転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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プロローグ
01/十人の転校生


 

 ――『正義の味方』は絶対的な窮地でも颯爽と現れ、必ず助けてくれる。

 

 暗い暗い絶望の淵、私はひたすら願いました。この地獄のような奈落のどん底から、いつかきっと、誰かが手を差し伸べてくれると。

 一片の淀みなく信仰し、毎日毎日、敬虔に祈り続けました。それが唯一の救いと信じて疑いませんでした。

 

 ――けれども、私の前に『正義の味方』は一向に現れません。

 

 飛び切り性根の歪んだ魔術師に、毎日毎日、耐え難い責め苦を味わされているというのに、誰も助けに訪れません。

 いつになったら『正義の味方』は現れるのでしょうか?

 何か条件があるのでしょうか。助けを必死に切望する傍ら、私は真剣に考える事にしました。

 

 ――絶対的な窮地に陥らなければ現れないのでしょうか? 私の祈りが足りないのでしょうか?

 

 ある日、一つの結論に至りました。

 私をひたすら虐め、苦しみ悶える私を見て嘲笑う悪魔のような魔術師。

 それでも彼は『正義の味方』が現れて倒すほどの『悪』ではないのでは?

 その瞬間、絶対的な悪の権化だと思っていた魔術師は、ただの枯れ果てた老人にしか見えなくなりました。

 掴めばすぐに手折れるほどの、取るに足らぬ、か弱い存在に――。

 

 ――『正義の味方』には相応しき舞台、相応しき役者が必要なのです。

 

 刺しました。焼き払いました。苦しめました。泣かせました。蹂躙しました。絶望させました。犯しました。狂わせました。殺させました。死なせました。殺しました。

 無実の罪を被せて打首にし、干乾びらせて餓死させ、人の尊厳を奪い尽くして飼い殺し、戦禍をもって幾多の人生の成果を破壊し尽くしました。

 

 ――さぁ『悪』の準備は整いました。宇宙の誰もが認める『悪』は此処に居ます。

 

 いつか『正義の味方』が私の前に現れた時、私は問いたいのです。

 何故、貴方は私を助けてくれなかったのですか。何故、あの時に現れてくれなかったのですか、と。

 私の人生の意味は、その質問が全てです。ですからそれを答えられる『正義の味方』を、私は誰よりも切望し、恋焦がれ、待望し、熱望し、待ち望みました。

 こんなに素晴らしい事はありません。だって『悪』は絶対に許されず、相応しい罪罰をもって絶対に裁かれるのです。それが正しい物語なのです。

 私のような『悪』が許されて良い筈が無いのです。それは天と地が覆っても、違えようの無い摂理なのです。

 

 ――『正義の味方』を自称する叛徒は一人残らず壊滅し、結局、私の目の前に『正義の味方』は現れませんでした。

 

 此処に至って漸く認めざるを得ませんでした。

 信じられない事に、この世界に許されざる『悪』は無数に存在すれども、それを打ち倒す『正義の味方』は一人も存在しなかったのです――。

 

 

 01/十人の転校生

 

 

 ――初めに白状すると、今年の四月から『私立聖祥大付属小学校』に転校となった自分こと秋瀬直也は『三回目』の人生を謳歌している、極めて奇妙で数奇な運命を辿った人間である。

 

 前々世、つまりは幾多の物語を見る側だった時の頃の記憶は最早薄れ、思い出す事すら困難な始末。

 だが、自分の場合は『二回目』の人生は似たような世界に生まれ、同じようなサブカルチャーに触れている為、今世である『魔法少女リリカルなのは』についての情報は十分と言える。

 

「――だけど、自分を含めて転校生十人って幾らなんでもおかしいだろ……」

 

 流石に『銀髪赤眼のアルビノ』だとか『オッドアイ』とかいう外見からして解り易い際物は居なかったと思うが、十中八九自分と同じ『転生者』なんだろうなぁと危惧せざるを得ない。

 

 ――はっきりと言ってしまえば、原作なんぞに関わる気力など欠片も湧かない。この海鳴市に引っ越して来たのも両親の都合、偶然の産物である。

 

 主人公グループ、『高町なのは』及び『アリサ・バニングス』『月村すずか』達は美少女と呼ぶに差し支えない可愛らしい少女だったが、こちとら精神年齢が逸脱し過ぎていて孫のような存在にしか映らない。

