転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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36/大波紋

 

 

 

 

「アリ、ア……!」

 

 もう冷たくなった双子の猫の死骸を抱き締め、ギル・グレアムの使い魔であるリーゼロッテは静かに涙を流す。

 こんな形で死別する事になろうとは、本人達も思ってはいなかっただろう。

 長年一緒に居た者の死の喪失感に慟哭し、その胸に深い憎悪の炎が灯る。

 

「許さない、絶対に許さない……!」

 

 父の悲願よりも、今は双子の姉妹の復讐を優先する。

 使い魔としてあるまじき決断だが、あの赤髪の少年、苦しみ悶えるリーゼアリアを見向きもせずに殺した怨敵をこの手で――。

 

 

「――ありゃりゃ、同じ猫仲間としてお悔やみ申し上げますわ。酷いですねぇ、猫にこんな仕打ちをするなんて」

 

 

 その猫耳のメイド姿の少女はいつの間にか彼女の前に立っていた。

 赤紫色の髪をツインテールにし、鮮血より色鮮やかな真紅の瞳に愉悦の色を浮かべ、黄昏の化物の如く笑っていた。

 

「貴方の復讐、ご主人様の命により強力にお手伝いしに来ました。まぁ悪魔の甘言の類ですけど、お話聞きますか?」

 

 

 36/大波紋

 

 

 ――手始めに、『異端個体(ミサカインベーダー)』は電撃の波を放つ。

 

 十億ボルトに達する回避不可能の面攻撃は廃ビルを無慈悲に蹂躙していき、されども左眼を瞑った『過剰速写』は一歩も動かずに電撃の波を切り払い、やり過ごす。

 電撃の波を薙ぎ払った透明な右手の存在を、『異端個体』は感知する。

 

(あれまぁ、能力で弾かれた? 一瞬だけ輪郭見えたけど不可視の右腕っぽい? ――まさか『聖なる右』……? いや、仮にも超能力者だし、それは無いと思うけど)

 

 それはRPGのコマンドに『倒す』がついてるようなデタラメなので、使われた時点で『異端個体』の敗北は決定するので多分違うだろう。

 続けて『異端個体』は電撃の槍を生成し、幾つもぶん投げて波状攻撃を仕掛ける。やはり『過剰速写』はその場から動く事無く、何かに弾かれて尽く無効化される。

 

(防御するという事は『一方通行』と違って、まともに当たればダメージを与えられるという事だと思うけど、十億ボルトの電流も形無しかぁ。どんだけよ?)

 

 此処で判明した事は、電撃が正体不明の右腕で無力化されている事と、その電撃に反応出来る異常なまでの対応力、演算及び反応の速さが特筆させる。

 学園都市の超能力者という時点で、十本指に入る優秀な頭脳の持ち主なのは確かだが、幾ら何でも超反応過ぎると『異端個体』は訝しむ。

 

(敢えて左眼だけ瞑っている事と何か関連性がある――?)

 

 必死に正体不明の能力を考察する『異端個体』と違って、早くも底が見えた『過剰速写』は冷めた右眼で彼女を見下していた。

 

「来ないのか? オレのターンに回った時点で瞬殺確定なんだが?」

「じゃ、こういうのはどうかな?」

 

 スカートのポケットから一枚のコインを取り出し、夥しい電力を帯電させる。

 その様子に流石の『過剰速写』も右眼を細める。だが、それだけだった。

 

「――『超電磁砲(レールガン)』、御坂美琴の代名詞か。確かに、それを全力でぶっ放された覚えは無いな」

「随分と余裕だねぇ。オリジナルが普段手加減して放っている代物とは桁違いだよ? 知覚さえ出来ないだろうから、回避も防御も不可能だよ」

 

 挑発ではなく、歴然たる真実を『異端個体』は語り、されどもそれを理解した上で『過剰速写』は嘲笑すら浮かべて無言で「来い」と挑発する。

 

「――死んだよ、アンタ……!」

 

 全身全霊を以って不可避の必殺を『異端個体』は撃ち放つ。

 確かにそれは人間の知覚・反応では回避も不可能であり、どんな堅牢な防御も無意味と化す文字通り『必殺』を体現する魔弾だった。

 

