転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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12/聖夜終了

 

 

 

 そして、決着は呆気無く付いた。

 

 ――二人の勝敗を分けたものは何か?

 

 技の優劣か、執念の差か、或いは天運か、生来の『悪』の質か。いずれも違う。

 結局、幾ら彼女の補正を剥ぎ取っても、幾ら彼が彼女を『悪』ではない哀れな小娘だと見下しても――他人の為に振るう刃は『悪』に非ず、つまりはそういう事だった。

 

「……まさか、こんな半端者に、殺されるとはね――笑い草だわ」

 

 彼の刃は、彼女に致命傷を与えて――彼女の刃は、空を切っていた。

 太刀を引き抜き、豊海柚葉は花畑に倒れた。半死半生の『魔術師』は、まだ生きている彼女を静かに見下ろす。

 意外にも、その死に顔は感情無く透き通っていて、一切の邪念も無かった。

 

「……ねぇ、向こうでの私は……どうなっているの……?」

「……『悪』で無くなったからな、今更罪の重さを体感していて――それでも、あの二人は何処までも歩いて行けるだろうさ」

 

 自分の世界での可能性を最期に話し――死相が浮かぶ少女は淡く微笑んだ。

 

「……そ、っか……そん、な人、が、隣に、居るんだ。我な、がら、羨まし、いなぁ……」

 

 固有結界に舞う焔の雪が彼女を融かし――風が吹き荒れて、彼女は跡形無く分解して消え去った。

 様々な感情が浮かび、余韻を残さずに消える。

 紙一重でも違ったのならば、彼女と相討ちになっていた事だろう。不思議と、憎悪も未練も喝采も湧かず、虚無が支配する。

 

「……まだ、終わりではないしな」

 

 固有結界の維持を止め、自身の再出現位置を展開場所から百メートル後方に移動させ――世界の修正力やら彼女の補正に苛まれ、ほぼ無制限の魔力供給源という役割を全うしていた、この事態の発端とも呼べる魔術礼装を取り出す。

 

 ――オリジナルとは違い、七色ではなく、彼の魔眼が如くやや赤味掛かって歪んでいるが、宝石剣ゼルレッチは確かに脈動していた。

 

 第二の魔法使いの名を冠する宝石剣、その第二魔法の限定礼装は隣り合う世界の壁に極小の穴を開ける程度だが、無限に連なる平行世界の大気から魔力を採取する事が可能であり――規格外な事に無限大の魔力供給を可能とする。

 

「鳴るのが鈴の音でなくて悪いが、代わりに万華鏡の光の輪が舞う。一夜限りの奇跡を拝んで逝ね――!」

 

 自身を包囲していた者達を一掃する為に、紅の極光は七度駆け巡って蹂躙する。

 一撃一撃が対城宝具『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』に匹敵する紅光は全てを薙ぎ払い――この世界での決着は、呆気無く付いたのだった。

 

 

 

 

「……ジングルベル、ジングルベル、鈴が鳴る――」

 

 嘗ての世界でのクリスマスを思い出し、高町なのはは泣きたくなった。

 あの時は、友人達が居て、家族が居て――今はもう、誰も居ない。

 全てが炎の海に消え果ててしまった。家族も友人も、憧れた人も全て――。

 

「……何で、私だけ生きているんだろう?」

 

 管理局の者が宛てがった住宅にて、なのはは一人孤独に咽び泣く。

 希望も夢も、何一つ見い出せなかった。人生で九回目のクリスマスは絶望の只中、こうして何も起こらず終わり――。

 

 

「――メリークリスマス。サンタクロースはもう閉店だから、此処に居るのは悪い魔法使いだがね」

 

 

 かつん、と――その大胆不敵な不法侵入者は堂々と姿を現した。

 喪服じみた黒の和服が自身の流血で赤く染まり、処々穴が穿たれ、歩けるのが不思議なぐらいの重傷を負った――。

 

「師、匠……? 嘘、だって、神咲さんは……!」

「死者は蘇らないさ。この私は君の師になっていない平行世界の私、と言えば解るかな?」

 

 いつもと変わらぬ、両眼を瞑った状態で「そういえば師匠は此処からか」と一人呟く。

 

「……幻、じゃないですよね……?」

「幻なら、こんなにボロボロな訳無いだろう。君の脳内に居る私が出てくる訳だから――っと」

 

