転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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42/雨天の涙

 42/雨天の涙

 

 

「……疑問に思ったのだが――何で教会でこんなにも銃器やら手榴弾やら閃光弾が揃うんだ?」

 

 回転式拳銃では『S&W M19』、ウケ狙いなのか、全長550mm、重量6.0kgという、人類では到底扱えない超大型の回転式拳銃『パイファー・ツェリスカ』、自動拳銃は『コルトM1911』『デザートイーグル.50AE』、アサルトライフル『AK-47』、M61手榴弾にM84スタングレネード、サバイバルナイフに投擲用ナイフが数点――豊富な弾薬と共に『過剰速写』の前に用意されていた。

 

「え?」

 

 その声は一体誰のだったか、一人だったかもしれないし、或いは複数だったかもしれない。

 だが、それにしても「お前は何を言ってるんだ?」と真顔で言われる謂れは無い筈であると『過剰速写』は目元をピクピクさせて頭を抱えた。

 

「……いや、『え?』じゃねぇよ。無理に要求したオレもオレだが、銃刀法違反上等の品揃えじゃねぇか。本当に此処は平和惚けした日本か? というか、何処かと戦争する気か?」

「十三課(イスカリオテ)出身の『神父』さんにそんな事言ったら宗教戦争になっちゃいますよ?」

「……どうやらオレの宗教認識を一から見直した方が早いらしいな」

 

 記憶喪失のシスター、いや、セラに突っ込まれ、『過剰速写』は考える気力を完全に放棄する。

 だが、想像以上の品揃えであり、これで『過剰速写』の戦力はほぼ前世に匹敵する処まで回復したと言えよう。

 ――未来予知は未だに三秒先限定という始末であり、能力者が無意識の内に放つ『AIM拡散力場』が極めて薄い為、切り札とも自爆技とも言える『赤い翼』の展開は一瞬だけしか出来ないが。

 

「頼む方も頼む方だと思うなー。というか、クロさん。何で同じ拳銃、複数必要なん?」

「あらあら、それを聞いちゃ駄目ですよ、はやてちゃん。多分能力に関係する事だと思うから、深く聞いたら始末されちゃうよー」

「……私、始末されちゃうん?」

 

 八神はやての順応力の高さに呆れつつ、『過剰速写』は溜息を吐いた。

 後ろからの二つの視線、笑っている『神父』と不機嫌さ全開のクロウ・タイタスのが背中に突き刺さる。

 ……何方かと言うと、笑っている『神父』の方が圧倒的に怖いのだが。

 

「そんな事を口走ったらオレは『神父』と其処のロリコンに殺されるわ」

「誰がロリコンじゃいっ! このサイコキラーの誘拐犯め……!」

 

 八神はやてと仲良く話す『過剰速写』に複雑な感情を抱きながら、クロウは抗議の声をあげるも、丸っきり無視される。

 

「それにしても、ゴムボール? 見た目より重いなぁ」

「対電撃使い用じゃないかな。普通の金属製のベアリングボールだと磁力で誘導されて逆効果だし」

「……だから、人の能力の考察は止めて欲しいのだが。つーか、子供はそんな危険物に触れるなっ!」

 

 用意された銃火器の数々を整理しながら『過剰速写』は注意し、はやてとセラは笑いながらお喋りを続ける。

 そのセラ・オルドレッジの順応性の速さに、クロウは並ならぬ危機感を抱いていた。其処に居ていいのはシスターであって、ぽっとでの彼女では断じて無い。

 内に溜まった鬱憤は、遣り処を完全に失っていた。

 

「クロウ」

「……アル・アジフ。何だ?」

 

 昨日からだんまりを貫いていた彼女は小声で、彼にだけ聞こえるように話す。

 その厳しい視線は、彼女達、否、セラに向いていた。

 

「あの女から決して目を離すな。あれはあの小娘より腹の底が黒くて侮れないぞ」

 

