転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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04/彼女と彼の結末

「――吉野御流合戦礼法『迅雷』が崩し」

《蒐窮開闢(おわりをはじめる)、終焉執行(しをおこなう)――》

 

 それは鞘と刀身の間に強烈な磁力反発を生じさせ、抜刀斬撃として解き放つ至高の一刀。一度放たれれば如何な堅牢な城塞とて一太刀で両断する必殺の機構。

 

『……馬鹿な。その陰義は……!?』

《――御堂! 避け、いや、あれを撃たせるなァッ!》

 

 敵手の劔冑から悲鳴のような金打声が発せられるも、余りにも初動が遅かった。

 

「――電磁抜刀・穿(レールガン・ウガチ)ッッ!」

 

 放たれた光速の野太刀は重力制御の障壁を虚空の如く引き裂き――遂にあの白銀の劔冑を両断して撃ち落とし、『三世村正』はその使命を全うした。

 

《――母様(かかさま)……!》

《……見事な至芸だ、冑が娘よ……》

 

 再び世に解き放たれた『二世村正』を、世を地獄に染めるその前に、その手で誅殺する。帝から授かった朝命を、『三世村正』は遂に果たしたのだ。

 

『……かな、で……』

 

 『二世村正』の仕手の断末魔は、呆気無く掻き消された。

 ――そして、魔王を殺して英雄となった少女は『善悪相殺』の戒律の真の意味を知る事となる。

 

「……お兄様、お兄様ぁ……! ――っっっ!?」

 

 ――愛する者を殺したのならば、憎む者を殺すべし。

 世界を滅ぼす魔王を殺したのならば、村正の戒律はその英雄を許さず、新たな魔王として世界を殺戮するのみ――。

 

「あ、あ、あああああああああああぁ――!?」

《御堂!?》

 

 これは英雄の物語。白銀の魔王を討ち滅ぼし、その代償に世界を殺戮する真紅の英雄の物語。何もかも救いが無い、湊斗奏の物語――。

 

 

 

 

「あ、やばっ。何か来ちゃった」

 

 

 

 

「……最近はますます偏向報道が増すばかりだな」

「情報はいつの世も権力者に都合良く加工されて出される。だが、此処まで露骨ではいずれ民衆も気づいてそっぽを向かれるだろう」

 

 同じソファに座りながら、湊斗忠道は褐色の肌に白髪、すらりと伸びた長い耳が特徴的な赤い着物姿の少女――人間形態の『銀星号』と共に報道番組に目を通す。

 とは言え、一つ一つのニュースを取っても酷いものだった。素人目から見ても、望みの方向性に誘導しようと偏り過ぎている。

 年々テレビの報道は詰まらなくなっていくと、湊斗忠道は嘆かずには居られなかった。

 

「……それにしても、此処まで現代に順応するとはな、村正」

「何を言う。我々鍛冶師は時代の流れには敏感だ。古錆びた骨董品扱いしてくれるな、我が仕手よ」

「……ふむ、いやまぁ許せ。常に人間形態でテレビを見て寛いでいるお前など、欠片も想像出来なかったからな」

 

 蝦夷人の特徴的な赤い服装はお馴染みだが、暢気にテレビ鑑賞している姿は至高の劔冑である事を忘れさせる。

 ……尤も、人間形態を取るようになったのは、この世界に転生してからだが――。

 

「待騎状態の女王蟻姿では必要以上に目立つから仕方なかろう。……まあ、この世界では蝦夷人(ドワーフ)も珍妙極まりないようだがな」

「……此処には耳長の人間など存在しないからな」

「どうだか。此処まで高度に情報化された社会でも異能どもは隠れ住んでいるだろう?」

 

 完全に否、と断言出来ないのがこの魔都の悲しい処である。

 原作からして先天的な吸血種『夜の一族』が存在する魔境なのだ、探せばそれぐらい幾らでも居るかもしれない。

 

「例外中の例外だ。特にこの街は――っっ!?」

 

 ――それは性質の悪い冗談だった。

 

 その夜、その瞬間、湊斗忠道は確かに知覚した。してしまった。

 己の中で頑なに封印している『金神』の力、それと同規模の存在の出現を彼の人ならざる感覚が察知した――。

 

