キノの旅 ―the Infinite World― 作:ウレリックス
|('ω')ノ=(投稿
バイクのエンジン音が草木茂る大地に響く。
相棒の<エンブリオ>であるヘルメスに乗り続けてデンドロ内ではや2日。ようやく町が見えてきた。
『今度の町は大きいね、キノ』
「そうだよ、ヘルメス。黄河帝国の中でも物流が盛んなところだね。だからこそ……」
『だからこそ?』
じゅるり、と女子にあるまじき音がした。
「きっとおいしいものがあるに違いない……!」
『あーあー。またキノの食い意地が』
旅の醍醐味の一つ。それはおいしいものを食べること。
前にいたグランバロアでは海鮮物をがっつり食べ、巨漢のマダムと争奪戦を繰り広げながら”海の”熊の掌を食べ。
黄河帝国でも気になるものがあれば食べているが、今回の町でもおいしいものがあるのではと楽しみで仕方がない。
「よし、いそぐよヘルメス! 《ギアシフト》!」
『そこまで急がなくてもいいのになあ……』
わざわざAGI増加のスキルをつかわなくてもいいじゃないか……とぼやくヘルメスだったが、長い旅を一緒にしてきたのだ。自らの<マスター>がそういう人物なのだと、理解している。
だからぼやいてそこで終わり。
二人の旅は、いつだってそんなやりとりの繰り返しなのだから。
「さて、中に入ったはいいけど……食事するお店とかどこかないかなあ」
人の数は多く、活気もある街並みをキノはきょろきょろしながら歩いていく。
商売が行われている地域にも着いたが、目をとられるものはあってもこれぞというものがなかなか見つからない。
そんなキノの目に、ある光景が飛び込んできた。
「ん……? あれは……」
『行列……だね』
露店が立ち並んでいる通りの一番端、広い空間が空いているその一角。そこには、長い行列ができていた。
周りの店に負けず劣らずいい匂いが流れてくるそのお店からは、どこか熱気すら流れてくるように感じる。
たまに列を抜かそうとするものが出るほどで、そのたびに他の並んでいるものから後ろへ並べと追い払われているほどだった。
その行列の先には確かに店があったが……ただの露店ではない。
『露店というより』
「屋台だね、ヘルメス。しかも出されているのは……なるほど」
外からでも、屋台の椅子に座って客が食べている様子が見えた。
出された食器の中では湯気が出るほどあつあつのスープの上に、卵や海苔などが乗っているのが見える。別の客の食器には、スープの上に多くのモヤシらしき野菜が。
彼らに共通するのはただ一つ。ある人は音をたて、ある人は音をたてないように……麺を、その口へと運んでいる。
「ラーメンか」
ラーメン。
麺とスープを主とし、そこに様々な具を組み合わせた麺料理。中国の麺料理が本来のルーツとされているが日本で新たな発展を遂げたともいわれている料理であり、日本人であるキノにとっては大変馴染み深い料理だった。
デンドロは世界中のプレイヤーが同じ世界に集まっているわけだから、行列に並んでいる<マスター>の中には、そもそもラーメン自体にあまり馴染みがない人も多いだろう。
「デンドロラーメンって興味があるな……せっかくだし、食べていこうか」
『お好きにどうぞー』
少しウキウキした気分で、キノは行列へと並ぶ。
流れてくる匂いには種類がいくつかあるようで、だからこそ味も数種類用意されているのだと予想できる。
並んでいる人間は老若男女様々であり、その中には<マスター>もティアンも両方いる。
「あぁ寒い、寒いです……。早くラーメンを食べて温まらなくては。ラーメン、わたくしの心の薪……」
キノの前の方で順番待ちの行列に並ぶ銀髪の女性。正直全然寒くない気温のはずだが、白いコートとマフラーを装備し寒そうにしている。手袋もしているあたり寒がりな人なのかもしれない。
「ジジイ! ジジイ! オレ達の順番はまだなのかよー!」
「まだじゃから黙って待っておけ……。全く、堪え性のない奴だ」
黒い丸眼鏡をかけ、中国服を着た老齢らしき男性はぴょんぴょんと自分の周りを飛び跳ねる赤毛の少女に対してめんどくさそうな顔をしていた。顔は全然似ておらず祖父と孫、のような関係にはとても見えない。何か別の関係なのだろうなとキノは思った。
彼らに続いて行列にて自分の順番を待つキノ。流れてくるラーメンの匂いは豚骨、味噌、醤油と様々な種類のものがあり、目を凝らしてみるとやはり今ラーメンを食べている人たちの器には、それぞれ違った色のスープが見える。一種類だけでなくいくつか種類を揃えているのだろう。リアルとは食材も違うだろうによくここまでラーメンを揃えることができたものだとキノは内心感心していた。
(これならラーメンの味も期待して良さそう……。でも、種類が多いならその分どれにするか迷うな)
自分の番が来るのを今か今かと楽しみに待っているキノ。それは行列に並んでいる他の人々も同様だ。
しかし……迷惑な人間というのは、どこにでも現れるものである。
「いいか? 目的はあそこの屋台。あんだけ人がいるんだ、そこで俺たちの突発ドッキリが成功すればこの動画はきっと注目されるぜ!」
「やっぱり人気が出るためにはでかいことしないとだしな」
屋台から離れているところで、三人の<マスター>がこっそりと話し込んでいた。
