転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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04/残り二人の転校生

 

 ――何をやっても上手くいかなかった。

 

 自分には物事を貫く強靭な意思はあれども、致命的なまでに才能が無かった。

 周囲は化物揃い、自分は凡人から毛が一本生えた程度、最初から戦いにすらならなかった。

 彼等は許されざる『悪』だった。気まぐれ一つで無辜の民を虐殺し、無秩序な破壊を繰り返し、夥しい犠牲が出る邪悪な計画を進めていた。

 立ち向かえる者は誰もいない。逆らえる者もまた誰もいない。

 彼等と戦うには自分は余りにも微弱過ぎたが、彼等と戦う為の『剣』を何がどう間違ったのか、自分がその手にしてしまった。

 

 ――この『剣』を、正しき所有者に手渡さなければならない。

 

 自分ではこの『剣』は扱えない。精々下っ端を蹴散らすぐらいで精一杯だ。それも生命を削りながらである。

 自分に出来る事をやり遂げつつ、正しき所有者に『剣』を渡さなければならない。けれども、予想より早く『剣』の所在を彼等は突き止めた。

 

 ――勝算無き戦いの日々、それでも必死に戦い続けた。どんなに惨めで無様でも、やれる事はやり通した。

 

 何度も何度も地に倒れ伏した。血反吐をぶち撒き、生命を削った。それでも彼等にとっては些細な抵抗であり、昆虫の手足を順々に引き千切るように弄ばれた。

 それでも生き延びられたのは『剣』の御蔭であり、やはりこの『剣』は正しき所有者の手に委ねられなければならない。

 この『剣』を振るうに相応しい者ならば、選ばれし者ならば、彼等に絶対負けない。何度倒れようが、何度打ち砕かれようが、必ずや彼等に勝利する筈だ。

 

 ――限界が近い。死が間近に迫っている中、自分の存在意義をふと考えてしまう。

 

 恐らく自分は、正当な所有者に至るまでの『中継ぎ』に過ぎない。誰にも語られず、誰からも忘れ去られる端役に過ぎないだろう。

 誰一人救えず、誰一人助けられず、ただ朽ち果てていくだけの凡人なのだろう。力無き正義は無力同然、その人生に意味など無いのだろう。

 

 ――でも、それで十分だと誇らしげに笑える。

 

 誰もが笑える明日を願い、その為に全力を尽くす事が馬鹿だというのなら勝手に嘲笑えば良い。

 『端役』でも『捨て駒』でも『中継ぎ』でも結構、果たせる役割があるのなら絶対にやり通す。

 本当の『正義の味方』の為に、この『剣』を渡す。格好良い役割じゃないか。想いを託して死ねるのならば、恐れる物など何も無い。

 

 ――そして『剣』と共に想いは次の担い手に託される。

 次の担い手が果たせないのならば、次の次の担い手が、それでも果たせないのならば、いつか必ず現れる『正義の味方』が我等の悲願を果たすだろう。

 

 そうだろう、――なぁ『■■■■■』?

 

 

 04/残り二人の転校生

 

 

 ――翌日、非常に憂鬱な気分で学校に行く。

 調査対象の『豊海柚葉』とは同学年だが、別クラス、如何にして情報を集めるかが問題である。

 一つクラスが違うと、接点が中々持てないのは過去の経験から明らかな事実である。

 何の理由も無く偵察を行えば相手に100%察知されるし、かと言って他人伝えで彼女の事を聞くのも波風を立てて警戒心を呼び起こす行為になる。

 

(同じクラスだったなら、遠目から監視する事が出来たんだがな……)

 

 相手に察知されずに情報を盗み出すのが理想だが、その名案が思い浮かばない。

 ――『スタンド』を使っての監視、一応一つしかクラスが違わないので可能と言えば可能だが、感知型の能力を持っていると思われる『豊海柚葉』本人に視認される可能性が高い事と、他の転生者に目視される危険性を顧みれば論外と言わざるを得ない。

 

(とりあえず、授業中に考えるか――)

 

 あれこれ思案に耽りながら教室の扉を開き、てくてくと自分の席に歩いて行く。

 その最中に、偶然『高町なのは』と視線が合う。此方としては彼女とは接点を余り持ちたくないのだが――何故か眼が合った瞬間に泣かれました。何故だ!?

