「ご苦労さま。
で、彼が愛弟子なのかしら?」
「は!
なかなか見どころがありますれば、
必ずや操お嬢さまのお役に立つと!」
おじさんは、刺史様を操お嬢さまと呼んだ。
「お母さまに仕え、信任厚いあなたの推挙、試していいかしら?
言葉に偽りは、ないのでしょうけど、試さずに飼う気はないの」
「はい!
御意に!」
刺史様とおじさんの会話に置いて行かれた俺。
試す?
一体何をさせられるというのか?
「あのう、俺、いえ、わたくしは行商人なのですが・・」
恐る恐る顔を上げて言ってみる。
「誰が口をきいていいと言ったのかしら?」
「あ・・・・すみません」
少女の目に仄かな怒りが見える。
(うわー、メチャメチャ怒ってる)
『開、きちんと謝れ』
「華琳様、この無礼者の首を刎ねてしまいましょう」
身じろぎはせず、小声で促すおじさんの声をかき消すように、考えるのは苦手そうな赤い女性が憤りをあらわに腰の剣に手をかけていた。
「姉者、庭を汚してはダメだ。
河原に連れて行ってからだ」
青い女性が、輪をかけて怖いこと言ってくる。
「申し訳ございません」
改めて額を地面に擦りつける。
「あなた、春蘭と戦ってみなさい」
「へ?」
= = = = =
「なかなか面白いじゃない」
華琳は、口角を吊り上げ目の前の結果を眺めていた。
「ハァハァ、コイツ、ずいぶんと手こずらせてくれた」
木剣を片手に肩で息をする春蘭の目の前には、ボコボコにされた少年が転がっていた。
「華琳様、これはどういうことで?」
「試したのよ」
「はあ」
「私は、つかみどころのない気迫を感じたの。
私とは異質のね」
「それで姉者を。
しかし、武においては全くなのでは?」
「それでいいのよ。
春蘭ほどであれば、すでに頭角を現していたに違いないわ」
「では?」
「何かしら、そのうち、わかるでしょう。
春蘭、彼の手当てを。
今日から部下にするわ」
「えっ!華琳様こやつ男ですよ」
「私は優秀なら性別は問わないわ」
「そんなぁ」
春蘭は、その場で何か勘違いしていた。
= = = = =
「いててて」
卓は寝台で目を覚ました。
「あの程度で泣き言をいうんじゃない」
春蘭が椅子にどっかり座り腕を組んでいた。
「そうは申されますが、わたくしただの行商人でございますので、大将軍に武で足下に及ぶこともございませんので」
「貴様、いつまでも欺けると思わぬことだ。
こととしだいによっては・・」
卓に凄んでみせる春蘭の目は本気だった。
「そうよ」
少女の声が春蘭の殺気を霧散させる。
そこには、秋蘭を従えた華琳が立っていた。
「刺史様、痛て」
卓は、おっかない来訪者を目の前にして、寝台から慌てて床に降りようとして落ちた。
今度は、石の床に額を擦りつける。
「いいわ、立ちなさい」
華琳の言葉は、最初から比べると若干柔らかくなっていた。
「はい、ありがとうございます」
卓は、ようやく立ち上がることができた。
しかし、気まずかった。
華琳の方が背が低く図らずも見下ろすことになった。
大将軍たちは、長く仕えてきているので不敬ではないだろうが、一介の行商人が許されるものではない、そう考えていた。
「磊と言ったかしら?」
「はい」
「あなた、武の先生はどなた?」
「武の先生?申し訳ございません、わたくしは行商人でして。
親方の下で商売の勉強をしてきただけでございます」
何かお心得違いをなさっておられるかと」
華琳は少し驚いていた。
その様子に卓はそれがなぜなのかわからなかった。
「あなた、銀叔父をただの行商人だと信じていたの?」
「え?」
華琳は少し考える。
「磊、わたしは曹操孟徳。陳留の刺史になったばかりよ。
これから天下に覇を唱えるわ。
あなたは私に命を預けなさい」
「あのー、曹操様。
兵士募集まで、御身でなさるくらい人不足なんですか?」
次の瞬間、卓は木窓を突き破り庭まで吹っ飛ばされていた。