転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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10/舞台裏

 

 

 

 

 ――この物語は『魔法少女』の物語ではない。

 

 前世という規格外の知識を保有して生まれ出た『転生者』の物語である。

 だからこそ、その『転生者』なる存在の発生を単なる偶然、神の悪戯と片付けるのは余りにも愚かで烏滸がましい考えだろう。

 

 ――これは最初にして最後の物語、『転生者』の終わりの物語である。

 

 

 

 

 

 ――そして、初手で全てを終わらせようとした『彼女』の目論見は、最初の一歩で致命的なまでに躓く。

 『魔術師』神咲悠陽が『聖杯』を持ち歩いていなかったという予想外の事実をもって――。

 

「――あら、予想外ですね。『二回目』はそうだったから、今でも持ち歩いているとばかり思ってました。流石はお父様、昔の女なんてぽいっしちゃったんですね」

「……言い訳はそれだけかしら?」

「此方からの文句は山ほどありますわ。心臓を『螺旋丸』で穿ち貫いて両眼まで切り裂くなんて、思わず殺意が零れますよ?」

 

 ――狂おしいまでに、その十二歳の少女は鮮血のように紅い瞳に桁外れの殺意を漲らせて『彼女』の『永遠』の『万華鏡写輪眼』を堂々と見据える。

 

 血のような色合いの赤髪を右側に束ねてサイドテールにした、水色の着物姿の少女の名は神咲神那。

 『魔術師』の『一回目』の娘にして『二回目』の娘、『三回目』の妹にして彼の手で葬られた、既に死した筈の『転生者』である。

 

「……不毛ね。――誤算だったわ、『聖杯』を手元に持ってないとなると――」

「主を守る必要が無くなった『魔術工房』ですか、死に土産が沢山詰め込まれていそうですね。頑張って攻略します?」

「――冗談。そんな悠長な時間は無いわ……!」

 

 『彼女』は似合わず、感情の爆発するままヒステリックに叫ぶ。

 主無き『魔術工房』はいずれ魔力が枯渇し、その防衛機能を失うだろうが、今の『彼女』には――正規のルートでこの世界に産まれる事が出来なかった『彼女』には、それを待つほどの時間は残されていない。

 だからこそ、『魔術師』の秘蔵する『聖杯』を狙ったのだが――。

 

「はい、準備OKですよ」

 

 神咲神那は『魔術師』の遺体から『魔術刻印』を剥ぎ取り、此処に正式に継承する。

 明らかに狂気の沙汰である。『魔術刻印』の継承は後継者への負担が大きい為、段階を踏んで行うのが常道であるが、幾ら肉体面で問題が無いからと言って一気に移植するようなものではない。

 だが、彼女の顔からは地獄の業火に勝る苦痛よりも、高揚感や悦楽感が上回っているのか、何よりも愛しそうに自身の両肩に移植された『魔術刻印』を撫でる。

 

「……ふん――」

 

 理解出来ない存在を理解しようとする努力をかなぐり捨てて『万華鏡写輪眼(め)』を背け、『彼女』は自身の懐から巻物を取り出し、『魔術師』の亡骸を血の一片も残さずに収納する。

 個人情報は多ければ多いほど好ましい。この禁術は『彼女』の影分身が確かにその『眼』で見届けた。『発案者』と『発展者』すら及ばぬ境地に、『彼女』は既に到達している。

 それに生贄には不足していない。『初代』の細胞から作られた人造生命体は『彼女』の手に収まっている。

 

 ――ぱん、と両手の掌を合わせ、『彼女』の生きた世界にて史上最悪の禁術を発動させた。

 

 生贄に塵芥が覆い、口寄せした魂の生前の形を再現する。

 ――二代目火影が考案し、大蛇丸が完成させた『口寄せ・穢土転生』によって、『彼女』は殺害した『魔術師』をも自身の手駒にする。

 

「嗚呼、お父様、お父様お父様お父様……! あら、いけない。髪の毛が解けてしまってます。嘗ての通り、私が編みますとも。あんな泥棒猫の穢れた手じゃなく、私の手で。お父様は髪の手入れをしないし、自分では結べないんですもの――」

 

