キノの旅 ―the Infinite World― 作:ウレリックス
最近活気づいてきたのもあるしここでそろそろ投稿せねばなるまい……
推奨BGM 「My dream girls」NACHERRY
通路の先に、光が見える。
少女は熱気と声援が飛び交うこの先の場所へ向かう前に、大きく息を吸って、吐く。
これからの道筋を頭の中でシミュレートしていると、ふと母から言われたことを思い出した。
記憶の中の母は、自分の両肩を強く握って、正面から
『お願い、マリアーヌ。あなたにはお父さんやお兄さんのようにはなってほしくないの』
そう、彼女へと悲痛な顔で願っていた。
敬愛する父、尊敬する二人の兄。彼らのようにはなってほしくないという母の言葉には抵抗こそあったが、思い出の中の自分はゆっくりと頷く。
今、同じことを言われたとしても自分は同じようにするだろう。母の言いたいこともわからないわけではない。
けれども――
「申し訳ありません、お母さま」
ゆっくりと前へと歩き出す。
通路の先の、その場所に歩いていく中で、少女は母への謝罪を口にした。
(それでも、私は……)
レジェンダリアの首都である霊都・アムニール。
そこはファンタジー感溢れるレジェンダリアでもひときわ特殊な場所であり、世界最大の大木である<イレギュラー>、【アムニール】そのものである。
ここまでの旅路を無事に終えたキノは、リフレッシュもかねて今日は息抜きをするつもりでいた。
これまでに訪れた皇国や王国とはまったく違う、魔力に溢れた国。
それだけでも見に行きたいところは様々だったが、一方で観光をするには危険な落とし穴もあるのがこのレジェンダリアという国だ。
だからこそ、まずは霊都でゆっくり下準備をする……という口実の下、キノは霊都観光を楽しんでいた。
『で、今日はどこにいくの? キノ』
「そうだなぁ……この前は食べ物をたくさん食べたから、今日は趣向を変えようと思っているんだ」
<エンブリオ>であるヘルメスを紋章から出してはいるものの、街中であるため騎乗はしていない。
手で押しながらのんびりと歩いている。やはり一人で歩くのもいいが、せっかくなら話相手がいたほうがいいだろうという考えだ。
しばらく歩きながら考えていたキノだったが、壁に貼られているあるポスターを見て足を止めた。
「……せっかくだから、これ見に行こうかな」
『ふーん。確かに、この前とは違った趣向だね』
思い出すのは、レジェンダリアに入る前に王国で訪れた場所。王国の南部に位置する街……ギデオン。
その街は他の国と違って、とある施設が多く存在していることからこう呼ばれていた。
”決闘都市”、と。
「確かに、このアムニールにはレジェンダリアの決闘施設があったはずだ。今日も宣伝されるほどの試合があるみたいだし。せっかくだから見に行こう」
そして、キノは決めたのだ。今日は決闘を見に行くと。
旅を繰り返す中で、自分の戦闘技術を磨くのは急務。そのためにも、決闘などを見学するほどで学べるものがあるかもしれない。
目的地である決闘施設は探せばすぐに見つかった。
ギデオンほど興行に力を入れているわけではないようだが、それでも決闘というのは娯楽としては人気の高い物であるらしい。<マスター>たちからしても、PVPというのは見ていて楽しいものだ。
観戦用のチケットを購入するが、今回の試合は指定席というわけではない。自由席エリアの中ならどこでも座っていいようで、キノは遠すぎず近すぎない、手頃な場所を見つけ座る。他にも観戦者は一定数いるようではあったが、それでもギデオンと比べると観客の入りには大きな違いがあるようだった。
「……む?」
試合開始までしばらく待っていればいいかな、そう思っていたキノの耳に、太い声が届く。
そしてその声は、心当たりが割とあった。
ゆっくり、そう、あまり見たくないものを見るようにゆっくりと首を声が聞こえた方へと向ける。
