転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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08/英雄の世界

 

 

 

 

「……この有り様は一体何なのだ?」

 

 ジト目で、ディアーチェは変貌した居間を訝しげに眺める。

 其処には所狭しと言わんばかりの宝石の山が散らばっていた。宝石と言っても未加工の原石も混じり、それが多種多様、数え切れないぐらいの種類が用意されている。

 

「『魔術師』としては正しい在り方なのだがな、外れ者の私が言うのもあれだが」

 

 居間の中央に、ソファやテーブルを退けて、『魔術師』は忙しげに水銀で魔法陣を描いている。

 

「うわぁ、綺麗で大きな宝石が一杯だねぇ~。見るからに高そうだけど――」

「迂闊に触れるなよ、レヴィ。壊れる以前に呪われるぞ? 材料費は5000万ポンドだ。流石に懐が寂しくなるな」

「ポンド?」

 

 興味深そうに美術品じみた宝石の数々を眺めているレヴィは不思議そうに頭を傾げ、彼の傍で補佐するエルヴィはどんよりとした表情で注釈した。

 

「……えー、ちなみに、現在の円相場は200円前後です。うぅ、ご主人様に浪費癖は無いと思っていたのですが……」

「魔術は金食い虫だからな、これは我等の宿命と言って良い」

 

 1ポンド=200円。つまり、単純計算であるが、5000万ポンドは日本円に換算すると――。

 

「んなっ!? ひゃ、百億円だとぉっ!?」

「? ねぇねぇ、王様。それってソーダ飴が何個ぐらい買えるの?」

「一億個だ、戯けっ!」

「ええええぇぇぇ――!?」

 

 横脇のテーブルに載せてある多種多様の宝石を眺めながら――注意深く見るまでもなく、何かしら嫌な感触を味わう。

 『魔術師』の呪われる云々は比喩抜きの真実であるとディアーチェは引き摺りながら悟る。

 

「そんな莫大な金を費やして一体何を作る気だ!?」

「別にその大金に見合うものではないさ。文明の利器たるトマホーク五十発の方が遥かに効率的で殺傷力があるだろうよ」

 

 淡々と準備をしながら、『魔術師』は語り――横でエルヴィは「これだから魔術師という人種はぁ……!」と全力で嘆いていた。

 

「この短期間で『とある現象』を二度も観測してな。しかも、二つとも異なる方式でだ。その御蔭で異世界の魔術理論で構築されたあれを七割方理解する事が出来た。資金もある事だし、実際に作ってみて残りの三割を解明してみようと思ってな」

 

 そう語る『魔術師』の表情には普段見られない――学者としての知的探究心が見られ、安全栓の無い狂科学者(マッドサイエンティスト)とは得てしてこういうものであると悟らざるを得なかった。

 

「……何だと? 何やら実験のように聞こえるが……?」

「失敗から学ぶ事が前提だが?」

「んなっ!? 貴様の金銭感覚を真っ先に疑うわッ! 王の我もびっくりな浪費振りだ、貴様に国庫の鍵を預けては一晩で消え失せるだろうよ……!」

 

 失敗前提の実験如きに百億という大金が投入されるなど、現世に疎い闇王(ディアーチェ)でも規格外な事だと喚きたくなった。

 つくづくこの男は理解出来ない。いや、彼のいう『魔術師』なる人種は皆こうなのか、頭が痛くなる思いである。

 

「たかが5000万ポンドで真理に近づけるなら安い買い物だろう? 私が刻む神秘系統では魔術と『魔法』は全くの別物だ。如何に資金や時間を注ぎ込もうとも絶対に実現不可能な『結果』を齎すものを、我等魔術師は敬意と畏怖を籠めて『魔法』と呼ぶ」

 

 以前にレヴィが「魔術と魔法なんて一緒でしょ?」なんて迂闊な事を言って――それが彼等魔術師にとって禁句だったのか、長々とその違いを解説された事を思い出す。

 あの時はレヴィが涙目になるまで彼等魔術師達の『魔法』の定義を喋り続け、狂気の一端を思い知る事になった。

 

