「いててて」
卓は寝台で目を覚ました。
「あの程度で泣き言をいうんじゃない」
春蘭が椅子にどっかり座り腕を組んでいた。
「そうは申されますが、わたくしって・・・・大将軍、わたくしはなぜここに?」
「貴様、華琳様に無礼を働いたことを覚えておらんのか!」
卓に凄んでみせる春蘭の目は本気だった。
(前もこんなだったな)
「あのー、何かご無礼を?」
「覚えておらんのか!
兵士募集を華琳様が直々にしていると言っただろう!」
「・・・・あー、言いました、言いました。
すみません、でも、どこがまずかったのでしょう?」
「判らんのか!
馬鹿者、華琳様直々に兵士募集などせん!」
ふんすを鼻息荒く、豊満な胸を張る春蘭。
「でも、わたくしに兵士として命を差し出せと仰せになりましたが?」
「馬鹿者め、この私からその程度のケガで逃げおおせたお前が、兵士のわけが無かろう。
それに銀叔父の弟子だしな」
「はあ」
卓は、なんとなくわかったようなわからないような釈然としなかった。
「にぎやかだと思ったら、目が覚めていたのね」
前と同じように秋蘭を従えた華琳が部屋の入口に立っていた。
「そ、曹操様」
今度は滑らかな身のこなしで土下座する卓。
「磊、いえ卓。
立ちなさい」
「はい、ありがとうございます」
卓は、緊張していた。
もしまた何か間違いをしたらと考えた。
(3回目って、死ぬかも)
「いいこと、銀叔父はずっと母に仕えていたの。
ずいぶん面倒をみてもらったわ。
そして推挙されたのがあなた」
「あー、曹操様の行商人になれと。
申し訳ございません、命の話が出ましたので、てっきり、兵士になれとのお達しかと」
華琳のこめかみがピクピク動き出した。
「はぁー、もしかして揶揄っているならここで首を刎ねるわよ」
「ええー、どうしてですか?
あの、親方が凄く偉いのは判りました。
で、めでたく曹操様の下で働けってことでございますよね?」
「そうよ。
ちゃんと理解できているじゃない」
卓は、華琳から解釈が正しかったことを認められた。
「はい、明日からでも行商に行ってまいります。
いふぇふぇふぇ」
卓は華琳のそのしなやかな指で、頬が捻じ切れんばかりにつねられてしまった。
= = = = =
華琳は椅子に腰かけ不機嫌だった。
春蘭は、華琳の横で控えていた。
寝台に居ることを許された卓に秋蘭がスカウトの状況を説明していた。
「で、姉者の剣撃を悉く受け流したことを評価されたのだ。
まず姉者がそれを認めたから、ずっと看病していたんだ」
「秋蘭!
それは卓が心配だったわけではないぞ。
その、
その、目を覚ますまでは、面倒を見るというのが武人としてだな」
妹の一言に顔を赤くし、しどろもどろになる姉だった。
「春蘭、卓に取られそうなのかしら」
華琳は意地悪く言ってみせた。
「華琳しゃまー」
「卓、まずは屯田兵として村を作ってきなさい。
都市建設の基本を実践して、私の陣営で活かしなさい」
= = = = =
「まいったなぁ。
あれから一週間もたってたなんて」
卓の意識がなかった期間は、1週間を数えていた。
おじさんはすでに仕事に出発した後だった。
曹操様が試すと申された時には、出立の準備で結果は見ないで場を離れたそうだ。
見透かされたことに曹操様は不満があったようだが、言葉に出さないみたいだった。
卓は、突然の別れに戸惑っていた。
村から出してくれるだけで良かったのに就職まで斡旋してくれた。
幸いなことに主は覇道を行く人だったおかげで、死に急ぐ必要もなさそうだ。
そのお礼を一言でも言いたかった。
「どうかしたのかしら?」
「曹操様、親方いえ張銀様にお礼を言えず不義理だったと考えておりました」
「銀叔父なら、しばらくしたら、またここを訪れるわ。
その時のために手紙でも書いておく?」
「ありがとうございます。
筆を貸していただけましたら、この筍の皮にしたためます」
「ところで卓、そろそろ真名を教えてくれない?」
「はあ、開です。
でも、どうしてです?」
「銀叔父が真名で呼ぶ相手に華琳と呼ばせたいからよ」
「え?」
「嫌なの?」
「いや、だって、畏れ多い」
「じゃあ、ふたりだけの時に限定しなさい、開」
「か、か、か、くぁりん・・さん」
「・・ぷっ、何よ。
その首を刎ねるわよ」
その顔には、歳相応の笑顔があった。