キノの旅 ―the Infinite World―   作:ウレリックス

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第6話 殺しあう話 ―Serious Match―

「うー……」

『さっきから唸ってばかりだよ、キノ。そんなに悔しかった?』

 

七大国家の一つ、天地にて。

【銃士】キノは顔をゆがめながら森の中をヘルメスに乗って走っていた。

空は青く晴れ、鳥の鳴き声も聞こえるいい天気だというのに、キノの表情はすぐれない。

 

「また負けた……今度こそはと思ったのに」

『お師匠さんにはキノの奇襲なんてまるわかりなんだろうね』

「それでも! 最初の一撃は避けられたんだ、だから今度こそはやった、と思った、のに……」

 

銃を構えた瞬間、師匠の姿はキノの視界から消えていた。

いつも師匠には一撃でやられていただけに、鍛えられた《危険察知》でフェイントも含め最初の一撃を避けられたことで気が緩んだのだろう。

 

思考が空白になったキノは次の瞬間、右側に回っていた師匠によって頭を撃たれていた。

 

『訓練弾だったからデスペナにならなくてよかったじゃない。模擬戦じゃなかったら死んでたよ?』

「模擬戦以外でも危険察知訓練とか容赦なく撃ってくるからなぁ……」

 

師匠曰く、「私は銃より素手の方が強いです」とのことらしいが。

しかも天地とはいえ、彼女は紛れもなくティアンだというのだからキノは師匠の化け物じみた強さに対し、ため息を隠せない。

 

レジェンダリアにいた時、突然アクシデントサークルによる転移魔法に巻き込まれ、天地を右往左往していたキノを世話してくれる上に修行もつけている「師匠」と自らを呼ばせる女性。

詳しくはキノも知らないが、彼女がただ者ではないということは身をもって叩きこまれた。

 

「絶対、ぜーったいあの人超級職だ。賭けてもいい」

『でも看破じゃわからないんでしょ?』

「その看破でも合計レベルの桁すら見えないんだよ……? とんでもなくレベル差があるとしか思えない」

 

ふーん、とヘルメスは返事をするが、今もなおキノの表情は晴れない。

なのでヘルメスは少し明るい方に話を持っていくことにした。

 

『でもさ、危険察知で師匠の攻撃を避けられたからこそ、今回の指示につながったんじゃない? 師匠だってキノの成長を認めてるんだと思うよ?』

「む……それは、まあ、そう、かな?」

 

キノ達が普段生活と修行をしているのは森の奥だが、今回師匠が出した指示は「近くの街で行われる武芸大会に参加してきなさい」、というものだった。

天地では野試合が盛んではあるが、それでも決闘設備は他の国と同様に存在する。

キノが参加する武芸大会もまた、この決闘設備を使ったティアン、<マスター>入り混じる大会である。

 

「今から行く武芸大会は、この辺りを治めている大名が新戦力になりそうな人を見つけるものなんだってさ。だから、上級職ありの部門と、下級職だけの人限定の部門とあるらしい。ボクが参加するのは後者」

『まだ未熟な人材でも見逃さないよう、ジョブやレベルで差が大きくなりすぎないようにしてるんだね』

 

上級職をとる前に武芸大会に出る指示を師匠が出したのも、部門の存在を知っていたからだろう。

「上級職をとるのは少し待ってください」と師匠が止めていたのも、下級職を先に鍛えておくという理由もあるだろうが、まずこの武芸大会も一因と思われた。

 

『キノはどこまでやれるかな?』

「さあね。なるようになるさ」

『あまり結果が良くないと、師匠がなんていうか知らないけど』

「……頑張ろう」

 

 

 

 

 

キノは目的地に到着すると、そのまま武芸大会に参加するための手続きをとり、大会に参加した。

大会はトーナメント形式、1対1で行われる。

上級職ありの部門では希望者が多く予選があるらしいが、下級職まで、と限定すると参加者がガクッと減るためこちらでは予選が行われない。

 

トーナメントをキノは順調に勝ち上がる。

ステータス頼りで突進してきた槍を持つ<マスター>は即座に頭を撃ち抜き。

隠形を使う【隠密】らしきティアンは鍛え上げられたキノの《危険察知》によって奇襲に失敗し撃ち抜かれ。

弓のエンブリオを持った<マスター>は善戦したものの、キノに懐に入り込まれて弓の利点を活かせず、敗北した。

 

そして迎えた、次の試合。

 

反対側の入口から出てきたのは、腰に一振りの刀を差している、緑色の小袖に紺の袴を着た少女だった。

ニコニコと朗らかな笑顔を浮かべる彼女は、舞台に上がるとキノへ一礼する。

 

「初めまして! 私は【武士】の雫と申します!」

「あ、はい。キノです。メインジョブは【銃士】」

 

元気はつらつ、という言葉が似あう雫に押され、思わずキノも一礼する。

雫は笑顔のまま腰の刀へと手を伸ばし、キノもホルスターに入れた銃へと手を伸ばす。

 