「今回のこれは第二魔法の限定礼装『宝石剣』の再現だ。遠坂家からパクった設計図がまさか役立つとはな」

「んー、でもご主人様、あれって『宝石翁』『魔道元帥』キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの系譜じゃないと使えないんじゃ?」

「その通り。残念な事に我が契約の大公はシュバインオーグではない。万が一『宝石剣』を完成させても起動出来ず、無用の長物になるだろう。そんな事は百も承知だ」

 

 一通り魔法陣を書き終えて、額に流れる汗を『魔術師』は袖で拭う。

 それとほぼ同時に、今朝から姿が見えなかったシュテルが居間に現れた。とあるものを携えて――。

 

「ただいま戻りました、師匠。湊斗忠道さんから例の物を受け取って参りました」

「ご苦労、シュテル。これで準備は整ったか」

 

 師匠呼ばわりされているのに関わらず、珍しくスルーして届け物を慎重に受け取る。

 まるで取り扱い注意の危険物に触れるような手先で慎重に――異常なまでに厳重にロックされた金属の鞄を開帳し、その黄金の鉱物は姿を現した。

 それは水晶とも鉱物とも解らぬ未知の物質、此処に集まった全ての宝石よりも――素人目から見ても一目で異常と解るほどの途方も無い代物だった。

 

「――げげぇっ、金神の結晶っ?! こんな劇物を『宝石剣』に組み込む気ですか!?」

「何を言う。これ単体で平行世界への単独移動を可能とする神の結晶だぞ。アレンジするには持って来いの材質だろう」

 

 エルヴィは心底信じられない眼で主に詰め寄り、それとは反比例して『魔術師』は平然と笑う。

 ディアーチェ達は知らないだろうが、これは『装甲悪鬼村正』の世界における劔冑を鍛造する為に必要な水、それの源泉であり、結晶体――つまりはあの『金神』の欠片である。

 

「うっわぁー、独特のアレンジを加えるという、初心者の料理に良く有り勝ちな失敗フラグじゃないですかー! やだこれもぉ~!」

「だから失敗前提なんだろうに。この私が遠坂家の遺伝的疾患のうっかりを犯すとでも思っているのか? 下手すると次元世界が吹っ飛ぶから、ちゃんと廃棄する準備は万端だ」

 

 何やら致命的なまでに不穏な事が聞こえたが、ディアーチェは自身の痛む頭を押さえながら、全力で聞き流す事にする。

 今に始まった事でもない。この男が常識外の生物であるのは最初からである。

 

「……百億円を溝(ドブ)に捨てるか? 考えられんな」

「まぁ正気の沙汰じゃ出来ないな。伊達や酔狂の血が騒いで損得の勘定を度外視してないとやる気にすらならん」

 

 あっけらかんに言って「そもそも根源に至る事を諦めた落伍者が『宝石剣』の作成に挑もうとは片腹が痛いだろうよ」と自嘲しながら言い捨てる。

 

「それじゃ始めようか。ディアーチェ、シュテル、レヴィはバリアジャケットで別世界への転移準備をしとけ。念の為であるが」

 

 その言葉に急いでバリアジャケットを展開して杖を構えた彼女達三人を確認し、テーブルに散乱していた宝石が独りでに宙に浮き、魔法陣の中に浮かぶ。

 

「――魔術回路、起動。術式作動」

 

 最も簡素で原始的で最小限の呪文を以って――屋敷に蓄えられていた魔力が居間の魔法陣に集結する。

 

「融解、合成、鍛造――」

 

 水銀の魔法陣は紅く光り輝き、途方も無いエーテルの渦を巻き起こす。

 数々の宝石、原石は一つに集まり、形が融けて融合していく。一つ交わる毎に空間が軋みを上げるほどの変質が起こり――全ての光を閉じ込めた万華鏡の如く宝石が構築されていく。

 

 ――その工程の最後に『金神』の欠片と交わり、渦巻くエーテルの光が反転する。

 

「――!?」

 

 それは眼が潰れるほどの圧倒的な光だったのか、または全てを飲み込む闇だったのか――此処に居る全員の視界が喪失する。

 

「……――!」

 

 巻き起こる轟音で声も掻き消され――数秒間の空白の後、儀式が成功にしろ失敗にしろ終わり、術者である『魔術師』は綺麗さっぱり消失していた。

 

