転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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22/その死に救い無し

 

 

 

 

 ――目を再び開けた時、世界は十六分割された内の一つのみで、旧世代のブラウン管のテレビのようにモノクロだった。

 

 どうして其処まで視界が壊れていて、映る世界もまた色褪せているのだろうか。

 考えるという行為すら億劫なほど、何も出て来ない。記憶分野の再認が出来なくなっているのだろうか?

 

 ――解らない。何も解らない。ただ気怠くて、酷く眠かった。

 

 目に映る小さな世界は大災害にでも見舞われたのか、とにかく酷い有様で――感傷じみたものが出掛かったが、どういう意味合いだったのか、今の自分では判断出来ない。

 何処も彼処も似たような状態で飽き飽きとする。そこでふと、もう動く機能すら残ってない筈なのに移り行く景色を眺めている事に気づく。

 

 ――感覚すら希薄だが、誰かに肩を担がれて、何処かに向かって歩いているらしい。

 

 その誰かは、ツンツンした短めの黒髪が特徴の、ウニ頭の少年だった。

 知っている人物なのか、知らない人物なのか、それすら思い出せない。

 解る事は、今のポンコツになった自分を必死に救おうとしている事だけである。

 

 ――意識を取り戻した事に気づいたのか、ウニ頭の少年は此方に向かって何か言う。

 

 だが、残念な事にそれすら理解出来ない。異界の未開言語にしか聞こえない。

 恐らくは正確に紡がれた日本語での意思疎通が不可能な現状を省みる限り、今の自分は人間としての必要最低限な機能すら全壊し、そう遠からずに死に絶えるだろうと他人事のように悟る。

 

 ――真っ白な思考に、秒単位で薄れ行く意識。全感覚が麻痺しているのか、恐怖は無い。

 

 これは推測に過ぎないが、こうして思考を巡らせている事が奇跡に等しい出来事なのではないだろうか?

 脳に致命的な損傷を受けて、常人ならば既に植物人間状態に入っているのに、何らかの要因で僅かながらも不完全な意識が残留している。

 非常に迷惑な話である。人以下の壊れた思考力を今際に味わう事になろうとは。自分の生き汚さを嘆くべきか、手を下した野郎の不手際を怒るべきか。

 

 ――どうだっていいや、と最後の思考を投げ捨てる。

 

 思うに、今は自分がどういう人間だったのかさえ思い出せないが、生きる事に何の意味があろうか。

 人間とは一人で生きて、一人で死ぬ。如何なる人生を辿ろうが、死こそが逃れられぬ終焉であり、掛け替えの無い終着駅である。

 どういう経緯で死ぬのか、全然解らないが、全部が全部、消しゴムで消されたみたいに真っ白なのだ。何の未練も生じない。

 元々、自分という人間は死に憧れていたのかもしれない。

 

 ――その底無しの闇に委ねるのに、何の躊躇いがあろうか。

 

 十六分割に割れて不出来な視界を自ら閉ざし、呼吸すら止める。小さく鼓動していた自身の心臓の音が、静かに穏やかに停止した。

 目が覚めても悪夢のような人生を、こうして終える。夢すら見なくなれば、悪夢は夢幻の如く消え果てるだろう。

 だが、今際の時、自分は一つだけ、恐ろしい疑問を抱いてしまった。

 

 

 ――もしも、死のその『先』が存在しているのならば?

 

 

 答えが出る前に、深い深い眠りにつく。その答えが存在しない事を、二度と目覚めない事を切に祈りながら――。

 

 

 

 

(……ふむ、少しばかりまずいな)

 

 敵対勢力をあの『黒羽の少女(八神はやて)』のみに限定していたツケが回ってきたかと、赤坂悠樹は知覚外から新たに現れた五名の敵対者を吟味する。

 あの魔法少女の下には六枚羽の銀髪女と金髪の女、目の前に立ち塞がるは赤い幼女とピンク髪のポニーテールの女、背後には何をとち狂ったか、狗耳の男。

 実に個性溢れる面々であり、仮装舞踏会の中で一人だけ普通の格好をしているような疎外感を覚える――これでは素面の自分が異常みたいに思えてこよう。

 

 その未知の敵対者に対して、赤坂悠樹は一切の脅威すら抱かない。

 

