………」

「改めまして名乗らせていただきます。私、セントラル・ゼロと申します」

 

うやうやしく頭を下げた彼女はゆっくりと頭を上げ目線を二人に合わせる。

だが、眼鏡をかけたその目には……どこか光がないようにも思えた。

 

「僭越ながらAR・I・CA様。私のことをご存知ですか?」

「いやいや、そりゃー知ってるって。……ハハ、なんてこった。アンタがここにいるなんて、それは予測してなかった」

「人生とは予想外の連続でございますれば。当然のことかと」

 

勝てるはずの勝負だった。だが、AR・I・CAにとって彼女の存在は鬼門だ。

彼女の未来を見る<超級エンブリオ>……多くのものに優位をとれるこの力さえ、ことセントラルの前に限っては()()()()()()()

 

「ではディーラーとして、勝負を開始させていただきます。契約書はもう記入されているようですし、双方ともに内容に合意しているということで、よろしいですか?」

 

セントラルは卓の横側、二人の中心に位置する場所にて手を広げて問いかける。

まず先にうなずいたのはAR・I・CA。諦めたような顔で、やれやれと言わんばかりに「同意するよー」と口にする。

続いてキノも、状況が読み込めない部分はあったが「同意します」しますと頷いた。

 

勝負するゲームはポーカー。宣言できるのは賭け額を上乗せする「レイズ」、上乗せしない「チェック」、勝負から降りる「フォールド」、相手のレイズ額に合わせ勝負する「コール」の4つ。レイズの権利は各一回ずつ、お互いに5コイン持った状態からスタート。手札の勝敗は基本的なポーカーの役やルールに沿うものとなっているが、今回はお互いの役がブタだった場合、先に「レイズ」を宣言していたほうが負けとなる。どちらも「チェック」であったならば無効試合。

 

これが今回の勝負の内容である。先にコインがなくなった方が負けだ。

 

「結構。では始めましょう。《悪平等結界》」

 

セントラルが宣言した瞬間、彼女たち三人の卓を覆うようにドーム状の結界が貼られる。AR・I・CAは結界が貼られたことを確認すると自らの<エンブリオ>【超越演算機 カサンドラ】の具合を確かめ…‥そして、苦笑した。

 

(あー。やっぱり、ダメか)

 

慣れた手つきでセントラルがカードを二人に配り、自分の手札を確認してからキノへと視線を向けたのだが、彼女の視界にはいつも通りの光景しか見えなかった。

そう。

本来なら見えるべきものが……見えなかった。それはつまり、彼女の固有スキル《災姫の予見》が機能していないことを意味する。<超級>である自らの固有スキルが、だ。

 

それがセントラル・ゼロによるものであることは言うまでもない。詳細は不明で<エンブリオ>の名前も不明、つまり彼女が必殺スキルを発動したところも知られていないが、「固有スキルを禁じる固有スキル」だけで彼女は数多の<マスター>の有利を否定してきた。

陰での異名は…‥‥"エンブリオ潰し"。

 

先攻はキノ。手札のチェンジも各一回なので、チェンジした手札を見て無表情で何を宣言するか迷っている。

そんなキノを眺めながら、彼女の手札に危険を予知する光が一切見えないことであらためて自分の優位が失われていることを感じる。

 

(いつもなら強い役が来てたらすぐわかるんだけど。これはどうしようもないなー)

「では始めましょう。まずはキノ様、チェックかレイズの宣言をお願いいたします」

「それじゃあ、1枚レイズ」

 

 

 

 

 

 

 

こうして勝負は何度か進み、互いのコインは減ったり増えたりを繰り返す。大きく場が動いたのは……AR・I・CAが先攻の場面。

現在AR・I・CAのコインが5枚、キノのコインが5枚。最初の状態に戻っていた。

 

「うん、3枚チェンジしようかな!」

「ボクは2枚チェンジです」

 

シュッシュッと手際よくカードが互いに配られる。チェンジの結果、AR・I・CAの手札は3と10のツーペア。

配られた手札を見て、AR・I・CAは心の中でほくそ笑んだ。

 

(おっとそれなりにいい手札。どれ、ここで勝負かけてみようか!)

