転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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45/情熱の赤

 45/情熱の赤

 

 

「……え? ポケモンってあの、ポケモン? 九月にエメラルドが出る――」

「そう、それが第三世代。そして今此処にあるのはポケットモンスターブラック・ホワイト2、八年後に出る筈の第五世代だ……!」

 

 何という、何というものをこの勝負に出して来るんだ……!

 オレは全身全霊で慄き――なのはだけはこの白熱した空気に付いて行けずに激しく戸惑っている様子だった。

 

「で、でもポケモンって子供向けのゲームじゃ……?」

「甘い! 蕩ける蜂蜜のように甘い! 偉い人が言いました、ポケモンは遊びじゃないとッ!」

「え、えぇ!? ゲ、ゲームだよね……?」

 

 そんな舐めた心意気でポケモン勝負に勝てると思ったら大間違いである!

 ポケモンの勝負に勝つには、数百匹に及ぶポケモンの膨大な知識、針の穴に糸を通すような繊細な調整を事前に用意し、天の理と地の理を尽くし、確率という名の必然を傅かせなければ――勝利は手に入らない……!

 

「そうか、なのははまだ三値を知らないのか……」

「えっと、サンチ……? それ以前に、その機種も知らないんだけど……」

 

 そういえばまだ『DS』すら発売してなかったか? ……今年の十二月だっけ?

 

「ルールはシングル見せ合い63、ランダムバトル準拠だ」

「アイテム重複無し、禁止級伝説及び幻のポケモン使用禁止ね」

「ちなみに見せ合い63とは、お互いに手持ちの六匹全部見せた状態で三匹選出し、バトルする方式だ」

 

 多分、余り解ってないなのはに説明しておく。

 第三世代だから、アイテム(一匹に付き、一つ持ち物が持てる)や特性はもうあったよな……?

 タイプごとの攻撃特殊の分離は第四世代からだっけ?

 

「禁止級に幻……?」

「ミュウツー、ホウオウ、ルギア、カイオーガ、グラードン、レックウザが禁止級の伝説で、ミュウ、セレビィ、ジラーチ、デオキシスなど配布限定のが幻のポケモンだ」

 

 解禁されれば一匹だけでも環境ががらりと変わりそうなポケモンも居たのになぁ。全部有りのルールぐらい作ってくれてよかったじゃん、ゲーフリさんよぉ。

 オレの厳選しためざパ氷スカイシェイミやめざパ氷ケルディオは、終ぞ陽の目を浴びなかったなぁ……。

 

「複数催眠は?」

「構うまい。まさか、その程度で終わるようなパーティを組む気か?」

「冗談、たかが催眠程度、対策出来てない方が悪いに決まっているじゃない」

 

 そもそも、複数催眠になるような状況はプレイングが可笑しいとしか言いようが無い。

 禁止するような甘ったるいルールがある事自体が在り得ないの一言に尽きる。何の為にラムのみ(持ち物として持たせた際、状態異常になった時に発動し、一回だけ状態異常を治す)や寝言(眠っている時に技選択すると覚えている四つの技からランダムに一つ繰り出す)があると思っているのやら。

 

「それじゃポケモンを選出し、努力値を振り終わったら教えたまえ。それぐらいは待とう」

 

 久しぶりに見るDSに電源を入れ、柚葉はA連打してOPを飛ばし、即座にボックスを整理する。

 どうやら24個あるボックスはほぼポケモンで埋まっているようであり――リザードンが数匹、カメックスが数匹、フシギバナが数匹と並んでおり……流石の柚葉も驚きを隠せずに居た。

 

「うおおおおおぉっ!? ま、まさか、ボックスにいるポケモン全部が採用個体だと……!?」

「採用個体?」

「……うん、あー、話すと非常に長くなるから、またの機会になっ」

 

 まず初めに、ポケモンには個体値というものが存在する。

 足の速いポケモンがいれば、足の遅いポケモンもいる。力の強いポケモンも居て、それぞれステータスが違ってくる。

 個体ごとの才能と言うべきか……メタ的な話をするとHP、攻撃、防御、特攻、特防、素早さごとに『0~31』段階あり――当然の如く『31』が最高値であり、『0』が最低値である。

 採用個体というのは、二十五種類ある性格の中から最善と思われるものを一つ選出し、HP、攻撃、防御、特攻、特防、素早さが限り無く『31』に近い理想的な個体を差す。 

 

 一体これほどまでの採用個体を揃えるのに、どれほどの時間を必要としただろうか。当然の如くレポートに記録されたプレイ時間は999時間とカンストだったが。

 

「クラウンスイクンに地球投げラッキー、トライアタックXDトゲキッスも居るだとッ!? ――貴様、このゲームをやりこんでいるな!?」

「答える必要は無い。――と、一応言っておくが、準伝説以外のは私が孵化して厳選したものだ。大抵は理想個体だが、細かい数字は自分で確かめてくれ」

 

 ……あの心折設定の鬼畜な厳選難易度を諸共せず、正規の手段で手に入れただと……!?

