キノの旅 ―the Infinite World―   作:ウレリックス

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今回の話は時系列というと第1話の少し前。
アルター王国に向かう途中の、カルディナでのお話です。


第5話 壊せない話 ―I can't Do It.―

太陽が照りつける砂漠を、一台のバイクが走っている。

通常ならば砂にタイヤが沈みすぐに運転に支障が出てしまいそうなものだが、運転手は何事もないかのようにゴーグルを装着し、バイクを走らせる。

 

運転手の名はキノ。

そして彼女が騎乗しているバイクはただのバイクではない。

マスターが一人一つずつ持っている独自の力……それをエンブリオという。このバイクもまた、<疾駆二輪 ヘルメス>という名のエンブリオだ。

 

『キノー! 後でパイプ周りの整備をしておいてね!』

「街に入れたらね。ジョブを切り替えるにはセーブポイント以外だとジョブクリスタルを使わなきゃいけないから。あれ高いから使いたくない」

 

キノはサブジョブとして【整備士】についているが……キノのメインジョブでは【整備士】のスキルを使うことができない。

ならばなぜそんなジョブについているかという話になるが……一つは銃を扱う上で関係するDEXが伸びること。そしてもう一つはキノが"旅人"であるからだ。

 

キノが<Infinite Dendrogram>を開始した時、最初に訪れた国は機械の国ドライフ皇国。

そこであれば機械を整備してくれる店などたくさんあったが、他の国だとなかなかない。

なので素材をあらかじめ買っておいて、自分で整備するという選択をしたのだ。

 

あちこちの国を回るキノにとって、たとえスキルが常時使えないとしても、サブジョブの一枠を使ってまで【整備士】をとった効果は大きい。

素材とジョブ変更さえクリアすれば、どの国でもヘルメスのメンテナンスができるのだから。

 

ちなみに、エンブリオである以上壊せば元に戻るという荒技はあるが……当然ながら意思あるエンブリオのヘルメスがこれを許容するわけがない。

 

世の中には爆炎の中にエンブリオを使い捨てたり自爆させたりするマスターもいるらしいが、キノはそこまでヘルメスを酷使するようなことはなかった。

 

「とりあえず、クエストが終わるまではお預けかなぁ……」

『そんなー』

 

悲痛な声を上げるヘルメスを笑いながら、キノはクエストを受けたときのことを思い出していた。

 

 

 

 

 

「キノさん、ですかな?」

 

キノが声をかけられたのはカルディナにある商業都市の一つ。

商業国家であるカルディナは良くも悪くもお金で物事の成否が決まることが多い。

そしてそんなカルディナの特徴として、「どの国のものでも売られている」というものがある。

アルター王国にある神造ダンジョンのドロップ品も、ドライフ皇国の機械製品も、レジェンダリアのマジックアイテムも。

 

キノはカルディナの市場で、旅をする中でヘルメスのメンテナンスに使う部品や銃の弾丸などを補充したため、手持ちのお金がそれなりに減っていた。

なので金策にクエストでも受けようと冒険者ギルドを訪れたのだが……そこで警備兵の制服を着た男性に話しかけられたのである。

 

「はい、そうですが。あなたは……」

「私はこの都市の警備兵隊長を務めております、ダーソンと申します。見たところ、クエストを探しに来たようですが」

 

キノが頷くと、ダーソンはちょうど良かったと顔をほころばせた。

まずは座って話しましょう、とキノとダーソンは近くにあった席へとテーブルをはさんで座る。

 

「つい先ほどクエストを出したばかりなのですが……この依頼をぜひ受けて頂きたい。えーと……このクエストですな」

 

机の上に置かれていた、クエスト一覧が記載されている魔法のカタログをぱらぱらとめくるダーソンだったが、目当てのものを見つけそのページを開いたままキノへとカタログを差し出した。

 

難易度:六【討伐依頼―【死霊騎士】】

【報酬:80000リル】

『砂漠に出現した死霊騎士を討伐してほしい。

なお、以前討伐依頼を受けた<マスター>によると、看破によって名前を見ることはできなかったという報告があったため死霊騎士と呼称していますが、特徴として看破・鑑定眼が高確率でレジストされること、そして黒い鎧をつけています』

『※対象の防御力が高いため、攻撃力が高いか対処手段を持つ者の受注を推奨』

 

『ふーん。討伐系のクエストか』

「参考までにうかがいたいのですが、なぜボクに?」

 

