転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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21/夜天の書の主vs第八位

 

 

 

「……全く、儂なんぞを『穢土転生』して蘇らせ、やらせる事がオリジナルの『第八位』の下準備とはな」

 

 とあるビルの屋上、双眼鏡を覗いて佇む白衣の老人は、嘗て魔都海鳴に存在した大組織の一つ『超能力者一党』に所属し、ランサーの魔槍に貫かれて絶命した『博士』である。

 彼が『うちは一族』の『転生者』から『穢土転生』で口寄せされた理由はその類稀な頭脳を必要された――からではなく、彼がこの世界に持ち込んだ研究成果の一つを必要とされたからだ。

 

 ――学園都市に住まう全ての学生の『AIM拡散力場』のデータ。

 八人の『超能力者(レベル5)』の遺伝子マップだけではなく、『博士』は複数の研究成果をこの世界に持ち込んだ。

 

 それを元に、あの『うちは一族』の『転生者』は学園都市の『AIM拡散力場』をそのまま口寄せしたのだった。

 今の海鳴市は二百万人の能力者を抱える学園都市の環境と何一つ相違無いどころか、あの『とある魔術の禁書目録』の世界と同一の条件にまで至っている。

 

 ――ただそれは、それだけでは意味の無い行為である。

 

 別段、学園都市産の能力者でなければ呼吸すら出来なくなるとか、そういう事は一切無く、目に見えない粒子の領域で数多の者に何一つ支障無い数値が変わった程度の事である。

 あの世界の魔術師を掃滅させる人工的な異世界創造『虚数学区・五行機関』の展開など想定外(そもそもその効果を受けそうなのが『教会』の『禁書目録』しかいない)なので、明らかに労力と効果が見合っていない悪手である。

 

「――だが、これで『第八位』はこの異界の地で終ぞ発揮出来なかった『本領』を存分に奮えるようになる。学園都市の第一位『一方通行(アクセラレータ)』を打倒し、人工天使『ヒューズ=カザキリ』を撃破し、『神の右席』の一人『前方のヴェント』を返り討ちにしたその力を――」

 

 そう、嘗て『超能力者一党』は一人の超能力者の手によって壊滅した。とある『第八位』の複製体『過剰速写(オーバークロッキー)』の手によってだ。

 同じ超能力者級の『異端個体(ミサカインベーダー)』さえ打ち破った彼は、されども恐るべき事に、持てる能力を十全に発揮出来ていなかったのだ。

 

「八神はやてでは如何程持ち堪えられるやら。……いや、案外、異種格闘技じみた事となって噛み合わないかもしれぬな」

 

 ――実に、実に興味深い一戦である。

 如何なる結果になろうが、既に死した『博士』にとっては些事であり、今現在の、自分自身の内に湧く無限の興味心・好奇心を満たす事こそ至上であった。

 そういう風に生きて、そういう風に死んだ。ならばこそ、今更変わる筈もあるまい。

 

 ――死出の旅路の土産話に一つ、学園都市の全てを敵に回した最強最悪の超能力者と、魔都で生まれた夜天の書の主。

 

 出遭う筈の無かった最高のカードが今巡り合い、数奇の運命の果てに激突する――。

 

 

 

 

 ――それは少し昔の頃。

 第八位の超能力者の複製体である『過剰速写』が『教会』に腰掛けた、ほんの短い時間での話である。

 

「えぇー! それじゃ無敵やないかー!」

 

 八神はやては驚いたように、少し興奮しながら声を上げる。

 感情の起伏が気怠げで薄い『過剰速写』から語られた、学園都市の第一位『一方通行(アクセラレータ)』を打ち破った全盛期の能力はまさに無敵に近いものだった。

 隣に居るセラは「んな滅茶苦茶な。でも、割りと理屈は合ってる?」と小難しげに首を傾げていた。

 

「……そうでもない。現にオレのオリジナルは『幻想殺し(イマジンブレイカー)』とかいう自称『無能力者(レベル0)』に敗北している」

「ありゃ、『過剰速写(オーバークロッキー)』さんも『そげぶ』されちゃったんですか」

 

 『過剰速写』の詰まらげな返答に、セラは清々しいほどの笑顔を浮かべ――はやては意味が解らずに首を傾げた。

 それは『過剰速写』もまた同様であり、何でこんな同情心の籠もった、哀れなものを見るような慈愛溢れる笑顔で迎えられているのか、理由は解らないが少し苛立った。

 