(…………)

 

キノの顔に、わずかに冷汗が流れる。

今までこの大会で相対した相手とは、違う。

ニコニコと浮かべる笑顔のその奥に……確かな殺気を隠している。キノにはそう思えてならない。

戦いが始まるその前から、キノの《危険察知》がセンススキルとして疼いていた。

 

キノの内心をよそに、審判が声をあげる。

 

「いざ尋常に……始めぇ!」

 

瞬間、二人は同時に全速力で動く。

雫は前へ。キノは後ろへ。

 

「……む」

 

刀を抜いて振り上げた状態から、手ごたえがなくキノを斬り損ねたと察した雫はすぐに体勢を戻し、刀は抜いたまま両手で構える。

一方、キノは自分の判断に安堵すると同時に、雫への警戒を跳ね上げていた。

もしキノが開始直後に後ろへ飛んでいなければ、即座に斬り捨てられ、敗北していただろう。

 

(けど、それだけじゃない……!)

 

消えない不安を胸に、キノは右手に持った銃を発砲する。

雫の肩を狙ったその弾丸は

 

キィン!

 

「くっ……」

「いい狙いだけど、当たらない!」

 

なんと、雫の刀によって弾かれる。

雫はキノが向けた銃身の向き、視線、それらからキノの狙いを瞬時に察して防いで見せたのだ。

そのまま、雫は足に力を入れて一気にキノへと詰め寄ろうとする。

 

「次はこちらから、行くよ!」

「なら……これでっ!」

 

再度キノが引き金を引く。

キノの視線や銃身に対する見切り、そしてAGI補正により雫は再び弾丸を刀で弾く。

これならいける、と僅かに頬が緩みそうになる雫だったが、弾丸をはじいたその先に視線をやって凍り付く。

 

「もう一発!?」

 

続いてキノが撃ったのは、”左手”の銃。

右手で発砲すると同時に、左手でもう一つベルトに挟んでいた銃を抜いて発砲したのだ。

しかも二発目は最初に狙ったのとは反対側を狙っていた。

 

「くううう!」

(これは、防げない……!)

 

刀で弾いたとは言うが、決して雫は【神】に至れるほどの技量を持っているわけではない。

故に、刀をわずかに動かすだけで弾丸を弾くというレベルの行為まではできないのだ。

当てて弾くと言うより刀を振って弾いていただけに、二発目まで弾くことはできそうにない。

 

「それ、ならっ……!」

 

雫は体を無理やり動かすことで回避を選択する。

しかし、その隙にキノが距離を取りつつ右手の銃で新たに発砲した。

僅かに狙いがそれて雫には当たらなかったものの、雫が危機感を抱くには十分だ。

キノのその目が、雫から余裕を奪う。

彼女を見つめるキノの目は……相手を殺そうとする、殺意ある目だった。

 

「……強いね」

「ボクだって余裕があるわけじゃありません」

 

お互いに距離を取り、双方構えなおしたところで雫から声をかけた。

雫は微笑んで見せるが、その笑顔は先ほどまで浮かべていた笑顔とは違う。

余裕はない、しかし決して相手にそう悟らせるわけにはいかない。

 

そして何より、戦うことが楽しいという……戦士の笑み。

 

「キノさん」

「何ですか」

「今、あなたは何を考えている?」

 

双方ともに相手から視線をそらさず、言葉を交わす。

 

「あなたを、殺すことを」

「奇遇だね……私もそうだよ」

 

雫は思う。

これまでの試合で対決した相手は、皆ここまでの熱を持っていなかった。

敵を倒そうとする者、勝ちたいと思う者。

別に彼らのそんな思いを否定するわけではない。

ただ……これが結界を用いた決闘だからだろうか。野試合ではない試合だからだろうか。

 

 

誰も……「相手を殺そう」と思っている者がいなかった。

本気で、命のやり取りを交わしている心構えの者はいなかった。ティアンでさえも。

 

 

雫はこの<Infinite Dendrogram>で最初のデスペナルティになった時の、初めてティアンの死を目にし、エンブリオすら目覚めていない自らの無力さを嘆きながら自身も死に向かったあの思いを、忘れたことはない。

故に、彼女は戦いとは命の奪い合いだと、強く思っている。

 

だから今までの相手に落胆していた。

ようやく話に聞いていた決闘に触れることができたのに、結界を用いた「絶対に死なない」戦いに失望していた。

しかし、今目の前にいる相手は違う。

本気で、殺されまいと自分を殺そうとしている。

 

そのことが、なぜかとても嬉しく思えた。

丁寧な言葉で、心からの感謝と共に雫は謝罪を口にする。

 

「こちらの事情で大変申し訳ないのですが、今私は全力を出せません」

 

故に残念だ。

「決闘がこんなものならわざわざ手の内を明かすようなことをする意味はない」と、相方(・・)を観戦させるにとどめたことが。

己の、全力で戦えないことが。

 

「しかし……せめて、本気であなたを殺します」

「…………」

 

もはやキノは答えず、手早く銃の再装填を行った。

にらみ合った後……二人は、同時に動く。

 

 

「「はああああああああああああああ!!」」

 

 

キノが撃つ銃弾を、先ほどの反省からできるだけ最小限の動きで防ぐ。

距離を詰めようとする雫に対し、キノもまた雫の間合いから逃れようと移動を続ける。

しかし……動き方については、雫が僅かに上回った。

 

キノを間合いに捕らえ、雫は《瞬間装備》で納刀状態の刀を腰に装備する。

 

(……取ったっ!!)

