転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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28/再会の物語

 

 

 

 ――見慣れた病室の天井は、退屈なほど何も変わらない。

 

 近くに置いた眼鏡を掛けて、溜息混じりにカレンダーを見る。

 カレンダーには退院日が赤丸で囲まれて強調されているけど、果たして転校先の学校で上手くやれるだろうか――?

 そんな風に、未知なる未来に対する憂鬱を醸し出している時だった。病室の扉も開けずに、音も立てずに、『彼女』が現れたのは――。

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は何周目かな?」

 

 

 黒色の、先の尖ったとんがり帽子と童話からそのまま切り出したかのような黒い洋服は、如何にも魔女風の衣装であり――目の前にいるのに信じられないほど存在感が希薄で、髪も眼も衣装も何から何まで黒い、同年代ぐらいの少女は胡散臭い笑顔で尋ねた。

 

「……え? え!? あ、あの、何処から此処に……!?」

「……うーむ、これはこれはもしや、記念すべき一周目?」

 

 人の顔をまじまじと覗き込んだ後、彼女は難しそうな顔をして考え込んで「反応も初々しいし、三つ編みおさげの眼鏡装備だし、『魔女』の存在も知らない状態かぁ……」など、ぶつぶつと意味の解らない事を呟く。

 

「それじゃ『周』を改めるね。これは私の勝手な想像だけど、貴女と会話を交わす事になるのは三周目以降だと思う」

 

 ぺこんと、芝居掛かった仕草でお辞儀した彼女は一瞬にして姿形諸共綺麗に消失する。

 その時の暁美ほむらはこの事を一種の白昼夢だと片付けて――『魔女』だとか『魔法少女』だとか、超常的な現象と遭遇している内に、この奇妙な邂逅を記憶の奥底に埋めたのだった。

 

 

 

 

 ――見慣れた病室の天井は、退屈なほど何も変わらない。

 

 近くに置いた眼鏡を掛けて、慌ててカレンダーを見る。

 カレンダーには退院日が赤丸で囲まれて強調されて――自分の掌にはキュゥべぇとの契約の証であるソウルジェムが少し濁った状態であった。

 鹿目まどかが『ワルプルギスの夜』によって死亡した一ヶ月前に巻き戻った事を実感した時、記憶の彼方に放り投げられていた『彼女』は再び現れた。

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は何周目かな?」

 

 

 この瞬間、最初の世界で出遭った奇妙な出来事を、暁美ほむらは電撃的に思い出す。

 一周目においては白昼夢だと思い込んだが、『魔法少女』と『魔女』の存在を知って、自身もまた『魔法少女』になり、漸く目の前に居る異常を認識する機会が訪れる。

 

「あ、貴女は……!? 魔法、少女……?」

「ふむふむ、私に対して面識あるっぽいという事は最初の一周目からスタートだったんだ。それでいてその誤解をするとなると――今回は二周目なのかな?」

 

 『彼女』は自身が強く握っているソウルジェムを眺めながら、また考え込むような顔をする。

 程無くして結論が出たのか、『彼女』は小悪魔的な笑顔を浮かべ――ひょいと近寄って人差し指を暁美ほむらのソウルジェムに当てる。

 すると、少しだけ濁っていたソウルジェムから穢れ一つすら無くなり――くすりと得意気に笑う。

 

「それじゃ『周』を改めるわ。三周目からはよろしくね」

「あ、ちょっと待って……!」

 

 そして前回と同じく、今回は人の話を聞かずに、『彼女』は忽然と居なくなった。

 この事を、『魔法少女』としての先輩の巴マミに尋ねたが、彼女も『彼女』のような存在は一切知らないらしく、探しても見つからなく、いつしか忘れて――そして暁美ほむらは『魔法少女』の真実を目の当たりにする。

 

 

 

 

 ――見慣れた病室の天井、などと見る余裕は無かった。

 