「『そげぶ』?」

「『そ』のふざけた『幻』想を『ぶ』ち殺すの略です。上条さんの決め台詞ですねー」

「何だそりゃ」

 

 セラは凄く良い笑顔で「あの男女平等パンチに殴られるなんて痛かったです?」なんて聞き、『過剰速写』は目を細めて「痛いも何も、あれの右腕に触れたせいで能力制御失って一発致命傷だ」と苛立ちげに吐き捨てる。

 

「やっぱりあの『無能力者』、只者じゃなかったのか……」

「その上条さんって凄い人なんやなぁ」

 

 話に聞く限り、あらゆる異能を打ち消す右腕を持つだけの、その唯一無二の特異性以外はただの一般生徒らしいのだが――。

 ごほん、と咳払いし、『過剰速写』は八神はやての方を見る。未だに微笑ましいものを見るような慈愛の眼差しを向けているセラを無視して。

 

「確かに表示性能(カタログスペック)は突き抜けていたが、オリジナルの精神面は穴だらけだった。自己の能力に対する絶対的な過信、他の全てを弱者と断ずる究極的な慢心、己を最強と自負する肥大化した自尊心、どれを取っても致命的なまでに命取りだ」

 

 一応自分の事なのに酷い言い様で「あの末路は、結局は自業自得という事か……」と彼は自虐的に溜息を吐く。

 そんな彼の様子を面白がって、消沈ぷりに動揺するはやてにセラは耳元で小声で話してくる。

 

「あれは自身の黒歴史に恥ずかしがる中二病卒業後の反応ですから、深く突っ込まないのが優しさです」

「んー、でも、どうしてそうなってるん? 今の冷静沈着なクロさんからは想像出来へんけど」

 

 はやては兼ねてより疑問に思った事を口に出す。

 『過剰速写』が語る彼のオリジナルの事は、能力面もそうだが、今の彼とは全くもって一致していない。

 もはや別人を語っているような聞き心地であり、『過剰速写』はやや複雑な表情を浮かべた。

 

「……オレのオリジナルは無能力判定から超能力者まで伸し上がった稀代の例だ。己が唯一無二の特別な存在である事を信じて疑わなかった。『一方通行』に遭うまではな」

 

 物凄く忌々しそうに、『過剰速写』は『一方通行』の事を語る。

 『一方通行』の事に関してはあらゆるベクトルを操るという反則的な能力しか聞いてないのではやては首を傾げたが、セラが小声で「超能力者はどれも桁外れなまでに性格破綻者なんですよ」と有り難いかどうか判断出来ない注釈をする。

 

「奴に遭ってからは、オリジナルにとって絶対に越えられない壁として常に存在し続けた。その壁を自らの手でぶち壊したんだ、長年の心的な脅威と共に警戒心と危機感、慎重さと用心深さが纏めて流れ出てしまったのだろうな」

 

 『過剰速写』のオリジナルの特異性は、二三〇万人の能力者の頂点に立つ超能力者ながら、常に挑戦者として格上への下克上を目指す心意気を持ち得ていた事だった。

 第八位という末席に位置しながら、第二位を打ち破り、第一位さえ乗り越えて――その時点で、挑戦者としての一面を失ってしまったのは必然であり、来たるべき没落の記念すべき第一歩だった。

 

「……そうだな、全盛期のオリジナルを打倒するなら――まず一つ、其処の白い修道服のような恒久的且つ物理的な耐久力を用意する事」

「? 科学サイドの人間なのに『歩く教会』の事、知っているのですか?」

「殺す処か傷一つ付けれなかったからな、これだからオカルトは嫌いだ」

 

 セラが纏う白い修道服を射殺さんばかりに睨みつけながら、『過剰速写』はジト目になる。

 

「常に移動しながらも付かず離れずの距離を保ち、此方の能力処理が追いつかなくなるほどの飽和攻撃をするだけで良い。それで勝手に死ぬだろうさ」

 

 あっさりと淡々に、『過剰速写』は他人事のように語る。

 流石のセラも、少し毒気が抜かれたような顔になっていた。

 

