転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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62/宵闇の雨

 

 

 

 ――彼女は瞬く間に伸し上がり、彼等の頂点に立った。

 

 歴代最強の才覚、悪魔めいた頭脳、そして何よりも『悪』である限り絶対に滅びる事の無い『運命』が、彼等の盟主に相応しいと全ての者に認めさせた。

 

 その行いが『悪』である限り、過程から歪んで結果を導き出す、絶対的な『運命』の持ち主。

 

 だからこそ、『正義』を自称する叛徒を根絶やしにするのは彼女以外を置いて他に居なかった。

 だからこそ、『邪悪』を信望する彼等は彼女の事を絶対視した。

 

 ――彼女こそは自分達を歴史上の勝者にする為に誕生した『救世主』であると信じて疑わなかった。

 

 彼女が『悪』として君臨する限り、最終的に勝利するのは彼女だった。

 正義の芽は根刮ぎ駆逐され、銀河を支配する大帝国には『悪』が栄えた。

 

 ――空の王座に、彼女は一人君臨する。

 彼女を救える『正義』は、この世界の何処にも居ない――。

 

 

 ――そして次の世界にて、彼女は『正義の味方』を遂に見つけ出した。

 

 

 ――秋瀬直也は『矢』の力を支配し、そのスタンドにはゴールド・エクスペリエンス・レクイエムに匹敵する能力が発現した。

 

 それは『自殺すれば十秒間巻き戻る』というスタンドを、本体の自分が死ぬ事無く排除するという規格外の能力。

 詳細は柚葉にとっても謎だが、その能力ならば恐らく自分すら殺せるだろうと見立てる。

 

 ――心から待ち望んでいた。

 彼が、秋瀬直也が自分が待ち望んでいた『正義の味方』であると柚葉は狂気喝采する。

 

 何よりも愛しい。いつも恋焦がれていた。胸が高鳴る。

 君の存在を、悪しき魔王を倒す『正義の味方』を、その誕生をずっと、ずっと待ち望んでいた。

 間違った物語に終止符を、正しき物語の完結を。

 ――『悪』は『正義』に倒され、世は事無しで締め括ろう。

 

 

 

 

「……もし、その時にオレが居て、柚葉の事を知っていたのならば、絶対に助けた。これは間違い無い。絶対だ」

 

 もしも――『if』とは便利な言葉だ。

 在り得なかった事を一時的に仮定する魔法の言葉、所詮は今を見ない都合の良い誤魔化しに過ぎない。 

 

「――そっか。嬉しい……」

 

 それでも、それを解っていて、柚葉は心底安堵して微笑む。

 『正義の味方』はちゃんと存在していて――彼女の世界には居なかっただけだと、結論付けるように。

 

「それじゃあ、私の愛しの『正義の味方』殿。殺すべき『悪』は此処に居るよ――?」

 

 押し倒した状態から一歩退き、柚葉は両手を水平に上げて、全てを迎え入れるように邪気無く微笑む。

 だから、もう我慢なんて出来なかった。

 オレは、柚葉を抱き締めた。強く強く、手放さないように――。

 

「――え?」

 

 ――二つ目の問いは、断じて否だ。オレは、柚葉を殺せない。

 改めて気付かされた。もうどうしようもないぐらい、彼女に入れ込んでいる事実を。孤独の闇の中で一人打ち震える少女をこの手で救いたいと、心の底から願ってしまった――。

 

「オレは、柚葉と一緒に生きたい」

 

 ぴくり、と、抱き締めている柚葉は打ち震えた。此方からは表情は覗えない。

 

「――それが、貴方の答えなの? 秋瀬直也」

「――ああ、これがオレの答えだ。お前が何を背負っているのかは、オレには解らない。けれど、オレはお前の味方で居たい」

 

 それは魔女の釜の底から這い出たような声であり――即座に突き飛ばし、柚葉は拒絶する。

 その時の柚葉の表情は、泣き笑っていた。絶望して憎悪して憤怒して落胆して憐憫して――最終的に虚無になる。

 

