転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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32/最後の幻想

 ――『教会』の地下に新設された区域は、対管理局との集団戦の戦闘経験を生かした籠城戦用の避難区画である。

 

 非戦闘員を危険区域で護衛せざるを得なかった教訓を生かして密かに建設された地下要塞は非常用の脱出路でもあり、日常用の利便性をとことん追求した『秘密基地』でもある。

 その区域の一角に、完全な防音設備が施された射撃場があり――今、標的に被せた『教会』の武装神父達が愛用するカソックコートごと甲高い金属音を立てて撃ち貫かれた。

 

「――まぁ概ね予想通りの結果ですね」

 

 防音ヘッドホンを乱雑に外した『代行者』は大口径の対物ライフルを備え付けの机の上に置き、背後で結果を見届けた『神父』に声をかける。

 

「最新鋭の防弾加工及び『呪的防護処理(エンチャント)』を施しても、対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』に匹敵する大破壊力の前では無力ですね」

 

 『代行者』にしても『神父』にしても、やる前から解っていた当然の結果だったと言える。

 『代行者』の世界で例えるならば、衛宮切嗣の『魔術礼装』のコンテンダーを、言峰綺礼の装備では防げないと言った処か。

 真面目に検証だけしていると思いきや、『代行者』は嘲笑いながら「あの白銀の銃の方ならば、中身の損傷はともかく、一撃二撃は耐えられるかもしれませんが」と嫌味ったらしく付け加える。

 

「これ以上の防御力をお求めになるのならば、あの『禁書目録』から『歩く教会』を剥ぎ取るしかないですね」

「いいえ、これで十分ですとも。ご協力、感謝しますよ」

 

 今回『神父』用の武装として特注した専用カソックコートの出来に『神父』は満足気に笑い、逆に『代行者』は口元を不満気にへの字に変える。

 この結果を何よりも痛感しているのは『神父』に他ならないのに、珍しく『代行者』の方が顔を歪める。

 

 ――今回の仕様が何を意識していたかは、最早言うまでも無いだろう。

 

 『神父』は未だにこの世界に居ない不倶戴天の怨敵の影を、吸血鬼『アーカード』への飽くなき執念を滾らせている。

 今回のこれは最新鋭の科学技術に数々の世界の隠秘学の粋を結集させた試みであったが――突き付けられた現実は生身で装備出来るもので対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』の超破壊力を防ぐ手段は無いという事であった。

 

「この世界にいもしない『宿敵』に対する執念には感服するばかりですが、果たして勝算はあるのですかな? 幾ら貴方が人間としての極限を極めても『再生者(リジェネレーター)』ではない、撃たれれば呆気無く死ぬ程度の純然なる人間に過ぎない」 

 

 一発でも致命傷を回避出来るのならば今回の徒労は実りあるものだと言えるが、そうでないのならば無駄な足掻きに過ぎない。

 人が、化物の中の化物に敵う道理が無いのだと突き付けられているようで、『代行者』自身も我が事のように腹立てる。

 この自分勝手の男にしては自分本位だけではない、余りにも珍しい反応であった。

 

「――ああ、もしやと思いますが、あの『アレクサンド・アンデルセン神父』のように神の奇跡の残り香『エレナの聖釘』のような隠し球でもお有りで?」

 

 だが、それでも『代行者』は『代行者』であり――全方面に悪意をまき散らしながら、極めて小憎たらしい眼で『神父』が扱う戦斧を舐め回すように見る。

 幾多の吸血鬼・人外・人間を等しく屠った丈夫なだけの凶器、その柄部分には若干掠れているが『SECTION 3』と『MATTHEW』なる烙印が刻まれており――この戦斧が『神父』の出身世界、特秘聖遺物管理局、第3課『マタイ』からの『切り札』である事が容易に察せられる。

 自身の得物である戦斧を眺める『神父』の脳裏に前世での苦々しい記憶が過ぎり――同時に、非常に解り難く屈折した形で心配する『代行者』に苦笑いする。

 

「アレクサンド・アンデルセン神父の『銃剣(バヨネット)』が吸血鬼『アーカード』の心臓を貫き得た。それを証明するのは人間の身で行わなければ意味が無い。其処に『神の奇跡』は不要です」

「おやおや! 神父でありながら『神の奇跡』を否定するとは大胆な御方だ! だが、それは貴方個人の心意気の問題であって、私の質問には答えられてませんよ?」

 