「御堂!」

 

 その事は彼の劔冑である二世村正も感知し、白銀の甲鉄の女王蟻姿に戻った彼女を即座に装甲し、湊斗忠道はその座標へと飛翔した。

 

『……これは一体どんな冗談だ? オレの他に『金神』の力を持つ者が現れるなど――』

《あれほど不条理な力だ。何が起こっても然程不思議では無いがな》

 

 彼の二回目の世界で『金神』の力を手にしたのは湊斗忠道だったが、平行世界の可能性は文字通り無限大である。

 彼の世界が原作通りにいかなくとも、『装甲悪鬼村正』の物語が正史通りに奏でられた世界は無数に存在するだろう。

 そして数百年単位の時間旅行すら可能とする『金神』の力だ、世界の壁を乗り越えて現れる程度の事は容易としか言えない。

 

 ――少なくとも、『金神』の力を手にした者は二人居る。

 

 一人は『銀星号』を駆る湊斗光。本家本元であり、彼女と敵対するのならば死を覚悟するしかあるまい。

 何しろ、劔冑は互角というより同じで、仕手の技量の次元が桁外れなまでに隔絶しているという、最初から絶対に敵わない相手だからである。

 もう一人は英雄になった湊斗景明。こっちは違う意味で最悪である。『銀星号』という魔王を倒したが為に、善悪相殺によって人類を総滅させた。

 

『……湊斗光か、湊斗景明か――いずれにしろ、ただで済みそうに無いな』

《あの世界の未来における冑(あれ)の仕手か、冑(あ)が娘の仕手か――相手にとって不足は無いな》

 

 話し合いで事が済めば、それが最善であるが――淡い期待を抱きつつ、次元を超越して現れた予期せぬ来訪者をその眼で視認する。

 

 ――その特徴的な武者姿には、見覚えがあった。懐かしいとさえ言える。

 

 その真紅の武者は『三世右衛門尉村正』であり、此方の『銀星号』と同じように宙にぴたりと静止していた。

 

 ――通常の武者は背中の合当理を噴射させて推進し、騎航する。

 宙に静止し続ける法外な真似など、背伸びしようが出来るものではない。

 

 『二世村正』の陰義である『引辰制御(グラビトン・コントロール)』を得た『三世村正』。

 その時点で、英雄となった湊斗景明の可能性が濃厚であり、されども、湊斗忠道は一目でその仕手が誰なのか、見抜いてしまった。

 

『……馬鹿な、そんな事が……!?』

《……考えようによっては、これも心甲一致か――》

 

 幾ら武者姿であろうが、彼が彼女を見間違う訳が無い。だが、同時に彼女の心は此処に居ないと理解してしまった。

 

『――在り得ない。何処をどう間違えば、奏が英雄となる……!?』

《御堂を殺して英雄となった平行世界の成れの果てが、あれなのだろうよ》

 

 この『金神』の力を得た『三世村正』の仕手は、湊斗忠道の妹である湊斗奏であり、村正一門の劔冑に付属されている精神干渉の力で無我の領域に至っている。

 

 ――つまり、この妹は、自分を殺し、その代償に世界を殺戮し尽くし、次なる世界に跳躍した事に他ならない。

 

《『善悪相殺』に対する解答の極致か、冑が娘よ》

 

 ――相手からの返答は当然の如く無い。

 

 今、『三世村正』が静止しているのは戦闘態勢を整えている最中であり、諸々の制御と処理が終わり次第、機械的に自動的に仕掛けて来るだろう。

 

《――前世からの因縁だな。いや、あれが御堂の前に立ち塞がるのは最早必然か》

 

 湊斗忠道にとって、湊斗奏は『善悪相殺』の戒律に縛られる、この世でたった二人だけの相手である。

 『二世村正』と結縁した事によって敵対し、一族の使命に従って自身を殺そうとした妹を、彼は未だに愛している。

 だが、前世と同じ逃げ道は使えまい。自身を埋葬して『善悪相殺』を回避しても、この妹は構わず世界を殺戮するだろう。そんな事は断じて許せなかった。

 

 

 此処に世界の次元を超えて、妖甲『村正』対『村正』が再び実現する。

 

 