「そんなに自分の攻略法なんてぺらぺら喋って良いのですか?」

「別に良いさ。そんな状況になったらオレは形振り構わず逃げて闇討ち路線に変更するが、オリジナルのオレは逃げるという選択肢すら浮かばず、馬鹿正直に真正面から打ち砕こうとするだろうな。『一方通行』を打倒した事で得た『最強』という自負はまるで呪いのようだ――ふん、科学の申し子がオカルトじみた事を語る事になろうとはな」

 

 はははと『過剰速写』は乾いた笑みを浮かべる。此処に居ない誰かを嘲るように――。

 

「――『最強』を打破した事で『最強』で無くなってしまうとは、まるで笑劇(ファルス)だ」

 

 

 

 

 ――十字架の杖を右手に、左手に意匠の凝った大きな魔導書を持つ、黒い翼の魔法少女。

 

 十字教のイカれピアス女の同類の『オカルト』かと赤坂悠樹は首を傾げるが、どうにも系統が違うと彼の観測が告げている。

 十字教由来の魔術とかいう『オカルト』と相対した時に生じる説明不能の違和感が全く無い。尚且つ、あの魔法少女の取り巻く現象を、科学の申し子たる彼は大体把握出来てしまっている。

 

(……『オカルト』ではなく『科学』の類なのか? 過ぎたる『科学』は『魔法』と変わらないとは誰の言葉だったかねぇ?)

 

 どうにも訳が解らない状況である。

 外の風景から十数年は遅れている『学園都市』の外である事は明白なのに『学園都市』と同じ『AIM拡散力場』が用意されている。

 更に遥か遠くまで感覚を伸ばせば、正体不明の軍勢が蠢いており、遥か上空には冗談じみた『機械仕掛けの神』が死闘を繰り広げている。

 その混沌ぶりは、彼が反逆した日の『学園都市』に匹敵すると言えよう。

 

(……異常は外界だけではなく、自分自身もか。チッ、記憶が欠如してやがる――)

 

 『一方通行』を打倒し、学園都市の内部に抱える不穏分子を扇動して9月11日に反乱させ、『学園都市』のゴミ処理係を殲滅し、予想外の外からの勢力を叩き潰し、突如湧いた『学園都市』由来の人工天使を玉砕して、最後に立ち塞がった第三位の『超電磁砲』と空間移動能力者を返り討ちにし――記憶は其処で途絶えている。

 作為めいたものを感じずにはいられない。誰かの作った舞台に強制的に招待され、掌で踊らされている気分に陥る。

 

 ――舐められたものだと、その正体不明の誰かに憎悪を滾らせる。

 

 舞台を用意され、役者としての役割を無理矢理言い渡される。それでいて「はい、そうですか」と素直に踊るほど赤坂悠樹はお人好しではない。

 そう、彼は破滅的なまでに悪党である。性格のネジ曲がりっぷりは元より、現在の彼には自制心が欠片も無い。際限無い悪意と憎悪をもって思うままに世界を壊すだけの『悪』である。

 

 ――とりあえず、目の前の少女を殺してから今後の事を考えれば良い。

 嘗ては禁忌にしていた少女殺しすら、今の彼は躊躇い無く実行出来る――。

 

(……問題は、あのガキは何故か此方の能力の詳細を熟知している事か)

 

 ――不可解と言えば、なるほど、最大の異分子である。

 

 初対面に違いないが、同じ場所に三十秒でも留まっていれば実行出来る遠隔操作の部分的な時間停止『心臓潰し』の事も知って対策を講じていたし、自分を中心に円状の膜じみた防御方法――魔法少女的には防御魔法だろうか――を常に実行している。

 

 ――学園都市の第八位『過剰速写』の赤坂悠樹の能力は一般的には複数の多種多様な能力を行使出来る『多重能力(デュアルスキル)』として知られている。

 

 無論、『多重能力』など存在しない。

 あくまでもこれは彼が意図的に講じた能力偽装であり、その能力の本質は単一能力で多重能力だと思えるほどの応用力を見せる『時間操作』である。

 『学園都市』の科学者を欺き、多くの能力者も騙した『時間暴走(オーバークロック)』を何故初対面の相手に知られているのだろうか?