「……あ、はは、はははっ! ごめんね、直也君。まだ私に救いがあるなんて、途方も無い勘違いをさせちゃってさ――!」

 

 涙を流しながら、彼女は嘲笑う。ひたすら邪悪に哄笑する。

 触れたら木っ端微塵に壊れてしまいそうな硝子のような危うさに、オレは動けず――。

 

 

「この私が時空管理局の頂点よ? この海鳴市を魔都にした、最大の要因。最悪の外敵にして、全ての黒幕――」

 

 

 ――此処に、彼女自身の自白を持って『魔術師』との交渉は完全に無意味なモノに成り下がった。

 

「……それ、なら、何故――」

「――目的なんて高尚なモノは最初から存在しないわ。私の目の前に『舞台』があっただけ。これだけの役者が出揃っているなら、一人や二人、この私に匹敵する者も現れるでしょ?」

 

 柚葉は邪悪に笑う。身震いするほど、吐き気がするほど悍ましい顔で――。

 

「二年前の私の尖兵――『石仮面の吸血鬼』で頭角を現したのは『魔術師』神咲悠陽だった。逆に利用して転生者の一掃の片棒を担がされるとはね。彼の情報によって高町なのはとの同世代の転生者はほぼ完全に駆逐された」

 

 柚葉は「『悪』の質は全く違うけど、対抗されたのは初めて」と心から賞賛する。

 

「肉の芽を植え付けられて操られていた――まぁ後の布石の為に意図的に派遣した本局の魔導師なんだけど、その救出を口実に海鳴市の転生者全てを一斉に弾圧しようとしたけど、それは『魔術師』によって阻止されちゃった。本局の魔導師を自身の『使い魔』によって吸血鬼化させて逆侵攻されるという返し手は見事だったわぁ」

 

 懐かしむような口調で「未曾有の『生物災害(バイオハザード)』、報告だけで興奮したわ」と柚葉は語る。

 人の命など何とも思わずに――いや、そんなのは最初からだ。柚葉は、自分も他人の生命も、等しく無価値扱いしている。

 

「……まぁ、此方の打つ手の殆どが『魔術師』によって事前に握り潰されたわ。これは割と驚異的な事よ? 海鳴市の転生者は知らないだろうけど、彼さえ居なければ二年前に決着が付いているしねぇ」

 

 ……何も、一つの言葉さえ浮かばない。

 彼女が一つ語れば語るほど『邪悪』である事の証明となる。

 

「――でも、その御蔭で私は直也君に出遭えた。それだけは感謝しないとね」

 

 完成された『邪悪』が全てを嘲笑う。その表情を見ているだけで、オレは……!

 

「最後に特別に教えてあげるわ。私がどの世界出身の転生者なのか――」

 

 そして柚葉は自身の懐から――柄だけの金属片を取り出した。

 三十センチほどの棒状の器具――それが何なのか、一瞬にして悟る。

 それは『彼等』を象徴する武器、独特な音を立てて一メートルほどの赤く光り輝く刀身が生成された。

 

 

「赤い、ライトセイバー……!?」

 

 

 それは銀河に存在する、殆どの物質を容易に切断出来る、超高温の光刃。

 未来予知じみた直感、他人の心を操る――そんなものは、彼女の力のほんの一端でしかなかった。

 

「お前が『教皇猊下』と名乗ったのは――!」

「そ、ちょっとした遊び心。私が『シスの暗黒卿』で銀河帝国の皇帝だからね――!」

 

 赤いライトセイバーが不可視の領域で振るわれ、観覧車の中を切り刻んでオレ達の乗った車両を空中分解させる……!?

 

「なっ!?」

 

 オレは咄嗟に『ファントム・ブルー』を出して纏って、風の能力を使って宙に舞い――柚葉は観覧車の車両を屋根伝いに飛んで一目散に去っていく。

 

「また逢いましょう、直也君。今度は相応しき舞台で、私は貴方を待っているよ――」

「――待てッ、柚葉ッ!」

 

 ――此処で彼女を取り逃したら、二度とこの手に戻らない予感がした。

 

 スタンドを全開駆動させて飛翔して彼女の後を追い駆けようとし――何かの飛翔音、馬鹿げた衝撃を受けて体勢を崩す。遥か遠方から狙撃された……!?

