転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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 ――『彼』の話をしよう。

 

 『彼』は普通の男子学生だった。余りにも普通過ぎて影が薄く、印象に残りにくい。

 成績も中の中、特別に秀でた分野はなく、それでいて劣る分野もない。何でも卒なくこなして面白味も欠片もない。

 クラスメイトとの人間関係は広く浅い。誰とでも一定以上の交友は出来るが、特別親しい者もいなければ特別仲の悪い者もいない。

 誰かと馬鹿話をしている時も笑っているようで笑っていなく、何処か演技じみたぎこちなさが混じっていて――その眼差しは遥か遠くに向けられており、事実、『彼』は誰も見ていなかったし、何一つ見せてなかったと思う。

 

 ――まるで空気のような『彼』だったのに、私にとっては言い知れぬ違和感となって付き纏う。

 

 私に対しても空気だったのなら思考を割かずに済んだのに、何とも迷惑な話である。

 気になったのならば仕方ない――仕方ないから、生まれた時から取り憑かれている『誰にも見えない背後霊』で殴ってみた。こう、割りかし全力で。

 この時の事を『彼』に聞いたら「……信じらんねぇ、マジ信じらんねぇこの女! 頭のネジが一本二本抜けているとかイカれてるどころの話じゃねぇ!?」と聞くに堪えない暴言が湯水の如く口ずさむが正直どうでも良い。

 

 ――その結果、『彼』は反射的に私の背後霊の拳を止めてしまった。

 

 誰にも見えなかったこれが見えていた。いや、それどころか、『彼』は私と同じだったのだ。

 『彼』から後で聞いた話で恐縮だが、『彼』もまた私と同じ『スタンド使い』だった。誰が決めて、何を語源としたのかは興味なかったんで聞いてなかったが――。

 

 ――それからの『彼』は私にのみ素の自分を見せるようになった。

 

 本当の『彼』は少し臆病で、何かを決断する時に深く考えすぎて躊躇しがちだけど、根は真っ直ぐで、私の事を何故か『ジョジョ』という奇妙な愛称で呼ぶ。

 この時の私は自分と同じ人間をやっと見つけた事で、恥ずかしながら色々のタガが外れて、他にも同じような人がいるんじゃないかと思い、『彼』を道連れに様々な厄介事に首を突っ込んだ。

 『彼』は文句を言いながらも、律儀に付き合ってくれたのだった。

 

 ――『スタンド使い』は『スタンド使い』を引き寄せる。それはもう引力のように、とは『彼』の言葉だったか。

 

 それからは嘘のように私達と同じ『スタンド使い』が見つかり、見つかる度に凄まじい度合いのトラブルに巻き込まれた。

 どいつもこいつも一癖も二癖もある性格で、誰一人まともな奴がいないなぁと『彼』に愚痴ったら「そのまともじゃない奴筆頭が何言ってやがる」と言い返されたっけ。

 そう、この時の私は気づくべきだったのだ。そのルールを知りながら極力関わろうとしなかった『彼』の真意は何処にあったのか――引力に引かれるように出遭う『スタンド使い』が無条件で善人とは限らなかった事を。

 

 

 

 

 ――いつしか彼女に話した事だが、『主人公』の条件は『異常』である事だとオレは述べた。

 ――そして誰よりも邪悪で愛しい彼女は物語に対する『解決要素』を持つ事だと言った。

 

 ……なるほど、もうオレの記憶の中にしかない『彼女』の物語は確かに――異彩を放つほど『異常』な『彼女』が、歯車一つ噛み合わなかったが為に『解決要素』を持てなかった故の物語である。

 

 

 

 

 ――一つの物語の結末を語ろう。

 

 それはもう『彼』の記憶の中にしかない物語。

 誰よりも破天荒で、何よりも眩く光り輝いていた、肩に星の痣も持つ『彼女』の――『彼』の二回目の人生での『ジョジョの奇妙な冒険』の物語。

 

「……この、馬鹿野郎……!」

「……あ、はは。自分でも、馬鹿だと思うけどさ、女の子に『野郎』は無いでしょ……?」

 

