転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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65/第一次攻防戦(教)

 

 

 

「――『ヴォルケンリッター』が既に召喚されている事を、クロウ・タイタスに悟られてはいけない。その理由は解るかな?」

「……クロウ兄ちゃんに気づかれたら、こんな事、絶対止められるから――」

 

 その日、八神はやては『魔術師』と密約を交わした。

 手にしたのは復讐への片道切符、その代償は計り知れず――闇夜に『魔術師』の笑みだけが浮かぶ。

 

「そういう事、愛されている証明だねぇ。まぁ私は悪い魔法使いだから、止めはしないけど――」

 

 傍に控える守護騎士四人の顔には警戒心しかなく、『魔術師』の背後に控えるエルヴィは剣呑な表情で、ランサーは好戦的で獰猛な顔をしていた。

 数の上では守護騎士が有利だが、此処は『魔術師』の領地、数の利など地の利で簡単に覆る。この場で指導権を握っているのは、間違い無く『魔術師』だった。

 

 ――八神はやてとて、最初から理解している。

 この目の前にいる人物が欠片も信頼出来ない事を。誠実で愚直であるクロウ・タイタスとは真逆の道を突き進んでいる鬼畜外道の魔人であると。

 

 だからこそなのか、八神はやては質問した。全く異なる価値観を持つ彼からは、どんな答えが出てくるのか、自身の胸に灯った動機を顧みる為に――。

 

「……『魔術師』さんは、復讐についてどう思ってます?」

「ふむ、主に復讐される側だからな、私は。余り参考にならないと思うが――復讐は生者の特権だ。その点に関しては、私は全面的に肯定するよ。正々堂々殺し合って返り討ちにしてやるぐらいはな」

 

 『魔術師』は興味深そうに話題に乗る。

 

 ――死した『過剰速写』は掛け値無しの復讐者だった。

 けれども、彼の復讐は第三者によって止められ、当人は阻止してくれて安心したとはやてに語った。

 それは彼の復讐が、その過程の時点で余りにも他に被害を齎すから、だろうか?

 『最強』を打ち倒し、歯止めが利かなくなったと彼は語った――。

 

「だが、死者が殺してくれと望んでいる、などという誇大妄想も甚だしい与太話は論外だ。どのように理由を取り繕おうが、復讐は独善的な殺人に過ぎない。物言わぬ死者を盾に正当化するな、とだけ言いたいな」

 

 八神はやての彷徨う心の中を見透かしたように、『魔術師』は釘を刺す。

 死人に口無し、彼等はもう何も語れない。だからこそ、それを理由にする事は『魔術師』は許さないと告げる。

 

「憎いから殺す。悲しいから殺す。心の中にケジメを付ける為に殺す。――復讐はね、死者の為ではなく、生者の為の儀式なんだよ。今一度、その胸に復讐の動機を問うが良い」

 

 

 65/第一次攻防戦(教)

 

 

 ――戦況は一方的であり、魔術工房の最深部に居る『魔術師』の下まで到着した猛者は未だに現れない。

 

 当然である。未だ管理局側は札を一枚も切らずに温存し、此方が疲弊するのを悠然と待っている。

 懲罰大隊など使い捨ての駒に過ぎない。使い潰せば、次は『プロジェクトF』の産物であるクローン兵、『StrikerS』でのガジェットがほぼ無尽蔵に派兵され、昼夜問わずに攻め込まれ、管理局の圧倒的な物量に押し潰されるだろう。

 

 それが『魔術師』と管理局が正面切って戦争した際の、当然の結末である。

 転生者の質は海鳴市側に軍配が上がるが、彼等の保有する兵力という名の量はその質を簡単に踏み潰せる。

 

「――余裕ぶっこいてやがるねぇ。それに『教会』の方は存外に苦戦しているようではないか。出し惜しみしているとも言えるが」

 

 これらの前提を全部理解した上で、余裕さえ浮かべて『魔術師』は嘲笑う。

 何もかも予定通りである。最初から勝ち戦の、圧倒的に有利な状況で戦う管理局の動きは至極読み易い。

 

 ――この戦の指揮を『豊海柚葉』に手渡されれば、戦況は限り無く不明瞭になる。

 

