生き残ったのが兄ではないのは、間違っているだろう。 作:華々
地下四十九階層、【大荒野】。
「前衛、盾構えェ__ッ!!」
派閥旗を持つ小人族の声が戦場を震わせる。
声に急かされ盾を構えるとほぼ同時に、吠え声をあげたモンスター__フォモールの群れが激突する。
前衛から小さく呻きが漏れるのを聞きながら妙な容姿の狼人はまた一体、モンスターをその剛脚で粉砕した。
……その狼人は、見れば見るほど妙な服装__ここ、地下迷宮に似合わない装いであった。
バトルジャケットを初めとした戦闘衣の中、隠すように巻かれたさらしと首もとに巻かれた真白のマフラー。
それだけが、怪物の血から逃れ白さを強調し続ける。
本来長く邪魔になるマフラーは、探索に付ける事はない。
だがトレードマークになるように、そのマフラーは常日頃から狼人に巻かれていた。
モンスターの吠え声が響く度に、眉間に皺を寄せる狼は、突進しようと前傾姿勢を取ったフォモールをその自慢の角ごと蹴り砕いた。
脚を覆う銀のメタルブーツも中々の物だが、狼の何よりの武器はその引き締まった長脚。
その威力は正しく牙。
速さを突き詰めた一撃は、鋭い刃物のように獲物の肉を割いていく。
「ベ__、__!!」
そんな狼は一部の前線、その崩壊を横目に奥へと突き進んだ。
指示を飛ばされた気がするが、どうせ自分は間に合わない、何より__金色の少女が助けに行った、そう結論付けて、モンスターの群れの中へその体を踊らす。
格好の的、と言わんばかりに怪物共が声をあげるのに耳をぺたん、と伏せて、狼は腰に装備していた双剣を抜いた。
落下を待つことなどしない。
腕を思いきり振り、無理矢理発生させた風を推力に、双剣を運悪く真下に居たフォモールの目に突き立てた。
『ォオオッ______ッ!?』
射ち上がる怪物の悲鳴、それを聴くより早く後ろへ飛んだ。
宙で体を一回転、勢いをそのままに容赦無く蹴り殺していく。
数度目の逆手切で二匹葬れば、「戻れッ!!」と旗を振る小人族が叫んだ。
それに小さく反応を見せた狼は、後ろへと地を蹴った。
__浮かんだ宙で見えるのは、大きく広がった魔法円。
怪物の群れすべてを覆うその翡翠の紋様は、魔力を貯め、今にも解き放とうとしている。
「【焼き尽くせ、スルトの剣__我が名はアールヴ!】」
後衛内でエルフが歌う歌も、既に佳境に入った。
その事に微かな安堵を表情に浮かべ、前衛のドワーフ、その後ろに着地し、再度目を向けた。
「【レア・ラーヴァテイン】!!」
魔法の名が呼ばれ、業火の柱が何本も上がり、詠唱通りに焼き尽くす。
その熱風と光に焼かれぬよう、腕で目を覆い、止むのを待つ。
数十秒後、開いた視界の広野に残ったのは、微かな熱気と怪物達の残骸__灰のみであった。
一先ず終わった戦闘に、小さく狼が息を吐くとほぼ同時、後ろからポン、と肩を叩かれる。
「ベート」
柔らかい声で名を呼ぶ小さな団長に、身体や尻尾を無駄に緊張させる。
「あとで、本営のテントに来るんだ。良いね?」
「おー……」
気のない声を漏らして、その場から逃げようと歩き出した。
同じように金色の少女も声を掛けられて__どうやら彼女も怒られるらしい__、その後しょぼーん、とした雰囲気を纏って狼へ向かってくる。
「……」
「……嫌、何か言えよ、アイズ?」
隣に並び、ずーん、と沈む少女は、その声に、
. . .
「……ルーナも、怒られる?」
本当の名を呼んで、不安気に視線を揺らした。
仲間を求めるその目に狼は溜め息をつくと、現状を思い出したように、もずずーん、と肩を落とした。
「……嗚呼……」
二人仲良く落ち込む。
よろよろと歩きつつ、50階層を目指して歩き出した。
__この物語は、本来の歴史から外れる。
死んだ筈の少女、ルーナ・ローガの物語。
後悔を大きく背負う、独りの狼の物語である。