 神那は『彼女』の見た事のない、歳相応の少女の顔となり――されども、『魔術師』は何一つ答えない。答えられない。

 それは偏に『彼女』の『魔術師』に対する評価である。

 この危険極まる男に、自由意志など一秒足りとも持たせたくなかったからだ。そんな思考時間を与えたなら、瞬時に反逆の一手を打ってくるだろう。

 自己意思無き人形にしてしまっては『魔術師』の駒としての価値は大幅に下がるが――其処はもう一つの駒で埋めるとしよう。

 そのもう一つの駒である神咲神那は、地に腰掛けて動かない『魔術師』の髪の毛を幸せそうに、丁寧に編んでおり――その髪型を見て、『彼女』の顔はぴきりと歪む。

 

「……それの髪型、貴女の趣味?」

「いいえ、私の恩人の髪型を模したものですよ。お父様はその事でいつも首を傾げていましたね――」

 

 ぎしり、と。『彼女』の歯軋り音が鳴り響く。

 神咲神那は聞こえていて無視しているのか、まさかとは思うが端から聞いてないのか、愛しげに髪を編む手を止めなかった。

 

「……事が終われば『魔術師』の自由意志は解放するわ。精々気張る事ね」

「ええ、気張りますとも。それに――個人的に殺したい人達も居る事ですし」

 

 その紅い瞳には愛と狂気が等しく同居しており、『魔術師』のような神域の魔眼では無いのに人外じみた魔性さを秘めている。

 

 ――愛の形は千差万別なれども、この少女の『愛』は、『彼女』には理解出来ない。

 

 彼女の愛する者の自由意志を奪って人形にする――多少の反発があっても逆らえない状況にするつもりだった。

 それなのに、蓋を開けてみれば神咲神那は此方に嫌になるほど協力的である。彼女にとって最大の地雷要素そのものである『魔術師』に関して許し難き一線を何度も軽々越えているというのに――。

 普通の敵対関係にある相手よりも読み辛い状況になっている。こんな不確定要素を使わざるを得ない今の状況に、歯痒さに、『彼女』は内心舌打ちする。

 

「……私が言うのも何だけど、貴女、狂っているわね」

「あら、私の狂気を保証してくれるんですか。ありがたいですね。じゃあ、貴女の正気は誰が保証してくれるのですか?」

 

 首だけを此方に向けて見せるその邪悪な嘲笑いは『魔術師』と瓜二つであり、なるほど、あの親あってこの子かと内心で吐き捨てる。

 

「――そんなもの、疾うの昔に亡くなっているわ」

 

 

 

 

 ――正体不明の『殺人鬼』に殺されたオレは『NARUTO』の世界の、木ノ葉隠れの里に生を受けた。

 

 殺された後の世界がある事も驚きだが、自身の生まれた世界の危うさに嘆きたくなった。

 この世界は生命が限り無く安い世界だ。危険に事欠かない世界だ、力無き者から真っ先に死んでいくだろう。

 だからオレがこの世界の力の象徴である『忍』を目指したのは必然的な事であり、生きる為の最低事項だったのだ。

 

 ――この『NARUTO』の世界において、どうやって生きるべきなのだろうか?

 

 元々頭の出来が良くないオレには方針という方針も思い浮かばない。

 原作通りになぞって、上手く立ち回る? そんな風に生きれるなら苦労しない。

 悶々と悩む日々が続き――それに対する明確な答えが出たのは、二人目の転生者と出遭った時に、だった。

 

 ――彼女は、うちは一族出身の転生者だった。

 

 あの『うちは』である。『写輪眼』という血継限界を持つ天才一族であり、原作開始前にうちはイタチによって一人を残して皆殺しにされる一族である。

 つまりは彼女がうちは一族虐殺の夜を生き延びた時点で、転生者である事の証明みたいなものである。

 オレともう一人の転生者は話し合った末、彼女と接触を持つ事にした。

 

 ――その少女は、色々と飛び抜けていた。

 

 普段は猫を被って虫一匹殺せないような大和撫子を演じるが、その本性は『悪』である。それも極上の類の。

 生き残る為ならば手段を選ばない、悪魔めいた頭脳の持ち主。同じ境遇の、同郷の者でなければまず関わり合いたくない、身を滅ぼしかねないほどの危険な華である。

 触れれば骨の髄まで焼き尽くすような黒炎、なのに、触れただけで壊れそうな硝子細工に見えたのは何故だろうか……?