 言われずとも解っていると、クロウは無言で答える。

 非常に、不愉快だった。シスターの席を、見知らぬ誰かが我が物顔で奪っている気がして、遣る瀬無かった。

 

「――それに汝は、あの女の存在を最初から否定したのだろう? ならば迷うな」

 

 それは、いつしかのクロウ・タイタスの解答だった。

 

『……オレは、今のシスターしか知らねぇ。――だから、今のままで良い。例えそれが間違いでも、オレはそれで良いと思う。誰のせいでもない、オレのエゴで、そのままの君で居て欲しい』

 

 聞かれていたのか、という前に、彼は『セラ・オルドレッジ』の存在を最初から否定している。

 だからだろう、こんなにも心が騒いで、落ち着かないのは。まさか彼女の記憶が蘇り、彼女が消えてしまうとは――。

 

「……解ってるよ」

 

 握り拳に力を入れて、今一度自分の意志を確かめる。

 クロウ・タイタスにとって、『セラ・オルドレッジ』は単なる贋物に過ぎない。必ずシスターを取り戻すと心の中に誓う。

 

「それで一度話し合っておきたいんだが、『魔術師』達についてはどうするんだ? はやての一件もあるし、もう受け身じゃいられないぞ?」

 

 周囲を見回し、クロウは改めてこの話を切り出す。

 『過剰速写』も銃器を弄るのを一旦中断し、『神父』はソファに座って紅茶を飲んで一息吐き、『魔術師』との問題が解決するまで協力する事を約束したブラッドとシャルロットもまた真剣な眼差しで集中する。

 

「はいはーい、腹案があります、クロウさん!」

 

 ……そして、一番無視したかった彼女、セラ・オルドレッジは笑顔で口を挟んで来た。

 衝動的に怒りが湧いたが、クロウは堪える。感情的に納得いかなかったが――。

 

「昨日から皆の話を聞いて思ったのですが、その『魔術師』という人は反管理局思想の人物で、それ故に話し合いで解決出来ると思うんですよ」

「はやてが殺されかけたんだぞ!? 今更話し合いで済む訳ねぇだろう……!」

「戦えば解決出来ますか?」

 

 そう返されれば、何とも言えなくなる。

 間違い無く、『魔術師』の陣営と正面衝突すれば此方にも犠牲が出るだろう。そもそも、勝算があるのかさえ定かではない。

 幾ら海鳴市の大結界を壊されても、あの『魔術師』の底は誰にも見い出せなかった。

 

「――何故、八神はやてを殺そうとしているのか、その理由を今一度よく考える必要があると思うのです」

 

 まるで誰も彼も引き込まれるような口車を以って、セラの演説が始まる。

 

「はやてちゃんの生命を救うには闇の書の蒐集を実行する必要があります。ただこれは誰にも迷惑を掛けずに人間の魔導師以外を標的として集めれば時間切れの可能性が大いにあります。――『魔術師』の最初の提案は、無差別に襲って後腐れ無いように『ヴォルケンリッター』と『闇の書』に全ての罪を押し付けて完全消滅、でしたね?」

 

 クロウと『神父』は肯定するように頷く。クロウは渋々だったが――。

 

「必然的に八神はやてが死亡する前に666の頁を埋めるには、管理局の魔導師をも襲わなければなりません。これによってはやてちゃんが事件後、贖罪という名目で管理局に完全に取り込まれる可能性が発生する訳です。『ヴォルケンリッター』も『夜天の書』も諸共――そして此処に居る教会勢力の皆様もです。ブラッドさんやシャルロットさん、『過剰速写』さんはその限りじゃないですけど、彼女を人質に取られたら逆らえませんよね?」

 

 不安そうに曇るはやてを見ながら、セラは各々の顔を見回して笑顔で続ける。

 

「つまり『魔術師』は八神はやての生存を許さないのではなく、それらの戦力が管理局に取り込まれるのを断固阻止したいのです。――ねっ、意味合いが大分違って来ましたでしょ?」