 

 一通りボックスのポケモンを見終わった後、柚葉は持ち物を確かめる。努力値を振るのに欠かせないタウリン系、微調整用のハネ系、努力値を下げる実が数百個ずつ貯蔵されており――至れ尽くせりの環境に、柚葉は凄絶に笑った。

 

「ふふ、解っているじゃない。愉しめそうだわ」

 

 

 

 

 ――努力値を徹底的に振り直し、遂にバトルとなる。

 

 互いにユニオンルームに入り、会話してバトルルームに行く。

 これに自分達の生命を賭けている現状は、さながら闇のゲームだが――観客のオレが勝負する前から不安がっていても仕方ない。全力で応援するとしよう。

 緊張感が漂い、喉が渇く。二人の持ってきたポケモンが、一斉に開示された。

 

 

 相手側、ガブリアス、サンダー、ユキノオー、ギャラドス、ローブシン、ハッサム。

 此方側、ガブリアス、バンギラス、エアームド、ラティアス、キノガッサ、ブルンゲル。

 

 

「――『Kスタン』かっ!」

 

 その六匹のポケモンの構成には見覚えがあり、思わず戦慄する。

 とある人物の『もっともスタンダードに近いもの』として構築されたパーティであり、読まれ易いのに安定した力を持ち、高い勝率を残す――。

 

(もしも『Kスタン』を忠実に再現しているのならば、ガブリアスは意地っ張りで拘りスカーフ(一つの技しか出せなくなる代わりに素早さが1,5倍)、サンダーは控えめで拘り眼鏡(一つの技しか出せなくなる代わりに特攻が1,5倍)の『ゆーきサンダー』、ユキノオーは気合のタスキ(HP全快状態から即死する攻撃を受けても1だけ残る)、ローブシンはオボンの実(戦闘中にHPが1/2以下になった時、最大HPの1/4回復)か先制の爪(素早さに関わらず、20%の確率で先制攻撃出来る)、ギャラドスは食べ残し(毎ターン終了時にHPが最大の1/16回復する)、ハッサムは意地っ張りASぶっぱで拘り鉢巻(一つの技しか出せなくなる代わりに攻撃が1,5倍)だったか)

 

 技構成も大体覚えているが、まだ全部同じとは限らないし、もしかしたら知っている事を想定して逆手に取った偽装パかもしれない。

 このパーティの恐ろしさは、例え手の内を全部知っていても削り勝ってしまうという、読み不要の安定感にある。

 

(それに対して、柚葉はガブリアス、バンギラス、エアームド、ラティアス、キノガッサ、ブルンゲル――一見して砂パだが……まずいな、相手のガブリアスを受けられるポケモンがエアームドしかいない)

 

 十中八九、あのガブリアスは拘りスカーフなので、柚葉のガブリアスとラティアスは素早さ負けして一撃で葬られてしまい、攻撃種族値130からのタイプ一致逆鱗を受けられるのは鋼タイプのエアームドのみ――ただし、役割破壊として炎の牙か大文字を覚えていれば、そのストッパーたるエアームドも突破されかねないが。

 

(そしてユキノオーが非常に重い。バンギラスで砂を撒いても霰でかき消されてしまうし、全員に突き刺さる。対処を間違えれば危ういぞ)

 

 ユキノオーの特性は『雪降らし』、場に出た瞬間に天候を永続的に『霰』にしてしまい、ターン終了時に氷タイプ以外のポケモンにHPの1/16ダメージを受ける。

 バンギラスの特性は『砂起こし』、場に出た瞬間に天候を永続的に『砂嵐』にしてしまい、ターン終了時に岩・地面・鋼タイプ以外のポケモンにHPの1/16ダメージを受ける。

 その天候によって他の恩恵を得るポケモンは少なからず居るので、この勝負は壮絶なまでの天候剥奪戦になるかもしれない。

 

 ――例えばバンギラス自身は岩タイプを持っている為、『砂嵐』状態では特防が自動的に1,5倍アップし、ガブリアスの特性『砂隠れ』は『砂嵐』の時のみ回避率が1,25倍になる。

 その一方的な恩恵を打ち消す為だけにユキノオーがいるようなものだが、『霰』中は普段命中率70の吹雪が必中になる為、初代に猛威を振るった吹雪を最大限に活用出来るポケモンと言えよう。

 

「さて、これは独り言だが――」

 

