転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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17/二つの魔剣

 

 

 

 ――彼女の世界では、『劔冑(つるぎ)』は最強の兵器である。

 

 着用した人間の身体能力を飛躍的に向上させて、超人的な回復能力を齎し、空中を自在に駆ける。

 真打(しんうち)と呼ばれる『劔冑』には『陰義(しのぎ)』なる異能を有するものもある。

 『劔冑』を装甲した者を大和では『武者』と呼び、一騎で百の兵を無傷で凌駕する『武者』は『武者』でしか打倒し得ない存在である。

 戦場の支配者はいつの世も『劔冑』を装甲する『武者』に他ならない。

 

 ――彼女は、鍛冶師である。真打『劔冑』の鍛冶師である。

 

 鍛冶師が鍛造する『劔冑』が生涯一領なのは、製造する過程で自身の身魂を打ち込んで『心鉄』を通すからである。

 元より彼女は劔冑鍛造を生業とする蝦夷の生まれ、身を鉄に変えて『劔冑』と成るは本望であり、彼女は不変の理念を『心鉄』に通した。

 

 ――『二世右衛門尉村正』、後に稀代の妖甲として大和の歴史に刻まれる至高の『劔冑』が彼女である。

 

 彼等、村正一門が鍛造した『劔冑』は百年以上も続く戦乱の世を終わらせる為に、戦の撲滅を願った。

 戦とは我の愛を求めて彼の愛を壊す行為。善であり、悪であり、それらは裏表のコインのように視点の違いで移り変わる――つまり、それは『独善』である。

 その『独善』を滅ぼす為に、『村正』は『劔冑』として性能として頂点に立っている他に、他の『劔冑』には無い異常な特質を二つ持ち得ていた。

 

 一つは『善悪相殺』の戒律、『村正』と結縁する武者に浸透する絶対の強制力。

 

 敵を一人殺せば味方も一人、悪を殺せば善も殺さなければならず、憎む者を殺せば愛する者も殺さなければならない。

 『村正』の仕手は最強級の武力を保有しながら、誰よりも武力の行使を自重せざるを得ないだろう。

 

 二つ目は『精神同調』、『波』を操る事で自身の精神を周囲の者に写身させ、『善悪相殺』の戒律を拡散させるもの。

 

 それ故に『始祖村正』は自身を劔冑に鍛造すると同時に、娘の『二世村正』も劔冑として鍛造させ、北朝と南朝、敵と味方に、対立する両陣営にそれぞれ献上した。

 一方が戦意喪失させる為に『精神同調』の『波』を敵軍に拡散させようとするなら、もう一方は同じ事を敵軍に実行するだろう。

 戦場は遍く『善悪相殺』の戒律で支配され、長きに渡った南北朝の戦乱を平穏に終わらせられる――『村正』の理想は此処に実現する、筈だった。

 

 一つの悲劇が全てを変える。『始祖村正』を賜われた北朝方の主将が刺客を反射的に殺してしまい、返す刃は彼を公私共に支えた最愛の弟を殺して『善悪相殺』を果たしてしまう。

 

 発狂した狂将は『精神同調』の『波』を無差別に撒き散らし、彼が率いる軍は狂気の軍勢となりて襲来し――『二世村正』を賜われた南朝方の主将は『精神汚染』の『波』から自軍を守る為に、自らの『精神同調』によって最初から支配下に置く事しか選択肢が無かった。

 

 ――斯くして前代未聞の殲滅戦争が開幕する。

 僅か一年で当時の全人口の二割以上の死者を出した阿鼻叫喚の地獄が、地上世界に顕現する事となる。

 

 彼女は『善悪相殺』が招いたこの最悪の結末について、想う処が何も無かった訳ではない。

 誰よりも戦乱の終結を願い、されども『妖甲』としての汚名を末代まで被り――だが、結果的に諸人共に戦の愚かさを骨身まで染み込ませた。百年以上続いた戦乱を終わらせる事には成功した。

 『始祖村正』と『二世村正』の理念は此処に果たされる。善なる者によって『善悪相殺』が広められて平和裏に戦乱が終結させるなら良し、悪なる者によって『善悪相殺』に縛られて尚見境無く戦乱を広めるのもまた良しとした。

 