 

 ――それから、オレ達は三人で、すぐに四人、そして五人になって、共に協力しあって幾多の困難を乗り越えた。

 

 いつしか、オレの中の彼女は大きくなる一方で、それが恋心だと自覚するのに然程時間は掛からなかった。

 でも、オレは彼女の事を、何一つ理解してやれなくて、解った気で居ただけで――。

 

 ――三代目火影が大蛇丸に討たれるも、原作通り『木ノ葉崩し』が失敗に終わる。

 ――原作と同じようにうちはイタチと干柿鬼鮫が訪れたが、何故か真っ先に彼女を狙って、彼女の写輪眼に封印術を施す。

 ――尾獣『六尾』を従える彼女の重要度は『九尾』の人柱力であるうずまきナルトと同等かそれ以上であるせいで、初代火影の孫である綱手姫を五代目火影に襲名させる為にナルトと一緒に旅に出る筈の自来也が里に滞在し、綱手が大蛇丸の両手を治癒して殺害される。

 ――原作から致命的に外れたオレ達の物語は止まらずに紡がれ続ける。

 ――綱手の死を知らされた自来也が五代目火影を襲名し、大蛇丸の音隠れの里を電撃戦にて壊滅させる。

 ――その頃には彼女はうちはイタチの封印術を自力で解き、原作でいう第一部のうちはサスケの里抜けは起こらなかった。

 ――二年程度の歳月が流れて、S級犯罪者の抜け忍十人で構成される『暁』が動き出し、彼女は彼等の撃滅に貢献して、全ては最小限に抑えられる筈だった。

 

 ――彼女が『うちはマダラ』を名乗る誰かを屠り、誰にも気付かれずに乗っ取り、木ノ葉隠れの里が匿う人柱力二人を奪取して、彼女の手による『木ノ葉崩し』が執り行われるまでは――。

 

 

 

 

 そして、此処に来るのは――そう、今思い出した。確か三度目である。

 

 無限とさえ錯覚するほどの書物が立ち並ぶ図書館には、底知れぬ妖気と邪気と怨念と無念と絶望に満ち溢れている。

 それらは前回、前々回に至っても見て取れなかった要素であり、オレは震える手で右眼付近をなぞる。

 鏡が無いし、あの死に勝る激痛もまた今は無いが、その右眼は余りにも視えすぎて気持ち悪い。これが彼女の、うちはルイの視る世界――。

 

「――あら、随分と久しぶりね。ちなみにこれは君の主観時間に合わせての発言だけど。どうも君とは波長が合うようだわ、直接的な繋がりも出来たみたいだし」

 

 ――そして『彼女』は、狂気とも思えるぐらいの殺意を常に此方に向けるうちはルイと瓜二つの『誰か』は、前のように椅子に座って待ち侘びていた。

 

「……おい、何でテメェが殺気立ってるんだ? 普通、逆だろ。この裏切り者……!」

「それはルイであって、この私ではないわ。それにルイは『君達』を裏切ってなどいない。……まぁそれは本当にどうでも良い事だけど。……何とも愚かしい。どうして殺さずに『万華鏡写輪眼』まで移植しただろうね――言うまでもないけどさ」

 

 極めて濃密な殺意の籠もった裸眼で、『彼女』はオレを睨む。

 その容姿は前々のような司書服ではなく、前のようなゴスロリ服でもなく、ルイと同じ忍び装束。少し成長して大人びた、ルイと同じ髪型。これは、今の『彼女』がルイと限りなく近いという示唆なのだろうか?

 

「――可能かもしれない世界、可能かもしれない器。その二つの条件が揃って確定したその瞬間、ルイは必要な記憶を全て取り戻して『世界の怨敵』になる。正確には彼女の目的を果たす過程で『世界』という枠組みが邪魔なだけだけどね。……まさか、今更『世界』が『個人』を犠牲にするのは良くて、『個人』が『世界』を犠牲にするのは悪いとかは言わないよね?」

 

 それは前回での『彼女』の届かなかった忠告であり――余りの暴論に理性が沸騰する。

 

「……意味、解んねぇよ……! どうしてルイはオレ達を裏切った! どうして、あんなに仲が良かったナギを……!」

「最初から裏切ってなどいないわ。ルイが最終目的を達せられれば、君達は本当の意味で救われるのだから――」

 

 その言葉とは裏腹に、『彼女』は絶対的に完全に敵視した眼で此方を射抜く。

 前回の人としての意欲が何一つ感じられなかった『彼女』とは違う、明確なまでの感情表現であり、オレは困惑する。

 感情の振りどころを見失いつつある。今の『彼女』は自分以上に荒れていて、その様を見て、自然と正気に立ち戻ってしまうからだ。

 『彼女』は溜息一つ吐いて、紅茶を口にする。以前のように優雅に味わっている様子も無く、その手は目に見えるほど震えていた。……それは憤りだろうか、それとも恐れなのだろうか――?