 ――戦の開幕を告げたのは、『三世村正』から解き放たれた磁力操作による精神汚染波の大嵐だった。

 

《これは、汚染波かッ! それも途轍も無い濃度の……!》

 

 刀を納刀し、鍔鳴り音に乗せた磁気汚染は最早物理的な現象として天空を歪曲させて渦巻き、全世界に拡散しようとする。

 

 ――吉野御流『刃鳴』が崩し、『祝(コトホギ)』。

 

『……ッ!? 村正、全力で相殺しろッッ! 人類総自決させられるぞ!?』

《――諒解ッ! 辰気収斂!》

 

 『二世村正』も重力操作による精神汚染波を最大出力で練り出して相殺させる。

 一見して大嵐は過ぎ去ったように見えるが――『銀星号』が討たれれば、全世界に拡散した磁力汚染によって一人残らず玉砕させられる未来が待ち受けている。

 

 ――発生源を断たない限り、人類に未来は無い。

 

『奏……!』

 

 届かぬと知っても、彼女の名を叫ばずには居られなかった。

 最愛の妹にこれ以上殺戮させない為にも――此処で討つしか無かった。

 

 

 

 

 ――白銀の流星と真紅の流星が絶え間無く激突し、交差する。

 

 8の字の軌道を描き、その交差点で刃を交わす『双輪懸』――などまるで無視し、重力操作によって不規則に変則的に飛行し、互いの甲鉄を削っていく。

 一撃一撃の衝突によって空間そのものを激震させ、二騎の戦いの苛烈さを地で見物する彼等に思い知らせる。

 

「――互角、いや、最悪な事に『三世村正』の仕手の方が一枚も二枚も上手だな」

 

 『魔術師』は舌打ちする。異なる世界から現れた英雄は、『銀星号』を駆る湊斗忠道を上回っていた。

 騎体性能こそは互角だが、仕手の技量に圧倒的な差がある。いや、問題は技量などでは無く、互いの心境にある。

 

 ――どういう訳か、今の湊斗忠道は不完全だった。

 

 相手に対する躊躇が、処々に見られる。ただでさえ敵は目に当てられないほど格上なのに、そんな甘さがあっては敗北は必定である。

 

 対する『三世村正』の仕手には一切の躊躇も無い。完全無欠の無我の境地、武芸者として神仙の域に到達している。

 恐らくは劔冑が仕手の心を精神汚染する事によって心甲一致を成し、思考と反応の無駄を極限まで削ぎ落としている結果だろう。

 

「助けに行かなくて良いのー? このままじゃ銀色の人、落とされるよ?」

「レヴィの言う通りです。どうします? 師匠」

 

 『魔術師』と同じく、遠からずに『銀星号』が敗北するという最悪の結論に至ったフェイト・テスタロッサを模した力のマテリアル、レヴィ・ザ・スラッシャーは進言し、理のマテリアルであるシュテル・ザ・デストラクターもまた追随し――『魔術師』は気怠げに首を横に振った。

 

「……誰が師匠か。それは良いとして、誰が行っても足手纏いになるだけだ。あの野太刀の殺傷圏内に入った瞬間に斬り伏せられるだろうよ。遠距離からの支援も同様だ。『三世村正』の矛先が此方に向けられたら誰も生存出来ないな」

「……では、どうすると言うのだ? あの塵芥が撃ち落されるまで暢気に見物か?」

 

 不満そうに顔を顰めたロード・ディアーチェは声を荒げる。

 傲慢そうに見えて、何処までも甘い王様を『魔術師』は好ましく思う。

 

 ――『銀星号』の動きはまだ捉えられるが、『三世村正』の動きは捉え切れない。行動の起こりが見えず、気づいたら攻撃を受けているケースが多々あった。

 その点を分析する限り、今の『三世村正』の仕手は英雄になった湊斗景明ではなく、更に最悪な事に湊斗光に匹敵する法外な仕手であると認めざるを得ない。

 

「湊斗忠道には独力で何とかして貰うしかないな」

 

 ただ、湊斗忠道が撃墜されたその瞬間、相殺していた精神汚染波が全世界に拡散してしまい、完全に詰んでしまう。

 今現在の状況は、『ワルプルギスの夜』が襲来したあの時よりも酷かった。

 既に『教会』や残りの有力な転生者達に連絡して集結しようとしているが、この分では間に合いそうに無いだろう。

 

