転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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05/日常の一ページ

 

 

 

 

「――という訳で勝負だー!」

「……一体、どういう訳だ?」

 

 とある日常の昼下がり、今日も無駄に元気一杯なレヴィは屋敷内ではしゃぎ、誰の眼から見ても無謀な提案をした。

 『魔術師』は冷たい麦茶を飲みながら、呆れた顔で問う。

 アホの娘扱いが板に付いたレヴィが突飛な事を言い出すのは今に始まった事では無いが、流石にその自殺願望をお望み通り叶える訳にはいかない。

 

「模擬戦の相手ならランサーかエルヴィが居るだろう?」

「嫌だよ! ランサーは幾ら撃っても軽くあしらわれるし、エルヴィは幾ら撃っても倒せないしっ! 二人共ずっるいんだからぁ!」

 

 ランサーには『矢避けの加護』があるので遠距離魔法は全て封殺され、埒が明かないと接近戦を挑んで返り討ちに遭うのが関の山である。

 エルヴィに関しては無敵の耐久性を誇るので、何もせずに耐えるだけで決着する。

 正直、見ていて面白くなかったが、根負けして凹んだレヴィの姿は傑作だったと『魔術師』は思い出す。それ以降、レヴィがエルヴィに模擬戦を挑む事は無かったと付け足す。

 

「……それで私の方に来た、と」

「そうさぁ。べ、別にこの前の仕返しをしようとか、そういうつもりは欠片も無いよっ!」

「……こういうのを、愛すべき馬鹿と呼ぶべきかねぇ?」

 

 未だに最初にフルボッコにした事を根に持っているのか、と私服姿のシュテルとディアーチェの二人に態々振り向く。

 特にディアーチェの反応が顕著であり、大方ディアーチェが考案し、シュテルが入れ知恵して此方の戦力を探ろうという魂胆だろう。

 

「だが、私を模擬戦の相手にするのは無駄だぞ?」

「あ、勝てる自信無いんだぁ。それで逃げちゃう訳だぁー、大人ってずっるーい」

「概ねその通りだ」

 

 

『え?』

 

 

 その声は、レヴィを除く全員、つまりはシュテルにディアーチェ、エルヴィにランサーからだった。

 

「……何故、其処で全員から疑問の声が上がる?」

「いやだって、レヴィちゃん相手にご主人様が負ける光景なんてどう頑張っても思い浮かべないですよ?」

「エルヴィひっどーい!? 僕だって強いんだぞぉー!」

 

 ぷんぷんと膨れながらレヴィはエルヴィに抗議し、「はいはい、レヴィちゃんは強いですねー」と適当に宥める。

 

「不可解ですね。私達と戦って、師匠が負けると?」

「……いつから私はお前の師になったんだ? シュテル」

「貴方は高町なのはの戦いの師匠です。ならば、師の師は私の師匠同然です」

 

 シュテルの発言に『魔術師』は頭を抱えながら「……いや、その理屈はおかしい」と突っ込むのだった。

 

「……お前達のオリジナルは規格外の中の規格外だ。こんなのが血筋の積み重ねではなく、突発的に産まれるとか魔術師の私に喧嘩売ってるだろう? これが前の世界だったら、捕獲して解剖して標本にするか、次代の後継者を産む為の胎盤にしている処だ」

 

 尤も、神咲の魔道を自分の代で終わらせる事を決意している彼は後継者など知った事じゃなく、後者の方は在り得ない選択肢であるが――。

 

「私達魔術師は魔術的な備えに対しては万全だが、貴様等の魔法のような科学はお門違いだ。そもそも、飛翔する事が出来ない時点で同じ土俵に立てないからな」

「えー? それ言ったらランサーは飛べないのに勝てないよ?」

「神代の英霊と現代の魔術師を比べる事自体が間違いだ」

 

 レヴィの反論に、『魔術師』は全力で呆れながら返す。

 神代の時代に傑出した英雄として名を遺した者と、現代社会の文明発展に追い付かれた近代の魔術師など比べるまでも無い。

 

 その『魔術師』の自虐とも言える弱者発言に「待った」を掛けたのは、彼女達マテリアルの王、ディアーチェだった。

 

