転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

38 / 168
38/水面の月

 

「――訓練学校で習わなかったのですか? 吸血鬼との近接戦闘は死を意味するって」

 

 二人の戦場になったビルは崩壊し、瓦礫の山の上に吸血鬼『エルヴィン・シュレディンガー』は立っていた。

 無傷のまま、ビルを瓦礫にした際に衣服に付着した埃を払う。もう一人の敵対者、リーゼロッテは地に這い蹲りながらその様を睨んでいた。

 

 ひらひらなメイド服にすら傷一つ無く、全身ボロボロで瀕死の彼女――何方が勝者で何方が敗者なのか、一目瞭然だった。

 

「単一能ではなく、理知をもって力を行使する暴君なんですよ、私達は。長年の戦闘経験も、極限まで磨き上げた戦闘技術も、純粋な暴力の前では等しく無力です」

 

 エルヴィは自らの制服のポケットから輸血パックを取り出し、ストローを刺してちゅーちゅー美味しそうに吸う。

 

 卓越した格闘技術も人間相手なら通じるが、理不尽な暴力は長年を掛けて積み上げた技巧すら簡単に引き裂ける。

 それが弱点だらけでも最強の化物として恐れられる吸血鬼の所以である。尤も、彼女の場合は吸血鬼としての殆どの弱点が弱点とは言えないレベルまで補強されているが。

 

「だからこそ、私達を殺せるのは人間だけなんですよ。狗でも化物でもなく」

 

 それは理屈ではなく、別次元の理。他者の観測で依存している『シュレディンガーの猫』さえも覆せない、唯一つの真理(ロジック)。

 己の成すべき義務を果たす人間だからこそ、化物を打ち倒す事が出来る。諦めを拒絶して人道を踏破する権利人達のように、あのアーカードを打ち倒したヘルシング教授達のように――あの『神父』のように。

 

「……待、て……!」

「これ以上、貴女とは遊ぶ時間はありません。幾ら私が何処にでも居て、何処にでも居なくてもタイミングが重要ですしねー」

 

 吸血鬼は一瞥すらせず、影も音も無く消え果てる。

 目的の足止めさえろくに出来ずに、瀕死のリーゼロッテは意識を手放した――。

 

 

 38/水面の月

 

 

 八神はやてを抱き抱えて、『過剰速写』は走る。

 けれども、その速度は先程の飛ぶような速度に比べれば遥かに遅く、良くも悪くも人間並み――彼女の眼から見ても明らかな精細を欠いており、不調であるのは間違い無かった。

 

「お、重くない……?」

「命の重さというものを改めて実感している最中だ」

「いや、そういう意味じゃなくて……」

 

 彼は自身の事を超人ではなく、超能力者であると語った。

 確かに、今現在の有り様から推測するに、その身体性能は普通の人間と変わらず、先程までの異常は超常的な力を用いて起こしていた現象なのだろう。

 

(幾ら超能力とかでも使うにはMPみたいな燃料が必要だろうし、やっぱりこれは――)

 

 此処まで来れば、人質である八神はやてでも推測出来る。

 ガス切れで能力を使えず、無言で喘いでいる。それが今の『過剰速写』が対面する絶体絶命の窮地なのだと――。

 そんな八神はやての危惧とは裏腹に、晴れやかに『過剰速写』は笑っていた。まるで今のこの状況を心から望んでいたかのように、意気揚々としていた。

 

「思い出してしまったよ。『風紀委員(ジャッチメント)』をやっていたあの頃を」

「ジャッチメント?」

「風紀委員、生徒主体の警備組織みたいなものかな。馬鹿みたいなお人好ししかいなくてさ、揃いも揃って甘ちゃんだらけだ。だが、存外に嫌いでは無かったようだ――」

 

 まるで何処か別の世界の事を懐かしむように、『過剰速写』は儚げに笑う。

 それは今にも消えてしまいそうな、どうしようもないほどの不吉な予感を漂わせたものであり、ぎゅっと、八神はやては彼が此処から消えてしまわないように衣服を掴む手に力を入れる。

 

