「――次元航行が不可能なほどの損傷に、次元震の影響で移動も連絡もままならない。私達が無事なだけでも幸運だったかしら?」
「……まだ、全滅したとは限りません。もう少し落ち着けば、無事だった他の次元艦と合流出来るでしょう」
次元航行艦『アースラ』は、今回出征した艦隊の外縁に配置され、虚数空間の塵屑に成る事だけは回避出来ていた。
ただし、次元震の影響で艦体・船員共に夥しい損傷を受け、航行不能状態となり、現在は補修作業に全力を費やしている。
(……無事、か。果たして、今の管理局にとって何が最善かしら?)
――司令部からの最後の命令が退艦命令であり、その直後に音信不通となる。
この『アースラ』内でも幾人かの死傷者が出ているのだ。一体どの程度の局員の生命が虚数空間に散ったか、考えるだけで気が重かった。
「艦隊を狙ったかの如く同時発生した八つの次元震、流石に偶然と呼ぶには出来すぎよね」
「……あれらの説明を鵜呑みにするならば、回収目標だった第一級指定損失物(ロストロギア)『聖杯』か『銀星号』ですか? もし、真実であるのならば恐るべき事です」
二つとも次元干渉型のロストロギアと説明されたが、その精度がこれほどまでに精密ならば、管理局の保有する艦隊など意味を成さない。
個人が所有するには余りにも危険過ぎる代物である。
――だが、リンディはその推測を首を横に振って否定する。
「或いは、未回収分の『ジュエルシード』だったかもね。――クロノ、海鳴市で出遭った『魔術師』神咲悠陽の事、覚えている?」
「……忘れようとて忘れられませんよ。あんなのには後にも先にも出遭った事が無い」
――吐き捨てるように言って、クロノは眉間を顰めて身震いする。
ティセ・シュトロハイム一等空佐と一緒に、彼等ハラオウン親子は翠屋で『魔術師』に出遭っている。
ミッドチルダ式の魔法とは別系統の使い手、それだけで恐るべき存在だが、実際に出遭ってみて、クロノは盲目の『魔術師』の化物ぶりを実感する。
「……盲目の癖に、まるで全てを見通しているような悪寒がしましたよ」
ただ其処に居るだけで心臓が鷲掴みにされるような桁外れな威圧感、十八歳の青年とは思えない魔的な超越性、その顔から滲み出る埒外の邪悪さ――鮮烈過ぎて、一度見たら二度と忘れられない存在である。
幾多の次元犯罪者を取り締まってきた彼等でも、本能的な恐怖を抱かせる人の形をした何かに出遭った事は、流石に無かった。
「私達は高町なのはさんのレイジングハートが記録していた動画を見て、本当に『ジュエルシード』を砕いたものだと納得したけど、本当に砕いたのはその一つだけだったようね」
「――『ジュエルシード』を使って次元震を……!? 下手すれば、その連鎖反応で『地球』だって吹き飛んでしまいますよ!」
願いを歪に叶える魔力の結晶である『ジュエルシード』を意図的に暴走状態にする事で破壊に用いるなど、正気の沙汰ではない。
次元震を防ぐ立場にある管理局の者からは、絶対に出ない発想である。彼等は次元世界が如何に脆弱であるかと熟知しているからだ。
ほんのちょっとしたきっかけで、次元世界はいとも簡単に滅びる。唯一つで滅びかねない次元震を八つも起こすなど、狂気の沙汰である。
――皮肉にも、これが正鵠を得ていた。
彼等が敵対する『魔術師』に常人の言う正気など持ち合わせていないのだから。
「私達が仕掛けた今回の相手は、それすら厭わない人間だという事よ――時空管理局を独裁国家の如く専横する内患と、その彼等に絶対的に敵対視されている管理外世界の外患、一体何方が厄介かしら?」
様々な事に憂いながら、何一つままならない自分達をリンディは悲観する。
「……今の管理局の掲げる正義は、一体誰のモノなのかしら――?」
――此処に『魔術師』が居たのならば、嘲笑いながら真実を答えただろう。
時空管理局を秘密裏に支配するシスの暗黒卿、『教皇猊下』豊海柚葉による悪だと――。
69/二つの星
――秋瀬直也。
今年の四月から海鳴市に転校して来た九歳のスタンド使い、川田組に所属し、同年代の中で唯一生き残った転生者である。
(十人一気に転校して来て、九人が行方不明とは、相変わらずの人外魔境ぶりだなぁ、この魔都『海鳴市』は……)
川田組の誰よりも『魔術師』と関わり合いのある人物であり、その時点で只者じゃない事が明らかであるが、あの『代行者』すら返り討ちにした戦闘能力の持ち主である。
こうして対面するのは『ワルプルギスの夜』以来であり、教会に訪れたのは『魔術師』の指図なのか、何らかの奸計を施しに来たのか、オレ達は真っ先に疑う。
(よりによってあの『高町なのは』も一緒だから、宣戦布告しに来たのかと思ったぞ?)