 

「ぐっ、邪魔を、するなあああぁ――!」

 

 

 

 

「――おやおや、驚きましたね。前回までは、一撃で能力使用が不可能の領域に貶められたというのに」

 

 その遥か遠方、遊園地から一キロ離れた場所から狙撃したのは、豊海柚葉の配下である『代行者』であり、新調した対物ライフルを次々と撃ち放つ。

 彼の戦闘目的は主の逃走のサポート、秋瀬直也の戦力分析――個人的な目標として出来るのならば此処で葬り去る気だったが、もうこんな玩具では秋瀬直也を葬れないと認識する。

 

(『ステルス』状態じゃなかったのに関わらず、直撃したのに撃ち落とせず、ニ撃三撃の狙撃は拳で殴り落とされるとは……!)

 

 風の能力の性能が桁外れなまでに向上、それに伴う防御性能・持続時間すら埒外の領域――これでまだ前座なのだから、『矢』の力を畏怖するばかりである。

 

(……ふむ、今は逃げるのが賢明ですね。流石の私も今の秋瀬直也と『魔術師』に挟み撃ちにされるのは御免ですからね)

 

 既に彼の主は逃げ切った。いずれ相応しき舞台で敵対する事を望みながら、『代行者』は二十階建てのビルから飛び降りようとし――不自然な風の流れを感じ取って、咄嗟に飛び退いて黒鍵を三本投擲する。

 

 甲高い音と火花を散らして殴り払われ――『ステルス』を解いた『蒼の亡霊』が姿を現した。 

 

「テメェ、本当に生きてやがったのか……!」

「やぁやぁ、初めましてだね。秋瀬直也」

 

 殺す気で投げたのに関わらず、対応された事を見て、『代行者』は余裕の笑みを浮かべる反面、冷静に秋瀬直也の戦力を見定めようとする。

 今の『ステルス』も、自分から解いたに過ぎず――まだまだ風の能力を使えるだろう。

 

「ふむ、狙撃手の私を先に仕留めに来るとは予想外ですね。――我が君を追うのをもう諦めたのかい? 横槍があった程度で諦めてしまうとは、男が廃りますよ?」

「っ、五月蝿いッ! テメェをもう一度始末してから追うだけだッ!」

 

 『代行者』の予想では、狙撃手の自分など無視して彼の主である豊海柚葉を追うだろうと思っていたが、どうやら秋瀬直也は早々に追跡を諦めたらしい。

 

「――自分も騙せない嘘というのは滑稽なものですね」

 

 『代行者』は脇目も振らずに高らかに哄笑する。余りにも不甲斐無い、余りにも甲斐性無い。

 何処までも追ってくれる事を望んだ我が主が哀れであり、貴様の想いなどその程度に過ぎないと全身全霊で小馬鹿にする。

 

「更に言うならば、私を殺す事も不可能ですがねぇ。あんな出来の悪い複製体を一回殺したぐらいで勝った気になられるのは非常に不愉快ですよ」

「――テメェなんて、最初から眼中にねぇんだよ。この自意識過剰野郎がよォ……!」

 

 ――かちん、と、彼の中の何処かが切れる。

 掴むべき手を手放した、何よりも情けない男の言葉だったが、逆に気に食わない。

 

「なるほど、複製体が苛立つのも解りますね。目上の者に対する言葉が成ってないですね」

「敵に目上もクソもあるかよ。寝言は寝てから言え……!」

 

 『代行者』と秋瀬直也の間に一触即発の緊張感が漂い――二人は同時に踏み込む。

 秋瀬直也は迷う事無くスタンドの拳を最速で繰り出し、『代行者』は人間離れした超人的な身体能力でそれを躱して秋瀬直也の胴体に自らの拳を打ち込んだ――。 

 

「――ガッ!?」

 