 

 それ故に、原作通りの蒐集を目指した教会勢力とは相容れず、『魔術師』は八神はやての始末を目論んだ。

 故に、問題は八神はやての生死ではなく、管理局が一人勝ちするか否かという点にあるとセラは指摘する。

 

「ですから、共通の敵である時空管理局を生贄に捧げる事で、私達と『魔術師』は仲良く出来ると思うんですよ? お互いに協力して踏み倒せば良いんですよ、全部の罪をお誂え向きの『ギル・グレアム提督』に押し付けて。――これが八神はやてと『ヴォルケンリッター』の生存権を確立出来る、唯一の方策です」

 

 利用するだけ利用して、管理局を共同して切り捨てる事をセラは提案する。

 『魔術師』と管理局、何方が敵に回したら厄介かは明らかに『魔術師』に軍配が上がる。遠くの脅威よりも近くの脅威、その内患を取り除いて外患さえ払えるのならば――。

 

「……先に仕掛けて来たのは、『魔術師』側だ。もう一度交渉の席に座るとは思えない」

「其処は積極的に会話の機会を模索するしかないですね。向こうとしても、此方と全面衝突すれば被害は免れないですし」

 

 クロウは否定の言葉を発し、セラは即座に返す。

 卓上の空論だが、今の事が全部上手く行けば、『魔術師』と戦わずして八神はやての生存権を確保出来るかもしれない。だが――。

 

 

「……最初に言っておく。オレは、お前の事を全く信用していない。オレが知っているのはシスターであって、お前じゃないからな」

 

 

 場が凍り付く。クロウ・タイタスはセラ・オルドレッジの存在を否定し――彼女もまた当然のように受け入れる。

 

「ええ、存じております。この身が吸血鬼の魔眼の精神操作で作成された都合の良い人格、と疑われても私には晴らす手段がありませんしね。まぁ元々貴方は『私』を敵視していたようですけど」

 

 おどけたように笑い、されども、一切の感情が亡くなった無機質な眼でクロウの眼を射抜く。

 

「私は私の生存権を確立する為に、有効策を打ち出して自身の有用性を認めて貰うしかないのです。――最初に言っておきます。私は贋物の私に『私』を返す気など毛頭もありません」

 

 これがセラ・オルドレッジの返答であり、クロウ・タイタスに対する宣戦布告だった。

 誰よりも自身の立場の危うさを理解しているセラには、自身の知恵を絞って、自分の存在が役立つと周囲の者に認めて貰うしか生きる術が無い。

 そして、その生存競争における明確な敵が、シスターが誰よりも心開いていたクロウ・タイタスなのは皮肉以外の何物でも無かった。

 

「私は記憶を消される前に幾つもの布石を打ちました。その世界が『とある魔術の禁書目録』である事も、『首輪』を噛み砕く方法の考察も、この身が『転生者』である事も――次の私が自身が転生者であると自覚しているのはそれが理由です。ですが、私の本当の名前だけは一切残さなかった。何故だか解りますか?」

 

 冷笑すら浮かべ、セラは挑発的に語る。

 クロウ自身も感情が高ぶり、互いに一歩も譲らず、内に溜まった感情を爆発させるしかなかった。

 

「私は――『セラ・オルドレッジ』は記憶を消される前の私だからです。記憶を消された後の別人格の私は、私じゃありませんからね。私の記憶を取り戻す為までの繋ぎです」

 

 その言葉に、クロウの理性が一気に沸騰する。止め処無い怒りが、全身を支配する。

 

 

『私はね、『私』の記憶が消される前に遺した文書で、私が『転生者』である事を知った。それ以来、私の目的は『私』の記憶を取り戻す事が全てだった。でも、何処かで嘗ての『私』を私と同一視していたんだと思う』

 

 あの時のシスターの独白が、クロウの脳裏に色鮮やかに蘇る。

 