 いつもの調子が戻ってきたのか、『代行者』は万人が腹立たしいと思うほど小馬鹿にした表情で笑いながら『神父』に問い詰める。

 

「吸血鬼『アーカード』を打倒する為の条件は一つ、彼に『拘束制御術式零号』を解放させた上で心の臓を貫く。解放の条件は戦略的な状況に左右されますが、今は除外しましょう。話が進みませんからね」

 

 正確にはもう一つあるが、その手段を握っているのは『魔術師』なので此処では除外する。『神父』がアンデルセン神父の人間としての可能性を立証したいのならば、その方法は不要である。

 

「奇跡的な僥倖が幾つも重なり、吸血鬼『アーカード』の前に立てたとしましょう。千人の吸血鬼化武装親衛隊、三千人の第九次空中機動十字軍、それらの全てを犠牲にしなければ立ち会えない刹那に立ち会った時、貴方には勝算があるのですかな?」

 

 奇跡の残骸に成り果てたアレクサンド・アンデルセンさえ届かず、全てを捨てて挑んだウォルター・C・ドルネーズでも届かなかった千載一遇の機会、吸血鬼『アーカード』を物理的に打倒するたった二つの好機に立ち会った時――その夢の続きを、『神父』は何度も何度も想像した。

 死ぬまで想像し続け、死んでも想像し続けた。寝ても覚めても想像し続けたその末の結論はいつも同じだった。

 

 

「――防ぎようの無い『ジャッカル』の銃撃、致命傷を回避出来る算段は『五発』までですね」

 

 

 どう甘く見積もっても、最高の幸運と最高の体調、運命そのものを全部味方に付けても、それが限度であると『神父』は告白する。

 重々しい告白に対して『代行者』は――それとは違う意味で、物凄く、微妙な顔になっていた。

 

「……ああ、あの『神父』。話の腰を折って悪いのですが、あれは『百万発入りのコスモガン』では?」

「そんな訳無いでしょう。原作の漫画やアニメではリロードは気分でしたが、現実では『六発』です。幾らあの吸血鬼の存在そのモノが出鱈目でも、伝説の傭兵のように『無限バンダナ』を装備している訳じゃないのです。現実は漫画やアニメじゃないんですよ?」

 

 そう断言してニコニコ笑う『神父』に、『代行者』は全く納得がいかないという表情で「ぇー……?」と色々詰まった表情を浮かべる。

 その時の『代行者』の心境は、転生してから一番の理不尽に遭遇したかのような心持ちだったとか。

 

「……失礼。ですが、残り『一発』はどうする気ですか? まさか刺し違えても、とお考えならば失笑ですね。相討ちで証明出来たとは思わないで下さいね」

 

 此処まで話しておいて『代行者』は「馬鹿馬鹿しい話でしたね」と自嘲する。

 そもそもこの『三回目』の転生者達が集う世界の舞台は『魔法少女リリカルなのは』であり、『HELLSING』の世界ではない。

 『神父』の前に吸血鬼『アーカード』が立ち塞がる可能性など万の一にも億の一にも兆の一も京の一も無い。それこそ那由多の彼方に揺蕩っている可能性ほどしか無いだろう。

 

 ――それでもと、未練がましく想い続ける己に『神父』は苦笑する。

 

 性能実験が終わり、地上の礼拝堂に戻った二人の前に、珍しい客人が訪れていた。

 

「ご無沙汰しております、『神父』」

「げ」

「二人共、お久しぶりですね」

 

 丁寧に挨拶するブラッド・レイに、『代行者』の姿を見て露骨に嫌悪感を示してしまったシャルロットの二人組であり、当然の事ながら『代行者』は弄りやすい玩具の来訪を心から歓迎する。

 

「おやおや、『人外の騎士』に『異端者』じゃないですか! 良いのですか、昼間から堂々と『教会』に訪れて。貴方達は自身が異端審問される身である事を自覚しているのですか?」

「……お前は相変わらずだな、『代行者』。『魔術師』とは違った意味で難儀な性格だ」

 

 ブラッドのジト目からの率直なツッコミに対し、大抵の罵詈雑音や露骨な嫌悪感は蛙の面に水状態の『代行者』だったが、あの『魔術師』と同一視される事だけは生理的に受け付けないのか、凄まじく嫌そうな表情になっていた。