 ――されども、その不可避の魔弾は『過剰速写』まで数メートルの地点でほんの一瞬だけ射撃速度を落とし、単なる可避の攻撃へと貶められた。

 

 あろう事か、一歩横に移動されただけですれ違う。通過後の余波が彼女達二人を猛烈に煽り、『過剰速写』は気怠げに乱れた髪の毛を手直す。

 

「微風を巻き上げるなら強能力の風力使いでも出来るぞ?」

「……ミサカを挑発? さっきから何もせずに口だけは達者ね。でも、近寄らないんじゃなく、近寄れないんじゃないかなー?」

 

 必殺と自負する一撃がこんなにも簡単に避けられ、衝撃が大きい中、それでも『異端個体』はまだ自分の方が有利だと自分自身に言い聞かせる。

 防御性能と回避性能は想像以上に飛び抜けているが、『過剰速写』が生身の人間である事は変わらない。

 正体不明の能力者である最大原石の第七位のように本人自身も異常な耐久性があるとは考え辛い。

 

(――あの『超電磁砲』に何らかの干渉をした? けれども、電流や電磁波などは観測出来なかった。話通りの多重能力者なら同系統の能力で無効化される危険性が高いけど、見られないという事は多重能力に見えるほど応用の利く単一能力って事かね? そっちの方が遥かに厄介だと思うけど)

 

 何でも良い。一発でも当てればそれで終わる。彼は攻め込んで来ないのはそれを理解した上で『異端個体』の消耗を狙っていると見える。

 それに『見』なのは自分も相手も同じだ。

 『過剰速写』は御坂美琴と『異端個体』との戦力比を正確に見極めようと『見』に回り、『異端個体』も『過剰速写』の正体不明な能力を見極めようとひたすら分析に費やしている。

 

「ふむ、それではご希望に答えよう」

 

 『過剰速写』はやや芝居掛かった仕草で大々しく右手を眼下に晒し、小気味良く指を鳴らした。

 ――瞬間、『異端個体』が最初に繰り出したような電撃の波が廃ビル中に駆け巡った。

 

(ミサカと同じレベルの電撃能力!? いや、違う! これはミサカの攻撃と同じ……!?)

 

 どんなカラクリかは不明だが、先程と同じ攻撃をコピーしたとしか思えず――必死に電撃を操作してやり過ごす。

 流石に自分と同規模の電撃波で自滅しないが、少しだけ動揺する。

 『過剰速写(オーバークロッキー)』、オーバーは英語で、クロッキーはフランス語で速写という意味合いを持ち、――歪な造語だが、それが能力名の語源かと納得する。

 納得するが、やられた方は沽券に関わる問題なのでたまったもんじゃない。

 

(――? 『過剰速写』が居ない? 何処に……)

 

 この電撃の波に乗じて、奇襲を仕掛ける気だろうか?

 『異端個体』はオリジナルの御坂美琴と同様に、能力者が無意識の内に排出する『AIM拡散力』――彼女達の場合は電磁波の類になるが、全周囲に放出されている電磁波は範囲内に入った存在を即座に知覚させる為、奇襲の類をほぼ不成立にさせる。

 それを知らぬ『過剰速写』では無いだろうが――瞬間、ビル全体がブレて、壊れかけのビルは崩壊を始めた。

 

「んなっ!? 嘘でしょ……!?」

 

 崩落に巻き込まれる前に、一心不乱に電流やら磁力操作で後先考えずに加速し、寸での処で脱出――三階から紐無しバンジーになる。

 

「――っ! ビルを丸ごと破壊するとかどんだけよ……!?」

 

 文句を言いながら、必死に磁力操作で地面との斥力を発生させ、何とか無事に着地する。

 一体これだけの仕掛けをいつの間に――自身の周囲に撒き散らされた電磁波が背後からの奇襲を察知し、されども予想を三桁は上回る速度を以って、見えない右手によって『異端個体』の喉を鷲掴みにされて掌握される。

 

「……ぁぎッッ!?」

 

 だが、関係無い。その一撃で死んでいないのならば、次の瞬間に黒焦げの死体になるのは『過剰速写』の方だ。『異端個体』はありったけの電撃を全周囲に撒き散らそうとし――発動しない事実に驚愕する。

 

