曹操様は素晴らしい方だ。
この方が、きっと住みよい
田舎から出てきたばかりの俺には、まだ何も見えていなかった。
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刺史の地位に就かれた曹操様の下で、屯田兵になれた俺は「
陳留から徒歩で一日のところの村で生まれ育った。
ある日、野盗が村を襲った。
両親は殺されていた。
村に火が放たれ燃えていたのは今でも思い出す。
川へ魚を獲りに行って、助かった、というか取り残された。
まだ子供だった俺は途方にくれた。
わずかばかり残った食料で食いつないでいた。
いつも両親と食べていた食事と違って、生の麦はほろ苦かった。
行商人のおじさんが立ち寄った。
父の知り合いだったので、度々ウチに泊まっていた人だった。
このまま子供がひとり畑を耕して生きていけるわけもない。
何よりもうここには「村」はない。
木の板でどうにか穴を掘り、村のみんなを埋めた。
おじさんは泣いてくれた。
俺は、その人に町まで連れて行ってもらおうと考えた。
別に当てがあったわけじゃない。
このままここで野犬にでも襲われ、ひとりで死んでいくのが怖かった。
そしてここで子供ながらに死を覚悟して申し出た。
「おじさん、オラを人買いに売ってください。
そのお金がオラのできるお礼です。
どうかオラを町に連れて行ってください、お願いします」
おじさんは、黙ったままだった。
「
売られたら最後、一生苦しむかも知れないんだぞ」
「実は、もう死のうと思っているんです。
死んだら父さんや母さんに会えるんじゃないかって」
自分でも会うのは無理だと判っていた。
夜になると暗闇から人の話し声が聞こえるような気がした。
俺はその声たちと会話した。
死ぬのが嫌だ、逃げ出したい。
今の世の中、そんな都合のいい願いはかなわない。
せめて人のいるところで死にたいと思っただけだった。
子供だった俺は寂しかったのだ。
「じゃあ、俺と一緒に来い。
もしかしたら、お前には生きる道があるかもしれない」
おじさんは、それから俺を仕事の相棒にしてくれた。
それから数年、行商人見習いだった。
自分でも不思議だったが、算術や読み書きができるようになった。
学者さんみたいな難しいことは理解できなかったが、カラクリ等の工夫はできた。
恥ずかしいが、おじさんの夜の相手も少々。
子供だったから、できたのかもしれない。
恩のあるおじさん以外は、相手を殺す気でお断りしたい。
おじさんには奥さんもいるので、このことはふたりだけの秘密だ。
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「親方、今日はどこに行くんですか?」
「そろそろ
俺の主のところに連れていく」
「主・・・・親方、どなたかに雇われていたんですか?」
「なんだ、あまり驚かないな」
俺はなんとなく気になっていた。
おじさんの行商は、あまり商売っ気がなかったからだ。
邑や町に行くと世間話が多かった。
その土地の名産品や作物を仕入れするが、出来がどうだったとか税金はどうとか。
帳簿を任されるようになってから、それが数字で理解が深まった。
おじさんが、陳留の刺史様のお屋敷の裏口の木戸を叩く。
≪ゴン、ゴゴゴン≫
木戸が開くとかなり分厚い。
入り口が小さいため、ここから兵士が中に入るのは、詰まるだろう。
その奥は、すぐ壁があり、お屋敷の中が見通せないつくりになっていた。
「このお屋敷は、変わっていますね」
「開は、そういう目が育ったな」
「親方のおかげですよ」
「それは俺が尻尾を出してるってことじゃねえか」
俺は内心、下ネタを思いついたが、黙っておくことにした。
さっきから、誰かに見られているような気がしたからだ。
おじさんに促され、裏庭に回り込む。
井戸があり、おそらくは厨房の煙突から煙りが立ち昇っていた。
三人の人影が歩いてきた。
体格の良い女性ふたりとその間に少女。
金色の髪が美しい人だった。
田舎育ちには、気品のある人たちに縁がない。
おそらくはバカ面を曝していたことだろう。
『開、刺史様の御前だぞ。
早く控えんか!』
「え゛!
親方、それを早く言ってよ」
おじさんの説明で驚くのを後回しにして、文字通り額を地面に擦りつける。
人生の中で一番偉い人が目の前にいる。