 

 ――『彼女』の新たな一面を此処まで垣間見れるのは、この『眼』のお陰なのだろうか……?

 

「一度ぐらい考えた事あるでしょ? 君達『転生者』がどうして存在しているのか。唯一人の例外なら『神の悪戯』程度の偶然で片付けられるけど、それが複数多数存在しているのならば――其処には何か明確な理由・法則があって然るべきでしょう?」

 

 いきなりの方向転換に、眉を顰める。

 この話の切り口の意図は掴めないが、中々に考えさせる話題である。

 

 ……確かに、考えなかった筈もない。

 殺人鬼に殺されて、『NARUTO』の世界に生まれるなんてネットの二次小説みたいな出来事が実際に起こるなんて、想像すらしていなかった。

 

 ――何故? どうして? 理由があるのならば聞きたい、知りたい、そう思わない時など片時も無かった。

 

 だが、それに答える者はおらず、それの答えは何処にも無くて、この新たな現実に生きる事に必死だったから、思考の彼方に葬られていた。

 

「長話になるわ、まぁ座りなさい。――安心しなさいな。前々回話した通り、此処での時間の流れは貴方達が生きる時間とは隔離されているから、幾ら居ようが問題無いわ。もっとも、此処で得た知識を大概は持ち帰られないから、意味が無いと言えば意味が無いね」

 

 殺意を此方に向けたまま、不貞腐れた顔で律儀にもオレの分の紅茶を淹れる。……毒、入ってないよな?

 

「元々意味の無い話だけど――うん、ではこうしよう。私が喋りたいから喋る。これで全てが解決ね」

 

 どうやら自己納得したように小悪魔的に笑い、オレは何も言えなくなる。

 外見が同じだけの別人に見えても、コイツもルイなのだと思い知らされて――腹を括る。此処での出来事が現実世界に何一つ寄与しなくとも、意地でも脳裏に魂魄に刻み込んで思い出してやると強く誓って。

 席に座って、恐る恐る紅茶を口にする。緊張感が先立って、味の方は全然解らなかったが、毒の方は無かったようだ。遅効性だと知らんが。

 

「まずは質問だけど、君は『転生』に関してはどう考えていた?」

「……神様が気まぐれで殺して『転生』させたとか、そういう類の与太話か?」

「良かったわ。万が一、そんな巫山戯た事を本気で信じていられたら、どうしようかなぁと思っていた処よ」

 

 そんな事をしたのならば恐ろしく怖い笑顔で「――このド低能が」と罵った事だろう。

 罵られて快感を覚えるような性癖は持ち合わせていないので遠慮願いたい。そんな冗談じみた思考が過るんだ、自分の精神的不調は一時解消されたらしいと他人事のように思う。

 

「まず最初に、貴方達『転生者』は唯一人の例外――まぁルイの事だけど、それを除いて、同じ人物に殺害されて『起点世界』から放逐されている」

「……は? 何を言って――」

「出だしから躓かれても困るわね。貴方も日向ユウナも岩流ナギも、巷の『吸血鬼』によって殺されたと言ったのよ」

 

 ――は? 一体、何を言ってるんだ、『彼女』は。

 

 ユウナもナギも、事故死してこっちに生まれたと――いや、ナギの方はまだしも、その時のユウナは……まさか、オレと同じように誤魔化した、のか?

 

「……ふぅむ、こうして他の誰かに説明するのは私が発生して以来初めての経験だからね、少しの不手際は見逃して貰えると嬉しいわ」

 

 憂鬱さを全面に押し出して、『彼女』は編み込んだおさげを指先でくるくる弄る。

 ルイも、たまにする仕草である。こういう時の彼女は大抵、懸念があって色々持て余している状況が多い。

 

「まずはルイの最初の物語を語りましょうか。一回目、君達が現実世界と認識している『起点世界』での出来事を――」

 

 何処からか出したブランデーを自身の紅茶に注ぎ、『彼女』は口にする。味わっている様子はなく、顔が苦々しく歪む。

 

