転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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31/風と共に散りぬ

 

 

 

 『算術』の解禁による終わり無き『ハイト3ホーリー』によって、あの強大無比なる大魔王バーンは――尚も健在だった。

 

(……っ!)

 

 ホーリーによる聖なる光を絶えず受け、ブラッドの猛攻に対して互角の立ち回りをしながら、大魔王は苦痛に表情を歪ませながら凄絶に笑う。

 反面、MP消費無く、我が身が健在な限り撃ち続けれる『全魔法使い(ソーサラー)』シャルロットは動揺の色が隠せずにいた。

 

(……幾ら何でもおかしい。明らかに致命的なダメージを与えている筈なのに――まさか、『回復呪文(ベホマ)』……!?)

 

 体力を全回復する回復呪文で最上位の魔法を、大魔王バーンは当然使える。

 

 ――そしてホーリーによるダメージに回復阻害効果は無い。

 

 それが故に、幾ら食らおうが最後の一撃にならない限り、大魔王バーンはそれこそ炎から蘇る不死鳥のように幾らでも回復出来るのだろう。

 

(……『ダイの大冒険』で暗黒闘気と竜闘気に回復阻害効果が後付けされたのは、ダイ達を回復させないという意味合いよりも、回復魔法を自分一人で使いたい放題の大魔王を倒せるようにした為……!?)

 

 ――その遠大な生命を削り切れるのは、同じく竜闘気に回復阻害効果がある『竜』の騎士の一刀のみ。

 

 それ以外の方法で大魔王バーンを殺すとなれば、体内殲滅の特性を持ち、『相手の全快状態のHP』+『槍の攻撃』のダメージを与える、サーヴァント『ランサー』クー・フーリンの宝具『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』 でも無ければ――既にマスターの『魔術師』が殺害されている為、無い物強請りである。

 

(……けれど、心臓の一つを潰してから有効打を与えられていない。このまま長期戦になったら、竜闘気の回復阻害効果が切れて再生されたら……!)

 

 ――このままでは敗北は必定である。

 

 魔法の使いすぎによる魔力切れなど、あの魔界の神には到底望めない。

 全長3,15kmの超巨大空中要塞・大魔宮『バーンパレス』を片手感で運用出来る超魔力の持ち主だ、そんな常識外の魔力の底など人間には計算出来まい。 

 ブラッドも聖属性吸収による、暗黒闘気の回復阻害効果すら無視した常時回復を頼り、負傷覚悟の攻防に出るが、大魔王バーンの攻撃は一撃必殺の『カラミティエンド』での即死狙いに切り替えており、最適な間合いに踏み込めずに攻めあぐねている。

 

(……陰陽術の『魔吸唱』なら対象の最大MPの3分の1を吸ってMP切れを――駄目ね。全体の3分の1が999という保証は何処にも無いし、通っても一回のみ。あとは魔法反射呪文で防がれる。同じ理由で最大HPの4分の1を吸う『命吸唱』も駄目。そもそもこの二つは『算術』で扱えないし、万が一、ダメージカンストが存在しなかった時の吸収値に私の肉体が耐えられる保証が無い……)

 

 これは完全に検証不十分と言えるが――『ドラゴンボール』で悟空の気を吸い切れずに破裂した敵のように、もしくは過剰回復呪文のように生体組織が壊死するか――吸収しきれなくて破裂する可能性など誰が試そうと思うだろうか。

 『ワルプルギスの夜』の時に割合ダメージである『命吸唱』の使用を躊躇った理由はまさにそれである。

 MP回復移動で先程MPすり替えで全消費したMPを取り戻しつつあるが、果たして算術による『ホーリー』以上に効果がある魔法はあるのだろうか?