 ――ただ、絶滅の危機に瀕するまで執り行われた凄惨な戦争が齎した平和の時は、僅か数十年しか続かなかったと知った時、彼女は失望し絶望し憤怒した。

 

 

「――ならば、百年来で人々に真理を刻み込めば良い。世が乱れし時に再び歴史の表舞台に立つが良い、至高の劔冑よ。死蔵されている暇など無いぞ?」

 

 

 その言葉は彼女にとって二人目の仕手、湊斗忠道の言葉だった。

 

 

 

 

 ――その戦の終わり、事の発端から付き添った最古参の同胞を湊斗忠道は見送る。

 

 その死因は湊斗忠道による殺害である。

 彼女は復讐を遂げて、その『善悪相殺』の刃を自分にではなく、湊斗忠道に向けてしまった。

 涙無く、表情一つ変えず、即座に返り討ちにした『武帝』を、共に付き従う配下の者さえ声無く批難する。

 

《……御堂。人払いは済ませたぞ――》

 

 彼女は最年少の者であり、最初期の一人。

 異端の教義である『善悪相殺』の思想に共感し、戦場でも戦外でも公私に渡って湊斗忠道を支え、誰の目から見ても慕いながらもその感情を押し殺し――念願の復讐を遂げて、憎き者を殺したのなら愛する者を殺さなければならない『善悪相殺』の理によって己のひた隠していた愛を証明してしまい、愛する者の手によって果てた。

 

「……っ、っっ!」

 

 誰一人居なくなった時、『精神同調』を切った湊斗忠道は無表情を崩し、地面に頭を垂れて、静かに嗚咽する。

 それを、彼の劔冑である『彼女』だけが、その様を見届ける。

 少しずつ削られ、人間として壊れていく主を、それでも狂えない主を、『彼女』は見る事しか出来ない――。

 

 ――敵の刃で散った同胞を見届ける。

 ――復讐を遂げて自刃した同胞を見届ける。

 ――敵を殺した数だけ、無辜の民を殺めた。

 ――無辜の民の死を厭わぬ呪われし死の軍勢たる自軍に反旗を翻した同胞を屠った。

 ――復讐者として襲い来る武者でもない敵を意無く殺した。

 

 それらに対して、何一つ想わぬ人間ならば、此処まで苦しまないだろう――。

 

《……やめるか?》

「……愚問、だな、村正。今更、やれられる筈があるまい。彼等を殺した事を、無意味にする事など出来ない――」

 

 項垂れながらも、湊斗忠道は血反吐を吐きながら、そう言う他あるまい。

 既に彼の手によって正しき未来は消え去っている。その行いがどれほどの愚挙か、不幸な事に大局的に客観視出来る目を彼は持っている。

 

「これは、オレの罪科だ。オレの悪果だ。オレが、最期まで背負わなければならない――!」

 

 仕手の言葉に『彼女』は何も言えず、沈黙するしかなかった。

 

 ――湊斗忠道、死蔵されていた『二世村正』を己が良人の復讐の為に結縁した、異界の知識を持つだけの健常者。

 

 その知識は二百年も三百年も先を行き、行き着かなかった物語をも知っている。

 それ故に、他者への精神干渉でしかなかった『波』を自分自身に使い、武芸者として至高の領域である『無想』の域に到達させ、武者と劔冑の極地である『心甲一致』を容易く成し遂げた。

 敵意無く殺せるが故に『善悪相殺』の戒律に縛られる事無く『武』を奮える、規格外にして異端の発想の持ち主。だが、それだけである。

 彼は、湊斗忠道は余りにも――『健常者』過ぎたのだ。平時ならばそれで良し、だが、戦時ならば、それは悲劇でしかない。

 

 ――だから、その報われない結末を思えば、彼は最初から最期まで『善悪相殺』を蔑ろにするべきだったのだ。

 

 有名無実と化したまま、己が復讐のみを果たすべきだったのだと、不滅の理念をその身に刻んだ筈の彼女が、そう想う。想ってしまった――。

 だから、仕手の意思が死に絶えた後、『彼女』は彼の為に戦ってしまった。『善悪相殺』による戦の根絶を願った『劔冑』が、それ以外の為に戦ってしまった。

 

 ――そして、その結末がこれである。

 

 

「――我が兄を……私の忠道を返せッッ、女王蟻の村正ァ――ッ!」

 