「ちょっと待て。我は最初の時、飛んでいたらいきなり墜落(おと)されたぞ?」

「当たり前だろう。飛ばれたら話にならないんだ。最初に墜落させるのは当然の成り行きだろうに」

 

 余りにも噛み合わぬ一言にレヴィは首を傾げる。

 飛翔する事が出来ないから同じ土俵に立てない、だから勝てないと言っているのが『魔術師』だが、そもそも最初の衝突の時に落とされ、逆に勝負にならなかった。

 その食い違いを逸早く解釈したのは、理のマテリアルの名に相応しい賢明さを誇るシュテルだった。

 

「……つまり、模擬戦と実戦は別、という事ですか?」

「正面から対決して問題点を洗うのが模擬戦の目的だからな。そのルールでは私に勝機は無いし、勝機を用意する必要も最初から無い。だから、私との模擬戦は無意味だ」

 

 そもそも、そのルールでは『魔術師』は自身の手口を全力で隠し通す為、開始一秒で「参った」と宣言して終わる未来しか無い。

 

「……むー、じゃあ実戦ではどうなるんだよ?」

「確実に勝てる場を用意してから叩き潰す。例えば高純度のAMF環境下を用意するとか」

「うわぁ、卑怯だぁー! あんな中で僕達が勝てる訳無いじゃん!」

 

 『魔術師』に自己鍛錬で戦力を増強するという発想は殆ど無く、妨害して戦力低下させる事を主眼とする。

 「くかか!」と小物の悪役の如く勝ち誇ったように高笑いしながら――『魔術師』は一転して憂鬱気に溜息を吐いた。

 

「……真正面から戦って、華麗に勝てるならそうしたさ。此処ではそれが全く出来ないからな、策を弄するしかあるまい」

「悪巧みしている時はノリノリだと思ったがなぁ」

「……その苦肉の策が天性の本職だっただけさ、ランサー」

 

 『三回目』の転生者達を『魔術師』は思い浮かべる。

 いずれも化け物揃いであり、魔眼で焼き払えないのならば問答無用に殺される歴然たる戦力差がある。

 大結界に付属した空間の歪みとジュエルシードの次元震で未来予知に関する機能を封殺したと思われた豊海柚葉にさえ、万全を期して勝ち切れなかった。

 

「この魔都で生きるに当たって、私が最初にしなければならなかった事は――異常極まる『三回目』の転生者の中で、自分の戦闘力が底辺レベルだと認識する事だった。これを屈辱と言わずして何を屈辱と言うのやら」

 

 『魔術師』の飲み干したガラスのコップにエルヴィは麦茶を注いで氷を足す。

 

「……意外だな。マスターは何でも出来る万能タイプだと思っていたが?」

「単なる器用貧乏だ。何物にも勝る究極の一点特化ならば、まだ違ったのだがな」

 

 一点特化の才覚にその分野では絶対敵わない。だから、総合力で勝負せざるを得ない。魔術も剣術も殺法の一つとなるのは彼にとっては当然の理だった。

 

「……という事は、従者より弱いの? それって主としてどうなのー?」

「逆だな。従者が主より弱くてどうする? 使えないだろう」

 

 レヴィは小馬鹿にしたように笑い、逆に『魔術師』は一切気にせず、真顔で返す。その価値観の相違に、レヴィは小首を傾げた。

 

「えー? 従者より弱いなんて主としての威厳が保てないでしょ?」

「……だ、そうだが? その辺はどうなんだ?」

「なっ、何故我に聞く!? ……おいこら待てシュテル、何故率先して目を逸らす?」

 

 『魔術師』はディアーチェに話を振り、それと同時にディアーチェに一瞬視線を寄越して逸らしたシュテルの挙動を彼女は見逃さなかった。

 シュテルの様子は普段と然程変わらず、だが、目は明らかに泳いでいた。

 

「……いいえ、私は貴方を尊敬してますよ? ディアーチェ」

「棒読みで言われても嬉しくないわぁ! おのれ、やはりお前には王の偉大さを今一度叩き込まないとならぬようだな……!」

 