「初めに言っておくけど、その『起点世界』にはアニメや漫画・小説の世界のような『異能』が実際に存在していた。本当にそんなものが欠片も無ければ、この『転生者』という存在そのものが最初から在り得なかったのだから、それは納得して貰える?」

「……百歩でも千歩でも万歩でも譲って信じでもしないと、話が先に進めねぇんだろ?」

「あら、物分かりが良くなったじゃない」

 

 くすりと笑い――殺意はそのままだが、いつもの調子に戻ってきたように見える。

 

「一回目のルイはね、規格外の『異能』をもって生まれたの。自身の存在を代償にして対象を必ず強制的に天寿を全うさせる『時間操作』の『異能』――さて、それはどんな形で能力行使されると思う?」

 

 ……いきなり話がぶっ飛んだな。

 それは既に時間操作という次元ではなく、因果律操作という神の領域ではないだろうか――?

 

「……額面通りに受け取るなら、何一つ危険な目に遭う事無く寿命死まで安泰って事か?」

「違うわ。外的要因で殺害される事があるなら、その選択肢の前まで世界の時間を巻き戻すという事よ。対象に自覚させずにね」

 

 世界単位の時間の逆行? しかし、自覚させずに、という部分が引っ掛かる。

 

「無自覚の内に? それじゃ何度も同じ選択肢を選んで死ぬ未来から逃れられないんじゃ?」

「それがそうでも無いのよ。無自覚の内に先の未来を体験しているのだから――殺されたという最悪の未来を追憶しているのだから、数回足らずで違う選択肢を無意識の内に選択する事になるわ」

「……まるでセーブ&ロードだな」

 

 もしもそんな状況が実際に起こりようものなら、その人生はイージーモードに等しいだろう。

 常に死と隣合わせの日常の身では羨ましい限りである。そんな此方の魂胆を察してか、目の前の『彼女』の顔が更に歪む。

 悲哀、憎悪、後悔が混ざり過ぎて渦巻き、混沌となったような顔だった。

 

「その『異能』を、ルイの『父親』は私利私欲の為に自分自身に使わせようとした。それによる娘の死に対して意も関さなかった。――実の『父親』の悍ましい邪悪の意思を察知したルイの『双子の兄』は、最愛の妹を救うべく『父親』に挑み、結果相討ちとなる」

 

 ……ろくでもない『父親』の悍ましさよりも、その『兄』の方に反応する。

 一度だけ、ルイの口から『兄』の存在が語られた事があった。もう名前も顔も覚えていないけど、兄に貰った想いは今も彼女の中にあると、ルイは懐かしそうに寂しく微笑んだ。

 その時、オレの中に渦巻いた感情は嫉妬だった。そこまでルイに想われている『兄』を心底から嫉妬した。

 

 ――それは一人の『兄』としてだっただろうか? それとも、一人の『男』としてだろうか?

 

 それは、今は考える事ではない。思考が脱線した。もう一人の『彼女』の方に意識を向ける。

 

「――死に瀕する『兄』に対し、ルイは『異能』を使ってその死を覆した。これによって『兄』が生き残る未来は生まれたけど、どのような選択肢かはルイにも私にも解らない。少なくともルイの死は確定してしまったのだから――」

 

 それは――命懸けで『妹』を救って本懐を遂げて、それなのに『妹』を救えなかった……どうも、その見ず知らずの『兄』に対して感情移入してしまう。

 同時に、オレの方は、『妹』を守れなかった『兄』として情けなく思う。結果は伴わなかったが、ルイの『兄』は確かに『妹』を守り切ったのだから――。

 

「――気づいた時、ルイは生まれ変わっていた。『異能』の残り香というべき現象かしら、私も断言出来ないけど。世界という理の外から最愛の『兄』の『無限回帰』を固定している副産物が『ルイの転生』と考えればもっともらしくて良いんじゃない? 『兄』が無事天寿を全うすればルイの転生も其処で終わる、神様が恵んで下さったボーナスゲームみたいなものだと、当時のルイは思っていた」

 

 ……其処で話が終わらないのは、既に、今のルイがうちはルイとして生まれた事から察するに余る。

 

「まぁこの時点で一回目での『栄光と破滅を齎す生贄として死ぬ』、いや、『愛する者の為に死ぬ』という死因は完全無欠なまでに成立していたから、その二回目の人生は二十年前後の短い生涯だったけど――それを五回か六回ぐらい繰り返して、いつまでも終わらない転生にルイは『おかしい』と気づいた」

