転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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16/彼と彼女と彼女の心

 

 

 

 

《――去れ、復讐者。精々名高き劔冑を拵えるが良い》

 

 それは数百年振りに現れた、己を求める者。復讐に身を焦がした正常者であり、彼女はにべもなく捨てる。

 妖甲として娘と共に死蔵されていた彼女にとっては、この牢獄から解き放たれる千載一遇の機会であったが――今回は仕手には恵まれなかったと諦める。

 

「――否、オレに必要な劔冑はお前だ、『二世右衛門尉村正』」

 

 その言葉に彼女は反応を示す。災禍を齎す妖甲として死蔵された折、封ずる皆斗家にはその銘は伝えられていない筈である。

 知られざる銘を知っているという事は、その経緯も知っている事であり、彼女には尚の事解らなくなった。

 

「――図らずも、貴様の理念とオレの目的は一致している。百年足らずで忘れ去られる真理ならば、百年来で世に刻み込めば良い」

 

 それが、彼と彼女の出遭い。復讐に狂える常人と、不変の理念を抱きし妖甲の、帯刀儀式(タテワキノギ)――。

 

「――オレは『善悪相殺』の戒律を求める。我が復讐の刃となれ、『村正』。最愛の人を殺した憎き怨敵に裁きの鉄槌を、然るに返す凶刃で我が身を捧げよう」

 

 

 

 

 ――『武帝』。湊斗忠道が率いる反体制の無名軍は、いつしかそう呼ばれた。

 

 遍く戦場に『善悪相殺』の戒律を以って支配する者、南北朝時代の災禍の再来として、超越的な猛威を振るった。

 彼が率いた軍が少数精鋭ながらも無敵足り得たのは、『初代村正』と『二代村正』による悲劇の元凶の『精神同調』にある。

 元々彼は一番最初に自分自身に『精神同調』を施し、人として極限まで無駄を削り取って――愛する者への想いと憎む者への想いだけを残して擬似的な『無想』とし、『二つ』の例外を除いて全ての者を敵意無く殺せる状態に押し上げた。

 

 ――それを『精神同調』で自軍全ての軍に拡散させればどうなるか?

 至極単純な道理、『善悪相殺』の戒律に縛られず、その上、『無想』の境地で『武』を振るう無敵の軍勢に成り下がるのみである。

 

 ……湊斗忠道は『善悪相殺』の戒律を疎かにした訳ではない。むしろ、絶対的な強制力が無くとも『村正』の理念に殉じた。

 彼等『武帝』の軍に『善悪相殺』が成立する時、それは自らの復讐を遂げた時であり――戦の終わりの際の『儀式』の時である。

 

 ――殺した敵兵の数を算出し、同じ数だけ無辜の民を虐殺せしめる。

 

 その行いが凄惨であるほど、世の人々に『武』の真実を叩き込む事が出来よう。

 『武』とは常に『善悪相殺』、戦には正義無し。善も悪も滅ぼし、独善を根絶させる事によって戦を世から撲滅する。

 湊斗忠道は戦場を例外無く支配する為の『精神同調』を逆手に取って『善悪相殺』の範囲外となったが、『村正』が示した真理を自らの意思で完璧に実行した。

 その点では、湊斗忠道は『村正』にとって理想的な仕手と言えた。ただそれは『精神同調』が働いている最中は、である――。

 

 ――そう、湊斗忠道は余りにも、人間として正常過ぎたのだ。

 

 正義を愛し、悪を憎む。そんな真っ当な道徳概念は普通の者、つまりは21世紀の日本人のものと何一つ遜色無く、殺人の罪悪を背負っていくには余りにも重すぎた。

 狂ってしまえば、どれほど楽だっただろうか。そんな逃げ道を歩む事など彼自身が許さず、紙鑢で少しずつ削っていくように精神が摩耗し、彼は徐々に壊れていった。

 復讐という大義名分などない。それは憎き怨敵に対する絶対の免罪符であり、その過程で摘み取られた生命に対する免罪符にはならない。

 

 ――猛々しい武者を殺した。逃げ惑う武者を殺した。

 