 だが、現地で合流されない限り、指揮権が彼女の手に渡る事は無いだろう。

 合流する為に局員を派遣した日には、泳がせた後に彼女の居場所が判明した瞬間、如何なる犠牲を顧みずにその区画ごと跡形無く爆破する用意が『魔術師』にはある。

 海鳴市の大結界が健在である事が知れた今、向こうも承知だろう。

 

(このチョロい奴が指揮している内に削れるだけ削るのみだ、此方の勝機は今しかない――)

 

 その為の策略は既に用意してあり――だが、予想外の出来事とは、常に起こって欲しくないタイミングで起こるものだ。とどのつまりは、今のように。

 

「……よりによって、何で今日の夜に出歩いてしまうかねぇ? 高町なのは」

 

 

 

 

 ――質量兵器。

 

 大雑把に言えば、魔力を使わない物理兵器であり、ミッドチルダの文明にとっては、百五十年前の過去の遺物である。

 ただ、それら過去の遺物が、魔力を使う魔導師に通らないかと言われれば――否である。

 

「――畜生ッ、畜生ォッ! 何なんだコイツらは……!?」

 

 彼は例に及ばず元次元犯罪者であり、生命のやり取りを行う鉄火場に慣れていた。

 だが、炎の咽る匂いと硝煙の匂いを此処まで嗅いだ事は終ぞ無かっただろう。

 

 ――『教会』では武装神父部隊が即席のバリケードを構築して幾多の重火器で応戦する。

 

 古臭い火薬を使う旧世代の兵器による銃弾など、バリアジャケットの前では、防御魔法の前では脆くも防がれるのみ。

 それが彼等ミッドチルダの者の大多数の認識であり――特別な才能が無くても扱える事、人間の視認速度の限界を超えた速射性と連射性、人を殺すだけに追究された悪辣さを知る者は誰も居なかった。

 

「へっ、黴の生えた旧世代の質量兵器なんぞ――!?」

 

 防御魔法を張ろうが、AK-47による分速六百発の銃弾の嵐は容赦無く削り取って守護を突破し、バリアジャケットを容赦無く貫通して射殺する。

 バリアジャケットそのものに多少の物理的な衝撃を緩和する効果はあるが、旧世代の概念である防弾性能を持っている防護服は皆無であろう。

 ある者は防御魔法の上から大口径の狙撃銃で穿たれ、即死に至る。またある者は虎の子のRPG-7の弾頭を受けて爆散する。

 

「何じゃこりゃっ! 全く受け切れねぇ……!?」

「撃て、撃て撃て撃てェッ! 死にたくないなら撃ち殺せェッ!」

 

 だが、魔導師も容赦無く応戦する。彼らが負けじと放つ攻撃魔法の魔力の光が戦場をより一層混沌とし、バリケードごと打ち砕いて炸裂させる。

 

「所詮奴等は生身だッ! 一発でも攻撃が通れば――!?」

 

 互いの殺傷能力はほぼ互角である事に気づいた魔導師達はなけなしの魔力をひたすら攻撃に費やそうとし――ほんの一瞬にして複数の者の胴体が二つに別れた。

 

「――良い夜だな、異教徒ども」

 

 その人の形をした悪魔は、既に血塗れに染まっている巨大な戦斧を片手に尋常ならぬ速度で駆け抜けて、すれ違った魔導師を全て惨殺していく。

 

「な……!?」

 

 一秒単位で物言わぬ死体を量産していく一騎当千の『神父』に、人生最大の脅威を感じ取った魔導師達は一斉に攻撃魔法を斉射し――『神父』は疾駆しながら巨大な戦斧で致死の魔弾を弾き飛ばし、殺到する魔力光を斬り伏せ、棒立ちする魔導師を打ち払い、死神の如く無作為に両断していく。

 

「――ば、化物だッ! かないっこねぇ……!」

 

 空戦魔導師達は飛翔して空中に活路を求め――首を一斉に斬り落とされて墜落していく。

 既に月を背景に、天には神が鍛えし至高の剣を構える『竜の騎士』が待ち構えていた。

 