 

 『彼女』は「最初の方は、時間の流れが等しくないから、と思っていたのだけどね」と自嘲する。

 それを語る『彼女』の顔には、絶望の色しか残されていなかった。

 

「――十回二十回三十回、この転生はまだ終わらない。七十回八十回九十回、百回から先は数える事を諦めた。途方も無い無限転生を経た先に、自分と同じ『起点世界』から転生したと思われる存在に初めて遭遇した――此処からが、本当の絶望の始まりだった」

 

 淡々と『彼女』は語る。感情の色を極力排除しようと努めているが、全くもって隠し通せていない現状だった。

 そして、その中には、負の感情に紛れて、今までになかった種類の恐怖、憐憫、悲哀が、籠められていた――。

 

 

「彼等に唯一共通する事は『吸血鬼』に殺された事であり――幾千度目かの転生先、精神干渉系の能力を持ち得たルイは『転生者』の記憶を直接垣間見て、その狂った『吸血鬼』の正体が成長した『兄』である事を知った」

 

 

 ――、――、――、……は?

 

 脳裏に鮮やかに蘇る、ルイと同じ髪型をした醜悪な殺人鬼――あれが、ルイの本当の『兄』だと?

 生命を賭してまで『妹』を救った『兄』と、オレの目の前でオレの妹を陵辱した糞野郎が、同一人物だと……!?

 

 ――右眼が、痛い。オレの中のある感情に呼応するように、酷い激痛を走らせる。

 

 射殺さんばかりの憎悪を籠めて、オレは『彼女』を見据える。

 

「確かにルイの『兄』はルイにはない『異能』を持っていたけど、間違い無く人間だった。後天的に何らかの要因で『吸血鬼化』したのでしょうね。時間を操るような規格外の『異能』が元から存在する『起点世界』だから、吸血鬼や狼男のような伝統的な『異能』も存在していたのかな?」

 

 こっちの動揺を敢えて無視して、『彼女』は語る口を止めない。

 でも、揺るぎなき殺意を向けていた『彼女』は、今は目を背けていた。まさか、この『彼女』が負い目を……?

 重苦しいほどの沈黙の果て、空虚な瞳をした『彼女』は、ゆっくりと語る。その絶望の根源を――。

 

 

「――ルイの『異能』は対象を必ず強制的に天寿を全うさせるもの。果たして『吸血鬼化』した彼に、人間としての天寿に辿り着ける可能性はあるのかな?」

 

 

 ……吸血鬼という怪物は大抵『不老不死』で、心臓に杭を刺されたり、太陽の光で灰にならなければ殺せない。

 果たして、そんな吸血鬼としての普遍的な死に方が、人間の天寿に当て嵌まるだろうか――?

 

「い、いや、それなら吸血鬼になる前に巻き戻れば――!」

「それが出来ていれば、私も貴方も此処には居ないよ。セーブ&ロード、なるほど、君に似合わないほど的確な例えね。それが自分の意志でロードする地点を選べるなら全知全能の神様になれるよ――」

 

 『彼女』は力無い声で「吸血鬼化というバグは、存外に致命的だったようね」と呟く。

 

「無いからこそ『兄』は幾千幾億回繰り返した果ての果て、無意識と無自覚すら意識して自覚して発狂した成れの果て、『基幹世界』から幾千幾万幾億もの魂を追放して、代わりに空いた席に入る存在が事態を解決、いや、少しでも違う方向に持って行ける可能性である事に一途の望みを託して――今、この時もルイの『無限転生』が続いている事から、今尚『転生者』が無尽蔵に増え続けている事から、それが成し得られていない事は明白よね」

 

 ……言葉が、出ない。

 余りにもスケールがデカすぎて、突拍子も無くて、そして受け入れ難くて――。

 

「――そう、ルイこそが君達『転生者』にとっての全ての元凶。ある意味究極の『被害者』であり、依然変わらず究極の『加害者』だね」

 

 もし、そうならば――あの憎んでも憎みきれない仇敵の『妹』にして、その怪物を生み出した元凶であるルイを、オレは、憎まずにいられるだろうか……?

 

「――だから、ルイの願いは唯一つ。最初の過ちを『無かった事』にする事よ――」

 

 

 

 

 

 


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