亜種聖杯闘争 〜極夜之星〜   作:ジグソウ

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第8話 静と動 〜道化師退治前編〜

紙をめくる音が聞こえる。音の厚みからして、新聞紙を僕は読んでいるのだろう。

目の前は真っ暗で皮膚感覚はないが、確かに新聞紙をめくる音が一定の間隔で聞こえてくる。

いつまで続くのか分からないが、流石にこれが夢であることに僕は気づいた。

全く面白くもない夢なので早く覚醒しないかなと思っていたところ、新聞紙をめくる音が不意に止んだ。

そして、自分のものではない男のすすり泣く声が漏れ聞こえ始めた。

大人の声だ。その声はどこか悲しみ以外にも悔しさようなものが溢れていて、僕はなんとも言えない、もやもやとした気分になった。

基本、夢というのは脳内の記憶の整理という説を僕は推している。

しかし、この夢は一体僕の何処の記憶を整理しているのだろうか。

全く見当がつかないまま、それから変化がないまま、目の前が白みがかっていった……。

 

今日は土曜日。特に用事もないので、自由に活動できる日だ。……本来は勉強していた筈だろうが、こればっかりはしょうがない。

それにキャスターが来てから僕の自由な時間は無くなってしまったのだから、トリックスターのキャスターを倒しに行く夜までは、家でゴロゴロさせて貰おう。

(家庭教師のフリでいいのに、本当に勉強を教えてもらってるしなー。)

そっち方面の偉人であるだけあって確かに教え方もうまいと思う。

只、明らかに脳がオーバーヒートしていることは確実だ。

例を挙げると脳内整理のため週に一度くらいに見る夢が、ここ最近ずっと毎日見ているからだ。

朝も頭の回転の遅さが異常で、塩じゃけに塩をかけて食べてたり、緑茶を何回もこぼしたり、トイレでボーっとして遅刻したりと散々だ。

そんな訳で勉強し過ぎで疲れたと大嘘の会話を両親としつつ、部屋ではだらだら漫画を読んだり、小説を読んだり、昼寝をしたりして夜までの時間を有意義に潰した。

 

「では改めて確認しよう。私達キャスター・バーサーカー同盟はトリックスターのキャスターの討伐、もしくは戦力減少を目指す」

キャスターは氷室邸に集まった4人にこれからの計画を説明し始めた。

「ここ数日の調査で奴の行動範囲は大体掴めている。拠点は駅前のビルの屋上であり、何度も私の使い魔がここに戻って来るのを確認している。日が落ちるまではそこの屋上に過ごし、夜になると街に繰り出す。目的は不明であり、単純に遊んでいる様に外からは見えるが、実際のところは分からない。ここで問題なのはマスターが全く見当たらないことだ。キャスターが結界で隠している可能性もあるが、この前の私たちのやり取りを考えるとそれは考えにくい。よって、奴のクラスはキャスターで単独行動のスキルもないことから、魂喰いを市井の人に行うのも時間の問題だと考える」

ここでバーサーカーのマスター、氷室一徹さんが口を開いた。

「神秘の秘匿だがなんだか知らないが、一般の奴らに迷惑かけないのがウチの最大の規則でね。小僧ももちろん私もそうゆう事は看過ならない。だからサポートが得意そうな君達と組んで先に厄介ごとをなくしておこう、という訳だ」

先日の氷室邸ではあまり話をしなかったけど、彼の聖杯にかける願いを聞いて、僕はこの人を信じてみようという気になった。未だにあの氷室一徹と一緒にいることには現実感が湧かないけど。

「そうだ、一徹よ。たとえ時代が時代でも、どんな立場にあろうとも、戦いに無自覚な市民が殺されるのは心が痛む。俺のマスターがお前のような奴で本当に良かった」

……信じがたいことに今のはバーサーカーの発言だ。キャスターの話に聞く本来のバーサーカー像には大分かけ離れている。どうにもこれには理由があるらしいが、詳しいことはキャスターしか知らない。

もちろん真名もキャスターだけが知っている。万が一僕が拐われた場合色々吐かせないためらしいが、「絶対守る」的な言葉はないのだろうか。一応自分のマスターなのに妙にドライのところのある奴だと思う。

「組の長としてルールは真っ先に守るのが当然だからね。さて、具体的な作戦だが……」

 

 