 あれこれ考えていると、奴は徐ろに此方に話しかけて来た。

 

「君の未来予知じみた直感はどのぐらい先まで見通せるのかねェ? ほんの一瞬か、それとも遥か未来の彼方までか。――私の予想では一瞬先だけだと思うのだが、如何かな?」

「へぇ、その根拠は?」

 

 目線さえ合わさず、柚葉は余裕綽々といった感じに対応する。

 

「君がポケモンを選出せず、じっくりと待ち構えている事から――そんなに長くは見通せないと推測した。どうかな?」

 

 未来が全て見えているのならば、迷う事無く選択して待ち構えるだろうと奴は語り――ほんの一瞬だけ、柚葉の表情が『亡くなった』ような気がした。

 

「選んだわ。早く始めましょう」

 

 気づけば柚葉の方が三匹先に選出しており――奴もまた即座に三匹選出してバトル開始となった。

 

 

『ポケモントレーナーのエニシが勝負を仕掛けてきた!』

 

 

 懐かしいBGMが耳に響き渡る。

 さぁ、初手は一体どれだ……!?

 

『ゆけッ! サンダー!』

『ゆけッ! ラティアス!』

 

 敵側には黄色く刺々しい出で立ちの雷鳥が神々しく降臨し、手前側には紅白の可愛らしい雌竜が出現する。

 

『サンダーはプレッシャーを放っている!』

 

 プレッシャーとは特性の一つであり、その特性を持つポケモンに技を使うと、その技のPP(使用回数制限)の減りが1増える。一回使う事にPPの消費が2になるという事だ。

 

(初手、柚葉がラティアス。奴がサンダーか。悪くは無いが、良くも無いか)

 

 ラティアス、第三世代であるホウエン地方の準伝説のポケモン。HP80 攻撃80 防御90 特攻110 特防130 素早さ110、種族値合計600と非常に恵まれている。

 タイプはエスパー・ドラゴン、高い耐久と激戦区から頭一つ抜けた高い素早さを誇るが、弱点は氷・虫・ゴースト・ドラゴン・悪と多い。半減が炎・水・電気・草・格闘・エスパーとそれ以上に多いが。ああ、あと特性が浮遊なので地面は無効である。

 同じタイプにラティオスが存在し、そっちの方は攻撃と防御、特攻と特防を入れ替えた攻撃的な種族値であり、特殊アタッカーの代名詞と言われる存在として恐れられている。

 

(仮に柚葉のラティアスがC252振りで拘り眼鏡かジュエル(消費する事で一回だけその種類の技の威力を1,5倍にする)流星群(ドラゴンの特殊技でほぼ最強の威力を誇るが、使った後は特攻二段階ダウン)を撃ったのならば、6,3%の低乱数か。まさかの控えめでも68,8%。これがラティオスだったのならば臆病C252振りで81,3%の高確率で殺せたのに……! 何故、ラティアスを選んだ?)

 

 対するサンダーは、第一世代であるカントー地方の準伝説のポケモン。HP90 攻撃90 防御85 特攻125 特防90 素早さ100、種族値合計580だが、フリーザー、ファイヤーと比べれば最も良い種族値だとオレは思う。

 タイプは電気・飛行、電気タイプでありながら弱点の地面を無効化する、まさに恵まれたタイプの持ち主である。

 

(あれが『ゆーきサンダー』ならば、持ち物は拘り眼鏡、技構成は『ボルトチェンジ、雷、熱風、めざめるパワー飛行』――ラティアスに対してはめざパ飛行しか有効打が無い為、高確率でボルトチェンジを撃つだろう。其処を読んでガブリアスを出して阻止すれば一手浮く)

 

 ボルトチェンジとは雷・特殊タイプの技であり、攻撃した後に控えのポケモンに交代するという、電気タイプ版のとんぼ返りである。

 これによって先行で攻撃しつつ受けに交代、後攻で相手の攻撃を受けつつ後ろの交換するポケモンを無傷で場に出すというテクニカルな事を行える。

 ただし、これは電気タイプの技の為――地面タイプか、または電気タイプの技を無効化する特性のポケモンを後出しすれば、ダメージを食らわないだけではなく、交換も阻止出来たりする。

 

(だが、居座ってめざパ飛行を撃たれた場合、無振りのガブリアスなら55.7%~65.5%のダメージを喰らい、一気に形勢不利になる)

 

 それに、110という恵まれた素早さを持っているラティアスは最速にするのがセオリー、素早さ調整して79族最速抜きにしている『ゆーきサンダー』ならば後攻ボルトチェンジによって安全に控えのポケモンを出す事が出来よう。

 

 互いに考え込み、相手の選択を読み切ろうとする。――技選択を決したのは、奇しくも同時だった。

 

『ラティアスは『瞑想』をしたッ!』

「瞑想だと……!?」

 

『特攻が上がった! 特防が上がった!』

 

 瞑想は補助技の一つで、自身の特攻と特防を一段階上げる積み技。最大六段階積む事が出来るが、この一手は……?!