ただ話を聞いてみると、方針の違いから『魔術師』に敵対するかもしれないから、『教会』の方に情報提供を求めに来たらしい。
……らしいのだが、いきなり管理局のトップがこの街に住んでいて、『魔術師』とその転生者の死闘の縮図が昨日の大規模戦闘なんて、到底信じられる話では無かった。
「……随分と虫の良い話ですね。貴方と我々には遺恨がある。その事をお忘れですか?」
一応、一応『代行者』は『教会』の一角であり――不慮な事故で、彼から仕掛けた事もあって、お咎め無しで片付けられたが、彼を仕留めた秋瀬直也に対する敵対心は流石に拭えない。
(死んでも巡り巡るとは、相変わらず傍迷惑な野郎だぜ……)
……『代行者』の事もあって、今、交渉の場に立っているのはシスターである。当人も彼なんかの為にしゃしゃり出るのは不本意極まるだろうが。
「――『代行者』なら生きてるぞ。何でか知らないが柚葉の処で活動してやがる」
これまた判断に困る爆弾発言が秋瀬直也の口から出てくる。
(アイツが生きているだって? 死体は間違い無くアイツ自身だったが――いや、考えようによっては、実は生きていた、という方が厄介なんじゃ……!?)
豊海柚葉、というのは管理局のトップに立つ転生者の名前であり、オレ達はますます困惑する。
秋瀬直也は別陣営に立っていて、見てきた視点が違うだけに、情報の差異は当然の事ながらあるだろうが――。
「それこそ眉唾物ですね。我々は彼の死体を確認してますし、万が一、生きていたとしても、あのプライドだけは高い彼が他の誰かに従うとは考えられない」
「……オレだって、生きているのを実際に見なければ与太話だって切り捨ててるよ」
理解されない事は秋瀬直也自身も理解していて、難しい顔になり――『魔術師』とは違って、全然顔芸出来ないタイプだなぁ、と人事のように思う。
『魔術師』に最も近い人間だという事で偏見を持っていたが、どうにも実情は違うようだ。
「――だが、一つだけ、奴の生存を証明出来るかもしれない材料がある」
酷く気乗りのしない顔で、秋瀬直也は渋々言う。
もしも、であるが、『代行者』が生きていて、管理局のトップの転生者の下で暗躍しているとなれば、その飛び火は当然ながらうちら『教会』の全体まで渡る。
――シスターの眼が冷たく、より鋭くなる。
「ほう、何ですか? それは」
「――『第七聖典』だ。あれの性格から、贋物の複製体に『聖典』を持たせるとは考え辛い。『ワルプルギスの夜』の時に見ていたけど、あの銃は今はアンタが使っているんだろう?」
突如、話がオレに向けられ、全員の視点がオレに集中する。
「あ、ああ、そうだが――」
「……クロウちゃんの持つ『第七聖典』をどうやって贋物だと証明するんです? まさか、自身に刺して実際に確かめて見ます?」
「ああ、そうしてくれ。それが贋物だと証明されれば、『代行者』は今尚生存していると信じて貰えるだろう?」
……コイツ、迷わず断言しやがったぞ? 逆に背筋が寒くなる。
秋瀬直也の背後に居る高町なのはは不安そうに彼の背中を見ていた。
シスターもまた、迷わず切り返されるとは思ってもおらず、難しい顔になる。
「――正気ですか? 本物の『第七聖典』なら、掠っただけで致命傷ですよ? 貴方が考えている以上に、転生者批判の概念武装は強力ですよ?」
「オレはアイツ――『代行者』の性根の悪さを信じている。あのプライドが肥大化した男だ、絶対に贋物如きに『切り札』は持たせない」
……確かに、アイツの性格から考えれば、贋物如きに『第七聖典』は預けない。
敵を信頼するなんて、味方を信頼する以上に覚悟が入るだろう。マジで九歳の少年なのか疑わしく――って転生者だから年は関係無いか。
「……クロウちゃん」
「お、おう」
シスターに言われ、オレは『代行者』の対物ライフルを招喚する。
長い銃身の先に無理矢理付属された銃剣部分――これが『第七聖典』の中核である一角獣の角である。
ただ、このままぶっ刺すのはちょっと不味い。手元が狂ったら贋物でも大惨事になり兼ねないからだ。
……本物だったら一発昇天だが、秋瀬直也は覚悟の上だろう。その度胸は見習うべきだろうか?