 すぐさま飛び起きた暁美ほむらは、近くに置いた眼鏡に指を掛けたが、手が異常に震えて掛けれない。

 『ワルプルギスの夜』との戦闘で、敗れはしたものの、暁美ほむらも鹿目まどかも生き延びた。

 だが、問題はその後。まどかが急に苦しみ出し、限界まで濁ったソウルジェムが砕けて――。

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は何周目かな?」

 

 

 一字一句違えず尋ねる『彼女』から、いつも浮かべていた笑顔はすぐ消える。

 そんな些細な変化さえ気が回らないほど、今の暁美ほむらは平常心を失っていた。

 

「……どういう、事。貴女は何者? どうして、鹿目さんのソウルジェムから『魔女』が……!」

「……三周目以降で、既に私と面識があるのね」

 

 即座に『彼女』は今まで暁美ほむらが巻き戻して消した時間軸の回数を言い当てて――ベッドの側の椅子に腰掛けた。

 

「――私は例外の魔女。『魔女』に成り果てた魔法少女の中で唯一、人としての理性がある個体」

「魔法少女が、『魔女』に……?」

「うん、ソウルジェムが浄化出来ずに濁り切ったら、割れて『魔女の卵(グリーフシード)』になる。――鹿目まどかが『魔女』になる瞬間を、二周目の終わりにその目で見たんでしょ?」

 

 此処に至って、漸くほむらは平常心を取り戻す。

 『彼女』の言葉から、もう自分一人しか知らない筈の二周目の結末を言い当てられる事の異常さに気づく。

 二周目の世界では、誰一人一周目の世界の出来事を覚えていなかった。鹿目まどかも巴マミもキュゥべぇも――。

 

「貴女は、私の魔法の事を……?」

「知識として『識』っているだけで、今と異なる時間軸の出来事の観測は出来ないよ。時間遡行者としての視点は君だけのモノだ、暁美ほむら。だから、一周目とニ周目の私も最初に何周目か聞いているでしょ? ……聞いているよね?」

 

 どういう訳か、理由は不明だが『彼女』は暁美ほむらの魔法を知っている。

 しかし、『彼女』には無かった事にされた世界の観測は不可能だと言った。その言葉を鵜呑みにするとなると、この眼の前の『彼女』は自分と同じような時に関する魔法を使える訳では無いという事だろうか?

 

「貴女の目的は何……?」

 

 存在そのモノが異常としか言いようの無い理性ある『魔女』に対して、いつでも時間停止が出来るように身構えながら問う。

 

「概ね貴女と同じだけど、私の方はもっと欲張りかな? ――完全無欠のハッピーエンドってヤツを迎えたいだけよ」

 

 

 

 

「……何も、無い……?」

「うん。だって私は『魔女』として活動していない『魔女』だもの。避難場所としては重宝しているけど、獲物を誘い出す必要が無いから防衛機能もいらない。そもそも誰も私の結界には入れないし、必要が無いから『使い魔』も居ない」

 

 『彼女』の『魔女』としての結界は、文字通り何もなかった。

 何処までも白い、真っ白な空白の世界。今まで数多くの『魔女』の結界を見てきた暁美ほむらとて、此処まで何もない結界は見た事が無かった。

 

 ――此処にあるのは何処からか持ってきたお洒落な椅子とテーブルと、何から何まで漆黒に染まった人間の姿の『魔女』だけである。

 

「最初に言うと、私は正真正銘『最弱の魔女』よ。私に出来る事はソウルジェムの穢れを吸い取って食べる事と、貴女の相談相手になる事ぐらいだね」

 

 二人分の紅茶を淹れながら、この結界の主でありながら存在感が希薄な『魔女』は何て事も無いような口調で、とんでもない事を口にしたのだった。

 

「そ、それって、『魔女の卵』が必要無くなるって事じゃ……!?」

「そう都合良く行かないのよね。まず一つに、私は『ワルプルギスの夜』が近くに居る時は結界から出られない。……あれが『魔女』の集合体だって事は巴マミから聞いているでしょ? あんな超弩級の『魔女』の前には私なんて風前の灯みたいなものよ」

 