 

『サンダーの『ボルトチェンジ』! 効果はいまいちのようだ。――サンダーはエニシの元へ戻っていく!』

 

 ダメージにして28程度、拘り眼鏡を使ったタイプ一致の威力70でもこの程度に過ぎないのか。これはラティアスの丈夫さを褒めるべきだが――。

 

『ゆけッ、ユキノオー!』

 

 ……ガブリアスを出さずに、先にユキノオーを出してきたか。表情が苦くなる。

 

『霰が降り始めた! 霰がラティアスに襲い掛かる!』

 

 まるで雪男みたいで、白い雪と草の翆が合わさったようなポケモンの名前はユキノオー、第四世代のシンオウ地方のポケモンであり、特性『雪降らし』の効果で天候が『霰』となってしまう。

 

(まずいな。瞑想を積んだ意味がねぇ。霰ダメージが10、サンダーのボルトチェンジが28の最大乱数、Kスタン通りのユキノオーの吹雪ならば……84~102、仮に最大乱数を引いたらダメージの合計は140にもう一回霰ダメージ、残りHP17しか残らない)

 

 このポケモンのタイプは氷・草。草タイプはラティアスに対して半減だが、氷タイプは抜群である。

 種族値そのものはHP90 攻撃92 防御75 特攻92 特防85 素早さ60と、ぱっとしない感じだが、コイツは特性とタイプ相性の御蔭で種族値以上の強さを誇る。

 弱点は炎四倍、格闘、毒、飛行、虫、岩、鋼と大量で、この事で第四世代の初期では霰を降らすだけの『御大将』と馬鹿にされたが、その評価は後々完全に見直される事となる。

 

(仮に、あのラティアスのめざパが炎なら致命傷を負わせられるが、あのユキノオーは間違い無くタスキ。必ず生き残る。……瞑想のあるラティアスだから自己再生もあると思うが、吹雪で半分以上削られるから無意味な上に凍る可能性すらある)

 

 一割の可能性で状態異常凍結となるが――その一割に泣くのがポケモン勝負というもの。初代の三割、凍ったら永久行動不能よりは幾分とマシになっているが。

 あのユキノオーの技構成は『守る、宿り木の種、吹雪、草結び』だと思うが、素早さ無視の先制技である『氷の礫』も選択肢にあるので、ラティアスの命運は尽きたと言わざるを得ない。

 

(もうラティアスの使い道はユキノオーのタスキを削って退場しか無いが……どうする、柚葉――!)

 

 無言で見守る中――二人はまたもや同時に技選択を終える。先手を取ったのは当然の如くラティアスであり、柚葉が自信満々に選んだその技にオレは驚愕する。

 

 

『ラティアスの『ミラータイプ』! 相手のユキノオーと同じタイプになったッ!』

 

 

「何イイイイイイイイイイイイィ――!?」

 

 相手のタイプを反射して自分も同じタイプになる変化技……!?

 という事は、ラティアスは目の前のポケモン、ユキノオーと同じタイプ、草・氷になる。つまり――。

 

『ユキノオーの吹雪!』

 

 そう、抜群ではなく、等倍なのだ。ラティアスのHPバーは半分も減らなかった。

 

(まさかのミラータイプでユキノオーと同タイプになる事で吹雪が等倍、44食らって残りHP85――氷タイプが付いた事で『礫』ダメージが消え、ユキノオーに打ち勝てる処か、積み起点に出来る! 耐久に優れているラティアスを正しく運用出来てやがるッ!)

 

 更に種を植え付けてターンの終了時に1/8ずつHPを吸い取る『宿り木の種』も、草タイプになった為、自動的に無効化される。

 もし、相手が三匹の中にスカーフガブリアスを選出していないのならば――『瞑想』を積んで不沈没艦となったラティアスが一撃の下に敵ポケモンを粉砕して全抜きする未来も在り得るかもしれない。

 

「次のターン、自己再生安定よねぇ」

「ッッ!?」

「もしかしたら無償降臨出来るかもしれないわよ?」

 

 自己再生とは、自分のHPの半分を回復する補助技であり、特攻と特防を上げて特殊ダメージを軽減させていく『瞑想』と『自己再生』の組み合わせはまさしく最高のシナジーを齎す。

 