 

「え、えぇ!? オ、オレ、何か泣かせるような事した!? 全然心当たり無いんだけど!?」

 

 泣く子への対処方法など心得てないし、あたふたと困惑する。

 この三日間、というか二日目は一時限目に早退だから実質一日だが――『高町なのは』との接点は皆無である。まだ一言も話し掛けた事の無い友達以前の仲である。

 

(おお、落ち着け。こういう時は素数を数えるんだ! 素数は1と自分の数でしか割り切れない孤独な数字、プッチ神父に勇気を与えてくれるかもしれないがオレにとってはあんまり意味無いような、2、3、5、7、凄く落ち着いたけど解決策がねぇ!?)

 

 泣き続ける『高町なのは』を『月村すずか』があやしながら何処かに連れて行く。

 此方は教室のど真ん中でぽつーんと立ち尽くすのみである。

 冷静に周囲を見渡すと、突然泣いた『高町なのは』への目線は少なく、むしろ自分が奇異な眼で見られているようだ。

 

(これはオレが突然『高町なのは』を泣かせたからの視線なのか? それとも何か別の理由があるのか?)

 

 釈然としない思いで自分の席に付いた時、自分の机の前に見慣れた金髪少女――『アリサ・バニングス』が立っていた。

 これは間違い無く有罪判定で怒鳴られるな、とある種の理不尽に対する覚悟をした時、この勝気な性格の少女には珍しい暗く沈んだ顔を浮かべていた。

 

「……アンタ、他の転校生が次々と行方不明になった事は聞いているよね?」

「……ああ、聞いたが?」

「……それ、ね。此処では珍しい事じゃないの。転校生を問わず、元からいる人もだけど」

 

 それは昨日、冬川雪緒から聞いた話であり――すっかり失念していた。

 裏の事情を知っている自分はそういう理不尽な事の一つとして受け入れているが、舞台裏を知らない彼女達小学生からの視点ではどうだろうか?

 

「珍しい事じゃない? どういう意味だよ?」

 

 演技出来ているかなぁと思いながら、我ながら白々しいと自嘲する。

 初対面に等しい彼女『アリサ・バニングス』が自分の内面に気づかない事を祈りながら、必死に内情を知らない小学生としての演技をする。

 

「……だから、このままいなくなる事が多いのよ。私もなのはもすずかも、そういう奴をもう何人も見てきた」

 

 一度でも顔を見知った学友が明日には行方不明で二度と会えない。

 そんな異常事態が多発している事を知ってはいたが、現場である学校ではどうなっているかは想像が及ばなかった。

 特に感受性の強い年頃だ、気が病む者が出てくるのも仕方ないだろう。

 

「――昨日、早退したでしょ? 何となくだけど、アンタもあのままいなくなると思ってた。アンタにとっちゃ、失礼極まる話だけどね」

 

 危うくそうなる可能性があっただけに、笑うに笑えない。

 つまり、今日の皆の奇異な視線は「死んだと思ったのに生きていた」という驚愕に他ならない。

 身も蓋も無い話である。大多数の者が『行方不明になっただろうな』と思われるこの異常な環境が、であるが。

 

「……なのははね、多分人一倍心配していたんだと思う。……結構、堪えるのよね。顔を見知った学友が明日には消えちゃうのって。転校生のアンタには全然解らない感覚だと思うけど」

 

 まさかこんな処に影響があるとは想像だにしてなかった。

 日常の癒し要素たる学園生活にこんな鬱要素が潜んでいるなど誰が想定しようか。

 ……誰か一人ぐらい、彼女達の気持ちを考えた転生者は居るのだろうか? 恐らく、居なかったからこそ『第一次吸血鬼事件』に平然と見殺す事が出来たのだろう。

 

「……アンタは、いなくなんないよね?」

「……少なくとも、自分からそうなりたいとは思えないし、今後に失踪予定は無いな」

 

 自分なりに冗談を籠めたつもりだが、今のオレはちゃんと笑っているのだろうか?

