私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

16 / 48
本日2話目です。
プロローグからどうぞ。


第1話 しもべ妖精と訪問者

 

 

 

 サンサンと照り付ける穏やかな陽の光。

 暑くもなく寒くもない、心地良い気温と、穏やかに通り抜けていく風。

 実に平和なプリベット通り4番地、ダーズリー家の小さくとも整えられた庭。

 私はその整えられた芝生や茂みに素早く目を走らせていた。

 

 私、ハリエット・ポッターは今、ネズミを探しています。

 

 

 

 魔法界では両親のお陰で英雄扱いされてる私だけど、ここダーズリー家では中々に過酷な扱いを受けている。

 

 学校から帰ってきた瞬間に、トランクとか杖とか全部物置に入れられ鍵をかけられたし、ヘドウィグの鳥籠も南京錠を付けられて、手紙のやり取りができないようにされた。

 

 ヘドウィグさんはそれはもう不機嫌なので、私は毎日ぺこぺこしながら餌を献上している。

 といっても、ダーズリー家から貰える餌は僅かだ。最近はそんなものでは足りぬわと嘴を鳴らすので、一度ネズミを持って行ったら大変満足そうに膨れた。ありがたき幸せ。

 

 ただ、やっぱり長い間飛んでいないストレスが溜まっているようで、今日もけたたましい鳴き声で一家全員が起こされた。

 ここ最近ピリピリしている叔父さんに、次ヘドウィグがうるさくしたら焼いて食べると脅されたから、何とかご機嫌を取らなきゃいけない。

 

 

 そんなわけで、庭に出てタンパク質を探しているというわけだ。

 しかし奴らもこの辺で仲間が乱獲されていることに気付いたのか全然見つからない。

 まずいぞ、このままではディナーにふくろうの姿焼きが追加されてしまう。

 

 不意に、見つめる芝生に太陽を遮って大柄な影が差した。

 

「おい、何してるんだ?」

 

 この声は、ダドリーか。

 目を上げずに答える。

 

「ネズミ探してるの。リスとかでもいいんだけど」

「はっ? ……そ、そう」

 

 あ、引かれてる。まあ、いいや……今更だし。

 無視してネズミ探しを続けていると、ダドリーは気を取り直したようにさらに近づいてきた。

 仕方なしに見上げると、私より頭一つか二つか三つ分くらいでかい。

 

「なにさ?」

「今日が何の日か知ってるか?」

 

 にやにや笑いが浮かんでいる。これはいつも私に嫌味を言ったりからかったりするときの顔だ。

 ちょっとうんざりしながら答えた。

 

「何の日だっけ?」

「お前の誕生日だ」

「あーそうだったそうだった。なに? プレゼントでもくれるの?」

「まさか」

 

 即答された。

 まあ、くれたらくれたで裏とかありそうで怖いし。別にいいし。

 

「お前、カードすら1枚も来てないじゃないか。あのヘンテコな学校では友達が一人もできなかったのか?」

「そんな訳ないでしょ! 友達できたし……できたよね?」

「いや、知らないけど………でも、できたとしたら随分薄情な友達だな?」

「ダドリー。私のことは馬鹿にしようがサンドバックにしようがリアルに5倍やり返すから良い。でも私の友達を馬鹿にすると許さないぞ」

 

 下から睨んでやる。威圧感は皆無だろうけど。

 案の定、鼻で笑われた。

 

「どうするってんだ?」

「そうだね、電車に乗ったら必ずお腹が痛くなる呪いをかける」

「や、やめろよ……」

「それか一生異性にモテなくなる呪いが良い?」

「それは嫌だ……」

「さあ、どっちにする? 早く選ばないと両方かけるぞ」

「く、それなら電車の方がまだ……って、選ぶか! どっちも嫌に決まってるだろ!」

「ふはは騙されたなばかめ!」

 

 怒りで顔を赤くして腕を伸ばしてきたので、掻い潜ってちょこまか逃げた。

 ドスドス追いかけてきてるけど、私もダドリーに捕まるほど鈍くはない。

 割と頻繁に追いかけられているから、彼はそろそろ痩せてきてもいいと思う。

 

 

 

----------------

 

 

 

 私が昔から魔法を使っていたからか、ハグリッドに豚の尻尾を生やされなかったからか、ダドリーの魔法に対する恐怖はほぼ無いようだ。呪いとか魔法とか言っても、別に怯えもしない。

 今はなんか、トムとジェリーみたいな関係である。

 魔法云々はバーノン叔父さんの方が敏感だ。あの人は魔法のまの字でキレる。

 

 あと、叔母さんの方は少しだけ優しくなった気がする。

 たまーに、叔父さんにフォローを入れてくれることとかあるくらいだけど。

 まだほとんど、顔を合わせても話すことはないんだけど……この調子でいつか普通に話すことができるようになればいいなあ。

 