 その言葉を待たずに、なのはは彼の胸に飛び込み、栓が切れたように大声で泣く。

 神咲悠陽は「自分の血で服が汚れてしまうな」などと考えながら、泣き叫ぶなのはを優しく抱く。

 

「帰るぞ、なのは。此処は、子供の教育に悪いからな――」

 

 

 

 

 ――丘の上の屋敷から眺める海鳴市は、一面の雪景色だった。

 

 神咲悠陽に抱えられ、変わり果てた故郷の地を見届ける。

 嘗ての街の面影は殆ど残っておらず、無人の野に降り積もる雪は、ただただ悲しかった。

 八ヶ月前までは、幾多の人々による生活の営みがあっただけに、涙が自然と溢れ出た。

 

「――初めに言うが、この私は一夜限りの泡沫の夢だ。私は私の元居た世界に帰還しなければならない」

 

 そして、彼のこの言葉は、到底受け入れられるものではなかった。

 

「私の世界ではね、フェイト・テスタロッサがアーチャーを召喚した」

「……え?」

「触媒は交換したリボンと彼女の腕に宿った三つのジュエルシード――此処まで言えば、解るだろう?」

 

 それは絶望のどん底で高町なのはが思い描いた唯一の光明、英霊となって嘗ての聖杯戦争に召喚され、この最悪の未来を変える為の唯一の手段。

 

「其処から分岐したのが私の世界だ。色々あって、私は生き残る事が出来たよ。――ったく、英雄にはなるなと、この世界の私も言った筈だぞ」

 

 ――寂しく笑いながら、神咲悠陽は暗く沈む。

 

 どうしてそんな表情をするのか、今の高町なのはには解らなかった。

 でも、今此処で手放せば、もう二度と逢えない予感だけは確かだった、

 

「……嫌、です。一人になるのは、もう嫌……!」

 

 しがみつき、止め処無く泣き喚く。

 家族を失い、友人を失い、凡そ考え得る全てを失った。

 此処で神咲悠陽を手放してしまえば、一生、立ち直れないだろう。

 

「もう、私には、神咲さんしか居ないんです……!」

「……なのは」

 

 神咲悠陽の表情が重く、悲痛に歪む。

 だが、それも一瞬の事だった。すぐ、無表情になる。あらゆる感情を押し殺した、能面の如き貌に――。

 

「――御神美沙斗、高町美由希の実の母親だ。彼女に引き取って貰う。彼女なら、大丈夫だろう」

「神咲さんっ!」

 

 神咲悠陽は眉一つ動かさない。ただ、自身の下唇を噛んでいた。

 

「この世界の神咲悠陽は既に死んでいる。此処に居る私は、姿形が似ているだけの赤の他人に過ぎない。――私はね、アーチャーを殺しているぞ」

 

 その告白に驚き、だが、そんな事は関係無いと叫ぼうとした瞬間、声が出なかった。

 あれほど鮮明だった意識が揺らぎ、暗示を使われた事に気づく。

 

「私は『正義の味方』ではない。だから、結局誰一人救えない。――その生命を、自分の為に使え。私の為なんかに使うな」

 

 自身の掌に必死で爪を食い立てて意識を保とうとし――意識は、途切れてしまった。

 深淵の闇に堕ちる刹那、その声は確かに届いた――。

 

「――さよなら、なのは。せめて良き夢を――」

 

 

 

 

「――良かったのですか?」

「私は『正義の味方』ではない。出来る事は一方的に救うだけで、アフターケアはお門違いだ」

「酷い人ですね。罪作りというか、何と言うべきか――」

 

 眠れる高町なのはを御神美沙斗に引き渡し――眼を背け続けた事を正視する時が、遂に訪れた。訪れてしまった。

 

「……色々言いたい事があったんですけど、いざとなったら、何も出ないものですね」

 

 神咲悠陽は「そうだな」と感情無く返す。返しながら、必死に思案する。

 何でも良い。喋れば良い。それだけで、少しは引き伸ばせる。解っていながら、何一つ、言葉が出なかった。

 喋ればそれで終わってしまうという予感が、あらゆる言葉を封殺してしまう。

 

「帰還方法は、最初から……?」

「まぁ、な。最初の切っ掛けから異常だったしな」

「そう、ですか。少し残念です……」

 

 ――何故、嘘を吐かなかったのだろうか。

 