 

 数百年、先駆けて『金神』の目覚め、『金神』の掌握、そして――仕手亡き白銀の『魔王』は、仕手の妹を『英雄』にしてしまった。

 

 

 

 

「――常々疑問に思っていたのだよ。湊斗忠道は湊斗光と比べて遥かに格下だと自己評価するが、私はそうは思わない。同じぐらい遜色無い化物だと私は認識している。その認識の齟齬は行き過ぎた謙遜だと思っていたのだがね」

 

 ――『魔術師』は『銀星号』と呼ばれた彼女の本来の物語を、『装甲悪鬼村正』の物語を知っている。

 

 それに加えて、『魔術師』は湊斗忠道当人の口から彼自身の物語を聞き届けた唯一無二の人物である。

 猫被りの孤児院時代、その技、吉野御流合戦礼法の技法を盗む目的で――シスターの目を盗んで近寄り、修練中の彼に何かと言葉を交わしていたりする。

 転生者を仇敵とする『武帝』のトップながら、『魔術師』個人と奇妙な交流があるのはこの時代からの縁である。

 

 ――だからこそ、この世界で唯一、湊斗忠道の『異常』を正鵠に把握出来たのだろう。

 

 そんな予想外の裁定者の存在に、劔冑である彼女は歯軋りをあげた。

 

「その疑問が解消されたのは管理局の連中が押し寄せてきた折、『精神汚染』によって他の武者を支配下において『善悪相殺』を無視して蹂躙した時だったか。――意無くして敵を殺せる『無想』の軍勢、はっ、笑い草だ。『精神汚染』で発狂させる事しか出来ない湊斗光と比べて尚凌駕している異常だよ、それは」

 

 ――果たして転生者が、元は日本人の感性の持ち主が、そんな途方も無い境地に辿り着けるだろうか。否である。

 

 この時点で、『魔術師』は『銀星号』を排除すべき害悪と見做し、鋳潰して仏像にしてやる気しかなかった。

 危険なのは湊斗忠道ではなく、むしろ劔冑の方だと、既に結論付けていた――。

 

 ――だからこそ、今なのである。

 

 仕手の意識が途絶えている今こそ、容易く『銀星号』を討つ事が出来よう。

 湊斗忠道には若干申し訳無いが、生涯一領の理を反して他の劔冑を見繕って貰うしかあるまい。

 

「湊斗光の『夢想』とは違う境地、何処か作為めいた『無我』ならぬ『無想』――ふと思いついたのだよ、仕手への『精神汚染』が可能ならば、それは容易く成立するとね」

 

 『二世村正』を御する目的で鍛造された『三世村正』にはその機能があった。

 ならば、元々の仕様で無くとも、至高の領域にある『二世村正』ほどの劔冑なら然程難しい話ではないだろう。

 

「だが、新たな疑問が生まれた。湊斗忠道は常時その『無想』の境地にある。この『魔都』において常在戦場の心構えは確かに有用だが、その『無想』は人間としての機能を極限まで削り落として辿り着くモノ、日常生活においては色々不都合が多かろう」

 

 一武芸者として、それがどれほど異常な事か――『魔術師』とて、其処までの境地に至っていない。

 精神操作による自己暗示の魔術を使い、『無想』の真似事まで近寄れるが、それを常時行おうとは『魔術師』とて絶対に思えない。

 

「何しろ悩めない。迷えない。変わらない。そんな完璧に歪んでいるモノを人間とは呼べない。何も変わらずに在るのならば、それは概念と変わるまい」

 

 『魔術師』の脳裏に、生前遭遇してしまった、根源を求めるだけの概念と化した台密の僧の魔術師――『空の境界』での全ての黒幕である荒耶宗蓮の重く暗い姿が思い浮かぶ。

 数少ない視たモノの中で最悪の類であり、前世において唯一仕留めれなかった魔術師を思い出してしまい、『魔術師』は忌々しげに舌打ちする。

 

 

「――つまりは、その『精神汚染』が自らの意思で施したものではなく、『劔冑』の方の意思で、仕手の意思に背いて独断で執り行われているのでは、という疑念に至った訳だ」

 

 