 

雫が有するジョブスキルに、《居合い》というものがある。

納刀状態で相手を間合いにとらえた時のみ、自らのAGIを倍にするパッシブスキル。

これでとどめと、全力で刀を抜いてキノの首へと刃を走らせた雫は……

 

「……な」

「くうっ……!」

 

キノが咄嗟に、右手で《瞬間装備》したナイフで軌道を逸らされた。

間合いという一番近い距離。これは確かに近距離戦闘の側にとって有利ではあるが……逆に言えば、狙いが定まりやすい距離でもある。

 

ナイフが砕け散りながらも、左手の銃が雫の頭へと向けられ。

一発の銃声と共に、この戦いは終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

『おつかれー! 強かったねえ相手』

「本当だよ……ずっと神経張り巡らせていてようやく勝てた。少しでも集中が切れていたらこっちが負けてたよ」

 

試合後、キノはヘルメスからいたわりの言葉をかけられたあと、決闘施設の廊下を歩いていた。

 

「キノさん」

 

後ろから声をかけられたので振り返ってみると、そこには反対側からわざわざ走ってきたのであろう雫と、一匹の白い犬がいた。

確か天地のモンスターにこんな犬がいたな、と思いながらキノは雫へと向き直る。

 

「おつかれさまでした」

「おつかれさまでした! いやー強かったですねキノさん……。悔しいけれど完敗です」

 

たはは、と頭をかく雫。

キノもまた微笑むと、雫の横から犬が前に出てキノへと頭を下げる。

 

「先ほどの試合、お見事でした……。わたくし、雫様にお仕えしております、タマと申します」

『犬が喋った!? なんでー!?』

「……バイクが喋るよりは、よっぽどまともかと思いますが?」

 

ヘルメスとタマの掛け合いを見てキノと雫は吹き出す。

それからも、天地での日々やキノが昔いった国の話などで盛り上がる。

その後、またいつか機会があったら、今度はぜひ外で戦おうと約束し、キノは次の試合があるからとその場から立ち去って行った。

 

「ねぇ、ヘルメス」

『何? キノ』

「緑の服を着た刀使いに白い犬って……まるで「キノの旅」に出てきたあの人みたいだ。性格とかは全然違ったけど」

『へぇ。驚いた?』

「そりゃあ驚いたさ。しかもボクと違って特に意識してないだろうし。もしかしたら……」

『もしかしたら?』

「あの人のエンブリオは、刀と犬に関係したものなのかも、しれないね」

 

 

 

 

 

「……雫様」

「うん」

 

しばらく沈黙していたが、廊下に残っていた雫は顔を隠すようにタマに背を向ける。

 

「負けた……負けたよ。あの殺し合いで、私は死んだ(・・・)

「そうですね」

 

でも次は絶対に、絶対に負けない……と雫は強くこぶしを握り締める。

その頬に、一滴の雫を流しながら。

 

「次は勝つよ。絶対に」

「はい。次はわたくしをお使いに(・・・・・・・・・)なってくださいませ。タマの力は、あなたのために」

 

そう、タマと名乗る犬は……否。

犬と偽って自らの姿を隠す彼女の<エンブリオ>は、静かに頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

これより先の、いつかの未来に。

”野試合無敗” ”一斬必殺” ”剣霊”など。

様々な二つ名で呼ばれるようになる雫は<超級>へと至る。

 

だからと言って、彼女は決して最強でもなければ無敵でもない。敗北に涙したことだってある。

これはいつか<超級>へと至る少女が、”旅人”と出会った話。

そして初めて、ライバルと思う相手に出会った話。




「キノの旅」をご存知の方は察したかもしれませんが、雫は「キノの旅」の「シズ」を元に考えたキャラクターです。
しかしあくまでも参考にしただけなので、タマをはじめ性格などは大幅に違っています。
これはあくまでこの物語が<Infinite Dendrogram>の二次作品であって「キノの旅」の全てを再現するつもりではないから、です。
少し話が出た師匠も、その背景などは「キノの旅」と大きく異なっています。

とはいえ、これからキノほどではありませんが、雫を中心としたお話も作る予定ではあります。
雫のエンブリオ……タマの正式名称やTYPE、能力などはその時にでも。
楽しみに想像していただければ幸いです。


追記
ご指摘を受け、キノの雫に対する言及を追加しました。

次回予定「依頼主の話」
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