キノの質問にダーソンは当然の質問ですな、と頷いて事情を話す。

そもそもキノのことは、先日都市に入ってきた商隊から聞いたのだという。商隊がモンスターに襲われているところをたまたま通りかかったキノが助け、その話を聞かされたそうだ。

そして、この時キノが倒したモンスターが、今回ダーソンがキノに依頼をする理由だった。

 

「あなたが倒した鋼殻亜竜は、このあたりに生息するものの中でも特に防御力が高く、硬いことで有名なモンスターです。そのモンスターをいともたやすく倒して見せた。だからこそ、私はあなたならあの兵士の防御力を貫けると思っているのです」

 

現に、クエストの依頼文にも高い防御力に対処できる者であることを推奨する文がある。

なるほど、とキノは頷き、腰のホルスターに入れている自分の銃を見る。

彼女が持っている銃はただの武器ではない……<UBM>を倒したことによる特典武具だ。

伝説級特典武具、【要砕銃 ガルカノン】。

 

【ガルカノン】には二種類の装備スキルがついている。

アクティブスキル・《一砕貫通》はMPを装填し、注いだMPの分だけ相手の元のENDを減算した攻撃を放つスキル。

最大で五万までは、あらかじめMPを銃にチャージしておくことができる。

そしてもう一つは……パッシブスキル・《鎧砕貫通》。

こちらは対象の装備による防御力、装備補正、及び装備スキルを無視してダメージを与えるというもの。

《一砕貫通》と違ってこのスキルは消費などはなく、【ガルカノン】による全ての攻撃に適用される。

防御貫通に特化したこの特典武具があったからこそ、キノは鋼殻亜竜を葬ってみせた。

 

「わかりました。そのクエストを受けましょう」

「おお、助かります。では……」

 

話がまとまったところでカウンターに行き、クエスト受注の手続きをする。

よろしくお願いします、とダーソンが頭を下げて去って行ったあと、その様子を見ていたらしい<マスター>がキノに声をかけてきた。

 

「あんた、さっき聞いてた感じだと砂漠に出たって言う死霊騎士の討伐クエストを受けたのか?」

「えぇ。どうかしましたか?」

 

実はよ、とその<マスター>は苦笑いして話をした。

なんでも、彼はキノが来る前に一度そのクエストを他の<マスター>と共にパーティを組んで受注したらしい。しかしその難易度が聞いていたよりも高かったためこれを断念。

彼らの報告を受け、ダーソンはクエストの内容や報酬を改めて再度クエストを出すことにしたらしい。

 

「あのモンスターは恐ろしく硬い。鋼殻亜竜よりも硬いかもしれねえが、あれを簡単に倒せるっていうならまあなんとかなるかもしれねぇな。とにかく、俺が言いたかったのは半端な攻撃は通じないってことだ。あのダーソンって警備隊長は鋼殻亜竜でも倒せるくらい強力な武器を持っていて、レベルも高い腕利きらしいが、その人が依頼している時点で相当な難易度だって気づくべきだったぜ……。ま、頑張れよー」

 

自分で倒せなくて依頼したんだろう、よほど悔しかったのかもな……と肩をすくめる。

話し終えると、手を振ってその<マスター>は冒険者ギルドから出ていく。

余談だが、彼の髪型はいわゆるモヒカンだった。

 

 

 

 

 

『そうとう硬いんだねー、そいつ』

「そうだね、難易度六ってまあ難易度高いよ……ヘルメス!」

 

突然砂の中から現れた黒い鎧の騎士。

看破を発動するがそのステータスや名称など、ほとんどが塗りつぶされてみることができない。

看破に特化したものなら見ることができたかもしれないが、あいにくとキノは【斥候】をサブジョブでとっている程度なので、《看破》のレベルはそこまで高くはない。

 

『GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』

 

叫び声をあげて持っていた剣を鎧が振り下ろす。

訓練を積んだ兵士かのように自在に剣を操る鎧だが、キノは《操縦》スキルを駆使してヘルメスを駆り、剣を避ける。

すれ違いざまに【ガルカノン】を抜き、引き金を引いた。

 

今回のモンスターは相当ENDが高いのだろうと思っていたため、MPを装填していないこの攻撃はまださほど効かないとキノは思っていた。

あくまで牽制のつもりだったのだ。

しかし。

 

『GUGYAGYAGYA!?』

「え?」

 

大きなダメージをおったかのように叫び声をあげた鎧。

聖属性の弾丸を使ったわけでもないのに、どうやらダメージが通ったらしい。

 

「…………」

 