「――ランサー、エルヴィ、湊斗忠道が討ち取られたら、奴の死骸諸共『原初の炎』で吹っ飛ばす。ディアーチェ、シュテル、レヴィは『三世村正』をひたすらバインドで拘束して行動を阻害、ランサーは宝具を、エルヴィは奴の電磁抜刀を全力で妨害しろ」

 

 言葉では湊斗忠道の敗北後と言っているが、『魔術師』は湊斗忠道が敗れる寸前に諸共葬る気満々だった。

 マテリアルズの三人娘は良く理解していなかったが、ランサーとエルヴィは何となく察していた。

 世界全てと『銀星号』唯一人、『魔術師』が最小限の犠牲を選択するのは言うまでも無い――。

 

「ランサーのゲイ・ボルクで仕留められなかった場合は、死を覚悟しろ。精神汚染波で人類総玉砕する羽目になる」

 

 威力には自信のある『原初の炎』に心臓を必ず穿ち貫く宝具――それでも、あの『三世村正』は対処しかねないと『魔術師』は冷静に戦力分析して危惧する。

 

(躊躇している余裕は何処にも無いぞ、湊斗忠道――)

 

 ――『銀星号』が片付けてくれるならば、最悪の事態は免れられる。

 恐らく『善悪相殺』で彼自身の命を支払う事になるだろうが、皆殺しの最中である『三世村正』が勝利するよりは幾分もマシである。

 

 勝負は何方かが全力での陰義を放つ機会が得られた瞬間に決まる。

 

(どうするんだ? 『銀星号』の陰義の破り方は既に判明しているが、『三世村正』の電磁抜刀は如何に対処する――?)

 

 辰気の地獄である『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』は騎体制御が一瞬でも出来れば『電磁抜刀・穿』によって破れる。

 ならば、その逆――如何なる存在をも斬り伏せる『電磁抜刀・穿』は如何にして破るのか?

 

(耐久特化の『正宗』でさえ耐えられない至強の一撃。撃たせない事こそ一番の対策であるが――)

 

 一度放たれれば、成す術無く斬り伏せられるだろう。それが至高の劔冑である『銀星号』であっても同じ事である。

 これを相殺出来た一閃は、同じく『電磁抜刀・穿』のみであり――この必殺の機構を破らない限り、『三世村正』には勝てない。

 

(――撃たせずに倒す事が出来たのは過去の話だ。今の『三世村正』の騎体速度は『銀星号』に匹敵する)

 

 どういう訳か、磁力操作だけではなく、『銀星号』の陰義である重力操作も『三世村正』は用いて戦っている。湊斗景明が仕手で無いのに関わらず、それを得た経緯など想像すら出来ないが――。

 最高速度では未だに『銀星号』が僅かに上回っているが、再生能力では圧倒的に下回っている。

 『銀星号』は全ての性能において突き抜けている至高の劔冑だが、再生能力と防御性能だけは突き抜けて疎かだ。僅かな損傷が致命打となる。

 完璧な劔冑など存在しないという証左であり、長期戦になればなるほど『銀星号』の優位は消え去っていく。

 

(……まずいな。『金神』の力も相乗して、今の『三世村正』の再生能力は桁外れている) 

 

 損傷した傍から逐次再生して完全に復元する『三世村正』と、小さな損傷が蓄積して性能を下降させていく『銀星号』――分の悪い賭けを早期に出さざるを得ないのは明白だった。

 

 

 

 

『――『電磁加速(リニア・アクセル)』に『辰気加速(グラビティ・アクセル)』……理由は解らぬが、此方の能力の一端を保有している?』

《なれの妹が辿った世界では、野太刀を八つに分割して卵を植えてバラ撒いたのか?》

『さてな。敵に塩を渡す真似など、ただでさえ余裕の無いオレがするとは考えにくいが、此方の陰義を操れるのは違えようの無い事実だ……!』

 

 己が劔冑との皮肉の応酬、だが、戦況は刻一刻と敵手に傾きつつあった。

 衝突し合う毎に互いの甲鉄は損傷するが、『銀星号』の再生能力が戦闘中に発揮される事は無く、『三世村正』の罅割れた甲鉄は瞬く間に修復される。

 全くもって巫山戯た存在だった。同じ『金神』の力を持ちながら、どうにも目の前の敵手は再生能力に特化していた。

 

