変わらず、俺は速水奏にからかわれる。   作:花道

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♯10 その気持ちに。

 

 

 

 

 

 今でも夢に見るんだ。

 全国大会二回戦であいつに打たれたたった一本のホームランを。

 悔しさはないなんて本当は違う。

 ただ、受け入れられなかった。たった一回のミスが敗北に繋がるのが。

 全国大会やその予選はたった一回の敗北すら許されない。

 シニアに入って、数ヶ月でそれを経験した。そんなの前から知ってるつもりだったのに、今更思い知った。

 プレッシャーを感じないわけがない。

 後悔がないなんて、負けて良かったなんて、そんなの嘘だ。

 あいつの前では弱音を吐きたくなかっただけだ。

 先輩は泣いていた。

 みんな本気でやっていた。

 あの時、一年の俺にはどうして泣くのか分からなかった。

 だってまだ甲子園もあるし、大学に行っても野球が出来るのに。

 でも、今なら分かる。

 先輩達にとって、あれがラストチャンスだったんだ。

 強豪校に行けば、熾烈なレギュラー争いに勝たなければならない。全国から引き抜かれた野球エリート達に、上級生に勝たなければならない。多分、先輩達は分かってたんだ。自分達が強豪校に行ってもレギュラーになれるかどうか分からない事を。だから、あれがラストチャンスだったんだ。

 多分、試合に負けた悔しさで純粋に泣いてる奴もいたと思う。

 でも、ラストチャンスがなくなって泣いてた奴もいると思う。

 どっちにしろ一年によってぶち壊された。

 全員が強豪校に行けるわけじゃない。全員がレギュラーになれるわけじゃない。全員が甲子園に行けるわけじゃない。全員がプロ野球選手になれるわけじゃない。本当にほんの一握りの人しか行けない世界だ。

 先輩達は本気でそこに行こうとしてた。

 毎日遅くまでバット振って、走って、投げて、汗を流して、やっと掴んだ切符を俺がぶち壊した。

 俺はエースの器じゃない。ただチームで一番球が速いだけでエースに選ばれた。

 他の人は反対してたらしい。それでもキャプテンが強く推薦してくれた。

 

 

 ーーー大河、これからはお前がエースだ。プレイでチームを引っ張れ。プレイで信頼を勝ち取れ。お前ならそれが出来る筈だ。任せたぜエース。絶対優勝しろよ。見てっからな。

 

 

 合わせた拳を、叩かれた胸をまだ覚えてる。

 忘れられない。忘れられるわけがない。

 もう、あんな思いはごめんだ。

 もう二度と負けねえ。

 先輩、あんたが果たせなかった夢は俺が果たす。

 俺がエースになるから。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

  変わらず、俺は速水奏にからかわれる。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

 七月に入り、最初の練習試合が行われた。

 速水奏は別に呼ばれてなかったけど、なんとなく翔平の投げてる姿が見たくなって応援に来ていた。

 でも速水奏はその試合を、その姿を見て言葉を失った。

 自己最速を更新した138キロの伸びのある直球がバットにかする事なく、三振を量産していく。

 練習相手は確かに格下の相手だが、ここまで一方的な試合になるなんて思ってなかった。

 五回を投げて僅か二安打。アウトは全て三振。

 打では一本のホームランを放ち、先制点を奪った。

 翔平は絶対的なエースになろうとしていた。

 ただの練習試合なのに、高校のスカウトみたいな人も何人かいるし、なんだか、翔平がどんどん遠い人になっていく感じがした。

 試合は3対0で翔平達が勝った。

 試合が終わり、奏は翔平のところへ駆け寄った。

 

 

「ーーー是非うちに来てほしい。連絡待ってるよ」

 

 

 スカウトされてる翔平を見て、奏は思わず木に体を隠した。

 

 

 ーーーまた、スカウトされてる。

 

 

 翔平が凄いことなんて分かってる筈なのに、スカウトされてるところを見るたびに、胸が痛くなる。

 唇を噛みしめ、嫌でも実感してしまう。

 やっぱり離ればなれになるんだなって。

 手を強く握る。掌に食い込む爪が痛い。

 

 

「何やってんだお前は」

 

 

「え?」

 

 木に右手を当てて翔平は奏を見下ろしていた。

 左手にはスポーツドリンクが握られている。

 一歩離れて奏は手を後ろに組んだまま翔平に話しかける。

 

「……試合、勝ったね」

 

「……あぁ」

 

「おめでと」

 

「サンキュな」

 

「ねぇ、翔平」

 

「ん?」

 

「さっきスカウトされてたの?」

 

「……あぁ」

 

 どくん……と心臓が強く鼓動する。

 

「とこから?」

 

「神奈川の……横浜大附属高校から」

 

 横浜大附属高校……神奈川の王者で甲子園常連校。

 そんなところからもスカウトが来てる。

 それは嬉しい事だ。

 それは喜ぶべき事だ。

 でも、だけど……心のどこかではまだ受け入れられていない。大阪と神奈川、それ以外のところからも来てるスカウト。でもこれは翔平の人生だ。奏がどうこう言える事じゃない。

 出来る事なら、一緒にいたい。

 だけど、奏には何も出来ない。出来る事がない。

 どくん……と強く鼓動する。

 隠していた感情が溢れてくる。

 深く深く沈めていた感情が浮上してくる。

 その感情を必死に押さえつけて、もう一度深く深く沈めていく。

 押し殺すように、何度も何度も繰り返す。

 

「……」

 

 小さく開いた口から言葉は出てこない。

 力を失われたみたいにどんどん消えていく。

 翔平は夢に向かって一歩ずつ進んでいってる。それに対して奏はまだ夢すら見つかっていない。

 燃やせる情熱すら無い。

 自分達は対等ではない。

 いくら勉強できても、運動ができても、全然追いつけない。どんどん差は開いていく。

 

「速水」

 

 名前を呼ばれて翔平の方を見る。

 

「約束覚えてる?」

 

「……約束?」

 

「明日、野球観に行く約束」

 

「……うん、覚えてる」

 

「こういうのさ、初めてだからなんか緊張するけど、俺楽しみにしてるから」

 

 胸の鼓動はやはり強い。

 

「じゃあ俺あいつらの所に戻るから」

 

 ぽんぽん、と頭を軽く叩かれる。

 奏は笑みを浮かべた。

 

「翔平」

 

 奏の声を聞いて、翔平は振り返る。

 

「私も楽しみにしてるから」

 

 精一杯の笑みでそう言いった。

 その笑顔を見て、翔平も笑みを浮かべる。

 

「……おう」

 

 そう言って翔平は右手に持っていたペットボトルを奏に投げる。

 投げられたペットボトルを奏は受け取る。

 

「やるよ。お前試合中何も飲んでなかったろ。熱中症になるぞ」

 

 それだけ言うと翔平は走ってチームメイトの元へ向かった。

 一人残された奏は受け取ったペットボトルを見つめる。

 

「っていうか間接キスだし」

 

 頬は少し赤い。

 

「まだ、時間はある」

 

 卒業まで一年と少し。

 まだ一年以上もある。

 胸元を強く掴む。

 

「私もちゃんと向き合わないといけないわね」

 

 

 ペットボトルのキャップを取って、スポーツドリンクを飲む。

 

 

 ーーーねぇ、翔平?

 

 

 

 

  ♯10 その気持ちに。

 

 

 

 


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