 主導権が『仕手』にあるのならば、何一つ問題無いが、『劔冑』にあるのならば話は別である。

 意思があるように見えて、『劔冑』の操り人形でしかないなど悪夢でしかない。

 

 ――『二世村正』は元々の仕手の湊斗光の規格外っぷりに隠れがちだが、同じぐらい破滅的な思想の持ち主であり、目的の為ならば人類が絶滅しても厭わない。

 

 その理念は心鉄に刻み込まれた折、不滅の概念となっている。

 この魔都の大組織の一角である『武帝』に、彼女の理念が色強く反映されているのならば――如何なる犠牲を払ってでも即刻排除しなければならない。

 

「前置きが長くなったが――君は湊斗光の『銀星号』とはまるで真逆のようだね。あれが敗れし折、『銀星号』は死の眠りに抗わず、湊斗光はそれでも諦めなかったが――君と湊斗忠道の方は君の方が諦めなかった」

 

 ――それが、あの『銀星号』が『金神』の力を持ち得ている事に繋がる。

 

 これは推測でしかないが、湊斗忠道が自身の妹を殺さないように地中深くに埋めて自害して『金神』まで流れ着いた際、既に死去した湊斗忠道は単なる写身に過ぎなかったが、劔冑の彼女は『オリジナル』のままだったのだろう。

 それ故に、あの『銀星号』は『金神』の力を持ってこれたと考えれば――仕手の意思を無視して自らの意思で行動出来る事に他ならない。

 

「――今回の負債は、湊斗忠道のではなく、劔冑のものであったという事かな?」

 

 ある種の確信をもって、『魔術師』は無言で表情を歪ませる『二世村正』に責め問う。

 まるで喜劇だ。劔冑に身も心も奪われた『兄』を取り戻す為に殺して『善悪相殺』の戒律で『英雄』になってしまうなど、哀れすぎて同情心しか湧かない。

 

「本質が損なわれている。恥知らずの欺瞞が間かなり通っている。個人の尊厳が奪われている――」

 

 ――ぴしりと、目の前の彼女から罅割れる音が鳴り響く。

 

 劔冑は不死、されども、心鉄(こころ)が朽ち果てれば滅する。

 自らの理念を完全に否定されれば、劔冑は戦うまでもなく滅びる。

 

「……ならば、如何とする?」

 

 そして彼女は自らを滅ぼす問いをし――不意に『魔術師』の思考が停止した。

 脳裏に埋め尽くすのは『何故』という文字のみ。何故これで死に瀕する、何故彼女がこんな反応をする、何がか致命的に食い違ってる、何かを致命的に見落としている。

 

 ――何故、何故何故何故何故何故何故何故何故何故、何故――。

 

 思考し、考え抜いた末に導き出した自身の結論を他人事のように驚愕し、『魔術師』の顔が一気に歪む。

 

 

「――どうもこうもない。……ああ、割りと真面目にしくじった。これ以上、土足で踏み込むのは野暮な話だ。馬に蹴られて地獄に落ちたくはない」

 

 

 『魔術師』から放たれていた殺意が霧散し、一気にやる気無く脱力する。

 

「……今更、地獄逝きを心配する身か?」

「……あー、そういう事じゃないんだが、まぁどうでもいいか」

 

 はぁ、と疲れたため息を吐き捨て――何故か最近はこんな事ばかりだと内心毒付きながら『魔術師』は未だに意識を失っている湊斗忠道の様子を観測する。

 覚醒の兆しが見受けられる。程無くして意識を取り戻すだろう。

 

「……いずれその対価を君が、いや、『君達』が支払う事になるだろう。踏み倒すのも良し、踏み潰されるのもまた良しだ」

 

 もうこれは自分には関係の無い沿岸の出来事だと、『魔術師』は何もせずに帰り支度を用意する。

 今回も自分の出る幕は無いと、嬉しそうに――。

 

「――それは『悪』である私の役目ではないし、『正義の味方』も役不足だ。その役目は善悪の枠組みに嵌らない完全無欠の『裁定者』か、或いは――」

 

 『魔術師』の、預言者のような言葉が響き渡る。

 おそらく、その役目は――誰よりも真実の、一瞬の儚き『愛』を求めた者が果たすに違いない。

 

 

 

 

(……さて、極めてまずいな――)

 