 相変わらず彼女等の関係は面白い、と『魔術師』は口に出さずに噛み締める。

 あの三人のオリジナルを参考にしてどうしてこうなるのか、非常に興味深い考察だった。

 

「王様は良いとして、どうしてランサーとエルヴィは自分より弱い主に従ってるの?」

 

 自分達の王を置き去りにして、レヴィは質問の方向性がランサーとエルヴィに仕向けて――先に答えたのはランサーだった。

 

「サーヴァントには絶対命令権である三つの令呪があるからマスターに従わざるを得ないが、今はねぇからなぁ。……魔力の配給があり、魅力的な戦場も十分用意される。それだけでオレは満足だがな」

「戦闘狂(バトルマニア)って奴? ランサーは無欲なんだねぇ」

 

 レヴィは素直に感心し、逆に『魔術師』は「そんな些細な望みすら叶わない環境が異常だよなぁ」と染み染み呟く。

 そもそも聖杯戦争はマスターより強大なサーヴァントを従わせる事が前提なので、のっけからレヴィの前提は間違っている訳だが――。

 

「じゃあじゃあ、エルヴィは?」

「私とご主人様の主従関係は簡単には語り尽くせません。まさに一心同体ですから! きゃっ、言っちゃった!」

「……万年発情してんじゃねぇよ、この吸血猫」

 

 ランサーの売り言葉にエルヴィは「なんですってぇ!?」と激情し、「おう、やるかッ!」と彼も熱り立つ。

 つくづく仲の悪い従者達であり、『魔術師』は麦茶を飲み、中ぐらいになった氷を口の中に放り込み、じゃりじゃり噛み砕いて暑さを凌ぐ。

 

「でもさぁ、力関係が逆なんだから下克上を目指したりとかしないのー? 性格最悪でしょ、コイツ」

「その時点で在り得ないですよー。私の忠誠度はMAX、というか既に上限なんて天元突破っ! いつでも攻略可能でハッピーエンドに至る正統派ヒロインなのですから!」

「……それはつまり、最高にちょろいっつー事じゃねぇのか?」

 

 エルヴィの臆面無しの惚気に、ランサーは辟易としながら突っ込み――殺意の火花が二人の間で散った。

 

「あはは、もう本気で許せねぇです……! 表出ろ、狗っころ」

「狗って言うなッ! テメェとはいつか本気の勝負をしなければならないと常々思っていたよ、猫被りの猫耳娘」

 

 互いに戦闘態勢に入った従者二人は仲良く外に出ていき、『魔術師』は溜息一つ吐いて見送った。

 

「……ありゃー、行っちゃった。止めなくて良いの?」

「従者のストレス解消に貢献するのも主の義務だ」

「……単なる放任主義で面倒から放置だろ、それ」

 

 ディアーチェの突っ込みを『魔術師』は無言で無視する。ランサーが無駄に消耗する魔力と喧嘩を止める手間を省みて、前者の方が労力は少ないと判断する。

 

「……で、結局の処、どうなの? エルヴィの弱味握っているとか?」

「砂漠の中に埋もれた、たった一粒の宝石を偶々探し当てただけさ」

「? エルヴィの落とした宝石? あー、解った。今もまだ隠してるんだー? 意地汚いなぁ」

 

 レヴィは『魔術師』の比喩をそのままに捉え、彼は笑ったまま喋らない。

 虚数の海に漂っていたエルヴィの存在を知覚出来たのは、彼自身が目に頼らぬ感知法に長けていた事に他ならない。

 彼女が手元に居なければ、一体『魔術師』はどうなっていただろうか? 恐らくは、序盤でおっ死んでいる結末が目に見える。

 正真正銘、エルヴィと『魔術師』は一心同体である。彼女は自分の為だけに生き、彼は彼女を自分の眼として手足として存分に活用する。

 

 ――いつか来るであろう、自分の死の際に、彼女の存在をその魔眼で殺す。それが『魔術師』とエルヴィの間に結ばれた絶対の主従関係である。

 