「こういう、どうしようもない塵屑な悪役が原点に振り返って、『正義の味方』の真似事をするのは御法度、所謂死亡フラグなんだがなぁ」

「随分メタ的な会話やなぁ。そんなん言ったらピンチの方から来ちゃうで?」

「ああ、現在進行形でピンチだったりする」

 

 ぴたりと急に立ち止まり、釣られて八神はやても彼の視線を辿る。

 

 

「――なるほど。我が君が存在さえ許さない訳ですね」

 

 

 暗闇から現れたのは丸い眼鏡を掛けた金髪の青年であり――カソックを着ている事から教会の人だと八神はやては思ったが、その狂気を孕んだ笑顔は『神父』とは違った危うさを彼女に抱かせる。

 

 ――苦虫を噛んだかのように『過剰速写』の表情が歪む。

 

 先程推測した能力を使えない事と、それに加えて八神はやてを守らなくてはならない今、彼の勝機は限り無く薄かった。

 はっきり言ってしまえば、微塵も無いと言えよう。

 

 ――また、自分が単なるお荷物になっている事実に、八神はやての顔は曇る。

 生まれつき足が不自由な為、他人に依存しなければ生きていけない身なれども、尚の事、無力な自身の存在が疎く思える。

 けれども、『過剰速写』の方は違った。こんな状況だからこそ心が踊る。気力に満ち溢れ、逆に漲っていた。

 

(八神はやて、舌を噛むなよ)

(……!)

 

 『過剰速写』は小声で話しかけ、言われた通りに歯を食い縛る。

 劇的な変化は一瞬にして訪れた。彼の背中から赤い粒子のような光が一瞬だけ生じ――高密度に圧縮されて噴射したそれは彼と彼女を遙か上空に一気に押し上げた。

 それは『翼』を模る前に、消失してしまったが――。

 

「~~~~っっ!?」

「I can fly――水の無い魚ではこの程度か」

 

 二十階建てはあろうビルを一呼吸で飛び越え、その屋上に華麗に着地する。

 遥か下には豆粒の大きさになった襲撃者が唖然としており――否、剣のようなものをビルの壁に突き刺しながら、獰猛な速度で垂直に駆け上がっていた。

 さしもの『過剰速写』も、その重力を無視したような超人芸には驚愕を隠せなかった。

 

「……おいおい、何の冗談だこりゃ。この街には超人しかいないのかよ?」

「えーと、比較的沢山居ると思うで?」

「……そうか。なら、これはどうだ」

 

 そして『過剰速写』は徐ろに走り――フェンスを乗り越えて屋上から飛び出す。

 

「え、えええぇぇ~~!?」

「これより我が道は我のみ限定だ。付いて来れるもんなら付いて来い……!」

 

 ――あろう事か、何も無い宙を踏み締めて、駆け上がった。

 

 如何なる道をも駆けられるのが超人であるならば、道無き道を自らの独自の法で歩めるのが超能力者。

 これが能力者であるなら誰もが持つ『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』――手から炎を出す可能性、『時間を操る可能性』など現実の常識とはズレた世界。超人と超能力者の境界(ボーダーライン)である。

 

 翼無き者が摩天楼を超えて、遥かなる高みの月を目指して天空を歩む――。

 

 

 

 

「うっわぁ~、綺麗っ!」

「……君も中々肝が座っているなぁ」

 

 『停止』によって構築された透明な階段を登りながら、絶体絶命の窮地から脱したと一息付く。

 既に街の全体夜景を見下ろせるまでの高度に達しており、闇夜の中で宝石のように綺羅びやかに輝いている街の灯火は実に絵になっていた。

 

(こうした能力使用など初めてだな)

 

 人の営みも全体図から見れば尊く綺麗に見えるものかと『過剰速写』は感慨深く見届ける。

 夜空の只中に用意された特等席、観客は二人だけだが、中々に趣向溢れる風景だと『過剰速写』は自分らしくなくて笑った。

 

「流石の超人も空は飛べまい。……スーパーマンみたく飛んで来ないよな?」

 

 学園都市なら訳の解らない最新兵器やら無人兵器が翔んでくるだろうが、生身の人間が来る事は――メルヘンな六枚翼を展開させて飛び舞う第二位の極悪な顔を思い出してしまい、その甘い考えを破棄する。

