転生者の魔都『海鳴市』   作:咲夜泪

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02/クロウ・タイタス

 

 

 

 

「隣のクラスの二名、未だに行方不明だってよ。これでもう一週間だ」

「……マジかよ。時期が時期だからなぁ……」

「自分達も他人事じゃないな……」

 

 それは日常の一頁、部活帰りの夜道での事だった。

 気心知れた親友達との馬鹿話で盛り上がり――気づけば、話題は自然と今流行の猟奇殺人事件のものとなっていた。

 

「しっかしよぉ~、こんだけの事を仕出かしているのに警察は一体何してんだか。税金泥棒も甚だしいぜ」

「まともに税金払ってない学生身分のオレ達が言ってもしゃないけどな」

 

 最近は色々検閲されたのか、ニュースなどでの続報は音沙汰無い。

 だが、誰々が居なくなったとか、封鎖された殺人現場が彼処など、否応無しに耳に入る。

 

「……それにしてもどんな奴が犯人なんだろうな?」

「さてな。此処までイカれている奴なんて想像すら出来ねぇよ。本当に吸血鬼だったりしてな」

「漫画とアニメの見過ぎだ。いや、もしそういう空想上の人外の犯行なら色々『当たり前』だと理解出来るけど、逆に本当に何の変哲の無い人間がやっているならその行動原理が理解出来なくて恐ろしいね」

 

 どれも信憑性が無いほど滅茶苦茶であり、後になればなるほどそんな馬鹿げた犯人像でなければ実現不可能にしか思えない事ばかりで――言い知れぬ危機感と恐怖は積もるばかりである。

 

「ま、今日で全部活動は暫く休止だし、噂の殺人犯が捕まるまでは――あぇ?」

 

 ――結論から言えば、その危機感は致命的なまでに足りなかった訳だ。

 

 だが、その当時の自分達ではその想定は不可能だっただろう。

 一体全体、一秒後に親友の首が文字通り刈り取られ、バスケットボールを鷲掴みにするが如く――腐りかけのトマトみたく潰されている光景など、どう予測してどう対策しろと言うのだろうか。

 

 

『――あれぇ、力加減間違えちゃったや。失敗失敗。あ、次は君を殺すからそっちの君は逃げれば? もしかしたら逃げれるかもしれないよ』

 

 

 ぽんぽんと溢れてはいけないものが溢れている頭部を弄び、あまつさえ人外の力でぐしゃぐしゃに握り潰す。

 ――目の前の自分と何ら年齢の変わらぬ少年は人の形をしただけの空想通りの化け物であり、今までの人生で何よりも絶望的な存在である事を悟らされるには、十分過ぎる演出だった。

 

「ひ、あああああああああああああああああぁ――!?」

 

 今まで聞いた事の無いような悲鳴は隣の友人からであり、脇目も振らずに逃げ出す。

 余りにも呆気無かった親友の死に呆けている自分より、彼の方が冷静だったようだ。

 目の前の殺人鬼は退屈なものを眺めるようにその遠くなる背中を見ているだけで、すぐさま自分の方に興味津々という具合の視線を注いだ。

 

『君の方は逃げないの? というか、まさかと思うけど、この惨状を見て尚立ち向かう気? 残念無念、あまりの惨状に気でも狂っちゃったかな?』

 

 言われて見て、自分は初めて気づいたのだった。その血が出んばかりに握り締めている己の両手に――。

 

「……い、いや、オレは間違い無く、お、お前に殺されるだろうな。化け物野郎……!」

『うんうん、正しい状況認識だね。不思議な事に錯乱状態では無いようだ。じゃあ、何故無駄な抵抗をしようとするんだい? もう絶対に助からないって判断しているんでしょ?』

 

 かたかたと無意識の内に震える。怖かった。恐ろしかった。

 目の前の存在が、ではない。恐怖を通り越して諦観の域にあったから。理不尽極まりない話だが――自分の死は、最早逃れられない決定事項だと納得出来た。

 

