私ハリーはこの世界を知っている   作:nofloor

33 / 48
第18話 事後説明とパーティ

 

 秘密の部屋から脱出した私たちは、そのまま寮に帰るわけにもいかないようだった。

 不死鳥がついて来いとばかりに私たちを見ている。

 

 身体中、蛇の様々な粘液に塗れて歩くのも嫌だったので、「スコージファイ(清めよ)」で少しは身なりを整えてからトイレを出た。

 

 

 少し歩いて、校長室についた。

 

 強張った表情のドラコと顔を見合わせて、ノックをして入室する。

 部屋の中の全員が私たちを見た。

 そしてすぐに、暖炉の前の椅子から一人がパッと立ち上がり、ドラコに飛びついた。

 

「ああ! ドラコ! 無事なの? 無事なのね!?」

 

 ナルシッサさんだった。綺麗な顔が涙でぐしゃぐしゃだった。

 あまりの勢いにドラコはよろめいている。

 

 部屋には暖炉の前にルシウスさんとスネイプ先生、それにマクゴナガル先生が立っていた。中央の大きなデスクには――ダンブルドア先生がにっこりと笑っている。いつの間に帰って来たのやら。

 

「ああ、ハリエットさん!」

 

 と思っていると、私までナルシッサさんに強く抱きしめられた。

 

「あなたがドラコを救ってくれたのね!? ありがとう! ありがとう! 一体、どうやって!?」

「我々が皆、それを知りたいと思っているでしょうな」

 

 スネイプ先生が無表情に言った。無表情だけど、怒ってないあれ?

 ナルシッサさんの肩越しに目が合うと明らかに睨んできてるのですが。

 

「ミス・ポッター。話してくれますね?」

 

 マクゴナガル先生の言葉に頷くと、ナルシッサさんはようやく解放してくれた。

 注目が集まって少し気後れしたけど、私が話さないといけないことだ。中央のデスクに歩いて行き、日記と組み分け帽子、そしてドラコから受け取った剣をよいしょと置いた。

 

「えっと……」

 

 どう話せばいいかな、と考えたときにふと、思い出した。

 無くなった記憶のこととか話していいのかしら?

 ……本能が話すな話すなと煩い。前の私は多分、この知識のことをひた隠しにしている。

 しかたないな。

 

「あー。その、最初はクリスマス休暇のときに声を聴いたことで――」

 

 大体は本当のことを話しつつ、秘密の部屋の入り口はバジリスクの声を追って行ったら見つけたということにしておいた。流れで蛇語が話せるとバレてしまったけど、そのインパクトで多少の不自然さは隠せたかもしれない。

 

蛇語(パーセルタング)とは……信じがたい。本当に――」

「まあ、まあ、ルシウス。今は先を聞くとしよう」

 

 ダンブルドア先生が話を逸らしてくれたおかげで、下手に突っ込まれずに済んだ。

 

「入口を見つけたのはわかりました。ですがポッター 、一体全体どうやって、二人とも生きてその部屋を出られたというのですか?」

 

 マクゴナガル先生に促され、地下での戦いを簡単に語る。

 もちろん、ドラコの話を省いてだ。

 部屋に行くとドラコは倒れていて、日記からリドルが現れて闘ったことにした。

 後頭部に視線を感じるけど、無視無視。

 

「――という感じです。不死鳥が居てくれなければ危ないところでした」

 

 ――沈黙。

 誰も喋らない。きょろきょろと顔を見回すけど、みんな固まっている。

 え。何かまずいこと言ったかな。

 

 しばらくして、スネイプ先生がようやく口を開いた。

 

「こ、校長、念の為聖マンゴで検査を受けさせた方が良いのでは?」

「奇遇じゃのう、セブルス。わしもそう思っておったところじゃ」

「え、いや、大丈夫ですよ。今は元気ですって」

 

 と言うか元気じゃなかったらここには帰って来れませんて。

 両手を上げてぴょんぴょんジャンプして元気をアピールしてみた。

 

 再び流れる沈黙。えー。

 どうします? どうしようかのう? みたいなアイコンタクトのし合いを遮ったのはルシウスさんだった。

 

「本人が言うなら良いだろう。それよりもだ、ダンブルドア!」

 

 ルシウスさんは机越しにダンブルドア先生に詰め寄り、拳をデスクに叩き付けた。

 

「どう責任をとるつもりかね? 私の息子は殺されるところだった!」

「………」

 

 先生はその姿を黙って見ていた。心なしか、その視線は冷たい気がした。

 

「助かったから良いものの……犯人も見つかっていない始末! 生徒を預かる校長としていかがなものですかな」

「しかしのう、ルシウス」

「しかしも何も――」

 

「ぼっ、僕がやったんだ!!」

 

 大声の叫びに、部屋は水を打ったように静まり返った。

 声の主は、ドラコだった。

 

「……ド、ドラコ、何を言っているの? そんなことを――」

「ごめんなさい、母上」

 