(電流が、操作出来ない……!? そんな、馬鹿な。この右腕が『幻想殺し(イマジンブレイカー)』という訳でも無いのに――あ)

 

 目の前の不可避の『死神』を、『異端個体』は苦悶しながら見届けた。

 限界まで腰を下ろし、万力の如く握り締められた力拳――『HUNTER X HUNTER』のグリードアイランド編のボスであるゲンスルー、キメラアント編のネフェルピトーを一瞬にして連想させた。同時に自身の死を確信した。

 

「――っっっっ!?」

 

 ――斯くして拳は『異端個体』の腹部に突き刺さり、時間や次元や空間が纏めて圧縮されるような奇妙な感触を味わった後に一気に解放される。

 まさに宣言通り、その規格外の一撃を受けて『異端個体』は現代風の愉快なオブジェに成り下がったのだった――。

 

 

 

 

「おやおや、こんなに早く私という『切り札』を切って良いのですか? 折角苦労して死亡偽装したというのに」

『……『切り札』ねぇ。君への評価と信憑性は下がったままなんだけど?』

 

 その夜、本当の飼い主からの出動命令が下り、彼は嬉々狂々と笑ったのだった。

 日本人離れした金髪に蒼眼、丸い眼鏡を新たに掛けた彼は秋瀬直也に殺害された筈の『代行者』に他ならなかった。

 

「これは手厳しい。確かに私から見てもあの死に様は無様でしたがねぇ。仕方ないじゃないですか。あんな出来損ないの人形の性能は高く見積もっても二回目の私程度、あれが関の山ですよ」

『あら、今は違うと言いたげだねぇ?』

「ええ、今は馬鹿みたいに鍛えてますので。お望みとあらば、秋瀬直也の素っ首を貴女様に献上しますが? 実際に殺し合うとなれば、彼は『黒鍵』の一投すら避けれないと思いますが」

 

 前世の自分は慢心に慢心を重ね、まともな戦闘技術すら身に着けていない無限再生するだけの小娘――シエルになる前のエレイシアに殺された。

 その屈辱的な汚点を晴らすべく、三回目の今世は極限まで自身の肉体を鍛え抜いた。

 現在の彼の戦闘力は過剰な自己分析を抜きにしても――第七位のシエル並、全盛期の言峰綺礼並だと自負する。

 たかが素早い程度のスタンド使いなど、知覚する時間も与えずに『黒鍵』で串刺しに出来るだろう。これが異能力を使えるだけの単なる常人とそんなものに頼る必要の無い超人との無情な戦力差である。

 

『……私は『赤髪』の首を所望しているんだけど? あれは私の玩具よ、壊すのも私だけの特権よ』

「クク、随分と気に入っているようですね。まぁ良いでしょう。我が君の為に、その者の魂魄を砕いて差し上げましょう」

『――ああ、何なら『胃界経典』を使っても構わないわ。必ず仕留めてね』

 

 電話が一方的に切られた後、秋瀬直也に勝るとも劣らず、『赤髪』の方にもご執心だと彼は陰湿げに笑う。

 

 ――斯くして『過剰速写』を巡る暗闘は、街全体の闘争の縮図に成り変わりつつあった――。

 

 

 

 

「あーもう、信じらんない。こんな美少女なミサカをあっさり殺してさー! 『一方通行』でもこんな酷い殺し方はしなかったわぁ……!」

 

 ――ぷんぷんと怒りを顕にして彼女は喚き散らす。

 

 彼女が『異端個体(ミサカインベーダー)』の名を冠するのは文字通り、彼女がミサカネットワークに生まれた史上最大にして最悪のバグだったからに他ならない。

 ミサカネットワークの中に生まれ、不確かな電子の海に漂い、個体個体の意志を乗っ取って完全な自律行動を取れる。

 残機が『妹達(シスターズ)』の数という存在そのものがバグという存在、量産超能力者計画で最大の失敗作にして唯一の成功作である超能力者、『妹達』にとって絶対に抗えぬ『侵略者(インベーダー)』なのである。

 

「……ふむ、ミサカ00001号は損失か。それで第八位の能力ぐらいは解ったのだろうな?」

 