 では、何が怖かったのか。いや、何が許せなかったのだろうか――。

 

「                          」

 

 その時、生涯最期に吐いた言葉を、オレは今も思い出せない。

 後髪に一本の三つ編みおさげを揺らした殺人鬼はきょとんとした。鳩に豆鉄砲が当たったかのような顔をし、途端、狂ったように笑った。

 

『ははは! 何それ、この土壇場でそんな発想を出来るなんて良い意味で狂っているよ! どういう生い立ちをすればこんな精神構造になるんかね! 君は本当に日本人?』

 

 余程その啖呵が気に入ったのか、おさげの殺人鬼は脇目も振らずに腹を抱えて大笑いする。

 

『いいね、凄く良い。劇場の主人公みたいに格好良いね、君。じゃあ、足掻いて見せなよ。一分でも一秒でも長く、この私を引き止めて見せなよ! 脇目も振らず君を見捨てた友人を助ける為に、私を愉しませろよ――』

 

 最早語るまでもない、無慈悲で陳腐な結末。

 一秒後に無造作に殺され、何の意味も無く死に果てた無様な男の結末。

 

 

『――これが物語の『正義の味方』なら、大どんでん返しがあって助かる場面だけどさ、君にその資質はあるのかな?』

 

 

 それは奇跡も魔法も救済も何も無い、絶対に変えられない原初の烙印。

 『正義の味方』になれなかった、何者にもなれない男の結末――。

 

 

 

 

 ぱちりと目を開くと、其処には桃色の髪をポニーテルにした凛々しい騎士装束の少女が覗き込んでいた。 

 

「……大丈夫か?」

「~~っっ、だ、大丈夫だ、シグナム。痛いのには慣れているしな」

 

 肉体的なものか、精神的なものかは判断出来なかったが、最低最悪な目眩と嘔吐感を我慢して起き上がり、無事な様を全身でアピールする。

 

「あの一瞬、何かに気を取られたようだが?」

 

 ――そう、今日は、はやての家族の一人となった夜天の騎士シグナムに模擬戦を挑み、当然の如く返り討ちに遭った処である。

 

 実力差は単体での決闘でも明白、自分の敗北で終わる事は目に見えていたが、この敗因は余りにもお粗末過ぎる。

 

(おいおい、自分から言い出したっていうのに、これはねぇだろ……)

 

 おそらく今の自分は苦虫を噛んだような表情をしている事だろう。戦闘形態であるマギウス・スタイルを解き、手元に戻った魔導書を凝視する。

 力そのものは『原書(オリジナル)』と同等という破格の『写本(コピー)』、されども――。

 

「……ああ、もうアイツは居ないんだって改めて実感した処さ。自覚無かったけど、結構頼りっぱなしだったんだなぁ……」

 

 あの場面なら、阿吽の呼吸で『彼女』は最適の術を行使して打開策を講じていただろう。

 無意識の内とは言え、こんな形で別離した『アル・アジフ』の偉大さを思い知らされるとは、とオレことクロウ・タイタスは大きなため息を零したのだった――。

 

 

 

 

「……やっぱり、全然ダメダメじゃん。弱っちぃままで上達の見込みもありゃしねぇ。特に最後のは――」

 

 頭を冷やしてくると神妙な顔のクロウが去った後、密かに二人の訓練光景を眺めていた赤い髪の少女、シグナムと同じくヴォルケンリッターの一人、鉄槌の騎士ヴィータは不満を一切隠さずに――だが、シグナムは首を横に振った。

 

「我々で言うなら、長年連れ添った『融合騎』の補佐を全く得られなくなったような状態だ。慣れるしかあるまいが、これまでの信頼関係が逆に足を引っ張っているのだろう」

 