 心配する点は『アリサ・バニングス』は同年代の少年少女と比べて妙に鋭い一面があると個人的に考える。

 親友補正を抜きにしても、魔法少女時代であれこれ悩んでいる『高町なのは』の内面を深く見抜いていた節があるし、此方の事情を勘付かれては今後の行動に支障が出る。

 少なくとも裏の事情に片足どころか、半身をどっぷり浸かった身だ。堅気の人間を巻き込む訳にはいかない。彼女が有能過ぎない事を神に祈るばかりである。

 

「何かあったら、すぐに相談しなさい。力になれるかもしれないから」

「おう、もしもの時は頼りにさせて貰うよ」

 

 その機会は永遠に無いだろうと心の中で付け足す。そんな窮地に陥ったのに彼女まで道連れにしては此方としても立つ瀬が無い。

 去り際に一瞬浮かべた『アリサ・バニングス』の陰りのある表情が印象に残るが――などと考えていた処で、『月村すずか』に付き添われた『高町なのは』が帰ってきた。

 その両眼は涙の痕は無いものの、赤くなっており、じんわりと罪悪感が湧いてくる。こんな美少女をどんな理由にしろ泣かせるなんて我ながら最低最悪である。

 

「ご、ごめんなさいっ。突然泣き出しちゃって……!」

「い、いや、此方こそ何かごめん。取り乱しちゃってさ、女の子の涙は昔から苦手なんだ……!」

 

 『高町なのは』は健気にも気丈に振る舞い、オレは合わせるように、というより動揺を口から漏らすように言葉を綴ってしまった。

 昔から、女の子の涙は余り見たいものではない。見ているだけで気落ちするし、どう慰めて良いか解らない。

 

 ――未練がましい、前世のある場面を思い出してしまった。

 

「……何言ってんのよ。昔なんて語るほど年食ってないでしょ!」

「あ、はは、それもそうだな!」

 

 いつの間にかこっちに来た『アリサ・バニングス』のツッコミに便乗して、戯けて見せる。

 道化役を演じるのは得意だ、自分が笑われる事で他人を笑顔に出来るのならば、それはそれで素晴らしい事ではないだろうか?

 此処からの会話は記憶に残っていない。この時のテンパリ具合はその一言だけで語り尽くせるだろう。

 

 

 ――そして朝礼の時間、新たに四人の転校生が行方不明になったという『訃報』を聞き、憂鬱な気分はどん底まで突き落とされるのだった。

 

 

 

 

 なのは達主人公グループの昼飯のお誘いという有り難い申し出を謹んで辞退し、校庭の裏で携帯を鳴らす。

 彼女達の無垢な善意を断るのは気が引けるが、此方は今現在も命懸けだ。また別の形で埋め合わせたい。

 程無くして冬川雪緒と通話状態となる。今は一つでも情報が必要だ。生き残る為に――。

 

『――残り一名の転生者の名前は『御園斉覇(ミソノセイハ)』という名前が現代風で読み辛い男子学生だ。二日前に『超能力者一党』との接触が確認されている。あの組織の勧誘は『とある魔術の禁書目録』出身の超能力者限定だから、ほぼ間違い無く『三回目』の転生者だな』

「一応、オレと同じような立場という訳か」

 

 奇妙な連帯感を抱かずにはいられないな、同じ危険に晒される立場としては。

 そしてこの『御園斉覇』は奇しくも『豊海柚葉』と同じクラスだ。彼との交渉価値は極めて高いだろう。

 

『彼との接触を図って『豊海柚葉』との架け橋にする気か。悪くない手だが、警戒を怠るなよ』

「ああ、解っているさ。同じ身の上だ、協力出来ればそれに越した事は無いが――」

 

 一人、また一人転生者が消えていく中、最後の二人として消されないように協力出来ると信じよう。

 

「あー、無理っぽいですよそれ」

「うわあぁっ!?」

 

 突如、後ろから生じた声に驚愕しながら振り向くと、其処には『魔術師』の館にいた赤味掛かった紫髪のツインテール猫耳メイド娘が悪戯が成功した子供のように笑っていた。

 

『どうした、何があった?』

「なな、き、昨日の……!? いつの間に背後にっ!? あ、ああ、『魔術師』の処にいた猫耳メイドが――って、名前聞いてなかったよな?」

「ご主人様には『エルヴィ』って呼ばれてますよー、真名は内緒です。ご主人様との愛の絆なのです!」

「……真名って『恋姫』か何かか?」

 

 とりあえず、外見のメイド服から察するに、実は此処の生徒でしたという意外なオチは無さそうだ。

 神出鬼没で、出現の仕方が心臓に悪いと心の中で文句を吐く。

 

『――な、『魔術師』の『使い魔』だと……!?』

「んで、何で無理っぽいんだ?」

「それはですね――」

 

