「――!? ――っ!」
操縦席から無数の触手が『ライダー/アヴェンジャー』の体に纏わり付いて拘束し、身動き一つ取れずに縛り付けられる。
更には触手の一本が口元に巻き付き、言葉も封じられる。何なのだ、この無様極まる醜態は。ただでさえ生き恥を晒して召喚されたというのに……!
――否応無しに理解する羽目となる。自分の駆る『コレ』が『魔を断つ剣(デモンベイン)』では無いと。
それ処か、本来騎乗していたデモンベイン・トゥーソードも、邪神の化身の一つである『邪神の歯車(チクタクマン)』? ――何なのだ、この道化は。これでは本当に、幻影を追い掛けて嘲笑される『騎士狂い(ドン・キホーテ)』ではないか……!
――これを仕組んだ『黒幕』たる『セイバー/ビースト』の演説を全力で藻掻きながらも聞き続けて――瞬時に何かを狙っているであろうクロウ・タイタスと『大十字紅朔(アナザーブラッド)』の意図に気づき、その瞬間を刻一刻と待つ。
そしてそれは『ライダー/アヴェンジャー』の予想通り、何の脈絡も無く、唐突に行われた。
『――令呪を以て命ずる。全力で抵抗しろ『ライダー』!』
マスターから切られた令呪を魔力源に、囚われの身ながらも『ライダー/アヴェンジャー』は最大級の抵抗を巻き起こし――間髪入れずにクロウ・タイタスによる狙いをつけずに早撃ち――無防備な『セイバー/ビースト』の生身を狙った即死の魔弾は、『ELS融合侵食型デビル・ガンダム』の剛腕によって呆気無く防がれた。
「中々良い使い方でしたし、そう悲観する程でもありませんよ? 『通常』ならば防御行動が阻害され、楽に仕留めていたでしょうねぇ! 今のこの『私』は限り無く最弱に等しい身ですので!」
そんな馬鹿な、と。……この結果に、一番驚愕したのは『ライダー/アヴェンジャー』であった。令呪まで用いた必死の抵抗は、何一つとして行動阻害にならず――。
「まずは大前提を話しましょうか。『ELS侵食融合型デビル・ガンダム』は精神に反応する『ディマリウム合金』の特性を前提として持っている為、特別な『先天的素養』が無くとも――それこそ、強い精神の持ち主ならば誰にでも扱える仕様となっております。そうでなければ別サーヴァントである『私』が扱えないですからねぇ?」
虚言、ではない。『セイバー/ビースト』の嘲笑はそれが逃れようのない真実であるからこそ、深く深く突き刺さる。
「さて、此処で疑問となるのは、何故『ライダー/アヴェンジャー』が令呪を1画使用したのに関わらず、抵抗一つすら出来なかったのか。答えは至極簡単ですよ、此処に召喚された『彼』は幻霊以下の塵屑に等しい存在規模だからです。――心当たりはありますよね? クロウ・タイタス、大十字紅朔。これは貴方達の罪の具現ですよ」
――本来ならば、『ライダー/アヴェンジャー』が駆るデモンベイン・トゥーソードに対し、クロウ・タイタスが駆るデモンベイン・ブラッドでは到底太刀打ち出来ない。
生来の素養が違いが如実に出て、相当の苦戦を強いられただろう。だが、そうはならなかった。『大十字紅朔(アナザーブラッド)』さえも「有り得ないほど弱い」と評価するほどデモンベイン・トゥーソードは余りにも弱々しかった。
その理由はデモンベイン・トゥーソードが『セイバー/ビースト』が急造した模倣品に過ぎなかったから、ではない。無駄なほどの凝り性で機体再現しているせいで、機体性能は本物と何一つ相違無い。ならばこそ――。
「――そう、この『彼』は、クロウ・タイタスが大十字紅朔の存在を確立した影で、人知れず消え果てた『潰えた血(アナザーブラッド)』。哀れにも剪定された存在であり、『這い寄る混沌』にすら利用価値無しと判断された屑星ですとも!」
その『ライダー/アヴェンジャー』は本来の流れから分岐したifの物語。既に『解決済み(手遅れ)』で消え果てた物語。本物と偽物が反転し、大十字九朔が幻影に沈んだ結末。この魔都で特異な物語を紡いだからこそ途絶えた物語の一端。
「余りにも因果が薄いので、『邪神の歯車』の除去作業すら必要無かったですよ。ああ、逆に存在が薄すぎるのでサーヴァントとして成立させるのに一苦労しましたがね! ――『彼』が『アヴェンジャー』クラスとして成立している理由は、最早言うまでもないですよね?」
その事実を認識した途端、体が重く、力が一切入らなくなる。其処にあるのに自身の身体が薄れ、今にも消えてしまいそうな錯覚に陥る。
……寒い。凍えて、割れてしまいそうだ。次の瞬間には砕け散って消える幻覚を目の当たりにし――精神を蝕む恐怖で、悲鳴にならぬ絶叫をあげる。
「――その『彼』を『ELS侵食融合型デビル・ガンダム』の核にしていますので、何の気兼ね無く葬れますよね! 元々貴方達が判断した末の結果ですし、直接葬る事に何の憂いも無いでしょう!」
――嗚呼、召喚された時にクロウ・タイタスと共にある『大十字紅朔』を目の当たりにして、真っ先に抱いた感情が憎悪だった。
自身の席を奪って『大十字紅朔』として成立した彼女を憎んで、それを手助けしたクロウ・タイタスを強く強く憎んだ――。
「――『彼』の手には元から『魔を断つ剣』など握られていないですし、『彼』は『魔を断つ剣』に永遠に成り得ない。嗚呼、何とも残酷な物語ですねぇ!」
そんな彼等が、この地獄を解放してくれる唯一の救い手なのは、皮肉以外の何物でもないだろう。
一秒でも早く、一思いに介錯して欲しい。……いやだ、死にたく、ない。消えたく、ない。まだ、何も、何も――!