 ……一番必要な時に穢れを吸い取る活動が出来ない事は心底惜しいが、『ワルプルギスの夜』が来る前ならば、そのアドバンテージは計り知れない。

 目の前の『彼女』と組めば、ソウルジェムの穢れを気にする事無く『魔女の卵』を貯蔵出来るのだ。取れる戦術の幅も大広がりだろう。

 

「二つ目、これが一番のデメリットなんだけど、私は君以外の魔法少女とは組めない」

「……え? ど、どうして!? 貴女が居れば、私達『魔法少女』が『魔女』になるなんて事が無くなるのに……!」

「心情的な問題じゃなくて物理的な問題。……私は気配こそ『魔女』だけど、見た目は魔法少女時代と然程変わらない。――だから、容易に『魔女』が『魔法少女』の成れの果てだって、自ずと悟らせてしまう」

 

 淹れた紅茶を此方の前に置いて、『彼女』は憂鬱気な顔で紅茶を啜った。

 

「――あんな化け物が自分の成れの果てなんて、そんな真実を受け入れられる『魔法少女』は数多いと思う? ……少なくとも、私と最初に組んだ『魔法少女』は真実を認められなくて破滅したわ」

 

 淡々と喋る『彼女』からは、恐ろしい事に何も感じられなかった。

 『魔女』とは呪いの産物、希望の祈りから生まれ、絶望の終わりによって堕ちるモノ。だから『魔女』は救い難いほどの妄執をもって消滅するその日まで呪いを振り撒きながら永遠に徘徊する。

 だけど、この『魔女』である筈の『彼女』からは、絶望も希望も感じられない。いや、そもそも存在そのモノがおかしい。

 

 ――人間としての理性ある『魔女』など、生まれる道理が無い。

 そんなものが自然発生するなど聞いた事が無いし、人為的だとしてもどんな道筋を辿れば生まれいでるだろうか?

 

 或いは――条理にそぐわぬ法則、例えば魔法少女の願いのような、そんなものの影響があれば――。

 

「この物語の主人公は暁美ほむら、貴女よ。貴女が考え、貴女が思うままに行動し、貴女が望む未来に至るまで同じ時間軸を繰り返す。貴女が諦めさえしなければ、破滅の運命にある鹿目まどかを救う事が出来る――」

 

 ……そう、『彼女』は何もかも知りすぎている。

 『魔法少女』の結末を最初から知っている素振りさえあるし、暁美ほむらの魔法を知り尽くしているし、もう誰も知らない筈の自分の願いすら全知している。

 まるで神様の視点を持っているような、そんな言い知れぬ悪寒さえ走る。

 

 ――確かにこの『魔女』は暁美ほむらが出遭った中で最弱の『魔女』だろうが、同時に最も恐ろしい『魔女』であるのは明々白々だった。

 

「……貴女の事を信じるには、不可解な点が幾つもあります」

「ほむら、人が信じやすいのは荒唐無稽な真実よりも受け入れやすい虚実なんだよ。多くの魔法少女が『魔女』に成り果てる真実を信じないように、ね」

 

 深すぎて何も映らない虚無の瞳を此方に向けて「実際にソウルジェムが割れて『魔女』の誕生を見なければ、大多数の魔法少女は信じないでしょうね」と『彼女』は淡々と話す。

 

「いつか本当の事を話せる時が来ると良いなぁ。それは『今』の私じゃないだろうけど。――うん、今のほむらではイベントに必要な好感度が足りなかったんだね!」

 

 ……一体、何処の恋愛ゲームの話なのか、突っ込む気力さえ湧かず――暁美ほむらと『彼女』との、奇妙な二人三脚が始まったのだった。

 

 

 

 

 ――見慣れた病室の天井を、恐らくは過去最悪の表情で睨みつける。

 

 『彼女』に推奨されなかったが、鹿目まどか、巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子に『魔法少女』の真実を喋るも、実際に美樹さやかが魔女化するまで信じて貰えず――発覚した後は狂乱した巴マミによって佐倉杏子が殺され、自分もまた危うく殺されそうになり、寸前の処で鹿目まどかに助けられた。