 ベルカの騎士にとって融合騎が如何なる存在かは同じベルカの騎士の彼女に言われるまでもなく、ヴィータは後に続く言葉を飲み込み、口を噤んだ。

 だが、その顔は誰から見ても不満の色しかなく――シグナムは自分達に芽生えた変化の兆しを淡々と咀嚼する。

 

 

 ――彼女、現在の彼女達の主である『八神はやて』も、歴代の主達のように当初は道具扱いした。

 

 

 己の復讐の道具として、これまでと同じように彼女達を使い潰そうとした。

 異論も是非も無い。元より自分達はそういう存在であり、それだけが存在意義であり、其処に疑問を挟む余地すら無い。無かった筈だ。

 

(変われるものなのだな、我々も――果たしてヴィータはその事に気づいているのだろうか?)

 

 従来の彼女ならば、いや、従来の彼女達なら、主以外の他の人間に興味関心、ましてや不満を抱く事など皆無だった。

 主にひたすら服従していればいい。闇の書の頁蒐集という唯一にして至高目的を完遂させるだけで事足りた。考えるという自由意志など無いし、必要とすらしていなかった。

 

 そう、そんな旧来の主達と同じだった八神はやてが例外になったのは、自分達『ヴォルケンリッター』を一人の人間と同じように接してプログラムの一つに過ぎない自分達に変化を齎した原因は――八神はやての隣に常に居た『彼』であり、また彼女達の知らない既に死した『誰か』だった。

 

「ヴィータ。お前から見て、何が問題だと思う?」

「……場数は踏んでいて、思い切りの良さがある。色々足りないけど、絶望的な状況でも絶対に折れない不屈の精神力を持ってやがる」

 

 あの時、まだ彼女達が単なる復讐の道具だった時、全力で主の行動を止めに来たのがクロウ・タイタスであり、彼女達は命令されるがままに彼を死なぬように退けた。

 誰の目から見ても消化試合だった。目の前のあの男は唯の一人すら満足に退けられないのに4対1という無謀な戦闘となり、当然の如く敗北した。

 

 絶望的な戦力差である。百回やって百回同じ結果に収束するであろう、絶対に覆らぬ結末――それなのに、彼女達は終ぞ彼の心を折れなかった。

 

 絶対的な力によって屈服させる事が出来ず、諦めさせる事が出来ず、最終的に業を煮やしたヴィータの一撃によって頭部を強打して意識を途絶えさせるまで、クロウ・タイタスは信じがたい事に倒れた数だけ立ち上がり続けたのだ。

 

 ――殺さない限り、幾度無く立ち上がり続けるのではないかと、人形だった彼女達に危惧させるほどまでに。いや、今考えるとあれは――。

 

「けれどよ、それに才覚がまるで付いて行ってねぇ。――魔力が全然足りてねぇよ」

 

 クロウ・タイタスが修める『魔術』と彼女らヴォルケンリッターが扱う『魔法』は系統が根本的に異なり、優劣などの比較対象に成り得ないが、それらの神秘を行使する根源的なエネルギーが、クロウには最も欠けている。

 だから、すぐガス欠になる。術の構成や強度にも影響が出る。扱える神秘に比べて、彼は余りにも普遍的な人間で在り過ぎるのだ。

 

「ふっ、良く見ているじゃないか。やはり、こういう事は私などよりもお前の方が格段に向いているようだな」

「は? 柄じゃねぇよ、そんなの――」

 

 性質の悪い冗談だとヴィータは安易に受け流すが、シグナムは全くの本心だった。

 正確に欠点を指摘出来るのは全体像を克明に把握している者の特権であり――遠目から眺めていただけに関わらず、模擬戦の対戦相手だった自分より深く把握しているのにヴィータ本人は気づいているのだろうか?