 冬川雪緒の驚く声が右耳に響く中、猫耳メイドのエルヴィは笑いながら近寄って――ほんの一瞬の出来事だった。彼女の額、心臓部、喉に三本のナイフがほぼ同時に突き刺さったのは――。

 

「――っ、ぁ――」

「……!?」

 

 彼女は掠れる声で何かを呟き――その単語を理解した瞬間、オレは自らの『スタンド』を出していた。

 

「『ファントム・ブルー』――ッッ!」

 

 『スタンド』で地を全力で蹴り上げ、最速で茂みの中に隠れる。

 一瞬遅れて、自分の立っていた空間に二本のナイフが音も気配も無く唐突に現れ、力無く地にからんからんと落ちた。

 

『何が起きた! 返事をしろ、秋瀬直也ッ!』

「……クソォッ! エルヴィ――あの『使い魔』が殺された! 敵襲だ、いきなり彼女の頭部と心臓部と喉にナイフが突き刺さったッ! アイツは死に間際に『空間転移(テレポート)』と言っていた……!」

 

 あのまま、あの場所に居たら彼女と同じように殺されていた。

 いや、それ以前に――最初に自分が標的にされていたのならば、自身の死の回避は不可避だった。

 

 ――『空間移動』は文字通り空間を移動する能力であり、今のようにナイフのような小物を転移させるのは至極簡単な事だろう。

 物体を転移させてから移動地点に到着するまでには若干のタイムラグが存在し、演算負荷が大きくて発動にも時間が掛かるが、暗殺手段としては極めて優秀だろう。

 

 ぎり、と罅割れする勢いで奥歯を噛み締める。胸に湧き出る怒りが理性を焦がす。よくもオレの目の前で殺してくれたな――!

 

『――敵の姿は確認したか?』

「いや、それらしい姿は見当たらない。『御園斉覇』の顔写真を送ってくれ。仕留めたら再び連絡する」

 

 校庭裏、この近辺の何処かに『空間移動能力者(テレポーター)』と思われる『御園斉覇』が潜んでいる。

 正確には校舎に腰掛けていたのだから、敵は校舎の窓隅に潜んでいる可能性が大きい。茂みの中に隠れたので、此方の居場所を掴めてないのか、空間転移による不可避の攻撃は止まっている。

 

(幸いな事に背後には誰もいない。『風の流れ』におかしい場所は無い。なら、一階二階三階の窓辺のどれかか。見た限りでは、人影すら無い)

 

 いや、本当に窓辺に潜んでいるのだろうか? あそこでは此方の様子を確認すると同時に此方に発見される危険性がある。

 反撃の機会をみすみす与えるようなものだ。この敵が考える事は単純明快だ、一方的に安全に殺害したいに尽きるだろう。

 

『待て、一つだけ忠告させろ。『とある魔術の禁書目録』の超能力者に『スタンド』は基本的に見えない。『原石』か視覚系・感知系の能力者ではない限り認識出来ない筈だ』

「ありがとよ、十分過ぎる助太刀だ――!」

 

 通話を切り、再び思考を巡らせようとし――硝子のようなものが木っ端微塵に割れる音が鳴り響き、直後に近くの樹木が倒壊した。

 

「っ!?」

 

 倒壊に巻き込まれる直前に飛び出し、踏み潰される難を逃れる。

 倒壊した樹木の周囲には硝子の破片が無数に飛び散っており、樹木の切り口はそれはそれは鋭利な物だった。

 

(窓の硝子を飛ばして切断かよ。首にでも決まれば物理防御無視のまさしく『必殺』だな。最初の時にやれば二人同時に首を吹っ飛ばせたものを――)

 

 この攻撃手段の御蔭で、敵は此方の居場所を完全に掴んでいない事を確信する。

 同時に敵はこの近くにいない。見た処、近隣の校舎の窓に変わった様子は無い。視認出来る距離にいないという事だ。

 別の手段を持って此方を遠くから眺めていると推測出来る。

 炙り出したのに関わらず、致命的な攻撃が飛んでこないのが良い証拠だ。此処はほぼ死角という事か。

 

(……校内の監視カメラが怪しいか。警備用に導入された代物だ、私立の小学校である此処には何処かしらに仕込まれているだろう)

 

 その手の映像を見れるのは警備員の詰め場所と言った処か。

 ――種は割れた。この敵は自分の敵ではない。初見で殺さなかったのが最大の敗因である。

 

 

 

 

「クソクソクソッ、何処に行きやがった……!?」

 