 集められる最大の戦力で挑むつもりが、結局は過去最悪の戦力で挑む羽目となり、あっさり敗北し――その手で、魔女化寸前まで濁った鹿目まどかのソウルジェムを撃ち砕く事となった。

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は何周目かな?」

 

 一字一句違えずに常套句を述べる『彼女』を無視して洗面台の方に歩いて行き、魔法で視力を矯正し、手入れが邪魔な三つ編みおさげを一斉に振り解く。

 その様子を、『彼女』は何処か悲しげに見届けていた。

 

「……驚かないのね」

「うん? ああ、イメチェンの話? 私は両方のほむらを『識』っているからね。何方かというと、そっちの方がほむらって感じ」

 

 ……『彼女』が何処まで知っているのか、胡散臭い目を向けながらも――ほむらは深い溜息を吐いた。

 結局『ワルプルギスの夜』との決戦では何処かに消えて全く役に立たないが、愚痴を吐き出すには良い相手だと思って――。

 

「それじゃ引き継ぎ作業よろしく。私は君と違って無かった事にした時間軸の事は解らないからね」

 

 

 

 

 ――それから、幾多の時間軸を消去し、鹿目まどかが生き残る唯一無二の未来を探し続ける。

 

 一体何度繰り返したか、暁美ほむら自身も数え切れない始末。

 だが、彼女が無為にした時間軸の話を聞いて、違う目線で分析する第三者の存在は精神衛生上、非常に有り難かった。

 

 

「――貴女、名前は? 魔女名ではなく、人間の頃の名前はあるでしょ?」

 

 

 ある時、不意に暁美ほむらはそんな事を聞いた。

 いつまでも『名無しの魔女』、『例外の魔女』では味気無い。

 『彼女』は共犯者にして共謀者、唯一違う時間軸の事さえも打ち明けられる相手だが、『彼女』の抱える謎は謎のままだった。

 

 ――名前すら一度も聞いていない事に呆れたのか、それとも別の理由があってか、『彼女』は珍しく微妙な顔立ちになって割りと本気で思い悩む。

 

 暫く悩んだ後、勿体振りながら、というよりも、さも言いたくない表情で、渋々と口を開いた。

 

「……笑わない?」

「笑わない。というより、何で名前に笑う要素があるの? それとも本名がじゅげむ、じゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょの、すいぎょうまつ、うんらいまつ、ふうらいまつ くうねるところにすむところ、やぶらこうじのぶらこうじ、ぱいぽ、ぱいぽ、ぱいぽのしゅーりんがん、しゅーりんがんのぐーりんだい、ぐーりんだいのぽんぽこぴーの、ぽんぽこなーの、ちょうきゅうめいのちょうすけだとか?」

 

 暁美ほむらが繰り出した渾身のギャグも「……凄いね。良くまぁ全文覚えていたのと、一度も噛まずに言えたね。……無駄に時間停止とか使ってないよね?」と真顔で返され、少し凹む。

 うーんと小難しい表情で唸った後、『彼女』は心底嫌そうに白状した。

 

「……白、苗字は無いよ」

「……全体的に黒いのに?」

「それは『魔女』になってからだよ! ああもう、だから言いたくなかったんだよ!」

 

 「むきー!」と叫ぶ『彼女』――いや、白という名前とは裏腹に全身何から何まで真っ黒の『彼女』を眺めつつ、新たな疑問を口にした。

 

「苗字が無い、というのは?」

「そのまんま。知らなかったのかい、女子中学生。日本は明治維新まで庶民に苗字を名乗る権利は無かったんだよ?」

 

 此処に至って『彼女』、いや、白が見た目とは裏腹に予想以上に長生きの『魔女』である事が初めて発覚する。

 

「……貴女っていつ生まれたの?」

「幕末以前かな。正確な年号は解らないよ。そんな余計な知識を学べるほど裕福じゃなかったし、そもそも人間時代も魔法少女時代も短かったからね」

 

 淡々と、まるで他人事のように、懐かしむ素振りさえ見せずに白は語る。

 ……良い機会だ。此処まで聞けたのだから、今日はとことん問い質そうと、暁美ほむらは無表情のポーカーフェイスを装いながら強く決心する。

 

