転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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41/転生者は泡沫の夢を見るのか

 

「――仕留めたか?」

「……いや、手応えが無かった。あの土壇場で逃げられたか?」

 

 ――結末は酷く呆気無いものだった。

 

 秋瀬直也が最後の一撃を叩き込む刹那、あの『うちは一族の転生者』は影も形も無く消え果てた。

 見ようによっては『飛雷神の術』でまんまと逃走されたと真っ先に疑う処だが――。

 

「いや、仕留められるより先に『時間切れ』になって消滅したのだろう。興醒めな幕切れだが、最後の悪運だけは強かったようだ」

 

 『魔術師』だけはあの『うちは一族の転生者』が『闇の書の欠片事件』から派生した『思念体』の一つに過ぎない事を知っている。

 限定的な意識、中途半端な存在強度に過ぎない『思念体』なのにあれだけの自由思考を持って猛威を振るったのは恐らくは本体の存在が桁外れの為か、或いは全く『未知の存在』の干渉があったからか――あれが万全の状態で此方の世界に訪れていたのならば、この程度の災厄では済まなかっただろう。

 

「……おい、柚葉は大丈夫なんかよ?」

「ああ、ちょっと待て――」

 

 『魔術師』が抱える豊海柚葉の眼は未だに焦点が合わず、幻術の術中にあり――彼は徐ろに、振り上げた右の握り拳を柚葉の頭に掠るように叩き込んだ。

 

 すこーん、と、それはもう彼主観で気持ちの良い音が鳴り響いた。

 

「――あいたぁっ!? ちょっと何すんのよ!?」

 

 外部からの強い衝撃により物の見事に幻術は解け、痛みによって涙目になった柚葉は頭を抱えながら『魔術師』を睨みつけた。

 

「力加減を意図的に間違えただけだ。囚われのお姫様なんてらしくない役割を演じた小娘に対する鬱憤があるからな、この程度の役得はあって然るべきだと思わないか?」

 

 『魔術師』は悪びれもせず、むしろ「ざまぁ」と言わんばかりの――当人からしたら心の底から晴れ晴れとした、柚葉からはこの上無く憎たらしい笑顔で答える。

 

「『魔術師』なんだから魔術で華麗に解決しなさいよ!」

「魔力を使わずに完了出来る事を、魔力を使って実行するなんてナンセンスだろうよ」

 

 魔術師にあるまじき『魔術師』の解答に、柚葉は「ぐぬぬ」と悔しげな顔で歯軋りを立てる。

 魔力を使わずに事を成す、それを究極なまでに突き詰めて『謀略』に行き着く当たり、この『魔術師』が『魔術師』たる最大の所以だろう。

 

 

 ――『魔術師』の示した在り方は、ある意味、自らの『補正』が裏返って弱体化した豊海柚葉に対する一つの答えだった。

 

 

 『魔術師』は『悪』のまま『正義の味方』を助けるという、本来実現不可能の出来事をこなしてしまっている。

 勿論、『魔術師』も豊海柚葉と同じ程度に『悪』に特化した人間だ。そんな自身の本質に反する事を額面通りに行おうものなら、逆に邪魔してしまい、激しく阻害してしまうだろう。

 だが、『魔術師』は『正義の味方』に敵対する『悪』の邪魔をする事で、自らの本質たる『悪』を損ねる事無く実行しながら結果的に手助けする事に成功している。

 

 ――つまりそれは、『悪』のまま秋瀬直也を手助け出来る可能性を示しているのではないだろうか……?

 

「柚葉ぁっ! ほんっ~~~とぉに、無事で良かったぁ……!」

「な、直也君……!?」

 

 そんな思案に暮れていた柚葉を現実に戻したのは即座に駆け寄った秋瀬直也の抱擁であり、彼女の思考を一気に沸騰させて顔を真っ赤にさせる。

 

 ――不倶戴天の天敵の、外見の年相応の初心さを見届けた『魔術師』は空気を読んで、音も無く立ち去っていた。

 

「神咲悠陽はクールに去るぜ、って感じですかね? にしても相変わらずのバカップルっぷりですね、あの二人は」

 

 いつの間にか主の下に帰還した『吸血鬼』エルヴィは当然の如く『魔術師』の側に立ち――自らの居場所を何処かの『吸血鬼』に誇るように笑う。

 

『……いつの間に帰ってきてたんだよ?』

「……失礼な言い方ですね。今の霊体化しているアンタほど空気になってねぇですよ」

 

 いつもと同じように『なんだとぉ!?』「あぁん!?」と仲良くいがみ合う二人の従者に、『魔術師』は心底呆れた表情で溜息を吐いた。

 

「――役目を終えた役者は疾く去るのみ。……だが、果たして、役目を終えられずに退場出来なかった役者はどうなるのかね?」

 

 『魔術師』の呟く声に答える者はおらず、誰に聞かれる事も無く夜風に紛れて消えた――。

 