『記憶を失う前の『私』が全くの別人なら――今の私が、後に構築された贋物という事になっちゃう』

 

 肩を震わせて、シスターは独白する。

 名前すら思い出せず、彼女はひたすら過去の自分を求めた。

 

『……怖く、なっちゃったの。今の私は贋物で、本物の『私』に返さないといけない。失ったものは、取り戻さないといけない。それなのに……!』

 

 涙を流しながら、自身が贋物である事をシスター自身が認める。だが――。

 

『……クロウちゃん。臆病で卑怯な私を叱って。嘗ての『私』を絶対に取り戻せと怒って。それが、それが正しいのだから……!』

 

 それでもシスターは自身の存在意義を果たそうとした。贋物の自分が消えてでもそれが正しいのだと、信仰するように――。

 

 

「――まさか今の今まで掛かるとは思いもしませんでしたがね。贋物の私は、余程無能だったのでしょう」

「――ッッ! テメェッ! シスターがどんな想いで生きてきたか、考えた事あんのかァッ!」

「知りませんよ、そんな記憶は私の中には欠片もありませんからね」

 

 胸元を両手で掴み取って引き寄せ、クロウは完全に切れて叫ぶ。

 対して、セラは冷めた眼で激昂するクロウを見上げながら完全に見下していた。

 

「――私の本当の敵は『贋物』の幻想をいつまでも抱き続ける貴方という事ですよ、クロウ・タイタス」

 

 

 

 

「あーあ、雨なんてツイてねぇなぁ」

 

 『ワルプルギスの夜』の影響か、学校の授業は午前中に終わり――大雨となっている現状を見て、オレはうんざりとした。

 

「天気予報を見ていなかったのかしら? 入る? お願いしますって言うなら入れてやらん事は無いけどぉ?」

 

 ずぶ濡れ確定だと覚悟した直後、後ろから来た豊海柚葉がこれ見よがしに赤い傘を開いてにんまり笑う。

 プライドと打算が衝突し、火花を散らして鬩ぎ合い、呆気無く決着が着いた。

 

「ぐ、ぐぬぬ、お、お願いします……」

「はい、素直で宜しい」

 

 勝ち誇った笑顔が何ともむかつくが、背に腹は変えられない。

 相傘の形で、オレ達は雨の中を歩く事となった。靴が濡れないように雨溜りを避けながら、傘がある範疇を歩みながら――。

 

「……はぁ、こういう雨の日は良い思い出が全く無いなぁ」

「雨なんて好きな人種は非常に奇特だと思うけど?」

「別に好き嫌いは無かったんだが――オレのスタンド能力についてはどれぐらい知っている?」

 

 探るような視線で彼女を見て、豊海柚葉は少しだけ考え込むように唇に人差し指を当てる。

 此方の手の内を全部知られている可能性さえあるが、さて……?

 

「風力系で、ステルス能力がある事ぐらいかな?」

「……まぁいいか。雨じゃオレのステルス能力は視覚的には無意味なんだよ。丸見えも良い処だ。それに――」

 

 

「――雨は良い。日々蓄積した心の鬱憤が一斉に洗われるようだ。雨天の中に傘を差さずに打たれる自由もある、これは何のフレーズだったかねェ?」

 

 

 スタンド使いに襲われた苦い経験があって、嫌な予感しか思い浮かばない。

 例に漏れず、黄色い雨合羽を被った変哲のある青年が、独特なポーズをとって立っていた。

 この見るからに解り易い目の前の変質者には、予感どころか確信しか湧いて来ない。

 

「……何者だ?」

「川田組のスタンド使いさ。名前は樹堂清隆(キドウキヨタカ)だが、まぁそんなのはどうでもいい」

 

 黄色い雨合羽の男との間合いは十五メートル余り、近接型ではなく、遠距離型だと思われるが、この雨だ。最悪の予感が的中しない事を祈るばかりである。

 最悪を想定して逃走経路を確認する。現在のこの場所は通学路の閑静な住宅街であり、逃げ込むなら民家しかない。

 無関係な者を巻き込むのは非常に申し訳無いが、此方は生死に関わる問題なのでそうは言ってられない。

 