 前世の学園都市において大能力者(レベル4)に認定された『空間移動能力者』である『御園斉覇』は秋瀬直也が推測した通り、校内全ての監視カメラの映像が一望出来る警備員の詰所で憤っていた。

 彼の『空間移動』は何方かというと小さい物体の転移に適していた。

 作中で『空間移動能力者』の代表である『白井黒子』は最大飛距離は81,5メートルであるが、彼は200メートルまで転移可能とし、その精度も『同年代の少女』の脳天喉仏心臓を正確に貫いた事から称賛すべきものだろう。

 ただし、一度に飛ばせる質量は70キロ程度、更には自身の転移には苦手意識を持ち、窮地に追い込まれなければ実行しないほど忌み嫌っていた。

 トラウマが無ければ超能力者(レベル5)クラスとされる『結標淡希』と違って、本当に苦手なだけであるが。

 

 ともあれ、校舎全域の空間座標を脳裏に叩き込んでいる彼に監視カメラという視覚情報を与えれば、ターゲットを抵抗すら許さず、一方的に惨殺する完全無欠の暗殺者となる。

 

 勝利は確実だった。誤算があったとすれば完全なる初見殺しの機会を突如現れた異分子である『少女』の始末に使ってしまい、最初の殺害対象だった秋瀬直也を見失ってしまった点である。

 樹木を倒壊させて炙り出そうとした地点には多くの学生が集まって騒ぎになっているが、未だに秋瀬直也の姿は現れない。

 既にあの場所から抜け出していると考えて良いだろう。

 

(やはり最初にあの男を殺すべきだったか、いや、あの女は急に現れた。自分と同じ『空間移動能力者』の類なら危険度はそっちの方が遥かに高い。あの場において真っ先に仕留めるのは最善手であり必至だった……!)

 

 自身の爪を噛み砕く勢いで齧りながら、御園斉覇は見失った秋瀬直也を必死に探す。

 一瞬、一度撤退するべきでは、と弱気な考えが脳裏に過ぎり、即座に破却する。

 もう後戻りは出来ない。此処に居た警備員は地中深くに空間転移して埋めてしまったし、何の関係性を見出せない『少女』も殺してしまった。

 相手は街の巨悪との繋がりがある凶悪な『スタンド使い』――この機を逃せば、自分は一方的に始末される。殺さなければ殺されるのだ。荒くなる一方の呼吸を自覚しながら、監視カメラを忙しく眺めていく。

 

(畜生、最初から窓硝子を飛ばす攻撃を思いついていれば二人同時に仕留められたのに……!)

 

 この時ばかりは自分の機転の悪さを呪いたくなる。その殺害手段を最初から思い出していれば、一瞬で終わって『日常』に戻れた筈だ。

 何で死んでないのだ、二回目の転移で殺されてくれていたのならば、こんなにも頭を悩ませる必要は無かった。存在そのものが忌々しい。他の転生者を片付けたと同様に始末されてたまるかと恐怖に抗うように歯を食い縛った。

 

 ――いつだってそうだ。自分は理不尽に狙われ、不条理に叩きのめされる。

 

 前世だってそうだ。自分は理由無く暗部に狙われ、存在しない筈の『第八位の風紀委員』に殺害された。

 何の罪も無い自分が何故こんな目に遭わなければならない。そんなのは間違っている。世界が間違っているのならば、力尽くでも修正しなければならない。

 

 その直後だった。何の前触れもなく頬に強烈な衝撃を受けて壁際まで吹っ飛んだのは。

 

「グギャッ?!」

 

 椅子が倒れ、機材が崩れ落ちる音が煩く鳴り響き――かつんと、自分一人しかいない部屋に死を告げる足音は確かに鳴り響いた。

 

(な、殴、られた……!? まさか奴の『スタンド』が既に此処にッ!?)

 

 ――このままでは何も出来ずに殺される。

 

 最速で演算し、座標に他の人間がいるかいないか考慮外で――瞬間的に御園斉覇は自身を一階上の廊下へ『空間転移』させた。

 景色が歪み、自分自身の全てが歪曲したかのような感触を経て、決死の空間転移は見事成功する。

 吐き気を抑えながら周囲を見回す。自身の体の一部分が床にめり込んでいるという不具合は幸運な事に無い。偶然通りがかった生徒もいない。昼休み終わりの予鈴が近い、多くの生徒は自身の教室に戻っている頃だろう。

 

(クソッ、顔が痛ぇ、歯が何本か折れた、頭がぐらんぐらんしやがる……! 暫く自分自身の空間転移は無理だ、早く逃げなければ――!)