 無論、最大の泣き処は其処では無いが――。

 

『……だが、奏がこうなっている以上、これが辿った世界ではオレ達は彼女の手で討ち取られている。つまり――』

《御堂の言っていた、冑が娘の必勝手にして至芸『電磁抜刀』を開眼している可能性が濃厚という訳か》

『そういう事だ。使われたら間違い無く終わる……!』

 

 そう、一撃で何もかも一切合切終わらせる終の秘剣を持ち得ている可能性が大いに高かった。

 それ無くして『銀星号』は落とせない。『天座失墜・小彗星(フォーリンダウン レイディバグ)』と『飢餓虚空・魔王星(ブラックホール・フェアリーズ)』を破れない。

 

 だが、逆に言えば――それさえあれば、『銀星号』の必勝手は単なる敗北手に貶される。英雄となった湊斗奏は確実に『銀星号』を斬り伏せるだろう。

 

 早々に切り札を切らなければ勝機を見い出せない状況なのに、迂闊に陰義を繰り出せば敗北する。

 それ故に、敗北を先延ばす行為だと知りつつも、陰義を繰り出す隙を作らせないように、無謀な接近戦に興じている。

 

《だが、長くは持たないぞ……!》

『解っている! だが――!?』

 

 ――そして、互いに尋常ならぬ重力を乗せた剣打と拳打が真正面から衝突した時、如何なる法則が働いたのか、特大の精神汚染波が瞬時に駆け巡った。

 

『これは、何だ……!? 共鳴だと――!?』

《御堂ッ! 気をしっかり持て……! 飲み込まれるぞっ!?》

 

 劔冑の守護すら貫く強く激しい共振、如何に同系統の劔冑とは言え、此処まで共鳴する事は在り得ないが――瞬く間に意識が飲み込まれ、湊斗忠道は一瞬にして彼女が辿った道を理解してしまった。

 

『これ、は――』

 

 『三世村正』の陰義をも利用して、自害によって『善悪相殺』が発動しない地点まで埋葬した『銀星号』――そして、それに呼応して地上に出現した『金神』と戦う『三世村正』の姿。

 ちょこまかと飛び舞う『三世村正』を始末するべく、『金神』は漂流物から必要な存在を取り繕い、復元させて自身の脳に据える。

 

《何と……?!》

 

 神の如く異形は姿を変え――黄金は、白銀の劔冑へと変わる。

 『金神』が模したのは、奇しくもこの世界から退場した己達、『銀星号』と湊斗忠道だった。

 見に覚えの全く無い事態、だが、死者を復元させて模したのならば、その行動原理は自分達とほぼ同一であり、再び『三世村正』との死闘に駆り出され――至高の一刀『電磁抜刀』によって討ち取られた。

 

『……お前は、オレが自決した後の……!?』

 

 そして、世界に地獄が顕現した。『三世村正』の仕手である湊斗奏は『善悪相殺』の戒律によって代償を支払う事になる。

 彼女は無想の境地にて、大義を以って大敵を討ち取ってしまった。それ故に、白銀の魔王を討ち倒して支払うべき代償は人類全てでも尚足りなかった。

 

『……オレが、お前を英雄にしたというのかァ――ッ!』

 

 これが事の顛末、湊斗忠道が『善悪相殺』の戒律を死して踏み倒した結果がこれであった。

 余りにも愚かで、余りにも救いの無い結末――誰一人望まず、世界全てを殺戮して遭いに来た、英雄・湊斗奏の物語だった。

 

 

 

 

 ――湊斗奏は実の兄である湊斗忠道を愛していた。

 

 それは肉親としてではなく、一人の女性としてだった。

 いつからかはもう覚えていないが、それが人の道理・道徳から外れている事を自覚し、ただひたすら胸の奥に仕舞い込んだ。

 

 家から婚約が取り決められ、それでもその人を愛し、幸せの絶頂を迎える兄――奏には、正視する事が出来なかった。

 