 

 

 ――とある日の昼下がり、決して叶わぬ万願成就の夜の訪れが間近に迫っていた事を、今の『神父』は知る由も無い――。

 

 

 

 

 ――偶然か、必然か、或いは奇跡か、否、運命である。

 

 無尽蔵の死者の軍勢である『死の河』を一網打尽に貫いた『炎の道』を突き進んで、『神父』は煤けながらも五体満足の状態で吸血鬼『アーカード』の下に辿り着いた。

 

「――あの囲いを突破し、炎の道を切り拓いて私の眼前に立ったか。あの『男達』のように、『アレクサンド・アンデルセン』と同じように……!」

 

 待ち望んでいた宿敵の登場に、最奥で待ち受けていた吸血鬼『アーカード』は顔を歪ませて笑いながら狂喜乱舞する。

 

「夢のようだ、人間とは夢のようだ――」

 

 彼の脳裏に過ぎる光景は二つ。

 一つは百年前のあの日、全身全霊を以って闘い、あの『男達』に完全に敗れ去った。アーサー・ホルムウッド、キンシー・モリス、ジャック・セワード――そして、エイブラハム・ヴァン・ヘルシングに。

 二つ目は最早言うまでも無い。この眼の前の宿敵は、まさに『彼』の再来だった。此処から先は、その夢の続きである。

 

 ――吸血鬼『アーカード』は左手に白銀の銃を、右手にあの時失われた黒鉄の銃『ジャッカル』を当然のように取り出す。

 

 その失われし黒銃が吸血鬼『アーカード』の手にあるのは必然だ。

 これはアンデルセンを倒す為の銃、その後継を自称/他称するのならば、この銃が立ち塞がるのは必然を超えた運命である――。

 

 

「さぁ、来いよ『少年』。敵は目の前だ、此処に居るぞ。見事、私の心の臓腑に『銃剣』を突き立てて魅せろッ! ――『エレナの聖釘』を使わなかった『人間(アンデルセン)』が私を打倒し得た事を証明して魅せよッッ!」

 

 

 吸血鬼『アーカード』からの魂の怨嗟に、語る言葉は既に無い。

 

 

 ――恐らく、前世から、今世に生まれし時から幾星霜、待ちに待ち望んだこの刹那の決着は二つに一つしか無い。

 『神父』が唯一人の城主となった吸血鬼『アーカード』の心臓を貫くか、志半ばで朽ち果てるか、その二つのみである。

 

 

 『神父』は全身全霊を以って駆けた。

 獣じみた咆哮を上げて、儚く散って消えた夢の続きを終わらせる為に。

 

「――!」

 

 飛びきりの狂った笑顔でアーカードは右腕に構える無銘の白銀の銃を呼応するように連続で撃ち放ち――初弾と二発目を戦斧で打ち払い、両腕を交差しながら頭部への銃弾三発を防御し、避け損なった右脇腹に一発浴びるも、最新鋭の防弾加工及び『呪的防護処理(エンチャント)』が施された強化神父服は大口径の銃弾を難無く弾いた。

 中身の損傷具合はともかく、当初の想定通り、白銀の銃では致命打には至らない。

 その事は両者共に想定通りであり――目の前の敵対者が真に嘗ての『宿敵』に匹敵する人間だという事を再認識した吸血鬼『アーカード』は狂気喝采しながら即座に白銀の銃の空の弾装を廃棄して再装填し――本命の黒銃『ジャッカル』の照準を、迫り来る『神父』に定めた。

 

 ――白銀の銃の方は幾ら装填されようが、頭部に命中しなければ牽制打に過ぎない。

 だが、黒銃『ジャッカル』の方は再装填する時間を与える事は絶対的な敗北を意味する。

 故にこの死闘の決着は純銀製マケドニウム加工弾殻、マーベルス化学薬筒NNA9、法儀式済みの水銀弾頭、全長39cm重量16kgの13mm炸裂徹鋼弾の『六発』で決まる。

 

 『神父』は全神経を黒銃『ジャッカル』に集中させ、その銃口の角度から逆算出した着弾地点に発射される前から戦斧を迅速に振るい――銃弾の斬鉄という奇跡の御業を再び実現させる。

 

「……っ!?」

 

