亜種聖杯闘争 〜極夜之星〜   作:ジグソウ

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第6話 不協和音 〜ひび割れた日常〜

夢を見た。

 

皆は夢を見ている時、夢を見ている自分を自覚しているだろうか。

僕は余程楽しくて浮かれる夢ではない限り、自覚しているつもりだ。

なので、起きた直後は大抵夢の内容を覚えている。

 

しかし、今回は違った。確かに夢を見たという実感はある。

寝起きが悪いとか、興奮して跳ね起きただとかそういうものは無いが、確かに何かの夢を見たと身体が、脳が、心が訴えている。

 

僕は一体何の夢を見たのだろう。

あまり心がスッキリしないまま、いつも通り朝の用を足そうと階段を降りた。

 

「おや、おはよう。ところで、日本人はこのトイレを2人で使うのかね?」

トイレの扉を開けると、新聞を広げながら用を足す紳士、キャスター・アダムが悠然とうちの洋式トイレに座っていた。

「何やってるんだよキャスター! 家族にバレたらどうするんだ! 大人しく霊体化? だっけ? していてくれよ〜。」

そういえば昨日もどの様にして僕をベッドに運んだのか知らないが、家族にバレない対策をちゃんとしていたのだろうか。

すると、背後から、

「はっはっはっは。馬鹿言うなよ、航一。お前が連れてきた家庭教師だろう。」

と、父さんが窘めてきた。

これはキャスターが対策した結果なのだろうか。キャスターは用を足し終えてから、

「やあ、すまない、航一のお父さん。長くトイレを使ってしまったかな。」

と、何事も無しに父さんと会話をし始めた。

何のことやらさっぱりだが、ここはキャスターに任せて、トイレに行かせて貰おう。

2人の合間を縫って、素早くトイレの戸を閉めた。

戸の向こうから父さんの「長くなりそうなら言ってくれよー。」という声が聞こえた。

 

 

トイレの一件以降は何事もなく、日常が繰り返された。

異常を強いて言えば2つ。

1つはニュース。自分には関係なさそうな政治や芸能といったニュースはほとんどなく、新聞なら一面、ニュースなら特集という扱いで昨日の火事、そして、その後の迅速な鎮火についての内容が盛りだくさんだった。

確かに昨日あったことは現実だと確信する一方で、ニュースが伝えてきた内容は自身が経験した体験と所々異なるものだった。

まず火元はサーヴァント同士の争い、ではなく街の中心部に位置する小さな化学工場が爆発した事になっていた。

次に鎮火。僕はこの目で翠の光が火を消していくのを見たが、実際には光は消火に一切関係なく、消防隊の迅速且つ丁寧な活動により成し得た、という事になっていた。

ただ、街を覆った光は確かにあったらしいが、その光はまるで検討違いのものだ。

当時現場にいて救助された男性のインタビューによると、光は翠ではなく赤。しかもその赤は他県からも応援に駆けつけた消防車や救急車の明かり、だったそうだ。

 

どんな力が働いているかは知らないが、この街1つの事実を隠蔽するのは訳ないのが、どうやら今回の監督の所属する組織らしい。

 

 

2つ目はキャスター。

てっきりこのままずけずけと家に居座るかと思いきや、仕事があるとの事で、父さんと一緒に出て行ってしまったらしい。

見送った母さんがそう証言していた。

 

 

このままでは今後の計画も何もない。

聖杯戦争は昼間は基本、一般人からの魔術の隠匿のため行われないらしい。

しかし、魔術師ビギナーな僕でもそんなルールがあろうが、勝つ為なら破る気が満々なのだ。

他の参加者たちも考えないはずがない。

なので、霊体化したキャスターを通して、自分の部屋で色々と対策を立てたかったのだが……。

 