 一度感情が溢れ出せば、途方も無い嫉妬と憎悪を撒き散らす事となる。それだけは、彼女自身が許せなかった。

 どうして兄である湊斗忠道を愛してしまったのか。どうして愛した者が兄だったのか。彼が兄でさえ無ければ、実力行使で幾らでも奪えたのに、無力な女など一蹴して手に入れられたのに――神という存在がもし実在するのであれば、何度呪い殺せただろうか。

 

 ――諦めていた。彼が彼女の兄である限り、この想いは間違っているのだと。湊斗奏に勝ち目は無いのだと。

 諦め切れない想いでも、生涯隠し通せた。人並み外れた尋常ならぬ自制心が、それを可能とさえしていた。されども、運命は彼女に好機を与えてしまった。

 

 ――湊斗忠道の伴侶たる女は殺害された。

 

 内心、狂喜乱舞した。相応しい惨めさで果てたのだと、神に祈りが通じたのだと彼女は喜んだ――兄が復讐の為に、家に奉納された呪われし妖甲を手に取るまでは。

 そして彼女もまた、一族の使命を完遂させるべく、『三世村正』の仕手として『二世村正』を討ち取るべく送り出された。

 

 一族の者は致命的なまでに履き違えていた――彼女に、兄を討ち取る気など欠片も無かった。

 

 ――逆に兄を死なせまいと奔走した。

 兄は『善悪相殺』の戒律を以って、仇敵を殺して自身の命を差し出そうとしているのは明白であり――逆に言えば、その仇敵さえ居なければ『善悪相殺』を無視出来る。

 あの女の仇を討つ事など興味も欠片も無いし、むしろ不本意であったが――あの女の為に兄を殺させる訳にはいかない。真っ先に赴いて、彼女は兄の嫁を殺した代官を蟻を踏み潰すかのように殺した。

 

 これで、兄を殺せる者は居ない。兄の心を捕らえる者は誰も居ない。

 

 後は邪魔な劔冑を鋳潰し、兄をその手に入れる。彼女を妨げる者は最早何も無かった。

 けれども、兄は彼女の想いに気づかず、すれ違う。己の身を『善悪相殺』が発動しない地点まで埋葬し、自害してしまった。

 

 ――崩れ落ちる歯車、兄の残り香を求めて、地下深くに埋まっていた神に匹敵する存在『金神』と戦闘し、再び兄に巡り合う。

 

 されども、それは単なる写身だった。中身の無い外見だけの存在の癖に、戦闘力だけは一級品であり――その神じみた力を手にすれば兄の蘇生すら可能だと奏は盲信した。

 

 

 無我の境地に達し、秘めたる魔剣をもって神の化身たる存在を仕留めて――湊斗奏は最期の一手を致命的なまでに履き違えた。

 

 

 姿形だけ兄に似ている何かに一切興味を示さなかったが、彼女を湊斗忠道の妹という運命を与えた神なる存在だけは際限無く憎悪していた。

 つまりは、実の兄を除いて、それだけは彼女にとって『善悪相殺』の範疇だったのだ――。

 

 

 

 

《――御堂ッ!》

『……っ!?』

 

 現実時間として一瞬にも満たない空白の時間――されども、陰義を発動させるには十分過ぎる絶好の隙だった。

 

《蒐窮開闢(おわりをはじめる)、終焉執行(しをおこなう)、虚無発現(そらをあらわす)――》

 

 放たれてはならない終の魔剣の準備が今、成されてしまった。

 その最速の剣閃は、人外筆頭の湊斗光とて捉え切れない。突然変異の複眼を持つ大鳥香奈枝でなければ捉え切れず、更に言うなら、視覚出来たとしても致命打は避けられない。

 回避も防御も不可能。今更『金神』の力を用いて、空間を歪めて距離を離そうとした処で、歪めた空間さえ断ち切られて四散する事になろう。

 

 ――それは『銀星号』の最大の陰義である『飢餓虚空・魔王星』も例外では無い。

 

 回避も防御も相殺も不可能。その全てを乗り越えて『三世村正』を仕留める為の理論が必要となる。

 

『――村正ァッ!』

《蒐窮開闢(おわりをはじめる)、終焉執行(しをおこなう)、虚無発現(そらをあらわす)――!》

 