「……貴女は何を願って魔法少女に、いえ、何を願ったら『魔女』でありながら人間としての理性を保てるの?」

「荒唐無稽な前条件があったからだね。多分、前の周の私は説明した方が混乱を招くから確実に濁した話題だよね?」

 

 何周目かは忘れたが、同じような質問を聞いた時、白ははぐらかさずに最初から答えなかった。

 「魔法少女が『魔女』に成り果てる真実を実際に目にしなければ信じない」と言われれば、さもありなん、実体験として納得する他あるまい。

 

「――記憶というのは不確かなものさ。時間の経過で移ろう。時として自分自身でも信じられなくなるほど不明瞭なもの。本当にあった記憶なのか、都合良く取り繕われた妄念なのか、それとも魔法少女の願いのような不条理で捏造されたものか、もう私には判断が付かない」

 

 ……それは、時間遡行者である暁美ほむらも、時折陥る葛藤である。

 特に、鹿目まどかと接する度に、回を増す毎に彼女との齟齬が大きくなり、初志を失いそうになる。

 もしも白という不変の理解者が居なかったら、どれほど精神的に摩耗していた事か――。

 

「細部を省くけど、私は暁美ほむらという魔法少女が歩む物語の結末を識っていた。その在り得ない前提があるのならば、願いに魔女化した後に理性を確保するぐらい簡単じゃないかな?」

「先見? いえ、美国織莉子のような予知……? でも、魔法少女になる前にそれは――」

 

 二度と思い出したくも無い、イレギュラーな魔法少女の名前を自ら呟いてしまい、ほむらは眉間を歪める。

 あの時間軸は酷かった。魔法少女が魔法少女を狩るという『魔法少女狩り』なんてものが起こり、最終的には首謀者の美国織莉子によって鹿目まどかの殺害が成功してしまい――その時間軸を暁美ほむらは即座に無かった事にした。

 

「そういう類かな、正確には違うけど」

 

 思い出してみれば、『魔法少女狩り』という特大のイレギュラーを聞いた白は、物凄く疲れた表情で「今直ぐこの時間軸、リセットしない?」と普段では在り得ない提案をしていた事を思い出す。

 あの時は冗談の一種だと思って片付けたが、予知能力のようなもので識っているのならば――割りかし本気の提案だったのだろう。

 

 ――今まで解らなかった事を答えてくれる白に喜びを覚えると同時に、それでも本当の真実を語ってくれない事に、ほむらは少し悔しかった。

 

「……本当の事、話す気は無いのね」

「実は平成の世に生まれた前世の記憶があって、その世界では鹿目まどかの物語が『魔法少女まどか☆マドカ』というアニメとして鑑賞出来た、なんて言ったら信じてくれる?」

「ふざけてるの? それは今までの貴女の中で一番詰まらない冗談だわ」

 

 面白くない冗談の中で歴代一位だと告げた時の白の顔は、何故か物凄く引き攣った顔で苦笑していた。

 

「……あー、うん、多分、他の魔法少女の願いによる未来視か告知でも受けたのだと納得してくれたまえ」

 

 

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は何周目かな?」

「どうして……! どうしてなのよっ! 何回やってもアイツに勝てない……!」

 

 ベッドの上で、リセットして戻ってきたばかりの暁美ほむらは、白の常套句を無視して悲痛な叫びをあげた。

 白もまた彼女の反応から、前回の時間軸は飛びきり酷い結末だったのだと自ずと悟った。

 

「……巴マミと『魔法少女』の真実を隠し切った状態で協力関係を築けた。佐倉杏子とも同盟関係を結べた。美樹さやかを魔女化させなかった。今までの中で一番上手く行った。その状態で欠損無く『ワルプルギスの夜』に挑めたのに……! これ以上、どうすれば良いの……!」

 

 現在進行形で呪いを産み出しているソウルジェムから穢れを喰い尽くしながら――魔法少女として最善を尽くして敗れた暁美ほむらの前回を聞き届けた白は、優しく慰める。

 それと同時に、一瞬だけ無表情になり――何かを思いついたようにその漆黒の闇しか渦巻いていない目を輝かせた。

 

