後もうすぐプロローグが終わります。
7月8日。
速水奏は東京駅前の広場で腕を組みながら立っていた。
待ち合わせ場所である。
「……来ない」
待ち合わせ時間は午後16時。現在、16時32分。完全に遅刻だ。
周りの人達が友人なり恋人なりと合流して広場から離れていく中、一人だけ待ち続けるのは少ししんどい。
一通、奏の方からLINEを送ったのだが、既読すらつかない。
そっちから誘っといて、遅れるとはどういう事なのか、軽く1時間くらい問い詰めたい。
息を吐きながら、少し傾いた太陽に視線を向ける。
昨日の練習試合を見て、少し遠いところへ行ってしまった翔平の背中に追いつけるように、なにか自分に出来る事はないか考えたが、たかが一日ではなにも浮かばなかった。
だけど、焦る必要はない。
それ以上に奏はこの瞬間が楽しみだった。
翔平はどう思ってるか分からないが、奏の方はデートだと思って今日は気合を入れてお洒落してきた。
それなのに遅れて来るなんて。やっぱり2時間くらい問い詰めないといけない。
「ねぇ、なにしてるの?」
いつのまにか二人組のナンパ男が奏の前に立っていた。
ナンパされる事には慣れてるが、今はそんなのに構ってる暇はない。というより中学生をナンパするってどういう事なんだろう。確かに奏はよく高校生に間違われる。多分、この人達も奏の事を高校生くらいに見てるんだろう。それでもどうかと思うが。
さて、どうあしらうかと奏は考える。
ふと、視線の奥にこちらに走ってくる影を見つける。
ナンパ男達の奥から1人走ってくる影に薄く笑みを浮かべて、奏はその方向を見つめる。
その事にナンパ男達は気付かない。
「暇なら俺たちと遊ぼうよ」
「悪いけど、ナンパなら他を当たってくれないかしら? ねぇ、翔平?」
『え?』
「悪い、遅れた」
自分達の後ろから声が聞こえて、2人は振り返る。
「遅いわよ。翔平」
『……』
2人は顔を見合わせる。翔平の事を彼氏とでも思ったのか、素直にどこかへ行った。
離れる2人を見ながら、翔平は奏に話しかける。
「ナンパされてたのか?」
「えぇ、誰かさんが遅刻したからね」
悪戯的な笑みを浮かべて奏は言う。
「悪かったって」
「LINE送ったのに見てないの?」
「え? 送ってたの? ……あ、マジで来てる」
その反応を見て、奏はため息を吐いた。
野球やってる時はあんなにカッコいいのに、どうしてそれが普段出来ないのか。
まぁ、今はそんな事もういい。
奏は人差し指を立てて、ウィンクしながら、
「遅れたからアイス一本ね?」
そう言った。
「おう、良いぜ」
翔平は笑いながら答える。
今はただこの瞬間を楽しもう。
ーーーーー
変わらず、俺は速水奏にからかわれる。
ーーーーー
電車に揺られる事約9分。
最寄駅に到着した俺達は約束通りアイスを買いにコンビニに来ていた。
「どれにする?」
俺はポケットに手を突っ込んだまま、速水に問い掛ける。
速水は端から端まで一通り見終わると、バニラ系のアイスを一つ取った。
「これ」
奢りだからてっきりハーゲンダッツみたいな高いの買わされるって思ってたけど、速水が選んだのは、一番安いアイスだった。
「それで良いのか?」
速水からアイスを受け取って、確認する。
「うん」
「じゃあ買ってくるけど、他になんかいる?」
「大丈夫よ」
俺も速水と同じアイスを持って、レジに向かい、会計を済ませる。どうせすぐ食べるので、袋は断った。
コンビニから出て、速水にアイスを渡す。
「ほら」
「ありがとう」
スマートフォンで時刻を確認する。
16時50分。試合開始は確か18時からだから、もう少ししたら、もう中に入ろう。
袋を破いてアイスを食べる。
2人でベンチに座る。
アイスをぺろぺろ舐めて食べてる速水と違い、俺はかじりつく。甘い。なんか、平和だな。
俺達の間に会話は無かった。でも不思議と悪くなかった。
通り過ぎる群衆を眺める。
「翔平」
名前を呼ばれて速水を見る。
「わたし達って出逢って結構経つわよね」
アイスを食べながら、速水はそんな事を言ってきた。まぁ、そうだな。中1から知ってるしな。あの時仲良くなかったけど。確か10月辺りから仲良くなったから、大体9ヶ月か。もうすぐ一年経つのか。
「そろそろわたしの事名前で呼んでも良い頃だと思うの」
いや、お前……名前って、奏って呼べって事か? 無理恥ずい。
「翔平はどう思う?」
なんでお前は笑顔なの?
「別に今のままで良いだろ」
アイスを食べながら答える。
速水は少し頬が膨れてる。
何だ、その顔可愛いなお前。
「そ。じゃあわたしが勝ったら名前で呼んで」
こいつ、どうしても呼ばせたいのか。そんだけ俺に死んでほしいのか。てか勝ったらってなんだよ。勝負でもする気か?
「勝負の内容は翔平は決めていいわよ」
どうやら本当に勝負する気らしい。
いやそんな事言われても困る。ただこうなると速水は頑固だ。
「……、」
内容を決めても良いと言われても、男の俺が決めるのはなんか気がひける。
「速水が決めて良いよ」
「え?」
「だから、速水が決めて良いって」
「本当にいいの?」
「良いって言ってるだろ」
「そう。じゃあ今日の試合どっちが勝つかで勝負しましょう」
意外と普通の勝負で驚いた。そして次のテストの合計点数で勝負じゃなくて良かった。本当に良かった。
「それなら公平でしょ?」
首を傾げて言う速水。公平かな……? 若干俺の方が有利な気がするけど。
「まぁ、良いけど」
「決まりね」
残りのアイスを口の中へ放り込み、噛み砕いていく。
「あと翔平が勝ったら、なんでも言う事聞いてあげるわ」
「はぁ?」
何言ってんだこいつは。なんでドヤ顔なんだ。
「いや、俺は良いから」
「それだと公平じゃないでしょ?」
まぁ、そうだけどさ。
「なんでも良いのよ? 宿題やって欲しいとか、わたしの手作りお弁当が毎日食べたいとか、そんなので」
正直どっちもかなり魅力的なんだけど、どうしよう。
宿題の方は友達に借りたら何とかなる。弁当は……やばい、かなり魅力的だ。速水の弁当。やべえ、どうしよう……食べてみたい。
「どうするの?」
俺の事を微笑みながら見つめる速水。
……俺はーーー。
「俺が勝ったら、勉強見てほしい」
「……、」
速水は少し驚いた表情をする。
あれ、俺なんか変な事言ったか?
「そう。一緒に勉強したいって事ね」
「まぁ、そうだな。分かる範囲で教えて欲しい」
「良いわよ。好きなだけ教えてあげるわ」
速水はケラケラ笑いながらアイスを食べる。あ、やべ。変なスイッチ入れちゃった。
俺は速水から視線を逸らす。
スマートフォンで、時間を確認する。
17時7分。
速水ももう少しでアイスを食べ終える。
俺は今日の先発を確認してスマートフォンをポケットに突っ込んだ。
♯11 デート①