夜の12時。街全体は寝静まり一つ、一つと建物の灯りが消えてゆく。

辛うじて駅前はまだ灯りの多くは灯っているが、人の流れは薄くまばらである。

しかし、駅近くのある一点。そこだけは人影が計5人しか見当たらないにも関わらず、辺りはいくつもの灯りによって昼のような明るさを保っていた。

 

「おいおい焦るなよ。これは炎を灯りとして使う魔術だ。別に待ち伏せされたからって直ぐに攻撃する訳じゃあ無いさ」

トリックスターのキャスターは上機嫌に言った。対して僕のキャスターは

「確かにこの炎に敵意はないらしい。だが、貴女の気分一つで私達を焼き尽くす炎に出来る、という事も事実だ」

僕らはトリックスターのキャスターを工房から誘き出し、2日前から作ったキャスターの簡易陣地で襲撃する事に成功した。

その筈だったのだが……。

「おい。キャスターとそのマスター。私達バーサーカー組はこの四方を囲む炎には手だし出来ない。近接戦闘以外では役に立たなそうだ」

バーサーカーのマスター、氷室一徹が僕のキャスターに小型マイクを通して口頭で伝えてくる。

「バーサーカーの彼だけならある程度は特攻出来ますが、そのマスターまで燃やされてしまっては意味がない。……参りましたね」

小型のイヤホンを通してその会話を僕も聞いていた。そして、これから僕達はどうなってしまうのだろうかと、すぐ近くにに浮いてる沢山の炎を横目に襲撃直前を思い返した。

 

 

「トリックスターのキャスターは予定通り餌に誘われて、目的地に着きました」

「了解。こちらバーサーカー組はいつでも攻撃出来る。合図をどうぞ」

キャスターのマスターである僕、原川航一はバーサーカー組と一緒に簡易陣地内の物陰で待機していた。

手筈通り遊び人に変装したキャスターがあのトリックスターのキャスターに面白い場所があると騙し、ここまで連れてくるまでは全て計画通りだ。

後は合図とともに素早く陣地を発動し、察知される前に強化されたバーサーカーが葬り去る。

余程肉弾戦が強いキャスターでなければこれで倒せるし、仕留めきれなくとももう一度陣地を発動させ、トリックスターのキャスターを吹き飛ばす。そして距離を取りつつ退却する。

何があっても相手は無傷では済まないだろう。基本的な戦術はバーサーカーが考え(本当にバーサーカーか?)、魔術的要因を僕のキャスターが補強した完璧な作戦だ。

「本当にこんな所にあるのかぁ? 面白いとこぉ。人っこ1人いねぇじゃんか。嘘ついたら燃やしちゃうぞ〜」

酔っているのだか知らないが、やや顔の赤いトリックスターのキャスターは変装した僕のキャスターに絡んでいた。そういえば前会った時と服装が違うが、駅前で購入したのだろうか。派手な色使いの洋服にダメージジーンズと、かなりパンクと言えば良いのだろうか。髪色も変わっていて、その瞳と同じ紅に染まっている。最も瞳の紅は彼女の顔にかけているサングラスに隠れてかなり分かりにくくなっているが。

「それには及びませんよプレイガール。ここは穴場。知る人ぞ知る遊び人の秘密の場所でもあるのです。ここから眺める景色はもちろん絶景ですが、ここから打ち上げる花火をみるのまた絶景。この場所は静と動の二つの感動を味わえる魅力的な空間を創造できるのです」

「花火? 火かぁ〜。そりゃ楽しみだ!」

二人は歩を進め、遂に簡易陣地の真ん中で止まった。

「ではまず花火を打ち上げますので、そこで空を見ていてください。私は打ち上げの準備に向かいます」

「おーおー。楽しみに待ってるよ」

この会話の十数秒後、トリックスターのキャスターから離れた位置から僕のキャスターは花火、すなわち合図を打ち上げた。

目にも止まらなぬ速さでバーサーカーが動き、得物の日本刀でトリックスターのキャスターを切り捨てた。

しかし、出たのは血ではなく炎であり、余裕綽々に彼女は右手を上げてこう言った。

「火が弱い。火はもっと激しく、情熱的に魅せるべきかな!」

パチン! と指を鳴らした途端、トリックスターのキャスターは炎となり飛散し、それぞれが火の粒となり、さらにそれらが辺りに拡散した。

地面に広がった炎は簡易陣地を焼き尽くし、絨毯の様に広がった炎は同盟の四人を取り囲み、空に広がった炎は一点に集中し、トリックスターのキャスターを再形成した。

空中に足を組んで浮かぶトリックスターのキャスターは言った。

「いやぁ、面白い策だったぞ! 確かにここは穴場だ。サーヴァント2体と遭遇するとはね」

完全に僕たちの作戦は失敗に終わった。

 