 残り五発――だが、表情を暗く歪ませたのは『神父』の方だった。

 今の一撃で歴戦を共に乗り越えた丈夫なだけが取り柄の戦斧にほんの小さな罅が生じた。超威力の銃弾を弾いた衝撃により、両腕に生じた僅かな痺れも見逃せない。

 

 ――続く二撃目も『神父』は難無く斬り伏せる。

 残り四発。だが、戦斧に更なる亀裂が生じて全体に及び――吸血鬼『アーカード』は意図的に戦斧で対応出来るように照準を態々付けてから放っていた。

 

 だからと言って、愚直なまでに前進し続けている限りは回避出来る次元の銃撃ではない。――此処で一歩でも退けば、あの狂王はもう『神父』の前に立たないだろう。それどころか、律儀に一対一の決闘に応じなくなる。

 あの吸血鬼には常に血を吸って幾千幾万の生命を持つという、無敵で不死身で馬鹿馬鹿しい、何もかもがペテンの状態に戻る機会があるのだ。

 人間として正しく挑み続けている限りは吸血鬼『アーカード』は退かない。その勇敢で無謀極まる挑戦を、誰よりも歓喜し狂喜し切望しながら受けて立つだろう。

 

 ――故に、『神父』はただ愚直に突き進むのみ。その死中の中にしか勝機は無いのならば、例え地獄の業火だろうが臆せず飛び込むまでの事。

 

 そして三発目の銃弾は『神父』の戦斧を完全に打ち砕いた。――正しくは、その外殻を、である。

 あの吸血鬼『アーカード』すら眼を限界まで見開き、傍若無人な狂気の笑顔が一瞬にして憎悪漲る激怒の貌に一変する。

 

 

「――『槍』か!」

 

 

 戦斧という堅牢過ぎる外殻から現れたそれは、先端部が欠けた見窄らしい『槍』だった。

 

 吸血鬼『アーカード』はその身に蓄えた膨大な知識から一瞬にしてその『槍』の由来を看破する。

 ローマの歴史上から悉く散失した聖遺物、『聖骸布』『聖杯』『聖釘』――そして最後の一つが『千人長の槍(ロンギヌス)』である。

 不死なる神の子に死を与えた奇跡の残骸たる『聖槍』――なるほど、それならば不死の吸血鬼に死を与える事など造作も無い事だろう。

 彼等の『主』たる存在が如何なる『化物(ミディアン)』に該当するかを考えなければ、これ以上の不死殺しは存在しないだろう。

 教義の為ならば教祖すら殺す彼等『第十三課(イスカリオテ)』でなければ教義的に扱えぬ代物だろう。

 

「お前もかッ! お前もアンデルセンと同じく――ッッッ!」

 

 そんな事はどうでも良い。この槍がロンギヌスという名の、単なる千人長の槍で、神の子の脇腹を突き刺したが故の『奇跡の残骸』――アンデルセンに続き、その後継すらも『奇跡の残骸』を切り札とするかと、吸血鬼『アーカード』は心底から失望し激怒し絶望する。

 

 ――人間でいられなかった弱い化物は、人間が打ち倒さなければならない。その決着に、神の奇跡は不要である。

 

 あらん限りの憎悪を籠めて、吸血鬼『アーカード』は黒銃『ジャッカル』の照準を『槍』に向ける。

 その『奇跡の残骸』に頼るのならば、その腐れた性根と共々、木っ端微塵に打ち砕いてやるまでである。

 

 『神父』は愚直なまでに一直線に、『聖槍』の欠けた穂先を吸血鬼『アーカード』の心臓目掛けて――黒銃『ジャッカル』の四発目の13mm炸裂徹鋼弾は寸分の狂い無く欠けた穂先の先端に弾着し、『聖槍』の刀身が音を立てて罅が生じる。

 間髪入れず五発目の13mm炸裂徹鋼弾が先程と0コンマ一桁も狂わずに同地点に着弾、『奇跡の残骸』はその真価を碌々発揮する事無く木っ端微塵に破砕されたのだった。

 

「――!?」

 

 その驚愕と同時に訪れた狂喜は、吸血鬼『アーカード』のものだった。

 『切り札』を打ち砕かれた『神父』はただの一刹那の遅延無く、否、『聖槍』は彼の『切り札』ではなかった。五発目の13mm炸裂徹鋼弾が『聖槍』を砕く以前に『神父』は『槍』を手放して廃棄し――最初から想定していたかのような淀み無き動作で二振りの『銃剣』を両手に取り出して更に切迫していく。

 

(――オレと『お前』の闘争を彼岸の彼方に追いやった『奇跡の残骸』を、こうまで無碍に扱き下ろすとはな……!)