 誰からも知覚されず、虚数の海に永遠に彷徨う事をエルヴィは死より恐れた。だが、幸運な事に、自身を唯一知覚する『魔術師』は彼女を唯一殺せる存在でもあった。

 それはアーカードの残骸を魔眼で葬り去った事で、彼女自身も魔眼で殺せる事を証明している。

 

「それじゃ僕はランサーとエルヴィの戦い見に行くねー! そっちの方が面白そうだし」

 

 一人納得したレヴィは元気良く外に出ていき、『魔術師』にディアーチェ、シュテルは見送る。

 

「やれやれ、オリジナルとは掛け離れた人格だな」

 

 フェイト・テスタロッサとは容姿だけ似ているだけの別人であり――ふと、『魔術師』はディアーチェから不穏な空気を感じた。

 

「――慢心だな。今は頼れる従者二人が居なくてがら空きだぞ?」

「――何だ、王たる身で暗殺者の物真似か? 君なら寝首ではなく、堂々と真正面から首を掻っ切りに来ると思ったのだがな、ロード・ディアーチェ」

 

 彼女達三人にとって『魔術師』は保護者という名の目の上のたんこぶ、自分達を力で束縛する存在に過ぎない。

 結局の処、いつしか打倒する存在である事は関わらず――寝首を掻く暗殺者と同一視されるのは王としての誇りが許さなかった。

 

「ふん、当然だ。いつまでも我を御せると思うなよ」

「そういう偉そうな言葉は『砕け得ぬ闇』を完全制御してから言うんだな」

「う、五月蝿いっ! 検索に手間取っているから仕方なかろう!」

 

 そもそも彼女達は『砕け得ぬ闇』なる存在を完璧に忘れており、現在はディアーチェが所有している『紫天の書』の隠蔽された部分を徹底的に洗っている最中である。

 それさえ終われば、自分達を束縛する者は無くなる。例え、この『魔術師』が相手でも――。

 

 

「――後一つ忠告しておくが、此処での私は少し厄介だぞ?」

 

 

 『魔術師』は魔王の如く嘲笑い、屋敷中から飛び切り不吉で濃密な殺気が一瞬だけ漂った。

 此処は彼の『魔術工房』、此処でならば魔法の真似事さえ可能とする絶対の処刑空間、いつまでも底知れぬ『魔術師』に、ディアーチェは内心舌打ちする。

 

「ご謙遜を。少し程度なんて言葉では計り知れません」

「お前はどっちの味方なのだ!?」

 

 淡々と返すシュテルにディアーチェは全力で突っ込む。

 とりあえず、現状でこの『魔術師』と事を構えるのはマイナスでしかない。今は忍従の時だとディアーチェは自身に言い聞かせた。

 

「……それはそうと、前々から気になっていたが、あの趣味の悪い仮面は何なのだ? 主の品格が知れるぞ」

「……ああ、『石仮面』の事か。元々それの屋敷だったからな、此処は」

 

 今は夏ゆえに使われていない暖炉の上の壁に、その石で作られたかのような無骨で奇妙な仮面が飾られていた。

 

「一応、これも忠告しておこうか。一番事故で何かやらかしかねない奴が居ないから、後で伝えておけ」

 

 無駄に空間歪曲を用いて座ったまま仮面を掴んで手元に引き寄せ、テーブルの上を置く。

 『魔術師』は自身の親指を噛み切り、その仮面に自身の血を垂らす。すると、仮面は即座に反応し、内蔵していた骨針が勢い良く飛び出した。

 

「わぎゃっ!?」

「……おー」

 

 興味津々と見ていたディアーチェは驚き、シュテルもまた興味深そうに仮面を眺めた。

 

 ――『石仮面』、ジョジョの奇妙な冒険の第一部と第二部のキーアイテム。故あってこの『石仮面』はよりによって『魔術師』の手にある。

 当然だが、彼はこの『石仮面』を使っている。無論、自分以外の他の誰かに対してだが――。

 

「これを被って骨針を押された者は『吸血鬼』になる。エルヴィとは違う系統だがな」

「……何だ、『吸血鬼』になって永遠を生きたいのか? 案外、俗物じみているな」

「――太陽の光を浴びれば一瞬で灰になる不死身、不老不死ねぇ。そんな人間以下の何かになりたいとは思えないな」

 