 自身が無自覚の内に『精神汚染』されたままでいる、そんな湊斗忠道の根幹に関わる致命的な問題を遥か彼方に棚上げてして、冷静に冷酷に現状のまずさを鑑みる。

 

 ――戦闘状況は地上戦、勝負は一撃で決するだろう。

 

 湊斗光と湊斗忠道の劔冑は共に『二世村正』、頂点の攻撃性能と紙装甲に等しい防御性能を顧みれば、両者共に一打で互いを撃破可能である。それも過剰殺傷なまでに。

 だからこそ、湊斗忠道はこの地上戦に勝ち目を思い浮かべられない。この戦闘は純粋なまでに残酷なまでに、仕手の性能の差が如実なまでに出るからである。

 

(目の前の湊斗光は左手を前に送り、右手を引いて構えている。吉野御流合戦礼法、無手構の一つ、槐(えんじゅ)――我流の崩れあり)

 

 左手で防御または囮を仕掛け、敵の攻め手を無効化して右手にて勝つ。それが槐であり、同じ流派を修めた湊斗忠道には手の内は把握しているが――それが認識不可能の戦闘速度で繰り出されれば、湊斗忠道とて対処の仕様が無く四散するだろう。

 

(――果たして、オレは、奴の踏み込む瞬間を捉える事が出来るだろうか?)

 

 対面に構える湊斗光の呼気は掴めない。彼女は天然夢想、神仙の領域に立つ武の化身、湊斗忠道が目指した完全無欠の完成形、『装甲悪鬼村正』での最強最悪の仕手――初動すら反応出来ずに討たれる未来しか見えない。

 

(……今から騎航に移るのは敵に背を見せて逃げるも同然の行為、理屈抜きに死ねる。地上戦を交えるしかあるまい)

 

 つまり、この地上戦であの『銀星号』に勝利する戦闘理論は、此方が先に仕掛けて『先の先』にて有無を言わさずに撃破するか、絶対に躱せず耐えれぬ一撃を躱すか耐えてから反撃する『後の後』――。

 

(――何方も無理だろうな)

 

 ――何方も不可能であり、卓上の空論に堕ちる。

 前者は間違いなく感知されて反応され、不可避の逆撃(カウンター)を叩き込まれて死する。

 後者は劔冑の特性上、圧倒的なまでに攻撃性能が優れ、圧倒的なまでに防御が疎かな為、耐えるという前提が成り立たない。

 

 ――故に、湊斗忠道が取った選択は――。

 

(……村正――)

《――正気か? 御堂……!》

(相手はあの湊斗光が駆る『銀星号』だ。役に立たない一般常識など全部丸めて捨ててしまえ……!)

 

 内部音声、思念だけのやりとりを済ませて――湊斗忠道は構えを変える。

 自身の眼下に腕を交差させる――吉野御流合戦礼法には無い異端の術理は、明らかに攻めを完全に捨てた防御の為の構えであり、自殺行為同然の暴挙である。

 

『――ほう、耐えるつもりか。光の一撃をッ!』

 

 敵手は嬉々として吼える。それに答える必要性を見いだせず、湊斗忠道は沈黙を以って返歌する。

 同じ劔冑を装甲しながら、その分の悪さを把握してない筈があるまい。

 明らかな挑戦である。防御不可能の一撃を耐えた先に必殺の一撃をお見舞いするという意思表示に、敵手は嬉々狂々とする。

 

 ――永遠に等しい一瞬、今か今かと相手の仕掛ける時を絶対に逃さぬように精神を研ぎ澄まして集中させる。

 

 死と生の狭間、何一つ動揺無く機を待てるのは自身が戦闘用に『精神汚染』されている証左であり、客観視しながら自身と湊斗光を把握する。

 精神面での不具合とは裏腹に、感性は驚くほど冴えている。

 屋敷に居る『武帝』の者達の挙動・呼気・動揺を手に取るように把握し、広範囲に渡って拡散している『銀星号』の『精神汚染』の『波』に危機感を抱くも、忽然と消失した人の気配で何らかの対処がされた事で安堵を覚え、遠くで蠢く異形の軍勢の存在を危惧し――必要無い情報を削除していき、目の前の最強の敵手のみ絞る。

 

 ――今、この時、世界は自分と敵だけとなり、単純明快となる。『善』も『悪』も関係あるまい。倒さねば、死ぬだけである。

 

(……――ッッ!)