 恋愛感情などを抱くには小さすぎるという訳である。精神的に不釣合いとも言えるし、今更初恋の如く熱中など出来よう筈が無い。

 二次小説などで何であんなに小3の子供と恋愛したい連中が大量に発生しているのか、疑問に思う次第である。

 

(つーか『リリカルなのは』は『As』までだろ、常識的に考えて)

 

 後の作品など知らん。一応『StrikerS』は見たけど、その後の『何とか戦記?』も合わせて黒歴史だろう。

 原作に面倒事に態々首を突っ込む気にもなれないし、何もしなければ勝手に解決する問題に関わる気にもなれない。

 バイオレンスな生活は前世で散々体験したので、家の隅っこで熱い日本茶を飲みながらのんびりと暮らすような、小さな幸せを噛み締める生涯をこれでもかというぐらい切望しているのだ。

 

(ふふふ、幾ら同じクラスとは言え、原作キャラに喋りかけなければフラグも何も立つまいっ! この一年さえやり過ごせば物語の舞台はミッドチルダに移るしな)

 

 ――けれども、そんな些細な日常はいつも唐突に現れる理不尽によって完膚無きまでに破壊される事を、自分はこの三度目の短い生涯の中でどうやら忘れていたようだ。

 

 

(……影? いやいや、道のど真ん中に唐突に発生するもんなのか? ――え? 人間? まじデケェ……!?)

 

 

 そしてそれは帰り道、下校途中の道のど真ん中に堂々と立っていた。

 背丈は二メートル前後でガタイは極めて良く、その威風堂々な立ち振舞いは明らかに常人離れしていた。

 春先にも関わらず、厚手の純白外套を羽織り、白豹の毛皮のマフラーを首に巻いて悠々と靡かせる。

 

(年は二十代前半か? それにしても、幾ら何でも、暑くないのか?)

 

 染めていない黒髪は全て後ろに掻き上げられ、まるで侍の丁髷のように乱雑に纏められている。

 サングラスからその両眼の様子は覗え知れない。

 左腕には高級そうな金の腕時計、靴はヘビ柄の高級そうな革靴、首にはこれまた高級そうな金の首飾りが爛々と輝いており――もしかしたら「その筋の人では?」と危機感を抱く。

 

(……おいおい、一体何の冗談だ。大きく迂回する子供達を無視して、オレだけを凝視している……!?)

 

 よくよく見れば、純白の外套には雪の結晶を模したような金の刺繍が所狭しと施されており――この常軌を逸脱したハイセンスな奇妙な服装に、何故だか知らないが、何処か懐かしい悪寒を覚えた。

 

「十人の転校生の顔写真を見た時、一番興味を引いたのは君だった。――ああ、勘違いして貰っては困るが、別に性的な意味では無いぞ? そんな趣味は無い」

 

 その男はサングラスを徐ろに外し、凄味のある鋭い眼差しでオレの眼を射抜いた。

 まるで幾多の修羅場を潜り抜けて来たような、それはある種の予感を抱かせる鋭利な眼だった。

 

「直感的な意味でだ、運命と言っても良い。実際に出会って確信した処だ」

 

 一体この奇妙な男が何を言っているのか、頭に入らない。

 今までの人生で止事無き人に目を付けられるような生活は送ってないし、今後ともそんな風来坊な人生を送る気も無い。

 ごくり、と唾を飲み干す。何が何だか訳が解らないが、本質的な部分でオレは奴に強烈な警戒心を抱いている――!?

 

 

「――『スタンド使い』は惹かれ合う。それはまるで引力のように互いを引き寄せる。初めましてだな、秋瀬直也。三度目の人生は満喫しているかね?」

 

 

 ――『スタンド使い』、その懐かしい言葉が耳の鼓膜を叩き、余りにも平和惚けしていた自分に殺意を抱いた。

 既にあの奇妙な男は何気無い動作で此方に踏み寄っていた。呆けている間に間合いを詰められていた……!?

 

「――申し遅れたが、オレの名前は冬川雪緒。実に寒そうな名前だろう? 前世からの付き合いだが、余り気に入ってないんだがね」

「それ以上近寄るなァ――ッ! 其処で立ち止まりやがれェッ!」

 

 声を限界まで張り上げ、その奇妙な男から大きく距離を離す。

 がつんと、平和惚けしていた思考から戦闘用の思考へ一気に切り替える。

 奴が無造作に近寄った事から奴のスタンド能力の射程は十メートル以下、恐らくは近距離型だろうか。

 中途半端な遠距離型で非力な自分が近寄られたら――抵抗一つすら出来ずに殺される……!