「――ほむら。アプローチを変えてみましょう。今までは魔法少女としてのやり方だったけど、今度は『魔女』としてのやり方で」

「『魔女』としての……?」

 

 今までで一度も打ち明けられていない提案に、涙を流すほむらは縋るように白の方に向く。

 

「『ワルプルギスの夜』が『魔女』の集合体って話は最早するまでも無いよね。如何なる現象が働いてああなったかはさておき、『魔女』という呪いを一つに集める事は可能と見るべきだよね」

 

 その念の押しようは当たり前の事であって――されども、何故こんなにも恐ろしく聞こえたのだろうか?

 

「――乗っ取る事が可能なんじゃないかな、って。だって私は『例外の魔女』、『魔女』の中で唯一人間としての理性を持っている個体だもの。私が『ワルプルギスの夜』になってしまえば良い。ああ、何だってこんな簡単な事を思い浮かばなかったのだろう……!」

 

 白は興奮したような口調で「私自身が『アーカード』に対する『シュレディンガーの猫』だったんだ!」と意味不明な事を叫びながら晴れやかに笑う。

 

 

 ――そして迎えるは、歴代最悪の結末だった。

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は『名も無き魔女』。今の貴女は――」

「――貴女はッッ! 最初からああなると解っていてあんな事を……!」

「うん? あ、あれ、何か私、いや、『前回』の私、やらかしちゃった系?」

 

 ――暁美ほむらが衝動的に無かった事にした前回の時間軸は、結論から言えば上手くいってしまった。

 

 見滝原市の『魔女』を吸収合併し続けて『魔女』としての質を上げ続けた白は遂に『ワルプルギスの夜』を乗っ取る事に成功し――新たな『ワルプルギスの夜』として活動する前に、自身の結界の中に永久に閉じ籠もった。

 

 呆気無く超弩級の魔女が消え果てて、『彼女』の器に収まった結末に、何も言わずに自分の結界の中に消えてしまった『彼女』。

 そして自分以外の全てを拒絶する『彼女』の結界に自分すらも入れなかった時、その白い侵略者は音も立てずに現れた。

 

『――僕は君の事を過小評価していたようだ、暁美ほむら。確かに『彼女』の願いは『ワルプルギスの夜』に成り果てても有効だろうけど、そもそも人とは『ワルプルギスの夜』に成り果てても自己許容出来るのかな?』

 

 ――『魔女』を吸収する度に、『彼女』から感情が消えていった。

 

 無理をしてないか、心配する此方に、『彼女』は無理して笑って「大丈夫だ、問題無い」と答えた。

 

『酷い事をするんだね。僕の見立てでは君は『彼女』と一定以上の友好を築いていたと思っていたけど――君は『親友』が自分の結界の中で一人、永遠に終わる事無く苦しんでも何ともないのかい?』

 

 更には「今までの私は後方援護で怠けて来たんだから、多少頑張らないと罰当たりでしょ?」と、まるで自分を鼓舞するように――。

 

 

「――ちょっと待って。鹿目まどかは生きていたんでしょ? それなのに何で巻き戻したの?」

「――ぇ?」

 

 

 前回の顛末を語り終えて、白から最初に発せられた在り得ない第一声に、ほむらは言葉を失う。

 

「目的を履き違えないで、ほむら。貴女は如何なる犠牲・代償を支払ってでも鹿目まどかを救いたいと願ったんでしょ? その為に数多の時間軸を無為に化して来た。其処に『燃え残りの産業廃棄物』が一つ加わるぐらい大した差は無いでしょ?」

 

 何て事の無いと言わんばかりの表情で、まるで諭すように白は語る。

 

「――貴女はッ、自分の事をどう思っているの!?」

「――ほむら、最初に言っておくけど、貴女の認識は間違っているわ。……此処にあるのは『魔法少女』の燃えカス、『魔女の卵』から孵った『魔女(産業廃棄物)』に過ぎない。……幾ら人間らしい形をしていても『魔女』に過ぎない」