 戦力換算すらせず、踏み潰す雑魚が五体増えただけに過ぎないと断じている。問題は己自身、現在の能力負荷である。

 短期決戦を至上とする彼の超能力『時間暴走(オーバークロック)』は使えば使うほど、生じた負担を処理する為に能力を使わなければならないという悪循環に陥る。

 今現在の負荷は許容範囲内の八割程度、大規模な能力行使が出来なくなり、戦闘続行に著しく支障が出る、色々と切羽詰まる頃合いである。

 

 ――あの黒羽の少女は自身の能力を異常なまでに知っていた。ならば、この新たに現れた五人も知っているという前提で動いた方が良いだろう。

 

 まともな戦況判断が出来るのならば、負荷処理をさせる時間を与えずに畳み掛けて来るだろう。

 流石にそれをやられては負荷を処理する間も無く殺される。敵に負けるというよりも、自業自得の上に自滅に近い形で――。

 

「――まぁ仕方ないか」

 

 この彼が『過剰速写』ならば一撃離脱して立て直す事を選択するであろうが、今の彼は最悪期の赤坂悠樹である。

 自身の時間操作の全てのリソースを負荷処理に当てて――科学とはかけ離れた未知の領域に躊躇い無く手を伸ばす。

 

 ――それが一体何なのかは、第八位の超能力者である赤坂悠樹すら知る由も無い。

 

 赤坂悠樹が行うのは、非常に気に食わないが、第二位『未元物質』の垣根帝督がやっていた正体不明の能力行使の物真似である。

 重要なのは一つだけ。一体何を消費して、如何なる理論で発動しているかは解らないが、その正体不明の力は既存の演算能力に頼らずに発動可能な、素晴らしく都合の良い殺害方法である事のみである。

 

「な……!?」

 

 主である八神はやてを害され、絶対の報復を決意していた鉄槌の騎士ヴィータでさえ、その異常に目をひん剥く。

 赤坂悠樹の背中から正体不明の赤い粒子が翼の如く噴射する。大気がびりびりと震える。途方も無く巨大な力の具現が唐突に生じる。

 

 ――彼の独眼に嘲笑の色が濃く浮かぶ。

 赤坂悠樹は気怠い動作で前に屈み込み、瞬時に自身の身体を反転させる。

 

 ただそれだけの動作。されども、背中から噴射する『赤い翼』はビルを丸ごと一刀両断し、瞬時に飛翔して離脱した赤坂悠樹は先程まで居たビルが一気に崩落する音を見ずに聞き届けた。

 

「――くhr臥キ」

 

 零れた笑みに発音不能のノイズが生じる。

 この『赤い翼』を発動させた時特有の謎現象の一つであり、それに関する考察も何一つ立てれないが――圧倒的なまでの力を振るう事は、それだけで鼻歌を一つ口ずさんでしまうほどの愉悦である。

 

 ――崩壊し、派手な土煙が舞うビルから無数の球体が彼に向かって飛翔する。

 

 これに対して、彼は何一つ行動を取らない。否、取る必要さえ無かった。

 それは鉄槌の騎士ヴィータの中距離誘導型射撃魔法『シュヴァルベフリーゲン』。八発斉射を可能とする超高速の鉄球は、『赤い翼』を展開して宙を舞う赤坂悠樹に命中するより先に見えない何かに衝突し、何処かに弾け飛ぶ。

 

「――囲え、鋼の軛!」

 

 男の声と共に青白い魔力の杭が赤坂悠樹に殺到し、これもまた正体不明の障壁に遮られて届かなかったが、彼の周囲をぐるりと拘束する鎖となって固定化する。

 感心したように「ほう」と、赤坂悠樹は他人事のように高い評価を付けた。

 

「翔けよ、隼――!」

 

 動きを一瞬でも止めたのならば、次に来るのは問答無用の必殺の一撃であり――烈火の将シグナムが持つ炎の魔剣『レヴァンティン』、その第三の弓型形態『ボーゲンフォルム』から放たれる火鳥の矢が二発のカートリッジと共に放たれる。

 『闇の書の防衛システム』の強靭な魔法防壁すら貫いた一撃を、気怠げに手を払うと同時に拘束を薙ぎ払った赤坂悠樹は右手の機械仕掛けの義手をもって、音速を超えて飛翔する火矢を掴み取った。

 

「『超電磁砲』も斯く碼lae3tう一撃だな。第四位なら死rrgじゃね?」

 

