転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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--/御神の剣士と『魔術師』

 

 

 ――その盲目の悪鬼を、今も鮮明に思い起こせる。

 

 丘の上の幽霊屋敷の前で、遮蔽物の無い荒れくれた草原で、高町恭也はそれと対峙する。

 誰よりも濃厚な血の臭気と死の気配を撒き散らす、黒い喪服じみた和服姿の少年の姿。腰に差す太刀は未だに納刀され、抜刀の構えとなっている。

 

「――」

 

 武の道に生きる者にとって視覚障害は致命的な欠陥であり、常識的に考えれば目の前の敵手は脅威に成り得ない。

 その居合の一刀が肉を引き裂けるか、骨を両断出来るか。否、それどころか、正確に振り抜いて当てる事すら不可能だろう。

 その他の感覚器が異常発達して空間を完全に把握しているなど、フィクションだけの出来事であり――ならばこそ、目の前の敵手はその虚構を現実に堕としめた者に違いなかった。

 

 ――敵手の呼吸は恐ろしいほど静かであり、初動の起こりを一切読み取らせない。

 

 だが、それは単なる勘違いだった。呼吸が静かなどという次元ではなく、戦闘に不必要な呼吸を一切行なっていなかった。

 自己暗示による変態、『彼』の生きた時代では日常茶飯事の戦闘技法は今の平成の世に絶えて久しく、高町恭也がその正体を悟ったのはこの死闘の後の事である。

 

「――っ」

 

 太刀に手を掛ける前に撒き散らしていた暴虐なまでに重圧的な殺意もまた完全に消え去り、今の『彼』は無念無想の域に到達していた。

 その居合の圏内に入った者を無造作に無作為に斬り捨てる。背筋に寒気がする。濃厚なまでの死の気配が、鎌首を上げていた。

 

 ――敵の術技(わざ)は居合、ならばこそ勝機は抜刀される前の『先の先』、抜刀された一刀を受け止めた直後の『後の先』に他ならない。

 

 だが、今の『彼』は武芸者として究極である無想の領域、事の起こりである初動を掴む事は至難の業である。

 故に、『後の先』である小太刀で抜刀斬撃を受け止めてもう片方の小太刀で斬り伏せる事はほぼ不可能――唯一の勝機は『先の先』、抜かせずに斬り伏せる事であり、それを可能とする絶技が彼にはあった。

 

 

 ――小太刀二刀御神流斬式、奥技之極『閃』。

 

 

 御神流の斬・徹・貫の先にある最後の秘技、通常とは桁外れの速度で行動出来る奥義之歩法『神速』の果てにある、力も速さも関係無しであらゆる動きを超越する必殺の機構。

 それならば、目の前の相手の意を捉えられまいが関係無い。

 

 ――初手必殺の意気込みで高町恭也は『神速』の領域にて地を蹴る。

 

 視界全てが白黒となり、自らの動作もスローモーションのように感じられる。

 極限の集中力をもって実行される超高速移動、並の使い手相手ならば目の前に居ながら見失ったと誤解すらしかねない文字通りの神速――されども、敵手は此方を一切見失っていなかった。

 いや、元より盲目、視覚情報以外の何かで感知され続けていると評するべきか。未だに此方は居合の致死圏内に入らず、当然の如く抜刀されていない。

 

 ――其処から『神速』を重ねがけて、御神流の必勝手が今、解き放たれようとしたその瞬間、何よりも鮮明な死が脳裏に過ぎった。

 

 それは『神速』中の白黒の世界において、唯一紅く煌めく死の具現。

 何処でその配色を見たのかは当人にも理解が及ばない。だが、高町恭也は全身全霊で後方に退き――『彼』の太刀は納刀されたままだった。

 

「――っっ!」

 

 そのまま踏み込んでいれば、放たれた居合の一刀を小太刀で受け止め、もう一方の小太刀で仕留められていた――とは、間違っても確信出来なかった。

 何かある。条理を超越した何かを秘めている。あの瞬間に解き放たれようとしていた絶技は高町恭也のものだけでは無かった。

 

 右手の袖に仕込んでいる飛針を一息に二本飛ばし、予想通り神速の居合で迎撃される。再び納刀した後に、地に転がる音が四つ生じた。

 

 ――いとも容易く行われた盲目の剣鬼による斬鉄。

 この結果は目の前の人物に生半可な不意打ちなど意味が無いと取るべきか――敵手が御神流の全容を熟知していると取るべきか。

 

(だが――)

 

 此処まで来れば、認めるしかない――目の前の敵手の性根は完全に腐り切っている鬼畜外道の類だが、その武に捧げた盲目的なまでに真摯な想いは共感せざるを得なかった。

 盲目という先天的なハンデを背負い、されども血の滲む一念で条理を踏みのけて切磋琢磨し――この無我の境地に辿り着いている。

 天性の才覚ではなく、後天的な鍛錬と経験が下地となり、狂気の沙汰と思えるほど積み重ねて、常軌を凌駕した盲目の剣鬼が此処にある。盲目と言えども、決して遅れを取ってなかった。

 

「貴様は、神咲家の者なのか――?」

 

 特異な剣術を伝承する一族に『神咲』という名がある。高町恭也は父親である士郎からいつしか聞いた覚えがある。

 奇しくも目の前の敵手の苗字は『神咲』――だが、神咲悠陽は飛び切り邪悪な嘲笑をもって完全否定した。

 

「その質問に一体何の意味がある? 生後間も無く捨てられた忌み子に血筋も流派も関係無いだろうに」

 

 くつくつと悪鬼は笑い、最後に「――尤も、例えその『神咲』だとしても、私は違う『神咲』だがね」と意味深げに付け足す。

 この言葉の意味が解るのは、ほんの少し先の事だった。

 