 

 弾けた感情を思うままにぶつけても、返ってくる反応の温度差は激しく、自らを『産業廃棄物』だと語った白は悲しげに笑った。

 

「――『魔女化しても人間としての理性を保てるようにして欲しい』。それが私の『魔法少女』としての願い。その願い通り、私は唯一人間としての理性がある『例外の魔女』として存在している」

 

 初めて聞く『彼女』の願いは、初めから『魔女』に成り果てる事を前提とした異端の願望であり――絶望の中から生じた、希望に芽吹く為の叛逆の願い。

 

「……でもね、私に残っているのは『人間としての理性』だけなんだ。姿形も人間と酷似しているけど、私はどうしようも無いほど『魔女』なんだよ」

「……っ、確かに貴女は『魔女』だけど、人間の心を持っている『魔女』でしょ? なら――」

 

 白は首を横に振り、恐ろしいほど何もない無表情で答える。

 

 

「――無いよ、そんなもの。ソウルジェムが割れて、人間だった抜け殻を眺めた時から」

 

 

 希望を願い、自らの望みに裏切られて絶望する。最初から『魔女』に成り果てる事を前提とした『彼女』も例外ではなかった。

 

「……ねぇ、ほむら。私は貴女と組む前に一度だけ、他の『魔法少女』と組んだ事があるの。ソウルジェムの穢れを食べるという発想が生まれたのはその時の賜物ね」

 

 確かに一度だけ聞いた事があるが、深く聞けなかった事だった。

 黙るほむらの表情から読み取った『彼女』はくすりと、『魔女』のように邪悪に笑う。

 

「――結果から言うと、その『魔法少女』はいずれ『魔女』に成り果てる真実に辿り着いて破滅した。過程は然程大切じゃないから省略するけど、問題は私自身の感じ方の変化だった」

 

 『彼女』は笑っていたが、同時に、涙を流してないのに泣いてるような顔になっていた。

 

「その緩やかに滅びる過程を見て、私はね、信じられない事に――極上のワインを味わうように『愉悦』を感じていた。綺麗で美しくて何一つ欠点の無い完璧な彼女を、私は気づかない内に妬んでいた。親の敵のように憎んでいた。まるで他の『魔女』のように呪っていた。そして彼女が『魔女』に堕ちる過程を、私は心底楽しんでいた……!」

 

 此処まで感情的に叫ぶ『彼女』の姿を、数多の周回を経たほむらは初めて見る。

 何も、『彼女』の事を何も解っていなかった。何一つ知りもせず、知ろうともせず――絶望に項垂れて尚も笑う『彼女』を、ただ見る事しか出来ない。

 

 

「――ねぇ、ほむら。前回の私はちゃんとやり遂げたんでしょ? 『ワルプルギスの夜』を乗っ取って、結界の中に閉じ籠もったのよね?」

 

 

 ――『彼女』が『魔女』に成り果てた自身を嫌悪、いや、憎悪していたのならば、その最たる存在である『ワルプルギスの夜』に成り果てて、大丈夫な筈は無い。

 

 他ならぬ『彼女』自身が、自己許容出来ない筈である。それなのに――。

 

 

「……やめて。あんな結末、酷すぎる……! あれじゃ、貴女は永遠に救われない……!」

 

 

 永遠の時を、孤独(ひとりぼっち)で、呪いと共に過ごすなど、余りにも酷すぎる――。

 

「そんな大袈裟な。呪いの総量が桁外れになる事以外は、今までの私と同じだよ。私はね、ずっとずっと自分の結界の中に閉じ籠もっていた。気が狂いそうなぐらいの長い時間を此処で過ごして来た――そんな無意味な廃棄物に生まれた意味があるとするならば、今、この時の為に違いない」

 

 『彼女』の説得が不可能だと悟った瞬間、暁美ほむらは無意識の内に、この時間軸を無かった事にした。

 それは今まで経験した中で最短のループであり――。

 

 