 武者と対峙して恐怖して身動き一つ出来なかった兵卒を無造作に虐殺した。そして同じ数だけ『善悪相殺』を名目に無辜の民を手にかけた。

 その中には年老いて歩けない老人もいたし、恋も知らぬ年若い少女もいた。生まれたばかりの赤ん坊さえいた。全て全て、彼はその手に掛けた――。

 

 ――その果てに、湊斗忠道の下に怨敵の訃報が届き、復讐の一念のみに支えられていた彼の全てが決壊したのだった。

 

 それが彼、湊斗忠道の物語。そう、彼の物語である。

 だがしかし、それは、『彼女』の物語ではない――。

 

 

 

 

 ――敵騎『二世右衛門尉村正』、此方と同じく『金神』の力を取り込んだ至高の劔冑。

 

 性能面においてはほぼ同一。差異など『一つ』しかあるまい。

 ならばこそ敵戦力と自戦力を比較する上で最も重要な要素は仕手の能力に他ならず――其処には埋められない差がある。

 

 ――真作と模倣。湊斗光と湊斗忠道の評価はまさにそれに尽きる。

 

 奇しくも構えは同じ。否、偶然ではない。

 同じ流派、吉野御流合戦礼法を修め、同じ劔冑『二世右衛門尉村正』を装甲し――そして何よりも、湊斗忠道は湊斗光を完成形として目指したのだから、この巡り合わせは必然であり、だからこそ逃れられない絶望を生む。

 

『……ほう、蜘蛛の『村正』が景明に行った事とほぼ同一の事を施しているか。その着想は光と景明からか?』

『――?』

 

 湊斗光は天然で『夢想』の域にある怪物、意無くして敵を討てる武神の化身、真に『銀星号』の性能を発揮出来る唯一無二の仕手。

 

 ――仕手としての性能は、何一つ勝る点が無い。それが湊斗忠道が下した湊斗光への正統な評価だった。

 

『不思議か? オレを呼び寄せた者の記憶は光の脳髄にも刻まれている。お前の事も、オレはお前以上に知っているぞ』

 

 そんな相手と同じ条件で仕合うという事は、疑う余地の無く絶対の死が待ち受けている。今、この瞬間での――地上戦での立ち合いは覆しようの無い死地である。

 

 後の先だろうが、先の先だろうが――あらゆる想定で、数手先の死が逃れられない。

 

 最大の泣き処は、ただでさえ此方の勝ち目が那由多の彼方に揺蕩っているというのに、奴が此方の情報を知り得ている事だった。

 白銀の劔冑の下で、湊斗忠道は苦渋の感情を色濃く浮かべる。

 

『『村正』の『精神汚染』をもって自身を無想の域に到達させると同時に敵意無き殺戮魔とする。なるほどなるほど、それが貴様の『善悪相殺』に対する最終解答か! 素晴らしく都合が良いな!』

 

 ……そして、触れてはならぬ化物の逆鱗に触れたかと、全身全霊恐怖する。

 生きた心地がしないとはまさにこの事だ。彼女がその気ならば、瞬きする間も無く死ぬ。無作為に殺されるだろう。

 

 ――確かに、湊斗光の言う通り、自身の『無想』は湊斗光と湊斗景明を参考にして至った、先天的ならぬ後天的な魔境。

 

 いや、村正一門の『善悪相殺』と、それを自身のみならず、自軍にすら強要する為の『精神汚染』をも利用した唯一の『抜け道』である。

 復讐に狂った湊斗忠道は一族に死蔵されていた『銀星号』と結縁したが、狂おしいほどの復讐の念を抱いていても、彼は真っ当な人間。有象無象の人間を敵意無く踏み潰せるほどその精神性は逸脱していない。

 

 ――だから、一番最初に施したのは自身への『精神汚染』だった。

 

 余分なものを省き、簡略化し、効率化し、生身の状態で『兜割り』すら可能な境地に押し上げると同時に――大切な人を思う愛情と、唯一人への復讐心以外の敵意を消した。

 後天的に、自発的に、湊斗光と同じような状態まで、自身を押し上げた――或いは、嘗ての自身を完全に完璧に殺したのだ。

 