 

(まさか『リリカルなのは』で同じ『スタンド使い』に遭遇するとはな……! 『スタンド使い』に常識は通用しない。いつ仕掛けられるか、いや、もう何かを仕掛けられているのかもしれない……!)

 

 こんな町中で昼間から堂々と仕掛けて来た事から――恐ろしく厄介な初見殺しを持っていると推測出来る。

 そして『スタンド使い』という人間は人が溢れる白昼堂々でも仕掛けてくる人種である。一般人には『スタンド』を見る事すら不可能なのだ。此方が何をしているのか、結果でしか理解出来ないだろう。

 世を忍ぶ魔術師とか魔法少女とかのように人目を気にする必要は皆無なのである。

 

(どうする? 此処で応戦するか、逃げるか。いや、相手から仕掛けられた以上、逃げても意味が無いし、相手の意図を確認するのが最優先だ)

 

 少なく見積もっても、現状では奴の射程は十メートル未満だと思うが、油断は出来ない。その憶測の射程距離すら擬態かもしれない。

 冬川雪緒と名乗った男は此方の戦闘態勢を見て、不思議そうに驚いたような表情を一瞬浮かべ、即座に両手を軽く上げた。

 

「おっと、すまんすまん。戦闘の意思はこれっぽっちも無いんだ」

「初対面の人間で、そして『スタンド使い』であろう者の言葉を信じろと?」

「これから知り合えば良い。もしかしたら仲間になるかもしれないのだから」

 

 冬川雪緒はにこやかもしないでそんな事を言い放つ。

 確かに敵対する理由など現状では欠片も見当たらない。本体を堂々と曝け出しているのだ、奇襲による初見殺しをするには少々状況がおかしい。

 

(少なくとも、今現在は危害を加える意思は見えない、か)

 

 ……本当の事を言っているかは解らないが、とりあえずその言葉に嘘は無い。自分の直感を信頼する事にする。

 

「今の海鳴市の現状を理解して貰った上で、今後の事について話し合いたい。時間の都合は良いかね? 長丁場となる」

 

 

 

 

 案内された先は何処にでもあるような居酒屋であり、オレは冬川雪緒と名乗る奇妙な男に奥の個室に案内された。

 傍目から見れば、大の大人が小学生を連れ込んでいるという通報級の怪しい風景だが、この際、気にしないでおこう。

 目の前の男も自分も、その普通という範疇から大きく外れているのだから。

 

「うちの系列の店だ。好きなものを頼むと良い」

「冬川さんと言ったけ……? アンタ、ヤクザなのか?」

「……さん付けは不要だ。目上への礼節は確かに重要な事だが、こと『転生者』において年功序列など無意味な概念だろう? そして質問の答えは『Yes』だ。日本で『ギャングスター』と名乗れないのは実に残念だが」

 

 冬川雪緒と名乗るヤクザは店員に軽いツマミとオレンジジュースを頼み、オレはアイスコーヒーを頼んだ。

 スタンド使いでギャング――第五部のジョルノ・ジョバァーナと同じような事をしているのだろうか?

 それにしても冗談の一つぐらい言えるのか。無表情の真顔なので少々解り辛いが。

 

「――此処が『魔法少女リリカルなのは』の物語の舞台である事は知っているな? 二次小説とかは割と活発だったが、見ていたかね?」

「……ああ、転校先に高町なのはが居れば、否応無しに実感するよ。二次小説の方は結構見ていたよ。今となっては遠い昔の事だがな」

 

 そんな魔法少女が活躍する舞台裏でギャングスターなスタンド使いがいるとはどういう組み合わせだ? ミスマッチも良い処である。

 とは言え、スタンド使い、尚且つ『三回目』の人生――つまりコイツも、『ジョジョの奇妙な冒険』で一生を過ごし、『魔法少女リリカルなのは』の世界に再度産まれたという事か。

 

(自分と同じ状況ならば、その『三回目』の転生者の外見は両親が違うのに『二回目』とほぼ同じ、名前すら同じ、そして――保有する能力すら恐ろしいほど『そのまま』だ。かくいうオレのスタンドも成長した段階だった)

 