 

 体調は一気に急降下し、まともに演算出来る状況じゃない。ただでさえ不可視の理不尽な攻撃に生命を奪われかかったのだ、正常に思考出来る筈が無い。

 傍目を気にせずに廊下を走り、階段を二段飛ばしで駆け上がって逃走経路を目指す。あの場所にさえ行けば、例え秋瀬直也が追いついても敵対行動を取れない筈だ。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ――!」

 

 走り、走り、誰かを背中から突き飛ばし、後ろから怒号が響き、それでも無視して走り、珍しく閉じていた扉を「何でよりによって今閉まってやがるんだ! アァ!?」などと内心毒付きながら力一杯でこじ開けて――遂に御園斉覇は完全な安全地帯、自身の教室に足を踏み入れた。

 

 ――ガラガラガラ、と背後から窓が開く音が鳴り響き、かつんと軽く着地する音が届く。

 迅速に背後を振り向けば、純然たる殺意を滲ませた秋瀬直也が息切れ一つせずに立っており、更には此方に向かって歩いて来ていた。

 

(ひ、ひっ!? い、いや、落ち着け。アイツはもう仕掛けられない……!)

 

 秋瀬直也は階段を経由せず、直接外から這い上がって来たのだろう。

 相手としては追いついたつもりだが、追い詰められたのは自分ではなく、秋瀬直也に他ならない。

 此処には何も知らない無垢な小学生しかいない。一般人を前に白昼堂々戦うのは不可能だ。

 奴は衆知を前に尻込みだろうが、此方の殺害手段は空間転移だ。身体の体内に直接転移させれば、誰にも気付かれずに殺す事が出来る。

 

 奴に背中を見せる事になるが、何も出来ないから問題無い――即座に振り返り、走りながら自身の机の中にある筆箱に手を伸ばそうとする。

 人間一人殺すならその程度の小物でいい。御園斉覇が勝利を確信した瞬間、伸ばした手が突如踏み潰され、声にならない悲鳴が零れる。

 馬鹿みたいな力で床下に縫い付けられ、手の甲には見えない何かの靴底がはっきりと痕として映っていた。

 

(な……っ!? そんな馬鹿な、此処では仕掛けれない筈なのに――!?)

 

 即座に頬を殴り飛ばされて廊下に逆戻りし――足元まで転がった御園斉覇を秋瀬直也は冷然と見下し、彼は驚愕と共に見上げた。

 

 

「――『スタンド』はよォ、基本的に一般人には見えねぇんだよ。それなのに何で一般人の前で足踏みする必要があるんだ? 躊躇する理由なんて欠片も無いのによォ……!」

 

 

 小声でそう告げ、不可視の『スタンド』の拳を容赦無く振り下ろした秋瀬直也の姿は『死神』でしかなかった。

 耳元まで伸びて手入れがされていないぼさぼさな黒髪も、殺意の炎を宿した黒眼も、比較的整った顔立ちも、自分と同じ私立聖祥大附属小学校の白い制服も、全て擬態にしか見えない。

 

 ――やはり、最初に仕留めておくのはコイツだった。

 薄れる意識の中で、御園斉覇は心底後悔するのだった。

 

 

 

 

「どうしたんだ? 大丈夫か!?」

 

 ――『ファントム・ブルー』による全力のラッシュをぶちかまして奴の意識を断絶させた後、オレは仰々しく白々しく叫ぶ。

 急に吹っ飛んだ、としか見えていな御園斉覇のクラスメイトの何人かが覗き込み、惨状を目の当たりにして小さな悲鳴を上げていたりした。

 

「オレはコイツを保健室に連れて行くから誰か先生に伝えてくれ!」

 

 そんな事を叫んで、有無を言わさずに肩を持って連行していく。

 コイツは絶対に『始末』するが、一般人の、それも小学三年生の前で殺害するのは流石に忍びないだろう――。

 

 

 

 

 ――幸い、保健室の扉には立て札で「職員室にいます」という有り難い状況が書き記されており、中にも人の気配は無い。

 

 扉を無造作に開いて、肩で担いでいた御園斉覇を投げ捨てて扉を閉める。

 何も、直接手を下すのはこれが初めてではない。前世では何度もあった事だ。慣れる事なんて絶対無いが。

 

 ――物音が背後から生じる。まずい、もう意識が戻りやがったのか――!