結局は母さんに怪しまれない様に、学校にそのまま行く事にしたのだが、僕は不安で不安でたまらなかった。

見送る母さんを見て内心、(このまま昼間に襲撃されたらごめんね)と思いつつ、僕は藁をつかむ思いで母さんに尋ねた。

「そういや、キャス……、キャテイキョウシさんはさ、いつ頃戻って来るとか言ってなかった? 」

「航一。あなた寝ぼけてるじゃないの。あなたの学校が終わるまでには戻るって言ってたじゃないの。家庭教師なんだから当然でしょう。」

……、少なくとも暗示か何かはばっちり効いていることは分かった。

結局僕は自分から行動を起こすことなく、すごすごと登校し、頭に全く授業が入らないまま昼休みの時間を迎えた。

 

「航一! 聞いてんのか! あの火事でお前の大好きな本屋、たたんじまうらしいぜ。」

「そりゃ、どうしょもないっていうか、それで済んで良かったというか……。」

昼食中に話しかけてきたのは友達、……だと僕は思っている内の1人、稲山淳一(いなやまじゅんいち)だ。

彼は僕が仲の良いグループのリーダー、というか唯一のアクティブな人間で、グループ外の人とも交流が多い。

ところが、そんな彼の趣味は意外にもオカルトだ。

暗いイメージのある趣味、と言っていいのか分からないが、彼は趣味だと言い張っている。

だからかもしれないが、実は根は暗く、こんな暗い僕らのグループにいるのかもしれない。

「いやいやいや。殆どの家屋が一部の立て直しで済んだのに、あの店だけ全焼だぜ。全く『なんでウチのところだけが……』って、安倍さんが嘆いていたよ。」

安倍秋良(あきら)。僕にとっては本屋のアルバイト店員、淳一にとっては憧れの大人である。

「憧れ」というのは、安倍さんがいわゆるオカルトな能力のある人だからだ。本人が言うには見えてはいけないものが見えたり、話してはいけないものに話しかけてられるらしい。

淳一は一度でもいいからそういう体験がしたくて、秋良さんに付きまとっているようだ。

しかし、結局のところ、淳一はまだオカルト体験をしたことがないそうだ。

「そっかー。全焼かー。そういう風になるのかー。」

「そういう風に? まあ、そういう訳でさ、駅前近くに静かな所で働けるアルバイト無かったっけ?」

「僕はアルバイトには詳しくないから分からないなぁ。」

頼られた時に役に立つようなことを少しも言えないのは、自分でも直したいと思っているが、逆にこのようなあっさりとした関係が、このグループの雰囲気だ。

 

それからは特に話すこともなく、いつも通り昼食を済ませ、いつも通り授業を受け、いつも通り下校しようとした。

帰宅路が同じ方向で、徒歩又は自転車の人がいないので、玄関でみんなとはお別れになる。

ここで、いつもとは異なる光景を僕は発見してしまった。

淳一がやたらと靴を履くのに時間がかかっていたので、どうしたことか見てみると、

「もっと大きい靴を買って貰うべきだったぜ。あー、イテテ……。」

原因はくるぶしが出ている靴下から見える、火傷の跡のようだ。

もうほとんど治りかけではありそうだが、見た目はかなり痛々しい。

「昨夜さー、丘の辺りでいつも通り散策してたら、運悪く火の粉が飛んできてさ。以外に火が大きくて、靴が燃えちゃったんだ。でも、まあ近くに救急車がいて、すぐ手当してもらったから大事には至らなかったけど……。やっぱり小4の靴はきついぜ。」

 

ーこれは、そうか。

昨日の夜の、炎が原因なのか。

しかも、丘の辺りの火の粉は多分、トリックスターのキャスターのものだろう。

 

どこか心の奥底に日常という蓋を無意識にしていた。

死ねかもしれない恐怖、殺すかもしれない恐怖、答えが見つかるかもしれない焦燥。

それらがまたこの日常という連続的ループの中にも、確かに、消えない爪痕を残していた。

「おい、航一。帰るぞ……って、なんだ。腹でも下したか?」

僕は何でもないと首を振って、すぐにみんなとは別れた。

僕は意識して胸を少しかき、いつもとは違う帰宅の一歩を踏み出した。

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