佐藤太郎は勇者である/桐生戦兎は仮面ライダーである 作:鮭愊毘
7月の下旬―――
学校の殆どが夏休みに入っているこの頃―――
桐生戦兎が豹変した。
◇
「まさか、生き残りがいたなんてね……」
勇者部の部長である風が嘆く。
「あの時12体全部倒したはずだよね……?」
妹の樹が続く。
「まっ、俺たちにかかればバーテックスの一体や二体どうってことない……」
「……」
「ん?」
今、彼らの前に広がっているのは樹海。
バーテックスが結界を越えてきたことを意味している。
風や樹、友奈は『まだ生き残りがいた』と推測しているが、実際は違う。
真実を知っているのは5人。
「…………銀」
「……わかってる。
あ、あの、先ぱ―――」
銀が重い口を開く。
「双子座?これって銀が切り刻んだ変態じゃない」
風が端末のレーダーに写っている名前を口に出す。
「双子だから二体で1セットなのかな?」
友奈の言葉に、美森はどう返していいかわからなかった。
そうなのかもね。
足が速いから突破されないようにしなきゃね。
本当は……
どれも違う。
そして、もう一つ悩みというより疑問がある。
彼女は以前、巫女の神託のようにバーテックスの襲来を予知できた。
だが、ある日を境にこれが出来なくなってしまったのだ。
何故?
「東郷さん?」
「……いえ、何でもないわ」
〔YUUSHA!〕
〔RIFLE!〕
「頑張ろうね~さっとん」
「……」
〔SUPER BEST MATCH!!〕
〔Are you ready?〕
「さっ―――」
「変身」
話しかける園子をよそに、戦兎はハザードライドビルダーに挟まれ、数秒後にそれを内側から叩き割る形で変身を完了させる。
〔UNCONTROL SWITCH! BLACK HAZARD! ヤベェェェェイ!!〕
ブレイブスナイパーフォームに装備されていた両腕のガントレット、背中の鷲の翼を模したパーツも全て、汚染されたかのように黒色になっていた。
そんな戦兎は、独りバーテックスの元へ駆けだした。
これをクローズチャージに変身した龍我が追いかけ、戦兎の前に出る。
「どうしたんだよ!」
「俺が戦いを終わらせる!!」
戦兎は龍我を自分の視界から外し、槍を召喚する。
蓮をモチーフにした槍は彼が握った瞬間、枯れたかのように変色した。
〔MAX HAZARD ON!〕
「俺の邪魔をするヤツは誰であろうと……容赦はしない」
戦兎は得物を足元に刺し、レバーに手をかける。
〔READY GO!〕
〔OVERFLOW! ヤベェェェェイ!!〕
自分の進路を妨害する龍我を左腕で持ち上げ、そのままオーバーフローモードに突入。
右拳でアッパーし、
「かはっ……!?」
踵落としで思い切り地面に叩き付け、右足で龍我の得物を払う。
〔READY GO!〕
〔HAZARD FINISH!!〕
槍を手に取り、向かってきたジェミニ・バーテックスを貫く。
さらに得物越しに強化剤を流し込む。
「何があったんだよ……戦兎……!」
黒いガスにもオーラにも見える強化剤によって醜く消滅していくバーテックス。
これを背景に、龍我は戦兎の足を掴んで抵抗する。
戦兎は彼の胸倉を掴み、反対の手で拳を作る。
だがその時、一人の少女の介入によってこの事態は収まった。
「止めてよ。さっとんが人を傷つけるなんて間違ってる」
「……」
自分と同じ形状の槍、正確にはそれのオリジナルを握り、自分と龍我を遮るように突き出している少女、園子を前に戦兎は龍我を離し、変身を解除する。
「……俺は強くならきゃいけないんだよ」
「何で?さっとんは十分―――」
「強くないから今こうやって……やってるんだよ……」
彼は懐から薄紫のボトルを取り出す。これを園子の手に握らせ、
「――――――ありがとう」
顔を近づけた。
その直後、世界の樹海化が終わる。
◇
戦兎はまだnascitaに帰って来ていない。