 

 ――否、それ以上の打開策が無ければ為す術無く全滅するだけである。

 

(……つまり、今必要な勝利条件は『全回復呪文(ベホマ)』の無効化――だけでは足りない)

 

 ――より無慈悲で、より残酷で、より確実な殺害方法が求められる。

 

 だが、ブラッド・レイの方には大魔王バーンを屠る手札が無い。彼は『竜』の騎士として完成しており、『竜魔人化』という最大の切り札が残っているが、それでも大魔王バーンに及ばないのは自明の理であるし、聖属性吸収(カメレオンローブ)を捨てるほどのメリットは無い。

 それに対して、シャルロットの手札は膨大だ。『FFT』世界に存在するほぼ全ての魔法を習得したからこその『全魔法使い』。それ故に時々自身の使える手札の中で何が最善手なのか、彼女自身すら把握出来ていない事がある。

 

(……どうすれば良い? こんな時『ラムザ』なら、どんな方法を取る……!?)

 

 それがシャルロットの弱点であり、限界でもある。

 彼女には突発的な発想力が欠いている。既存の既成概念を修得する事に特化している為か、新たな戦術を生む独創性が完全に欠如している。

 彼女に出来る事は事前に用意した戦術を用いて、型通りに、予定通りに事を進めるのみ。主導権を失ってからの対処能力など皆無なのである。……あの『魔術師』のように、予期せぬ出来事さえ歪めて最終的に思い通りにしてしまう魔人のようには到底振る舞えない。

 嘗て、この魔都に存在した大組織の一つ『超能力者一党』、その主戦力である『異端個体(ミサカインベーダー)』が『教会』を襲撃した際、奇襲によって呆気無く無力化された事はある意味必然とも言えよう。

 

 ――常に大魔王バーンと斬り結んでいたブラッドがシャルロットの下まで後退したのは丁度マバリアの効果が切れたのとほぼ同時だった。

 

 最初の補助魔法が切れるこのタイミングは非常に危ういタイミングである。

 まだ魔法反射の効果は持続中の為、再びマバリアを施すにはリフレクが効果消失してからではないと駄目だが、大魔王が気づいて攻め込んでくれば全滅必須であるが――シャルロットの下に戻ったブラッドは小声で且つ早口で二言述べる。

 

「――え? で、でも……!?」

 

 ブラッドからの最終手段を脳内で噛み砕きながら、シャルロットは必死に状況整理しながら分析及び試行錯誤する。

 

「従来の大魔王ならまず間違いなく通用しない。だが、あれはあくまでも『穢土転生体』だ。――タイミングは任せる」

 

 息を整えながら、ブラッドは大魔王バーンだけを見据える。

 

 

「攻め手を緩めて良いのか? 竜闘気で与えられたダメージとて時間が経てば治癒可能となる――と言いたい処だが、その眼は何か思いついたようだな」

 

 

 ホーリーのダメージを全回復呪文で癒やした大魔王バーンは余裕を取り戻し、再び『天地魔闘の構え』を取る。

 先程とは状況が違う。時間経過で有利になる大魔王は幾らでも待てるが、ブラッド達の勝機は短期決戦にしかない。

 

「――だが、それは余の『天地魔闘の構え』に挑む事と同意語だぞ?」

「その『天地魔闘の構え』を打ち破ると言ったらどうする? 大魔王」

 

 真魔剛竜剣を再び上段に構えながら大言を言い放つブラッドに、大魔王バーンは鼻で笑う。

 

「双竜紋という、歴代のあらゆる『竜』の騎士を超越したダイと大魔道士ポップが死力を尽くして成し遂げた奇跡の攻防を、単なる『竜』の騎士に過ぎぬ貴様が再現すると?」

「再現するつもりはない。それに奇跡が介在する余地も無い。何故なら大魔王、お前はこれで死ぬからだ――」

 

 随分と人間なのに高評価だな、とポップの事を茶化さず、ブラッドは別方向で挑発する。

 

「……それは人間お得意の虚勢か? ダイの言葉と違って貴様の言葉は軽いな。――何故『竜魔人化』せぬのだ? 貴様から見た余は出し惜しみして勝てる相手なのか?」

 

