転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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25/遅い遺言

 

 ――さて、恒例の昔話をしよう。

 例の如く、死んでから尚登場し続ける故人達の昔話である。

 

 川田組に、仕留めた魔女のグリーフシードを『魔術師』の下に運ぶ恒例行事があるが、これは新参者をビビらせていびる為に用意された仕事ではなかったりする。

 その本質はジョジョの奇妙な冒険の第五部の、イタリアのギャング組織『情熱(パッショーネ)』の入団試験よりもシビアなものである。

 

『――随分と妄信的な飼い犬だな』

「……開幕一言目にそれか」

『此方が隙を見せれば即座に噛み付く勢いの忠誠度だ。どうやって彼処まで依存するように調教したんだ? 今後の参考の為に聞きたい処だ』

 

 毎回恒例の電話に、冬川雪緒は深いため息を吐く。

 機嫌を損ねて仕留められる、なんて面倒極まりない事態にはならなかったが、『魔術師』からの評価は頗る辛辣なものだった。

 

 

『――問題は、品定めしているのが自分だけだと盲信する、視野の狭い点かな。ある意味厄介だぞ、冬川。自分が賢い生き物と勘違いしている阿呆は手に負えない。アイツは正邪の価値観を他人に依存させて自分の頭で思考しないぞ?』

 

 

 スタンド使いという共通事項で組織拡大するに当たって、ただスタンド使いというだけで信頼する事は到底出来ない。

 

 其処で二人が共謀して画策したのは――川田組の裏の入団試験が、『魔術師』の屋敷にグリーフシードを無事納品する事なのである。

 

 つまり、川田組のスタンド使いは、『魔術師』基準で組織に有害だと判断された瞬間に難癖付けられて暴発を余儀無くされるまで追い詰められて処刑される絶対の死地に、自覚せずに送り込まれていたのである。

 

『一体全体『一回目』と『二回目』はどういう破滅を迎えたのやら。命令には忠実だろうな。それしか寄る辺が無いだろうし、此方の思考と奴の思考にズレが生じていなければ、都合の良い忠犬だろうさ。――あれは正しいと勘違いしたまま致命的に間違えるタイプだ。使い方を誤ると大惨事になるぞ?』

 

 こうして裏試験の後に『魔術師』が忠告してくる時の人材は、限り無くアウトに近いセーフという意味であり、処分を検討しろという事である。

 今回、彼の下に送った人材のプロフィールを眺めながら、冬川雪緒は決断する。

 

「部下の過ちを正すのも、生じた過失に責任を取るのもオレの仕事だ」

『――お前がそう言うなら、私は何も言わないがね。尻拭い出来る程度のミスなら良いがな』

 

 話は終わりだ、と一方的に通話が切られ、アイツなりの心配の仕方か、と冬川雪緒は苦笑する。

 決済したプロフィールに書かれた青髪の女性の名前は赤星有耶(アカボシアリヤ)。

 『魔術師』の分析通り、命令を忠実にこなして間違えてしまった、今回のメインキャラクターである――。

 

 

 

 

「――『魔術師』め、つくづく忌々しい。死んでからも私の邪魔をするか……!」

 

 ぎりっと、『うちは一族』の『転生者』は忌々しげに歯軋り音を鳴らす。

 吸血鬼『アーカード』の『死の河』を一直線に焼き払った魔術は霊地由来の大魔術であり、術者が亡くなっても発動する類の時限付き且つ条件付きのものであると推測せざるを得ない。

 

 ――『彼女』が『魔術師』を穢土転生で呼び寄せたその瞬間から、あれには一秒足りとも自由を許していない。

 

 あの『魔術師』が自分に抵抗する事は不可能であるのは何よりも自分が良く知る処であり、事前に、死ぬ前の生前に仕込まれたものであると苦々しくも認めなければなるまい。

 

「霊地の支点を攻略して、管理地を支配する時間が最初から無かったとは言え、ね――」

 

 ならばこの落ち度は確実に発生する災厄として片付けるべきだろう。

 理解していても感情が納得しない。死んでも立ち塞がるなど忌々しいにも程があり、いっその事、最大の不確定要素である『魔術師』の穢土転生を解いて盤上から排除してみるのはどうだろうか?