「――初めまして、暁美ほむら。私は――」

「……待って。今は、一人にして――」

「……うん、解った。感情の整理もあるし、武器の貯蔵とかもある。中継ぎの回も重要だよね。それじゃ次の『周』ではよろしく」

 

 

 

 

 ――そして周回を重ねて、暁美ほむらはこの悪辣な螺旋の仕組みを悟る。

 

 至極、簡単な方程式だった。

 鹿目まどかを救うには『彼女』を犠牲にすれば事は容易く、『彼女』を救ったら鹿目まどかが助からないという残酷な二反律――。

 

 

 

 

 ――死刑台に向かう超巨大の『魔女』の腰布が生き物のように蠢き、白い『魔法少女』を無造作に薙ぎ払う。

 

「――ッ!?」

 

 複数のビルに跨って貫通するほど吹き飛ばされ、通常の『魔法少女』ならば精神的な死を迎えるほどの衝撃を受ける。

 

「……ああ、凄く痛いや……」

 

 だが、『彼女』は自身の本体がソウルジェムである事を知っている為、経験則としてソウルジェムが無事な限り死なない事を確信している。

 複雑骨折で折れた骨で内臓に致命的な損傷を受けようが、痛みでショック死するほどの衝撃を受けようが――極論から言えば、痛覚そのものを意図的に完全遮断する事も出来るし、肉体そのものが塵一つ残らず消滅しても、ソウルジェムと魔力さえあれば肉体を再構築する事も可能なのである。

 

 ――痛覚さえ自由自在の『魔法少女』が痛みを感じるとすれば、それは心の問題に他ならない。

 

 瓦礫を押し退けて立ち上がり、満身創痍の白は嘗て暁美ほむらだったモノの成り果ての『くるみ割りの魔女』を見据える。

 無防備なまま攻撃を受ける事、数十回余り。白い衣服は既に血塗れであり、純白は残らず真っ赤に染まっている。

 

 ――『くるみ割りの魔女』の攻撃を受ける度に、暁美ほむらが辿った物語の一端を垣間見る。

 

「……はは、何でこんなにほむらの好感度稼いじゃってるんかなぁ、私。脇役を助ける事を選んだら虚淵式にBADEND確定なのにさ。あ、ほむらは虚淵の事、知らなかったか」

 

 ほむらの呪い(オモイ)を受け取り、白は「失敗したなぁ」とぼやきながら、彼女と『自分の前回』が歩んだ足跡を、一撃毎に血反吐を吐きながら受け取る。

 

「私が思い描いた理想の光景は、ほむらとまどかが笑い合っている姿だったのに、何で其処に私なんかが入っているのかなぁ……」

 

 ぶっちゃけ言えば、白は鹿目まどかに関しては何とも思っていない。

 白が欲した完全無欠のハッピーエンドはほむらがまどかに救済されるのではなく、ほむらがまどかを救済する物語だ。

 

 ――鹿目まどかが円環の理に至る事無く、暁美ほむらが『ワルプルギスの夜』を乗り越える結末。

 

 いずれ『魔法少女』は『魔女』に成り果てる絶望の世界線だが、全ての『魔法少女』の救済など最初から『魔女』に成り果てた白は求めていない。

 頑張る女の子の手助けを、したかっただけである。

 

 ――その果てに破滅させて、『魔女』に成り果てた暁美ほむらと対峙する事になろうとは、余りにも皮肉すぎる巡り合わせである。

 

「――もう此処には救いも何も無いけど、ほむら、貴女に『魔女』として絶望を振り撒く事なんて絶対にさせない」

 

 杖を振り翳す。借り物の力は杖の先端に集結し、白は再び『くるみ割りの魔女』を涙を流しながら見据える。

 誰の『希望/絶望』かは知らないが、最期にあの『魔女』を苦しませずに一撃で屠る力を下さいと、白は切実に願う。

 

 ――背中から、見えない誰かの後押しを受けたような気がした。

 

「ほむら――!」

 

 ――偽りの見滝原市は桃色の光に包まれ、『くるみ割りの魔女』は抵抗すらせずにその救済の光を受け入れたのだった。

 

 

 

 

 


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