『……あの憎き仇敵を殺す前に、我が身を『善悪相殺』の刃で償う事は許されなかった』

 

 支払える生命は自分一人のみ。だからこそ、最初から我が生命をもって憎き仇敵の生命を奪った際の『善悪相殺』の対象にと明確に定めていた。 

 

『ふむ、それは前世でも果たせなかったようだが、幾許かの『例外』が存在している事から、理屈は通る――ならば、一つ聞こう』

 

 ――疑問と言えば、疑問があった。

 

 万が一、億が一、湊斗光と対峙する事があっても、それは武者としての尋常な立ち合いにしかならないだろうと思っていた。

 だが、そうならずに、会話が続いている。確かに彼女は律儀な一面があり、言葉を弄すればどんな些事でも疎かにしない。――それは、自分から話しかければ、の話であり、彼女の裡に滾る疑念こそ自分にとって一番理解出来ないものだった。

 

 

『――何故、今世も己に『精神汚染』を施している? いや、正確には何故常に『精神汚染』された状態なのだ?』

『――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――は?』

 

 

 終ぞ気づけなかった己が矛盾を宣告され、湊斗忠道は冗談抜きに思考が停止する。

 生死を分かつこの場において、その動揺は余りにも致命的な隙であり――されども湊斗光は動かない。

 

(――待て。どういう事だ……!?)

 

 いつ、一体いつからだろうか。『精神汚染』が解かれていない?

 それは在り得ない事だ。戦闘が終われば必ず解いていたものだ。第一、戦闘中以外はその境地は必要無い。それは前世からの習慣であり――『いつからそれすら知覚出来なく』なっていた?

 

 ――いや、もしかしたら、今、湊斗光に言われなければ『精神汚染』していたからこそ辿り着いた境地という事さえ、自分自身を騙し切った結果だと誤認していた……?

 

 それすら認識出来ていないという事は、何よりも『精神汚染』で書き換えられていたという証左であろう。

 

『此処にはお前の憎んだ仇敵は何処にもいないぞ。それなのにお前は何故、今も『善悪相殺』の理から外れているのだ?』

 

 ……それは湊斗忠道にとってこれ以上無く悍ましい話だった。

 憎き仇敵への復讐心と大切な人への愛以外の他に全てを削ぎ落した状態を、無意識の内に常時保っていただと――目の前の最果ての狂人と同じような状態に、常に成り下がっていたと……!

 

『他の者には『善悪相殺』の戒律を強制しておいて、自身だけは例外という抜け道を進む。――どうしたら其処まで厚顔無恥な欺瞞を行えるのだ? 是非とも答えて欲しい』

 

 そんなものは、戦闘に特化して全てを削ぎ落した己は自分として行動していたと言えるだろうか。否、悩みも迷いも葛藤すらしない、単なる殺戮人形に等しい。

 『善悪相殺』を成し遂げて悪鬼羅刹の限りを尽くした事への罪悪と苦悩と苦悶と悲哀と後悔を、自分は一体いつ捨てていたのか……!

 

『――『村正』の理念、理解してないとは今更言わせぬぞ?』

 

 動揺しながらも、湊斗忠道は恐る恐る答える。その最初の理念すら、書き換えられていない事を切に願って――。

 

『……『善悪相殺』。己にとっての『悪』は他の者にとっての『善』であり、初めから一つの『悪』を殺すという事は一つの『善』を殺すという事に他ならない。『村正』の掟は戦いという醜い真実を世に知らしめる為に拡大解釈したに過ぎない……』

 

 そう、一人敵を殺せば一人味方を殺さなければならない『善悪相殺』は呪いではなく、村正一門の祈りである。

 結果として、当時の大和国の人口の一割二割を死に絶えさせた妖甲として歴史に刻まれたが――。

 

『――其処まで理解していながら、己の『矛盾』に目を背け続けるか』

 

 まるで掴めない。一体何故、湊斗忠道は自身への『精神汚染』を継続するという結論に至ったのか。

 こんなのは度し難い裏切りに他ならない。彼女達の『善悪相殺』を愚弄するにも程がある。

 何故、何故、一体いつから己は自意識を手放していたのか……!