「AR・I・CA様、宣言をお願いいたします」

 

セントラルの言葉に、AR・I・CAはニヤリと笑みを浮かべて3枚のコインを前に押し出した。

 

「レイズ! 3枚!」

 

おおっ、とギャラリーからどよめきがあがる。

3枚レイズ、つまり合計で4枚。これにキノがコールして負けた場合、キノは残り1枚となり非常に追い詰められることになる。

もちろんAR・I・CAのハッタリも考えられるしキノがフォールドする場合もある。しかしAR・I・CAが勝負をかけたことは言うまでもなかった。

 

「さあどうする? どうする?」

 

笑みを浮かべるAR・I・CA。一方でキノは押し黙ったままだったが……セントラルから「キノ様、いかがなさいますか?」と宣言を促されて、ゆっくりと腕を動かした。

()()()()()()()()()()()()

 

「……ふむ」

 

 

 

「レイズ! 1枚っ!」

 

 

 

「……え?」

 

全ベット(オールイン)

キノから出てきたまさかの宣言、想定外の動きにAR・I・CAの笑みがこわばる。だがそんな彼女の表情を意に介することはなく、ディーラーであるセントラルは粛々とゲームを進めていく。

 

「ではAR・I・CA様! ただ今のキノ様のレイズ、応じる(コール)か! 降りる(フォールド)か! 宣言をお願いいたします!」

 

立場はすっかり逆転しており、今度はAR・I・CAが考え込む場面だった。

すでに3枚レイズしている以上、ここで降り(フォールドし)ても無駄に3枚失うことになってしまう。

そして応じ(コールし)たらどうなるか? もちろん5枚での勝負になるのだから、一発勝負で全てが決まる。

 

全てを賭けて勝負するか? それとも降りるか? 彼女の持つ手札はツーペア、勝負できない役では

 

(いや、待った。彼女は何枚チェンジした? 確か…‥)

『ボクは2枚チェンジです』

(2枚! つまり3枚は手元に残した! シンプルに考えればスリーカードの可能性がある! いや、仮にワンペア持っていてチェンジした結果スリーカードができたとしたら? それに確率は低いけどスリーカードからフルハウスまで揃った可能性だってある!)

 

どのみち、ツーペアではスリーカードには勝てない。

散々迷った挙句……AR・I・CAは

 

「……フォールド」

 

勝負に乗らないことを選んだ。キノが、自分より強い手札を持っていることに賭けたのだ。

 

(アタシが最初にレイズしたんだから、もし彼女がブタだったとして、アタシのレイズもハッタリと呼んだのならチェックすればいい話)

 

お互いがブタだった場合は最後にレイズした方の負け。そういうルールである。

だからチェックすればリスクは低い状態で勝負できる。それをわざわざレイズしたのだから、手札がブタならばむしろキノの方が不利に回ったと言っていい。

 

(ハッタリじゃないと思ったなら普通にフォールドするでしょ。勝ち目がないのに高額レイズに乗る意味はない)

 

したがって、キノの手札は役で間違いないと考えた。そう考えると先ほど頭によぎった通りスリーカード以上の可能性が高いのではないと疑い、フォールドを選んだ。

一方で不満げなAR・I・CAとは対照的に、ふぅ、と息を吐いたキノは口元に微笑を浮かべながら手札を開示する。

それを見てAR・I・CAは

 

 

 

「は、ハハ……あはははははははは!」

 

 

 

 

彼女の手札にあった、6の()()()()を目にして、笑った。

 

「あっはははははははははは! そんなの予測できるわけないだろ! ブタじゃないとは思ってたけど! よりにもよって! そんな、そんな弱い手札で! あんなレイズ行うなんて予測できるもんか!」

「チップの移動により、現在AR・I・CA様が2枚。キノ様が8枚です。続いてキノ様が先攻となります!」

 

してやられたと笑い転げるAR・I・CAを後目に、なおもセントラルはゲームを続ける。

互いがチェンジを終え、キノはチェックを宣言。最初の賭け金として1枚のチップを出し手元には残ってないAR・I・CAは、キノに笑いながらこう言った。

 

「あーあ。目がないだけでこうも先が見えないなんてね。いや、久しぶりにドキドキしたよ。だから……これはどうする? キノちゃん」

 

レイズ、1枚。

 