(口車でリアルにプレッシャー掛けやがった! 最後の一匹がスカーフガブリアスなら、さっき出していると思うが――今の様子から見ると、サンダーのボルトチェンジの時、出し渋りやがったな? 恐らく奴は此方の控えにエアームドがいると読んで温存したという事か。サンダーとユキノオーで削って、意地っ張りガブリアスの逆鱗で残りを片付けるのが『Kスタン』の常勝手段だからな)

 

 最後に全員片付ける役目のガブリアスを序盤で使い潰したくは無いだろう。正真正銘、最後の切り札になるのがあのポケモンの役割なのだから。

 だが、こうも自己再生をやると言われて尚、ガブリアスを後出しするのは非常に困難だ。本当に自己再生なら無償降臨出来るが、それがドラゴンの弱点であるドラゴンの技ならば――目も当てられない事態になる。

 出落ちする可能性を堂々と言われて、出す勇気がある者は幾らほど居るだろうか?

 

(問題があるとすれば、ミラータイプによってタイプ一致じゃなくなった竜の波動では耐久無振りだと楽観視しても乱数12.5%、殺し損ねる可能性があるという事か)

 

 切り札のガブリアスさえ葬れば、戦局は一気に柚葉に傾く。さぁ、どう出る――!

 

『戻れッ! ユキノオー! ゆけッ、サンダー!』

 

「コイツ、間にサンダー挟んで捨てやがった――!」

 

 むかつくほど堅実に手を打ってきやがる。まだ此方の手札にエアームドが見えていないとは言え、大胆にも捨てるか……。

 

『ラティアスは『自己再生』をした! ラティアスの体力が回復したッ!』

 

 って、本当に自己再生してやがった……!?

 御蔭でHPは全回復したが、本当にガブリアス出されたらどうする気だったんだ――!

 

「お前、本当に心臓に悪いプレイングするなぁ……!」

「これぐらい序の口よ」

 

 一瞬しか通用しないと予測される未来予知が無かったらどうなる事やらと思ったが、やっぱりそんなものが無くてもコイツの読みは半端無い事を実感する。

 全く、冷や汗で背中がベタベタだぞ。それなのに愉しそうにポケモンしやがって……。

 

(だが、サンダーか。HPは霰ダメージを一回受けた分だけ。竜の波動では急所に当たらない限り一発で殺せないな)

 

 かと言って、悠長に『瞑想』を積めば、ボルトチェンジで逃げられて今度こそスカーフガブリアスが流しに現れるだろう。

 そしてオレはちらりと下画面を見て、その技構成に唖然とし――先手を取ったのは当然の如くラティアスだった。

 

 

『ラティアスの『冷凍ビーム』! 効果は抜群だ! 相手のサンダーは倒れたッッ!』

 

 

「――冷凍ビームだとおおおおぉ――ッッ!? 竜の波動という万能の一致技を捨ててまで、ッッ……!?」

 

 ――まさかの氷の特殊技、冷凍ビームだった。

 ミラータイプによって偶然氷タイプになっている為、タイプ一致の攻撃にサンダーは耐えられずに一撃の下に倒れた。

 

 ドラゴンタイプのポケモンは大抵もう一つのタイプでも氷の弱点が重なり、氷四倍になるケースが多々ある。

 ドラゴンを殺すなら氷タイプの技、だが、ラティアスはそもそもドラゴンタイプのポケモンの為、ドラゴンに対してタイプ一致で弱点を突ける。

 それにドラゴンタイプの技は鋼タイプ以外では半減されず、ほぼ万能の主力技であるドラゴンタイプの技を除外してまで冷凍ビームを入れる理由は無いのだが――。

 

(H252ガブリアスを素の積んでいない状態の冷凍ビームで確一する調整だと? どんだけラティアス好きで、どんだけガブリアス嫌いなんだよ……!?)

 

 会心の笑顔で、柚葉はきゃっきゃと笑っていらっしゃる。

 その反面、サンダーが出落ちの無駄死にに終わってしまった彼は、心底追い詰められた表情になりつつあった。

 

 

『ポケモントレーナーのエニシはガブリアスを繰り出したッ!』

 

 

 そして遂に最後の一匹にして切り札のガブリアスを出して来た。

 鮫みたいな蒼色の竜、ガブリアス。ポケモンの対戦においてトップメタに君臨する――正真正銘、最強の600族である。

 コイツを中心に対戦環境が作られていると言っても過言じゃないほどのポケモンである。

 タイプは地面・ドラゴン。ドラゴンタイプの強力無比な技を唯一半減出来るのが鋼タイプであり、それにも関わらず、コイツは地面タイプも持っているので一致で鋼タイプの弱点を突く事が出来る。