 

『……ふむ。その様子だと、それすらも『精神汚染』で書き換えているのか。厄介だが――全部、剥ぎ取るとしよう。何、案ずるな。それは一度景明の方で体験している』

《御堂、来るぞ――!》

 

 自分が装甲する方の『村正』が警告を鳴らし――即座に応戦の構えを取る。咄嗟に最適な行動を取れる都合良く調律された思考が呪わしかったが、今は後回しだ。

 今から『精神汚染』を解くのは自殺と同意語、この生涯最大の敵を打倒し得た後、これまでの清算をしなければならない――。

 

 

 

 

 時は少しばかり遡り――英雄となった湊斗奏が『三世村正』を駆って襲来し、湊斗忠道が『善悪相殺』の戒律を逆利用して討ち取った直後の事。

 

「……御、堂――」

 

 二領の劔冑の墜落の余波で瓦礫が散乱し、僅かながら火の手が燻る中、意識を失っている自身の仕手に膝枕をしながら、人の形態をとる『二世村正』は暗く見下ろす。

 仕手の安否を気遣っているのか、または別の懸念が存在するのか――其処には完璧な劔冑たる者には不似合いなほど人間らしい揺らぎが見え隠れしていた。

 

 ――かつんと、最初から隠す気の無い足音が高々に鳴り響く。

 

 『二世村正』の視線の先に居たのは盲目の悪鬼、鮮血の紅の如く麗しき赤髪を靡かせる『魔術師』に他ならなかった。

 

「――『魔術師』」

「そう身構えるな。別に敵対しに来た訳ではない」

 

 敵意や殺意は無くとも「ふむ、忠道の意識が無いのなら好都合か」と、『魔術師』は純然なる悪意をもって嘲笑していた。

 かの御仁の性根が腐り切っている事は『二世村正』自身も知り得ていたが、その悪意の矛先が自身に向けられた事は初めての経験であり、心底不愉快だと眸を細めた。

 

「――私は君の事を完璧な『劔冑』だと思っていた。『三世村正』のような人間らしさの無い、不変の理念を心鉄に打ち込めた『劔冑』だとね」

「……何が言いたい?」

「それが単なる勘違いだった、と私は言いたいのだよ。見かけに依らず、いや、見たところ見事なまでに、完璧なまでに偽っているようだがね――」

 

 ――ぴきりと、『二世村正』が向ける視線に途方も無い熱量が滾り、心胆が凍えるほど法外な殺意が漲る。

 至高の『劔冑』からの、生命の危機に直結するほどの脅威に晒されて尚、『魔術師』は邪悪に笑う。

 主人に使われるだけの道具とは到底思えぬ反応が堪らなく愛しいと、声を出して笑って――。

 

「――仕手への『精神汚染』は可能なのか。それは『三世村正』のみに与えられた機能だと思っていたが。いやはや、仕手自身が意図的に能力行使していたのならば或いは――だとすれば迂闊な話だな、劔冑(どうぐ)に考慮外の可能性(つかいみち)を知らせてしまうなんて」

「――っ!」

 

 彼女の握り締められた拳は皮膚を貫いて流血し、そんな『人』じみた自傷行為を、『魔術師』は心の底から可笑しいと大笑いする。

 そう、劔冑からの殺気は既に通り過ぎて、別のものへと変化していた。

 

「さて、常々疑問に思っていたのだが、今回の一件で確信に変わった。君達『村正』の共鳴で色々垣間見れたしね――」

 

 盲目の『魔術師』はふと自身の言語表現が不正確な事に気づき、「見たというよりも感じたが正解だが」と意味の無い補足をする。

 

 

「――どうして君は『金神』の力を持っているのだい? 『金神』の力で復元され、あの『三世村正』に討ち取られた『銀星号』は写身の筈なのに」

 

 

 ――ぴきりと、硬い何かが物理的に罅割れる音が鳴り響いた。

 それこそが己の存在理由さえ否定しかねない、彼女の罪だった――。

 

 

 

 

 


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