 

(あの縛りに縛った状態で反逆の手段を講じられるとは思えないけど、念の為に――ううん、ダメね)

 

 今の『魔術師』の役割は神咲神那への縛り。それが無くなれば、あの愛に狂った娘は間髪入れず反逆するだろう。

 その些細な反逆は穢土転生を解印する事で即座に制圧出来るだろうが、敵に自由枠を作るのは大変宜しくない。

 『マテリアルズ』の三人に脅威など欠片も抱いていないが、蟻の一穴から崩れる城もあるという。その僅かな助力で他の情勢を片付けられる可能性も無きにして非ず。

 理想的な硬直状態を自分から崩すのは余りにも愚かしい行為である。

 

「それにしても――」

 

 少しだけ意外に思う。正直『魔術師』神咲悠陽は自分の死後に対する備えをするような人間だとは思わなかった。

 他人の死も自分の死も日常茶飯事の出来事だと受け入れていても、死を前提とした布石を打つような人間ではなかった筈だ。

 

(私の見立て違いかしら――?)

 

 否、間違っていたとは思えない。今の『彼女』の魔眼はあらゆる真実を無造作に見抜く。

 過去すら見通せる『彼女』の『永遠の万華鏡写輪眼』の観察眼は、誰よりも確実性に富んでいるだろう。

 

「まぁ良いわ――」

 

 多少干渉されようが、『彼女』の布陣は盤石。足止めの役割を十二分に果たしている。『彼女』の放った刺客を返り討ちにして自由枠になった者など未だ居ない。

 

 ――そう、この中で唯一、時間の消耗は『彼女』の味方である。

 

 『彼女』が制御不能の駒を幾つも野に放ったのは、時間を稼ぐ為であり、勝ち逃げする算段があるからである。

 唯一突破して来そうな『正義の味方』に対する『切り札』は此方が握っている。全身拘束され、今尚意識を失って眠り続けている豊海柚葉を愛しげに見下す。

 

 ――今度こそ、今度こそ成就させる。

 世界を犠牲にしてでも構わない。否、彼女が真に事を成就させれば、そんなものは幾らでも捧げられるべきだ――。

 

 

 

 

 ――赤星有耶は『三回目』の転生者であり、スタンド使いであり、嘗ては川田組の一員だった。

 

 ……だった、である。過去形で語らざるを得ないのは、彼女が方針の違いから袂を分かったからである。

 そう、彼女は認められなかった。川田組が冬川雪緒の仇たる秋瀬直也を支援する方針など従えなかった。

 それを認める事は即ち、彼女自身が冬川雪緒の皮を被った誰かの指示を疑いもせず、味方のスタンド使いである樹堂清隆を誤殺した、その事実を無条件に認めるに等しい。

 

(……畜生、畜生畜生畜生畜生畜生オオオオオオォッ!)

 

 ――それだけは、何が何でも認められなかった。とても受け入れがたかった。

 それでは大義名分もクソもない。どうしようもない過失過ぎて、彼女は自分自身を許容出来ない。

 

(……私が、殺したってか? 私のせいで、私の責任で、私の過失で……!)

 

 彼女が己の一分を保つ為には、秋瀬直也が絶対的なまでに『悪』である必要があった。

 ――冬川雪緒を殺害した仇敵であり、仇討ちによる鎮魂こそ正義。

 ……そんな安易な逃げ道など、既に破綻しているロジックに過ぎない事は、彼女自身が誰よりも痛感していただろう。

 それでも彼女は骨折した両手が完治した後、真っ先に秋瀬直也に襲いかかり――再び敗北を喫した。

 

 

(……あれ、何で倒れてるんだ? 私は……?)

 

 

 ――まるで意味が解らなかった。

 今度は手心を加えられて無傷で敗れ去るという末代までの失態だった。

 

(……何で、何で、何で何で何で何で何で――)

 

 互いの能力は既に発覚し、相性的に言えば少し不利な程度で、戦術次第で幾らでも勝機を見いだせる。

 この条件で何故、完全敗北に至るのか、彼女には理解出来なかった。

 あの時に比べて、秋瀬直也のスタンド能力は格段に強くなっている。それは実感出来るが、明確な敗因ではない。

 

(……違う。私は――)

 

 敗因があるとすれば、唯一つ――彼女は、秋瀬直也の手によって負けなければならなかったからだ。

 

(……もう、解ってんだよ。私が偽物に踊らされた愚かな道化って事ぐらい――)

 

 そう、精神的に破綻を来たした彼女は、秋瀬直也に敗北する事で全てを清算しようとした。

 樹堂清隆と、冬川雪緒の皮を被った誰かに粛清された三河祐介が死ぬ事になったのは、偽物だった冬川雪緒を愚かにも見抜けなかった自分のせいであり、自身の度し難い無能が招いた結果であると――。

 

(……だから、私は、アンタに裁いて欲しかったんだ。間違っていると。勘違いの果てに味方を誤殺した途方も無い愚者だと……!)