 

あれから膠着状態が続いている。一応僕のキャスターが色々と交渉しているようだが、相手はなかなか首を縦には振ってくれない。

対してバーサーカー組は本当に策がないらしく、淡々とことの成り行きを見守っていた。

「花火がもう少しマシなら、今回も見逃してあげたんだけど……。だからといって弱者を一方的にいたぶるのもなぁ。観客がいるわけでもないし」

「そうですよ、トリックスターのキャスター。確かに私達は敵意を持って貴女(あなた)を奇襲しました。しかし、それは理由あってのこと。私達の話を少し聞いてくれるのならば、確かに納得出来ることでしょう。現代を楽しんでいるあ貴女(あなた)なら尚更に」

「うーん、でも放って置くと次は無さそうだなぁ。君達も俺も。まだ消えたくないしなぁ。……よし! こうしよう! 質問を3つ許すから、その内容次第では条件付きで見逃そう」

「少しマスターたちと話をしてきていいかな。出来ればこの周りの炎を取っ払って欲しいのだが」

僕のキャスターが要望するとトリックスターのキャスターは指をまたパチンと鳴らした。

すると僕たちの纏わりついていた炎は忽ち消えた。

(ふう………)

心の中で一息ついてから、僕はみんなと合流した。

 

開口一番にキャスターが言った。

「これはまたとないチャンスだ。この際私達が知りたい情報を引き出してしまおう」

「それにはバーサーカー組も賛成だ。しかし、逃げ切る為には令呪が必須だろう。君達はどうするつもりかな」

「それは……」

僕は言葉に窮した。理由は明白だ。僕の令呪は僕にとってとても負担がかかるものだ。恐らく次はない……と思っている。

あの胸から身体が焼け落ちるような感覚は忘れらることは出来ない。

僕がそのことを思い出して冷や汗をかいていると、キャスターは肩に手を乗せて穏やかな顔で「大丈夫だ」と言ってから、バーサーカー組に話しかけた。

「質問を私に任せてくれれば大丈夫だろう。なに、彼女の考えていることは、ここに来るまでの会話とここにきてからの行動で大体察しがついている。失敗した時は即刻令呪を使って脱出してくれ」

「……ああ、分かった。健闘を祈る」

何かを察した氷室一徹は僕を一瞥してから元の場所に戻っていった。

「ちょっといいか小僧」

「あっ、はい」

何を思ったかバーサーカーが話しかけてきた。何故彼はマスターについていかないんだろう?

「覚悟は出来てるか?」

「えっ、どうゆうことですか」

声を潜めてさらにバーサーカーは言った。

「お前のサーヴァント、死ぬ気だぞ」

「え?」

何をこいつは言っているのか、頭が受け付けなかった。

確かに状況は絶望的だ。後にも先にも道は見えない。

しかし、僕のキャスターはそんなことで諦める男ではない。丘での窮地でも彼は弁舌を弄して、見事トリックスターのキャスターを騙くらかした。

今回だってきっと何かしら策を巡らしてのことだろう。

きっとそうに違いない……。

 

「では最初の質問だ。貴女の目的は何だ?」

「非常に簡潔でよろしい。まどろっこしいのは嫌いだからな。俺の目的は最終的には受肉だ。最終的には……」

「ありがとう、マイシスター。では次の質問だ。君のマスターは生きているのかね」

「……、生きているし、死んでいるとも言える」

「では……、最後の質問だ」

淡々と繰り替えされた応答。さっきまで多弁なキャスターは何処へやら。無力な自分を自覚することもなく、(何度目だろうか)僕の頭は真っ白になる。

「その趣味の悪い派手な服はどこで買えるのかね?」

次の瞬間、満面の笑みを浮かべたトリックスターのキャスターは左手をパチンと鳴らした。

そして、僕のキャスター・アダムは苛烈な火柱に包まれた。

 

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