「『赤』の『ランサー(カルナ)』、『赤』の『ライダー(アキレウス)』、『赤』の『アーチャー(アタランテ)』が真っ先に脱落するのは自業自得の必然だね。『赤』の『アサシン(セミラミス)』の毒で夢の世界に旅立ったマスター達の処理など一秒も掛からないし、此方としては始末しない理由が無い。……同じ陣営同士でも不和の種を解消出来ないのに、敵対陣営のマスターへと鞍替えなど承認出来る筈も無く――捨て石として道中で切り捨てるしかあるまい」
――遥か彼方の天座から、無感動な独白が流れ込む。
彼等の尊き挺身を、無駄死になどで終わらせない。
……彼等の犠牲無くして、道中の血路は切り拓けなかった。
『空中電脳庭園SE.RA.PH』に配置された無限に等しい悪性情報の軍勢は、魔力供給が途絶えた現状では太刀打ち出来る物量ではなく、あらゆる局面で残酷な選択を迫られた。
「次に脱落したのは天草四郎時貞及び『赤』の『アサシン』。随分と仲の良い事で、という皮肉はさておき――受肉しているとは言え、サーヴァントがサーヴァントを使役するのは規格外のキャスターでなければ効率悪い愚行だ。『赤』の陣営の大半が魔力消費の多い、格の高いサーヴァントだったが故に『赤』の『キャスター』を除いて早期脱落となるのは当然の成り行きか」
英霊として人類史に名を刻みし者として、彼等もまた後に続く者に希望を託して逝き――「『赤』の『キャスター』は主変えに速攻賛同したので、案外長持ちしたね」――既に勝利が確定している『黒』の『アサシン』にとっては、その程度の感想にしかならない事に、並々ならぬ怒りが湧く。
「『黒』の陣営のサーヴァント達の頑張りは表彰級だが、メイン盾の『黒』の『セイバー(ジークフリード)』が崩れてからは戦線崩壊、質の低さ故に長持ちしたがジリ貧である事には変わりなかったね」
自ら潜り込んでいた『黒』の陣営に対しての感想はそれだけであり――中央部に迫る毎に押し寄せる悪性情報の質が向上し、最終的には英霊級の影法師まで続出する始末であり、誰がどの順番に脱落したなど、最後まで生き残った『彼女』自身も把握出来なかった。
――されども、辿り着いた。『黒』の『アサシン』が待ち受ける最深部に、天座失墜した月の玉座に。
「……まぁ予想はしていたがね。最後に残ったのは君か、『裁定者(ルーラー)』――」
全てのサーヴァントを『敗残兵』と見下していた者からは想像出来ないほど、言い知れぬ感情の籠もった声に一瞬疑問符が浮かぶが――『裁定者(ルーラー)』ジャンヌ・ダルクが『黒』の『アサシン』と直接対峙した事により、全てに納得が行く。
「……ええ、『黒』の『アサシン』――いいえ、エクストラクラス『復讐者(アヴェンジャー)』、真名『この世全ての悪(アンリ・マユ)』……!」
黒い和服の赤髪青年の中に孕んでいるのは、『世界を滅ぼせる数十億の呪詛』そのものである――
「――、……なるほど、『ルーラー』のクラススキル『真名看破』で見抜かれる真名は、依代ではなく降霊された存在となるか」
『黒』の『アサシン』が『裁定者』との接触を絶対回避したのは当然だ。
この真名を見抜かれた時点で紛れ込んだ『異分子(イレギュラー)』だと判明し、『第三陣営』の勝利が消滅してしまう。
「それでは改めて自己紹介を。疑似サーヴァント『アヴェンジャー』、真名『アンリ・マユ』――拝火教の悪神の名を冠しているが、当然ながら神霊本体ではない。人間の体を触媒にした強引な英霊召喚方式によって成立している。現地人に憑依して現界するよりは安定しているが、特例中の特例、無理筋の召喚方式である事には変わるまい」
自分と似て非なる方式での召喚なのは、この存在の『例外(イレギュラー)』さの証明であり――。
「――今、確信しました。私がこの『聖杯大戦』に召喚された、本当の理由を――!」
自分の異例の召喚が、この『世界の怨敵』を討滅する為の『抑止力』である事を、ジャンヌ・ダルクは確信する。
『ルーラー』の刺し違えても道連れにする決意とは裏腹に、『黒』の『アサシン』改め『アヴェンジャー』は――。
「……随分と的外れな『啓示』だね。魔力不足でクラススキルが劣化してるのかい? 君が変則的な形で召喚されたのは、他の『聖杯戦争』で召喚された違法『裁定者(ルーラー)』天草四郎時貞に対する『抑止力(カウンター)』だ。全人類に遍く『第三魔法』の奇跡を授ける『人類の救済』を阻止するのが君の使命であり、別の人理崩壊案件を抱えている私とは無関係だ」
……あの胡散臭い違法ルーラー、そんな巫山戯た事を画策していたのか!?という驚愕はさておき――。
「私が『抑止力』によって召喚された疑似サーヴァントであり、人格の全てが依代になった人間のままであるのは余談かな?」
……この発言は致命的におかしい。ただの虚言、と切って捨てるには、致命的な違和感を覚える。
「……これまでの行動全てが『この世全ての悪』に精神汚染された結果ではない、と?」
「そもそもの話、私の中に降ろされた『最弱の英霊』は『この世全ての悪』という役割を一身に背負わされた、名も無き生贄だからね。その程度の代物に揺らぐ精神性など最初から持ち得ていない」
一体、何を言っているのか、理解が追いつかない。
今までの破滅的行動が人間の精神では到底耐えられない『この世全ての悪』という邪悪な神性に精神汚染された結果ではなく、正常な精神性で事を完遂させたのならば――元となった人格は、正常な人間としてどれほど破綻していたのだろうか……?