 種族値はHP108 攻撃130 防御95 特攻80 特防85 素早さ102、此処まで完璧な種族値の振り分けはコイツを置いて他に無いだろう。

 耐久型としても成り立つぐらいのHP防御特防、最強級の攻撃力、激戦区の100族から頭二つ抜けた素早さ種族値102は幾多のポケモンを泣かせた事だろう。80だけ振られた特攻さえ無駄にならないという。

 それだけ高水準で何もかも揃っておいて、ガブリアスは砂が撒かれていれば特性『砂隠れ』で回避率が1,25倍向上して――理不尽な運ゲーにも持ち込める始末だ。

 

 ……ガブリアスに四倍弱点の氷を打ち込もうとして、躱されて涙を飲んだトレーナーは星の数ほど居る筈だ。

 更には耐久調整されていて四倍にも関わらず耐えられて、返す刃で地獄を見た者も山ほど居るだろう。

 

(ほぼ100%スカーフだが――どうする? 逆鱗読みのエアームド交換か、交換読みと読んで居座るか……)

 

 拘りスカーフだった場合、素早さはラティアスを超え、ドラゴンタイプの物理技である逆鱗で一撃の下に葬られるだろう。

 最初に選択した技以外使えないが、これをどう読む――?

 

 

『戻れ! ラティアス! ゆけッ、エアームド!』

 

 

 柚葉は迷わずエアームドを後出しする。

 鋼鉄の翼を羽撃かせて、鋼鉄の鳥が降り立つ。

 エアームド、その見た目通り、鋼・飛行タイプのポケモンであり、鋼タイプの弱点である地面を飛行で無効化する物理防御が極めて高い耐久型のステータスのポケモンである。

 弱点は炎、電気のみ。いまひとつがノーマル、飛行、エスパー、ゴースト、ドラゴン、悪、鋼、四分の一が草、虫、効果無しが毒、地面という極めて優秀なタイプと言えよう。

 その種族値はHP65 攻撃80 防御140 特攻40 特防70 素早さ70であり、物理受けとして真価を発揮する――。

 

 

「やはり居たかッ! だが、読んでいたとも!」

 

『ガブリアスの『大文字』!』

 

 っ、役割破壊の大文字! 持っていたのか!

 だが、性格補正で下げた特攻で無振りの炎の特殊技『大文字』でも精々50~60%程度――って、おいおい、何で半分までライフが過ぎて止まらない?!

 

「此処で急所だと!? 役割破壊の大文字如きで……!」

「頑丈が発動して一命を取り留めたが、霰ダメージでさよならだ……! これでニ対ニ、勝負はこれからだ……!」

 

 これには柚葉も絶句する。HP全快状態から一撃死するダメージを受けると、特性『頑丈』持ちのポケモンはHP1だけ残すが――ターン終了時の礫ダメージでエアームドは何も出来ずにダウンする。

 

(くそっ、次のターンまで生きていればまだ読み合いや駆け引きが発生したというのに……!?)

 

 急所は試合を左右しない、とは迷う方の迷言だが、思いっきり左右するのがポケモン勝負の理不尽さである。

 全部読み勝っていても、唯一つの急所で泣くのがポケモンの恐ろしさ――。

 

 ――間髪入れず、柚葉はラティアスを再び繰り出す。

 恐らくスカーフだから、今の状態ではあのガブリアスは大文字しか使えない。それを半減で元々特防の高いラティアスに撃ってもゴミのようなダメージにしかならない。

 相手は交換安定というか、ユキノオーに変えるしかない。此処に読みは発生しないが――此処である事に気づいた。

 

「待て、柚葉! あのガブリアス、本当にスカーフか……?」

 

 そう、スカーフ云々は想像であり、未だに確定していない。

 速さに勝るラティアスの前に堂々とガブリアスを出して来た事から、オレ達は先入観も相重なって奴のガブリアスの持ち物がスカーフであると断言して来たが――そうでなかった場合、奴は自由に技を選択出来るのだ。

 

「役割破壊の大文字はガブリアスでは珍しくないが、Kスタンの場合は『逆鱗、地震、ストーンエッジ、燕返し』だ。一つだけ技が違うだけなのか、それとも――ガブリアスの型が全く違うのか」

 

 確信は無いし、未だに判明していない。ターン終了時の霰ダメージの先攻後攻で場に出ているポケモンの素早さが判明するケースがあるが、その機会は一度足りても訪れていない。

 柚葉の方も注意深く考え込み――初めて熟考する。

 

「くく、何方だろうねぇ。スカーフと読むのならば交換安定で、私のユキノオーへの有効打を繰り出せば良いが、技が縛られていなければ――君のラティアスは先手を取りながら私のガブリアスに敗れる事になるだろうなァ……!」

 

 ガブリアスを殺す為の『冷凍ビーム』か、それとも別の補助技か――此処を読み間違えれば、敗北は免れない……!