「な――あ」

 

 地の敵を『神父』が巨大な戦斧で斬り捨て、宙に舞う敵を『竜の騎士』が真魔剛竜剣で斬り伏せる。

 

 ――彼等の守護する『教会』は未だに健在であった。

 

 

 

 

 ――桃色の魔力の光と金色の魔力の光が夜空に散る。

 

 純白の魔導師は困惑を隠せず、漆黒の魔導師は憎悪を滾らせて、白と黒の流星は交わり合うように交差しながら再度衝突する。

 

「フェイトちゃん、どうして……!?」

 

 雷を帯びた魔力の刃をレイジングハートで受け止めながら、なのはは必死に叫ぶ。

 フェイト・テスタロッサは光無き眼で、末恐ろしいほどの激怒の形相でなのはを射殺さんばかりに睨んでいた。

 

「私達が戦う理由は、もう何処にも無い筈――!」

 

 そう、フェイト・テスタロッサは管理局に投降し、この世界での彼女達は致命的なまでに縁が切れている。

 魔都での高町なのはとフェイト・テスタロッサは致命的に擦れ違い、原作のような親友関係には至らなかった。

 

「……私にはあるよ」

 

 憤怒の形相から、場違いなまでの笑顔に早変わりし、その不安定さがなのはを不安の渦に叩き込む。

 なのはの防御魔法とバルディッシュのアークセイバーが拮抗している最中に、フェイトはカートリッジを二発ロードした。

 

「貴女を彼等管理局に差し出せば、私は母さんを救える」

 

 拮抗は一瞬にして崩れ、なのはの防御魔法が正面から打ち砕かれ――咄嗟に反応して離脱したものの、胸が切り裂かれ、浅い切傷となって出血する。

 

(……痛っ、そんな……!?)

 

 それはつまり――フェイト・テスタロッサが非殺傷設定を完全に切っている事に他ならない。

 

(……っ、命のやり取りは、もう何度も経験している! だけど――)

 

 同格の魔導師相手の殺し合いである事に今更気づき、なのはは呼吸を著しく乱す。

 魔力不足だとか運動過多だとか、そんな理由ではなく、それは驚く事に緊張感からだった。

 

(……何で、今更震えて……!?)

 

 一体何が違うのか? 必ず非殺傷設定だと信じていた、魔導師同士の戦闘の暗黙の了解が破られたからだろうか?

 それとも、此処で負けたら取り返しが付かないから、だろうか――そう思考して気付かされた。

 此処には、助けてくれる人が居ないんだと。神咲悠陽も居なければ、秋瀬直也も居ない。自分一人で戦うのは、一体いつ以来だったか――。

 

(……そんな、事って――)

 

 土壇場で気付かされた。高町なのはは、バーサーカーと戦って敗北した人生最大のトラウマを、全く克服出来ていない事を――。

 ただ遥か彼方に置き去りにしただけで、傍らから見守って貰っていて――。

 

 

「――でもね、気づいたの。気付かされたの。そんなのは二の次なんだって」

 

 

 その手でなのはの柔肌を切り裂いた感触が大層気に入ったのか、アークセイバーを展開しながらフェイトは楽しげに素振りする。

 それでもその底無しの闇を孕んだ瞳は、なのはだけを見ており――寒気が走った。

 

「――私はね、平穏を享受している貴女が憎くて堪らない」

 

 フェイト・テスタロッサは笑う。

 理解出来ない化物を見ているようで、高町なのはは恐怖して怯える。

 その身に纏う堅牢なバリアジャケットも、魔法の杖たるレイジングハートも、彼女の指先の震えを止められない。

 

「私はこんなにも血塗れになって穢されたのに、貴女は綺麗で無垢なままで――それってずるいよね?」

「フェイト、ちゃん――?」

 

 ――怖い。

 

 嘗て『魔術師』の『魔術工房』内で、高町なのははフェイト・テスタロッサの憎悪を受け止められず、錯乱して仕留めた。

 その時の彼女はどうしようもないぐらい怖かった。誰かに憎まれた経験など無かったなのはには、到底受け止められない負の想念だった。

 