彼らはリアルにおいて学校の同級生であり、顔見知り。彼らが今企んでいるのは“ドッキリ”といえば聞こえはいいが、やろうとしているのは屋台を攻撃し、騒ぎを起こそうとするという迷惑行為でしかない。
「あぁ、<アンダーグラウンド・サンクチュアリ>に続くのは俺たちだ!」
<アンダーグラウンド・サンクチュアリ>はレジェンダリアにて活動している犯罪クランである。<超級>の一人である【嫉妬魔王】ジーがオーナーを務めており、犯罪活動をネットに投稿しているのが特徴だ。
つまり彼らも、その動画に影響を受け、自分たちも同じようなことをして注目されようと考えていたのである。若者特有の目立ちたがりが出たのかはわからないが、いずれにしても他人に迷惑をかけようとしているのには変わらない。
「確認するぜ、まずカイリーがスキルで姿を隠して屋台に近づく。そしてマルランが離れたところで混乱を起こした隙にラーメンにあれこれ入れて台無しにする。俺は頃合いを見て、合図もかねた爆発を起こすから、爆発が起きたらトンズラしてくれ」
「わかったぜ、セルト」
「頼むぜ、へまするなよ」
打ち合わせを終えた三人は、それぞれの役割のために移動やスキルの準備を始める。この時、彼らの頭の中には自分たちが華々しく目的を遂げることしか想像できていなかった。
自分たちが攻撃しようとしている屋台のラーメンを、楽しみにしている人がどれだけいるか。想像できていなかったのだ。
(俺の役割は屋台に近づかないといけない……。慎重に、慎重にだな)
自らの姿を隠す隠蔽系のスキルを発動し、カイリーはゆっくりと屋台へと近づいていく。近づけば近づくほど出されている料理のいい香りが鼻をくすぐる。少しおなかがへってきたが、自分たちの目的は食事ではない。
(ゆっくり、ゆっくり……気づかれないように……)
客たちが並ぶ行列の方へと近づいていく。有力な<マスター>やティアンに気づかれては邪魔されてしまうと慎重に歩みを進める。彼の<エンブリオ>のスキル効果もあって音も姿も隠せている
「……ちょっと、そこの貴方」
(えっ?)
……はずだった。
急に肩をつかまれ、驚いてそちらに顔を向けると自分へとしっかり視線を向け、右手をカイリーの肩においた銀髪の女性の姿があった。
彼女の目は虹色に光っている。彼女には、「熱源を見る」、ピット器官のようなスキルがあったのだ。
(なんで? なんで俺のことがばれて)
「あぁ、寒い……。行列に割り込むつもりだったのか、良からぬことを企んでいたのかは知りませんが」
肩をつかむその手に、力が入る。振りほどこうとするカイリーだったが、その前に女性のスキルが発動する方が早い。
女性が掴んでいた箇所から、カイリーの体が凍っていく。よほど強い冷気なのか、女性の体も一部氷に覆われていくが、女性は装備によって耐性を保持している。一方で術者を巻き込むほどの冷気のスキルを、耐性装備のないカイリーがレジストできるはずもなかった。
「何にしても、わたくしのラーメンを邪魔するのなら凍ってしまいなさい」
氷漬けのカイリーから、返事は何も帰ってこない。
急に人が氷漬けにされ、驚いた周りの視線は全く気にすることなく、女性は自分の番を楽しみに待っていた。
「ジジイ」
「ウム。わかっておるわい」
「食事の前の運動だ……手足だけでいい、
「……良いじゃろう。【ピグマリオン】、限定解除」
老齢の男性は牙をむく少女の要望に応え、指を鳴らす。次の瞬間、少女は
彼女の視線の先には、カイリーに注意がいかないよう陽動を起こすつもりだったマルランがいた。
「なっ!?」
マルランが驚いたのも仕方ない。自らの<エンブリオ>であるガードナーが突然飛んできた少女に……それも、まるで
反応する間もなく、少女の鋭い爪がマルランへと振り下ろされ、彼の体を切り裂いてデスペナルティへと導いた。
「チッ……いちいちジジイの許可をとらなきゃこんな奴も倒せないのかよ、面倒くせぇ」
本来の彼女であれば、たかが400レベルの<マスター>くらい、簡単に蹴散らせるというのに。
「とりあえず飯だ飯。たっぷり食わせてもらおうっと……」
「な、なんだよあれ……」
こんなはずじゃなかったのに、とセルトは戦慄していた。
カイリーは銀髪の女性に見つかったと思ったらすぐに氷漬けにされ、マルランにいたっては全身を切り裂かれてデスペナルティにされた。
自分はマルランとは別のところ……並んでいる建物の天井の上で、身を潜めていたがもはやここも安全ではないのではと思い始めていた
「とにかく、とにかく逃げなきゃ……いや、せめてカイリーだけでも回収を、そのためにあそこの<マスター>はどうにか……」
カイリーがいた行列の方へと魔法を向けようとしたとき、違和感に気づく。
「……え?」
自分が行列の方を見ているのと同様に。行列の方からも、こっちを見ている者がいる。
その者は、何か、こちらに向けているような――
『めいちゅー。お見事』
「よし。これでボクのラーメンは守られた」
『何だったんだろうね? こちらに魔法を撃とうとしていたってことは、何か狙っていたんだろうけど』
そんなのどうでもいいよ、と狙撃銃をアイテムボックスに戻したキノは答える。
結局のところ。
食事を邪魔しようとした奴が、一番悪いのだ。
次回予定「たくましい話」