 『銀星号』の顔の甲鉄が今初めて開かれ、女王蟻の胴体のような合当理に相当する部分が展開される。

 此処に『銀星号』を中心に擬似的なブラックホールが形成され、『三世村正』を飲み込もうと猛威を振るう。だが、騎体制御を奪うには余りにも遅すぎた。

 

 ――『三世村正』の必殺の術式は既に完成していた。

 

《電磁抜刀・穿――!》

 

 光速の剣閃は無限の闇を無造作に斬り裂き――この無謀な賭けは『銀星号』の勝利だった。

 湊斗景明が駆る『三世村正』と、湊斗奏が駆る『三世村正』の差異は二点。湊斗奏の『三世村正』には『金神』の力を持っている事、そしてもう一つは野太刀が『虎徹』じゃない事に尽きる。

 

 ――果たして足利茶々丸の命が吹き込まれた『虎徹』じゃないただの野太刀は、『飢餓虚空・魔王星』を打ち破る程の、原作通りの性能を誇るのだろうか?

 

《――!?》

 

 答えは否である。湊斗忠道が駆る『銀星号』にとって唯一の勝機がそれだった。

 『電磁抜刀・穿』は『飢餓虚空・魔王星』の術式構成を完璧に斬り裂いたが、中心に位置していた『銀星号』を斬り伏せるには至らなかった。

 

『奏……!』

《辰気収斂……!》

 

 されども、無傷ではない。罅割れていない箇所など何処にも見当たらないし、むしろ、墜落しなかったのが奇跡という損傷具合である。

 だが、『銀星号』は止まらず、全身全霊の重力操作によって単なる一撃を必殺の領域に昇華させる。

 

『――吉野御流合戦礼法『月片』が崩し』

 

 高度が圧倒的に足りない。それを魔剣の域に高めるには余りにも足りないが、全身全霊の陰義を打ち放ち、硬直している『三世村正』に引導を渡す機会は今この時しかあるまい――!

 

『天座失墜・小彗星(フォーリンダウン・レイディバグ)!』

 

 突き詰めて言えば、重力加速からの前転踵落としであり、それが不可避の速度を以って繰り出され――『三世村正』に直撃し、炸裂する。

 

 ――二領の、真紅と白銀の劔冑は共に地に墜落したのだった。

 

 

 

 

『……ぐ、がァ……!? 村正、奏、は……!』

 

 地に墜落し、白銀の甲鉄が無惨に砕け――生死を彷徨っている最中である湊斗忠道は敵の生死を己が劔冑に真っ先に問う。

 自身の損傷、そして現在の騎体状況よりも、その方が先決だった。

 

《……高度が、足りなんだな。どうやら、まだまだ、健在のようだ……!》

 

 己の劔冑からの絶望的な報告の後に、目視にて敵騎体を確認する。

 『天座失墜・小彗星』を受けて墜落し、自身よりも遥かに強大な力で地面に叩き付けられたが、『三世村正』はその足で立ち上がり、甲鉄の損傷は少しずつ修復している。

 一撃で仕留められない限り、この『三世村正』は幾らでも再起してしまうだろう。最早瀕死の湊斗忠道に打つ手は無かった。

 

 ――いや、最初から打つ手など一つだったのかもしれない。

 

 仕留め切れなかったのも、高度以前の問題だった。最初の前提から間違っている。

 湊斗忠道に湊斗奏を殺す事は、前世からして不可能だ。不可能だからこそ、地下深くに埋葬して自害したのだ――。

 

『……そう、か。――村正、オレは今まで『善悪相殺』の戒律を無視し続けていたが、最後の最期に頼るようだ……』

《……御、堂。何を――?》

『あれは、オレの罪の具現だ。『善悪相殺』の戒律に背き続けたオレの――あれの悪夢は、オレが終わらさなければならない……』

 

 その矛盾を超えて、英雄となった湊斗奏を殺さなければならない。

 それ故に、それを満たす魔剣論理は唯一つだけであり、これだけは真似をするまいと湊斗忠道は強く誓っていただけに皮肉な話だった。

 仕手の意図を察した『銀星号』は絶句し、されども、その金打声は優しげに奏でられた。

 

