――それは『貴方』の過去の物語。『貴方』の周りには、沢山の『仲間』が居た。
ロビーには数え切れないほどの『仲間』が居て、絶えず会話の華を咲かせている。
所属するチームもばらばらで、共通目的さえない、謎の集団――されども、緊急警報が鳴り響けば、『貴方』とその『仲間』達はどんな困難もたちまち解決してしまう。
――私達が成す術無く蹂躙された眷属の群れを、タイムアタック扱いで撃破数を競い合ったり――唯一人辿り着いた『貴方』が文字通り血反吐を吐いた激闘の末に撃破した本体を、『貴方』とその『仲間』は何も行動させずに一方的に解体し――私達が苦戦するしかなかった別の眷属を、分刻みで馬鹿げた数の屍を築き上げて――『貴方』に頼るしかなかった別個体の本体を、『貴方』とその『仲間』は最適解で対処して撃破までの秒数を更新し続ける。
……余りにもあんまりな光景に、絶句する。
誰も届かない、誰も敵わない、最強無敵の『貴方』に匹敵する『仲間』達が、此処には幾らでも居たのだから――。
だからこそ、『貴方』の言葉にしなかった落胆と失望を今、深く深く思い知る事となる。
今の『貴方』には、当たり前のように一緒に居た『仲間』達が誰一人残っておらず――誰も今の『貴方』には追いつけてないのだから――。
――『2回目』の人生での、冬木における第二次聖杯戦争に参加した折に召喚した『彼女(セイバー)』を再召喚する事に関して、『魔術師』神咲悠陽はかなり否定的だった。
既に『彼女』との『運命』の夜は終わっており、次に召喚する時があれば一緒に死ぬ時だと決めていた事もあり(事実、『救済の魔女』が顕現した時に召喚した時は死に遂げる前提だった)、例えその機会が巡って来ようとも覆すに足る理由が無い限り、『彼女』を召喚する事は無いと断じる。
それにサーヴァントは英霊の座にいる本体の写し身。コピーされた分霊、陽炎の如き消え逝く影法師に過ぎない。
サーヴァントとして経験した事を英霊の座に持ち帰る事もあるそうだが、そこに連続性は無い。つまりは、再び召喚した同一人物であっても同一存在ではないという事だ。……一期一会、あの夜に召喚した『君』は、あの時にしか存在し得ない一度限りの『奇跡』だ。理屈の上では痛いほど理解している。
……ただ、再び召喚した『彼女』には、ある筈の無い記憶の引き継ぎ、確かな連続性を感じられた。『彼女』が戦闘記録を座に持ち帰り、本体にも強い影響を与えた、などと自惚れる気にはなれないが――この世界にもあるかどうか解らない英雄の座からではなく、分解せずに永遠の揺り籠になっている自身の聖杯から召喚されたと考えるならば――いや、我ながら女々しい。未練がましいにも程がある。死で分かたれた物語にそれ以上の何かを求めるなど愚かしい。
――と、自分を納得させようとしていたが……今現在、『3回目』の人生を歩んでいる自分達は、死が分かつとも紡がれている奇異な物語の最中なので説得力皆無である。穢土転生された実の娘を許容してしまったので問答無用なまでの論理破綻である。
そして海鳴における『第二次聖杯戦争(発端は別の人だが、その他全ての段取りは『魔術師』担当)』という降って湧いた絶好の機会が訪れてしまい、「大凡もう二度と訪れない好機(この魔都だとどうだろう?)だし、多少血迷っても仕方ないよね?」と、『魔術師』神咲悠陽は珍しく己の欲望に忠実に従う事にした。
「――その気になっていた『魔術師(貴方)』の姿は、実にお笑いだったぜ! ……ああ、でも、彼のサーヴァントは『私』の仕込みじゃないんだよなぁ。一体何処の世界線で縁を結んだのやら」
「――納得いかーん! どうしてこう、いつもいつも我が蚊帳の外なのだ!?」
「どうどう。ディアーチェ、落ち着いて下さいな」
「これが落ち着いていられるかユーリ! 紫天の書の主である『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』に、何故、令呪が宿らんっ!?」
この魔都でも有数の危険地帯と名高い、丘の上の幽霊屋敷――魔都を魔都たらしめる最大の要因である一個人、『魔術師』神咲悠陽の魔術工房にて、何処ぞの子狸……もとい子鴉(夜天の書の最後の主である八神はやて)と瓜二つの少女、ディアーチェは高々と不満をぶちまけていた。
同じマテリアルの一基にして臣下の――フェイト・テスタロッサと瓜二つの少女レヴィは呆れ顔で「あーあ、まーた始まったよ」「本当に仕方ない人ですね」と高町なのはと瓜二つの少女シュテルは表情を動かさずに率直な感想を述べる。
「令呪の配布は『主催者』側の優先権を除けば基本的に運が絡む。ある程度の魔術的素養によって優先順位が違うがね」
それに正面から受け答えるのは自前の椅子に腰掛け、優雅にコーヒーを飲む――常に両眼を瞑っている和服姿の赤髪の青年、この魔術工房の主である『魔術師』神咲悠陽その人である。
……なお、この返答の時点で、激昂するディアーチェ以外の者には『主催者』であるからこそ『魔術師』の左手の甲に令呪が刻まれているという共通認識が既に芽生えている。
「――『魔術師』、貴様、この我にサーヴァントを従える素質が無いとほざくかっ!?」
「いいや、君の魔力量はオリジナルである八神はやてと遜色無い。『聖杯』からのバックアップが無くともサーヴァント1騎程度を現界させるのは容易だろう」
馬鹿にされたと怒りのボルテージを上げるが、返ってきたのは珍しい事に素直な称賛であり、ディアーチェを困惑させる。
「私の魔力貯蔵量でもサーヴァント2騎を同時運用するのは無理がある。故にロード・ディアーチェ、素晴らしい提案をしよう――マスター権を譲り渡す代償に、魔力供給の肩代わりをお願いしたい」
あの『魔術師』神咲悠陽が、この自分を頼る? 彼からの驚愕の提案に、ディアーチェの思考回路が派手にバグる。
「は? それは、どういう――」
「この私の代行として、君自身の采配でこの『聖杯戦争』を征してみせよ、という話さ。君ならば簡単に出来るだろう?」
「ふ、ふんっ、この我を誰だと思っている!? 紫天の書の主『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』ぞ! 凡百の雑魚どもから『聖杯』を勝ち取る事など朝飯前よ!」
上手く煽てられて乗せられ――素直になれない子供じみた承認欲求が満たされて「あーっはっはっは!」と馬鹿笑いするディアーチェの姿に、金髪幼女のユーリ・エーベルヴァイン(実はこの屋敷の中で最もやばい超性能の『砕け得ぬ闇』)は「ディアーチェは可愛いですねー」と屈託無く笑い、「ちょろい!」「レヴィ、しー、です」と二人も愛しているが故に割と酷い反応である。
そう、この中でディアーチェだけが――海鳴市における第二次聖杯戦争の『仕掛け人』にして『聖杯提供者』であり『霊地提供者』にして『黒幕』である事に気づいていないのである! 今までも手酷く騙され続けているのにどうして気づかないのだろう?