 ――ぴくりと、戦意を滾らせるブラッドの眼に冷たい感情が一瞬だけ過る。

 

 全力の一撃を放つのならば、『竜』の騎士には『竜魔人』になるという選択肢が真っ先にあがる。

 例え『竜魔人』になった処で全盛期の大魔王バーンの状態には遠く及ばなくとも、全力を尽くさずして大魔王を仕留めるなど空虚な戯言も甚だしい。

 

「確かに『竜魔人』は竜と魔族と人の力を合わせ持った『竜』の騎士の最終戦闘形態。その戦闘力は飛躍的に上がるだろう。人の心が失われる代償にな」

 

 ――ブラッド・レイが『竜魔人』になった回数は、その生涯でも僅か二回だけである。

 

 それは前世での世界のバランスを崩した人間達への粛清の為と、『闇の書』の防衛システムを完全破壊した時のみである。

 後者の場合は戦力過多の消化試合であったが、そんな機会に『竜魔人』となったのは、どの程度、人としての理性を失うのか把握する為であった。

 

 ――検証結果は酷いものだった。

 事前に『闇の書』の防衛システムのみを討伐対象としておきながら、味方となる者達への配慮など銀河の彼方に吹き飛んでいた。

 

 あの時の誰もが知り得ない事だったが――『魔術師』だけは気づいていた可能性が高いが――『闇の書』の防衛システム以上に脅威だったのは『竜魔人化』して人としての理性がほぼ消えたブラッドに他ならなかった。

 

「――常々思っていた。竜の強靭な肉体に、魔族の強大な魔力、そして人の心を持った究極の戦士が『竜』の騎士なら、人の心が占める割合は如何程のものなのだろうな?」

 

 そもそも、そんな超大な力を持ちながら人の心でしかないのが悲劇の源かもしれないとブラッドは既に確信してる。

 ならばこそ、自らに問う意味も無い、わざわざ殺すしかない敵対者と長々と会話する行為は、ブラッドが異質の『竜』の騎士たる所以の――大魔王が信仰する『力』とはまた違う――人間らしい強かさの極地である。

 

「オレは人間の心がそんなに上等なものなのかは正直断言出来ない。光り輝くような神聖で尊い一面もあれば、目を覆いたくなるような醜悪で穢れた一面もある――」

 

 ブラッド・レイは竜騎将バランと同等か、或いは凌駕するほど――人間の悪しき面を絶望的なまでに見せつけられている。

 彼の前世において人間は飽くなき闘争を繰り広げ、世界を我が物として他の種族を一方的に惨殺する、最高に性質の悪い『悪』に他ならなかった。

 あの悪の坩堝を人間の本性などと断じたく無いが、拭い去るには余りにも深すぎる絶望だった。

 

 ……大魔王バーンがブラッドの話に聞き入っている中、シャルロットはリフレクの効果が消えたのを確認してから、マバリアをこっそりかける。

 

 だが、それでも――吐き気を及ぼすような『悪』もいれば、黄金のように眩い『善』もまた確かにあった。

 

 『善』と『悪』、両方兼ね揃えて、尚且つ偏らせる事の出来るのが人間の強みであると信仰する。

 最初から『善性』しかない天使や『悪性』しかない悪魔には出来ない、自ら選んで選択する事を人間だけは出来るのだ。

 

 

「――自分より強き者に立ち向かえる『勇気』を持っているのは人間だけだろうな。……生まれて初めて自身より強大な敵に遭遇し、恐怖に震えて逃げ出したくて堪らないオレだが――ああ、そうだ。オレは今、生まれて初めて『人間』らしく戦える……!」

 

 

 戦術的な時間稼ぎだったが、その言葉は混じりけ無しの本音である。

 大魔王の脳裏には勇者ダイよりも――その傍らで常に死闘を潜り抜けた、単なる人間に過ぎないポップの姿が鮮明なまでに過る。

 

 ――大魔王バーンにとってその理解不能の生き様はまさしく『人間』に他ならなかった。

 