《……勝手な奴だ。あれほど我等村正の戒律を無視して――最後の最期に殉ずるか》

『……済まないが、また付き合ってくれ。村正』

《……ああ、また何処までも――》

 

 そして『三世村正』を見据える。自身の甲鉄の損傷の修復に全力を尽くし、機を待ち構えている。

 様々な想いが去来する。前の世界での最愛の妹、一族の掟に従って自分を討ち取りに来た妹、そして英雄になって世界を殺戮した最大の犠牲者――だが、終ぞ言葉は出なかった。そんなものは必要無かった。

 

 ――湊斗忠道は心底憎悪する。

 最愛の妹を英雄にしてしまった原因を、全身全霊で呪う。

 

《……?!》

 

 だから、心底憎悪してその心臓を穿ち貫く。自分自身の手で、完璧な致命傷を施して殺害する。それ故に、絶対の『戒律(ルール)』が発動する。

 

 ――魔剣の話をしよう。魔剣とは理論的に構築され、論理的に行使されなければならない。

 

 

 『善悪相殺』、憎む者を殺したのならば、愛する者も殺すべし。

 

 

 熱量欠乏した四肢に力が灯る。死して尚も遺る想いを胸に『銀星号』は飛翔する。

 『三世村正』は猛然と返しの業を繰り出し――否、何もかも無意味だった。

 

「――ぁ……」

 

 この魔剣は『善悪相殺』の戒律を逆用し、この世で最も憎悪する己の命と引換に、この世で最も愛する者を必ず殺める。

 この魔剣が、『善悪相殺』の掟が、愛の実在を証明する。

 

「――さ、ま。お兄様……!」

 

 

 

 

 そして在り得ない事に、湊斗忠道は再び眼を開いた。

 全身という全身に痛みが生じ、それが皮肉にも自身の生を証明する。

 

「――逝き損ねたようだな、湊斗忠道」

「……神咲悠陽。お前が……?」

 

 傍らには『魔術師』が立っており、『二世村正』は人間形態に戻り、気を失った湊斗忠道を膝枕していた。今の自分と同じく、ボロボロといった有様だった。

 

 ――湊斗忠道は確かに、自身の心臓を穿ち貫き、致命傷を施した。自身を殺害したが故に『善悪相殺』の戒律が発動し、湊斗奏を殺害し得た。

 

 ならばこそ、今、此処で生きている事は異常に他ならず、疑念の視線を『魔術師』に送り、彼は首を横に振った。

 

「いいや、死者蘇生は『魔法』の領域だ。……いや、五つの『魔法』でも完全な死者蘇生は不可能だったな。――これは愛の奇跡、とでも評するべきかな?」

 

 『魔術師』は匙を投げて気怠げに笑う。世界の滅亡の危機が去った安堵も混じり、適当に解説する。

 

「……『魔術師』のお前が、愛を万能の如く語っては、名折れだな」

「何を言ってるんだ、愛に勝るものなんてこの世界の何処にも無いだろうに。それの前では最強も最悪も神様も形無しだ」

 

 余りにもらしくない『魔術師』の言葉に苦笑し、咳き込む。不条理にも生きているとは言え、死の一歩手前なのは変わりないようだ。

 

「奏――『三世村正』は?」

「欠片一つ残さず消え失せたよ。死んで消滅したのか、元の世界に戻ったのか、肉の最後の一片まで愛する者に捧げたのか――その解釈は君に任せよう」

 

 必要事項を言うだけ言って、『魔術師』は「少しは身体を愛えよ」と言い残して去る。

 そしてこの場には湊斗忠道と二世村正のみとなる。

 

「奏……オレに、生きろと言うのか――」

「……御堂」

 

 遥か彼方に去った妹を想い、目を瞑る。様々な想いが胸に蘇り、去来していく。

 

「……どうやらもう少しだけ、付き合いが伸びたようだな」

「……ああ、腐れ縁も此処まで来れば清々しいものだ」

 

 互いにボロボロになりながらも、湊斗忠道は『二世村正』と屈折無く笑い合う。

 

「何処まで行っても『善悪相殺』の戒律は付き纏う。御堂が何処まで足掻けるか、最期まで見届けよう――」

「……そうか。ならば、また彼方まで付き合ってくれ。村正、オレの劔冑よ――」

 

 

 

 

 


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