 振り向きながら最速で『スタンド』を繰り出し、心の何処かで間に合わないと悟る。

 幾ら転移するまでタイムラグがあるとは言え、先手を取られては回避も防御も出来まい。死んだな、これは――。

 

 赤い鮮血が撒き散り、小さな手が血塗れに濡れる。

 誰が――自分が、ではなく、御園斉覇が、誰に――目の前で死んだ筈の『魔術師』の『使い魔』によって、その心臓を手刀をもって貫通させていた――。

 

「甘いですにゃー、私がいなければ殺されてましたよ?」

 

 それは変わらぬ笑顔で――その事実が余計恐怖心を齎した。

 こんな凄惨な方法で御園斉覇の心臓を穿ち貫いたのに、平常運転なんて気が狂っている。

 ……更に言うならば、先程脳天と喉仏と心臓部にナイフが突き刺さっていた筈なのに、傷一つ処か痕すら無い。

 

「――ッ、お、おま、死ん……!」

「詰まらないほど在り来りな台詞が遺言ですか。――ええ、確かに貴方に一度殺されましたけど? 痛かったなぁ、避ける間も無く三箇所も刺されちゃいましたし、少し苛つきましたよ?」

 

 心臓を穿ち貫かれ、人生最大の衝撃に仰天する御園斉覇を尻目に、あの『使い魔』は艶やかに笑った。

 

「――私の気が済むまで殺し続けて差し上げますから覚悟して下さいまし」

 

 心臓を穿ち貫いた右手で御園斉覇の顔を鷲掴みにし、無防備になった首筋に彼女は全て鋭利に尖った化物のような歯を突き立て、容赦無く齧り付いた――!?

 

「……っ?! ――、――!?」

 

 声にならぬ断末魔が響き渡り、少女は陶酔した表情で、とくとくと頸動脈を破り切って流れる血を余さず飲み干す。

 程無くして心臓から地に流れ出た大量の鮮血が意思を持ったかのように流動し、一滴も残らず少女に吸収され――御園斉覇は死体一つ、いや、痕跡一つ残らずにこの世から消え果てた。

 血塗れだった筈の手は穢れ一つ無く、血塗れだった衣服すら今は洗濯後の如くだった。

 

「吸血、鬼? まさか『柱の男』と同じ……!?」

「幾らジョジョ世界出身の人だからと言っても失礼な人ですねー。第一『男の娘』に需要なんて無いですよ?」

 

 何処か的が外れた事を返されたが、警戒度は高まるばかりだ。

 脳天と喉仏と心臓を貫かれれば、間違い無く即死する。だが、人間外ならば話は別だ。『魔術師』の飼う『不死の使い魔』とはやはり彼女だったのか。

 

「というか、私が『柱の男』と同類の究極生物だと仮定すると『エイジャの赤石』で太陽を克服している事になりますよ?」

 

 昼間から太陽の光を浴びて日光浴し、堂々と行動する吸血鬼は笑いながらそう言う。

 ……あの『魔術師』と同様に底が見えない。重要な手札は一枚見れたというのに、その程度では済まないだろうという恐怖感が拭い去れない。

 

「それにしても最期から最初まで詰まらない男ですね。アレの人生を一言で語れば『勘違い』で語り終えてしまいますし。私達相手に仕掛けて来たのも『一連の事件が貴方の仕業』だと勝手に勘違いしての暴走ですね」

「……『勘違い』でオレ達を殺しに来たのか?」

「ええ、コイツの前々世でも、前世の『とある魔術の禁書目録』の世界でも『勘違い』して自滅してますね。暗部相手に凄い自爆です。――何一つ信じられない疑心暗鬼の塊、ゴミのような男ですね」

 

 『使い魔』――いや、吸血鬼の少女は心底詰まらそうに言い捨てる。

 血を吸った人間の記憶まで知識として吸収出来るのか……? この恐るべき吸血鬼は――。

 余りの情報量に混乱している最中、後ろの扉が急に開き――白衣を着た三十代前半の女性教師が入ってきた。

 まずい、と思った矢先、吸血鬼の少女は率先して女性教師に近寄っていきやがった――!?

