転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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27/無言の詩

 

 ――そして、ディアーチェ達は『魔術師』の固有結界の最上部に辿り着く。

 

 突如として現れた足場は何処までも黒く、反面、天上の空を彩るは綺羅びやかなステンドグラスであり、末端から赤い線に浸食され、緩やかに割れて行っている。

 その中心に煌めくは神聖不可侵の黄金の月であり、この世界の主は静かに待ち侘びていた。

 

 ――『魔術師』の神域の魔眼は今や完全な虹色に変異し、その瞳の中央に底無しの深淵を宿している。

 

 もはや死という概念を極限まで圧縮されたかのような、一生物として耐え難い原初の恐怖を見る者全てに与える。

 目元から両頬に掛けて複数の亀裂が生じており、鮮やかな血が涙の如く、止め処無く流れ落ちている。

 それは穢土転生の再生力を持ってしても追いつかない肉体的な負荷の証明であり、精神的な負荷が如何程のものなのかは語るまでもない。

 

「……『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』、本当に――」

「奴を撃破した後、再生する合間を狙って永久封印を施す。やれるな? 『星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)』」

 

 背後から心配そうに問い掛けるシュテルに、ディアーチェは振り向かずに答える。

 今の『魔術師』は魔術師としては落第者である。魔術刻印を強制的に摘出して継承した為、あるべき補助を失って大魔術の起動すら出来ない。

 

「……良いのですか? 貴女は、彼の事を……」

「……二度も言わせるな、シュテル。我が、やらなければならない事だ。レヴィ、ユーリ、遠慮はいらぬ。元よりそんな余計は配慮をして勝てる相手ではない」

 

 声を振り絞って、ディアーチェは揺らぐ決意を振り払うように歯を食い縛る。

 

 ――ただ、それは魔術師として、であり、戦闘者――否、殺戮者としての彼は既に魔術など欠片も必要としない領域まで到達しつつある。

 

 恐らく今の彼は一度視ただけで彼女等の魔法を射殺せるようになるだろう。その一度限りは大丈夫という制限も、時間経過で程無く消え去る見込みだ。

 更に言うならば、この世界を殺し切るより先に、彼女達の存在の寿命を視覚情報として理解し、防御も回避も不可能な視線による『死の線』引き、もしくは『死の点』を視線で穿つ結末が待ち受けている。

 魔眼でなぞられるのが『死の線』であろうが、『死の点』だろうが、彼女達の躯体プログラムに致命的な損傷を齎し、永遠に再起不能となるだろう。

 

 

「……嗚呼、貴様はあんなにも恐ろしかったのに、今は全く怖くないな――」

 

 

 そう、それなのに、其処まで理解して――在りし日の『魔術師』より弱いと、今にも泣きそうな顔でディアーチェは悔しげに無念そうに断言する。

 個の殺傷力としては究極だろうが、彼の恐ろしさはそんな個々の精強さなどでは無かった。今の彼の状況は、余りにも無残だった。

 

「……解っているとも。今、貴様が自らの意志で口を開けるなら、端的にこう言うだろうさ。全てを理解した上で、我等の葛藤なんてちゃんちゃら可笑しいと鼻で笑って――さっさとやれ、と……!」

 

 ――彼女達『マテリアルズ』を永遠の牢獄から解き放った張本人を、今度は永遠の牢獄に封じる為に戦う。

 この巡り合わせは何処までも悲劇的で、救い難いものだった。

 

 

 

 

 ――星を飲み込む極点と、星を撃ち砕く蹴撃。

 至高の仕手と至高の劔冑が編み出した二つの魔剣が在り得ぬ邂逅を経て、今此処に衝突を果たす。

 

 二つの魔剣の優劣を語れるモノなど、神ならぬ身、誰一人存在しないだろう。

 結果として、損傷しておらぬ箇所が無いほどの重篤な損傷を受けながらも、湊斗忠道が駆る『銀星号』は地に足を踏みしめた。

 