 ディアーチェの小馬鹿にしたような発言を、『魔術師』は即座に切って捨てる。

 

「不死身と不老不死など、有限の生命しか持たない人間が打ち砕いて踏み躙るからこそ悦楽であって――これを破壊しないのは戒めだと思っていたが、どうやら優越感だったらしい」

 

 これを使って仮初めの永遠を手に入れた精神的弱者を嘲笑う為に破壊せずに遺していると自己分析し、『魔術師』は声を出して笑う。

 人間として生きて、人間として死ねなかった化物など、如何なる暴威を振るおうが取るに足らない。人間の可能性はそれすら超えていけると信仰して――。

 

「……相変わらず奇怪極まる人間だな、貴様は」

「魔術師たる生き物は子々孫々まで性格破綻者しか居ないさ」

 

 

 

 

「お邪魔します。シュテルにディアーチェもこんにちは!」

「いらっしゃいませ、ナノハ」

「……ふん、よくまぁこんな幽霊屋敷に足を運ぶものだ」

 

 最早恒例行事となりつつある高町なのはの来訪は、『魔術師』の頭痛の種の一つだった。

 

「……全く、兄の忠告を無視して来るとは悪い妹だ。生憎、エルヴィはランサーと喧嘩中でな。終わってからお茶を運ばそう」

「あ、お構いなくっ」

 

 無敵の不死性を誇るエルヴィと戦うなど、根負けする未来しか無いのに、ランサーは良く頑張るものだと呆れる。

 

「前々から思ってましたけど、どうして兄と忍さんは神咲さんの事を……えと、あんなにも――」

「忌み嫌っているか、だろう? 当然と言えば当然だ、魔術師は常識の外に存在する者。凡そ理解出来ない狂人の類だ。好かれる要素などまるで無いだろうに」

 

 自分自身の行いを顧みる限り、人間として好感を持たれる要素が欠片も無い事を『魔術師』は自覚している。

 

「……何方かと言えば、当人の性格の悪さが原因であろう? 比重的に九割九分九厘。一体何をやらかしたのだ? 正直に言ってみろ」

 

 疑いの目をもって、ディアーチェは問い詰める。

 此処で『魔術師』は少しだけ思案する。別に隠し立てする事でも無いし、高町なのはを此処から引き離すのならば真実を語った方が良いかと即決する。

 

「あれは第二次吸血鬼事件が終結し、私が海鳴市の大結界を構築し終えた後の事だ。この私を危険視した転生者どもが反魔術師同盟という名目で結束し、海鳴市の大結界を即時解体しろと要求した」

 

 馬鹿げた要求だった。折角、前世では全く役立たなかった神咲家継承者としての魔道・知識を存分に使って霊地を掌握したというのに無条件で手放せ、と?

 管理局側(豊海柚葉)にデバイスを恵んで貰って――利用されていると知らずにはしゃいでいるだけの有象無象の分際で何を粋がっているんだと、殺意が芽生えるのは当然の成り行きだった。

 

「年代的には高町恭也と同じ世代が多かったか。その中には彼自身とも友情を育んだ者も居たらしいが、それは私の預かり知る処ではない」

 

 実際、興味が無かったので後からも確かめてすらいない。死人に口無しである。

 『魔術師』が推測する限りでは、その頃に生きていた多くの転生者は彼等との関係を持とうと苦心し、大多数は不気味がられていた。

 

 他人の事を勝手に見知って、物語の中の登場人物の一人と断じている連中と仲良く出来る道理などあるまい。

 

「結論から言えば、その反魔術師同盟は盟主唯一人を残して崩壊した。馬鹿正直に『魔術工房』に押し寄せたと言えば、その結末は大体察せるだろう? ――高町恭也や月村忍と不本意ながら顔見知りになったのはその後だ」

 

 地脈を掌握し、地盤を固め、自身の『魔術工房』の有用性を証明した直後の事だった。

 何をどう間違ったのか、関わる気が一切無かった高町恭也と月村忍と相対したのは――。

 