 

 

 

 ――冬川雪緒と血で血を洗う死闘を繰り広げた薬師カブトは、しかし彼の主と同じように跡形も無く消失する。

 

 それは他の『穢土転生体』のように未練無く成仏したというよりも、今度こそ主を守るという望みが完全に断たれたが故の絶望で虚無に堕ちたという表現が正しいだろう。

 

「……ふぅ、今度は、最後まで果たせたか――」

 

 事の終わりを悟り、自らの役目を全うした冬川雪緒は地に尻餅を突いて崩れ落ちた。

 その身に刻まれた負傷は悉くが致命傷。彼をこの世に留める月村すずかの念は既に意味を成さず、一秒後には消え逝く我が身を存念一つで必死に誤魔化し続け、死者の存在を排除しようとする世界の修正力にさえ逆らってまで現界し続けていた。

 魂すら秒単位で砕かれる苦痛に堪えていた冬川雪緒は全ての役目を無事終える事が出来て心底安堵し、この世に留まり続けていた自己意思を緩めて――。

 

 

「――死んでからも襤褸雑巾になるまで気張って、馬鹿は死んでも治らないんだな」

 

 

 消え去る寸前に現れた来訪者に、冬川雪緒は静かに苦笑する。

 

「……今更だな。死んで賢くなるのならば、オレ達は全員『賢者』だろうさ」

「……それもそうだな。たかが二回か三回程度死んだぐらいで真理に至れるのならば苦労はしないか」

 

 此処に音も無く悠然と現れた『魔術師』は後ろ髪が切られていない個体――つまりは『穢土転生体』のものであり、そんなものを使ってまで駆け付けた神咲悠陽の必死さを、冬川雪緒は敢えて見て見ぬふりをした。

 

「――それで、どうだった?」

「……首謀者には負け逃げされて、私は勝ち留まりという始末だ。全く持って無意味な勝利だな――」

 

 『魔術師』が当初描いた脚本では、自身の帰還は盛り込まれておらず――死を装って『海鳴市』から去る事を真の目的としていた。

 それこそが神咲悠陽と冬川雪緒が協定を結んだ時から目論んだ終わり方、『海鳴市』にとって有害な『悪』を悉く粛清して間引き切った後の、最後に残った『悪』である『魔術師』の幕引きだった。

 

 ――尤も、『魔術師』の脚本は最初から破綻していたとも言える。

 

 共犯者である冬川雪緒が志半ばで倒れて前提条件が狂い、更には全く予期出来なかった『うちは一族の転生者』の干渉を招いた。

 これによって徹底的に裏方に回って『うちは一族の転生者』の脚本を歪める事に終始追いやられ――当人にとって一番不味い『勝ち方』をしてしまったのである。

 

「未だにそんな勘違いをしているのか。お前は賢しいようで何処か疎いな」

 

 こうなってしまっては愚痴らずにはいられない、といった感じにやぐされる『魔術師』に対し、冬川雪緒は「まるで解っていない」と言わんばかりに深々と溜息を吐いた。

 

「……? どういう事だ?」

「解らないなら言ってやる。お前は自分を必要としない『海鳴市』こそ正常なものだと思っているが、それはオレ達『転生者』のいない正史の『海鳴市』であって、オレ達『転生者』が生きる魔都『海鳴市』の事ではない。――お前はこの魔都『海鳴市』にとって『異物』などではなく、掛け替えの無い『一欠片』だという事だ。故に、お前は『此処』に居て良いんだ――」

 

 その冬川雪緒の言葉に、神咲悠陽は驚き、その表情を歪ませる。

 

「――ったく、此処に至って生者の心配か。何処までも救い難いな、お前は」

「そういう性分だ、死んでも治るものではないから仕方あるまい。これから去り逝く者の戯言だと受け取ってくれ――」

 

 既に冬川雪緒の体は薄く透き通り、末端から光の粒子となって消えて逝っている。

 恐らく次に交わす言葉が今世最後の言葉になるだろう。二人共そう確信し、互いに万感の想いを籠めて口にする。

 

 

「――じゃあな、悠陽。後は任せて良いか?」

「――愚問だな、雪緒。迷わず往生するが良い。精々土産話を楽しみにしていろ」

 

 

 此処に、魔都『海鳴市』にて奇妙な友情を育んだ二人は別れの言葉を今度こそ交わす。

 死者さえ平然と闊歩する異常な夜だからこそ機会無くして途絶した言葉を交わす事が出来た皮肉な巡り合わせに『魔術師』は寂しげに笑った。

 

 冬川雪緒の物語は在り得ざる『再演(ラスト・ダンス)』を経て『終幕(カーテン・コール)』を迎えた。

 友の最期を自身の魂に刻み付けて『魔術師』は先に進む。希望を託された以上、託された者は前に進むしかない。

 