 

「――能書きは良いわ。私はもう技選択を終えているよ」

 

 にも関わらず、柚葉は悠然と笑っていやがった。

 早く掛かって来いと、自分こそはチャンピオンであり、お前が哀れな挑戦者なのだと言わんばかりに――。

 

「くく、その意気や良し! ――勝負ッッ!」

 

 

『戻れ、ガブリアス! ゆけッ、ユキノオー!』

 

「変えたッ! くそっ、やっぱりスカーフかッ!?」

 

 まずい、オレが疑心暗鬼に駆られて余計な事を言っていなければ……!

 

『ラティアスの『ミラータイプ』! 相手のユキノオーと同じタイプになったッ!』

 

 次に絶句したのは奴の方だった。

 本当に心底恐ろしいまでの読みの鋭さだ……!

 完全に読まれ、奴は窮地に立たされる。ラティアスとユキノオー、HPこそ互いに全快状態だが――柚葉はまだ、最後の一匹を隠し通している。

 

(それにラティアスの『冷凍ビーム』とユキノオー『吹雪』の打ち合いになれば、間違い無くラティアスが打ち勝つ……!)

 

 此処に至っては最早悠長に『瞑想』を積む事などしないだろう。『吹雪』の撃つ回数を多く与えれば、それだけ急所に当たる確率も増し、無駄に相手の勝機を増やす事になる。

 今、ガブリアスの無償降臨をされたら逆に負ける。それを解っているが故に、柚葉も奴もノーガードで殴り合うしかない!

 

 柚葉は最後の一匹を秘匿したまま、ラスト一匹にまで持ち込める……!

 

 

『ラティアスの『冷凍ビーム』!』

『ユキノオーの『吹雪』!』

 

 ラティアスの『冷凍ビーム』はユキノオーのHPを半分超えるかどうか程度まで削り、返すユキノオーの『吹雪』は70だけ削れて残りHP97、確定二発にすらならない。

 

『ラティアスの『冷凍ビーム』!』

 

 続いて『冷凍ビーム』が放たれ――ギリギリの処で生き残られる。チッ、リアルタスキかよと内心舌打ちせざるを得ない。

 だが、ユキノオーの『吹雪』で死ぬ事は――。

 

 

『ユキノオーの『吹雪』! 急所に当たった! ラティアスは倒れてしまったァ――ッ!』

 

 

「あ、あああああああああああ――ッッ!?」

「あああっ、ラティアス――!?」

 

 まさか、此処に来てまさかのッッ、またもや相手側の急所――!?

 

「――っっっしゃああぁ――!」

 

 ヤツの方は立ち上がって、全身全霊で吼えてガッツポーズする。天に祈りが通じ、唯一の勝機を掴んだと歓喜するように。

 

「そりゃねぇよ……! よりによってまた、こんな時に……!」

「違うな、秋瀬直也! これこそがポケモン勝負の醍醐味じゃないかねッ! まさに全身の血が滾ったよ! さぁ、豊海柚葉ッ! 最後の一匹を出したまえエエエェ――ッ!」

 

 

 此処に来て、柚葉の表情が崩れ、怒りに燃える。

 それほどまでにラティアスを撃破された事が悔しかったのか、それとも――。

 

 そして、彼女が最後に繰り出したのは――ガブリアスだった。

 

 

 

 

(ガブリアスだと……!? 本当に最後の一匹が、ガブリアスっ!?)

 

 豊海柚葉のパーティ構成は、ガブリアス、バンギラス、エアームド、ラティアス、キノガッサ、ブルンゲルであり、ラティアス、エアームドと選出していたから、バンギラス・ガブリアス路線が消えて、キノガッサがブルンゲルかを疑っていた矢先の事であった。

 

(この最終局面でキノガッサが来た日には敗北確定だったが、まさかガブリアスを選択しているとはな……!)

 

 あのパーティ構成から見て、バンギラス主軸の砂パである事は間違い無く、それ故にガブリアスの持ち物も技構成も彼には手に取るように思い浮かぶ。

 

(持ち物は間違い無く回避率を上げる『光の粉』、もしかしたら『気合のタスキ』も在り得るかもしれないが、ユキノオーを処理した後の一ターンで霰によって削られるので問題無い。粉ガブの技構成は『地震、逆鱗orダブルチョップ、剣の舞、身代わり』――極稀に地震を抜いて影分身だが、何一つ問題無い……!)

