転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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EX/番外の番外

 

 

「毎度有難う御座いましたー」

 

 やる気の無い店員の声を聞き流しながら、冷房の行き届いたコンビニから外に出る。

 噎せ返るような熱気だった昼先と比べれば大分マシだが、生温い夜風は気持ちが良いとは到底思えない。

 

(……はぁ、今日も疲れた。ちゃっちゃと帰るかねぇ)

 

 早く家に帰って風呂入って、飯食って買ってきた今週号のジャンプを見て泥のように眠りたい処だ。自然と早足になるのは、勿論、それだけが理由ではない。

 

 ――連続通り魔事件。

 それも全身の血を抜き取って殺害するという極めて猟奇的で、ゴシップ好きの自称ジャーナリストが飛び付きそうな謳い文句、現代に蘇った吸血鬼とか安直に書いていそうだ。

 それが自分の街で実際に起きている事となれば、一分一秒足りとも危険な夜道を歩きたくないのは至極当然の事である。

 

 大体一ヶ月前から発生し、今尚起こり続けていると言われているこの事件。

 最近は報道規制がされて実情が解らないが、犯人が捕まったという一報が無いという事は今尚殺人鬼が徘徊している事に違いない。

 報道されない犠牲者の一人に仲間入りするのは御免被るので、人通りの多い道をなるべく歩きつつ――静まり返った住宅街を恐る恐る歩いて行く。

 

(やっぱり街の活気そのものが失われている感じで、何処か不気味だよなぁ……)

 

 一日でも早く、そのイカれた殺人鬼が逮捕される事を善良な一般市民として願うばかりである。

 これまで誰一人としてすれ違わず、無人の街を行くが如く歩んでいたが――自宅前の寂れた公園にて、第一村人発見する……いや、此処は村じゃないけど。

 

(高校生ぐらいの少女……? いや、男か。紛らわしい髪型だなぁ!)

 

 殺人鬼が徘徊しているのにしょんぼりとブランコに座っているのは、女のごとく長い髪を一本の三つ編みおさげにした細っこい少年であり、見るからに覇気無く、上の空で夜空の月を眺めている。

 

(街全体が危険だというのに、あんな風に呆けているのはそれなりの理由があるんだろうなぁ……あぁ、クソッ!)

 

 事情は全く解らないが、危なっかしくて見ていられない。そう、自分は見過ごす事が出来ず、見ていられなかった。無視出来ない自分の性分が恨めしい。

 心の中で大きく溜息をし、近くにある自販機から適当な缶コーヒーを二個買う。見知らぬ者に対して随分とまぁ太っ腹だなぁと軽い財布から目を逸らしながら自画自賛する。

 

 ――徐ろに歩いて行き、黄昏る少年の目の前に缶コーヒーを一本突き出す。

 

 おさげの少年はさも不思議そうに、そして自分の存在に初めて気づいたように此方を眺めた。

 

「若いのにこの世の終わりみたいな辛気臭い顔しやがって。ほらよ、コーヒーでも飲んで気分転換でもしろ。見ているこっちが滅入る!」

 

 自分でも支離滅裂な事言っているなぁと実感しつつも、此処は勢いで乗り切るとしよう。

 強引に缶コーヒーを一本手渡し、自分もまた少年の隣のブランコに座って陣取り、缶コーヒーを開けて一気に喉に流し込む。

 冷たい感触が喉を伝い、生きている実感と多少の清涼感と幸福感を齎す。そんな此方の様子を興味深く観察しながら、少年もまた缶を開け、コーヒーを口にした。

 

「珍しい類の人間だね、お兄さん。普通、この時間帯にこんな処に居る未成年に関わるなど百害有って一利無しだと言うのに」

「うわぁ、出会って早々タメ口かよ。まぁいいか、オジサンと言われなかったし。それに、それはお互い様だろう。通り魔事件が最近多発しているというのに暢気なものだ。いの一番に襲われちまうぞー?」

 

 珍獣を見るような眼差しで見られているような気がするが、この年のガキだから、まぁ自意識過剰で世間知らずなのは仕方あるまい。大人の余裕を持って接するとしよう。

 暗に通り魔が徘徊しているから危ないぞ、と言ったのだが、それに対する家出少年(仮)の反応は不思議そうにきょとんとしている。まさか、最近のニュースとかを見てなくて、異常性癖の殺人鬼が徘徊している事も知らないとか無いよな?