「残念だよ、君には少なからず期待していたんだがね? 新入り君」

「? 一体何の事だ?」

「しらばっくれる気か。堂々とその女にイカれて、気づかないとでも思ったのかい?」

 

 ……何か、致命的な勘違いをされている気がする。

 豊海柚葉に視線を送り、彼女は小さく頷く。この状況が非常にまずい事は彼女も見抜いている。

 

 

「――裏切り者には死を。いつの世も不変の摂理だねェ。『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』ッッ!」

 

 

 背後から気配を察知し、スタンドを装着し、豊海柚葉を所謂お姫様抱っこして最寄りの民家を目指して突っ走る。

 

 ――赤い傘が両断される。水で構築された二つの鎌が其処にはあった。

 

(……くそっ、やっぱりか! 名前からして水系統のスタンドだよな畜生めっ!)

 

 豪雨の時に水系統を操れるスタンド使いと戦う。これ以上にヤバい事は無いと言っても過言じゃない。

 此処では勝ち目が一切無いと悟り、脇目も振らずに全力疾走し――立ち塞がる無数の水の鎌が次々と押し寄せる……!? やべぇ、圧殺される――!?

 

「右、左、翔んで走って窓を突き破って――!」

 

 咄嗟に、豊海柚葉に言われた通りに反射的に行動して次々と襲い掛かる水の鎌を回避し、窓に向かって仮面ライダーの如くジャンプキックかまし、見知らぬ住宅に不法侵入する羽目となる。

 

(……幸いな事に家は留守か)

 

 状況確認しながら、突き破った窓から一目散に離れて別室に行く。

 どうせなら奴を見下ろせる二階が良い。階段を見つけて昇っていく。

 

「いい迷惑だわ。とばっちりもいい処じゃない」

「こっちの台詞だよ!?」

「それよりも、雨天時に水系統のスタンドとか史上最悪の組み合わせでしょ? どうするの?」

 

 未だお姫様抱っこしたまま、この腕の中に寛いでいる彼女に、オレは言葉を詰まらせる。

 この手の相手はスタンドそのものも水で構築されているケースが多く、物理的な攻撃しか持たないオレのスタンドではダメージを与えられない可能性がある。

 

「本体を叩くのが一番だが、遠距離型であってもこの手のスタンドは本体が近くにあると異常な性能を発揮する可能性が多い。まずは相手のスタンドがどういう性質なのか、注意深く探らなければならないな」

「手に負えなかったら雨が止むまで籠城してみる?」

「籠城出来るほどか弱い能力なら良いんだがな」

 

 彼女を優しく地面に下ろし、スタンドの装着を解いて自分の前に配置させる。

 今から二階の窓から襲撃者である樹堂清隆を見下ろす形となるので、攻撃を誘発させて手の内を探るとしよう。

 細心の注意を払って窓に近寄ろうとし――無数の水の弾丸が窓を蜂の巣にして此方に迫る……!

 

「うおおおおおおおおおおおおおおお――?!」

 

 ひたすら殴って殴って打ち払い、防ぎ切る。

 だが、またもや窓が開いてしまい、雨が部屋内に入り込み――大量の水分が、奴のスタンドを構築する。

 予想を反して正統派の人型のスタンド像――透明な水で構築されたボディの、異質なスタンドだが。

 

(水分を利用する事で、一般人にも見える類のスタンドか。それならスタンド以外の物理攻撃が通用するが……)

 

 一応試してみよう。廊下の片隅にある花瓶に手を伸ばし、逆に握り返される……?!

 

(しまった、花瓶の中に入っていた水が奴の手に……!?)