 

 それを弾劾出来るのは他ならぬ、最初からあの冬川雪緒が偽物であると見抜いて、見事討ち取った秋瀬直也だけなのだ。

 彼には資格がある。力もある。適格者は彼しかいなかった。

 

(……けれど、アンタは、私の的外れな弾劾に一言も答えずに――)

 

 ――だが、秋瀬直也は何も言わなかった。

 此方の破綻した罵倒に何一つ反論せず、襲い掛かる自身を淡々と蝿を振り払うように返り討ちにして、何の主張もせずに、トドメも刺さずに立ち去った。

 

(……違う、か。おいおい、私はそんな事にも気づけなかったのか……ッ!)

 

 正当な弾劾者からの罪を問い質す声は無く、彼女は乾いた笑みが零れた。そんな風に気遣われる資格すら裏切り者の自分には無いのだと自ずと悟って――。

 そう、彼女は裏切ってしまった。この世で何よりも大切だと思っていた冬川雪緒の信頼を、最悪なまでに無残な形で。こんな愚物に掛ける言葉など、最初から存在しまい。

 

 ――その日以来、彼女は自身のスタンド能力『炎天下の暴君(フレイム・タイラント)』を使えなくなった。スタンドのビジョンすら、発現出来なくなった。

 

 スタンドは精神の像であり、なるほど、今の自分は第三部の空条承太郎の母親であるホリィ・ジョースター以下の精神であると自嘲する。

 

 

 そして現在、異常しか溢れ出ていない夜の街を走る彼女の前に、罪の具現が現れていた。

 

 

「……っ!」

 

 今、彼女の目の前に現れたその燃え盛る亡霊は、真っ黒に焦げながら此方に迫ってくる。

 それ以外の特徴と言えば、右足の膝部分から下が無く、心臓部分に大きな風穴が開いている。

 

『――ッオオオオオォ、熱イ、熱イィィィィ……!』

「お、前は――!」

 

 声帯すら焼き爛れているのか、発せられる声は非人間的で聞き覚えはなかったが、彼女にとって、その特徴的な損傷具合は見覚えのあるものであり――その最悪の予想は、望まずとも正しかった。

 

『――ヨクモ、ヨクモ殺シタナァァァァッッ! 『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』ッ!』

 

 そしてその『スタンド』だけは生前のまま――周囲の水分をかき集めて、人型の形で顕現する。

 それは嘗て彼女が偽物の冬川雪緒の命令にしたがって始末した川田組のスタンド使い、樹堂清隆のものであり、彼女は目の前にある覚めない悪夢に声にならない悲鳴をあげた。

 

「~~~~~~~~~~~~~!?」

 

 ――何も考えれず、恐怖で錯乱したまま背後を見せて走ろうとした時、もう一体の亡霊が静かに立ち塞がっていた。

 

『――ォォォオォォォォ――』

 

 その肌が痛いほどの冷気を纏い、人としての原型すら留めずに轟く怨念から生前の姿を思い描く事は不可能だが、展開するスタンドには見覚えがあった。

 限界まで軽量化されたボディに、光り輝く翠色のスタンドの名は『希望の翠(ホープ・グリーン』。偽物の冬川雪緒の存在に気づき、粛清された川田組のスタンド使い、三河祐介のものだった。

 

「あ、あ、あ……!」

 

 二つの亡霊に挟み撃ちにされて逃げ場を失い、恐怖が臨界に達した時、ふと、逆に冷静になってしまった。

 この二人は自分の過失によって死んだようなものだ。ならば、彼等以上に自分を裁くに相応しい者達が他に居るだろうか?

 

(……あれ、なんだ。裏切り者に相応しい結末じゃないか……)

 

 その事実に気づいた瞬間、抵抗する気力が皆無となり、赤星有耶はその場に座り込んでしまった。

 全ては自業自得。秋瀬直也も、こうなるのがお似合いだと思って、自ら手を下さなかったに違いない。

 

 ――どうして自分は、あの偽物の言葉を冬川雪緒のものだと盲信してしまったのだろうか?