 『停止』した透明な椅子に腰掛け、心静かに俯瞰する。能力によって生じた負荷を全力で無害化しながら、一時の会話を愉しむ事にした。

 

「うーんと、一部の人は飛んでいたような……クロウ兄ちゃんは飛べたし」

「どんだけ人外魔境なんだよ、この都市は。『学園都市』がまだ可愛く見えるぞ。今すぐ引っ越す事を勧める」

 

 真面目に検討するように、と『過剰速写』は呆れ顔で語る。

 本人としても心底から吐いた言葉であり、まさか『学園都市』よりも最低最悪で危険な都市が存在する事に悪い意味で驚嘆している。

 

 思えば、自分が産み出されてから遭遇した者にはろくな者が居ない。

 『学園都市』の暗部の空気をそっくりそのまま受け継いだ研究者達と能力者達、道端で自分を監視する幾多の小動物、昼間行った教会に潜んでいた此方の反応速度を超える『神父』に『シスター』に変な格好の男、『異端個体(ミサカインベーダー)』を名乗る超能力級の電撃使い(エレクトロマスター)、自身に復讐心を抱く猫耳の少女に、心臓を潰しても平然と生きている化け猫の少女、三秒先の未来予測が全部死で埋まった金髪の男――異常、此処に極まりという処である。

 

「でもね、皆優しいよ。クロウ兄ちゃんも、アルちゃんも、シスターさんも、ちょっと怖い神父さんも――もう一人じゃないから、私は幸せだよ?」

 

 その幸せそうな笑顔を見て、『過剰速写』は何も言えなくなる。

 両足が麻痺して動かせない、何とも不幸な生き立ちなどと同情していた自分が非常に馬鹿らしく思える。

 この娘は自分一人では歩けない。けれども、他の者と手を取り合って歩んで行ける。単なる独り善がりで終わった自分とは、大違いだった。

 

「――自分の双子の妹の複製体が作られた時、これがオレの人生の最大の分岐になったのだと思う」

 

 この少女との触れ合いで、『過剰速写』は自らの原点を顧みてしまった。一生気づかずに終わった事を、自らの手で切開してしまった。

 それは致命的で、彼の人生の価値基準を根本から揺るがす、パンドラの匣だった。

 八神はやては静かに聞き届ける。その優しさが、何よりも身に沁みた。

 

「怒り狂った。自分の中で最も大切な存在を劣化品の贋物如きで穢されたんだ。存在すら一秒足りても許容出来なかった。――だから殺した。けれどもそれは、一つの選択肢を永遠に屠るものだった」

 

 頑なに回想しなかった。その時の記憶を全て封じ込め、『悪』として完成した新たな自分が産声を上げた。

 でもそれは、胸の奥に仕舞い込んだ願いを永遠に断たれた、音無き断末魔でもあった。

 

「オレがしたかった事は本当に復讐だったのだろうか? ――違う。そんなのは全身全霊を賭けてまでする事じゃない。オレが本当にしたかった事は、妹を守る事だったんだ。目の前から居なくなって、今の今まで見失っていたけどね――」

 

 酷い矛盾だった。悪辣なまでの仕組みだった。

 そんな自分が目的を見い出せないのは当然であり、気づけずに彼女を殺した。あの模造品を、双子の妹のクローンである『第九模写(ナインオーバー)』を、この手で――。

 

「今更気づくなんて救いが無い。永遠に気づかなければ良かった。けれども、気づけて良かった。――劣化品だろうと贋作だろうと、あれはもう一人の妹である事に、変わりなかったのにな……」

 

 八神はやては彼の顔を改めて見る。あれだけ超常的な力を振るった暴君が、今は酷く弱々しく――傷だらけで飛べない、片羽の鳥に見えた。

 

「……だから、人質の君を最後まで守らせてくれ。それがオレに出来る唯一の代償行為なのだから――」

 

 彼は優しく抱き寄せ、八神はやては無言で頷いた。

 その暖かな時間が、彼にとって唯一の救いだったのかもしれない――。

 

 

 

 

 暫く時間が過ぎて――地から這い上がる何を『過剰速写』は観測し、その声は八神はやてに届いた。

 