 

 此方のスタンドの腕に爪が食い込むが、遠距離型の定めかパワーは弱く、構わずそのまま花瓶を奴のスタンドに向かって全力投球する。

 

「――痛ッッ! しかも意味ねぇ……!?」

 

 爪によって此方のスタンドの腕が割かれ、少なからず裂傷を刻まれて負傷したが――予想通り、花瓶がぶつかって水分で形成されたスタンドが弾けて、あっという間に元通りになった。

 物理的な攻撃じゃダメージは一切無いのは明白だった。

 

「うーん、打つ手が無いわねぇ。降参してみる?」

「白旗振って助かるならするけどな。……このスタンドは相手にするだけ無駄なようだ」

「あら、諦めが早いのね。で、どうするの?」

 

 敵スタンドの戦力を改めて分析し直す。

 このスタンドは自動操縦型ではなく、手動操作の類のようだ。機械的な自動さではなく、人間的なムラを感じる。

 そして――我がスタンド『ファントム・ブルー』をステルスにして、奴のスタンドの後ろに音を立てて忍び寄らせて、ラッシュで攻撃する。

 

『ッッ!? ――!』

 

 水のスタンドは気づかずに殴り込まれ、背後に反撃の水鎌を縦横無尽に振るって家の廊下の一部を凄惨に切り刻む。

 避け切れずに右胸が裂傷し、白い制服に血が滲む。だが、それなりの成果はあった。

 

「このスタンドには眼に相当する器官はあるが、耳は無いようだ」

「ふむふむ、それで?」

 

 此方の姿は確認しているが、会話などを聞かれる心配は無いという訳だ。此処に唯一の勝機を見出す。

 

「セオリー通りに攻略する。本体を叩いてな」

「その本体まで辿り着く道筋が無理ゲーじゃない? あのスタンド、雨降っている外の方が絶対厄介だよ?」

「ああ、オレ達では手詰まりだ。オレ達ではな――」

 

 

 

 

「ふむ、裏切り者の分際で中々粘るじゃないかァ」

 

 樹堂清隆は必死に足掻く秋瀬直也達を追い詰めながら、時折水弾を送って追撃する。

 屋外で仕留められなかったのは手酷い痛手だったが、この豪雨が続く中、彼のスタンドは水を得た魚のように暴れ回れる。

 雨天時限定だが、その状況下なら無敵に近い戦闘力を誇る。それが彼のスタンド『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』である。

 

「つくづく惜しいスタンド能力だ。本来なら、冬川さんに役立てただろうに――」

 

 同じスタンド仲間として期待していただけに落胆は大きい。

 大恩ある冬川雪緒を裏切るなど、許されざる反逆行為であり――豊海柚葉と一緒に殺してやるのがせめてもの情けである。

 微塵の容赦も無く、油断も無く、されども樹堂清隆は自身の勝利を確信している。もう連中は自分の下まで来られず、決して破壊出来ない流形のスタンドに敗れるのみ。

 

 ――其処に驕りも侮りも確かに無かった。

 それでも数キロ先の上空から放たれた桃色の極太光線の狙撃など、誰が予想して回避出来ようか――。

 

「ギイィイイイイイイイィアアアアアアアアアアアアアァ――ッッ!?」

 

 非殺傷設定の砲撃魔法は、樹堂清隆の意識を一撃の下にノックアウトさせ――彼を長距離狙撃した張本人は十数秒後にその地に降り立った。

 

「――秋瀬君、大丈夫!?」

 

 敗因を敢えて述べるとすれば、此処が『ジョジョの奇妙な冒険』の世界ではなく、『魔法少女リリカルなのは』の世界であった事、その一点に尽きる。

 

 

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『雨天の涙(レイニー・ウォーター)』 本体:樹堂清隆
 破壊力-C スピード-C 射程距離-A(2~100m)
 持続力-A 精密動作性-A 成長性-E(完成)

 水を操るスタンド、正確には水分をスタンドとする。
 その為、物理的な攻撃では一切のダメージを受けないが、蒸発させればダメージになる。

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