「大魔王バーン、お前を殺すのはお前が否定した人間の魂の力だ……! この必殺の一撃、『竜魔人』を超えると知れッッ!」

 

 雷鳴が轟き、真魔剛竜剣に彼の唱えた『ギガデイン』の雷光が吸収され、大地を激しく揺らす。

 ……その後を見計らって、シャルロットはリフレクを小声で掛けた。

 

 

「――何度も言わせるな。魂如きでは余は殺せんッッ!」

 

 

 

 

 ――この局面でブラッドが繰り出すは竜騎将バランの最強の魔法剣『ギガブレイク』だろうが、それでは大魔王バーンの受けの極技『フェニックスウィング』の前では掠り傷一つ刻めないだろう。

 

 それは両者の共通認識であるからには、この人間らしい小賢しさを持つ『竜』の騎士の決め手は他にあると考えて間違い無いだろう。

 ……如何にも『ギガブレイク』を本命の一撃と宣言しているのが逆に露骨なまでに怪しいとも言える。

 

(……ふむ、となると本命の一撃はあの小娘か? あれはアバンと同じく、何をしてくるか解らぬが故に侮れん……!)

 

 ブラッドに『ギガブレイク』以上の隠し球が無ければ、本命の一撃はシャルロットが放つ事になるが、あの連続魔法(ホーリー)が最大火力であるならば恐るるに足らない。

 だが、彼女が隠し持つ手札は大魔王バーンが真っ先に葬りたかった先代勇者アバンと同等かそれ以上に厄介であると本能が呟いている。むしろ、目の前の『竜』の騎士以上に油断出来ないと言えよう。

 

(いや、待てよ。『竜』の騎士には『ギガブレイク』と同時に繰り出せる技が一つだけあったか――!)

 

 ブラッドの額に輝く竜の紋章を眺めながら、大魔王バーンは全神経を集中させて静かに待ち受ける。

 ダイの場合は拳に紋章があったから『ギガストラッシュ』との同時使用が不可能だったが、従来通り額に竜の紋章があるブラッドには『ギガブレイク』を放ちながら額から紋章の形の竜闘気を放つ『紋章閃』の使用が可能である。

 全開にして放てば山をも砕く破壊力があるが、全身全霊の竜闘気を操って放つ『ギガブレイク』の最中に放つ竜闘気などたかが知れている。

 だが、この人間のように小賢しい『竜』の騎士ならば必殺の一撃を囮にして紋章閃を大魔王バーンにとって致命的な部位を狙うやもしれない。

 

 ――即ち、大魔王バーンの魔力の源である第三の目『鬼眼』。

 この最重要部位を損傷する事になれば、如何に大魔王と言えどもただでは済まないし、この抜け目の無い『竜』の騎士は当然気づいているだろう。

 

 ならばこそ――小賢しい手など圧倒的な力で粉砕してやるまでである。

 

 

 

 

 ――そして、ブラッド・レイは疾駆した。

 仰々しいほどの必殺技をその両手に抱えて。

 

 大魔王バーンも完全な囮と解っていても、『竜』の騎士が天を操った至高の一撃を無視出来ない。

 『天地魔闘の構え』、その最初に放たれる一撃目は予め決まっていた。

 

「『ギガブレイク』!」

「『フェニックスウィング』!」

 

 魔法剣による必殺技と防御の極技は予定調和の如く噛み合って相殺される。

 ブラッドの額の紋章が強く光り輝き、それと同時に『天地魔闘の構え』の二撃目は既に放たれていた。

 

「『カラミティウォール』ッ!」

「――っ!?」

 

 額の『鬼眼』を撃ち抜かんと不意打ちで放たれた紋章閃はより強大な衝撃波の光壁に打ち消され、上方に高速前進する闘気の波に一瞬にして飲み込まれる。

 『天地魔闘の構え』は防御・攻撃・魔法の三手を瞬時に繰り出す天下無双の魔技だが、リフレクによって魔法が封殺されている以上、魔法の『カイザーフェニックス』の代用に違う技が放たれても然程不思議ではあるまい。