「はやてえええええええええええぇ――!」

「クロウ兄ちゃん!」

 

 頁のような翼をもって飛翔する誰かを見届け、教会に居た人物の一人だと確認する。

 今度は先程の『肉体変化』に警戒に警戒を重ねて、時間の流れを観測した上での判断だった。

 

「それじゃお別れだ、八神はやて。達者でな」

「うん、クロさんも気をつけてね」

 

 さて、どうやって引き渡そうか。いっそ彼女を投げて受け止めさせて――言い知れぬ悪寒が走った。

 それは双子の妹が殺された時と、同様の嫌悪感であり――あの赤紫色の髪の吸血鬼は、何の予兆も無く現れ、音速を超える速度で致死の手刀を繰り出す。

 

 ――赤い鮮血の華が、遙か上空に舞い散った。

 

 

 

 

 ――私は何処にも居なくて、何処にでも居られる。

 

(あるぇー? 八神はやてを真っ二つに両断してやるつもりだったのに、浅くなっちゃった)

 

 この超能力者には他に使い道がまだあるので、八神はやてだけ殺す気概で振るった手刀は、思った以上に浅く空振る。

 どうにもこの超能力者は『未来予知』に類するスキルの持ち主であり、予測不可能の奇襲さえ反応されたが――その一瞬で腹部を引き裂き、第一目標である八神はやてに致命傷を負わせる事に成功する。

 

「……っ!? 貴様ァ――!」

「はやて――!?」

 

 遙か上空から落下する彼等二人の姿と迫り来るクロウ・タイタスを見届けながら――片方に生じた異変を察知する。

 

「誰が、死なせてなるものか……!」

 

 八神はやての裂けた腹部から飛び散る筈の鮮血が一滴も舞っていない。

 あの超能力者に治癒に値する能力は持ち得てないと判断した筈だが――。

 

「うーん、これは確実にトドメを刺さないと駄目なようですねぇ」

「テメエエエエエエエエエエェ――ッッ!」

 

 手先に滴る八神はやての血液を舐め取りながら、クロウ・タイタスの剣による一閃を回避する為に一足先に翔んで――私は地面に着地するのでした。

 

 

 

 

(クソ、クソクソクソクソクソクソクソ! 何が守るだ、あの程度の奇襲に対応出来ずして何が超能力者だこん畜生ぉ……!)

 

 ――よりによって、自分が守護する人質の少女を傷つけられ、過去のトラウマを塩を塗りまくられた上に抉られ、一気に理性が沸騰する。

 脳裏に鮮やかに蘇る。首筋の頸動脈を引き裂かれ、ゆっくり死んで逝った双子の妹の有り様を――。

 

「誰が、死なせてなるものか……!」

 

 無限に湧き上がった自身への怒りを別ベクトルに変換させる。

 例え神の道理に逆らっても、彼女を殺させる訳には行かなかった。落下しながら、着地までの演算を先に熟しながら制御し、全能力を彼女の生存に費やす。

 

 一度も試した事が無いが、出来る筈だ。

 彼は第八位の超能力者だ。第二位、第一位さえ踏み越えた最強の超能力者だ。それが小娘一人救えないなどという道理が、あって良い筈が無い――!

 

(電子顕微鏡クラスの精密さが必要だが、問題無い……!)

 

 ――血液の循環を加速や遅滞を用いて再現、細胞一つに至るまで正常時の流れを再現させる。

 演算能力の全てを費やして、『過剰速写』は気を失った八神はやての延命に全力を注ぐ。思った以上、上手く行く。これで暫くは出血多量で死ぬ心配は無くなった。後は――。

 

「――へぇ、随分と器用ですねぇ。血液を能力で循環させて出血多量での死を防いでいるなんて。応用性なら『超電磁砲』に匹敵するんですね。困りました、あの『禁書目録』もどきと合流されたら助かるじゃないですか」

 

 目の前の死の具現を、如何に対処するか、である。

 

 ただ、幸いな事に仕掛けて来ない――否、もう自分達はいつでも仕留められると、理性的な怪物の優先順位が切り替わっただけに過ぎなかった。

 遥か上空から降り立った奇妙な姿の男が割って入り、奇妙な対物ライフルを構えて対峙する。

 

