転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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40/遠い望郷

 

 

 40/遠い望郷

 

 

「ホント、厄介な防御力ですねぇ。あれだけ全力で引き裂いて、掠り傷しか付かないなんて。魔術師職なのに防御力が前衛以上って反則ですよー」

 

 シスターが参戦した事で、吸血鬼エルヴィは防戦一方を強いられていた。

 クロウから放たれるイタクァの魔弾は必中故に躱せず、シスターの繰り出す魔術の数々によって一切近寄らせず、隙あらば即興で構築した対吸血鬼用の封印術式が彼女を永久封印するであろう。

 

「相変わらず馬鹿力ですね。単なる力任せで『歩く教会』の防御を突き抜けるのは貴女ぐらいですよ」

 

 ――吸血鬼エルヴィが乾坤一擲で放った一撃も、シスターの頬を僅かに傷つけるという結果に終わる。

 

 此処に来て彼女の弱点らしき弱点が顕になる。吸血鬼という理不尽と暴力の塊であるが、攻撃特化した異能に比べれば些か攻撃性能に劣る点が見られる。

 圧倒的な耐久性・不死性を誇るが、彼女の攻撃ではシスターの『歩く教会』の堅牢な防御力を突破する事はほぼ不可能なのである。

 ――爪に付着した僅かな血を、エルヴィは嬉々と舐め取る。これこそが今の今まで積み重ねてきた布石であり、真の目的だったと言わんばかりに。

 

「まぁでもそれで十分ですけどね。これで貴女を無力化させる算段は出来上がりましたから」

「――随分と強気ですね。見え見えの虚勢は滑稽に見えるものです」

 

 確実に追い詰めている、とシスターは戦況把握する。

 此処でこの吸血鬼を封殺してしまえば、魔術師陣営の戦力はガタ落ちする。自分が前衛で、クロウ達が後衛を務めている限り、この吸血鬼に一欠片の勝機も発生しない。

 吸血鬼エルヴィは笑顔でシスターの碧眼を射抜き――吸血鬼の真紅の瞳は妖しく輝いた。

 

 ――魔眼、恐らくは精神干渉系の類だろう。

 全てがブレた世界の中で、シスターは無意味だと嘲笑う。この手の精神干渉に関して彼女は、否、『禁書目録』は絶対無敵の抵抗力を誇ると言っても過言ではない。

 十万三千冊の魔導書の精神干渉に比べれば、こんなものは大河に垂らされた一滴の水のようなものだった。

 

「――何のつもりです? 魅了の魔眼程度で私をどうにかしようとでも?」

「あはは、その程度で十万三千冊の猛毒に耐えた貴女を打破出来る訳無いじゃないですかー」

 

 返答されるとは思ってもおらず、その声の方向にシスターは振り向いた。

 ほんの刹那に構築され、消え逝く定めの精神世界に、吸血鬼エルヴィは堂々と現れる。全てがブレている世界で唯一人だけ、そのままの姿で笑いながら――。

 

「私は何処にも居て、何処にも居ない。此処が貴女の精神世界であろうが関係無い話です」

 

 精神世界は一度砕け散り、幾百幾千幾万の破片は万華鏡の如くシスター自身の記憶を写して上映する。

 最近のもの、クロウ・タイタスが教会に帰って来て自分を頼り、八神はやてとアル・アジフも付いて来た事から――二回目の自分の行いさえ、無限に飛び散った破片は千差万別の上映を行う。

 

 

「――血とは魂の通貨、生命の貨幣。例え消滅した記憶でも魂には刻まれている。折角の機会です、亡くした記憶を蘇らせて差し上げますよ」

 

 

 そして移ろう破片は、彼女自身が知らない情景を一斉に映し出す。

 そんな記憶など知らない。そんな光景など見た事が無い。『禁書目録(インデックス)』と同じように絶対記憶能力を持つシスターにとって、それは自分の記憶である限り在り得ない出来事だった。

 思い浮かぶ理由は二つ、一つはこの記憶が自分のものでは無い事。確かに、この理由はある意味正しい。そしてもう一つは――。

 

「――やめ、て」

 

 瞬時に悟ってしまった。まるで他人のような情感に触れて、シスターは全身全霊で恐怖する。

 これは吸血鬼エルヴィがシスターの血を吸う事で回収した、シスターから消された記憶――即ち、一回目の自分、記憶を消されるまでの二回目の自分に他ならない。

 自分以外の誰か――そう、消し去られた記憶は、もう自分のものではなく、単なる遺物にして異物に過ぎない。

 