 その事を指摘すれば、ヴィータは癇癪を起こして有耶無耶になってしまうだろう。

 シグナムは敢えて沈黙し――ヴィータは、クロウが立ち去った先を鬼気迫る表情で睨んでいた。

 

 

「――アイツはもう戦わなくて良い。アタシ達だけで、はやてもアイツも守れば良いじゃないか」

 

 

 そんな言葉がヴィータの口から呟かれた。

 思った以上に、自分達の変化は著しいらしい。

 そんな言葉が自主的に飛び出るとは、あの頃の自分達では在り得ない事だった。

 

「主想いだな、ヴィータ」

「……っ!? 何だよ、悪いかよ!」

「いいや、我らとて同じ想いさ。この剣は最後の『夜天の主』に捧げている。――ふむ、ならば、気が済むまでクロウに言う、いや、ぶつけてくると良い」

 

 事もあろうに、立場的に制止するだろうと思っていたシグナムのまさかの言葉に、ヴィータは驚きを隠せず――されども、全てを見透かしたように淡く笑うシグナムに反発するように睨みつける。

 

「……いいのかよ?」

「ああ。それに――あれはお前が思っているよりも、強い男だ」

「? 訳解んねぇよ」

 

 煙に巻かれたような奇妙な気分になるが、彼女が自分を遮らないのならば、いつも通り真っ先に吶喊して片付けるだけである。

 クロウの後を追って走り去るヴィータの背中を眺めながら、シグナムは自分自身も随分感化されたものだと思い、まるで人間のように独り言を呟いた。

 

「ただ、その『強さ』は主はやてが望むものではないがな――」

 

 

 

 

 ――最初は、主の前に立ち塞がる単なる脆弱な『敵』に過ぎなかった。

 

 その男は主にとっては特別な人間らしく、殺すなと厳命されていたが、それ以外は単なる排除対象に過ぎなかった。

 主を説得出来ずに無様に決裂し、無力なその男は一方的に嬲られるだけだった。

 

 ――早く倒れてしまえ。無機質な眼で見下ろし、騎士一人分の戦闘力にすら満たない男を無言で叩き落とす。

 

 避けれたのは最初のニ・三撃のみであり、その後は致命的な攻撃を浴び続け、勝敗は早くも着いていた。

 けれども、この敵は倒れなかった。無駄なやせ我慢なのは明白であり、無意味というよりも逆効果だ。

 こんなのは抵抗とすら呼べない。傷めつけられる時間が単に増えるだけだ。自傷行為にして自殺行為、その愚挙はそう記されるべきだ。

 

 ――そして遂に倒れた。驚嘆すべき粘り強さだったが、それだけの話である。

 

 これで主からの命令を達成し――その僅かな悲鳴は一体誰から漏れたものだっただろうか。

 あろうことか、あの男は立ち上がった。ボロ雑巾のようになった身体で、立っている事すら精一杯な状態で、意識を朦朧とさせながらも、その眼に宿る戦意の光は些かも衰えていなかった。

 

 ――殴った。斬った。叩きつけた。ありとあらゆる暴力で彼の心を折ろうとした。

 

 手心など一切加えていない。生命を奪わない程度に手加減はしているが、その一撃一撃が心を刈り取るに足る激痛を生むだろう。

 

 何故、この男は耐え続けられるのだろうか。

 何故、この男は立ち上がり続けられるのだろうか。

 何故、この男は立ち向かい続ける事が出来るのだろうか。

 

 敵わない事など彼が一番思い知らされているだろう。

 奇跡や偶然などという不確定要素が入り込む余地もない。それも彼が一番痛感している事だろう。

 諦めの悪いという次元を超えている。このままでは最悪の事態――死さえ起こり得るだろう。

 解らない。まるで解らなかった。もしかしたら、この男は殺さない限り、決して止まらないのでは――?

 

 ――その悲鳴じみた叫びが自分のものだと知ったのは後の事だった。

 加減を忘れた全力の一槌が彼の頭部を強打し、漸く彼の意識を刈り取り、ヴィータは息切れしながら安堵する。

 

 果たしてその安堵は何に対してだったのだろうか。

 主の命令通り、殺さずに無力化出来た事からか? それとも――無限に立ち続けかねないとさえ錯覚した、この男に対する恐怖の裏返しだろうか? 

