路傍の石のような   作:破図弄

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第一話 砕けた石

曹操様は素晴らしい方だ。

 

この方が、きっと住みよい(くに)にしてくれる。

 

田舎から出てきたばかりの俺には、まだ何も見えていなかった。

 

 = = = = =

 

刺史の地位に就かれた曹操様の下で、屯田兵になれた俺は「磊卓(らいたく)」。

 

陳留から徒歩で一日のところの村で生まれ育った。

ある日、野盗が村を襲った。

両親は殺されていた。

村に火が放たれ燃えていたのは今でも思い出す。

 

川へ魚を獲りに行って、助かった、というか取り残された。

まだ子供だった俺は途方にくれた。

わずかばかり残った食料で食いつないでいた。

いつも両親と食べていた食事と違って、生の麦はほろ苦かった。

 

行商人のおじさんが立ち寄った。

父の知り合いだったので、度々ウチに泊まっていた人だった。

 

このまま子供がひとり畑を耕して生きていけるわけもない。

何よりもうここには「村」はない。

木の板でどうにか穴を掘り、村のみんなを埋めた。

おじさんは泣いてくれた。

俺は、その人に町まで連れて行ってもらおうと考えた。

 

別に当てがあったわけじゃない。

このままここで野犬にでも襲われ、ひとりで死んでいくのが怖かった。

 

そしてここで子供ながらに死を覚悟して申し出た。

「おじさん、オラを人買いに売ってください。

 そのお金がオラのできるお礼です。

 どうかオラを町に連れて行ってください、お願いします」

 

おじさんは、黙ったままだった。

 

(わらべ)、それは本気で言っているのか?

 売られたら最後、一生苦しむかも知れないんだぞ」

「実は、もう死のうと思っているんです。

 死んだら父さんや母さんに会えるんじゃないかって」

自分でも会うのは無理だと判っていた。

 

夜になると暗闇から人の話し声が聞こえるような気がした。

俺はその声たちと会話した。

 

死ぬのが嫌だ、逃げ出したい。

今の世の中、そんな都合のいい願いはかなわない。

せめて人のいるところで死にたいと思っただけだった。

子供だった俺は寂しかったのだ。

 

「じゃあ、俺と一緒に来い。

 もしかしたら、お前には生きる道があるかもしれない」

おじさんは、それから俺を仕事の相棒にしてくれた。

 

それから数年、行商人見習いだった。

自分でも不思議だったが、算術や読み書きができるようになった。

学者さんみたいな難しいことは理解できなかったが、カラクリ等の工夫はできた。

 

恥ずかしいが、おじさんの夜の相手も少々。

子供だったから、できたのかもしれない。

恩のあるおじさん以外は、相手を殺す気でお断りしたい。

おじさんには奥さんもいるので、このことはふたりだけの秘密だ。

 

 = = = = =

 

「親方、今日はどこに行くんですか?」

「そろそろ(かい)も俺も自分の仕事をしないといけないからな。

 俺の主のところに連れていく」

「主・・・・親方、どなたかに雇われていたんですか?」

「なんだ、あまり驚かないな」

俺はなんとなく気になっていた。

おじさんの行商は、あまり商売っ気がなかったからだ。

邑や町に行くと世間話が多かった。

その土地の名産品や作物を仕入れするが、出来がどうだったとか税金はどうとか。

 

帳簿を任されるようになってから、それが数字で理解が深まった。

 

おじさんが、陳留の刺史様のお屋敷の裏口の木戸を叩く。

≪ゴン、ゴゴゴン≫

 

木戸が開くとかなり分厚い。

入り口が小さいため、ここから兵士が中に入るのは、詰まるだろう。

その奥は、すぐ壁があり、お屋敷の中が見通せないつくりになっていた。

 

「このお屋敷は、変わっていますね」

「開は、そういう目が育ったな」

「親方のおかげですよ」

「それは俺が尻尾を出してるってことじゃねえか」

俺は内心、下ネタを思いついたが、黙っておくことにした。

さっきから、誰かに見られているような気がしたからだ。

 

おじさんに促され、裏庭に回り込む。

井戸があり、おそらくは厨房の煙突から煙りが立ち昇っていた。

 

三人の人影が歩いてきた。

体格の良い女性ふたりとその間に少女。

金色の髪が美しい人だった。

 

田舎育ちには、気品のある人たちに縁がない。

おそらくはバカ面を曝していたことだろう。

 

『開、刺史様の御前だぞ。

 早く控えんか!』

「え゛!

 親方、それを早く言ってよ」

おじさんの説明で驚くのを後回しにして、文字通り額を地面に擦りつける。

人生の中で一番偉い人が目の前にいる。

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