 

 ――だが、この大魔王が誇る『カラミティウォール』を無傷で、立ったままいなしてしまった者が過去に一人だけ存在する。

 

 神々の時代より受け継がれた『竜』の騎士の『闘いの遺伝子』を持つ勇者ダイが、光壁と全く同質の竜闘気を垂直に噴出させて身に纏う事によって衝撃波の影響を受ける事無く背後にやり過ごした。

 力の差はあれども同じ『竜』の騎士、その闘いの発想法は当然あるだろう。それは大魔王とて先刻承知だった。

 

 ――敢えて、その活路を与えた。

 無傷で『カラミティウォール』を突破して逆撃する、何とも魅力的な隙間を。

 

 だが、この回避方法は既にダイが披露している為、大魔王バーンにとっても未知の戦闘法では無くなっている。

 よって、この場合は最悪な事に大魔王の想定通りという事となる。大技を無傷で掻い潜る最善手も読まれれば悪手となる。

 

「『カラミティエンド』ッッ!」

 

 オリハルコンすら一刀両断する攻撃の奥義が勝利を確信して放たれる。

 ダイと同じような防御方法を取ってその場に留まったのならば、この一撃はまさに回避不能・防御不能の一手だった。

 

 

 ――『カイザーフェニックス』をリフレクでほぼ無効化した今、『天地魔闘の構え』で繰り出される三撃が『カラミティエンド』『フェニックスウィング』、そして『カラミティウォール』である事をブラッドは確信していた。

 

 

 わざわざ二手費やして魔法反射呪文による『カイザーフェニックス』を繰り出す可能性は低かった。『フェニックスウィング』で『ギガブレイク』を相殺してからその二つを繰り出すなら、三動作を即座に叩きこむ『天地魔闘の構え』も単なる二撃になるからだ。

 この三つの中で最も付け入れる隙がある技は自身の視界すら奪う『カラミティウォール』である。故にブラッドは何が何でも『天地魔闘の構え』の二撃目にそれを使わせる必要があった。――紋章閃は、二撃目に『カラミティウォール』を誘発する良い囮になった。

 

 ――最初に、ブラッドが前世の前世で『カラミティウォール』を見た時、連想したのは『ジョジョの奇妙な冒険』第二部、ジョセフ・ジョースターの波紋の修行時代に出てきた『地獄昇柱(ヘルクライム・ピラー)』、それから超高圧で吹き出す『油』だった。

 

「――ッ!?」 

 

 確かに神の一刀は『カラミティウォール』をも引き裂いた。ただそれだけであり、一瞬前まで確かに居た筈のブラッドの姿は忽然と消えていた。

 

 

 ――ブラッドの取った対『カラミティウォール』用の戦術は、基本的にダイと同じ方法だった。

 

 

 違う点は多少ダメージを食らう事を覚悟した上で僅かに緩め、地から足を踏み外して衝撃波に完全に身を任せた事のみ。

 結果、大魔王バーンの眼下から消失したブラッドは『カラミティウォール』の最上層部から突き抜けて現れた。

 

 ――これが大魔王が恐れていた『竜』の騎士の『闘いの遺伝子』からの想像を超えた戦闘法なのか、ブラッドが持つ幾多の物語の原作知識からの賜物なのかは、結果が同じ点から論ずる必要は無いだろう。

 

 この攻防の敗因を語るのならば、この大魔王バーンが原作を終えた段階の彼だった事に尽きる。

 幾度無く『天地魔闘の構え』発動直後から次の迎撃体勢が整うまでの微かな硬直時間を突かれた大魔王バーンは『未知の法則性』の助力もあってか、在り得ざる『四撃目』を放つ体勢に既に入っていた。

 

「――『カラミティエンド』ッッ!」

「……ッッ!?」

 