 

 だが、もうそれについて考える必要も無い。そう思った矢先、彼は再び立ち塞がった。それも主が本願を成就しようとする寸前にだ。

 

 今度ばかりは、殺すしかないと確信していた。

 主の命令に背く事になろうとも、それしか方法がないと断じ――主に対する叛心じみた決意は、幸運な事に杞憂に終わる。

 そう、自分達は主の単なる道具に過ぎず――この戦いは、彼が主を説き伏せるか否かの勝負に過ぎない。

 

 あの男――クロウ・タイタスは主を見事説得し、彼女達守護騎士は戦わずして敗北したのだった。

 

 

 

 

 

(……それは、確かに無念だったけど、それから起こる事に比べれば些細な出来事だった)

 

 歴代の『闇の書』の主によっては戦わずに終わった事も何度かあると、ヴィータは走りながら、此処最近の在り得ない出来事の連続を感慨深く回想する。

 

 ――自分達が本来『夜天の書』の守護騎士である事。

 ――存在が絶望視されていた管制人格の生還及び『闇の書』のバグの完全抹消。

 ――直後に解き放たれた『紫天の書』のマテリアル達。尚、海鳴市の異常な面々にフルボッコにされていたが。

 

 ――そして、自分達を家族と受け入れた『教会』の面々。

 ……一癖も二癖もあるが。特に吸血鬼殲滅狂の『神父』や、傍迷惑極まりない『代行者』や、常に無感情で冷たい『シスター』など、ほぼ全員だったりするが。

 

 従来通りに道具として主に接しようとした守護騎士と、そんな状況を打開したくても出来なかった八神はやての間に立って見事――いや、悪戦苦闘の末に無様に惨めにも解決したのが、クロウ・タイタスだった。

 

(……敵だった時も馬鹿だと思っていたけど、全然違った。物凄い大馬鹿野郎だった!)

 

 クロウ・タイタスという人物は正真正銘の馬鹿である。それに大をつけて良いほどの。

 弱くて頼りない、デリカシーもない、空気も読めない、ロリコンで鈍感で唐変木、そして救いようのない愚鈍さを併せ持った社会不適合者である。

 教会の人の慈悲がなければ一日で食い倒れるであろう、役立たずにして穀潰し――でも、馬鹿だけど愚直なまでに真っ直ぐで、根は真面目で、困っている人を見過ごせず、考えるより先に行動して玉砕して、それでもへこたれずに笑って挑み続けて――。

 

(……ああ、もう、考えるのは後回しだ……! そういうのはアタシの役割じゃない)

 

 ――例え勝算が最初から無くても、クロウ・タイタスは戦ってしまうのだろう。

 あの時は敵対者として未知の脅威に恐れたが、今は味方として失う事を恐怖している事に、ヴィータが気づいているかは定かではない。

 

(そう、アタシがするべき事は単純明快だ――)

 

 普段着から紅い騎士服へ、戦闘装束に早変わりし――後々帽子に付属したのろいうさぎを、ヴィータは愛おしげに撫でる。

 少しだけ浮かんだ憂鬱な色はすぐに消え去り、鉄の伯爵『グラーフアイゼン』を握る手に力が入る。

 

 ――真正面からあらゆる障害を叩き潰す事こそ鉄槌の騎士ヴィータの本領にして面目躍如である。

 

 ただ、ヴィータは気づいていない。

 これから自分が挑もうとしている戦いは力と力のぶつかり合いではなく、前回同様、彼女達が辛酸を舐めた――心を摘む戦いである事を。

 

 

 

 

 もしも、正真正銘正統な『竜の騎士』であるブラッド・レイのように、他に比類無き一騎当千の力があったのならば――。

 