「……なっ、『魔術師』っ! 何処に行った!?」

 

 万華鏡の如く光り輝いていた宝石も消失し、ただ焼け爛れた水銀の魔法陣だけが余韻として残るのみだった。

 そして誰よりも深刻に、エルヴィは己が主を必死で探し、震えながら絶望する。

 

「……う、そ。ご主人様の存在が、この世界から消え――」

「っ、エルヴィ、貴様、その身体は……!?」

 

 瞬く間にエルヴィの身体が透き通り、何の余韻も残さず、跡形も無く消失する。

 いつも唐突に転移し、所構わず現れる天邪鬼な吸血鬼であるが、今のはいつもと様子が致命的なまでに違った。

 

 そして、トドメに、彼と契約したサーヴァントであるランサーにも変調が訪れていた。

 

「……おいおい、マジかよ。アイツは消えちまうし、マスターからの魔力供給が完全に途切れちまったぞ……!?」

 

 

 

 

「エルヴィ? ランサー? 何処に行った?」

 

 ――気づけば、屋敷には自分一人しか居なかった。

 

 暴走するように荒んだエーテルの奔流に、外界への感覚器官を塗り潰された最中、安全を期してディアーチェ達が別の次元世界に避難したのだろうか?

 

(だとしても、おかしい。エルヴィは避難の必要なんて無いし、何で居ないんだ?)

 

 思わず首を傾げるが、復調した『魔術師』の感覚が彼女の存在を感知する。

 今ので自分の時間感覚の方に変調が訪れたのだろうかと仮定し――弾丸の如く自身の胸に飛び込んで来たエルヴィを支え切れず、地面に背中を強打する事となる。 

 

「――ぐえっ!? エルヴィ、いきなり抱きついてどうした……?」

 

 偶に奇行に出る傾向はあるが、攻撃とも取れない事をするような使い魔では無いが――何故かは解らないが、彼の胸に飛び込んで来たエルヴィは酷く泣き崩れていた。

 

「……ご主人様、ご主人様、ご主人様ぁ……! 本当に、本当にご主人様なのですか……?」

「それ以外の何に見える? ランサーは何処に行った?」

 

 正規の契約ではなく、他のマスターから強奪した結果である為、己がサーヴァントを察知する能力は『魔術師』には欠けている。

 些細な違和感を覚えつつも、何故か泣き崩れているエルヴィに問い――彼女は不思議そうに首を傾げ、気を沈ませながら重々しく告げた。

 

「……ランサーは魔力供給が途絶え、消えてしまいました……」

「は? エルヴィ、どういう――」

 

 マスターが健在な以上、サーヴァントへの魔力供給が途絶える事は無いし、例えこの儀式の異変で契約が解消されたとしても、一瞬で消えるのは在り得ない。

 何かがおかしいと悟り――致命的な誤差に辿り着く。屋敷の結界がおかしい。効力は失われていないが、設置した魔術的な仕掛けが少ない。

 

(……どういう事だ? 私の記憶が確かなら――此処三ヶ月間に新調した仕掛けが全部無いだと?)

 

 宝石剣の作成で、屋敷全体の時間が三ヶ月間逆行してしまったのか――魔術的な探査を『魔術工房』から大結界まで伸ばした時、想定以下の魔力供給量に驚愕する。

 普段の五分の一にも満たない。『魔術工房』どころか霊地にも著しい異変を齎したのか、より詳細な構造把握の為に探査魔術を駆け巡らし――唖然とした。

 

 ――海鳴市の大半が焼け崩れたまま放置され、無人の地と成り果てていた。

 

 此処まで来れば、最早認めざるを得ない。まさかと思いたいが、出揃った状況証拠が現実逃避を阻止する。

 

「……そんな馬鹿な。平行世界に転移しただと……!?」

 

 『宝石剣』の生成はある意味、予期せぬ大成功を収める事となる。

 皮肉な事に『魔術師』は、平行世界への僅かな路を穿つ『宝石剣』の生成の過程で、人間一人の平行世界への移動に成功してしまったのである――。

 

 

 

 


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