「つーか、これ、銃剣部分、どうやって外すんだ?」
「適当に力任せに外してしまえ。元々邪魔だったしのう」
「おいおい、そんな適当で良いんかよ? 本物なら、霊験あらたかな一角獣の角なんだろう?」
アル・アジフが適当な事を言って、それでも良いか、と銃剣部分を無理矢理引っ張ってみる。
何でもバイルバンカーにしてもぶっ壊れないぐらい丈夫な概念武装らしいから、多少乱雑に扱っても大丈夫だろう。
「ぐぬぬぬ、ふんぬぅぅぅぅ!」
渾身の力で抜き取ろうとするが、中々取れない。
少し苛立って、魔力を用いて肉体強化して一気に抜き取ろうとし――ぽきん、と、角部分が――っ!?
「――お、折れたっ!?」
こ、これはオレのせいなのか!?
い、いやいやいや、本来の概念武装だったらオレ程度じゃ破壊出来ないから、自動的に贋物だったと証明出来たって事、か? 結果オーライだよなっ!?
「……うん、間違い無く贋物だね。超一級の概念武装がこんなに簡単に壊れる訳無いし――」
……何とも閉まらない結果だが、その結果を目の当たりにして、シスターの眼には殺意と激怒と血色の魔法陣が自然と浮かび上がっていた!?
「――あんの野郎ぉ……! 死んでも迷惑掛けて、それでも最高に傍迷惑な奴だったけどこれでお別れねって晴れ晴れとした気分で思っていたら、実は生きていて迷惑掛けていたのかぁっ!」
珍しく感情を荒げて叫び――つーか、其処まで嫌っていたのか、シスターよ。
何とも痛ましい空気となり、秋瀬直也は何とも言えない表情でシスターのご乱心ざまを見ながら、小声で話し掛けて来た。
「……なぁ、もしかしなくても、『代行者』って此処でも嫌われていたのか?」
「……敵味方構わず平等だったからなぁ。悪い意味で」
ある意味、凄い才能だと思う。真似なんて絶対したくないが――。
それにしても、敵対心100%だったシスターを説き伏せてしまうとは、大したもんだと感心する。
……した直後、最後に秋瀬直也の前に立ち塞がったのは笑顔の『神父』であり、秋瀬直也は本能的に緊張感を漂わせて硬直する。
「一つ、聞いて良いですかね? 秋瀬君」
「……! は、はい、どうぞ」
弛緩した空気が一瞬にして変わる。
一体、我らが『神父』殿は何を尋ねる気なのか――?
「君は何故『魔術師』に敵対する危険性を犯してまで、管理局のトップである転生者を庇うのかね? 其処がどうも納得出来なくてね」
確かに、その最大限の危険と釣り合うメリットがまるで無い。
其処に秋瀬直也の隠された本心があるのだろうと、皆が一斉に視線を向けて――秋瀬直也は百面相と言った感じで表情を代わる代わる変えて、赤くなった後にごほんと咳払いした。
「……惚れた弱みです」
と、消え入りそうな小声で渋々告げた。両肩を羞恥で震わせながら。
――オレ達は一斉に大笑いしてしまった。
(……何だ。誤解していたけど、珍しいぐらい良い人なんだなぁ、コイツは――)
秋瀬直也は赤くなりながら恨めしい眼で睨んでいたが、お構い無しだ。これが笑わずにいられるかってんの! 羨ましいぐらい青春してんなぁおい!
全く、『魔術師』絡みだと警戒していたオレ達が馬鹿みたいだ。男が生命を賭ける理由と言えば、それが一番だよなぁ。素直に尊敬するぜ。
「そ、そういう事なら、協力しない訳にはいきませんね。我々にとっても憂慮すべき問題ですから」
笑い終わり、こほんと咳払いして、シスターは気を取り直すように宣言した。
『代行者』の生存が確実視される中、彼の知っている支部を私的に利用されている可能性が高まっているしなぁ。
「各支部に通達して教会の勢力圏は虱潰しに探索します」
「ありがたい。それと、邪神勢力と学園都市の勢力の跡地を調べたいんだが、場所を教えてくれないか?」
潜伏場所として目星を立てた場所に、秋瀬直也は案内を頼み――その何方にも縁があったオレが最適だろう。
「そんならオレが案内するぜ。学園都市側の地下施設は完全に破壊されたからな、邪神勢力のだな」
そしてオレは秋瀬直也の前に右手を差し出し――彼の小さな右手と握手した。
「改めて自己紹介するぜ。オレはクロウ・タイタス。こっちはライダー――まぁ一目で真名が発覚しているだろうから紹介するけど、アル・アジフだ」
「秋瀬直也だ、宜しく」
「……へぇ、アンタが高町なのはで、そっちがユーノ・スクライアだったか。噂は聞いているぜ」
「う、噂ですか? それは一体、どんなのでしょうか……?」
寿命が絶対削れたような交渉から一時的に『教会』勢力の協力を取り次ぎ、オレ達はクロウの案内で邪神勢力の跡地を目指していた。
道中話し合っていると彼、クロウは想像以上にお人好しの善人であり、この魔都にこんな人が居たのかと感動する。……悲しい事に絶滅危惧種並の希少価値である。
あの永遠のロリーターであるアル・アジフのマスターだからロリコンっぽいけど。
(つーか、何でオレが出遭う奴は揃いも揃って悪党揃いなんだろう……?)