 ――シグナムの保有する魔法の中で最たる破壊力を持つ『シュツルムファルケン』と学園都市製の最小限度の機能しか持たない義手の拮抗は一瞬の事であり、普段使われる事の無い義手は呆気無く必殺の火矢を握り潰した。

 

「……『闇の書の防衛システム』の方がまだ可愛げがあるな」

 

 デバイスを弓の状態から剣の状態に戻したシグナムは苦渋を浮かべながら目の前の暴君をそう評する。

 夜天の書の守護騎士『ヴォルケンリッター』と学園都市の第八位『時間暴走』赤坂悠樹の戦闘はまだ始まったばかりである――。

 

 

 

 

(――大丈夫、大丈夫。あの『赤い翼』状態のクロさんのオリジナルさんは『時間操作』を使わないから、理不尽なまでに攻撃力が高くて、理不尽なまでに防御力が高くて、理不尽なまでに速いだけや!)

 

 ヴォルケンリッターの主である八神はやてはリインフォースとシャマルの助けがあってビル崩落から何とか無事脱出し、念話にて指揮官としての能力を存分に振るう。

 元より八神はやての真価は一介の魔導師としてではなく、集団の頭脳として添えられた際に最も効率良く発揮するものである。

 

 ――八神はやてを一対一の状況下で仕留め切れなかった時点で、勝負の天秤は決したと言える。

 

(……なぁ、はやて。一つ聞きたいけどさ、それの何処に安心する要素があるんだよっ!?)

 

 目の前の独眼片翼の魔人の猛攻を必死に躱しながら、ヴィータは念話にて悲鳴をあげる。

 

「テメェ! 少しは周囲の被害とかを考えやがれッ!」

「知るle徊iよッ!」

 

 その何度目かの攻撃の余波で数個目のビルが物理的に崩落し、周囲一帯が唯一人の人間の手によって更地になる勢いである。

 相見えた時から頭の螺子が緩んでいる野郎だと断定していたが、緩んでいる処が螺子そのものが皆無というイカれっぷりである。

 

(大丈夫、ヴィータとシグナムとザフィーラなら凌げる筈や! 多分だけど、クロさんのオリジナルさんが負荷処理を終える前に間に合うと思う!)

 

 確かに、八神はやての目測は正しいとヴィータは判断する。

 目の前のこの敵は強大な力を本能的に振り回すだけの、武術に通じていない素人同然の人間である。

 柔よく剛を制すという言葉通り、単純な暴力を制してこそ技術である。

 

 八神はやての負傷が回復し、あの科学の申し子を一発で撃墜する準備は間もなくであり、勝利は目前である。

 

(けれど、コイツは――!)

 

 だが、目の前のこの敵は、一秒毎に洗練され、一秒毎に進化している。

 手に入れた経験を即座に自らの血肉として更なる戦術・戦略を行使してくる。この化け物は圧倒的な初期性能に関わらず、貪欲なまでに加速的なまでに成長しているのだ――。

 

 ――彼女の騎士としての勘が切実なまでに警鐘を鳴らしている。

 これ以上、この相手に戦闘経験を与えるのは余りにも危険過ぎる、と――。

 

 確かに数秒前の彼ならば、八神はやての必殺の一撃に為す術無く倒されるだろうが、数秒後の彼は果たしてそう断言出来るだろうか?

 

(それに、コイツがはやての言う通りの能力を持っているなら、この『赤い翼』を使い終わる前に片付けないとまずい……!)

 

 

 同時期、この異次元的で刺激的な小競り合いに飽きた赤坂悠樹はさっさと状況を動かそうと思考を巡らせていた。

 

 

(……とは言え、負荷処理は六割ほど。こればかりはこれ以上早められないし――)

 

 この『赤い翼』状態で不本意にも小競り合いになってしまった原因は相手も空を自在に飛翔出来る事に他ならず、接近して致命打を浴びせる機会を作り出せない。

 また、三人の中で一人だけに目標を絞っても、フリーになった二人からの妨害を受けて決まり手にならないもどかしさに内心舌打ちする。

 

(――此処まで来ると単純なコンビネーションとは思えないな。精神同調か視覚共有の類か?)