「あれれ、御主人様。変則契約によるパスの二分割、天才と名高いケイネス先生の真似事なんて出来たんです?」
『魔術師』の第一の使い魔であり、シュレディンガーの猫の性質を取り込んで真の不死身となっている吸血鬼エルヴィは相変わらず猫耳メイド服というマニアックな格好で給仕し、率直な疑問を自らの主人に投げかける。
「ケイネス・エルメロイ・アーチボルトのそれはまさに天才の発想だが、その前例を知っているのならば猿真似など容易いだろう。――それにサーヴァントを召喚するのは、これで3度目だぞ? 個人でこれほど多く召喚した者など他にいないだろうさ」
とある特異な世界線(FGO時空)を除けば、個人で聖杯戦争に3回参加している魔術師など他に存在しないだろう。
そしてエルヴィは自らの主人が型月世界の魔術師として万能(器用貧乏)に等しいほど数多の魔術系統を幅広く刻んでいる事を知っている。降霊術にも秀でているとは初耳であるが――。
「それで、俺はどうすれば良いんだ? マスター」
ソファに腰掛けながらただならぬ威圧感を漂わせるのは、相変わらずアロハシャツを着こなす青髪の槍兵――前回の記念すべき1回目の聖杯戦争を実質勝ち抜いたが故に此度も現界し続けている『ランサー』のサーヴァント、原作のFateで自害する事に定評のあるアイルランドの大英雄クー・フーリンであり――。
「ランサー、君には同盟者の援助を要請しよう。不服はあるかな?」
「子守ではあるが、異存は無いな。裏でこそこそ動き回るよりは遥かに俺好みだ」
此処最近は『魔術師』と一緒に暗躍続きで切望する真正面からの死闘に有りつけずにいたランサーは清々しい笑顔で承諾し、「誰が子守だー!?」「元気だなぁ嬢ちゃんは」とディアーチェを子供扱いしてからかう。
「……お父様、あの『聖女』を召喚しますの?」
最後に、『魔術師』の方針に唯一不満を抱く――今生『魔術師』の実の妹、前世『魔術師』の実の娘、1回目も実の娘である現在12歳の少女・神咲神那は不貞腐れた顔で口を尖らせ、言葉にせずとも抗議する。
「前衛と後方火力は充実しているのだから、敵サーヴァントの宝具を防御するメイン盾運用としてはベストな配役だろう。神那、個人的な不満以外の反論はあるかな?」
「……無いですよーだ。じゃ、私は不貞寝しますので」
普段着の黒い着物を翻し、神那は居間から一人退出し――「あれま、神那様のへそ曲げですよ!」とエルヴィに揶揄されるも、『魔術師』は無言でスルーする。……難しい年頃である。前世と前々世合わせて何歳になるかはさておき。
「それじゃ始めるぞ――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」
居間のテーブルなどを全員で撤去し、床に例の魔法陣を手早く刻んだ『魔術師』は自身の魔術回路を励起させ、手慣れた詠唱を紡ぐ。本家本元であり、尚且つ経験者であるのだから淀みは一切無い。
「――誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」
今回も英霊召喚の際に使用する触媒は用意していない。純粋に術者の縁のみの召喚にする事で、自身にとって最も相性の良い英霊を召喚する。
前世からの絶対的な縁によって結ばれた、最愛のサーヴァントを意図的に呼び寄せる。謂わばこれは確定ガチャ扱いなのである。
召喚陣からエーテルの光が迸り、絶大な魔力を持つ『何か』が現界する。
確実に当たりを引き当てたと『魔術師』神咲悠陽は確信し――今になって、『彼女』にどんな言葉を紡ぐか、この土壇場になって思い悩む。
この前の最後が最期だけに、気恥ずかしいというか、恥知らずでもあるし、ああ、もう、煮え切らない自分が嫌になるが、出た処勝負だ。今度は絶対に最期まで口説き落としてやると前回の復讐を強く誓い――。
「――召喚に従い、参上しました。此度は『アーチャー/ルーラー』クラスで現界しましたので宜しくお願いしますね、ユウヒ」
「……は? は――?」
現れたのは金髪赤眼の美少年サーヴァントであり、あの『魔術師』を思考停止に陥れたのは、うん、期待を裏切られた落差的に仕方ない事だった。