 

 考えれば考えるだけ、我が身を毟って死にたくなる。

 出遭って間もない秋瀬直也と、数年来の自分、どうしてこうも差が付いてしまったのか――。

 

 考える事すら面倒になった時、仇敵を前にした二人の亡霊は、されども自分以外の方向に振り向いた。

 

 同じ方向に、であり――妄執だとか怨念、呪念など全て消え去った穏やかな表情で呟いた。

 その言葉を理解出来ず、理解する前に、彼等の真下の地面がヒビ割れて水が噴出し、直後に瞬間凍結して破砕される。

 真夏の夜に舞う一瞬の細氷(ダイヤモンドダスト)――その幻想的な光景を、赤星有耶は心此処に非ずして見惚れる。

 

(……今、アイツは何て言った? 確か――『其処に居たのですか』だって? 誰が? いやそんな……!?)

 

 仇敵をそっちのけで振り向くに足る相手など、彼女達の中では一人しかいない。けれども、その人はとうの昔に死んでいて――。

 

 

「――先に待っていろ、樹堂、三河。オレも、すぐ逝く」

 

 

 ――その大きな背中を、彼女は覚えている。

 

 真夏にも関わらず、厚着で、マフラーまで首に舞いた白い背広姿を――惜しむべきは、今の彼女には何方かなのか、判断出来ない。

 今の彼が本物であるか、偽物であるかさえ解らない。本物であると縋るように、声を出す。

 

「……冬川、さん? 生きて――」

「いや、死んでいる上に、あの二人と同じく亡霊の身だ」

 

 自他共に厳しくも、何処か優しさを内在した眼光を見て――それでも彼が本物の冬川雪緒であると確証を持てない自分を恥じた。

 情けなすぎて涙が零れた。自分を信じられず、何一つ信じられない。どうしようもないほど、彼女は精神的に崩れていた。

 

「……赤星。お前のやった事を、無かった事にする事は出来ない」

 

 そんな彼女に、冬川雪緒は同情一つ寄越さない。

 死した彼に許された奇跡の時間は残り少ない。

 

「一つだけ、お願いを聞いてくれないか?」

「……何、ですか……?」

 

 だから、今から彼女に述べる言葉は残酷かもしれない。それでも、今を生きる者の為に、立ち直る為の一歩になると信じて――。

 

 

「今でなくても良い。秋瀬直也を助けてやってくれ。死んだオレの代わりに、な――」

 

 

 ――余りにも遅すぎる遺言を、彼女は泣きながら嗚咽しながら承諾する。

 

 解決にはなっていない。赤星有耶は今後も自身の過失で悩み続けるだろう。

 冬川雪緒の遺言がどう転ぶかは、遠い未来の話である。それは死者の入り込む領分ではなく、今を生きる者の特権であり、抗いようのない義務である。

 

 冬川雪緒に残された時間は少ない。この場から立ち去ろうとした瞬間、見慣れぬ青年が大声をあげて此方に駆け寄ってくるのを目の当たりにする。

 

「おっ、居た居た。本当に居た! 冬川の旦那ァ!」

「橋本か。……初見の顔で、此方が解っている前提で話しかけるのはやめろと何度も言っただろう」

 

 その青年に見覚えは無いが、それをやるような相手は冬川雪緒も一人しか知らないので、逆算的に特定する。

 自らの名前を呼ばれた青年は、嬉々と子供の如くはしゃいだ。

 

「さっすがぁ! 素顔のハンサム顔じゃないのにオレをオレだと解ってくれるのは冬川の旦那と『魔術師』ぐらいですよー!」

 

 顔が滅茶苦茶に歪んでから現れた、良く見慣れた自称素顔も本当の素顔かは解ったものじゃないが――また見慣れぬ顔に変わった変身能力を有するスタンド使いは全力疾走で乱れた呼吸を整えた後、したり顔で喋る。

 

「それじゃ時間も切迫している事だし、単刀直入に。――秋瀬直也の現在位置と、この事件の黒幕の現在位置、それと言伝で『一宿一飯の恩義は命に勝る』だったかな?」

 

 そう、そのどれもが今の冬川雪緒が欲していた情報であり、最後の意味深な言伝に、彼は淡く笑う。

 それは、とある場所で彼が渋々告げた本当の理由・動機であり――。

 

「――全く、人使いの荒い男だ。使えるものは亡霊でも使うか。……手早く話せ」

 

 

 

 

 


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