 自分の他にそういう反則的な特権持ちがいる事を想定していなかっただけに、混乱が大きい。

 逆に考えを改める必要がある。自分という特例があるのだから、他に居ても然程不思議では無いらしい。

 

「では、まず現実を知らせよう。高町なのはと同世代の転生者は、海鳴市では君を含めて『十人』しか存在しない。更に言うならば、君達転校生だけだ」

「……は? ちょっと待ってくれ! 転校生の全員が全員転生者かと疑ってはいたが、何で他に転生者がいないんだ……!?」

 

 今、自分が居るのだから、最初から高町なのは達と同じ世代の転生者が在校していても然程不思議ではない。

 その時、ちょうど店員が現れ、自分の前に冷たいコーヒーにミルクと砂糖を、冬川雪緒の前に枝豆と小粒の葡萄、そしてオレンジジュースを置いて出ていった。

 

「二年前のとある事件で粗方駆逐――いや、言葉を濁らせる意味もあるまい。一人残らず『殺害』されたからだ」

 

 驚く自分を余所に、枝豆に手を伸ばして黙々と食べながら、冬川雪緒は眉一つ動かさずにそんな事を語って聞かせた。

 

「二年前、次元世界の彼方からトチ狂った吸血鬼が海鳴市に来訪した。『ジョジョの奇妙な冒険』の、つまりは『石仮面』の吸血鬼だな。その糞野郎の動機は今となっては不明だが、主人公世代の転生者を対象に一家郎党皆殺しを日夜繰り返した。これを第一次吸血鬼事件と呼称するか」

 

 話を聞きながら、ぎこちなくミルクと砂糖をコーヒーの中に放り込んで備え付けのスプーンで混ぜる。

 彼の言う『石仮面』は『ジョジョの奇妙な冒険』の第一部に出て来たキーアイテムであり、他者の血を石仮面に垂らす事で仮面の仕掛けが発動、伸びた骨針で脳を刺激し、未知のパワーを引き出して吸血鬼にする道具である。

 太陽と『波紋』という弱点を突かれなければ、石仮面の吸血鬼は相当厄介な存在だろう。

 

「二回目の犯行で吸血鬼の行動原理が大体掴めたんだが――此処で問題だ。同年代の転生者だけに狙いを絞った吸血鬼の犯行を前に、他の対象年齢外の転生者はどうしたと思う?」

「どうしたって、当然力に自信のある奴は逆に討ち取ろうとしたんじゃないのか?」

 

 普通に考えて、そんな異物が身近に存在するなど許しはしないし、誰も望みはしないだろう。

 だが、帰ってきた答えは想像の斜め上を行くものだった。

 

「いいや、違う。此処の住民にそれほど甘い選択を期待するな。――答えは簡単、傍観だ。何せ邪魔者を勝手に葬ってくれるんだ、喜んで静観するだろうよ」

 

 驚いて慌てて顔を上げると、冬川雪緒は顔色一つ変えない能面でせっせと葡萄を口に入れ、噛まずに飲み込む。

 幾ら種無しで小さな粒の実とは言え、勿体無い食べ方――ではなく、冗談抜きで常人では考えられない思考に至っていると、理解出来ないが故の恐怖を覚える。

 

「吸血鬼は土地勘が無いのに関わらず、優秀な働きをしてくれた。現地での手引きがあったにしろ、一週間足らずで高町なのは世代の転生者を悉く平らげたんだ、称賛に値するさ。――理解出来ないという顔だな、秋瀬直也」

「……ああ、何でそんな見捨てるような事を誰も彼も平然と出来たんだ? 助け合うとか、そういう健常な結論には至れないのか?」

 

 無情な見殺しを誰も彼も実行した事に、少なからず嫌悪感を抱く。

 そんな青臭い感情を見抜いてか、冬川雪緒は溜息を吐いた。それはまるで出来の悪い生徒に決定的な間違いを指摘する教師のような、明らかに見下した表情だった。

 

「例えば二人の『転生者』がいて、仮に同じ目的だったとしよう。共に手を取り合って協力すると思うか? 栄光は唯一人、勝利者の為の物、後は引き立て役だと言うのに」

 

 言葉に詰まる。そんなの当然、協力などしない。利用出来る処まで利用し、最終的には蹴り落として利益を独占しようとするのが人間の性だ。

 ……それでも、手を取り合って協力し合える。人の善性を信じたくなるのは、我ながら愚かだろうか?