 

 長期戦は今の彼にとっては望む処なのだが、どうにも説明不能な予感が明確に否と告げている。

 未来を完全に演算するには不確定要素が多すぎて構築出来ないが、ある種の焦りが胸に蟠る。

 

(多少無茶をしてでも切り抜けるべきか。――ふむ、『多少の無茶』か)

 

 電撃的に閃いた新たな発想を元に、赤坂悠樹の悪魔的な頭脳は即座に詰む算段を構築する。

 それを実行するに当たって、最適の戦術プランを即座に組み立てて――。

 

 

 ――赤坂悠樹の動きが変わる。

 

 

 不毛な空中戦をやめて、背中から噴射する『赤い翼』を膨張・肥大化させて、無数の羽を弾丸代わりに射出する。

 

「……っ!?」

 

 防御の上から貫いて致命打になりかねない飽和攻撃に、三騎は回避一辺倒を強いられ――気付かれぬ程度に活路を用意し、意図的に誘導して追い詰めて、目標地点まで誘われた盾の守護獣ザフィーラに対し、赤坂悠樹は鳴らさなくても良い指を小気味良く鳴らした。

 

 ――その現象は『再現(リプレイ)』。

 法則が解明出来ずとも同条件を『再現』すれば、現象は嘗て通りに行使される。

 

「――!?」

 

 数刻前に赤坂悠樹に放たれた『青白い魔力の杭』はそのまま、その発射・着弾地点に誘導されたザフィーラに殺到し、自らの魔法に反応出来ずに貫かれ、副次効果で頑強に拘束される。

 

「っ、ザフィーラ!」

 

 宙に固定され、身動き取れなくなったザフィーラに『赤い翼』の射出は殺到し――即座に、司令塔の八神はやての念話が発せられる前に、シグナムがザフィーラの救援に、ヴィータが囮役を買いでてグラーフアイゼンで殴り飛ばそうと飛翔し切迫する。

 攻撃が通らなくとも、一瞬でもあの『赤い翼』の攻撃を遅滞させれば、シグナムという騎士は活路を開く。信頼という名の確信だった。ただ――。

 

(――駄目、ヴィータ! 逃げてっ!)

 

 八神はやての悲鳴じみた念話の意味を理解した時、赤坂悠樹は『赤い翼』の展開を止めて、一つ眼の凶眼を此方に向けていた後だった。

 

 ――右腕肘部分、左腕肘部分、右足膝部分、左膝部分、いずれも『コンマ一秒単位のタイムラグ無く』、突如現れたナイフによって貫かれる。

 

 

(っっ! これが、『時間停止』――!?)

 

 

 呻く間も無く、いつの間にか正面に居た赤坂悠樹の踵落としがヴィータの頭部に落とされ、為す術無く墜落して地面に激突する。

 意識が揺らぐも、貫かれて尚離さなかったグラーフアイゼンに力を入れて一矢報いようとし、無慈悲に頭を踏み抜かれて、ヴィータは意識を遥か彼方に誘われた。

 

 

 

 

(……そんな、まだ負荷処理の最中の筈!? それなのに限界を超える能力行使したら……!)

 

 はやては遥か上空で自身の計算違いに混乱するも、その原因を即座に突き止める。

 それは彼女の見立てが甘かったのではなく、あの赤坂悠樹が彼女の想像を超えるほど狂っていたからである。

 

 ――『過剰速写』が語った、彼のオリジナルの奥の手。

 学園都市の超能力者の第一位『一方通行』すら打ち破ったのは、AIM拡散力場を連結停止させて、世界の時間の歯車を三秒だけ止める『時間停止』である。

 

 光さえ反射する相手ならば、光の速度すら超越した攻撃なら当たるという理不尽な暴論を、実際可能にする事で彼は第一位を打倒する。

 

 ――当然ながら、赤坂悠樹の奥の手である『時間停止』は現在の彼の負荷の限界を超えた能力行使である。

 

 死なない程度に墜落したヴィータの頭を踏み抜いた後、彼の左腕の肘から手の甲にかけて風船の如く破裂する。

 生じる激痛に苦しみ悶えながらも、尚上回る狂笑を浮かべて――八神はやては能力によって生じた負荷を一点に集めて意図的に暴発させる事で全負荷を一気に解消したのだと、恐怖と共に理解する。

 例え思いついたとしても、それを実際に実行する自傷行為が、はやてには信じ難かったし、その点ではまだオリジナルの赤坂悠樹を見誤っていた。

 

(っ、ヴィータは……!)