『――言いたい事はそれだけか? それじゃ『ライダー/アヴェンジャー』、少し待ってろ。今、助ける!』
――何を、この状況で何を、自身を虚構に堕とした張本人が、一体何を言っているのだ……!
「わぁ、何とも煽り甲斐の無い『正義の味方』だなぁ。それじゃ時間稼ぎ兼お約束として聞いておきますか。――どの面下げて、今更手を差し伸べるのです?」
まともな状況判断が出来るなら、この状況で誰を切り捨てるべきか、全員が全員、解っているだろう。……歴戦の兵であるクロウ・タイタスがその判断を出来ないとは到底思えない。
――だって、貴方は、自分の方には手を、差し伸べてくれなかったではないか……!
『……凡人の手の届く場所なんてたかが知れている。それは凡人の代表例である俺自身が、一番痛感している事だ――だからこそ、手の届く場所に泣いている子供が居たのなら! その理由が例え自分にあっても――助けない理由なんざねぇんだよォッ!』
そう言って啖呵を切るクロウ・タイタスの姿に――記憶の中でしか識らぬ『父』の姿と重なる。……酷い錯覚だ。許容出来ないぐらい、酷い幻覚を見せられている。
『……はぁ、本当にしょうがないわね、クロウ。助け出す『相手』に関しては本当に気に食わないけど、半分以上私のせいでもあるし――何よりも私達に助け出された『騎士殿』の反応が面白そうだから、ね?』
『まるで『古本娘(母親)』の如くツンデレ乙』
シスターからのツッコミに『ツンデレじゃないし!?』と珍しく紅朔が狼狽する。
『そうか、それでこそクロウ・タイタスだ。――助太刀しよう』
『え? いや、『大導師』……?』
『……貴方、まだ居たの?』
此処でまさかの――『大導師』の駆るリベル・レギスが再び参戦し、クロウ・タイタス達を大いに困惑させる。……紅朔の反応は、余りにも酷すぎるが――。
『一体何を企んでいるのです? もう既に解っているでしょうに。此度の劇に『貴方の神』は一切関与してませんよ』
『逆に好都合だとも、シスター。『我が神』への反逆を企てずに済んだのだからな――』
『大導師』から出た発言には、この場にいる全員が驚愕する。生粋の狂信者である本来の『大導師』からは絶対に出ない言葉だったからだ。
『――マスター! 奴等に協力などっ、何を世迷言を!?』
『すまんな、我が魔導書よ。最初から『アルターエゴ』として召喚された時点で全力で血迷っている状態なのだ』
まるで理不尽に怒る子供をあやすかのように、優しく諭すように『大導師』は自身の魔導書である『ナコト写本日本語版』に語りかける。
その様子を、『神の視点』で俯瞰していた『セイバー/ビースト』は思わず舌打ちする。
「――なるほど、本体の一側面を切り抜いて成立させた『アルターエゴ』クラスで召喚されたのは、そういう事ですか。『私』の手から逃れた抑止力の具現――『大導師』、貴方はどう足掻いても『黒の王』にはなれない。絶望を識らないが故に届き得ない」
『母(アル・アジフ)』の記憶にもある、生来の素養の不一致の記述。『黒の王』を目指しながらも、完成する事の無い『大導師』は自らの『神』に見捨てられ――。
『――ああ、されども、絶望を識らぬが故に『白の王』には届き得る。『我が神』のお墨付きだ』
リベル・レギスの絶対零度の手刀が目前の空間を引き裂き――その中から、捻じ曲がった神柱/狂った神樹/刃の無い神剣/を取り出す。
『――荒ぶる螺旋に刻まれた、神々の原罪の果ての地で、我らは今聖約を果たす。その切実なる命の叫びを胸に、『祝福の華』に誓って――』
――瞬間、リベル・レギスの機体が黄金に染まる。紡がれる聖句は、絶望の魔人であるマスターテリオンのものではなく、大十字九郎と同じもの……!
「――シャイニング・トラペゾヘドロン! ――『黒の王』ではなく『白の王』として『第零封神昇華呪法』を行使するか! それならば問答無用で『ELS侵食融合型デビル・ガンダム』ごと『私』を屠れるというのに!」
『セイバー/ビースト』が吼える。驚愕/激怒/嘲笑/憎悪が沸き立つ。
核である『ライダー/アヴェンジャー』ごと葬る選択肢を取れば、この第二の舞台で終幕させられるのに。その愚かな/尊い選択を前に、全身全霊を賭けて阻止に動く。
『――クロウ・タイタス! 諸々の露払いは私が務めよう! 『ライダー/アヴェンジャー』、いや、大十字九朔の救出は任せるとしよう』
『まさかまさかの、本当にテメェと共闘とはな!? 今でも本当に信じられねぇが――!』
『生前の因縁さえ乗り越えて紡がれる稀有な物語――まさに『聖杯戦争』の醍醐味よな!』