 いきなり無感情な人形から個性溢れる彼女に切り替わるも、慣れた様子で『博士』は問う。

 現状、偶発的に生まれた『妹達』が三体、否、一体削れて二体であり、学園都市の複製体技術が未完全の今、彼女は前世ほどの猛威を奮えない。

 だからこそ、切実なまでに『プロジェクトF』の完成形を求めていたのだ。単純に、あれは自身の残機を無限大にする計画であるが故に――。

 

「多重能力を偽装した、恐ろしく応用の利く単一能力だね。停滞、加速、停止、再現、未来視、だから多分『時間操作』の類かな? どんだけ巫山戯てんの? 今考えただけで反則よ、反則。あと見えない右腕が超厄介、接触時は此方の能力さえ封じられるようね」

「ほう、超能力級の『時間操作』か。これはまた興味深い。彼が多重能力者であると偽装してなければ、第三位か第二位は確実だったという訳か。――それで対策は?」

 

 学園都市の超能力者の序列は、能力研究の応用が生み出す利益が基準であり、『時間操作』ともなればどれほどの利益を生み出すか、未知数過ぎて興味が湧き上がる。

 同時に『多重能力者』である事を偽装した事で、どれほどの犠牲者が量産されたのか、『博士』は想像し――それでも尚顧みぬ第八位の超能力者の悪辣さに感心するばかりである。

 

「ミサカをもう一機失う事を前提で、相討ちを狙えば行けるんじゃね? つーか、此処で迎え撃つ以外勝ち目無いわー。あれを確実に仕留めるなら完全な密室が必要だし」

 

 勝機を見出しているのならば結果は上々かと『博士』は判断する。

 自分達では手に負えなくなった場合のプランを練っていただけに、これは朗報である。真の意味で完成した『プロジェクトF』、時間操作の超能力者、本当に量産出来る超能力者、夢は広がるばかりである。

 

(是非とも手に入れて、心行くまで研究したいものだ)

 

 それが齎すものが決定的な破滅・秩序の崩壊である事を知っても、躊躇無くアクセル全開で走り抜けるのが『研究者』としての性である。

 

 

 

 

「――何とも呆気無い。量産するなら垣根帝督か『一方通行』の方が良いと思うがねぇ?」

 

 『異常個体』を打倒した『過剰速写』は左眼を開き、損傷一つ無い自身の身体に付着した埃を払った。

 あえてあげるとすれば、停滞させて処理を後回しにしている自身への能力負荷が少し蓄積された程度であり、『超電磁砲』に匹敵するものの超える事は無いと評価を下す。

 

 彼の能力では、自身の能力で生じた反動を消せない。

 精々誤魔化す事が関の山だった。加速などで生じた殺人的な負荷を停滞させながら、時間を掛けて無害化するまで拡散させる。

 能力を使えば使うほど負荷の処理にも能力を使う事になり、終わりの無き悪循環に陥る。その負荷を処理出来なくなった時が彼の最期である。

 

 ――連戦は出来るだけ避けたい。負荷を散らす時間が欲しい中、更なる追撃者は知ってか知らずか間を置かずに仕掛けてきた。

 

「やれやれ、次から次へと押し寄せてくるものだ」

 

 幾多の銃剣が『過剰速写』の立っていた地点に突き刺さり、カチッと音を立てて爆破される。

 左眼を瞑って後退しながら、三秒先の未来を先見し――新たな襲撃者の方へ振り向く。其処に居たのは神父姿の初老の男であり、野獣の如く獰猛な眼差しには隠し切れないほどの憎悪に満ち溢れていた。

 

「何とも心地良い憎悪だね。誰の弔い合戦だ?」

 

 神父姿の男は無言で銃剣を放ちながら後退する。

 その飛翔する銃剣の軌道全てを未来視している『過剰速写』には一発足りとも当たらずに制圧前進し――されども、敵の矛盾した行動に疑問を抱いた。

 

(オレへの復讐心を抑え切れていないが、明らかに此方を誘き寄せる挙動――理性を無くしかねない憎悪と、計画的な冷静さの二反律。ふむ、罠に誘い込む気か)

 