 

 逸る心を抑え付けて、彼は冷静に此処からの自分の負け筋を考える。

 こんなにも面白い勝負を、この一回だけで終わらせてたまるかと、心底勿体無いと思って――。

 

(ははっ、在り得ないな。プレイングミスしてユキノオーに吹雪以外の技を選択させない限り、私の敗北は存在しない……!)

 

 様子見の『守る』をして、身代わりを置かれる事以外、負けようが無い。

 彼は迷わず、間髪入れずに『吹雪』を選択した。仮に何かとち狂って相手が影分身をして回避率をアップさせても、霰の最中の『吹雪』は必中――と、其処まで考えて、彼は自分の負け筋を見つけてしまった。

 

(ガブリアスが『砂嵐』を使って、自分で天候を『砂』状態に変えられてしまえば――ユキノオーの吹雪は必中ではなく、命中は元通りの70まで落ち、更に『砂隠れ』によって0,8倍、光の粉によって0,9倍命中率が落ちて50%程度まで落ちる……!?)

 

 砂起こし要因であるバンギラスがいるのに関わらず、5ターンしか変えられない天候変え技を入れるなど狂気の沙汰だが――眼の前に居る豊海柚葉は何を仕出かすか解らない。

 固唾を飲んで技選択する彼女を見守り――先に動いたのは彼女のガブリアスだった。

 

 

『ガブリアスの『逆鱗』! ユキノオーは倒れたッ!』

 

 

 だが、流石に彼の危惧は杞憂であり、この極上の相手から白星をもぎ取り、もう一勝負出来る事に全身全霊で感謝する。

 

『――霰が相手のガブリアスに襲い掛かる!』

 

 これでHP全快状態から少しだけ削れ――万が一、気合のタスキを持っていたとしても無効化される。

 冬川雪緒から裏切り者の始末を命じられた時は退屈だと思ったが、この眼の前に居る相手は全てを賭けて闘うべき強敵だ。それも負けても何一つ悔いの無いほどの――。

 

『ゆけッ! ガブリアス!』

 

 そして、現環境に相応しい、同じポケモンによる最終決戦となった。

 ――ドラゴンタイプのポケモンが対峙したからには、二つの結果しかない。殺すか殺されるかである。

 

 彼女、豊海柚葉は既にドラゴンタイプの物理技で最強の威力を誇る逆鱗を選択しており、この技の特性は2~3ターン暴れ状態になり、その間は攻撃し続けるが、終了後に自分が混乱状態になるものである。

 

 先程のターンにそれを選択した瞬間から、彼女には選択権が無い。さぁ、意地っ張り準最速スカーフのガブリアスで引導を渡す時が来た――!

 恐らくは粉ガブであろうから、一割の確率で避けられて敗北するが――絶対に当てると強く信じて、意気揚々と彼は同じく『逆鱗』を選択した!

 

 

『相手のガブリアスの『逆鱗』! ガブリアスは倒れたァ――ッ!』

 

 

 先に動いたのは彼女のガブリアスであり、彼のガブリアスは呆気無く地に伏した――。

 

「……ス、スカーフだと――?」

「誰が砂隠れ粉ガブって言ったのかしら? バンギラスが見えたから勘違いした? この子は陽気最速拘りスカーフのガブリアスよ」

 

 最期に、彼女は勝ち誇るように、邪悪に微笑んだ。

 短い間だったが、それは酷く彼女らしいと、彼は晴れやかに笑った――。

 

 テーブルに置いていた宝石が解除され、高町家の面々は元通りになる。

 後は敗北者の幕引きだけであり、その前にやるべき事がある。

 

「このDSとロムは、勝者である君に譲ろう。ああ、久しぶりに燃え尽きたよ。天地天命、全身全霊を尽くして負けたんだ、これほど清々しい敗北は他にあるまい」

 

 そして私は立ち上がり、我がスタンドである『宝石の審判者(ジュエル・ジャッジメント)』の前に立つ。

 『宝石の審判者』は何の感慨無く敗者に拳で殴り抜き――この身を宝石に変える。

 

「――私の魂の宝石は、一体どんな色をしているのかねェ? 冷淡な蒼色か、それとも薄汚い漆黒か。それを見届けられないのが前世からの悔いだよ……」

 

 

 

 

「そんなの見なくても解るわ。情熱の赤よ――」

 

 

 

 




A-超スゴイ B-スゴイ C-人間並 D-ニガテ E-超ニガテ

『宝石の審判者(ジュエル・ジャッジメント)』 本体:――
 破壊力-E スピード-E 射程距離-B(20m)
 持続力-A 精密動作性-D 成長性-E(完成)

 公平な審判者。敗者を宝石に変える。
 イカサマなどの反則行為を忌み嫌い、見抜いた傍から的確に裁く。
 勝負が成立している最中は、自動的に本体を自衛する。

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