 

 その『奇跡の残骸』を、ローマが誇る歴史上最上位の聖遺物を、『神父』は最初から黒銃『ジャッカル』の13mm炸裂徹鋼弾を二発受け止めるだけの『捨て駒』として使い捨てた。

 その『神父』の無言の意図は、先程の失望と絶望を一転させるに足るものだった。

 

 ――だが、用意周到な布石もその場凌ぎの小細工も此処までだ。『奇跡の残骸』を囮にして尚、黒銃『ジャッカル』には最後の一発が残されている。

 

(さぁ、この最後の一発をどう対処する? どう乗り越えてこの心臓に『銃剣』を突き立てる?)

 

 勝機は幾らか。万に一つか、億に一つか、兆か、或いは京か。

 例え那由多の彼方に揺蕩っていようとも掴んでみせろと、一切照準を付けずに『神父』の頭部に撃ち放つ。

 

 ひたすら距離を詰めて切迫している以上、その黒銃『ジャッカル』の13mm炸裂徹鋼弾は回避不可能、更には防御不可能の超威力であり――『神父』は神懸かり的な反応で『銃剣』で斬鉄せんと一閃するが、この時点で神業に等しい偉業だが、物理的に不可能である。

 何よりも『銃剣』の刀身が13mm炸裂徹鋼弾に耐えられない。脆くも『銃剣』は飴細工のように打ち砕かれ、頭部は掠っただけでも破砕して致命傷は免れないだろう。

 

 ――『再生者(リジェネーター)』であるアンデルセンであろうが致命的な一撃になろう。それをただの人間に過ぎぬ『神父』が受ければ、結果など語るまでもあるまい。

 

 そう、『神父』が最後の最後まで温存した二振りの『銃剣』が普通の銃剣であれば、という前提の話である。

 

 

 

 

『――『神父』に日頃のお礼をしたかったが、贈り物が思いつかず。……それでよりによって私に相談するか普通?』

 

 電話の向こうの主である『魔術師』は呆れ果てた音色をあげた。

 『神父』の『教会』出身の『転生者』にとって、『神父』という存在は親にも等しい存在である。……実の両親に捨てられて『教会』に拾われた『転生者』にとっては実の親よりも親らしい存在と言えよう。

 日頃のお礼もこめて父の日に合わせて何か贈り物をしたいと考えたブラッド・レイだが、彼とシャルロットでは名案が思い浮かばず終い。

 其処で――シャルロットの猛烈な反対を押し切って――ブラッドが真っ先に頼った人物は今尚『教会』と敵対する『魔術師』だったのである。

 

「お前ならば最良の答えを導き出すと思ったのだが、それはオレの見込み違いか?」

『解答者の性根を疑えよ、この筋力全振りの脳筋トカゲ騎士。――これは私見だが、悪い女にころっと騙されて破滅するタイプだろ、お前。シャルロットに感謝しろよ』

 

 前世で妻に刺されて殺された事を思い出したブラッドは極めて渋い顔となり、続けて『魔術師』は『良い女に騙されて死ぬなんて男冥利に尽きるだろう?』と嘲笑う。

 結局騙されて死ぬ事には変わりないのか、というツッコミをブラッドは飲み込んだ。そんな事を一々突っ込んでいては話が進まない。

 

「……? どうしたの? また『魔術師』から変な事を吹き込まれた?」

「あ、あぁ、いや、何でもない」

 

 咄嗟にシャルロットの方に振り向いてしまったブラッドを彼女は凄い眼で睨んだが、これは『魔術師』に対する不信感からである。

 正直、シャルロットと『魔術師』の相性は史上最悪である。星座の相性からして最悪な上に『神への信仰心(フェイス)』が限り無くゼロに近く、素でイノセン状態の彼には彼女の誇る魔法が一切合切通用しないのである。

 彼の世界の解釈では『神』とは『世界を創造し得る権能』を持った『神霊』であり、神秘が悉く科学で解明された現代世界では既に形骸化した存在――恐らくは自身の嘗てのサーヴァント『セイバー』に対する、『この世全ての悪』も斯くものドロドロの感情が全ての源泉なのだろうが――と、今は関係無い話である。