 『彼』の腕の中で秒単位で冷たくなっていく血塗れの『少女』は、人質にされた自分ごと敵の『スタンド使い』を貫いたが故の致命傷であり、『彼』は顔をくしゃくしゃにして涙を流す。

 

「……まだ、君の顔はアイツ等に割れてないから、今なら――」

 

 ――またしても、『彼』の前に現れたのはそのフレーズである。

 

 恐らく此処が最後の分岐点である事を『彼』は既に理解している。

 後は一つの不条理を見て見ぬ振りをすれば『彼』は元の日常に戻れる。一回目の人生で回避出来なかった破滅を今度は完全に回避出来る。

 その為に『彼』は『彼女』と協力して組織に立ち向かう際、スタンドを装着して姿を決して明かさなかった。正体不明の『スタンド使い』として振る舞って常に予防線を張っていたのはこの為である。

 

「……いいや、それは出来ない」

 

 それなのに『彼』は静かに首を横に振る。

 『彼女』に感化されたと言えば恐らく世界で一番されたと言える。

 『彼女』は『彼』を最も振り回した人間であり、『彼』は『彼女』に最も振り回された人間だ。

 その『彼女』が巻き起こす破天荒なトラブルに何度も苦心したものの、『彼女』の中にある気高く誇らしい『黄金の精神』に憧れ、見惚れていたのも事実である。

 泣き疲れて心折れた眼差しは手で強引に拭われ、ある種の覚悟が伴った眼差しに変わる。それは『彼女』の瞳の中に輝いていた『黄金』と同じように――。

 

「……お前がする筈だった事を、オレが代わりにする」

「……買い被りすぎだよ、それ」

 

 もう如何なる言葉を尽くしても止めれない、そう悟った『彼女』は残りの余命の全てを『今後』の為に託す。

 打破すべき『ボス』の『スタンド』の一端を、推測も含めて全て全て――。

 

「……ねぇ、最期にお願いしても良いかな?」

「……何だ?」

「……えと、ね。『ジョジョ』という愛称も嫌いじゃなかったんだけど、一度ぐらいは、名前で呼んで欲しいな――」

 

 思えば『彼』が『彼女』に出遭ってから、一度も『彼女』の名前を口にしてない事を今更ながら気づく。

 

「……何だよ、そんな事で良いのかよ」

 

 万感の想いを込めて、『彼』は『彼女』の名前をそっと呟く。

 

「おい、聞いてるのか? お、い――」

 

 けれども、全ての希望を託した『彼女』に、最期の些細な願いを聞き届ける時間すら無く――。

 

 

「散々人の事巻き込んでおいて、最期は聞き届けずにさよならかよ……!」

 

 

 それでも『彼女』の物語は無意味ではなかった。

 『彼女』の『黄金の精神』は傍観者だった『彼』に確かに受け継がれ、『彼』は多くの者を救う『正義の味方』に成り得るだろ。

 

 だが、此処で一つの疑問が残る。

 その万能の救い手たる『正義の味方』を、一体誰が救えるのだろうか――?

 

 

 

 

 ……どうして今、『彼女』の事が脳裏に過ぎったのだろうか?

 

 夜の街を飛び舞いながら、一直線に『私立聖祥大付属小学校』を目指す。

 死んだ筈なのに救援に現れた冬川雪緒が言うには、此処にこの事件の黒幕である『うちは一族の転生者』と、それに捕らわれた柚葉がいるそうだが――。

 

 ――それはまるで運命のようにオレの目の前に立ち塞がる。

 あの時のオレは、選べなかった。オレが決断するよりも早く『彼女』が幕を下ろした。

 

 いつもそうだ。オレは肝心な時に判断を先送りにする。

 あの時に死ぬべきだったのは、間違いなくオレの方だ。立て直す事が出来たのならば『彼女』は確実に『ボス』を倒して生き延びる事が出来ただろう――。

 

 ――何となく予感がした。恐らく、この先に待つのはオレにとって避けられない運命なのだと。

 

「……何だこりゃ?」

 