(どんな戦場でも華々しい戦果を挙げれるんだろうなぁ……)

 

 もしも、前代の『禁書目録』である『シスター』のように、十万三千冊に及ぶ深淵なる魔導の知識を持っていたのならば――。

 

(少量の魔力での運用法なんて最初から悩まずに済んだんだろうなぁ……)

 

 もしも、最悪なまでに『魔術師』である神咲悠陽のように、思うがままに世界を歪めて再構築する謀略の才覚があったのならば――。

 

(大抵の問題事を鼻歌交じりで始まる前に終わらせてしまうんだろうなぁ……)

 

 思考がどうしようもない事にズレた、とクロウ・タイタスは大きなため息を吐きながら反省する。

 各々の問題を全部無視した都合の良いだけの妄想に浸るなど、何の解決にもなっていない。

 

(……はぁ、無い物強請りも良い処だな。情けねぇったらありゃしねぇ……)

 

 自分には何も無い。凡人の中の凡人だ。彼らが選ばれた存在なら、自分は絶対に選ばれない存在。端役の中の端役である。

 そんな雑草の中の雑草が麗しく咲く華に対抗しようとする事そのものが烏滸がましい。

 少しでも敵うという思い上がりは、実はとんでもない傲慢なのではないだろうか?

 

 ――何をしようが、絶対に敵わない。例え己が全存在を引き換えにしようとも、遥か彼方に煌めく星の大海には一生手が届かないのと同じ理である。

 

 かつて、一回目に突き付けられた死に勝る宣告。

 そして、二回目でも覆せなかった絶対の法則。

 

(……ま、その辺は受け入れるしかないか)

 

 自分の賭けれるチップは、他の人と比べて遥かに少ない。

 それこそ、常に我が身を切り裂く行為に等しく――座り込みながらあれこれ考えている内に、ふと、視界に小さな紅い影が入り込む。

 

(ん? ヴィータ? 何で騎士服に――)

 

 それはまさしくクロウ・タイタスの戦士としての直感だった。何故騎士服で武器である『グラーフアイゼン』を構えているのか、理解より先にマギウス・スタイルになり――。

 

「――っ!?」

 

 真正面から馬鹿正直に繰り出された槌の一撃を寸前の処で、何とか受け止める事に成功する。

 

「……~~っ、ヴィータ、いきなり何しやがる!?」

 

 いきなり生身に『グラーフアイゼン』を叩きつけるとは一体どういう了見なのだろうか。

 模擬戦の相手がシグナムからヴィータに変わり、内容が奇襲への対応に変わったのだろうか?

 

(も、もしかして……昨日、ヴィータが大切そうに冷蔵庫の奥に隠したプリンを食っちまった事がバレたのか……!?)

 

 クロウの背筋に冷や汗が流れる。

 だが、どういう訳か、それにしては怒気よりも――何やら思い詰めた表情をしている。

 小さい身体の何処から出ているのか解らない、途方も無い馬鹿力にじりじり押されながら、クロウは内心首を傾げていた。

 

 

「弱い奴が戦うなっ! すっこんでろ!」

 

 

 そして飛び出した罵声はクロウの予想の斜め上の言葉であり、なけなしの魔力を燃やして『グラーフアイゼン』の先端を握る両手に力が籠もる。

 

「っ!?」

「……どういう意図でその言葉を投げかけたかは、いまいち解んねぇが――」

 

 徐々に押し返されるとは思ってもいなかったヴィータの顔に、僅かな動揺が走る。

 

「弱い奴は、戦う事すらしちゃいけないってか?」

「ああ、足手纏いで迷惑だっ! 戦うのはアタシ達の仕事だ、だからお前はもう――」

 

 ――戦わなくていい。傷つかなくていい。切望に似た言葉は、空に消える。

 

「違うだろ、そんなんじゃねぇだろ……!」

 