 

「生きているだけで邪魔だからだ。我々の持つ原作知識とやらが役立つのは『原作通りに事が進めば』という淡い前提の下に成り立っている。それを掻き乱す不穏分子に退場を願うのはそんなにおかしいかね? ――逆に言おう。そんな打算が無くとも、危険を犯してまで助ける価値を見出せるかね? 身内ならいざ知らず、見知らぬ赤の他人をだ」

 

 ――そんなの、はっきり言ってしまえば無いだろう。

 自身の危険を顧みず、見知らぬ他人の為に吸血鬼と戦って助けようとするなど、物語の『正義の味方』か、稀代な聖人しか在り得ないだろう。

 渋々納得せざるを得なくなった此方の様子に満足したのか、冬川雪緒は話の続きを語る。

 

「そして用済みとなった吸血鬼はこの海鳴市に根付く二大組織によって電撃的に討滅された」

 

 仕留めるならいつでも出来たと言わんばかりの酷い結末である。

 オレンジジュースを飲み、一呼吸付ける。まるで此処からが大切な話であると伝えるように、此方の眼を射抜く。

 

「一つは『教会』、奴等は冗談が三つ重なったような連中だ。まさか『十三課(イスカリオテ)』と『埋葬機関』と『必要悪の教会(ネセサリウス)』出身の転生者が手を組むとは誰が想像しようか」

 

 ――『HELLSING』の吸血鬼及び異端の絶滅機関、裏切り者の名前を自ら語る『十三課』、『型月世界』の聖堂教会の最高位異端審問機関である『埋葬機関』、イギリス清教第零聖堂区で対魔術師特化の『必要悪の教会』が合併、いや、合体事故を起こす? 

 一体どんな組み合わせだと内心の中で壮絶に突っ込むと同時に、ある事に気づく。

 

「……ちょっと待て。もしかしてお前の言う『転生者』というのはどいつもコイツも『三回目』なのか!?」

「それこそまさかだ、秋瀬直也。そんなのは少数だ。――少数なのだが、この海鳴市に君臨する実力者の大多数がその『三回目』の規格外どもだ。これは覚えておいて損は無い情報だぞ」

 

 明らかに重大で、死活問題な発言をさっくりと言いやがったぞ、この男……!?

 となると、今まで考えた事も無かったが、逆に『二回目』の転生者はなのは世界準拠の――リンカーコア持ちの魔導師でしかないという事なのか……?

 

「話を続けようか。もう一つは『魔術師』、個人で『教会』に匹敵する脅威度から勢力扱いさせて貰っている」

「んな!? ……どんな化物だよ、それ。一騎当千の猛者って事か?」

 

 此処に至って初めて眉間を歪ませ、これまでにもなく深刻な顔を露骨に浮かべ、冬川雪緒は首を横に振る。

 

「……単純な戦闘能力で『魔術師』を上回る転生者は他に何人もいるだろう。奴の恐ろしさは個々の戦闘能力という秤では未来永劫語り尽くせない」

 

 この無感情な男が此処まで感情を顕にするほど、その『魔術師』というのは異常極まる存在なのだろうか――?

 

「彼が『型月世界式の魔術師である』『盲目で常に両眼を瞑っている』『丘の上の幽霊屋敷に住んでいる』『海鳴市に大結界を構築し、霊地として管理運営している』『発火魔術を好んで使う』『不死の使い魔を飼っている』『過剰なまでに自衛はすれども自治は全くしない』『原作に全く興味無い』『他者を破滅させる事にかけて稀代の謀略家である』――奴に関して確定している情報はこれぐらいか。海鳴市における最重要危険人物だと認識していれば良い。奴の行動次第で今後の情勢は瞬く間に一変するだろう」

 

 少ない情報から推測するに、大勢力足り得る個人でありながら、自身の情報の漏洩を最小限に抑えられる冷酷な秘密主義者か? 全く想像出来ない人物像である。

 

「さて、様々な利潤から吸血鬼という舞台装置を互いに利用し尽くした訳だが、吸血鬼を実際に送り込んだ『とある勢力』の目的は図らずも果たされた。――『肉の芽』を埋め込まれた人物に管理局の魔導師が居てな。それを保護し、吸血鬼の被害が及んだ管理外世界で治安を回復させるという大義名分で連中は魔導師の部隊を海鳴市に派遣した」

「『とある勢力』?」

「解らないか? その連中というのは『ミッドチルダ』だよ。奴等は既に管理局の上部に浸透しており、物語の舞台となる地球に強烈な介入手段を差し込もうとした。この影響力は無視出来ない。異能者は強制的に管理局入りさせ、最終的に身動き出来ぬよう支配下におく。これはもう一種の侵略戦争だった――結果から言えば、大失敗に終わったんだがな」

 

 なるほど、視野が狭かった訳か。地球にこんなに転生者がいるなら、ミッドチルダにも居て当然という訳だ。

 しかし、抵抗してくれれば不穏分子として合法的に葬れて一石二鳥の手、大失敗するほどの穴など無さそうだが――?