 そしてオレは『私立聖祥大付属小学校』に辿り着いた。夜の学校に来るのはこれで二度目だが、あの時と違って様子が一変している。

 校庭には神秘の秘匿など度外視した超巨大な魔術陣が形成されており、その異質さは説明不要の悪寒をオレに与える。

 型月式の魔術系統のようであり、なのは式の極まった科学の魔法系統のようでもあり、まどか☆マギカ式の解読不能な魔法系統のようであり、クトゥルフ系統の精神が犯されるようなおぞましさも内蔵している。

 

 とりあえず、何かこの見るからにヤバそうな起動式を『蒼の亡霊』で殴ろうとした矢先。

 

 

「――ストップ。それに触れたら問答無用で愛しの彼女を殺すよ?」

 

 

 この事件の黒幕は悠々と姿を現したのだった。

 それは両瞳が桔梗の万華鏡写輪眼の、おさげの少女だった。

 16歳程度の小柄な少女だが、『魔術師』や嘗ての豊海柚葉も斯くもの邪悪さを撒き散らす、このとんでもない大事件の黒幕だった。

 

「まぁ最初から解り切っていた事だけど。最後に立ち塞がるのは君だと思っていたよ、秋瀬直也」

 

 彼女が人形のように抱き締めながら、首元にクナイを突き付けるは両腕を後ろに拘束された柚葉であり――その瞳に焦点があっておらず、微動だに反応しない事から奴の幻術の術中に陥っている事が容易に伺える。

 

「柚葉を離せ……!」

「あらあら、命令出来る立場かしら? ――それとも、一度立場を解らせないといけないほど愚かなの? ねぇ、どの指が良い? 君が選んでよ」

「やめろォッ! ……やめてくれ……!」

 

 ……解っていたつもりだったが、目の前のこの女の狂いっぷりは想定を大きく超えるものだった。

 この女は必要あると思った瞬間には行動を完遂させる、そんな最大級の悪寒を常に叩きつける。最悪を超える相手に柚葉を人質に取られたと歯軋りをあげる。

 

「物分かりが早くて助かるわ。私が君に突き付ける交換条件は唯一つ」

 

 邪悪に嘲笑いながら、あの『うちは一族の転生者』は勝ち誇るように唯一の要求を突き付ける――。

 

 

「――自害してくれないかな? 自分の『スタンド』で自分の首を掻っ切って。君が死んでくれるなら豊海柚葉の命は保障するよ」

 

 

 ……それは、あの時突き付けられた要求と、全く同じ内容だった。

 

「……その約束を守る根拠は?」

「そんなもの無いわ。そもそも君が選ぶべき選択肢は豊海柚葉を見殺しにして私に挑むか、自害して豊海柚葉の無事を祈るかよ。何方が良い? 手早く決めてくれないとうっかり殺しちゃうよ」

 

 柚葉の首元に突き付けるクナイが皮膚を貫き、一滴の流血が白い制服を穢す。

 清々しいまでに詰み状態だが、このままではいけない。要求通りに自害して柚葉が助からないのではまるで意味が無い。

 

「――『ノトーリアス・B・I・G』を覚えているか?」

「……本体の怨念のエネルギーで死後発現した、自動追跡型の『スタンド』だったね。なるほど、これでは私も迂闊に約束を破る訳にはいかないね」

 

 それは『ジョジョの奇妙な冒険』での第五部のスタンド使い、死をトリガーに発現した無敵に近い『スタンド』であり――ある種の適正はあるだろうが、『スタンド』は死後も活動する事が可能であるという事例である。

 自らの手を下さず、こんな回りくどい手を使うからには、少なくとも奴はレクイエム化した『蒼の亡霊』に脅威を感じている。

 これを戦わずに排除したくば、オレの死後も柚葉を手に掛ける訳にはいかなくなるだろう。

 

「それじゃ遠慮無く死んでね。何か言い遺す言葉でもある? 此方の幻術の術中だけど、彼女の意識はあるのよ?」

 

 

 

 

 ――確かに『正義の味方』は『悪』の極地である『うちは一族の転生者』にとって語り尽くせないほどの不倶戴天の天敵である。

 