AR・I・CAもまた全てのチップを賭けた。キノは先にチェックを宣言している以上、後はキノのコールかフォールドの宣言だけ。

キノはAR・I・CAの顔を見て、このオールインは手札がどうとか()()()()()()ことを確信する。彼女はきっと、自分の手札がブタだろうがロイヤルストレートフラッシュだろうが同じことをしていただろうと。

 

「コール」

 

だから、自分もそれに乗る。こちらは酔狂ではなく、これに賭けるという正真正銘のギャンブル的思考から。

二人の宣言を聞いた後、セントラルは微笑と共に一度頷くと大きく手を広げた。

 

「宣言がなされました! ではこれより手札の開示を行います!」

 

ギャラリーは固唾をのんで二人の手札に注目する。キノとAR・I・CAもまた、笑みを浮かべながらも一方で相手の手札に視線を向ける。

 

「ショー………‥ダウン!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギャラリーが解散して周りから人が散ってしまった卓で、AR・I・CAは笑いながらキノと話していた。

すでにディーラーたるセントラルはここにはいない。勝負がついた時点で、結界を解除すると彼女は優雅に一礼して去っていった。

 

「負けた、負けたよキノちゃん。いやーデンドロ内のギャンブルで負けるっていつ以来かな!」

 

二人が卓に出した手札は、両方が役無しのブタ。したがってレイズをしたAR・I・CAの負けとなり、10枚のチップを獲得したことによるキノの勝利が確定した。

これによって、AR・I・CAは得るものもなくキノの負債を肩代わりすることになった。もっとも、<超級>である彼女にとっては十分払いきれる額だったのでそこまで問題はない。

 

キノとの協力関係が得られるかもあわよくば、ぐらいのものであったのだから。

 

「しかし、聞きたいのですが」

「ん? なーにー?」

「<超級>のあなたがボクに手を借りるようなことが何かあったのですか……?」

 

キノの疑問にAR・I・CAは何でもないように答えた。

 

「いやいや、各国を旅する<マスター>は多いけどさ。最近は”旅人”キノちゃんの話もちらほら聞くよ? レジェンダリアの【神揉師】討伐戦、グランバロアの【ガルカノン】討伐、黄河での”PK喰らいの森”事件……あとは噂だけど天地で暴れている”悲嘆樹”も元々はキノちゃんがきっかけだとか」

 

うあー、と声を出して頭を抱えるキノ。通り名がつくようなことはしてないと思っていたが、AR・I・CAが挙げた事件は確かにキノも関わっている。特に最後の”悲嘆樹”と呼ばれる<マスター>には仕方がなかったとはいえ負い目もある。

 

「だからこそ、セントラルもキミに目をつけてたんだろうけどねー」

「え? ボクはてっきりAR・I・CAさん対策でこのカジノにいたんだと思ってましたが」

 

唐突に出てきたセントラルについての話に目を白黒させるキノ。

だがAR・I・CAは確信した様子で、首を振った。確かにカジノに雇われた可能性も考えてはいたが、それ以上に考えられることがあった。

 

一つは新聞。最近発行されたキノに対するインタビュー記事。そこには彼女の”通り名”も書かれていた。

 

そしてもう一つ。それは目だ。

AR・I・CAは以前その目を皇国で見たことがある。かつて絶対に負けを許容できない親友(フランクリン)が、不意打ちにあってPKされてから戻って来た時の、あの目を。

 

「考えてみてよキノちゃん。<エンブリオ>という多様性を許さない<エンブリオ>。「固有スキル」という個性を認めない<エンブリオ>。そんな<エンブリオ>を生み出すセントラルのパーソナルなんてそれこそ予測できないけどさ……

 

 

 

 

 

 

 

インタビュー記事に取り上げられ通り名がつくほど”個性的な”人間の存在を、彼女はどんな気持ちで見てたと思う?」




《悪平等結界》
セントラルの<エンブリオ>が必殺スキル以外に持つ唯一の固有スキル。
厳密には範囲内において「固有スキルを禁止する」スキルではなく、「結界内にいる人物が複数人所有するスキルでなければ使えない」スキル。つまり汎用スキルなら使えることが多い。
また、このスキルはセントラルを中心として発動するので、セントラル自身もこのスキルの影響を受ける。この結界には拘束性がないので出ようと思えば普通に出られるのが欠点。
結界外から攻撃しようとした場合、《悪平等結界》内で使用できないスキルは無効化される。

次回予定「ある奴隷の話」

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