 ――だが、今現在の彼女は、何一つ理解出来ない。

 どういう工程でこうなったのか、まるで理解が及ばず、それ故に無条件に恐怖する。

 

「――だからね、一緒に堕ちよう? 同じ境遇になれば、私達は一番の友達になれると思うんだ」

「な、何を、言って……!?」

 

 ――その時、緑色とオレンジ色のチェーンバインドがなのはを拘束する。

 全神経を目の前のフェイト・テスタロッサに集中している事が仇となった。

 

「……っ、ユーノ君に、アルフさん……!?」

 

 身動き一つ出来なくなった今、なのはには新たに現れた敵対者であるユーノ・スクライアと使い魔のアルフに驚嘆の眼差ししか送れず――なのはは思わず絶望する。

 

 ――幾ら高町なのはの素養が突き抜けていたとしても、この堅牢なバインドを解くには時間が掛かる。

 それを、目の前のフェイト・テスタロッサは絶対に許さないだろう。

 

「アンタに恨みは無いけど、全てはフェイトの為だ――!」

 

 アルフは自棄っぱちのように叫んで、拘束の術式を緩めず、ひたすら強固に展開して――独特な音を立てて、バルディッシュのカートリッジが全発ロードされ、形状を変化させて大剣となった黒の杖に雷が落ち、刀身に帯電させる。

 

「雷光一閃」

『――Plasma Zamber Breaker』

 

 その魔法を、高町なのはは未来の知識から知っていた。 

 今、フェイト・テスタロッサが使おうとしているのは、なのはの『スターライトブレイカー』に匹敵するような強大な砲撃魔法――それが、微塵の容赦無く、殺傷設定で放たれようとしている。

 

「――なのは、貴女も耐えて見せて。それでおあいこでしょ? 私が食らったのはディバインバスターだったけど、凄く痛かったんだよ?」

 

 絶望するなのはの返答を待たず、即座に破滅の雷光は撃ち放たれ――なのはは目を瞑る事さえ出来なかった。

 

「――ぁ!?」

 

 レイジングハートは全力で主を守るべく、防御魔法を複数同時展開し、決死の守護さえ轟く雷光は食い破って――白い魔法少女は破滅の雷光に撃ち貫かれて墜落した。

 

 

 

 

(……あ。生き、ている。痛、い……)

 

 ――全身に激痛が走り、涙を流したくなる。

 

 あの破滅の雷光を受けて、高町なのはは何とか生きていた。

 バリアジャケットが焼け焦げて、身体が焼かれ、もう指先一つすら動かせない中、傍らに着地した足音に恐怖する。

 

「あはっ、良かった。なのは、生きてたんだ――」

 

 相変わらず光無き眼で、フェイトは愛しそうに地に伏すなのはを見下す。

 殺す気で撃ったから、もしかしたら死んでしまうかもしれなかったが――予想通り、なのはは丈夫だった。

 この程度では死なないと、未来の知識から確信さえ抱いていた。この玩具は長く時間を掛けて丁寧に壊すべきだと、フェイトは強く想う。

 

「大丈夫だよ。これからなのはは私と同じぐらい壊されて、穢されるだけだから。二人で一緒に堕ちるなら、きっと愉しいよ――」 

 

 彼女の使い魔とユーノ・スクライアもまた地に降りて、身動き出来ない高町なのはを捕獲しようとし――不意にユーノ・スクライアは殴り飛ばされ、彼方に飛ばされる。

 

「――三対一でボコるってのは気に喰わねぇな」

 

 フェイトとアルフはその場から即座に飛び退き、新たな襲撃者の攻撃を回避する。

 

「誰……!?」

 

 待ち望んだ甘美の時を邪魔され、般若の如く形相でフェイト・テスタロッサは襲撃者を睨みつける。

 それは二人組であり、赤い衣装の赤髪の三つ編みおさげの少女と、ピンク色の髪をポニーテールにしている『騎士』だった。

 

「鉄槌の騎士ヴィータ」

「剣の騎士シグナム。主の命により、助太刀する」

 

 ――皮肉にも、正史の『A's』とは逆の立場で、彼女達は参戦したのだった。

 

 

 

 

 


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