 

 ――あの湊斗光の動きを、忠道は確かに掴んだ。完全に見切った。

 

 神速にして不可視の速度で駆けて――動かず待ち――間合い前で飛んで前転し踵落とし――思考するより早く防御の両腕を上に仕向けて全力で受け止めようとし――ではなく、手前で着地して致命的な間合いに侵入された刹那に視線が合い――無謀な賭けに勝利した忠道は予定通り防御を胸まで下ろし――。

 

『――天へ、昇れ』

 

 このあるか無いかの刹那を、湊斗忠道は待ち望み、遂に掴むに至った。

 事前に待機させていた術式に熱量を必要分捻出し、条理を覆す呪句(コマンド)を詠唱して即時解放する。

 

 そしてそれは『一つ』ではなく『二つ』である。

 

(――辰気収斂、『磁気鍍装・負極(エンチャント・マイナス)』――!)

《――『ながれ・かえる』》

 

 『重力操作』による辰気障壁は『二世村正』本来の能力であるが、その『磁力操作』は彼女の娘である『三世村正』の――。

 

 

『――! 逆転・江ノ島大襲撃(リバース・エノシマインパクト)ッッ!』

 

 

 ――第三の選択肢、真打劔冑に備わりし異能の具現である『陰義』にて絶体絶命の死地から活路を開く。

 

 甲鉄の強度は辰気障壁にて確保し、磁力化による反作用を鍍装し、双極の磁力を限界まで反発させ――地球の引力圏外まで飛ばされかねない蹴り上げを利用して、即座に此方の必勝手を繰り出す為の超高度を確保する……!

 

『……ッッ!?』

 

 意識が一瞬吹っ飛ぶ。全身が木っ端微塵に砕かれぬほどの衝撃が駆け巡り――そのネーミングセンスはともかく、本当に江ノ島を蹴り飛ばした常識外の襲撃をもって認知不可能の速度で天に飛ばされ――。

 

《――御、堂……!》

 

 何処ぞの、絶対に装甲したくない大名物劔冑の言う通り、この勝負は死ななければ己の勝利である。

 両腕の感覚は無く、木っ端微塵に千切れてなければ僥倖だと即座に割り切り、劔冑の損害状況を把握するより疾く機体を反転させて、万を超える高度から垂直急降下――吉野御流合戦礼法『月片』が崩し、敵手の必勝手をそのまま捧げる……!

 

 ――天座失墜・小彗星(フォーリンダウン・レイディバグ)。 

 

 如何な湊斗光が駆る『銀星号』と言えども、地上にある状態で、此処まで圧倒的なまでに高度の有利を奪ったのならば――白銀の流星を瞬かせる間も無く墜落せしめられる。

 

 

 誰一人見届ける者のおらぬ『白銀の流星』は不可視の戦闘速度で垂直落下し――地上に、何もかも飲み込む『黒い渦』が待ち受けていた。

 

 

『――!?』

《辰気の、地獄……!?》

 

 辰気制御による擬似的な重力崩壊、湊斗光の武の極限。

 一筋の流星など瞬く間に飲み込む終焉の理、『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』――。

 

 ――恐るべきは、常識外の仕手たる湊斗光。

 

 よもや刹那にも満たぬこの短時間で、辰気の地獄を地上世界に顕現させるなど誰が想像しようか。

 湊斗忠道には不可能の御業である。瞬間的に発動させるには構成力が足りない、熱量が致命的なまでに足りない。仕手の性能差が、此処に極まった――。

 

《まずい、御堂――!》

『このまま蹴り飛ばす……!』

《無茶だっっ、あれは……!》

 

 ――否、あれは完全な状態の『飢餓虚空・魔王星』ではない。

 

 あの魔技を繰り出すには地表から近すぎる。近ければ近いほど地球の重力の影響を受けて、重力の渦の効果が激減する。

 それを知りながらも発動させたという事は、あの稀代の化物を首元まで追い詰めている事の証明に他ならない――!

 

 斯くして『白銀の流星』は全てを飲み込まんとする『黒い渦』を蹴り飛ばさんと特攻し――此処に、交わう事の無い二つの『魔剣』が、真の雌雄を決さんと衝突した。

 

 

 


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