「暢気にお喋りする余裕なんてあるのか? 私の飼う吸血鬼は『夜の一族』という紛い物とは格が違うぞ?」

 

 間違っても視線はこの男から片時も離せないが、馬鹿げた轟音が近くから鳴り響いている。

 月村忍を護衛する二体の自動人形の性能に、高町恭也は全幅の信頼を置いている。

 だが、あの二体との戦闘が続行している以上、敵対者は健在し続けている事を認めざるを得ないし、よりによって『吸血鬼』と来た。

 

 『夜の一族』の身体能力の高さ、特異性は熟知しているが――あのような下の妹より年下の少女に此処までの戦闘能力を秘められているとは高町恭也とて予想外である。

 

「配役を間違えたな。あの自動人形二体程度でエルヴィの相手は務まらないだろう」

 

 ――その言葉と同時に高町恭也は地を蹴った。

 

 『神速』を用いるが、『閃』は温存する。

 此方の必勝手は知られている可能性が濃厚の今、相手の必勝手を探らずに飛び込むのは無謀の極みであり――あの死の予感の正体を見極めんとスローモーションの白黒の世界の中、高町恭也は目を凝らす。

 

 神速の中でも霞む速度で抜刀術は繰り出され――先程の死の悪寒は生じず、居合の一閃を右の小太刀で受け止める事に成功する。

 

 右手に痺れるような衝撃が駆け巡り、左の小太刀で無防備となった『彼』の喉を掻っ切ろうとし――否、その一閃は止まってなかった。

 

(……っ?!)

 

 小太刀の刃に太刀の刃が食い込み、一刀両断せんと駆け抜けている最中だった。

 如何なる魔技か、如何なる大業物か、或いはその両方が重なって小太刀の斬鉄を可能とするのか――瞬間、刃筋を立てられぬよう切り払って受け流し、右の小太刀を振るう。

 

 ――取った、という確信は瞬時に覆される。

 既にこの時点で『彼』の左手は鞘を掴んでおらず、脇差を抜刀し、見事に相殺する。

 

 高町恭也は知らぬであろうが、これは吉野御流合戦礼法『比翼』が崩し。木刀を手に取って嘗ての技を修練する湊斗忠道から盗み取った術法の一つ。

 太刀を斬り下ろした刹那、右手を太刀から離して脇差を抜いて斬り上げる。太刀を見切って懐へ飛び入った的に報いる術法――尤も、この場合は斬り下ろしではなく抜刀斬撃、左手にて脇差を抜刀という崩し(アレンジ)であるが。

 

 互いに取って、ままならぬ一瞬の硬直――受け流された太刀の鍔を返し、最速で振るい返し、高町恭也はそれより疾く『彼』を蹴り飛ばして窮地を脱する。

 

「――ぐっ!」

 

 それはまるで鉄の塊を蹴ったような感触だった。人体の腹部を強打した感触とは明らかに違った。

 七、八メートルの距離が開き、仕切り直しとなる。蹴られた当人も仰け反りもせず、涼しい顔でいる。

 

 

「――ふぅ。解っては居たが、剣では敵わぬか」

 

 

 『彼』は太刀と脇差を今一度納刀し、今度は手から離す。

 その自然体は無形の構えとも言えなくもないが、間違っても納刀した状態でする構えではない。

 

 一体、次は何を仕掛けて来るのか、高町恭也は警戒度を上げ――そしてそれは、別の意味での脅威だった。

 

 『彼』の両肩から両腕の末端に渡るまで紅く妖しく発光する。

 袖の下の生身の肉体に、幾学模様の如く紅く発光する何かが刻まれており――地面に魔法陣のような円形の結界が二重に施される。

 

「――何だ、それは……?」

「あれらの事情をある程度知っているのだろう? 私達はそれを更に煮詰めた存在だ」

 

 其処に、無想の領域に居た先程までの『彼』は何処にも居ない。

 呼吸は元に戻り、殺意は漠然と漲り、全く異質なものに変異していた。

 

「――『三回目』の転生者は、どういう訳か前の世界と同一個体・同一名称で産まれる。だから、この世界の『神咲』が退魔師であろうが剣士だろうが私には関係無い」

 

 余りにも隙だらけの姿に訝しみ、再び飛針を二つ投擲し――『彼』の領域に入った瞬間、飛針は突如空間から生じた複数の炎の縄に拘束され、瞬時に融解する。

 

 領域に入った存在を自動的に追尾して絞め殺す常識外の理が其処にあり――。

 

「神咲家八代目当主――『魔術師』神咲悠陽、それが私だ」

 

 恐らく、血の滲む想いで切磋琢磨した努力の結晶である『剣術』を、何の未練も無く捨て去る事が出来る『魔術師』が、全てを嘲笑って立っていた。

 

「……るな」

 

 許せなかった。敵とは言え、剣に対する妄執に似た真摯さに関しては尊敬の念さえ抱いていた。

 御神流の終の奥義に匹敵する絶技さえ、この男は独自に完成させている。

 要人の守護を至上目的とする御神の剣士でありながら、生命を賭しても存分に剣を競い合ってみたいという欲望さえ生じた。

 それなのに――これは何だ。この裏切りは何だ。何故、あっさり捨てられる。恐らくは生涯を賭して研磨したであろう秘剣を――。

 

「――巫山戯るなァッ!」

「――? はてさて、何も巫山戯てはいないが? それにしても随分と余裕だな、高町恭也」

 

 此処から先は語るまでもない。御神の剣士は『魔術師』神咲悠陽と噛み合う事は無く、決定的に決裂する。

 そしてこの懐かしくも忌まわしき夢から覚めた時、高町恭也はいつも考えてしまう。己の剣は彼の剣に届いたのだろうか、と――。

 

 

 

 

 


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