《……新たな宗教が開けそうな気分だ》

『後に、しろ! 応援はしてやる……!』

 

 仕手本人も半死半生で立ち上がる事すら困難な有り様だが、湊斗忠道は身に走る激痛を無視して立ち上がる。

 それはまるで、究極の重力操作である『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』の術式を破られて、その超大な破壊力が我が身に還った敵手が生存していると言わんばかりに――。

 

《待て御堂、あの術式を打ち破られて尚生存していると……!?》

『あの湊斗光があの程度で死んでくれるほど生易しくはあるまい! ――来るぞッ!』

 

 湊斗忠道の予想通り、湊斗光の『銀星号』は健在だった。

 

『――翼を。願いに打ち克つための翼を! 逆襲の青洸(アヴェンジ・ザ・ブルー)ッッ!』

 

 遥か彼方に瞬くは白銀の流星ではなく、青い閃光だった。

 この世のあらゆる抵抗を力尽くで捻じ伏せて飛翔する暴虐的な加速――それは『銀星号』の理論上の最高速を超えていた。

 

《――馬鹿な、五体満足では在り得ないのに……!》

 

 村正の言う事はその通りである。『銀星号』は攻撃性能、速度において頂点に立つ劔冑だが、耐久力と回復性能が劣る。完全無欠の劔冑など無い証左である。

 この白銀の劔冑は少々の損傷でも性能が激減する。最重要箇所の翅が欠けたならば致命的と言って良い。

 

『……認めたくないが、損傷の程度の違いではなく、仕手の性能差としか言えんな……!』

 

 その最果ての速度を、湊斗忠道は識っている。実物は見た事が無いが、知識として――。

 嘗て一つだけ、光速に勝る電磁抜刀の一刀をも勝った超速度があった。そしてその実物を湊斗光はその眼で見届けて、我が物としている事も――。

 

『――辰気加速(グラビティ・アクセル)、電磁加速(リニア・アクセル)!』

《……っっ、諒解ッ!》

 

 騎体の損傷の軽微、仕手の負傷の具合など確認するまでも無い。

 現状、やらなければ死ぬだけであり、自前の辰気操作と三世村正の陰義である磁力操作を更に付加する。

 

 ――斯くして、青い閃光となった湊斗光の『銀星号』と、白い流星となった湊斗忠道の『銀星号』が衝突を果たし、見事撃ち負ける。

 

《……ッ、胸部装甲に深刻な損傷、全性能低下……!》

『ぐぎィ……!』

 

 ほぼ同条件だった。一瞬確認出来た敵の劔冑の損傷具合は満身創痍、此方と大差無い。

 失速し、墜落していく騎体を重力操作で無理矢理捻じ曲げて立て直し――どう考えても間に合わない。更なる追撃が来る……!

 

『――その磁力制御は本来『蜘蛛の村正』のもの。母が娘の甲鉄(ちにく)を喰らったか、『女王蟻の村正』ァッ!』

《耳が痛いな、御堂。まぁ冑(あれ)とて、あれが冑(あ)が可能性の一つとは思いたくないがな――》

 

 敵手の金打声が後から来たのか、先から来たのかさえ判断出来ずに、更なる追撃が加えられ――青い閃光を見切る事すら許されず、成すがままふっ飛ばされる。

 

《――、――、――!》

 

 被害報告をする村正の金打声が遠く――此処に至って、専らの懸念であった仕手の性能差が如実に出始めた事を自覚する。

 

『――奪われている。失われている。損なわれている。断たれている――!』

 

 此方の脳裏に叩きつけられる湊斗光の怒声に恐怖したのは果たして仕手か、それとも劔冑の方か。

 このままでは勝てない。数瞬先の生すら確保出来ない。甲鉄もろとも四散して砕け散り、無様に地に墜落する。覆せぬ絶望が鎌首をあげて手招き、心を折ろうとする。

 