 面白いと『過剰速写』は笑う。その罠を食い破って、返す刃でその喉仏を引き裂くとしよう。

 暫し退屈な駆けっこが続く。未来予知を二秒一秒半秒と小刻みに調整しながら、時折放たれる銃剣は予測して回避し、『第三の腕』で払い落として無力化する。

 此方にも飛び道具があれば誘い込んでいる神父の一人如き容赦無く撃ち落とせるが、生憎な事に拳銃やナイフなどの武器の補給は行なっていない。

 あの復讐に燃える神父にとって唯一の救いはその点だろう。『過剰速写』としても戦術面での多様性が損なわれているので、早急に解決の必要があると認める。

 

 気が遠くなる追いかけっこの果てに、漸く罠を仕掛けた地点に辿り着いたのか、神父は反転して立ち止まり、応戦する構えを取り――逆に『過剰速写』は立ち止まる。

 

 其処は昼中に訪れた教会の扉の前であり――なるほど、何処か見覚えがあると思ったら、あの神父である。酷い形相になっていて今の今まで気づけなかったが。

 

(……しかし、何で教会の扉の前で止まる? 援軍が居るにしても、意図が全く見えないが――)

 

 とりあえず、罠の中に突っ込んでみて解明しようと『過剰速写』は全身に加速を用いてアクセル全開で踏み込み――神父は教会の扉を己が手で破壊し、生じた土埃と共に消失する。

 振り上げた拳が空を切り――この時初めて、もう一秒先に差し迫った自身の死の未来を目の当たりにした。

 

(っっ!?)

 

 ――首を戦斧で掻っ切られる自身の死が見える。

 自身の意識を倍速まで加速させ、反応速度を向上させる。

 その反面、世界は緩やかに怠慢に進んでいき――されども、その閃光の如き一閃は捉え切れない速度で繰り出されていた。

 

「……っ!?」

 

 一気に最高速の十倍速まで全身を加速させて前に突き進み、その中でさえ感知不能の速度で繰り出された戦斧の一閃が右頬を抉って出血させる。

 驚愕しながら反転し、瞬時に加速を解いた反動(リバウンド)で歯軋りする中、先程とは別次元の化物となっている『神父』が正面、右斜め後ろに異形の剣を構えた奇妙な姿をした青年が一人、左斜め前には存在するだけで圧迫感を生じさせる白い修道服のシスターが一人――三秒先の未来は凄惨な死しか用意されていない。

 

(え? 何なんだこの人外魔境……!? モンスターハウスってレベルじゃないぞ……! というか、追い掛けていた神父とは別人だ。あれはあんなに人間離れした化物ではなかった……! 生身の人間でオレの知覚速度を超えられるような怪物では決してなかった――)

 

 今までの人生で無縁だった教会に此処までの化物が潜んでいた事に驚愕を隠せず――千差万別、目まぐるしいまでの死因が脳裏に巡る。

 

(まずい、まずいまずいまずい。食い破れる程度の罠じゃない。まさか詰んでる――?)

 

 最高速まで思考を加速させ、一刹那を一瞬に偽装し、『過剰速写』は思考を回して自らの生還の道を必死に詮索し――たった一つだけ、活路を見出した。

 

 教会に居る最後の一人、自身の背後に居る、車椅子に座っている九歳の、無害そうな少女に――。

 

 最高速の十倍速で彼女の背後にひとっ飛びし、即座に彼女を抱えて見せしめのように盾にする。

 

「動くな」

「はやてッッ!」

 

 これで彼等の機先は封じられた。

 だが、この訳の解らない死地から抜け出すには後一手必要だ。間違っても彼等に考える猶予を一秒足りても与える訳には行かない――。

 

(目を瞑れ)

(……!?)

 

 少女だけに聞こえるよう小声で呟き、教会施設の電灯全てにありったけの加速を加えてやり――瞬時に眩い光となって破裂する。

 『過剰速写』自身も敵に察知されない為に眼を焼かれて一時的に視界を失ったが、彼には未来予知がある。自らの手で切り開かれた未来のビジョンを全幅に信頼し――教会の壁を打ち壊して横穴を開け、まんまと死地から脱出する。

 その際に人質として抱いている少女を手放せば自身の死の未来が見え――流石に突如降り注いだ隕石に巻き込まれて死にたくはなかったので不承不承で連れていく事にした。

 

「――はやてえええええええええええぇっ!」

 

 遙か後方で、負け犬の鳴き声が響いた――。

 

 

 

 


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