「彼等の事情は深くは知らないが、二人とその従者はこの屋敷に訪れようとした。一応、一般人である彼等を葬る事は憚れたからな。戦闘不能にしてさくっと記憶操作してお帰り願おうと思ったんだが――伊達や酔狂の血が騒いで御神流とやらに少しだけ興味を抱いてな、私は高町恭也に剣での勝負を挑んでみた」

 

 本当の処は、此処に来たからには生かして返す気など欠片も無かったのだが、その辺は情けないので口を閉ざす。

 

 ――思い出す光景は、高町恭也が見知らぬ名前を叫んで所在の有無を問い、「――お前は踏み潰した蟻個人の識別名称を全知しているのか?」と『魔術師』は挑発し、高町恭也は即座に激昂する。

 

 刃と刃の果し合いになり――一瞬にして後悔したのは勿論『魔術師』の方だった。

 

「だがまぁ、当然の如く剣では奴に勝てなんだよ。早々に見切りをつけて魔術での応戦に切り替えたら、奴に大層罵られてな。魔術が本職なのにそれを邪道と文句付けられるとは予想外さ。結局、勝負は付かずに退けさせたが、アイツは未だにその勝負の事を根に持っているんじゃないか?」

 

 数合足らずで『魔術師』の剣術家としての自負が木っ端微塵に砕かれる。本当に高町家は人間なのかと疑ったものだ。

 だが、殺法に拘りも無ければ貴賎も無い事を信条とする『魔術師』は即座に戦闘スタイルを『剣術』から『魔術』に切り替えた。

 元々魔術師たる存在は常識の天敵であり――高町恭也を常識の範疇に入れるのは激しく抵抗があるが、有効打には違いなかった。

 

「月村忍に至っては、エルヴィの存在かな? 『夜の一族』として、本物の吸血鬼に何か思う処があるのだろう」

 

 そっちの方は月村忍が連れていた機械人形と戯れていたが、詳しい詳細は覚えていない。

 

「という訳で、そんなロクデナシの人間の屋敷に訪れる事は教育上、著しい悪影響を及ぼす。今後控えるように――」

「断固拒否します! 神咲さんは、私の師匠なんですからっ!」

 

 此処まで説明しておいてその一言で斬り捨てられ、『魔術師』は力無く「えぇー……」と呟かざるを得なかった。

 こういう頑固な面は、やはり兄妹なのだなと思うしかあるまい。

 

「……いやいや、教える事など何も無いから」

「免許皆伝ですか。やりましたね、ナノハ。同じ弟子として心から――」

「いや、もうその師匠ネタはいいから」

 

 シュテルが便乗するも、『魔術師』は呆れながら頭を抱える。

 すると、今度は予想外な事に――なのはは涙目になって訴えてきた。……どうにも、自身の同位体であるシュテルに遅れを取っていると勘違いした様子である。

 

「――っ、わ、私もシュテルと同じように魔力を炎に変換出来れば見て貰えるのですか!?」

「……いや、半泣きになって詰め寄られても非常に困るのだが。第一、それ先天的な資質だろ? つーか、そもそも最初から師事してないし」

 

 ……珍しく『魔術師』は狼狽えた。

 

 自分との同位体なのに、シュテルに炎熱変換の資質があった事に一番ショックを受けたのは他ならぬ高町なのは本人だった。

 その時の「師匠とお揃いですね」というシュテルの言葉が彼女の胸にどれだけぶち刺さったかは余人の知る処ではない。

 

「私にも出来た事が、ナノハに出来ない筈がありません」

「お前も何気無い表情で火に油を注ぐなっ!?」

 

 今現在、ツッコミ役が不在なので『魔術師』がそっち方面に回らざるを得なくなり、高町なのははその言葉を信じて静かに燃える。

 根性論如きで生来の資質を覆す事が出来れば苦労などしないのだが――そんな『魔術師』の珍しい一面を垣間見て、ディアーチェは呆れるように勝ち誇るように笑った。

 

「とことん身内には甘いようだな、『魔術師』殿?」

 

 ――今日も海鳴市は概ね平和のようである。

 

 

 

 


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