……いやだって、オレが出遭って来た連中なんて、『魔術師』とか柚葉とか、悪が極まったような人物ばっかだし。
何でこういう善人の方が希少価値高いんだろうなぁ……? 致命的なまでにおかしくね?
「えーと、確か大艦巨砲主義の魔砲少女で、桃色の破壊光線で敵を完全沈黙させてからOHANASIをするんだっけ?」
「『全力全壊』が合言葉のハートフルボッコ路線だと聞いたのう。『ワルプルギスの夜』での砲撃魔法は実に見事だった。……うん、汝は、本当に人間か?」
「え? ええっ!? な、何ですかそれはぁ!?」
二人はからかうように、いや、半分ぐらい本気で言ってないか?
いや、一部は真実であるので、流石のオレも否定したり、擁護したりは出来ないが――。
「少年漫画みたいな殴り合いからの友情は個人的には好きだが、まずは対話を第一にしてくれると超嬉しいなぁ! あんなのに撃たれたらショック死する自信がある!」
「や、やらないですし、全部誤解ですっ!」
なのはは必死に誤解を解こうとし、クロウもまた冗談半分でからかう。
……何となくだが、彼が『教会』勢力の中心人物なのだろうと、無根拠に思った。
「そういえば、ヴォルケンリッター達はどうしたんだ? 教会には居なかったようだけど」
「あ、ヴィータちゃんとシグナムさんに昨日助けられまして、お礼を言いたいです!」
最初は警戒しているから、何処かに忍んでいるのだろうと思っていたが、どうもそういう事をするような性格には思えない。
なのはの事もあるし、出現時期がズレている事もある。その事で一度出会って話をしたかったが――。
「……は?」
――此処に、うちらと彼等との致命的な齟齬が明らかとなる。
クロウは心底在り得ないものを聞いたような、そんな顔になる。
「ちょっと待て。ヴォルケンリッターが召喚されている? 確か出てくるのは、はやての誕生日の六月四日じゃなかったのか?」
「――クロウ、問題は其処じゃない。早期に召喚されたのに関わらず、あの小娘が汝に隠す理由は何だ……?」
アル・アジフに問われ、クロウはこの事の深刻さを実感する羽目となる。
そしてオレはこれらの情報を手にとって、ある仮定が脳裏に思い浮かんだのだった。
「……一ヶ月前倒しで召喚させる、四騎を秘匿させて暗躍させる、窮地に陥ったなのはを救出させる。こりゃもう『魔術師』の仕業以外考えられないな。柚葉の方じゃねぇ」
四騎の守護騎士を暗躍させるなど、そんな入れ知恵を与える事の出来るのは、魔都でも『魔術師』と豊海柚葉しかおらず、更にはなのはを救助する立場にあるのは『魔術師』の方――逆算的に『魔術師』の仕業としか考えられない。
(つーか、こっちにも手を伸ばしていたのか……!?)
事の重大さを理解したクロウは、即座に携帯を掛ける。
酷く焦り、手先が見るからに震えていた。
「――はやては!? 今、其処に居るかッ!?」
叫ぶように喋り――ニ・三点確かめて即座に通話を終わらせる。
その顔の焦燥感は、事が致命的なまでに不味い方向に進んでいる事を、語らずとも伝えていた。
「すまねぇ、急用が出来た!」
「いや、此処まで案内して貰ったら後は大丈夫だ。気をつけろよ」
「そっちもな!」
予想外の方向に転がるが、オレとしても『魔術師』の方に柚葉を探索している事が筒抜けとなり、万が一、邪神勢力の跡地に陣取っていたのならば向こう側にも知られる事となる。
一刻の猶予も無くなったのはオレも同じであり、オレ達は共に背を向けて疾駆する。互いの無事を、心から祈って――。