 

「……それで、どうなんだ?」

『等価交換を信条とする型月世界の魔術師にそんな無謀な要求するんだ? 実に良い度胸だね。――ああ、そういえば君達には借りがあったね。昨年の2月の連続猟奇殺人事件。その犯人の特定に多大な貢献があったのを忘れていたよ』

 

 脅迫にも似た事を言っておきながらも、神咲悠陽は第四次聖杯戦争の時に言峰綺礼を誘った英雄王のように白々しく語り、珍しい事に協力の姿勢を取る。

 これはブラッドにとって予想通りの、尚且つ都合の良い展開なのだが、感情が納得しないのは別問題である。何故ならば――。

 

「……ちょっと待て。その件は今年の4月の『大導師』が再び邪神召喚未遂を起こした折に『あの時の犯人の始末をさせた貸しを此処で返せ』って逆に要求しただろ!?」

『そういえば、君達には借りがあったね。……何度同じやりとりをさせるつもりだ? 私は村の入口にいる『村人A』じゃないんだぞ? 先に進めないのならば切るぞ』

「……! ああ、そうだったな……! 全くお前は面倒な奴だっ!」

 

 自棄っぱちになりながらブラッドは相槌を打つ。コイツにかかれば借りの借用書も貸しの借用証も思うままだと内心毒付いて。

 

「……それで、贈り物について何か考えがあるか?」

『私としては君達の『神父』に対する理解の無さが嘆かわしいのだけどね。まぁ頼られたからには全力でお答えしようか』

 

 腹立たしく癇に障る言い草に眉を顰めるも、この程度の些細な事で怒っていては性根が歪曲しきったこの人物とは到底付き合えない。

 色々飲み込んで、ブラッドは無言で答えを催促する。

 

『ブラッド・レイ、君の手元に『真魔剛竜剣』があるだろう?』

「? ああ、そりゃダイと違って、これでも正統な『竜』の騎士だからな。それがどうしたんだ?」

『根本から折れ、ぽっきりとな』

「はぁっ!?」

 

 「コイツ、人の愛剣を何だと思ってやがるんだ!」と口が滑りそうになったブラッドを誰が責められようか。

 尚、当の本人がどう思っていたかというと――。

 

『どうせまた勝手に生えてくるんだろう? 伝説の鉱物『オリハルコン』が材料になるのならば、吸血鬼『アーカード』の対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』の13mm炸裂徹鋼弾にすら耐え得る至高の『銃剣(バヨネット)』を鍛造出来るだろうよ』

 

 事もあろうに伝説の武具をトカゲの尻尾扱いにした挙句、材料扱いという酷い有様であったが――『神父』の吸血鬼『アーカード』に対する執念はブラッドとて理解している。

 ならばこそ、対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』でも破壊出来ない『銃剣(バヨネット)』は『神父』にとって極めて有用な筈である。

 その宿敵の吸血鬼『アーカード』がこの世界に居ないという事を除けば、であるが――。

 

『この海鳴市にも伝説の鉱物を扱える人物は――湊斗忠道の持つ『二世村正』なら可能だろう。それは自分で頼んでくれ。鍛造した後は『代行者』か『シスター』に頼んで対吸血鬼用の祝福儀礼を施すんだな。諸君等の健闘を祈る』

 

 「コイツ、最後の最後に一番の難問を残して切りやがった!」など言う暇無く通話が途切れる。

 その後、ブラッド・レイとシャルロットは恐る恐る『武帝』のトップである湊斗忠道とコンタクトを取り、泣く泣く真魔剛竜剣を叩き折って材料にし、再生中は『魔術師』からの闇討ちを特に警戒し――その幾多の世界の可能性が集結して誕生した奇跡の産物である『銃剣』は、父の日の贈り物として『神父』の手に渡されたのである。

 

 

 

 

 ――斯くして、幾多の奇跡のような必然が結実し、『神父』の『銃剣』は黒銃『ジャッカル』の13mm炸裂徹鋼弾を両断する。

 

 オリハルコン製の『銃剣』に破損無く、遂に『神父』は自身の想像の中でさえ超えられなかった『六発目』を乗り越える。

 後は再装填する時間を与えずに心臓を貫くのみであり、既に後一刹那あれば事足りる。

 