 

 赤坂悠樹の破裂して螺子曲がって折れた左手、其処から出血する血が透明の管を通るように循環する。

 嘗ては八神はやての延命の為に用いた能力行使を自身に行使し――未だに意図的にトドメを刺していないヴィータの頭を踏みながら、狂ったように笑う赤坂悠樹は天を、シグナムとザフィーラの方へと見上げた。

 

 

「――安心しろよ。まだ殺していない。十秒後に踏み抜いて殺すけどさ、このまま見殺すか玉砕するかぐらい選ばせてやるよ」

 

 

 三秒間限定の『時間停止』によって有無を言わさず殺していないのはこの為であり、「十、九――」と、赤坂悠樹による正確無比の、無慈悲なカウントダウンが開始された。

 女の子供は殺さない、という禁忌は既に亡く、唯一心の奥底に残っている人質の無力な女子供を殺させないという心の縛りも、戦闘力ある人外には適応外である。

 

(……あかん。どないしたら――!)

 

 ヴィータを助ける為にシグナム・ザフィーラを向かわせれば返り討ち必定、かと言って、見殺す訳にはいかない。

 何方も選べない理不尽な選択肢を突き付けられ、「――八、七」と、刻一刻減る死刑執行へのカウントダウンによって極限の状況下に陥った時、とある小話が脳裏に電撃的に過った。

 

 

『――『悪党』に人質は通用しない。これは覚えておいて損はない小話さ』

 

 

 それは嘗て『魔術師』の屋敷に身を寄せた時の、盲目の魔人からの退屈凌ぎの話だった。

 

『んー? つまり、『魔術師』さんの言う悪党さんは人質に足る存在が無いって事?』

『いいや、そういう意味じゃない。もっともっと単純な、思考の問題さ』

 

 その言葉遊びに理解出来ずに頭を傾げるはやてを、『魔術師』は楽しげに笑う。

 暫く悩んだ後、はやては「降参!」と白旗振って、その答えを求めた。

 

『人質を取られて無理難題の要求をする相手を見た時、私達『悪党』はこう思考するんだ。『馬鹿が、自殺願望でもあるのか?』とね。態々重荷を自分から背負って足を止めてくれるんだ、そんな馬鹿は殺したい放題だろう?』

 

 その暴論にはやては「えぇー?」となるが、さもありなん、『魔術師』の扱う致死の魔弾は百発百中以上の精度だからこそ言える理論では無いだろうか?

 

『何処ぞの国家が掲げる『テロに屈しない』というメッセージは実に理に適っている。要求なんて一切聞かずに容赦無く殲滅するのが正しい対処法なのさ』

 

 はやては「そんなもんなんやなぁ」と感心しながら流す。

 その時は余り重要視していなかったが、大切なのはその後の話だった。

 

『この小話の面白い処はね――超一流の『悪党』は人質が通用しない事を誰よりも痛感しているという事だ』

 

 「え?」と、意外な事を聞いたはやては興味津々と耳を傾ける。

 

『だから、構わず攻撃する素振りを見せれば簡単に人質を手放す。重荷と一緒に死にたくはないからね。悪どくなればなるほど人質を有効利用出来ないのは皮肉な話だ』

『へぇ~、二重の意味で人質が通用しないって事なんかぁ……』

 

 逆説的な視点であるが、だからこそ見落とされがちな観点だった。

 あの赤坂悠樹は掛け値無しの悪党であり――其処から導き出される第三の選択肢を、八神はやては迷い無く選んだ。

 

 

 

 

「五、四――!?」

 

 呑気に数えながら、『時間停止』の演算と気絶するヴィータの顔を木っ端微塵に踏み潰す演算を同時進行で進めていた赤坂悠樹は――その何方も破棄し、命からがら前方に大きく跳んで回避する。

 

「――ッ!」

 

 一瞬前まで赤坂悠樹の心臓部分があった地点には誰かの『手』があり、そのまま倒れるヴィータを掴んで引きずり込んで消える。

 

(部分限定の空間転移? それにしても構わず攻撃してくるとはな。顔に似合わず非情の決断――!?)