 『彼女』の無限に渡る転生先で、無限の敗因となった。敵対した時点で、否、存在した時点で致命的なまでの敗北要素となった。

 幾ら絶望させても『彼等』は諦めない。諦めない限り理不尽な奇跡が連発し、状況を簡単に引っ繰り返してしまう。何ともふざけた馬鹿げた存在である。

 目の前の『スタンド使い』、秋瀬直也は極上の『正義の味方』であるが――彼は『うちは一族の転生者』を滅ぼす役割を持った『正義の味方』ではない。

 今『彼女』が人質にしている豊海柚葉に対する『正義の味方』である。豊海柚葉が『悪』で無くなった今、弱体化しているのは彼女の補正だけではなく、彼の補正もである。

 

 ――ならばこそ、相応しい死に場所を与えてやれば良い。幕引きを彼自身の手で行わせれば良い。

 

「……ごめんな、柚葉。オレには、こんな方法しか思いつかない――」

 

 さぁ、前世での悔いを果たすと良い。遠慮無く死ね。無意味に死ね。秋瀬直也の死と同時に豊海柚葉は『彼女』すら太刀打ち出来ない完全な『悪』に戻るだろうが、同時に殺せば問題無い。

 先程の彼の言う通り、そんな事をすれば彼の『レクイエム』が死後も暴走するだろうが、法則性のある自動駆動型になるのならばあの恐るべき『スタンド』も取るに足らない。

 あの『スタンド』は秋瀬直也が使い、理不尽なまでの『正義の味方』としての補正があるからこそ無敵なのだ。それを剥ぎ取った後ならば『彼女』の『万華鏡写輪眼』でどうにでもなる程度の脅威でしかない。

 

 ――今度こそ、今度こそ、『彼女』は運命に打ち勝った。

 幾千幾万幾億の敗北を乗り越えて、事を成就させる。この世界を犠牲にする事で原初まで逆行して、そして――。

 

 

「――決断出来なかったのか。それとも最善の結果を意図せずに引き寄せたのか? 興味深い考察だな。まぁ今回のは確信犯だろうがね」

 

 

 その在り得ない筈の第三者の声と同時に、『彼女』が賭けれるモノ全てを投資して構築した大儀式の術式が細部から燃える。

 燃える燃える燃える、術式を構成する燃料そのものが燃焼して真っ黒に燃え尽きていく。

 

「あ……!?」

 

 絶句する。世界に対する一度限りの挑戦は、こんなにも一瞬で呆気無く頓挫する。

 在り得ない事態に思考が停止する。……確かに、この世界には彼女の全てを賭けた企みを一瞬で台無しに出来る存在が二人いた。

 

 一人は目の前の秋瀬直也、彼の『スタンド』で殴られたのならば問答無用で全てが『解放』されてしまう。

 だからこそ、『彼女』は彼に対する切り札であり、唯一の弱点である豊海柚葉を確保した。薬師カブトを差し向けつつ、万が一自分の元に辿り着いた際の対抗手段を用意した。

 そしてもう一人は、これこそ絶対に在り得ない。何故なら、そのもう一人は――。

 

「これほどまでに豪華絢爛な魔術儀式を視たのは『アインツベルン』の大結界以来だ。――故に、実に燃やし甲斐がある」

 

 もう一人は人の身で『神の魔眼』を宿して生まれた魔人。常識の天敵でありながら非常識の天敵。

 『彼女』の『万華鏡写輪眼』は、その在り得ざる存在を目視してしまって我が目を疑う。

 

「君の即興詩の舞台が最高潮を迎えているというのに、君の脚本を根本から歪めてやった『黒幕』が不在では華が欠けよう。最後の役者が自主的に馳せ参じてやったぞ――その役割は全てを台無しにする『大根役者』だがね」

 

 後ろ髪がばっさり無くなった事以外は何一つ変わらない風立ちで、その人物はさも当然の如く現れた。

 『彼女』に匹敵する処か、遥かに凌駕するほどの邪悪さで嘲笑いながら――。

 

 

 その彼を見て、秋瀬直也は大きな溜息を吐いて笑った。

 此処が自分の死に場所であると確信しながらも、自分と豊海柚葉、両方が生き延びる道を必死に模索し続けて――行き着いた末の結論が『彼』の存在とは最早笑うしかない。

 

 

「……まぁ薄々勘付いていたが、敢えて言うとしよう。やっぱり生きてやがったか『魔術師』……!」

 

 

 35/『魔術師』の帰還


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