「はやてっ! 無事かっ!?」

「意識を失っただけだ。まだ暫く保つ」

 

 激怒の形相に歪んでいるものの、八神はやての安否を何よりも心配していた。それと同時に、目の前に佇んでいる吸血鬼の脅威を誰よりも理解していた。

 サーヴァントであるアル・アジフを取り戻しても尚、目の前の吸血鬼を打倒出来るかと聞かれれば、断言しにくい。

 

 ――あの吸血鬼はまさしく、理外の外にいる存在である。

 

「テメェ、何故はやてを……!」

「私のご主人様にとって『闇の書の主』は邪魔ですからね。ああ、貴方も同じですよ? クロウ・タイタスにアル・アジフ。丁度良い、此処で死んで貰いますか」

 

 日常会話を語るように、吸血鬼は笑顔で死刑宣告を下し――現状、何も出来ない『過剰速写』は言葉で介入する。

 

「――クロウ・タイタスとか言ったな。現状ではオレはあの化物の敵であり、敵の敵は味方だ。其処は無理矢理でも納得しろ。だが、八神はやての延命に全能力を費やしているから手助けは一切出来ない。あと治癒は専門外だ。あくまで苦し紛れの延命しか出来ない」

 

 感情的には納得出来ないだろうが、彼も歴戦の戦士だ。その程度の状況判断能力は持っているだろう。

 湧き上がる様々な激情を完全に制御し、クロウは振り向かずに話を催促する。

 『過剰速写』は頼もしいと笑う。八神はやてという一点において共闘可能であると認識する。随分と、敵味方の入れ替わりが激しいと思いながら――。

 

「八神はやてを救える者を今すぐ呼べ。延命作業中のオレに手出しさせるな。それがこの場における勝利条件だ」

「けっ、誘拐犯との共闘とは世も末だな――はやてを頼むッ!」

 

 

 

 

 まずクロウ・タイタスは頭上の真上に一発、猛々しい炎の魔弾を撃ち放ち、次にエルヴィに向けて氷の魔弾を撃ち放つ。

 12.7mm炸裂鉄鋼弾、純銀製マケドニウム加工弾殻、マーベルス化学薬筒NNA9、法儀式済み水銀弾頭――それをイタクァの加護を受けて自動照準機能を付属させて不可避の魔弾となったのがこの一撃だ。

 

「――っ!?」

 

 さしもの吸血鬼も胴体に着弾して真っ二つに別れ、続く第二射でその頭部を跡形も無く吹き飛ばす。相手が普通の吸血鬼ならば、再生不可能、再起不可能の致死の弾丸をぶち込んだ事になるのだが――舞い散った血飛沫さえ消え去る。

 

「ちぃっ!? 何処行きやがっ――」

「後ろだクロウ!」

 

 無傷の状態の吸血鬼はクロウ・タイタスの背後に飛び――アル・アジフが先駆けて頁の翼を一閃させて振り払い、エルヴィは悪戯が失敗した子供のように不満そうな顔で降り立つ。

 

「あいたた、何気にその銃のスペックは対化物戦闘用13mm拳銃『ジャッカル』と相違無いんですねぇ。私じゃないと滅びてますよ」

「……吸血鬼、汝は何者だ? 何故、今の一撃で滅びない?」

 

 普通の化物ならば十回は殺せる魔弾を受けても、この吸血鬼は次の瞬間には平然と無傷に戻る。

 目の前の吸血鬼の少女は、明らかに吸血鬼という範疇からも逸脱していた。

 

「影は踏めども消えず、水面に浮かんだ月は掴めず。そういうものですよ、私という存在は――」

 

 ――『魔術師』を殺さない限り、絶対に死なない存在である事をクロウ・タイタスとアル・アジフは知らない。

 それをこの街で知っているのは、秋瀬直也、高町なのは、豊海柚葉――朧気ながら悟っている『神父』だけである。

 

「チッ、どうやら殺しても死なない類みたいだな……!」

「……ふむ、ティベリウスの類か」

「あ、酷いー! あんな腐った脳味噌に蛆虫湧いている死姦野郎と一緒にされたー!」

 