 

(……第五位のような精神干渉系の能力、いや、その手の能力を受けてオレが察知出来ない筈が無い。未来予知系の能力、否、時間操作系で自分が見誤る筈が無い)

 

 結論としては理由は不明だが、能力の詳細を知られているという前提で動いた方が良いだろう。

 

(……ま、どうでもいいか。殺せばただの物言わぬ躯だ。あれこれ考えて損した)

 

 ――この間、僅か約一秒。

 時間操作によって常日頃に加速している思考は瞬時に、結果としては短絡的に目の前の魔法少女の殺害を無慈悲に決定した。

 

 

 

 

 ――八神はやてにとって、当人は不本意ながらも、命の遣り取りは別段珍しい事ではない。

 

 それは闇の書の主だからか、クロウ・タイタスと一緒に居るからかは半々の話だが、周囲の人達、不幸中の幸運に助けられて幾度無く死地を乗り越えている。

 ただ、それはあくまでも受動的、受身の姿勢であり、こうして自分一人で絶対的な脅威に抗うのは初めての経験である。

 

(……怖い。たまらなく怖いなぁ……!)

 

 それも見知ったようで知らない相手、一切の慈悲無く殺意を向けてくる『過剰速写』に似た誰か――はやては自身に問う。彼と戦えるのだろうか?

 目の前の彼ははやてと一緒に短い時間を過ごした『過剰速写』ではない。一瞬だけ邂逅した別の可能性を辿った『過剰速写』のオリジナルでもない。最悪の可能性を辿った『過剰速写』のオリジナルである。

 

(……あの人が私の知るクロさんでなくても、私は戦いたくない――)

 

 ならば、一目散に逃げてしまうのはどうだろうか。

 幾ら空気中の粒子を停止して空を歩けるからといっても、瞬間最大速度はともかく、巡航速度は飛翔する此方に分がある。

 逃げ切るだけなら、そう難しい問題では無いが――。

 

 

『? でも、クロさんは失敗してほっとしている?』

『……『最強』を打倒して、歯止めが利かなくなって――無意識の内に自分を止められる者を求めていた、のかな? 改めて客観視して見ると難しい問題だ。当時のオリジナルは唯一度も顧みずに最期まで破滅に突き進んだのだからな』

 

 

 ならばどうして、彼との会話を今、思い出してしまうのか――。

 

(……クロさんは『クロさん』って呼ばれるの、本当は嫌がっていたけど――)

 

 彼を初めて見た時、何故だか解らないが『迷い猫』のようだと、はやては思った。

 実際、その表現は的を射ていた。勝手に製造されて一人きり、いや、複製体としてこの世界に産み出される前から、彼は一人きりで自分が迷っている事も気づかずに迷い続けてる。

 

 ――複製体の『過剰速写』には救いがあったと信じたい。

 では、この目の前にいる、未だに迷い続けて、声にならない悲鳴と怨嗟をそれを上回る憎悪をもって世界に撒き散らす、彼のオリジナルは――?

 

「……私は、貴方の事は良く知らない。けれど、良く知ってる――」

 

 はやての独白に似た言葉を、赤坂悠樹は聞き届けながら無視し、虎視眈々と殺害方法を考案しながら無造作に歩み寄る。

 距離は二十メートル弱、地上から五メートル当たりの上空に浮かんでいるが、彼の能力からすれば既に安全圏ですらない。

 

 

「貴方が自分で止まれないのなら、私が、止めたる……!」

 

 

 杖を振り上げ、夜天の書を開いて、はやては宣戦布告する。

 その言葉に含む処があったのか、赤坂悠樹はぴたりと立ち止まり、不愉快そうに顔を歪めた。

 

 ――それは嵐の前の静けさのようであり、ふつふつと、彼の表情には途方も無い怒りと憎悪が燃え上がった。

 

「……どっかで聞いたような世迷い事だなおい。そういう台詞はな、このオレに指一本でも触れてから吐きやがれやァッ!」

 

 空気が弾け飛ぶ。初めから加減無しのフルスロット、十倍速をもって赤坂悠樹は切迫し――迎撃の魔法を紡がせる事無く、その大きく振り被った右拳を常時展開する魔法障壁に叩きつけた。

 

「――っ!?」

 

 無論、それだけでは八神はやての魔法障壁を貫く事は到底不可能であり、彼の必殺の代名詞は対象に触れた瞬間から鍛造される。

 触れた対象の時間を『停滞』し――この場合は円状に展開されている防御魔法だけになるが――拳の接触地点の時間を『停止』、そして自身にあらん限りの『加速』を施して停止箇所に無尽蔵の力場を蓄積させて――。