 母の腕から抜けて、ドラコは前に進み出た。

 驚愕の顔で固まっているルシウスさんには何も言わず、校長の顔をしっかりと見た。

 

「僕が、やりました。壁に字を書いたのも、マグル生まれの生徒にバジリスクをけしかけたのも僕です。秘密の部屋には、自分で入りました。全て、僕の過ちです」

 

 ドラコの握りしめた拳が、ぶるぶると震えているのがわかった。

 この告白をするのに、どれほどの力が要っただろう。

 

 このまま誤解させるわけにはいかない。確かにドラコの想いに端を発するかもしれない。でも、彼に罪があるとは私には思えない。

 私は日記のことを話そうとダンブルドア先生を見て、はっとして固まった。

 

 半月型の眼鏡の奥、ブルーの瞳から涙が一筋、流れていた。

 

「素晴らしい」

 

 そう、先生は言った。

 

「素晴らしく、勇気のある行いじゃ、ドラコ」

「……当然のことです」

「当然と思える心が尊いのじゃ。己の過ちを認めることができる者は、あまりにも少ない」

 

 ダンブルドア先生は右手の指で涙をぬぐった。

 

「じゃがの、偏に君の過ちであると信じているものはおらんじゃろうて。ヴォルデモートがいかにして君を操ったか、聞かせてくれんかの?」

 

 そう言って微笑んで、私を見た。このお見通し感がここまで心強いのは初めてだ。

 

「この日記だったんです」

 

 机に手を伸ばして日記を取る。

 

「心を許した者の魂を奪い、操るんです。リドルは16歳のときにこれを書いて、自分の記憶を封じ込めたんです。ドラコは年度初めからずっと、これに操られてきたんだと思います」

「見事な、しかし恐ろしい魔法じゃ。どうかね? ドラコ」

「え、ええ、確かに、そうですが――」

「馬鹿者!」

 

 突如怒鳴ったのはまたしてもルシウスさんだった。

 今度はドラコに怒りの表情を向けている。

 

「ウィ……人に渡せと言ってあっただろう! なぜさっさと渡さなかっ――」

「ルシウス」

 

 凍えるような声に、ルシウスさんの表情が凍りついた。

 

「それ、どういうことかしら?」

 

 ナルシッサさんだった。

 

「い、いや……」

「まさかとは思うけど、ドラコが危険に晒されたの、あなたのせいじゃないでしょうね?」

「忠告しておくがの、ルシウス」

 

 ダンブルドア先生がのほほんと言葉を挟む。

 

「ヴォルデモートの昔の学用品をばらまくのは止した方が良いぞ」

「は?」

「校長!?」

 

 般若のような顔になったナルシッサさんに壁際まで追いつめられるルシウスさん。

 右、左と見まわして、味方がいないことに気づいたようだった。

 

「わ、私は一足早く帰らせていただこう! 校長、良い教育を頼みますぞ!」

「逃げんなコラ!!」

 

 ダッシュで追いつ追われつつ、退場していくマルフォイ夫妻でした。

 

 何度目かの無言が支配する校長室で、ドラコが呟いた。

 

「いいのか、こんなので。僕がやったこと流されそうなんだが」

「もっと年上の、もっと賢い魔法使いでさえ、ヴォルデモート卿にたぶらかされてきたのじゃ。そろそろマンドレイクの薬も完成し、被害はゼロじゃ。何も責められることはない」

 

 ダンブルドア先生の優しい言葉に、ドラコは戸惑いながらも頷いた。

 

「さてセブルス、ドラコを医務室へ。安静にして、それに、熱い湯気の出るようなココアをマグカップ一杯飲むがよい。わしはいつもそれで元気が出る」

「承知した。ドラコ」

「はい……じゃ、また」

「うん、またね」

 

 ドラコはスネイプ先生に連れられて出ていった。スネイプ先生には最後にまた一睨みされた。

 心配してくれてるんだろうけど、怖い。

 

「ミネルバ」

 

 続いてマクゴナガル先生に向かって話しかけた。

 

「これは一つ、盛大に祝宴を催す価値があると思うんじゃが。キッチンにそのことを知らせに行ってはくれまいか?」

「わかりました」

 

 マクゴナガル先生はキビキビ答え、ドアの方に向かった。

 と、出る直前に、思い出したように振り向いた。

 

「そういえば、ポッター」

「? はい」

「生徒の何人かが血眼になって探していましたから、早めに会いに行った方が良いでしょう」

「………。はい……わかりました」

 

 心配をかけたのは私なんだけど、そのときを思うと気分が重い。

 

 マクゴナガル先生は踵を返して出ていった。

 部屋には私と、ダンブルドア先生が残された。

 

 

「さて、ハリー。お座り」

 

 先生がそう言うと、いつの間にかすぐ後ろにふかふかの椅子があった。

 なんとなく胸騒ぎを覚えつつも座る。

 

「そう警戒せんでも良いよ。お説教をするわけではないのじゃから」

「い、いや、警戒なんてしてないです」

 