 

「――第二次吸血鬼事件。残党狩りの筈だったが、管理局の魔導師全隊員が吸血鬼化し、ミッドチルダ本土に逆侵攻して未曽有の『生物災害(バイオハザード)』を齎した。被害は数万規模に及び、管理局上層部に蔓延っていた転生者の首を物理的に飛ばした。その不祥事から連中は此方に介入する手段を原作開始まで完全に失った」

 

 明らかにきな臭い結末だった。自分達で大義名分作りの為に派遣した吸血鬼に噛まれるなど、一体どんな笑い話だ?

 

(……千人の吸血鬼部隊の『最後の大隊(ラストバタリオン)』が英国に齎した被害と比較すると随分と小規模だが――)

 

 ある種の疑問が喉に引っ掛かるような感覚、その正体が掴める前に冬川雪緒は話を先に進める。

 

「その吸血鬼が『石仮面』の系統だったのか、または別系統だったのかは今となっては解らないが、混乱の最中に乗じて『魔術師』は海鳴市全土を覆う大結界を構築し、吸血鬼達の根城だった幽霊屋敷に自身の『魔術工房』を築き上げ、連中が非合法的に掻き集めた莫大な活動資金を我が物とした」

「……おいおい、まさかこの一連の事件は『魔術師』の仕業だったのか?」

「さてな。真偽は不明だが、この事件で一番得をしたのが誰かと言えば間違い無く『魔術師』だろう。『教会』が吸血鬼の残党狩りに全身全霊を尽くして動けない中、『ミッドチルダ』の影響力を徹底的に排除し、自身の基盤を盤石にした」

 

 此処に至って、冬川雪緒が恐れる『魔術師』の一端を、少しだけ理解する。

 結果論として『魔術師』の仕業と思わざるを得ないが、彼はどれだけの行動を徹底的に秘匿して実行したのだろうか? 末恐ろしく思う。

 

「だが、その観点は悪くない。それと同じ考えの者は大量に居た訳だ」

 

 恐らく、この胸に蟠る不安という名の影を、他の転生者も同様かそれ以上抱え込んだに違いない。

 

「程無くして『一連の吸血鬼事件の黒幕は『魔術師』であり、即刻排除するべし』という名文で転生者二十人余りの同盟連合が出来上がった。ソイツらは『魔術師』に海鳴市の結界を即時解体を求めたが、当然の如く無視された」

 

 まるで三国志の『反董卓連合』だな、と思わざるを得ない。

 突出した唯一人の傑物を叩く為に各地に雌伏する列強が力を合わせて出る杭を打とうとする。吸血鬼殲滅機関という限定目的に縛られる『教会』よりも、自由に動ける『魔術師』を危険視したのは当然の成り行きと言えよう。

 

「一応名前を付けるなら『反魔術師同盟』だが、連中の主張も有り勝ち的外れという訳ではない。……あの『魔術師』ならばやりかねない、この時点で大半の者はそう思っていたからだ」

 

 枝豆を口に放り込みながら「オレ自身もな」と冬川雪緒は態々注釈する。

 

「その『反魔術師同盟』もロビー活動に終始して『魔術師』の影響力を外堀から削っていくのならば意味があったんだが、過激派が雁首並べて飯事だけに満足する訳もない。程無くして『魔術師』の工房に無謀にも攻め入って、首謀者唯一人を残して全滅した」

 

 当然の経緯であり、生き残りが一人でもいた事に驚嘆するべきか。

 型月世界の魔術師にとって『魔術工房』は難攻不落の要塞であり、同時に絶対の処刑場でもある。間違っても生半可な戦力で攻め入って良い場所では無い。

 