それはもう、嫌そうに。
「……妙だな。俺はそこまで、お前に怪訝な目を向けられる覚えがないのだが」
「イエ、ナンデモナイデス」
キノが片言になるのも仕方ない。
キノの目の前にいたのは、見事な筋肉を誇る褐色の巨漢だった。
前回会った時には鎧姿……あるいは
彼の名はガマイナー・ヘイル。キノがレジェンダリアに来たばかりの頃に出会い、キノにレジェンダリアンを刻み付けた男である。
「せっかくだ。隣、失礼する」
そのままガマイナーは微妙な顔のままであるキノの隣に腰をおろす。
数ある席から何故ここを選ぶのかと言いたいことはあったが、かといって口にするようなことでもない。はぁ、と一度息を吐いた後キノはそのまま前を見る。
「闘技場にはよく来るんですか? 決闘ランカーだという話は聞きませんが」
「あぁ。確かに俺はランカーではない」
頷いたガマイナーは、自身の<エンブリオ>が対人向けのものとはいえ、決闘で通用するほど応用力があるものではないと語った。
「俺の<エンブリオ>は先日見たな? あの<エンブリオ>を活かすには、”見えない”という利点を最大限に活かす必要がある。そのために他者の戦闘を見て、戦い方を参考にするのは悪いことではない。イベントやクエストでランカーと競合することにでもなれば、相手の手札を知っておくことも重要になる。ランカーではないものが相手としても経験から対策ができるかもしれない。それが、俺が闘技場に足を運ぶ理由だ」
なるほど、とキノは思う。
彼が語ったのは対人戦闘を考える上では実に理にかなった話である。相手の能力を知っているかどうかは大事なポイントだし、知らない相手だとしても類似した能力の対処法を知っていれば応用が効くかもしれない。
話しているうちに今回決闘を行う<マスター>の紹介が行われる。
今回の決闘は決闘ランキング27位と29位の決闘らしい。ローブに身を包んだ魔法使いスタイルらしい27位に対し、29位である少女の<マスター>が挑む形となる。
『それではぁぁ……試合、開始ィ!』
魔法使いである27位が即座に周りに炎の壁を張り巡らせたのに対し、29位の少女は真っ先に右手に持った丸い何かを光らせ、次の瞬間彼女の服装がドレスと魔女の装いを混ぜたかのようなものに変わった。
そのまま少女は魔法による攻撃で遠距離から攻撃を仕掛ける。しかし魔法はそこまで強くはないのか、壁を貫くことはできていないようだ。
「まずは牽制、というところでしょうか」
「だろうな。27位の魔法使いは炎の壁を作ったあと、そのまま壁の中から魔法による砲撃で相手を遠距離攻撃していくのがいつものスタイルだ。俺のように耐久型であれば無理やり突破することもできるが、はまる相手にははまる」
防御の中に閉じこもったまま攻撃をしかけるというのは立派な戦術の一つ。
続けてみていると炎の壁から《ヒート・ジャベリン》や《ファイアーボール》が次々に飛んでくるが、少女はそれを魔法職ならぬスピードで避けてかわしていく。
「あれ、てっきり魔法職同士の戦いと思ったのですが…
「彼女の戦闘スタイルについては俺も詳しくは知らん。だが、聞いたところによると<エンブリオ>が少々特殊らしくてな。やつを《鑑定》してジョブを見てみろ」
ガマイナーに言われてキノが少女に対し《鑑定》を使ってみると……彼女のジョブが見えた。
「【魔法少女】……? そんなジョブがあるとは聞いたことがありません。つまり、<エンブリオ>」
「あぁ。奴の<エンブリオ>は【魔法少女】という特殊なジョブを取得するもののようだ。最初のあの変身でメインジョブが変わるのだろう。合計レベルが600になっているところを見ると、実質3つ目の上級職を得ているようなものだ。察するに魔法が使える戦士職、といったところか」
その説明で先ほどまでの疑問点は解決できる。