「遠慮する事は無いですよ。ずっと記憶を取り戻したかったじゃないですかー」

 

 エルヴィはにんまりと嘲笑う。これが彼女にとって何より致命的な精神攻撃である事を、全知して。

 

 ――シスターは必死にこの世界の綻びを検索する。

 

 一刻も早く、此処から脱出しなければならない。この空間に舞う記憶の欠片の意味を一切解析せず、一秒でも一瞬でも一刹那でも早く抜け出さなければならない。

 

 ――いつしか『魔術師』は言った。自分にとって記憶を取り戻す事は、破滅を意味すると――。

 

 

「じゃぁねー、先代『禁書目録』さん。そして初めましておはようございます、『セラ・オルドリッジ』ちゃん――」

 

 

「――あ、ああああああああああああああああああああああああぁ――!?」

 

 ――一人の少女の悲痛なまでの断末魔が轟いた。

 自身の頭を両手で押さえ、狂ったように苦悶して涙を流し――碧眼から一切の光を失い、シスターは地面に倒れ伏す。

 その凄惨な光景を、吸血鬼エルヴィははち切れんばかりの笑顔で見届けた。

 

「シスター!?」

 

 クロウはすぐさまシスターの下に走り、安否を確認する。

 眼を開けたまま、少女は動く素振りさえ見せない。生きているが、決定的な何かが亡くなったような喪失感が、クロウの胸に焦燥感を撒き散らす。

 

「……シスターに、シスターに何をしたッッ!」

「貴方は自身の心配をなされた方が良いんじゃないですか? 堅牢な前衛は居なくなりましたよ?」

 

 

 

 

「――我が血潮は灼け爆ぜる。弔いの焔は我が掌に。炎の矢は斯くの如く……!」

 

 自らの血を媒介とした瞬間爆破、火の蛇のように渦巻く火焔、矢状に圧縮されて放たれる獄炎――立て続けに放たれ続ける魔術に、神咲神那は固有結界の温度無き炎を以って相殺しながら舌打ちする。

 

 ――魔術師・神咲悠陽は一工程・一小節の魔術を好き好んで扱う。自己の体に刻み込んだ魔術を発現させる最小限度のキーワードを以って行使する。

 

 長々とした呪文の詠唱を一切必要としなかったのは、彼が保有する神域の魔眼が容易に一工程・一小節の魔術を必殺の領域に高めてしまうからである。

 威力は幾らでも補えるが故の手数の多さ、それが戦闘者として磨き上げた魔術師・神咲悠陽の結論だった。

 

「いつも、そうだった……!」

 

 絶え間無く繰り出される神咲悠陽の魔術に対抗しながら、神那は絶叫する。

 時を超え、次元を超えた想いを、吐露するように――。

 

「お父様は、私を見てくれない……! 今でさえ、私の事を何一つ見てないっっ!」

「聞き分けの悪い小娘だ……! ――いい加減、親離れぐらいしろ……!」

 

 単発式の炎の魔弾を十数発、半自動誘導式に撃ち放ち――大波の如く押し寄せた炎の波が飲み込んで打ち払い、されども神代の魔眼によって温度無き炎が焼き焦がされて一瞬にして崩れる。

 

「お父様の他に、私は何もいらないっ! 愛してくれなくても良い、私を一人にしないでっっ!」

 

 幾十幾百の温度無き炎の魔弾が自由自在に疾駆し、全周囲から神咲悠陽の下に殺到し、展開していた三重の陣の第二陣の炎の縄によって大半が撃ち落され、掻い潜った魔弾は第三陣によって跡形も無く弾かれる。

 

「――この戯けがっ! 親なんてものは子より先に死に逝くが運命よ! 乗り越えてさっさと己が道を歩め! それと復讐はどうした、復讐は……! 忘れたとは言わせんぞ、この私が貴様の祖父と母を殺した事をっ!」

 

 ――そう、神咲悠陽は二回目の世界において、彼女の誕生を祝福し、世界で一番愛情を注ぐ母親を殺した。

 実の妹であり、妻である女性をこの手で殺めた許されざる怨敵であり、復讐を遂げさせる為に我が娘を育て上げた。それなのに――。

 

「そんな顔も解らない赤の他人なんて知らないっ! 私にはお父様しかいないんだからぁ……!」

「な、赤の他人だと……!? この痴れ者の親不孝者がっ!」

 