「――!?」

 

 ――その一刹那、吸血鬼『アーカード』の装いが赤いコートではなく拘束服に豹変し、呪的な魔法陣が烙印された白手袋を眼下に突き出し、『無手』にて突撃の姿勢に移っていた。

 

 何て事も無い。彼は彼一人でも恐るべき吸血鬼である。

 吸血鬼の中でも極上、否、最上位に君臨する夜の王が銃弾が切れたら戦えないなど絶対に在り得ない。

 人間など軽々とボロ雑巾のように引き千切る暴力を以って、吸血鬼『アーカード』は音速を超える手刀にて迎撃する。

 

 その絶死の手刀を切り落とす?

 ――否、腕を切り落として防げば、本体から分離した腕が地を這いずり回り、予想もしない角度から銃撃を受けるだろう。

 無銘の白銀の銃ならまだしも、黒銃『ジャッカル』の場合は一発で致命傷になる。

 

 どうにかして回避、または防御を?

 ――否、吸血鬼の化物じみた身体能力を人間如きが凌駕する道理は無い。この単純にして何よりも理不尽な暴力は文字通り防ぎようが無かった。

 

 つまりはただただ単純に、その致死の手刀が自らの心臓を貫く前に、それより疾く、吸血鬼『アーカード』の心臓を『銃剣』で穿ち貫けば良い。

 全身全霊、過去も未来も全て籠めた一撃を以って、『神父』は二振りの『銃剣』を、自分の心臓が貫かれるより疾く吸血鬼『アーカード』の心臓を貫く為に全てを賭けて刺突した――。

 

 

 ――それが幾星霜の時を超えた長き夜の、叶わぬ夢の続きの終焉だった。

 

 

 

 

 ――赤く燃え盛る炎はさながら日の光のようだった。

 この情景を吸血鬼『アーカード』は忌々しくも、こんなにも美しいものだったかと幾度も想う。

 

 『彼』が死んだ光景はいつもこれだった。500年前のあの日も、100年前のあの日も、そしてついあの日も、全く同じだった。

 いつの間にか地に仰向けで倒れ伏した『彼』の胸には二振りの『銃剣』が突き刺されており、完膚無きまでに、見事なまでに『彼』の心臓を穿ち貫いていた。

 

「――く、ははは……!」

 

 『彼』は楽しい夢を見た子供のように邪気無く笑う。

 遂に遂に遂に、愛しき怨敵の『銃剣』が自身の心の臓腑を穿ち貫いた。人間でいられなかった弱き化物を、人間が打ち倒した。

 幾千幾万の絶望を飲み干した不死身の吸血鬼と言えども滅びが避けられない致命傷だった。

 惜しむべきは自身を打倒した人間の安否を確認出来なかった事だが――満ち足りた表情で吸血鬼『アーカード』は目蓋を閉ざした。

 その長き闘争の日々に、終止符を打とうとした。そんな時だった。

 

 

『――なぁに一人で満足して逝こうとしてるんですか? この精神最弱で駄目駄目な吸血鬼は』

 

 

 その少女の呆れ声は割れ響く歌のように響いた。

 

『貴方の愛しの主からの命令をお忘れですか? 随分と薄情な吸血鬼ですね。脳味噌まで黴びたんなら思い出させてあげますよ』

 

 その呼び声は、全く違うのに『誰か』を連想させて――。

 

『――帰還せよ。幾千幾万に成り果てても、いえ、唯の一人になるまで殺し続けてでも。……だから、三百四十二万四千八百六十七人の中に居た私も容赦無く殺したんでしょ?』

 

 そう、『彼』は自己観測する『シュレディンガーの猫』の命の性質と同化してしまい、自分を自分で認識出来なくなった。

 それでも愛しき主との最後の命令を遂行する為に、三十年の歳月をかけて『彼』の中で『彼』の命を殺し続けていた。

 最後の一人となって、愛しき主と恋しい従僕の下に帰還する為に――。

 

『此処は貴方にとっては夢の狭間、ちゃっちゃと愛しい主人と恋しい下僕の待つ世界に帰りやがれってんの……!』

 

 ――夢はいずれ覚める。吸血鬼『アーカード』が滅びの刹那に紡いだ夢は終わりを告げ、『彼』は自らの意思でこの世界から消え果てて、自らの世界に帰還したのだった――。

 

 

 

 

 


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