 帰還方法を模索すると言えば、まだ猶予が出来た。それなのに、自分は何故、馬鹿正直に真実を述べるのか――。

 

 くるりと、横に立っていたエルヴィは振り向き、邪気無く微笑んだ。

 

 

「――私を見つけてくれて、ありがとうございます。エルヴィは、貴方に見つけて貰ったその日からずっと幸せでした」

 

 

 何も、何も言えなかった。口を開けば、彼女の覚悟を穢してしまう。

 

 

 ――お前を殺したくない、と。そう叫ぶ事は絶対に許されない。それは彼女への冒涜だ。

 

 

 ただ、ひたすら歯を食い縛り――不意に、彼女は唇を合わせた。

 あの時のように貪り尽くすような口付けではなく、唇と唇が軽く触れ合うだけの、淡いキスであり――。

 

「ですから、私の事で泣かないで下さい。最後まで不遜に笑って、最期に私を見届けて下さい――」

 

 

 ――そんな貴方を、私は愛していたのですから。

 

 

 

 

 ――呆然と、何もない虚空を視ていた。

 

 一体どれほどの時間を、そんな無意味な余韻に浸っていただろうか。

 涙は枯れ果て、すっかり全身から体温が失われ――神咲悠陽はむくりと立ち上がり、魔眼を開いたまま虚空を睨みつけた。

 

「――それで、私をこの平行世界に送った理由は何ですか?」

「――ほう、気づいていたのか。別の平行世界から覗き見していたのだがな」

 

 其処に音も無く唐突に現れたのは老年の吸血鬼だった。

 灰色の髪に立派な顎髭を生やし、吸血鬼特有の赤い魔眼を持ち、童話の魔法使いのような出で立ちの――神代の魔眼でも焼き払えない至高の存在だった。

 

「当然でしょう。極小の穴しか穿てない宝石剣の作成で、何処をどう間違って第二魔法の成功例になる? 何者かの干渉があったと考えるのが至極当然の思考だ。そんな事が可能なのは、この無限に連なる平行世界でも第二の魔法使いである貴方しか存在しないでしょうに」

 

 曰く、宝石翁。

 曰く、魔道元帥。

 曰く、万華鏡。

 曰く、死徒二十七祖第四位。

 曰く、第二の魔法使い。

 

「――キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。まさか、こうして出遭う機会が訪れようとは、様々な感情が溢れ過ぎて言語化出来ませんよ――」

「弟子以外の者で宝石剣の作成に成功した者が出現したのだ。試したくなるのは当然だろう?」

 

 神咲悠陽は殺意を籠めて睨み、老境の魔法使いは人を食ったように笑い返す。

 

「それもどうだか。宝石剣の作成にも干渉していたのでは? 全部貴方の掌で踊らされた気がしますよ。道理で、貴方に弟子入りした魔術師がほぼ全て廃人になる訳だ」

 

 戦力比は話にならないレベルであるが、神咲悠陽は敵意と憎悪と殺気を顕にする。

 あの世界の頂点に立つ『朱い月のブリュンスタッド』に喧嘩を売って滅ぼす時点で、この魔法使いが如何に規格外な存在かは語るまでもない。

 

 ――原初にして最強の『真祖』を討ち滅ぼした相手に、如何にして挑むか。

 全身全霊で思考を巡らせて――暫しの睨み合いの後、神咲悠陽は殺意を解いた。それでも死の魔眼でかの宝石翁を視るのは止めていないが――。

 

「――喰えぬ人だ。まぁいい、邪魔しないで下さい」

「ふむ? 元の平行世界に帰りたいのではないのか? ――それとも、本当の元の世界か?」

 

 自身の心の底を見抜いたかの如く言動に苛立ちを覚えながらも、毅然と睨み返す。

 

「貴方の手は借りませんよ。魔術の基本法則は等価交換。それが『魔法』となれば、一体どんな等価を持っていかれるか、解ったものじゃない。自作自演(マッチポンプ)甚だしいですけどね」

「ほう、この私の手を借りず、自力で帰還するとな? 君は私に向かって『魔法』を実践すると言っているようだが?」

「自分の平行世界ぐらいは簡単に特定出来ますよ。この私と契約したランサーは唯一人ですからね」

 