 複製体との戦闘時よりも鋭く速く力強い一撃――だが、今回の結果を招いた原因は、そのスタンドを扱う秋瀬直也の精神状態が平常じゃなかった、この事に尽きる。

 どんなに凄いスタンドを持とうが、操る者が冷静でなければ名刀もなまくら刀に堕ちる。

 

「それでは、御機嫌よう。私も暇じゃないのでね」

 

 『代行者』は吹き飛ぶ秋瀬直也を見届けずにビルから飛び降り――スタンドの風の能力で防御したものの、苦悶する秋瀬直也はしゃがみ込んで見届けるしか出来なかった。

 

 

 

 

 ――夕日は落ちて、唐突に雨が降り注ぐ。

 

 心には虚無感が重く伸し掛かり、何かをする気力すら起こらなかった。

 雨宿りをするという至極当然の選択肢すら、今は思い浮かばなかった。

 

「……オレは、一体何をしたかったんだろうな……」

 

 何が『柚葉の味方』で居たい、だ。途中で揺らいで、このざまだ。情けなくて笑うしかない。

 彼女は死の救済を求めた。彼女を止めなければ、犠牲者は出続けるだろう。

 海鳴市で発生する一連の事件の黒幕が彼女である以上、彼女は『ボス』と同じように、排除すべき『邪悪』である。

 

 ――柚葉を助けたい。救いたい。それは一体どうやってだ?

 

 殺して終わらせる事が唯一の救いなのだろうか? 少なくとも、彼女はそれを唯一の救いだと定義している。だが……!

 

 ――彼女を殺せるか、と自身に問う。否、だろう。

 オレは、彼女をもう殺せない。最初に出遭った頃なら、殺せた。でも、彼女という人間を知ってしまったオレは、彼女を唾棄すべき『敵』だと認定出来ない。

 

 そして拒絶された。彼女は恐らく取り返しの付かない事を仕出かすだろう。オレが躊躇しないように、究極の『悪』であろうと奮迅するだろう。

 

 

 からん、と――雨の中、誰かの足音が明確に鳴り響く。

 傘も差さず、自分と同じくずぶ濡れながら力強く立ち塞がったのは、無感情に佇む『魔術師』だった。

 

 

 

 

「――手酷くフラれたようだな。苦労を掛けさせた割には、こんなものか」

 

 見るも無惨な状態で彷徨う秋瀬直也を、『魔術師』は冷然と見下す。

 今日一日の行動は彼の行動原理から掛け離れたモノであった。今、こうしてこの場に居る事も含めて――。

 

「――なぁ、『魔術師』。オレは、一体どうすれば良い……?」

 

 秋瀬直也は力無く、縋るような気持ちで問い掛ける。

 

 『魔術師』は、フンと鼻で笑って一蹴する。

 ――既に、豊海柚葉の能力は判明し、確定すら出来た。もう秋瀬直也に駒としての利用価値は如何程も無い。

 

(そう、もう利用価値は無い。川田組からの矛先から庇う意味も無い。……ふむ、我ながら酔狂な事をする)

 

 その理由について、『魔術師』の中に一つの仮定が浮かび上がっている。

 

 ――存外、彼も秋瀬直也という存在に期待を寄せていたらしい。

 

 自分自身で自嘲して笑い飛ばしたくなるほど唾棄すべき甘ったるい思考である。そしてその期待は――不思議な事に、今も変わらない。

 

「――助言は幾らでも出来る。だがな、秋瀬直也。それではお前の望みは叶うまい。私の勝利条件が豊海柚葉の殺害であり、あれの勝利条件が私の殺害なのだからな」

 

 自分の下について従う以上、豊海柚葉の死は確定事項であり、それを覆す事は基本的に在り得ない。

 

「――お前が私や豊海柚葉と並ぶのならば、自分で考えて自分で行動しろ。少なくとも、今の情けない面構えの貴様と話し合う事は何も無い」

 

 踵を返し、少し助言し過ぎたと自嘲する。

 此処で再び立ち上がれないような男ならば、存在価値すらあるまい。

 

 ――『魔術師』が甘言を弄するのは、相手を格下だと認定している事が前提である。

 

 

 

 


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