唯一色の違う空の真ん中。やや、赤く染まりつつある夜空にあっても、それは正しく輝いていた。
月である。どの時代においても夜空を、地上を照らすもの。
今宵、街に火の明かりが灯っていなかったら、とても綺麗な月だったろうと思われる。
また、旅人にとって月、さらには星は行く先の道しるべとなる。
方角を確かめ、足元を照らして、無事に着けるよう心の何処かで祈るのだ。
少年の独白を聞きながらキャスターは迷っていた。この少年と契約を続けて戦いを継続するべきか、否かを。
「キャスター、付き合ってくれてありがとう。……でも、これからどうしよう。この戦いから降りるべきかな?」
「……!」
キャスターははっとして顔を背けた。どうしたのだろうか。僕は何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。
彼が顔を戻すと、さっきまでの優しい表情に戻っていた。
「こればかりは君が決めなさい、マスター。何があろうとここで選択することは、君にとって大事な一歩になるだろう。」
「……!」
今度は僕が顔を背けた。キャスターから感じられるとてつもない優しさに、僕は危うく涙を流すところだった、
正直なところ。僕は直感的に感じ取っていた。この戦いを戦い抜いた先にもっと確かな答えがあるんじゃないかって。
現に、僕はその糸口をもう捕まえている! ……ように感じていた。
だから僕は顔を戻して言った。
「無謀だとは頭では分かってる。でも、この戦いの先に答えがあるかもしれない。だから、僕はキャスターと最後まで戦い続けたい。」
「いいだろう。君の思い、確かに受け取った。ふっ。この際、君の家庭教師としてこのキャスター・アダム、君を導くとしよう。」
彼は笑いながら手を出してきた。
僕も大きくうなづき、
「改めてよろしくキャスター。」
その手を強く握り返した。
今宵確かに、サーヴァントとマスター、その契約は今ここに成り立った。
「そして、さようなら。お二人さん!」
どことなくよく響く女の声が響き、その瞬間キャスターが思い切り僕を崖に向けて投げ飛ばした。
スローモーションに流れる景色の中、僕は唖然として踊る体に振り回されながら、キャスターを見た。
その時、彼は降り注ぐ炎を結界でやり過ごしつつ、こちらに手を向けて叫んだ。
「肩が外れたらすまん!!
彼がそう口にすると、僕の体は物理法則を無視して彼の方向に引っ張られた!
降り注ぐ炎に当たらないよう、僕の体は何度か方向を変え、最終的ににキャスターの結界内に落ち着いた。
「キャスター、これは?」
彼はしきりに辺りを見渡しながらも、
「これが私の宝具というやつだ。びっくりしたかね。だが、これからどうするか……。よし。」
キャスターは不敵に笑うと、
「おーい。何処に隠れている臆病者か知らないが、弱いマスターを付け狙うのは我らの闘争のルールに反していないか?! とりあえず顔を見せて話し合いといこうじゃないか! 私には色々と君を満足できる用意があるぞう! 」
と、誰もいない夜空に向かって叫んだ。
(キャスター、一体どうするつもりなんだ。)
いつもの癖がまだまだ抜けておらず、結局、この場面はキャスターの機転に任せることになった。
「ほーう? 気に入った! お前の度胸に免じて話だけは聞いてやろう!! 」
そう声がまた響くと、誰もいないはずの崖下から「とーう!」と声を上げて、煌びやかな衣装をまとったーー女? が飛び出してきた。
彼女はカッコつけながら着地を決めると、ジロジロとこちらを観察しながらこちらに歩いてきた。
その眼は全てを見通すような大きく、青い済んだ湖の様なものだった。しかし、それは何処か、快活な見た目とは不釣り合いな老獪な狡猾さも感じられる不思議な眼だった。
「しかし、まあ、どうして、よく分からない組み合わせだな? 何故この戦いを続けたいと言った小僧の言うことを聞いたな、あんた。 その程度で勝ち残れる程甘くないってこと、あんたが一番分かっているんだろう? それに、ルール違反だと言っていたがそれはどんなー、ん?」
後5メートルというところで、彼女は足を止め、そして、両足を組んで頰杖をした。
空中にふわふわと浮かびながら。
「いやー、奇妙だ、奇妙だ。あんた神性が全く感じられないな? なのに『ゴッド』ときたもんだ。せっかくだ、あんたの真名聞かせな。それで今回は見逃してやるよ。」
(え、これは多分チャンスなのでは?)
僕は一応真名は聞いたが、大して問題ないだろう。今はどうしてもこの派手な服を来た、やけに胸以外が男らしい女のサーヴァントから逃げるのが先決だ。
この手の何を考えているか分からない奴は下手に口を挟むとまずいので、僕は視線をキャスターに送った。
すると、こちらに顔を向けたキャスターは頷き、そして、
「私の真名はアダム! キャスター・アダムだ! これで満足したか、弱きものを付け狙うものよ。」
そう敵サーヴァントに返答した。すると、そいつは狂った様に空中を移動しながら笑いだし始めた。
「ひっひっひっひ、あー、それは反則だ反則! 俺を「弱き」者を付け狙うものだって? これは、はっはっはー。くっ、ツボったなー。はっはっはっはっはっは……。」
彼女は辺りを移動しながら、笑い転げていた。
僕は冷や汗がはしり、キャスターも笑いつつもしばらく油断なく目で彼女を追いかけていると、突然その笑い声が止んだ。
「フゥーー……、やっと落ち着いた。さて。困ったことにどうやら嘘でもないらしい。どんなトリックを使っているんだか知らないが、このトリックスターに悟らせないとは、なかなかやるじゃないかキャスター! 」
「いやいや、それほどでも。ところで、トリックスターさん。あなたがトリックスターを名乗るのであれば、是非私たちを助けてもらいたいのだが。如何かな? 」
キャスターはここから逃げ出さそうとせず、逆に交渉に持ちかけていた。
「んー、流石にそこまでは無理かなー。一応敵同士だしー。でも、散々俺を笑わせてくれたんだ。少しは褒美を、いや、施しをやろう。」
そう言って敵サーヴァントはそのまま崖に背を向けたまま歩いて行き、こちらを向いてニカッと笑顔を作りながらこう言った。
「俺はサーヴァント・キャスター。でも、あんたらとはクラスは一緒だが格がまるで違う!故にこう呼んでもらおう。トリックスターのキャスター、と。」
彼女はそう言った後、そのまま腕を広げ崖下にするりと落ちた。
急いで二人でトリックスターのキャスターの行方を捜したが、全く何の痕跡も見つからなかった。
〜用語〜
・トリックスターのキャスター(1)
彼女にとっての「トリックスター」は強きを挫き、弱きを助けるよりかは、周りが思いつかないような行動をして状況をかき回す、という意味合いが強い。