『……村正。オレに施した『精神同調』を切れッ!』

 

 その時だった。湊斗忠道は在り得ない判断を下す。

 彼が此処まで生を繋いでいるのは、自身を『精神汚染』で操作して『無想』の域に到達しているからだ。

 それを切るという事は、現状では自殺以外の何物でも無く――。

 

《――ッ!? だが今は……!》

『逆だ。今をおいて、その機会は永遠に訪れない。早くしろ、勝つ為に断ち切れッ!』

 

 湊斗忠通の意図は解らなかったが、確かに今を置いて機会が無いのは彼女も同意だった。

 

 ――それも良いかもしれない。

 最期までに、主に無断で『精神汚染』を施していた自分の罪を責め問い、弾劾する資格が、彼にはある――。

 

『ぐ、があああああああああああああああああああああああああああああぁ――!』

 

 ――割れんばかりの悲鳴が、湊斗忠道から発せられる。

 駆け巡る記憶、記録、想い、封じられた感情、情報の渦に飲み込まれ、処理出来ずに絶叫をあげる。

 

 ――永遠とさえ錯覚した刹那、湊斗忠通は全てを理解した。

 

 『二回目』に置いて、自身が自害した後に諦めなかった劔冑の事を。

 望みを果たせずに『三世村正』を駆る湊斗奏に討たれて『英雄』にしてしまった顛末を。

 その罪悪感から、彼女は全て自分一人で背負い込んで、『三回目』の己に『精神同調』を施した事を――。

 

『こ、の、馬鹿者が。オレの独り善がりを、お前が真似する事はあるまいに――』

《……御堂、冑は……!》

 

 その震える金打声に、不変の理念を心鉄に打ち込んだ彼女の面影はまるでない。泣き縋る童女のように、弱々しかった。

 一体何が彼女を此処まで変えてしまったのか。今の湊斗忠道には解ってしまう。

 

『……もう、終わりにしよう。二人共が自分勝手な独り善がりをして何が『心甲一致』か。いや、これはある意味、理想的な『心甲一致』だったかもしれんがな――』

 

 ぴたりと、声もなく震える。その次に来る言葉は、恐らく彼女自身を根本的に否定し、致死に至る死刑宣告に他ならないだろう。

 それも当然だ。主を傀儡にし続けた駄作など、鋳潰されて仏像にでもされるべきである。敵の手に討たれて華々しく散る事すら烏滸がましい。

 村正は、無言で待ち受ける。仕手からの当然の弾劾を、当然の報いを、罪状の披露を、前世から今世まで偽り続けた愚かな劔冑への憎しみの言葉を――。

 

 

『――お前の背負った罪を、半分寄越せ。そしてオレの背負った罪を、半分、担ってくれないか……?』

 

 

 けれども、仕手たる湊斗忠道が紡いだ言葉は、彼女と同じぐらい震えていて、拒絶される事を何よりも恐れて、それでもなけなしの勇気を振り絞って紡がれた、誓いの言葉だった。

 

 

『これは、オレの罪科だ。オレの悪果だ。オレが、最期まで背負わなければならない――!』

 

 

 彼にとっての二回目の人生――彼女にとって一回目だが――その言葉を聞いて、去来したものの正体は虚無感に似た悲しみだった。

 道具に過ぎぬ彼女に、仕手の苦しみなど共有出来ない。分かち合う事も出来ない。支え合う事も出来ない。

 壊れ逝く彼を見届ける事しか出来ない。それが嫌で、変えたくて、変えれなくて――初めて仕手に逆らって、その散り際を愚かにも穢して、恥知らずな欺瞞を押し付けて――。

 

《……冑は、御父の名を辱めた駄作だ……! もう、解っていよう……? 『善悪相殺』の呪いで御堂を終生苦しめたのは冑だ! それ処か『善悪相殺』に殉じた御堂を裏切り、今まで欺き続けてきたのも冑だッ! 今更そんな言葉を掛けられる資格は――!》