 娘の余りの言葉に激怒し、感情のままに魔術を放つ。意地と意地が衝突し、魔力の火花を散らせる。

 尊属殺しを誰よりも許せなかったのは神咲悠陽に他ならず、実の娘である神那にその罪を裁かせようとした。

 幼き彼女から母親を奪った憎き怨敵は自分であり、殺す権利が彼女にはある。だが――。

 

「私の親はッ、どの世界においてもお父様、貴方一人だけです――!」

 

 愚かにも娘は、怨敵である自身を愛してしまった。許してしまった。必要としてしまった。

 それを認めず、前回の神咲悠陽は血の責任を果たせないと判断し、自らの手で二回目の人生を終わらせた。

 それが唯一の救いだと信じて――それがどれほど彼女を壊したのか、知る由も無く。

 

「貴方は炎の海に飲まれて居なくなった。『二度目』も私を置いて消えて逝った。今度は、今度こそは――!」

 

 一瞬、神咲悠陽の呪文詠唱が止まる。戦闘中に関わらず、あるまじき隙だった。

 だが、今の彼女の言葉は決して、聞き逃して良い物では無かった。同時に、絶対に聞き入れてはならない不可避の呪言だった。

 

「……『二度目』だと? 何の、事だ。お前が私の娘だったのは前回だけで――」

 

 ――おかしい。詮索し検索し思索し、同時に彼の思考はこれ以上考える事をひたすら拒否し続ける。

 

 ――第二次聖杯戦争に赴く前に、出産したばかりの赤ん坊をその手に抱いた。

 その小さな命は軽いのに重く、魔術師の子供としての使命を一時忘れて、神咲悠陽は飽きるまで抱き続けた。

 

「――私の声を、聞いて。私を、一人にしないで。私を、見て。私の名前を、呼んで――」

 

 その赤ん坊にはまだ名前が無かった。

 名付け親は自分だと、祖父と妹は愛らしく語る。

 似ては居ない筈なのに、その赤ん坊が誰かの姿と重なった。

 

 ――彼が人生を賭けて切望し、これから悲願を達成した後の『一回目』の世界に待っているだろう、彼の本当の娘と重なった。

 

 第二次聖杯戦争を勝ち抜けば、自分はこの世界から消え去るのに、何を血迷ったのか、神咲悠陽はその娘に、前世の娘と同じ名前を授けた。

 その名前を呼ぶと、赤ん坊は何よりも反応し、きゃっきゃと笑った――。

 

 

「神、那……?」

 

 

 ――此処に、途絶えていた線と線が一本に繋がり、されども彼等は最後まで噛み合わずに決着が着いた。

 

 

 

 

 そして少女は最後の力を振り絞って、愛すべき父の胸に飛び込んだ。

 生命と寿命を燃やして捻出させていた魔力を、最後の一滴まで振り絞って――。

 

「今度こそ……最期まで、一緒、だね――」

「――まさか、この固有結界は……!」

「最初から自決用……何で、似なくて良い処だけ、あの女のに似たのかな……?」

 

 父が語ってくれた、いつしかの寝物語。

 サーヴァントとして第二次聖杯戦争を駆け抜けた聖女『ジャンヌ・ダルク』の事を憎悪しながら、神那は安らかに笑う。

 この固有結界『忘火楽園』が世界の矛盾による修正力を受けて尚、此処まで長時間に渡って展開出来たのは、彼女の全てを焼き尽くして燃料として構築されていたからに他ならない。

 術者と取り込んだ対象の魂を一片も残らず焼き尽くして消滅する、一生涯に一度限りの、完全に自決用の固有結界だった。

 

「……やっぱり、殺せなかった。ごめんなさい、お父様。神那は、親不孝者です――」

 

 神那は痛々しげに笑いながら涙し――その指先から、静かに消失していく。

 術者である彼女自身の破滅は必定だった。ただ、神咲悠陽はそれすら乗り越えてしまっただけで――。

 

「……やめろ。今すぐ固有結界を解け! この親不孝者めが、子が親より先に逝くつもりかっ!? ――よりによってこの私に子殺しをさせるつもりかッッ!」

 

 泣きながら、嗚咽しながら神咲悠陽は叫ぶ。

 

 ――魔術師としての冷然なる理性が、もう手遅れだと冷酷に告げていた。

 もうこの小娘に生きる力すら残っておらず、消え果てるのみだと冷静沈着に解析する。

 