龍我が独り寂しく地下室をふらついている。
と、その時、机の上に置かれていたガジェットが動き出し、龍我の周りをぐるぐると飛び出した。
「ッ!」
思わず彼はファイティングポーズをとるが、そのガジェットのシルエットを視認した途端、これを解く。
「クローズドラゴン……?」
ネイビーブルーを基調とし、黒の差し色。クローズドラゴンのメインとサブの色が逆になっているカラーリング。
しかし、クローズドラゴンはAIを抜いた形で自分が今所持している。
龍我はガジェットの元あった場所に置いてある紙を手に取り、このガジェットの名前を口に出す。
「クローズドラゴンマックス……」
下には、戦兎の字で『独りだと何をするかわからないお前の新しい相棒だ』と書かれていた。
「…………何が『独りだと何をするかわからない』だよ……。お前じゃねぇか。一番わからねぇのは」
彼はnascitaを後にした。
◇
「……」
戦兎は空を見つめていた。
思い返せば、ライダーシステムというものが作られたのも、ビルドという存在が生まれたのも全て、過去の自分がいたから。
佐藤太郎の戦闘データがなければ、プロジェクトビルドは凍結し、ファウストが生まれることも、ハザードトリガーを使って自我を失い、これを見た少女たちの心を傷つけることも無かった。
「なに黄昏てんだよ」
「……万丈?」
「マスターから聞いたぞ。代表戦とかいうのに参加するみたいだな」
「…………」
龍我は、自分と園子、二人だけに話した事を確認させるために語った。
『代表戦?』
『大赦とファウスト、正確には俺たちとファウストの戦いを終わらせる戦いだと』
『それであんなに……』
『それもあるが、一番大きかったのは、スクラッシュドライバーのデータが奴らに流れていたこと。あいつは、俺が途中まで作ったデータを基にあれを完成させた。平和を取り戻すためにな。だがそれが平和を乱す者に渡ってしまったとなると……』
『……何で…………なんで何も言ってくれなかったの……?
せめて、せめて……! 心の支えにはなりたかったのに……!』
「なぁ、そんなに俺が信用できねぇか? マスターにだけ話して」
「そんなことは……」
「その上、園子まで泣かせやがって……『あれが最初の口づけなんてちっとも嬉しくない』とか言ってたぞ」
「……」
「黙ってても何もできねぇぞ。お前は何がしたいんだよ」
「……代表戦に勝って、戦いを終わらせる」
「もしそれがファウストの罠だとしたら?」
「……そうだとしても、奴らの戦力を削るチャンスになる」
「………………わかった。もう止めねぇよ。その代わり」
龍我がドラゴンとロックのボトルを戦兎に渡す。
「絶対に勝て」
◇
8月29日 正午
「やはりお前が出ることになったか」
廃墟と化した讃州中学の体育館を再築し、一対一の戦いができる場へと姿を変えた場所で、幻徳が立っていた。そして、彼の腰にはスクラッシュドライバーが装着されていた。
〔CROCODILE!〕
「変身」
ドライバーにクロコダイルクラックフルボトルを装填。
レンチを下げることで、側面が圧迫され、ボトルに亀裂が走る。
〔割れる!食われる!砕け散る!〕
〔CROCODILE IN ROGIE!! オォォォォラァ!!!〕
仮面ライダーローグ。
ワニを模した紫色の装甲が、日の光で怪しく光っている。
対する戦兎も、ビルドドライバーを装着し、ボトルを装填する。
〔DRAGON!〕
〔LOCK!〕
〔BESTMATCH!〕
〔Are you ready?〕
彼の脳裏には、ハザードトリガーを使った黒い悪魔の姿が浮かんでいた。
「………………変身!!」
〔封印のファンタジスタ! キードラゴン! Yeah!〕
「これより、大赦とファウストの代表戦を行う。敗北条件は、ライダーシステムの解除・破壊―――」
ビルドとローグがお互いを睨む。
「始め!!」
審判の一声で、代表戦が開始された。