 こんな感じで、原作よりはまだ良い関係が築けていると思う。

 

 

 が。

 そんな少しのプラス要素なんて吹き飛ばすくらいの厄日が来てしまった。

 

 私の誕生日、はこの家ではイベントじゃないから置いといて。

 今日は叔父さんの商談&ディナーの日。

 最近叔父さんがピリピリしているのはこの商談があるからだ。

 

 ダドリーが言った通り、手紙は来ていない。

 友達ができたことが私の妄想だったという悲しい現実が存在しない限り、屋敷しもべ妖精のドビーが手紙をストップしているのだろう。

 

 今日、ドビーがこの家に来る。

 よりにもよって叔父さんの超重要商談の真っ最中に。

 原作では、ドビーが使った魔法で商談はおじゃんになって、私は窓に鉄格子までつけて軟禁されることになる。

 ドビー的には学校に戻って欲しくないだろうから、それが狙いなのかもしれないけど。

 

 気持ちは……ほんとに気持ちだけはありがたいけど、私も戻らないわけにもいかない。

 屋敷しもべ妖精ってかなり強いし、魔法が無かったら多分止められないから、商談中に事件が起こっちゃうのはもう仕方ないかもしれない。止めるけど、無理だったらごめん叔父さん。

 そうなったら鉄格子で部屋に閉じ込められるのも甘んじて受け入れます。

 新学期になっても学校に行かなかったら、誰かが迎えに来てくれると信じる。

 だからそれまであと1ヶ月、主に精神的に頑張ろう。

 

 

 

 

----------------

 

 

 

 

 そして夜が訪れた。

 どうやら直前まで私をウェイトレスにする案があったみたいだけど、採用されなかったようで一安心だ。

 家の隅々まで叔父さんの入念な最終チェックが入り、私は豪華なディナーとは無関係のサンドイッチを数枚渡されて部屋に帰された。

 

 休み中は友達に会えないのも寂しいけど、ご飯が満足に食べられないのもかなり悲しい。

 しかしこれも天の恵みだ、感謝して食べよう――と悟りを開いたような心でサンドイッチを食みつつ階段を昇り、部屋の扉を開けた。

 

 当然のように先客がいた。

 ベッドの上に、コウモリのような長い耳をして、テニスボールぐらいの緑の目がギョロリと飛び出した小さな生物が立っていた。まあつまりドビーなんだけど。

 その大きな目が、部屋に入った私を見てさらに見開く。

 

「ハリエット・ポッター!」

「あ、ごめん、静かにお願いできる? 今下に大事なお客さんが」

「ドビーめはずっとあなた様にお目にかかりたかった! とっても光栄です! とっても!!」

「聞いてください」

 

 慌ててドアを閉めて、机にサンドイッチのお皿を置いた。

 その辺からハンドタオルを引っ張り出し、それを渡しながら言った。

 

「とりあえず、ベッドにでも座ってよ」

「す――座ってなんて! これまで一度も!」

「ハイ泣かないで! 静かに、静かに」

 

 泣き出してしまった顔にタオルを押し付ける。

 しゃくりあげたままだけど、何とかベッドに座らせた。

 

「ありがとうございます、ハリエット・ポッター。ありがとうございます」

「いいよ、気にしないで、ほんとに……君は?」

「ドビーめにございます。ドビーと呼び捨ててください。『屋敷しもべ妖精』のドビーです」

「ドビー、よろしくね。私はh」

「ハリエット・ポッター! 存じておりますとも! 私どもの救世主!」

 

 ドビーは手を組んで耳をはためかせた。

 

「あなた様が『名前を呼んではいけないあの人』を打ち倒したことで、私どもしもべ妖精がどれだけ救われたか!」

 

 ものすごい尊敬の眼差しで見られているけど、私がやったことではないから、曖昧に笑い返すことしかできない。その反応をどう勘違いしたのか、ドビーは「謙虚なお方です……」と感動したように呟いている。

 

「まあ、その話はまたにして。私に何か用があって来たんでしょう?」

「はい、はい。ドビーめは聞きました。ハリエット・ポッターは闇の帝王と二度目の対決を、ほんのひと月に……」

「う、まあ、それはそうだね。でも私だけの力じゃないから」

 

 まだひと月しか経ってないのか、て感じだけど。

 ドビーは興奮したようにベッドの上に立ち上がった。

 

「ハリエット・ポッターは勇猛果敢! もう何度も危機を切り抜けていらっしゃった! でも、ドビーめはハリエット・ポッターをお護りするために参りました。警告しに参りました。あとでオーブンの蓋で耳をバッチンしなくてはなりませんが、それでも……。ハリー・ポッターはホグワーツに戻ってはなりません!」

 

 ドビーは必死な顔で言った。

 

 こう言われることはわかっていた。

 もしここで真面目な顔をして、「わかった戻らないよ」と言えば、きっとドビーは信じて帰るんだろうと思う。叔父さんの商談もうまくいくのかもしれない。

  