 

「――おい、ガキ。『超電磁砲(レールガン)』って知ってるか? オレのはパチモンだが、折角の機会だから実演してやるよ。『弾』として彼方まで吹っ飛べや……!」

 

 解放する。蓄積された力場は、一瞬にして解き放たれる。

 『一枚目』の魔法障壁が木っ端微塵に弾け飛んで――斯くして八神はやては、音速を超える速度で射出される事となる。

 

「~~~~~!?」

 

 魔法で飛翔する事にはもう慣れたが、こんな音速の壁を超越して飛ばされる経験は流石にこれが初めてである。

 一つ、二つ、三つ、背後にあったビルを纏めてぶち抜いて貫通し、四つ目のビルの着弾した五階部分の階層をほぼ全壊させる代償をもって踏み留まる事に成功する。

 

「~~っ、うぅ、無茶苦茶やわぁ……!」 

 

 咳払いしながらも、全身の激痛で目元に涙を浮かべる八神はやてが五体満足でいるのは魔法障壁を防衛プログラムのように二層三層にも展開していたが故であり、自身のバリアジャケットの頑丈さに心底感謝する。

 

「……で、も、これで、大分時間を出血させた……!」

 

 そう、八神はやてが態々自前で距離を離さず、赤坂悠樹の必殺の一撃を受けた理由は其処にある。

 彼の超能力『時間暴走(オーバークロック)』は自らの時間を用いて時間操作する無理筋の能力。それによって生じる負荷すら時間操作で誤魔化して処理するという、使えば使うほど苦しくなる悪循環極まりない能力である。

 

 ――赤坂悠樹の必殺の一撃を全力で防ぐと同時に限り無く距離を離し、回避も防御も不可能な飽和攻撃を繰り出す。

 

 青写真としては完璧である。

 そう簡単には処理出来ないほどの時間的な負荷を与えた。回避も防御も不可能の大規模魔法を詠唱するだけの距離も手に入れた。問題は――。

 

「……あ、れ――?」

 

 立ち上がろうとし、かくんと、はやては転がり落ちる。

 バリアジャケットを着ているのに、まるで普段のように立ち上がれない事に心底不思議そうに客観視する。

 受けた肉体的ダメージの影響が彼女の想定を超えており、暫し行動不能の状態に陥っている事に尽きる。

 

 

「――へぇ、現代芸術風の愉快なオブジェになっていると思ったが、存外無事なんだな」

 

 

 そして立て直す時間を与えてくれるほど、彼は時間に関しては世界の誰よりも厳しい存在である。

 立ち上がれずに此方を見上げる事しか出来ない八神はやてを見下しながら、赤坂悠樹は崩壊したビルの残骸を踏みしめながら静かに佇む。

 

(っ、やばい……!)

 

 当然、何もしていない訳ではない。身動きの取れない八神はやてを相手に、『心臓潰し』の演算を無慈悲に執り行っている。

 あれをやられては幾ら堅牢な魔法障壁を何層も展開していようが無意味の即死攻撃である。

 

「……!」

 

 三十秒先の死を目の前にして、はやては最後の余力を振り絞って簡易な魔法弾を撃ち放ち――赤坂悠樹は一歩も動かずに両手をポケットに入れたまま、蝿でも払うかのように『不可視の右腕』で弾き飛ばした。

 

「……ん? 最後の抵抗がそれか?」

 

 赤坂悠樹は心底退屈そうな表情で死刑宣告の秒読みを内心で刻み――突如生じた無視出来ぬ変数に舌打ちしながら後方に飛ぶ。

 

 ――ほんの一瞬遅れて、『槌』と『剣』が彼の首があった場所を閃光の如く通り過ぎた。

 

「チッ、頭のイカれた魔法少女風のコスプレイヤーは一人じゃなかったのか」

 

 そうぼやきながら、赤坂悠樹は新たに現れた、八神はやての前に立ち塞がった乱入者達を見下す。

 

「テメェ、はやてに何しやがった……!」

「主はやて、無事で何よりです……!」

「み、んな……!」

 

 夜天の書の主を守護する守護騎士『ヴォルケンリッター』、只今参上す――。

 

 

 

 


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