 だが、次の瞬間、ああ、と納得行ったように少年は笑う。

 

「大丈夫だよ、お兄さん」

「……はぁ、そう信じて疑わなかった奴が新聞やワイドショーで遺体として取り上げられてるんだぞ? 自分だけは襲われないなんて都合の良い錯覚は今後無くすべきだな」

 

 この年代の子供は自分が世界の主人公である事を誰一人疑わない。漫画やアニメで光り輝くような主人公であると無自覚の内に信じている。

 社会という巨大な機構を回す歯車の一つになって実感しない限り、単なる端役である事に気づかないから、当然と言えば当然か。

 

「ふむ?」

 

 ああ、やっぱり解っていない顔している。この年の子供に説明しても実感出来ないから理解を求めるのは酷だろう。

 

 ――人間なんてものは不慮な事故があれば瞬時に、そして呆気無く死んでしまう。

 

 この前だって、火事に取り残された十二歳ぐらいの子供を救おうとして火の中に飛び込んで一緒に焼け死んでしまった人もいるし、偶然落ちてきた鉄塊に踏み潰されて死んだ者もいる。

 ましてや、今は異常な殺人鬼という物理的な死因まで存在している始末だ。危なっかしくて見てられない。

 だから、自分は余計な処まで踏み込まなければ気が済まないんだろうなぁ。溜息が自然と零れ落ちる。

 

「一応これでも人生の先輩だからな、悩み事があるなら聞くぞ?」

「悩み事? お兄さんから見て、自分は悩んでいるように見えた?」

「ああ、超抱え込んでいて、今にも首を吊りそうな勢い。そういうのを見ると目覚めが悪いからな、明日新聞に出ていたら最悪の気分になるぞ! お前責任取れるのか!?」

 

 我ながら理不尽な事を言うなぁ、と思いつつハイテンションで押し切り、少年は面白いモノを見たかのような顔をして、にんまりと此方をまじまじと見る。

 勝手に缶コーヒーをあげるどうでも良い他人から、興味深い対象にランクアップしたという処か?

 

「ははっ、お兄さん、すっごいお人好しで、いつも貧乏籤を自分から引いているっしょ? 馬鹿なぐらい善人(いいひと)なんだね」

「……これは生来の性分だから仕方ねぇだろ。まぁ結局自分の好きなように生きているんだ。自分に嘘付いて見過ごすとか、そっちの方が遥かに馬鹿らしい」

 

 こういう性分だから色々厄介事が押し寄せてくるが、見て見ぬ振りをする方が数倍後悔するので仕方あるまい。

 少年は興味深そうに「なるほど、そういう考え方もあるのか」と感心したような素振りを見せた。

 そして顎に人差し指を当て、少しだけ考えこむ素振りを見せてから語り始めた。

 

「実は自分は小説家志望でね、物語の展開が詰まって悩んでいたのよ。主人公は死んだら強制的に設置されたセーブポイントに巻き戻る無限ループものでね、打開策が見い出せなくて作者自身も悩み抜いていたんだ」

「何じゃそりゃ。そういうのは原因を究明して物語を進めるのが一番の近道だと思うが?」

 

 はて、何かの例えだろうか、それとも真実100%の内容だろうか。どうにも判断出来ない喩え話のようなものを聞きつつ、割と真面目に対応してみる。

 

「……原因、原因かぁ。何だったかなぁ、きっと辿り着いたと思うけど、今現在は忘れているのだから、最高最悪なまでに都合の悪い事だったという事かな」

 

 独白するように呟き、夜空の月を眺めながら少年の顔から感情が消える。

 うーむ、何やら色々混み合った事情でもあるのだろうか? こんな年若い少年に不似合いな、定職間近のサラリーマンのような心底疲れ切って摩耗した顔立ちである。

 暫く沈黙が続き、間を誤魔化すように缶コーヒーを貪る。自分もまた急かさず、同じく缶コーヒーを啜って彼から話すのを待ちながら話の内容を推測したりする。

 

 あくまで推測に過ぎないが、自分ではどうにもならない袋小路に嵌っているという事なのだろうか?

 死んだら強制的に設置されたセーブポイントに巻き戻る無限ループというのがどういう例えなのか、全く解らないが。

 

 あれこれ訝しげに考えている内に、少年は次の言葉を口にした。

 

「それでね、無限ループに陥っている原因は外部依存――本人以外の外因だった。諸々の理由でそれを取り除く事が不可能であり、手詰まりに陥って次なる打開策を求めている。こんな感じかな?」

「ふむふむ、中々ループものらしい仕掛けだなぁ。それじゃループものの定番の記憶の引き継ぎとかを起こして物語を進めるというのは? それ一つは些細な変化だが、一粒の飛沫はいつしか大波になってというのが王道だろう?」

「実に王道的だけど、その万分の一の奇跡が叶って、更に酷い結末になる方が自分的には好みかな?」

 

 少年はそんな事を言いながら心底楽しげに笑い、実に悪趣味だなぁと内心ちょっとだけ引く。ただその笑みはやけに自虐的だったのが気になるが。

 自分以外の外因が悩みであり、自分の手じゃ解決出来ない。遠回しのSOSだろうか? 家庭環境とかそういう類の複雑な話か?