 クロウは憤っていた。これ以上無く怒っていた。傍から見ても敵対した時以上に感情を荒立てていた。

 幾ら罵られようとも構わないが、それだけは駄目だ。彼にとって絶対に超えられない一線がまさにそれだった。

 

「ヴィータ、テメェは敵が自分より強大だったら、大人しく尻尾を巻くのか? いや――お前ら全員、はやてを見捨てて逃げるのか?」

 

 らしくない言葉を吐き――今度はヴィータの顔が沸騰する番だった。

 

「ッ、ふざけんじゃねぇ! アタシらヴォルケンリッターを――!?」

 

 敵が強大でも、決して背中を見せず、主の剣として使命を全うする。

 それが騎士としての誓いであり、誉であり――我が身になって、ヴィータは下の下策であったと自分自身の失態を毒づく。

 

「へっ、そういうこった! 敵が自分より強大なのは当然だ、オレは誰よりも弱っちぃからな……!」

 

 どうにも敵わない強敵が立ち塞がる、それはクロウ・タイタスの戦場において日常茶飯事の出来事である。

 元々強者である彼女達ヴォルケンリッターには極稀の事だが、彼にとっては戦場とは常に逆境であり――。

 

「それでも戦わければいけない時はある。例え、自分の命を捨ててでも――」

「……っ、それじゃはやてが悲しむだろうがッ!」

「!?」

 

 魔力と魔力、意地と意地、譲れぬ想いを胸にぶつかり合い――されども二人は、致命的なまでにすれ違った。

 

 

 

 

「っっ、少しは手加減しろよ」

「……ごめん」

「なぁに殊勝に謝ってやがるんだ、らしくねぇぜ、ヴィータ」

 

 草の上に大の字でぶっ倒れながら、オレとヴィータはそんなしょうもない会話をしていた。

 両者ともに精魂尽きて、互いに荒ぶっていてどうしようもなかった感情に整理をつけている最中である。

 身体のあちこちが痛い。あとでシャマルかシスターに見て貰うか……。

 

「……はぁ、強くなりてぇなぁ……」

「……少しは、頼れ。アタシ達は、そんなに頼りないか……?」

「……いや、頼りになりすぎるさ」

 

 咄嗟に返し、その次に続く言葉が不意に掻き消えてしまう。

 あれ? オレは、その続きに何て言うつもりだったんだ――?

 

 

 

 

 一秒足りても時間稼ぎ出来ずに殺害され、『一回目』の彼が最期の『後』に想った事は――『次はもっと上手くやろう』という常人には到底信じ難きものだった。

 

 嘗ての自分は失敗した。矮小な身で賭けるチップが不足していた事は確かに嘆かわしいが、自己犠牲という最期のカードを無意味に使い潰してしまった。

 だから、次があるならば、その小さすぎる生命を最大効率で使い尽くそう。最善のタイミングで躊躇無く切ろう。――『正義』を執り行おう。

 

「それでも戦わければいけない時はある。例え、自分の命を捨ててでも――」

 

 それは例え話ではなく、虚偽でもなく、虚勢でもなく。

 真実、彼は自己犠牲をいの一番の前提として受け入れている。弱者たる彼にはそれぐらいしか支払えるものがない。

 つまり『大十字九郎』とクロウ・タイタスの最大の差異は、往生際が悪く生き汚く諦めが悪いのではなく、諦めるという選択肢が最初から存在しない事に尽きる。

 

 強大で無慈悲な理不尽に対して、抗うか、否か、なんて選択肢は無く、抗うだけしかない。

 

 その結末が愚かで惨めで無様で苦痛で耐え難いものだと理解していても、壊れたブレーキは未来永劫・過去永劫働かず、アクセル全開で破滅に突き進むしか無いのだ。

 

 彼という人間は、最初から、無意識にしろ意図的にしろ――誰よりも、率先して死に急いでいる。

 

 

 

 

 


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