 

「御園はいるか――と、部外者が何故此処に……?」

「――何も問題無い。部外者は何処にもいない、お前は誰も見ず、御園斉覇は体調不良で早退した」

「何も、問題、ありません。誰も見ず、彼は、早退、しまし、た」

 

 女性教師の眼を上目遣いで覗き込んだ途端にこの有様である。

 傍目から見て明らかに異常な状態になった女性教師はそのまま何事も無かったかのように退出して行った。

 その真紅の瞳はいつも以上に爛々と輝いており、鮮血のようだと思った第一印象は有り勝ち間違ってなかったようだ。

 

「『暗示』? 『魅了の魔眼』? もしかしてエロ光線?」

「さぁて、どれでしょう? 私の事が好きになーる、好きになーる?」

 

 はぐらかされ、吸血鬼の少女は今度は此方に覗き込み、くるくる人差し指を回して見せる。

 正直、冗談の一つとして受け止めるべきだが、先程の暗示に掛かった教師を目の当たりにした直後なので笑うに笑えない。

 此方が期待した反応を見せないので飽きたのか、吸血鬼の少女は一旦離れ、見た目の年齢相応にあどけない笑みを浮かべた。

 

「それにしても正統派の『スタンド』かと思いきや、装着する事も出来たんですね。『ヴァニラ・アイス』みたいな感じでしょうか? 一般人どころか同じ『スタンド使い』でも目視出来ないから『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』とは中々洒落てますね」

 

 ……なるほど、今回の一件は自分のスタンド能力を調査する為に仕組まれた茶番だったという訳か。

 道理で親切丁寧に現れた訳だ。今頃自分は苦虫でも噛んだような顔になっている事だろう。

 正確な原理の説明は面倒だから割合するが、オレのスタンドの能力の一つは短時間限定のステルス機能であり、スタンドを装着する事で自分自身にもその効果を及ばせる。

 なるべく秘匿しておきたかったが、厄介な奴に知られたものである。彼女――吸血鬼に対して『スタンド』は可視の存在である疑いが濃厚か。

 

「! ……そういう事か。アンタ、随分と優しいんだな」

「ええ、私はご主人様と違って慈悲深いですから。本当は死体を隠蔽する能力も見たかったんですけど、あのままだと殺されて私の存在意義が無くなってしまいそうでしたしね」

 

 わざわざその事を知らせてくれた事に一応感謝しておく。

 片付けようと思えば彼女単身で片付いた問題であり、巻き込まれた此方としては溜まったものじゃないが、二度も助けてくれたので文句は言えないだろう。

 

「皮肉な話ですね、貴方の能力は物事を傍観するのならば最適の能力なのに、運命がそれを許さない。いえ、進んで厄介事に首を突っ込んでいるのは貴方自身でしたね? 発現した能力と相反する性格、まるで矛盾してます。――ご主人様の言った通り、貴方は非常に面白い人物のようですね」

 

 それは『魔術師』の邪悪な微笑みとは反対の、無邪気な微笑み。

 されども――善悪は定まっていなくても他人に恐怖を抱かせる事は十二分に出来るようだ。心底背筋が冷えたぞ。

 

「――『御園斉覇』と『豊海柚葉』に接点は一応ありませんね。それじゃ調査頑張って下さいな」

 

 吸血鬼の少女は「ばいびー」と手を振りながら、笑顔で姿を消す。瞬き一つ程度した瞬間には影も形も無く消えていたのだ。

 オレは尻餅付き、深々と溜息を吐く。これで転校生はオレ一人になり、更には『豊海柚葉』の調査の糸口を見失っての徒労である。

 そりゃ何度も溜息を吐きたくなる。愚痴すら言う相手がいないのだ。

 

「……やれやれ、簡単に言ってくれるな。その『豊海柚葉』にはオレの『スタンド』が見えていたというのに」

 

 『御園斉覇』をスタンドで殴って吹き飛ばす最中、あの例の女『豊海柚葉』はその動きを明らかに眼で追っていやがったのだ――。

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『蒼の亡霊(ファントム・ブルー)』 本体:秋瀬直也
 破壊力-C スピード-B 射程距離-B(10m)
 持続力-D 精密動作性-B 成長性-D

 表皮を風の膜で覆い、偏光させる事で『ステルス』の効果を齎す。
 連続持続時間は数分程度が限界。またスタンドを本体に装着する(中に入る)事が出来るので、本体も『ステルス』で姿を消す事が出来る。

 自身を死に追いやった最悪の結末を回避する為に発現した能力であるが……?

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