『……『善悪相殺』の理念を裏切らせたのは、このオレだ――オレが、お前を弱くしてしまった。ならば、お前はオレを許さなくて良いし、オレもお前の事を許さない』

 

 これで――オレ達は漸く対等だと、湊斗忠道は儚げに笑う。

 

 

『……もう、オレにはお前しかいない。お前しか残っていない。死が別つとも連れ添った我が劔冑、村正よ――』

 

 

 二回目の人生において、様々なしがらみから言えなかった主の告白であり――。

 

《……良い、のか? 冑で……》

『同じ事を二度も言わせるな。お前が良い、お前でなければ駄目だ』

 

 此処に至って漸く、誰よりも劔冑を上手く扱って頼らなかった仕手と、誰よりも仕手の身を案じて蔑ろにした劔冑が、真の意味で一騎の武者と成った。

 

 

『嗚呼、やはり此処に――愛はあった』

 

 

 その終始を見届けて、湊斗光は万感の想いで満足気に呟いたのだった。

 

 ――二つの流星はより激しく衝突し、両者一歩も譲らずに天高く登っていく。

 

 奇しくもそれは8の字の軌道を描いて交差点で技の応酬を繰り広げる、武者の基本『双輪懸(フタワガカリ)』の形であり――通常の武者戦と違う点は、両騎とも重力の法則を無視してひたすらに天を目指して飛翔する点にある。

 そんな常識外の事を、全ての劔冑の頂点に立つ『銀星号』――重力操作の陰義を持つ、二世右衛門尉村正のみが可能とする。

 

 ――ならばこそ、この至高の武闘の決着は。

 勝者は天高く羽撃き続けて星となり、敗者は地の底に墜落して眠るに違いない――。

 

 

 

 

 ――ビルに誘い込んだ『万華鏡写輪眼』持ちの襲撃者が影分身体だった、と発覚した時点で、オレは現在の状況が最悪を通り越した事態だと悟る。

 

(……っ、あの野郎の本体は一体何処に、いや、違う。そうじゃない……!)

 

 襲撃者の本体は一体何処に居るのか、それはどうでも良い。考えても解らない事に費やす時間は恐らく無い。

 一刻の猶予に無い。今はまさしく、限りなく死に近い生死の瀬戸際だ……!

 

(――この場に留まるのはとてもまずい、非常にまずいッ!)

 

 こっちが影分身体にかまけて無駄に出血した時間でNARUTO世界の忍――しかも『万華鏡写輪眼』持ちが何を仕掛けられるかなど、確実に此方を捕殺出来る場を用意出来るに決まっているじゃないか……!

 

(『上』に脱出か、『横』から窓をぶち破ってビルから脱出――いや、『下』しかねぇっ! 『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』ッ! 活路を切り拓けッッ!)

 

 風の能力を薄く鋭く疾く操作し、自分の真下の床を円状に切り抜いて最速で階層を下る。

 

(早く、早く早く早く、もっと早く、早く降りろオオオオオオオオオオオェッ!)

 

 ジェットコースターよりもスリリングな、九十度という急角度の垂直落下で四階層、三階層、二階層、一階層、地下一階の階層までぶち抜き――一瞬遅れて、一階層の床に赤い半透明場の膜のようなものが敷かれる。

 床をスタンドの拳で小石サイズに粉砕して投げてみれば、膜の断面に触れた石は瞬時に焼け落ちる。

 

(――あっぶねぇ、間一髪って処かよ……! あれは木ノ葉崩しの時に大蛇丸が配下の四人衆に使わせた結界忍術『四紫炎陣』か? 一瞬遅れていたら有無を言わずに焼死体になっていたぞ……!)