 天から振り下ろされた真魔剛竜剣による渾身の斬撃と、大魔王の神の手刀が遂に交わり――神が鍛えしオリハルコンの刃は容易く砕け散り、ブラッドの竜闘気で守護された肉体を深々と引き裂いた。

 

「ガッ――!?」

 

 一方的に打ち負けたブラッドはボーリングの玉の如く吹き飛び、地に墜落して何度も回り――ぴくりとも動かず、地面に夥しい鮮血を静かに垂れ流した。

 明らかに即死級の致命打――大魔王バーンは勝利を確信し、否、まだ早いと改める。

 先程も即死級の一撃をお見舞いして立ち上がってきた。その死体を塵一つ残らず焼滅させるまでは安心出来ないし、まだ魔道士の女が残っている――。

 

「いかんいかん、奇跡は何度でも起こる。可能性すら根絶やしにせねばな……!」

 

 

「――いいえ、貴方の負けよ。今回の敗因は神様の作為的な奇跡じゃなく、単なる退屈な必然――」

 

 

 当然の如く『カラミティウォール』を無傷で潜り抜けたシャルロットは誇らずに無感情に歌うように宣言する。

 『カラミティウォール』によって地形破壊がされ、既に自分の立ち位置は高度基準点まで落ちたせいで『算術』の条件が高度である事が次の一手で大魔王にバレるだろうが、もう関係無かった。

 

 

「――生命を司る精霊よ、失われゆく魂に今一度命を与えたまえ。アレイズ」

 

 

 ――遠くで倒れるブラッドと大魔王バーンに、天から暖かな光が舞い降りる。

 

 先程の無慈悲な聖なる光とは違う、慈悲深い暖かい光に包まれ、大魔王は攻撃とは言えない特異な魔法に困惑し――地に伏したブラッドは激しい咳払いして息を吹き返し、大魔王バーンの肉体は末端から静かに崩れていった。

 

「……何だこれは……!? 身体が、崩れるッッ!? 何をしたアアアァ――!」

 

 大魔王バーンの、天を左右する最強無敵の肉体が為す術も無く崩れ去っていく。

 その様子を、何とか立ち上がり、砕けた真魔剛竜剣を一瞥したブラッドは静かに見届けていた。

 

「――お前をこの異世界に呼び起こした『穢土転生』は、生きた生贄に死者の魂を留めさせるもの。お前の場合はどういう訳か、完全に蘇生していたようだがな、倒す為には従来通りの状態に戻す必要があった」

 

 ブラッドは淡々と語る。

 如何なる攻撃を用いても元通りの状態になる不死身の『穢土転生体』に戻さなければならなかったなど本末転倒な話だが、この二人に限っては必要不可欠な工程だった。

 

「――『腐生骸屍』、対象に『アンデッド』の状態異常を付与する陰陽術。本来の貴方には一切通用しない状態異常。けれど、元が『穢土転生体』の貴方は別。持ち前の超魔力がどういう不条理で作用して生前の状態に戻っているのかは解らないけど、従来の方向性までは完全に消し去れない。一種の賭けだったけれども、一押しする事で本来の状態に戻った」

 

 ブラッドが大魔王バーンの『天地魔闘の構え』の攻防戦に入った時、『ハイト3』の範囲外に入った瞬間が数瞬だけあった。ブラッドが『カラミティウォール』の噴出を利用して天高く飛び上がった時である。

 この瞬間を狙ってシャルロットは『算術』による『ハイト3腐生骸屍』を発動、彼女自身も効果の対象になったが、全状態異常無効の伝統装備『リボン』によってアンデット化を回避する。

 

 このせいで『穢土転生体』という死人に戻った大魔王バーンが『天地魔闘の構え』発動後の僅かな硬直を無視出来た事だけは誤算だったが――。

 

「……そして、最後の魔法は『アレイズ』、貴方の世界にあったかは知らないけど『完全蘇生呪文(ザオリク)』みたいなもの。アンデットにフェニックスの尾、ゾンビ系のモンスターにベホマは常套手段だけど、貴方はその程度じゃ滅びない――この場合、生贄が蘇って『穢土転生』そのモノが無効化された、のかな?」