 ――人生は短い。途中下車なんて日常茶飯事だからこそ、二の足で歩ける内に進むしかない。

 一足先に自由になった友を忘れずに、遥か先にある『大団円(グランド・フィナーレ)』に向かって走り続ける。

 

 幸いな事に自分一人ではない。頼れる者達に負債を押し付けながら人生という短い道程を踏破するとしよう。

 これが『うちは一族の転生者』による史上最大規模の即興劇の『終幕』であり――『魔術師』の常闇に封鎖された光無き視界には薄っすらと、新たな絶望の具現たる『赤い線』が静かに脈動していた――。

 

 

 

 

 ――ふと、目が覚めた。

 

 朝焼けは深い霧に遮られ、意識は何処までも朧気で不確か。体の方も少し動かすだけで全身から激痛が走る。

 よくもまぁ余命幾許も無い病身を此処まで徹底的に叩きのめしてくれたものだと、私は私を横抱えする人に文句を言いたくなる。

 

「……ん、起きたか?」

「……うん。少し、長い夢を見ていたみたい……」

 

 そう、長い悪夢に魘されていたんだと思う。

 今代の私はやはり敗北した。全てを裏切って、全てを捨ててまでやろうとした事は、唯一捨てれなかった者に打ち破られ、盛大なまでに御破算となった。

 

 ――本当に、何処までも憎たらしくて愛しい人。私はまたもや届かなかった。

 

「……夢の中の私はまだ諦め切れないで、別の世界で足掻いたの。……結果は酷い結末、歴代一位二位を争う惨敗っぷり……」

 

 ただでさえあの『正義の味方』は規格外だというのに、それと敵対する筈の『偽悪者』にまで邪魔されては為す術もあるまい。

 もうそれだけで泣きそうになるぐらいなのに、自分の方に更なる制限がある始末だ。万全な状態でも敗色濃厚だろうに。

 

 その条件下を定めた者がいるとするならば、ソイツの性格の悪さは折り紙付きだろう――。

 

「……お前は何処の世界に行っても迷惑な奴だよな。散々人の事を振り回しやがってさ――」

「……そうね。それを理解しているのなら――私の身柄を『彼等』に渡せば、君は『英雄』になれるよ――」

 

 そう、今の私は史上最悪の戦争犯罪者。全ての『尾獣』を奪って、全ての里に甚大な被害を齎した第四次忍界大戦の主犯、この世界を滅ぼそうとした『世界の怨敵』――。

 

 

「――誰が渡すかよ。誰が『英雄』なんかになりたいと言った? そんなモノ、糞食らえだ」

 

 

 それなのに、彼は怒った口調で断言した。

 私を庇ってしまえば『英雄』から転落して『世界の怨敵』になってしまうのに、この私に残された時間はもう限り少ないのに――。

 

「それに今更『正義の味方』なんざ名乗る気も無ければその資格すらねぇよ。オレはオレの一存でお前の願いを否定し、完膚無きまで阻止した。――兄を救いたいという願いを知っているのに関わらず。それがオレ達にとって唯一の救いだって事を知っているのに関わらず、だ……」

 

 ……それが、この世界における私の最大の敗因である。

 

 君とさえ出遭わなければ、私は私のまま事を完遂出来たのに――君と一緒に居て、一緒に歩いて、一緒に言葉を交わして、一緒に笑って、一緒に居られずにすれ違って――君を、心の底から愛してしまったから、全ての歯車が狂った。

 君を愛する資格なんて私には無かったのに、君をこの地獄に落としたのは他ならぬ私なのに、最後に立ち塞がるのは君だと解っていたのに、私には君を殺す事がどうしても出来なかった、君を殺す事なんてやっぱり出来なかった。

 

 だって、私の戦う理由は『愛』なのだから、敗れる理由も同じく『愛』なのだろう――。

 

 

「――それでもオレは、お前と一緒に生きたかった。お前のいない世界に、何の意味も見い出せなかった。オレはそんなオレの我侭で、お前の願いを台無しにしたんだ」

 

 

 ――それは余りにも当然過ぎる、最初から約束されていた破滅だった。

 

 

「……ホント、酷い人。その自分勝手さは、誰に似たのかしら……?」

「どう考えてもお前だろう。そんなお前が好きだから、いつの間にかこんなに似ちまったんだろうな――」

 

 ――涙が自然と溢れてくる。

 ……ごめんなさい、兄様。ルイはまた、挫けてしまいました。貴方を救う事が、また出来なかった――。

 

「……敗者が勝者に従うのは世の常。良いわ、今生限り私を好きにして――」

 

 ――死が二人を分かつまで。文字通り、それで終わり。

 もう数年の時も生きられず、死んだ後の私には無限の次が用意されている、けれど――。

 

「……それで、さ。私は、その……君の事を――ヤクモの事を、好きになって、良いのかな――?」

 

 その答えは言葉ではなく、無言の口付けであり、私は目を瞑って身を委ねるのだった――。

 

 

 


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