 

 危機を乗り越えてほっと一息ついた刹那、今まで聞いた事の無いような異音が生じ、ビルの地上部分は結界忍術ごと飲み込まれ、恐らくは『万華鏡写輪眼』の瞳術『神威』によって塵一つ残らず消滅する。

 

(……うわぁ、酷ぇ二段構えを見た……!)

 

 蛇のような執拗な執念深さってヤツを目の当たりにした感じだ。

 『矢』を奪うだけでなく、何処までも追い詰めて絶対に殺すっていう漆黒の意思がびんびんと感じる。

 

(――それなら、この『万華鏡写輪眼』持ちは、オレが生きていない事を確認しようとするだろうな)

 

 それこそ『空条承太郎』の死を注意深く確認しようとした『DIO』の如くだろう。だが、それはオレにとってもチャンスである。

 

 ――オレの作った円状の脱出路を覗き込んだ瞬間を狙って、背後からヤツの尾みたいにくっついている蛇を超圧縮した空気の刃で切断、『矢』を奪還してそのまま『レクイエム化』して撃破する。

 

 地下一階を忙しく移動して自分の真上の地上に『ステルス』状態の『青の亡霊』による偵察を送り――予想通り、ボロいフードを纏ったNARUTO世界の忍はオレの生死を確かめんと足を踏み入れて来た。

 

(……奴の左眼の『万華鏡写輪眼』、さっきみたいな五芒星みたいな模様じゃなく、通常時の三つ巴でもなく、中心の点だけ……? もしや、あれが噂の失明状態か?)

 

 ならば、今のアイツに『ステルス』状態の『青の亡霊』は目視出来ない。先程のビルの中での攻防の時よりも遥かに確実に奇襲を叩き込めるだろう。

 程無くしてヤツは『青の亡霊』が切り拓いた円状の空洞を発見して駆け寄り――最高のタイミングで背後から『蒼の亡霊』を襲い掛からせる……!

 

 ――取った、という確信は瞬時に、背後の大蛇が音もなく脈動し、しなる鞭のように『青の亡霊』が薙ぎ払われて、文字通り打ち砕かれる。

 

(――ッッ!? 目視以外の手段で感知されていた……!?)

 

 腹部に強烈な衝撃を受けて咄嗟に吐きそうになるが、何とか堪えて『蒼の亡霊』を消して、自分の元に戻して装甲し、地下一階の天井を切り裂いて地上に脱出する。

 一呼吸遅れて地下から爆発音が響き渡り――古臭いフードを纏った忍は頭巾を乱雑に脱ぎ捨てて、『彼』のトレードマークたる『メガネ』を改めて着用した。

 

 

「――心外だね、秋瀬直也。僕の事を『万華鏡写輪眼』を移植されただけの忍だと思っていたのかい?」

 

 

 蛇じみた粘っこくて嫌味そうな口調で、正体不明『だった』忍は嘲笑する。

 

「……ッ、良く言うぜ。そのメガネを最初から掛けていなかったのは『うちは一族』の『転生者』の入れ知恵か? ――薬師カブト」

「おや、僕の事を知っていたのかい? 『彼女』の言う通り、『転生者』という人種は知った被りの知識で踊ってくれるね」

 

 蛇を扱う、という時点で察するべきだったかもしれない。

 左眼が『万華鏡写輪眼』のせいで人物の特定が遅れたが、NARUTO世界における蛇使いは『三忍』の一人である大蛇丸、その弟子のみたらしアンコ、その師事を受けたうちはサスケ、そして――此処に居る大蛇丸の配下、薬師カブトだけである。

 

「――解せねぇな。テメェは穢土転生の解印の仕方を解っている筈だ。『矢』を奪ったのは穢土転生で呼び寄せた『うちは一族』の『転生者』の意向だろう? 何で従っている?」

「そんなに不思議な事かい? 僕は望んで彼女に従っているというのにね」

 

 そうなっている経緯が全く解らねぇから聞いてるんだよ……!