 だけど私は嘘をつくつもりはない。

 単純に、ホグワーツに戻らないなんて嘘でも言いたくないってのもあるけど。

 ドビーが騙しやすい妖精だからという理由で嘘をつくような真似をしたくない。それは結局、ヴォルデモートの時代と同じように、妖精を自分よりも下に見ていることだと思う。

 それにやり方はともかく、私のためを思ってくれていることだし。それを嘘で丸め込もうとするのもどうかと思うのだ。

 

「ごめんね。忠告はありがたいけど、私はホグワーツに戻るよ」

「そんな……!」

 

 ドビーは激しく首を振った。

 

「罠です、ハリエット・ポッター! 今学期、ホグワーツ魔法魔術学校で世にも恐ろしいことが起こるよう仕掛けられた罠でございます! ハリエット・ポッターは危険に身をさらしてはなりません。ハリエット・ポッターはあまりにも大切なお方です!」

「罠があっても、危険があっても、私は戻るよ。その危険から友達を助けるのも、私がやらなくちゃいけないことだもん」

「手紙もくれない友達をですか?」

「………ああ、そうだったね。うん、たとえ本当に手紙をくれなくても」

 

 ドビーはしばらく私の目を見ていたけど、やがて観念したように俯いた。

 そして悲しげに言った。

 

「ハリエット・ポッター、それでは、ドビーはこうするほかありません」

 

 予備動作なく急加速して矢のようにドアに飛びつき、パッと開けて部屋を出ていった。

 

「ちょ、速っ! 待って待って魔法だけならこの部屋でも……ああもー!」

 

 なんとか被害が止められないかと考えながら、私も階段を駆け下りた。

 

 

 

 

 なんともなりませんでした。

 

 1階に降りたら大きなケーキが浮いて、商談相手のメイソンご夫婦に向かって行っていた。

 もう魔法はドビーが使ったのだから同じだと半分開き直って、せめてお客さんの頭に落ちないように、私も素手で浮遊術を使って押し返そうとした。

 どっかのジェダイばりに手を向け合ってフォースの闘いが繰り広げられたけど、間もなくケーキが耐えられず爆散した。

 ついでに商談も爆散した。

 

 魔法省から警告文が来て、未成年が魔法を使ったらいけないことが叔父さんにバレた。

 

 ドビーが来たのも間接的には私のせいだし叔父さんに謝ったけど、まるで聞いていないように狂ったように笑いながらスムーズに部屋の窓に鉄格子を嵌められ軟禁された。

 扉の餌差入口から日に3回少ない食べ物が差し入れられて、私とヘドウィグはそれで生活することになった。

 

 

 

 

 3日経った。

 

 私はベッドに膝を抱えて座ってぼーっとしている。動かないのが一番お腹が空かない。

 

 私、このまま1ヶ月生きられるのかな。

 

 ロンたちが空飛ぶ車で迎えに来てくれないかと期待したけど、多分、それはないんじゃないかと思う。

 仲が悪いわけじゃない。でも、原作ほどずっと一緒にいたわけでもないし、命懸けの冒険をしたわけでもない。

 それに私女の子だし、連れ出しにくいんじゃなかろうか。

 

 今来てくれたら正直、白馬の王子様って感じで好感度激上がりなんですけど。

 ちんちくりんの囚われの姫(笑)だけど。

 

「はあ……」

 

 溜息を吐く元気はまだある。

 

 

 ブー、と下で玄関のチャイムが鳴った。

 誰か来たらしい。今日は日曜日だし郵便はないはずだけど。

 

 今何時だろ。時計が無いからわからない。

 まだ今日のご飯が1回だから、朝と昼の間ではある。

 お昼まだかな――。

 

「……ん?」

 

 言い争うような声が耳に入ってきた。

 下から叔父さんが唸るような低い声を荒げているのが聞こえる。

 お客さんと揉めているみたいだ。また珍しい。

 対する声は……随分若い。子供の声かな?

 どうしたんだろう。久しぶりに外界に興味が湧いたぞよ。

 

 話の内容を聞いてみようと耳を傾けたとき、叔父さんが一際大きな声で何か叫んだ、次の瞬間。

 

 ――バーン!

 

 何かが破裂するような、大きな音がして声が止んだ。

 一転して、静寂が訪れた。

 

 え、何? 何が起こったの?

 

 誰かが階段を昇ってきた。誰だろう、知らない足音……。

 それは部屋の前で止まって、そして勢いよく扉が開かれた。

 

 ホワイトブロンドの髪に、尖った顎、灰色の目。

 いつも青白い顔には血が上っている。

 彼は私を見つけて、唐突に言った。

 

「出るぞ。こんなところには居るべきじゃない」

「あ――」

 

 ドラコ・マルフォイが、憮然とした表情で立っていた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。