 

「はは、お前って性格とことん螺子曲がっているなぁ。若い内にそんなんじゃ将来心配だぞ?」

「初対面の人に其処まで言われるとは思っていなかったよ。酷い人だなぁ」

 

 はははとお互い気兼ねなく笑い合う。年は違うが、旧来の友と語り合っているかのような気分である。

 そう、こうして素の自分を曝け出して語るのはいつ以来だろうか。社会に順応するというのは自分を押し殺す事であり、在り来りな型に嵌める事である。素の状態で語れる友が近くに居なくなって久しく、自分もまたこういう人間関係に飢えていたのかな、と自己分析してみたりする。

 

「これは直感だけど――お兄さんは案外教師に向いてるんじゃない?」

「よせやい、こんなしがないサラリーマンを前に、教師なんざ柄じゃねぇ」

 

 誰かを指導するなんて、そんな重大な責任を伴う行為はだらしがない自分には烏滸がましい。

 この名前も知らぬ少年からの掛け値なしの褒め言葉と受け取って、気恥ずかしさを誤魔化すように缶コーヒーを口にする。

 

「それじゃ設定を一つ付け足そう。世界の魂の総量は常に一定であり、主人公の能力で世界から追放すると別の世界から一個ズレて収まり、次のループでは別人に成り変わっている。いつかループを解消出来る規格外が発生する事を願って入れ替え続ける。直死の魔眼持ちだとか、アカシックレコードを弄って消去出来る魔導師とか、全てを台無しに出来るデウス・エクス・マキナとかを待ち侘びて」

 

 ふぅむ、良く在り来りな多世界解釈という事だろうか? これが一体何の例えなのか、未だに解らないが――湾曲な言い回しながら、救いの手を求めているという事だろうか?

 

「……いやいや、後半の設定だとまんまパクリになるじゃねぇか」

「ふむ、この案は失敗だね」

 

 あはは、と少年は笑う。ただ、その後、一瞬だけ見せた表情は、何処か悲しげであり、今にも消えそうなぐらい儚かったのは気のせいだろうか? 見逃して良い要素だったのだろうか?

 そして少年の目線が自分の顔から地面に置いている白袋――コンビニのレジ袋に入っている少年ジャンプに注がれる。

 

「その袋に入っているのは今週号のジャンプ?」

「ああ、読むか? 暗い処だから目悪くするかもしれねぇが」

「折角だから読ませて貰うよ。目は大丈夫さ、これでも夜目には自信がある」

 

 ジャンプを袋から開けて渡してから「いや、そういう問題か?」と突っ込むが、手早く奪い取った少年は何処吹く風である。

 そしてじっくり読むかと思いきや、ぱらぱらと流れるようにページを進めていき――酷く退屈気な顔でぱたんと閉じた。何だ、もう既に今週号の内容を見た後なのか?

 

「ああ、今週号は『NARUTO』の第一部終了か」

「割りと良い引きだと思うが、お前さんは不服か?」

 

 少年漫画で良くあるような敵対組織のお披露目で終わりという処で、次なる展開にワクワクするが――少年の顔から見るに、違った感想を抱いているようだ。

 

「これからの内容を考えると色々切なくなるものだよ、今がほぼ全盛期だし。そういうお兄さんは『NARUTO』は好き?」

「わりかし好きな方だぞー。特にガイとかが良いね!」

「うん、確かにあの破天荒さは好ましいキャラクターだ。超濃いしね」

 

 何か色々言っている事がおかしいと思ったが、同じマイト・ガイ好きに出会えて感心する。中々話せる少年じゃないか!

 その時にオレは気づくべきだった。その笑みにはさも当然のように生と死が隣り合わせに同居していた事を――。

 

「――そうか。うん、行き先までは保証出来ないけど、良い旅路である事を祈るよ」

 

 それが生涯最期の言葉であり、意識は其処で途絶える。不思議と痛みも恐怖も無かった。そんなものが生じる前に一回目の人生に幕を降ろされた。

 

 そして在り得ざる『後』が訪れ――少年が自分だけは大丈夫だと確信していた理由と、その例えが例えではなかったのでは、という疑惑が生じたのだが、違う世界で波瀾万丈に生きる自分には関係の無い話である。

 

 

 EX/最大の被害者であり、最大の加害者の話

 

 


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