「……という事は、首謀者は『魔術師』とグルだったという事か?」

「そうとも言われているし、二度と『反魔術師同盟』が結束しない為に意図的に残した不和の種とも言える。その生き残った首謀者は今も尚、声高に『魔術師』の排除の必要性を説いているが、語れば語るほど信頼を失うのは目に見えているだろう?」

 

 なるほど、最悪なまでに悪辣だ。その稀代の謀将が技術の精を費やした『魔術工房』で立て篭もっている、か。

 それは『銀河英雄伝説』の『イゼルローン要塞』に篭っている『ヤン・ウェンリー』並に無理ゲーな組み合わせじゃないだろうか? かの元帥閣下も魔術師呼ばわりされているし。

 

「信徒を増やす事で勢力を拡大させる吸血鬼及び異端殲滅機関『教会』、海鳴市を管理掌握する稀代の謀略家『魔術師』――現在の海鳴市の勢力図を語るには、あと三つの勢力を説明せねばなるまい」

「他に三勢力も……!?」

 

 一体、今の海鳴市はどんだけ人外魔境になっているのだろうか? 世界の凶悪犯罪組織が集合した湾岸都市『ロアナプラ』並にヤバいんじゃないのか……?

 

「『善悪相殺』の戒律をもって転生者狩りをする『武帝』、クトゥルフ系の魔術結社『這い寄る混沌』、学園都市の能力者をかき集める『超能力者一党』だ」

 

 一瞬だけ、冬川雪緒の無表情に感情が浮かんだが、物凄く嫌な表情をしていた。

 此方だって、理解が追い付かなくて頭痛がする思いだ。温くなったコーヒーに口をつける。……想像以上に不味かった。

 

「『武帝』は『装甲悪鬼村正』出身の転生者が立ち上げた復讐者の復讐者による復讐者の為の組織だ。主な構成員は転生者によって身内を殺された現地人であり、『真打』の劔冑を復讐の刃として日夜転生者狩りをする危険分子だ」

 

 思わず、開いた口が塞がらない。確かにこんなに転生者が居て暴れているなら、非転生者に被害が及び、復讐の念を燃やす者が居ても不思議ではない。

 それをよりによって『装甲悪鬼村正』の世界出身の転生者が力押しし、劔冑を与えて復讐の手助けをするなんて正気の沙汰じゃない。

 それに量産型の数打ではなく、一生涯に一領の『真打』の劔冑だと? 一領打つ度に一人死ぬあれを? それを一人悪を殺せば善も一人殺さなければならない『善悪相殺』の戒律を持って? 冗談と狂気のオンパレードだ、畜生。

 

「当然だが、その粛清と復讐の対象に君達十人の名前が新たに刻まれたのは言うまでもあるまいな。奴等は転生者であれば誰でも良いし、誰であろうが許さない」

「……マジかよ。全然リリカルしてねぇじゃん、もう」

「リリカルマジカルというよりも、リリカルトカレフキルゼムオールだな」

 

 全身脱力し、頭を抱えたくなる。冬川雪緒の渾身の冗談すら耳に入らない。彼等の打つ『真打』の性能が原作並ならば、並大抵の転生者じゃ生き延びれないだろう。

 かくいう自分も空を飛ばれては――いや、打つ手は結構ある方か。復讐鬼なんて、絶対に相手にしたくないけど。

 

「……話を続けるぞ。『這い寄る混沌』はその名前通り、邪神『ナイアルラトホテップ』を狂信するクトゥルフ系の魔術結社だ。邪神降臨の為ならば何でもするトチ狂ったテロ組織だ。噂では組織の主は『デモンベイン』出身の魔導書持ち――下手すると『鬼械神(デウスエキスマキナ)』持ちだそうだ」

 

 え? 何その最大級過剰戦力(オーバースペック)!? 剣と魔法の世界にガンダムが乱入するほど無粋な組み合わせじゃないだろうか?