 漸く、出逢えた。やっと、気づけた。それなのに、愛して止まなかった娘の死を見届ける事になろうなど、許せなかった。遣る瀬無かった。耐え難い所業だった。

 如何なる罪罰をも踏み倒し、幾多の悲劇・惨劇を乗り越えて来た彼でも、これはあんまりだった。

 先立つ愛娘を見届けるなど、絶対に許容出来ない罰だった。

 

「……最悪だ。お前は、最悪だ……!」

「……そういうお父様も、神那に親殺しの罪罰を背負わせる気ですか……?」

 

 神那は父の涙を拭いながら、悪戯が成功した子供のようにあどけなく笑った。

 そう、今だけ、今この時だけは――二人の間に遮るものは、何も無い。最初で最後の、娘と父の、世界の壁を二回跨いで漸く訪れた、家族として語らう唯一無二の機会だった。

 

「あはは。やっぱり、私達は似た者同士、ですね……互いの都合なんて、お構い無しで――最後の最期でしか、解り合えなくて」

 

 崩壊が止まらない。神那は末端から白い粒子になって消えて行く。

 全てが消え逝く前に、神那は背伸びして――淡く口付けした。最早体温すら彼女には残っていなかった。

 

「……私は、お父様の子に再び生まれて幸せでした。今回は妹だったけど――また次は、貴方の子に生まれたいです」

 

 そして彼女の体は光となって消え果て、世界はガラスが割れるように崩壊した――。

 

「……神、那。神那――っっっ!」

 

 

 

 

「――っ!」

 

 第三者が発動させた固有結界から解放された『魔術師』に、満身創痍のランサーは一目散に駆け付ける。

 『神父』もまた同様に幾多の切り傷を負って死に損なっており、勝負の天秤は『魔術師』によって決したかに思われた。

 

「おうおう、無事だったか、マスター! アンタも存外にしぶといな……?」

 

 無言で項垂れ、戦闘中に関わらず立ち上がる気配すら無く――覇気や生気が完全に失っていた。

 

「……エルヴィ」

「はい、御前に」

 

 弱々しい呼びかけに、此処に居なかった吸血鬼エルヴィは即座に現れて答える。

 彼女の出現に、絶体絶命の窮地に陥った満身創痍の『神父』は、逆に更なる闘志を滾らせたが――。

 

「撤退する。少し、疲れた……」

 

 

 

 

「――居なくなった?」

 

 あれだけ優勢な状態から突如居なくなった吸血鬼の行動に疑問符を抱きながらも、周辺から彼女の気配が完全に失せた事を確認する。

 オレは大きく息を吐き、マギウス・スタイルを解いて、元の姿に戻る。

 

「終わった、のか? ……ところでクロウ・タイタス。八神はやての負傷を治癒出来る人材は居るのか? まだ保たせる自信はあるが、万全を期すならば早めの方が良い」

「ああ、シスターが何とか出来る」

「とは言ったものの、あの小娘はどうなった?」

 

 誘拐犯に言われ、そしてアル・アジフの言で急に倒れたシスターの事を思い出す。

 見ると、未だに倒れ伏したまま――視線の焦点が合わぬ状況だった。

 

「シスター! おい、大丈夫かシスター……!」

 

 コイツが精神的な攻撃を食らったとは考え辛いが、必死に呼びかけてみる。

 すると、何度目かの言葉掛けに反応し、漸く此方に視線を送った。

 

「……シスター? えと、すみません。何方様ですか?」

「え? おいおい、冗談きついぞ、シスター。オレだよ、クロウ・タイタスだよ。この顔を忘れたのかぁ?」

 

 シスターは心底不思議そうに首を傾げ、性質の悪い冗談だと片付ける。

 今ははやての事も心配なので、冗談なんて言っている暇があったら即座に治癒をお願いしたい状況である。

 

「……いえ、貴方とは初見の筈です。シスターって何の事ですか? それに此処は、どうやら日本のようですけど……?」

 

 ――え?

 待て、今、シスターは何と言った?

 自分がシスターである事を認識していない? 一時的な記憶の誤差、なのか?

 それどころか、此処を日本――? まるで日本以外の場所に居たかのような言葉だろう、それは。

 オレは、恐る恐る聞く。普段のシスターならば絶対に答えられない質問を――。

 

「自分の名前を、言えるか……?」

「あ、はい。セラ・オルドリッジと言います。初めまして、ですよね?」

 

 そして、オレの知るシスターがもう何処にも居ない事を、オレは呆然としながら悟るのだった――。

 

 

 

 

 此処に『過剰速写』が発端の一夜の戦闘は一先ず終了する。各陣営に深い傷痕を残して――。

 

 

 

 

 


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