本来、ジョブ同士の関係により近接職をメインジョブにしていると魔法スキルは使えないものが多い。魔法も近接もできるジョブというのはとても限られている。
なので、逆に魔法職をメインジョブとして近接職をサブジョブにおくことでステータスのみ上げる、という手段があった。メインジョブが何であってもステータスには影響しないからだ。
しかし、そのようないわゆる魔法戦士ビルドというものはえてして器用貧乏になりやすい。魔法と近接という多様性が得られる代わりにメインジョブと相性のいいジョブスキルではないと使えない以上多様にみえて実は制限も多い。
「本来魔法戦士ビルドというのはそこまで万能ではない。どっちつかずの性能になりがちだ。だが……」
「
【魔法少女】……そのジョブがおそらく魔法戦士ビルドのデメリットを打ち消している。
近接スキルにも魔法スキルにも相性がいい上にジョブが増えている分ステータスも上げることが可能。
『《アトラクション》!』
「む?」
「なるほど……その手で来ましたか」
ビルドについて話をしていると少女がある魔法スキルを発動したことで大きく場が動いた。
《アトラクション》。それは地属性の物体を引き寄せる魔法。
そのスキルを使って、炎の壁の中に閉じこもっていた対戦相手を無理やり引き寄せたのだ。
さらに彼女は、重力魔法のスキルによって相手を地面へとたたきつけ、その場で押しつぶそうとする。
「重力魔法……サブジョブは【鈍重術師】ですか!」
『珍しいね』
ヘルメスが言う通り、【鈍重術師】は最近発見されたばかりの珍しいジョブである。
今まで情報が出回っていなかったのもあるが、ジョブの取得条件も厳しいことがロストジョブになっていた原因だろうと考えられている。
「珍しい……確かにそうだ。しかし、それならば」
ガマイナーが何かを言いかけたその時、
『くっそあああああああ! 《クリムゾン・スフィア》! 《
このままじゃやられると思ったのだろう、魔法使いの<マスター>が必殺スキルを発動させた。
彼がスキルを宣言した瞬間、それまで彼が放った炎の壁のなかで炎を強化していたガーディアン……彼の<エンブリオ>、サラマンダーの目が赤く光る。
壁を作っていた炎、そして必殺スキルの直前に発動させた《クリムゾン・スフィア》、その炎を全てコストへと変えてサラマンダーの体がより大きく、熱く燃え上がって巨大化する。強化されたステータスと熱量をもって彼の切り札が少女へと襲い掛かった。
その派手な姿に多くの観客が土壇場での逆転を夢想し、熱狂する。
「……勝負を焦ったな」
「何ですって?」
だが、ガマイナーは違った。
「【鈍重術師】のジョブ取得条件は”<重力の井戸>で一定数のモンスターを魔法で倒すこと”。ステータスも物理系が伸びやすく魔法戦士ビルドとしてはむいている上級魔法職だ。だがな?」
レジェンダリアの環境についてあまり詳しくないキノに対し、スタート時からずっとレジェンダリアで戦ってきた歴戦の<マスター>、ガマイナー・ヘイルは静かに己の分析を口にした。
「<重力の井戸>は重力変動が最低でも100G以上、場合によっては5000Gほどかかる特殊環境マップ。生息モンスターもこの環境に適応していて普通に強い。そんな環境でモンスターと戦い続けられる
まだ、何かあるぞ。
ガマイナーがそう言うのと少女がスキルを発動させたのはほぼ同時だった。
『《
次の瞬間、少女の肉体が メキッ……と音を立てて膨れ上がった。
あれだけ細かった腕は力強く、太く。
可憐に戦場を駆けていた足ははちきれんばかりに逞しく。
そして、【魔法少女】の名にふさわしいヒラヒラした装備は。膨れ上がった胸筋と腹筋その他筋肉によってパッツパツに引き伸ばされていた。
『ナニ……アレ……』
ヘルメスが絞り出した声に、キノはあんぐりと口をあけたまま返事はできず。
横のガマイナーは「おおっ! 素晴らしいバルクだ……ッ」とか目を輝かせているが、大半の観衆はかわいい少女がムッキムキのゴリラのような筋肉ダルマになったことで阿鼻叫喚と化していた。