 

「まぁあの世界の魔導師がヤバすぎるのは言うまでもないな。――『ニトロプラス系の転生者にマトモな奴はいない』とは誰が言ったか知らぬが、格言だな」

 

 OK、とりあえず一旦、これに関しては思考を放棄しよう。自身の精神的な衛生の為に。

 この世界に『無垢なる刃(デモンベイン)』を駆るに相応しい人物が居る事を祈るばかりである。

 

「『超能力者一党』は『とある魔術の禁書目録』系統の能力者をかき集めている連中で、詳しい目的は未だ解っていない新興勢力だな」

「能力者をか。超能力者(レベル5)相当のは居るのか?」

「さぁな。もし存在するとすれば、それなりの脅威ではある」

 

 『とある魔術の禁書目録』では舞台となる『学園都市』にて生徒の能力開発が行われており、その能力の強度(レベル)によって無能力者(レベル0)、低能力者(レベル1)、異能力者(レベル2)、強能力者(レベル3)、大能力者(レベル4)、超能力者(レベル5)の六段階に分類される。

 大能力者の時点で軍隊において戦術価値を得られる力と評価され、原作で七人しか存在しない超能力者にもなると一人で軍隊と対等に戦える程の決戦戦力と評価される。

 その超能力者をして、それなりの脅威で済ませるとは、この海鳴市の実力者の化け物っぷりが何となくであるが察せてしまう。

 

(今の処、規模が解らないが、危険度が高いと判断しているのか)

 

 その新興組織を四つと同列に扱う理由を個人的に推測し、大体納得が行く。

 

「矢継ぎ早に説明したが、五つの勢力の説明は大体終わったな。この時点で何か質問はあるか?」

「想像以上にヤバい奴等ばっかりなのは理解出来たが――アンタらの立ち位置を知りたい」

 

 冬川雪緒はオレンジジュースを飲み干し、一息つく。いつの間にか、葡萄と枝豆は食べ切られていた。

 

「俺達『川田組』はスタンド使いを集め、他の勢力に協力する事で様々な利益を得ている。時には味方し、時には敵対する――言うなれば裏専門の便利屋だ。お世辞にも正義の味方とは名乗れないがな」

 

 この五つの大勢力で軋めく海鳴市の絶妙なパワーバランスを調整する緩衝材、といった処か。

 

「長々と話したが、判断材料はある程度与えた。君の答えを聞こうか。我が組に入るのならば組織の庇護下に置いてある程度の身の安全は保障出来る。一匹狼を貫きたいのならば、それも良いだろう」

 

 ……最終的な目的は勧誘か。確かに悪くない話である。

 正直、此処で聞いた情報を前提に判断するならば、即決しても良い程だ。この人外魔境の街を一人の力で生き延びられる自信など何処から沸いてこようか。

 ただ、問題なのは今与えられた情報の真偽を問い質す方法が自分には無いという事だ。流石に全て鵜呑みにするほど冬川雪緒を信頼出来ない。

 

「……少し、考えさせて貰っても良いか?」

「ああ、無理に今すぐ結論を出せとは言わない。ただ、時間は待ってくれないがな。――何か起こったらすぐに連絡しろ。もしかしたら骨を拾う事ぐらいは出来るかもしれん」

 

 死亡前提かよ、と突っ込む間も無く、彼は胸ポケットから一枚の名刺をテーブルに置く。

 流石にそれを触る真似は出来ない。これにスタンド能力で何らかの仕掛けが施されていないという保障は何処にも無い。

 この名刺に接触しただけで能力発動条件が整う、という事だけは絶対に避けたい。電話番号とアドレスを携帯に手早く登録する。

 

(……此方のその様子を確認するまでもなく、立ち上がって背を向けたか。注意しすぎか? 仕掛けは無かったのでは――いや、警戒に越した事は無いか)

 

 ほんの些細な行動が致命傷になりかねないのは前世でこれでもかと思い知った事だ。相手は未知のスタンド使い、幾ら注意しても足りないだろう。

 

「ああ、あと夜は絶対出歩くなよ。吸血鬼の残党に『虚(ホロウ)』に怪奇に妖怪、最近は『まどか☆マギカ』の『魔女』まで徘徊してやがるしな」

「……もう何でもありだな。という事はインキュベーターと『まどか☆マギカ』式の魔法少女がいるのか?」

 

 思わず脳裏に「ボクと契約して魔法少女になってよ!」という世迷言が再生される。

 もし、あの生物(ナマモノ)がいるなら、レイジングハートが高町なのはの手に渡る前に契約しかねないが……。

 

「いいや、そっちは確認されていない。不思議な事に『魔女』だけだ……全く、こんな状況で原作が始まれば対処出来なくなるのは目に見えているがな。『ジュエルシード』と『グリーフシード』が引き起こす未曽有の化学反応、想像すらしたくない」

 

 そうぼやき、冬川雪緒は静かに立ち去った。

 ……海鳴市の未来は恐ろしいほど前途多難であるようだ。

 

 

 

 


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