 

 敵の予想外の非情さに上方修正するより早く、赤坂悠樹は天を見上げる。

 既に彼の知覚範囲にシグナムとザフィーラの姿はなく、この時点で彼の頭脳は自身が詰んだ事を悟った。

 

 

 ――その混迷なる闇夜を照らす破滅の光は桃色。

 高町なのはを蒐集した折に、広域攻撃属性を付与して独自仕様と化した超弩級の集束砲撃魔法『スターライトブレイカー』が遥か上空から八神はやての手によって放たれた後だった。

 

 

「……え? 何この核兵器? 非核三原則どうした? おいおい、オレの方には核兵器も大丈夫というキャッチフレーズは無いんだけど?」

 

 赤坂悠樹を詰む手段は二つ。能力を使わせ続けて自滅させるか、回避も防御も不可能の超広範囲の一撃で蹴散らすかの二択であり、これは後者だった。

 

(十倍速による緊急離脱、否、間に合わない。あの馬鹿げた桃色の光を『停止』させて殴り飛ばす、否、あれは未知の粒子の結合体、能力処理が間に合わない。『時間停止』は停止中は他の時間操作が行えない為、実行しても意味が無い)

 

 あれこれ高速で打開策が無いかと思考を巡らせながらも、指揮官にして最大火力保持者の八神はやてを取り逃がしたのが最も致命的だったと、己の敗因を冷めた眼で分析する。

 

「……はぁ、訳の解らない地で、訳の解らない奴に殺されるかぁ。実に締まらない最期だったな……」

 

 残された手段は自身にとっての最大の不確定要素、最大出力での『赤い翼』状態で抗う事のみであり――実際にやる前から拮抗しても数秒足らずだろうなぁと、赤坂悠樹は晴れやかに諦めながら笑う。

 目前にまで迫る死の具現は、彼にとって例えようの無いほど魅力的だった。

 

「良いぜ、最期まで抗ってやる。惨めに無様に悪党らしく。オレは、学園都市最強の『超能力者(レベル5)』だからな――!」

 

 ――赤い片羽の天使が桃色の極光に飲み込まれ、地上に煌めく救済の光が混迷の魔都を桃色に照らした。

 

 

 

 

「……や、やった?」

 

 リインフォースとのユニゾンからの高町なのはの代名詞『スターライトブレイカー』が数キロ単位に渡って炸裂し――流石のはやても、こんなものを個人に撃つものじゃないと戦々恐々する。

 

『あの滅びの光を爆心地近くで受けたんです。生きてはいますまい――』

「い、いやいや、非殺傷設定やからな!? あとなのはちゃんの魔法を禁断の大量殺戮魔法扱いするの禁止なっ!」

 

 古代ベルカの融合騎からも『滅びの光』扱いされる魔法って、と色々驚愕しながらも、はやては爆心地目掛けて飛翔する。

 非殺傷設定であり、周辺の建物に影響は無かったが、既にあの赤坂悠樹と守護騎士達の戦闘で見るも無残な現状になっていた。

 

 ――探す事、三十秒余り。はやては赤坂悠樹を発見した。

 

 彼は前のめりに倒れていて、ぴくりとも動かなかった。地に伏せる彼を中心に溢れ出るほどの赤い血が流れ落ちており――覚悟していたとは言え、能力の制御を手放して暴発した後だとはやてに悟らせる。

 

「シャマル! こっちや! クロさんのオリジナルさんを治療してやって!」

 

 自分の治療をして、更には負傷したヴィータの治療中の、今回の影のMVPである泉の騎士シャマルに念話を送った時、ぴくりと、うつ伏せになっている赤坂悠樹に動きがあった。

 

「え……?」

 

 否、それは動きというには、余りにも生理的なものからかけ離れた変化だった。

 流れ出た血が自然と巻き戻り、能力によって自傷して破裂した左腕も自然復元する。

 それはまるで時間を巻き戻したかのようであるが、もしも赤坂悠樹の『時間暴走』でそんな真似をしたのならば、即座に時間の振り戻しがあって結局は必ず破裂する事になる。

 

 ――それは彼の能力以外の作用であり、此処に居る誰もが知らないが、口寄せ『穢土転生』によって呼び寄せられた死人が保有する復元作用だった。

 

 すぐさま息を吹き返し、元通りになった左腕を在り得ないものを見るような眼で確認した赤坂悠樹の顔には、今まで一度も浮かべなかった、深い深い絶望が刻まれていた。

 

「なんだこれは……!? ふざけんな、どういう事だァッ! 何でオレは死んでないッッ!」

 

 最終的に死を望み、唯一の救済たる死さえ奪われた彼に齎されたものは、底無しの絶望だった――。

 

 

 

 

 

 


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