ある可能性に思い当たりながら、キノはヘルメスで一度鎧から距離をとる。

鎧の剣の技量はキノが知る<マスター>ほどではないが、それでも十分強いと思えるレベルだ。

しかし速度はそこまでではない。耐久性に特化しているのだろう。

 

ならば。

距離を詰められない以上キノにとってただの的でしかない。

 

 

 

 

 

日の沈んできた夕暮れに、キノは警備兵の本部を訪れた。

「ダーソン隊長から依頼された鎧討伐を終えたので報告に来ました」と伝えると、すぐに隊長室へと通される。

案内され移動する間、キノに向かって頭を下げる警備兵が何人かいた。

 

「失礼します! 依頼報告に来たキノさんをお連れしました!」

「……そうか、通してくれ」

 

ノックに対してやや強ばった声が入室を許可し、キノは隊長室へと入る。

書類がたくさん乗った机の上で腕を組み、わずかに震えているようにも見えるダーソンは静かにキノを見た。

彼の視線を受け、キノは歩み寄ると懐から箱型の物を取り出し、机の上に置いた。

 

「…………」

「依頼はこれで完了、でいいでしょうか」

 

机に置かれた箱型のアイテムボックスを見つめたまま沈黙するダーソンに、言葉を続ける。

 

「依頼された黒い鎧とは遭遇しました。なるほど、確かに"呼称する"、でしたね。あれはモンスターではなかった」

 

モヒカン頭のマスターは鎧をモンスター、と呼んだ。

しかし……ダーソンは一度たりとも鎧を"モンスター"とは呼ばなかった。依頼文の上でもあくまで呼称として死霊騎士と呼んだだけで、決してモンスターとは断定していなかった。

 

「あなたは……知っていたのですね? それが、誰なのかも」

 

キノの質問に、ダーソンはすぐには答えなかった。

だがしばらくの沈黙の後、ゆっくりと顔を上げる。

ティアンの間では棺桶(・・)と呼ばれる箱型のアイテムボックスから視線をキノへと移し、そして静かに頷いた。

 

「彼は……私の息子です」

 

 

 

 

 

ダーソンの息子……ティムはダーソンと同じく警備兵の一員だった。

ある日、密輸組織の一行を追いかけた帰りに砂漠でモンスターの討伐を行っていたところ、突如それまで戦っていたモンスターより明らかに格上のモンスターが出現。

このままでは全滅すると思ったティムは、密輸組織から没収した鎧を装着した。

その鎧は装着者のENDを大幅に引き上げ、またそれとは別に高い防御力を有するが、代償として装着者の正気を奪い、荒れ狂う怪物にするものだった。

 

「鑑定させた者の話では、一度装着すればたとえ鎧を破壊しても装着した者の意識は戻らない、そのまま死ぬのだと……。生きたまま死んだようなものです。死霊騎士、という呼称は決して間違いではないのですよ」

 

ティムが一人足止めとなったおかげで他の者は無事だった。

しかし、その代償にティムは帰らぬ人……否、人ですらなくなった。

 

ダーソンは街を守る者として、鎧、つまり息子の討伐をすべきではあった。

彼にはそのための武器もある。そのための技量もある。

 

しかし……できなかった。

 

警備兵隊長として街が襲われる前に討伐すべきではあったが。

父として、たとえもう息子の正気が失われているとしても。

鎧の破壊は息子の死を意味する。

そう思うと、どうしても自分の手ではできなかった。

 

 

 

 

 

「親としての気持ちと隊長としての義務に挟まれた貴方は……せめて、他人の手で討伐してもらおうと考えた。だから報酬を上げてでも、依頼を出したのですね」

「おっしゃる、通りです。どうしても……。どうしても私には、あの鎧を壊すことなど、できなかった……!」

 

この後、ティムの遺体を棺桶に入れて持ってきてくれたキノに、ダーソンは深く感謝して頭を下げた。

これで、警備兵の皆と彼を弔える、と。

 

報酬を受け取り、警備兵達の敬礼に見送られて本部を出たキノは黙ってヘルメスを押し、人通りの減ったバザールを歩いた。

 

「……改めて思ったよ。ティアンの人たちは、ボク達と同じ。悩み、苦しむ心がある」

『そう』

 

空を見上げたキノの視線の先では、すっかり暗くなった空に星が輝き始めていた。




今回はティアンとの絡みの話でした。
ガルドランダの話に棺桶が出ていたので使ってみました。

次回はキノが下級職の頃の、天地でのお話です。

次回予定「殺しあう話」
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