 

 つまりはこの世界に留まる依代を失ってしまい、如何な強大な魔力を持つ大魔王と言えども、ただ去るのみなのである。

 

 ――この攻防の敗因を語るのならば、この大魔王バーンが原作を終えた段階の彼だった事に尽きる。

 

 既に死去して『穢土転生』で口寄せされていなければ、この勝ち筋は在り得ないものだった。

 滅びが避けられぬ必定だと悟った大魔王は末端から崩れ落ちる自らの肉体を眺めながら、静かに自嘲する。

 

「……何とも興醒めな幕切れよ。この余が道化に過ぎぬとはな――」

「……何だ、気づいてなかったのか? オレ達がやっていたのは『世界を脅かす大魔王』と『世界を救わんとする勇者』による世紀の大決戦なんかではなく、ただ強大な力を持つだけの『無名の人外』による喧嘩だというのに」

 

 天をも左右する力を持つ者同士の至高の死闘が単なる喧嘩になってしまっている皮肉に大魔王は驚き、天下の大魔王と天下の『竜』の騎士が『無名の人外』扱いという異常さ加減に失笑する。

 どうやらこの異世界は神を凌駕する魔神さえ道化扱いされるような破茶滅茶な世界であると悟って――。

 

「オレ個人としては漸く本願を果たせたがな。無様でも滑稽でもみっともなくとも勝利は勝利だ。この悪辣な運命の悪戯に感謝するとしよう」

 

 人知れず一都市の危機を救うぐらいの地方活動であったが、と自身の成した小事をブラッドは心から誇るように笑う。

 

 

「この死の先にあった茶番に意味があるとするならば――三界を統べる恐怖の魔獣ではなく、偉大なる大魔王として逝け」

 

 

 ――もしも、大魔王バーンが自分の死に悔いが遺ったのならば、全てを投げ捨ててまで変異した魔獣の肉体となった己自身ではないだろうか?

 

 その答えは彼自身の中にしかなく、一笑した大魔王は最期までその事を語らなかった。

 

「――そういえば、お前達の名をまだ聞いてなかったな。名無しの『竜』の騎士に名無しの大魔道士では格好が付くまい」

 

 その肉体が崩れ落ちながらも、大魔王バーンは威風堂々、何一つ変わらぬ威厳のまま己を打倒した者達の名を尋ねる。

 

「ブラッド・レイ」

「……シャルロット、『全魔法使い(ソーサラー)』」

 

 大魔道士から『全魔法使い』にわざわざ訂正するシャルロットに思わず笑う。

 そういえばポップもまた『賢者』を名乗らず、その大魔道士という肩書きを誇らしげに自称した事を思い出す。

 

「異世界に生きる『竜』の騎士ブラッド・レイに『全魔法使い』シャルロット、この大魔王バーンを打ち倒した偉業を誇るが良い――」

 

 この世界の誰も知られない内に達成された偉大な栄誉を大魔王は自ら讃える。

 両足が崩れ、両角も崩れ落ち、最期の一欠片まで崩れ落ちる刹那、大魔王バーンは一つだけ問い掛けた。

 

 

『お前達は愚かで醜い人間達とどう付き合って行くのだ――?』

 

 

 飛散して舞い散った大魔王の姿を、ブラッドとシャルロットは敬意をもって最期まで見届ける。

 その突出し過ぎた力ゆえに、人間でない勇者ダイは彼等人間が望むなら大魔王を倒して地上を去ると答えた。余りにも純粋で気高く、悲しい解答だった。

 それに対する答えはブラッドには持ち合わせていない。幸か不幸か、取り巻く環境そのモノが違うからだ。

 

 

「――遠くで見守りながら、或いは手助けしながら生きて行くさ。残念ながら此処に生きる人間は良い意味でも悪い意味で弱くもなければ可愛くもないからな」

 

 

 

 

 


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