 自身の宝石剣を起動し、神咲悠陽は無限に並列する平行世界を万華鏡の如く閲覧する。

 今は世界が隔てられ、魔力供給が途絶えているが、当たりを繋げれば――パスから魔力供給が再開される筈である。

 

(……はぁ、砂漠の中から真珠を探し当てるような、信頼関係の強さを実感させるようなイベントなのに、ランサーじゃ燃えねぇな。これがセイバーだったら何一つ申し分無かったのに……)

 

 冗談を考える余裕ぐらいは戻ってきたらしいと自嘲する。

 程無くして、魔力のパスが流れ――元の自分の世界を引き当てたと確信する。

 

「ほう、ほう! 確かにそれは君の世界だ。それで、この後はどうするのだ?」

「……はぁ、本当はやりたくないけれど、まぁ十年あれば再現出来るか――」

 

 興奮するように感心するゼルレッチを無視し――視界の照準(ピント)を宝石剣から垣間見れる平行世界に集中させる。

 

 ――自身の宝石剣を以って魔剣『死の眼』を繰り出す。

 

 視界が歪み、亀裂が入ったかの如く崩壊する――ぱりんと盛大に砕ける宝石剣の自壊と同時に、人一人ぐらい移動出来る次元の孔が開き、神咲悠陽は躊躇せずに飛び込んだのだった。

 

 

 

 

「――ぁ!? ご主人様、ご主人様、ご主人様っ! 死んじゃ駄目です! 絶対に死んじゃ駄目ですよぉ……! ど、どどどうしよう!? 血ぃ吸って吸血鬼に――あぁ、でもご主人様童貞? 前世って範疇に入るのかな?! そそ、それとも石仮面で手っ取り早く人間やめて貰って――」

「落ち着けエルヴィ! 使い魔のお前が一番取り乱してどうするっ! ランサー、『教会』から泉の騎士かシスターを攫って来い! 最速でだッッ!」

「おうよ! それまで意地でも持ち堪えさせろよ……!」

 

 ……予想外の人物が冷静に的確に指示を下し、一番頼りにしている人物が一番取り乱しているのは皮肉な話である。

 自称『王』と、内心小馬鹿にしていたが、案外その資質は確かなものだろうか?

 鈍重なまでに鈍る思考の中、神咲悠陽は率直な感想を抱く。

 

「おおお王様、僕達はどうすれば!?」

「レヴィは応急手当に必要な道具を全部持って来いっ! シュテルはタオルとお湯と洗面器だ……! エルヴィ、この中で貴様が一番その手の事に詳しい筈だ。無駄に取り乱してないで冷静に対処しろッッ!」

「……エルヴィ、気持ちは察せますが、どうか落ち着いて――」

 

 ――しかし、この賑やかまでの騒ぎの御蔭で、無事帰還出来たんだなぁと確信する。

 

「……騒が、しいな、全く……」

「ご主人様……! しゃ、喋っちゃ駄目ですっ! 生命に関わりますっ! あとっ、今意識を手放したら二度と戻って来れませんよ!?」

 

 朦朧とする意識の中、何をそんなに動揺しているのか、疑問視し、自身の状況を今一度分析する。

 

(右肩口に風穴一つに火傷及び出血、胸元に横一文字の裂傷及び火傷、視神経当たりに損傷、両腕の筋繊維が千切れ、魔術回路も処々焼き切れて――此処まではあの平行世界での負傷だが、中身が素敵な具合にシェイクされた上に魔力枯渇か。良く生きているな、これ)

 

 日頃の行いが良いからだろう、と結論付ける。彼を知る者からは全員が全員「ねーよ!」と総ツッコミが入るだろうが――。

 

(――魔法使いからの宿題か。手厳しいものだ)

 

 この平行世界での出来事が宝石剣を作成した者に与えられる宿題だとすれば、答えを出すのに相当時間が掛かるだろう。

 多くを認める事は、多くを見捨てる事。折り合いを付けるか、頑固なまでに貫き通すか――それが『平行世界の運営』なる境地に立つという事の意味なのだろう。

 

(どう足掻いても、次に宝石剣を作成出来るのは十年後だし、ゆっくり考えるとするか……)

 

 そしてまずは、生き延びる事から始めよう。

 簡単には死ねない。何が何でも生き延びてやると活力が湧く。

 魔法使いからの宿題や『魔法』の事も――エルヴィの事も、全ては生き延びてからの話である。

 

 

 

 


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