 一体全体、あの『うちは一族』の『転生者』が辿った物語はどうなってやがるんだ……!

 

 

「それにしても良いのかい? 君には僕と悠長に会話している暇は無いと思うんだよね。――君の『豊海柚葉(オモイビト)』は、僕の主の手の内にあるのに」

「――ッ!」

 

 

 一瞬にして理性という理性が沸騰しかけ、されども、感情的に挑むには目の前の敵は余りにも危険過ぎて、一瞬にして冷める。

 だが、安い挑発に乗らない程度の冷静さに立ち戻った処で、現状の悪条件が変わった訳ではない。

 此方の足止めという目的を果たされている上に、容易に勝てる処か敗色濃厚の手強い相手、これを如何にして短時間で切り抜ける……!?

 

「――最期まで付き合って貰うよ、秋瀬直也ッ!」

 

 欠片も嬉しくもない男からのラブコールに舌打ちしながら身構え――瞬間、駆け抜ける寸前だった薬師カブトの足元が破裂し、膨大な水流で打ち上がった!?

 

「っっっ!?」

 

 咄嗟の事で驚嘆したオレとは違い、打ち上げられた当の本人は水を蹴って後方に脱出しようとし――まるで生きた蛇のように水流が逃げる薬師カブトに追いつき、生やしている大蛇から身体に纏わり付き、流体から固体へ、瞬時に凍結する……?!

 これと同じような現象を、オレは一度だけ見た事がある。これはアイツの身体を乗っ取った『奴』の……!

 

 

「――『奴』の手を真似するのは癪だが、まぁそれはそれ、これはこれだ。有効な手段なら有り難く使わせて貰うとしよう」

 

 

 その低く重く頼もしい限りの声を、オレは確かに聞いた事がある。

 短い付き合いだったが、この魔都における命運を別けた、とある人物の――そう、今宵は死者と冗談が総動員している巫山戯た夜。奴もまた例外じゃなかった……!

 

 

「――くッ!」

 

 

 空中に宙吊りの形で氷の鎖に拘束されかかった薬師カブトは瞬時に大蛇を切り捨てて自分だけ離脱し、『矢』をその胃に封じた大蛇は抵抗すら出来ずに全身氷漬けとなる。

 そして駆け付けた正統派の人型スタンドの拳が一撃の下で粉砕砕氷し――彼のスタンド『氷天の夜(ホーリー・ナイト)』の手には奪われた『矢』が握られていた。

 

「……冬川!? お前――!?」

「受け取れ秋瀬直也ッ!」

 

 在り得ない遭遇に対応する前に、冬川雪緒は近接型の面目躍如と言わんばかりの、超スピードの投擲で『矢』をオレに投げ渡し――そのまま『蒼の亡霊』の掌でキャッチ&突き刺して間髪入れずに『レクイエム化』する。

 

「――『学校』だ。『私立聖祥大付属小学校』。お前達の学び舎に、今回の事件の黒幕と捕まった豊海柚葉がいる」

「何だって?」

 

 此方から何か言う前に、矢継ぎ早に冬川雪緒は地に降りて際限無く殺気立つ薬師カブトを見据えながら必要事項だけを語る。

 

「詳しい事情を話している時間は無い。あれはオレに任せて行け。お前はお前の役目を果たせ」

 

 ……一瞬の躊躇があった。

 恐らくまた、これが今生の別れとなる、と。

 

 冬川雪緒の死因は、オレと高町なのはを逃す為に絶対に勝てない『バーサーカー』の相手をした事。

 それと同じ事をするのかと思考して――そうじゃないと結論を下す。

 

「――また任せた!」

「――ああ、また任されたとも」

 

 振り返らずに、ただの一瞥する事無く、その一言をもって、オレは走る。

 

「貴様アァ!」

「最期まで付き合って貰うぞ、薬師カブト。お前には関係無い事だが、今回のこれはオレにとっても雪辱戦だからな――」

 

 

 

 


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