 校長先生と一対一は緊張するだけです。

 ダンブルドア先生は意に介していないように話し出した。

 

「まず事務的なことからいこうかの。君には『ホクワーツ特別功労賞』が授与される。それに、そうじゃな――うむ、300点をグリフィンドールに与えよう」

「あ、ありがとうございます」

 

 たしかにそうだけど、事務的なことって。

 そう思っていると、先生は表情を和らげた。

 

「そして、ハリー、わしからも君にお礼を言いたい」

「先生から、ですか……?」

「そうじゃ」

 

 ダンブルドア先生はゆっくりと頷いた。

 

「『秘密の部屋』の中で、君はわしに真の信頼を示してくれたに違いない。それでなければ、フォークスは君のところに呼び寄せられなかったはずじゃ」

 

 机の横の止まり木に不死鳥――フォークスが優雅に止まっていた。

 

「……私の方こそ、ありがとうございました。この子……フォークスがいなければ、きっと――」

 

 死んでいましたから、とは言い辛かった。

 先生はお見通しのように、目をきらりと光らせた。

 

「ハリー。君も、君を心配する者、君の危機に心痛める者が居ることはもう、言わずともわかっておるな? おそらくこの後、君の友人たちからも散々言われるじゃろう」

 

 優しい口調だった。

 全くその通りで、何も言い返せない。

 

「だからわしが言いたいのは別のことじゃ。君が助けたい者が居るように、君をこそ助けたい者も居る。それを覚えておいて欲しい」

「助けを借りろ、ということですか」

 

 ダンブルドア先生はまた頷いた。

 

「若いうちは人は何でも一人でやりたがる傾向がある。君には一人でできることは多いじゃろう。だが、一人ではできないこと、難しいこともある。それが二人ならば、三人ならば、できるやもしれぬ」

「………」

 

 助けを借りる。

 意識してみれば、確かに、今回も人の手を借りるという選択は最初からなかった。

 一人でできると確信してたわけじゃない。

 ただ、友達を、大切な人を危険に晒したくなかった。

 危険があるとわかっていて、そこに連れていくことはできなかった。

 

 私自身は突貫していったんだけど。

 

「今すぐそうあろうとせんでもよい。今は、そのことを覚えておいて欲しい。そして、君が壁にぶつかったときに、思い出して欲しいのじゃ」

「……わかりました」

 

 私が頷くのを見て、ダンブルドア先生の表情は朗らかな笑顔に変わり、ぱんと手を打った。

 

「お説教はここまで! ハリー、君には食べ物と睡眠が必要じゃ。お祝いの宴に行くがよい。わしはアズカバンに手紙を書く――森番を返してもらわねばのう」

「……はい、失礼します」

 

 結局お説教だったんかい、というのは胸に留めた。

 でも、今の先生の言葉はちゃんと覚えておこう。疲れが取れたら、また考えよう。

 

 それで思い出した。

 

「あの、校長先生」

「なにかの?」

 

 先生に一つのお願いをして、了承をもらい、私は校長室を後にした。

 

 

 

 

-----------

 

 

 

 

 くたくただったけど、宴会には頑張って出ようと思った。

 無事な姿を見せなければならない。

 

 大広間のテーブルにつくと、あっという間に囲まれた。

 みんな心配してくれたらしく、あと少しでグリフィンドール生総出で探しに行くところだったらしい。マクゴナガル先生が身体を張って止めなければ行ってた、とはロンの言葉だ。

 先生にも後で謝っておこう……。

 

 ラベンダーとパーバティは予想通りかなり心配してくれていた。

 ラベンダーはともかく、パーバティも泣かせてしまったのは申し訳なかった。静かに涙を流す姿は痛々しくて、罪悪感で潰されそうで、手を伸ばして抱きしめて謝った。冷やかすアホな男どもは強めに叩いておいた。

 でも、怪我が完治していたから良かったけど、また入院でもしていたらこれ以上の心配をかけることになっていただろう。もう一度フォークスに感謝しておいた。

 

 それにしても、確か今年の目標「あまり人に心配をかけない」だったような気がするけど……。

 来年に期待。努力する気はあるんです……。

 

 

 ひと段落してご飯を貪っていたら、石になっていた生徒たちが次々に戻ってきた。

 

 ハーマイオニーが「あなたが解決したのね!」と叫びながら駆け寄って来て押し倒された。

 コリンが「いくらでも撮って良いという電波を受信したのですが」とカメラ片手に近づいてきたので錯乱の呪文をかけてハッフルパフのテーブルに押し込んでおいた。

 

 それから私の300点で寮対抗杯を取ったり、期末テストが無しになったり、先輩とかに褒められたり、無事を喜ばれたり……嬉しいやら慌ただしいやらで目が回った。

 

 宴会は夜通し続いて、いつしか限界が訪れた私は広間のテーブルで寝落ちたようだった。

 

 アズカバンから帰ってきたハグリッドが寮に運んでくれたと、翌日聞いた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。