 ぷんぷん、とエルヴィは甚だ遺憾であると怒ってみせる。

 外見から比べれば天と地の差だが、その不死性能はあの性根の腐ったネクロマンサーと比べても何一つ遜色無い有り様である。

 

「ならば、話は速い! 四肢を切り落としてダルマにし、何も出来ないよう拘束してしまえ!」

「うわぁ、『正義の味方』がやって良いようなやり方じゃないなー。まぁ正解と言えば正解なんだけど――」

 

 即座にクロウはバルザイの偃月刀を鍛造し、全力を持って投げる。あらゆるものを切断しながら飛翔する回転魔剣は獰猛に疾駆し――ぱしりと、エルヴィにキャッチされる。

 

「んなっ!?」

「私が最高純度の吸血鬼だって事、忘れたのかにゃー?」

 

 吸血鬼の怪力を以ってバルザイの偃月刀は投げ返され――クトゥグァの魔弾をもって相殺する。

 隙を見て突っ込もうとしたエルヴィに対し、先手を打ったのはアル・アジフだった。

 

「アトラック=ナチャ!」

 

 術者であるクロウの髪が蜘蛛の巣状に拡散してエルヴィの全身を絡め取り――不敵に笑った彼女によって力尽くで喰い破られる。

 

「生っちょろいですねぇ、主が主だけに力を存分に振るえてないようですね」

 

 だが、一瞬ぐらいしか行動の遅滞にならなかったが、更なる手を打つ時間をクロウに与える。

 ――一瞬を永遠に偽装し、破滅的な工程で破壊的な術式を強引に成立させる。

 

「――イタクァ! 神獣形態!」

 

 イブン・ガズイの粉薬を調合した特殊加工の弾丸を装填し、ありったけの魔力を籠めて旧支配者を顕現させ――かの一柱が飛翔した軌跡に永久凍土が生じる事となる。

 流石の吸血鬼も全身を氷漬けにされれば何も出来まい――氷像の中に閉じ込められた吸血鬼は不敵に微笑んでおり、瞬きした次の瞬間には消え去っていた。

 

「――ぐあぁっ!?」

 

 顎を蹴り上げられ、追撃の一閃たる爪が此方の皮膚を深々と引き裂く。

 アル・アジフが展開する防御結界を安々と引き裂いて、手酷い負傷を負わせる――。

 

「く、そがぁ――!」

 

 退く為にイタクァの通常弾を彼女に食らわし、クロウは必死に後退する。

 喰らった彼女の傷は瞬時に無くなり、もはや再生だとか復元だとか、そういう次元じゃない事を如実に示していた。

 

(これは、まずい。どういうペテンか解らないが、殺し切れない……!)

 

 明らかに手詰まりだった。それは気を失った八神はやてを抱き抱えている『過剰速写』の眼をもってしても差は歴然であり――絶対の吸血鬼が死を撒き散らすこの場から生還するには、在り得ざる一手が必要だった。

 

「そろそろ年貢の納め時じゃないですかねー、潔さは武士の美徳ですよ?」

「生憎と、諦めの悪さが取り柄でな……!」

 

 息切れしながら対物ライフルを片手に構え、一瞬だけクロウは『過剰速写』に視線を送る。

 『過剰速写』はその意図を瞬時に見抜き、承諾する。この場におけるクロウ・タイタスの勝利は絶望的であり、次善策――逃走するまでの時間稼ぎに移行する。

 

 ――その一瞬の刹那を見切って吸血鬼は疾駆して、致死の間合いまで踏み込まれた事をクロウは悟る。

 全身全霊を以って吸血鬼の暴力は振るわれ――その手刀が心臓を貫く前に、炎の剣が吸血鬼の小さな身体を吹き飛ばす。

 

「……っ!?」

 

 ――吸血殺しの紅十字。

 

 先程、夜空に撃ち上げたクトゥグァの光を目指した援軍が今、到着する。

 

「――クロウちゃん! 大丈夫っ!?」

 

 十万三千冊の魔導書をその脳裏に刻む、魔道図書館、先代の『禁書目録』が今、クロウ達の下に駆けつけたのだった――。


 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。