顔だけは最初の少女のまま変化がないので余計違和感というか。
彼女の膨れ上がった筋肉は、決して見せかけのものだけではない。
彼女が普段からチャージしていた魔力をコストに、STRやAGI、ENDといった物理ステータスが大幅に強化されている。決闘が終わったら使ったコストはもとに戻るため、彼女は溜めに溜めた魔力を全ブッパすることを一切厭わなかった。
そして、少女はその力強い拳を握りしめると
『墳ッ!!』
『ビギャアア!!?』
迫っていたサラマンダーを、力強く殴り飛ばした。
飛んでいく自身の相棒の姿に唖然としていた魔法使いだったが、それで終わりではない。
どっすりと腰を据えていくつかの強化バフを自身にかけたうえで……少女?は最後に《アトラクション》にて再び彼の体を引き寄せる。
『
『ちょ、ちょ……っ……待…………っ』
最後の言葉は、口にできなかった。
『
『ぷぎゃあああああああああああああああああああ!!』
引き寄せられた体に、少女の力強い拳が突き刺さる。
そのまま振り切った拳により、魔法使いの<マスター>は回転しながら悲鳴をあげて吹き飛ばされた。
『し、勝負あったああああ! 勝者は、【魔法少女】
ワァァァァァァァァァ! という熱狂の中、勝者となったM.マギカはムキムキの筋肉姿のまま静かに拳を握った右手をあげる。
そのウイニングポーズに、さらに熱狂と拍手が鳴り響く。
キノもまた、満面の笑みで拍手をするガマイナーの横で死んだ目のまま、パチ、パチ……と拍手を送っていた。
賞賛の中、M.マギカはゆっくりと目を閉じる。
(お母さま……申し訳ありません)
思い出すのは、自分の両肩を強く握りながら正面から彼女を見る母の姿。
その後ろでは……確か、尊敬する兄たちや父の姿が少し困った顔を浮かべていたはずだ。
『確かに私もあなたのお父さんの素晴らしい筋肉に惚れ込んだわ。それはいいの。いや、まあ、いいのだけれど……』
『お願い、マリアーヌ。あなたにはお父さんやお兄さんのようにはなってほしくないの』
母の目には涙が浮かんでいた。
『お願いだから、お父さんやお兄さんみたいなマッチョな体になりたいなんて言わないで……!』
さすがに三人目にしてやっと生まれた女の子には、女の子らしく、可愛く育ってほしかったのだろう。
父や兄たちの筋肉に憧れ筋肉を鍛えることにだけはすごく母は反対していた。
幼いころから筋肉をキラキラした目で見ていた娘に危機感を覚えたらしく、
だが、それでも思うのだ。
(やはり、マッチョな魔法少女こそ至高ですわ……!)
彼女の嗜好は、レジェンダリアの闘技場にて存分に輝いていた。
今回登場の<マスター>
年齢:16
メインジョブ:【魔法少女】(系統なし・<エンブリオ>由来)/【鈍重術師】(魔術師系統重力魔法派生上級職)
<エンブリオ>:【攻顔可憐 ヴァルキュリア】
キャラ紹介:
レジェンダリアの決闘ランカー。好きな決闘ランカーはバルク・ボルカン一択。
筋肉に満ちたプロアスリートの父と筋肉は好きだが少女趣味もある母、筋トレマニアの兄二人を家族に持つ。
4人中3人が筋肉質な体のため幼いころからマッチョな体に憧れていたが母が全力で阻止した。
デンドロを始める際、アバターを作る時にマッチョな姿にするか悩んだが、自分がマッチョになるとどんな姿になるかが想像できず、いい感じのアバターを作れなかった。それよりは魔法少女みたいになる方を目指す方がファンタジーらしいし現実的かと思いレジェンダリアを選んでスタートした。しかし彼女の内なる思いを<エンブリオ>はしっかり読み取った模様。
余談だが、マスキュルスとはマッスルの語源にもなった筋肉を表すラテン語。解剖学では筋肉の部位を表記する際にマスキュルスの単語を略してM.と表記するらしい。
次回予定 「庇われた話」
そろそろ出します、”PK殺しの森”編……!