――否、それは今、考えるべき事ではない。今、やるべき事は――。
「君といると囀る口が軽くなって仕方ない。余計な事を口走ってしまう前に――無駄な抵抗、どうぞ?」
「ええ、それでは――『主よ、この身を委ねます』」
この至高の玉座ごと、我が身を犠牲にして『アヴェンジャー』を討滅する――!
「一般人に憑依した状態で初手『自決宝具』とか、相変わらずの猪突猛進っぷりに感動すら覚えるが、私は天草四郎時貞じゃないんだぜ? 『再演(リプレイ)』――固有結界『忘火楽園』」
自身の最期を再現する固有結界の亜種『紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)』に対し、『アヴェンジャー』が切った札もまた固有結界、それも継承元の未加工状態、『自分以外の心象世界の具現』であり――2つの心象世界が正面衝突し、共に世界をせめぎ合うように侵食する。
――本来ならば、『聖杯』と接続したサーヴァントの捨て身の攻撃すら相殺出来ずに『大聖杯』の8割以上破壊出来る最期の一撃を、『アヴェンジャー』の固有結界は完全に無効化する。
「……! 炎が、無力化されている? 既存概念の改変――!?」
「そうだね、互いに焼死が死因であるからには、この固有結界では勝敗がつかないな」
己の生命と引き換えに生み出す焔に対し、固有結界『忘火楽園』は嘲笑うかの如く炎という全てを焼き尽くす概念を無効化する。
実際、元の持ち主にして『今回における全ての元凶』は嘲笑っていただろう。「――我が娘ながら末恐ろしいな。この固有結界、『紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)』の専用&完全メタじゃねぇか。どれだけ計算済みで継承させたんだか……?」と、『アヴェンジャー』は眉を顰めて戦々恐々していた。
――停滞は一瞬。自決宝具での決着が不可能である以上、『ルーラー』は即座に突進する。静止する『アヴェンジャー』目掛けて、一身に――自身の心象風景を剣として結晶化させた聖剣を、彼の心臓に向けて。
「――まぁそうなるよな」
『アヴェンジャー』は一切動かない。予想外の行動で反応が遅れたのか、否、『彼女』ならそう来るであろう事を全知した上で動かず、自ら望んでその聖剣によって心臓を穿ち貫かれた。
「――『偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)』」
瞬間、自身の宝具の使用条件を満たした事により、即時発動、原初の報復の呪いは『ルーラー』の規格外の対魔力すら貫いて、同じ致命傷を彼女自身に刻んだ。
「――、え……?」
「自身が受けた傷をそのまま相手に返す、『報復』という名の原初の呪い――『抑止力』曰く、『討伐対象』諸共死ねとさ。まぁ唯一の突破口にして最適解である事は認めるがね」
『アヴェンジャー』は微動だにせず「うん、当人が称した通り、クソッタレの三流宝具なのは相変わらずだなぁ」と率直な感想を述べる。
焔の聖剣が幻想の如く崩れ消えて、二人の固有結界もまた同時に消滅する。心臓と霊核が破壊され、力無く仰向けに倒れる『ルーラー』を、同じ状態の『アヴェンジャー』は微動だにせずに立ち続けて見下ろす。
「この宝具の発動は対象一人に対して一度きり――とどのつまりは、再度発動した効果に関しては『適応外』となる例外処理が発生する」
『アヴェンジャー』は心底残念そうに「それ以外の状況ならば、運命共有なのだがね?」と付け加える。
「――『偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)』」
心臓と霊核を穿ち貫かれ、致命傷を負った『アヴェンジャー』の状態が、無傷の状態に復元する。
一度目は致命傷を意図的に負った『アヴェンジャー』から『ルーラー』であり、このニ度目は無傷のアヴェンジャーから『アヴェンジャー』にであり、傷の共有が途切れた『ルーラー』は致命傷を負ったまま、世界を騙し切った大詐欺を呆然と見届ける。
「――ああ、言ってなかったけ? 『大聖杯』から『穢土転生体(自身と寸分違わぬ霊基)』、回収済みだとも」
最初から『穢土転生体(自身と寸分違わぬ霊基)』で対峙しなかったのは個人的な感傷であり、此処に辿り着けた事に対する報酬及び慈悲であり、同時に無慈悲な死刑宣告でもあった。
一回の現界に対して一回限りの確殺手段――『抑止力』すら予期してない、禁断の『偽り写し記す万象(ヴェルグ・アヴェスター)』ニ度打ちである。